葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey - 作:rvr75_raiden
■二人のフェルンと太古の魔法
「シュタルク様、昼食のパンです。はいあーん」
フェルンが嬉しそうに差し出してくるちぎったパン。
口元に差し出されたそれにためらいながら、横目で隣のフリーレンを見たシュタルク。
パーティーの指導者、魔法使いフリーレンは「うん」と頷いた。
(他人事と思いやがって!!)
「くっ……あーん」
「はい、どうぞ」
口を開けたシュタルクに喜んだフェルン。彼女は手に持ったパンのかけらを口に入れようとする。
そんな刹那、背中にドン……と何かがぶつかった。
「シュタルク様! パンばかりは体によくありません。
野菜を。野菜を食べてください。ビーンズも入っていて健康にも良いものです」
「お……おう。食べるよ。皿と、フォークくれる?」
お皿を要求するシュタルクの言葉を聞いて、フェルンはむぅと頬を膨らませた。
「お口!開けてください!」
「えぇ……」
「はい、パンですよー」
正面にはサラダと一緒に豆の刺さったフェルンの差し出すフォーク。
逆サイドからも、パンの欠片を手に持ったフェルンの指が口元に差し出される。
そう、現在シュタルクは二人のフェルンに挟まれている。
✧ ✧ ✧ ✧
数日前に遡る。
通りすがりの街でダンジョン調査を依頼された。
偶然発見された遺跡のようなダンジョンが街に悪影響を及ぼすかどうかの調査だった。
ダンジョンの規模が大きければ冒険者を募る。人の出入りが発生するちょっとした街の収入にもなる。
しかし、凶悪な魔物の巣窟となり外に出るなら封印しないと街にも危険だ。
とまあ、どんなもんだとフリーレンに調査を依頼された。
「うん、やっぱり新品のダンジョンって良いね」
「いや、新品ってなんだよ」
途中見つけた魔導書や魔法関連のアーティファクトは好きにして良い。
財宝系はできればそのままにしておいてほしい、という条件で依頼を受けた。
「フリーレン様。できればガラクタを持ち帰るのはやめてください。
せめて後日売却出来るもので」
「お宝はお宝だよ」
もちろん最奥まで行く必要はない。危険度と深度調査だ。
「地下10階か……フロア規模的にそろそろ最奥じゃないかな?」
「フリーレン……もう帰ろうぜ……
空を見てなさすぎて時間がわかんねぇよ」
当然のように最奥にたどり着いた。
「ふふふ……初見のダンジョン踏破。やはりこうでなくちゃ」
「……何でも良いですから。最奥の間の確認をして帰りましょう」
「そうだね…… 意味ありげに置いてあるこれを解析するところから始めようか」
最奥の間に置いてある設置型のアーティファクト。
典型的な古代文明の魔法装置……のようなもの。
「財宝隠すなら判るんだけど。
なんでダンジョンの最奥にこういうのがあるの?」
というシュタルクの疑問にフリーレンは視線も向けず、事もなげに答える。
「さぁ、大体は研究の末に完成して、形にしたけど他人には譲りたくない。
そういう気持ちで後からダンジョンにしたんじゃないかなぁ……」
「ケチくさいですね」
「そうでもないよ。危ない魔法の秘匿もあるしね」
フリーレンは中央のコンソールのようなものに手を当てる。
輝き始めたのを確認した彼女は「よし、起動した」と呟いた。
「シュタルク様。聞きましたか?
危ない魔法の秘匿と言いながら普通に起動させましたよ」
「まあ……いつものことだろ」
中央にある三角形のアーティファクトはくるくると回転を始めた。
魔力の高まりは雷光に変わり、部屋中の幾何学模様が輝き出す。
「あ、まずいか……此処から先の制御方法わからないや」
「「えっ……」」
行き当たりばったりなのはいつものことだが……
それでも世界屈指の魔法のプロフェッショナル。
そう信じて任せていた二人はフリーレンの一言に絶句する。
「待って、何?爆発するの?これ?」
「うーん、わかんない。
古エルフ語で書かれてて……普通に読めてたんだけど」
「それが何故こんなことに?」
フェルンの当然の疑問。
「途中から内容が神代の言語に変わってて。
なんとか読み解いたんだけど……どう読んでもスフレオムレツの作り方のレシピなんだよね」
「ど、……どういうこと?」
シュタルクは、怪しい雲行きに二人を抱えて全力で逃げるべきか検討を始めた。
フェルンも防御障壁を全力で展開するように準備を始める。
「多分暗号だね。解読にはここで数日籠もるしか」
「ダンジョンの最奥で数日籠もるなんてもう無理だろ。普通に精神が参るから帰ろう!」
「いやぁ、なんか魔物でてきたら依頼主から怒られるし……」
心配する二人をよそに、発動した現象を最後まで見届けたいという顔。
「私達が、被害にあっては元も子もありません。報告すら出来ません。
怒られることも承知で一旦退避しましょう」
「うーん、でもなぁ……」
だが、後ろのアーティファクトはバチバチと音を立てている。
「だめだ!フリーレン。文句は後で聞く!」
「おっ」
「シュタルク様っ!?」
シュタルクはフリーレンを小脇に抱え、フェルンの手を取り部屋の外へ走り出す。
「フェルン、走れるか?」
「……はい!」
本当はフェルンも抱えられたら良かったのだが、余裕がなかった。
手を引く彼女がついてこられるギリギリのペースで走る。
しかし異変は部屋の出口をくぐった瞬間。
「……なんか追いかけてきたね」
アーティファクトの中央から出た光の腕のようなものが伸びてくる。
走る二人をよそにあっという間に追いついてくる。
「くっ」
フェルンは背後に向けて障壁を展開するが……
「通り……抜けた……?!物理干渉じゃない!」
「フェルン!?」
その腕は、フェルンをやんわりと包み込み……
「おい!フェルンを離せ!フリーレン!なんかないか!?」
「フェルン!中で障壁は張れる?魔法で消し飛ばす」
フリーレンの言葉に光に包みこまれてしまったフェルンは首をふる。
どうやら喋れないらしい。
「しょうがねえ!真ん中の装置をぶっ壊す!」
戦斧を構えたシュタルク。勢いを付けて最奥の部屋で回転するアーティファクトへと駆け出す。
しかしそれより早く、光に包まれたフェルンは中央に引きずり込まれる。
「フェルン!!」
―― シュタルク様!! ――
既に中央に巨大な球体を2つ作っていたそれは片方にフェルンを取り込み……
3人は強い光に包みこまれた――
✧ ✧ ✧ ✧
という結果で今に至る。
口の中はサラダとパンが混ざっている。
いっぱいいっぱいだが、とりあえず頑張って噛みしめる。
「冒険者は身体が資本です。ちゃんとバランスの取れた食事をしてください」
「ふぁい」
「パン。まだありますよ。どうですか?」
「ひまふり(いま無理)」
アーティファクトが停止した後そこにいたのは二人のフェルンだった。
その後の装置は完全に停止しており、うんともすんとも言わない。
依頼元には中央で発動した現象以外はすべて報告して報酬をもらった。
「最奥には現在、動作しない装置がある」とだけ。かろうじて嘘ではない。
「洗い物をします」
「シュタルク様口元を拭きましょう」
不思議なのは、二人に分かれたフェルンだ。
全く慌てる様子もなく、当たり前のように行動していることだ。
ただ――
「……」
立ち上がったフェルンは、シュタルクの顔をハンカチで拭くもう一人の自分を一瞥し……
ぷいっと顔をそむけて、少し不機嫌そうに川辺へと向かった。
二人はまったく会話をしない。
だが、お互い不思議と認識し合っている。
そして、普段の状態よりもやたらとシュタルクやフリーレンの世話を焼こうとする。
妙な状態になってしまった。
■二人の彼女は陰と陽
小さな村にたどり着いた一行。ここでフリーレンは少し長めの滞在を前提に宿を取る提案をした。
一人のフェルンは「路銀に問題ないのですか?」と反論したが。
シュタルクが「今の状況で旅を強行出来ない」と賛成したことで彼女は退いたようだ。
ちなみに、ダブル二部屋で……という予約の仕方をしようとした時。
妙な緊張感が走った……
理由は……理由はなんだろう?シュタルクには判らなかった。
が、慌てて対案とした食事なしコテージ借りが長期なら安かったので一旦は収まった。
部屋割りで妙に揉めたのは別の話。
そして、そんな宿でのフリーレンとシュタルクの密談。
「あの装置の備え付けてあったコンソールパネル……一応拝借してきたんだよね」
むふーと石板をかざすフリーレンの言葉。
「いいのかそれ?」
「魔法関連のダンジョン拾得物で一応回収の許可は通したよ。
専門家に詳しく調べてもらっても刻まれてるのはスフレオムレツのレシピだし」
「まあ、許可とったのなら……」
「フェルンを元の状態に戻すヒントはこの読めない部分。
……レシピになってて暗号化されている部分だと思うんだよね」
現在フェルン達は買い出しにでている。
買い物リストを見た二人は会話もなく、それぞれ何を買うかだけサラッと決めて出ていってしまった。
分業ができていて便利……と言われると、ある側面ではそうなんだが……
片方のフェルンは便利そう、美味しそうなど有効そうなら予定にないもの買ってくる。
もう一方のフェルンは、買い物リストに記載していても。彼女が不要と判断するもの、高すぎるものは買ってこないか安価な代替品を選んでくる。
それはそれで助かるのだが……物品のバランスが……
「どうにも、二人とも本物ってのがね……」
そう、ダンジョンはとりあえず二人共と脱出した。
その場で片方を偽物と判断できる材料もなく。置いていく訳にもいかなかったからだ。
二人とも本物と判断した材料としては……
まず、完全に同じ記憶を持っていること。これは複製体でも可能性はあるので決定打にはならないが……
そして、フェルンがもう一方をみて、否定をしないこと。二人がもう一方を偽物扱いしない。どういう理由かはわからないが。二人いるのが当たり前らしい。
そして最後が、フェルンの魔力が半分になっている。二人のフェルンで戦力2倍ではない。魔力量を2分している。
これは真面目に困っている点だ。今の彼女は冒険者として万全とはいい難い。
「まあとにかく、片方が偽物で消えればいいって話じゃないよね」
「それはまあ……」
いずれにしろ、片方が偽物だったとしてもシュタルクにはうまく対処できる気はしない。
だって外見は普通にフェルンなんだもの。
「なので原因を究明して、融合してもらわないと。暫く解読頑張るから……それまでフェルンをよろしくね」
「俺ぇ!?」
「よろしくね」
今のフェルンはふたりともアプローチの異なる世話を焼きたがる。
二人共本物であるのにまるで自分こそが本物だとアピールせんばかりだ。
流石にフリーレンもちょっと遠慮したい気持ちが出たのか、基本引きこもって分析したいと言い出した。
要するに残ったお世話ベクトルはシュタルクに収束することになる。
「まあ当面はお金がすぐなくなるなんてことはないから、ちょっとゆっくり過ごしてみて」
「なるべく早めに頼むぜ……」
別にお世話されるのがどうしても嫌という話ではない。
だがまぁ……どう説明していいのだろうか。二人は……普段のフェルンがやらないような距離感で、辛い……
✧ ✧ ✧ ✧
フェルン達が買ってきた内容物を確認する。
買い出し後の物品の相互チェックは冒険中の癖だ。
今はフェルンがこの状況なのでできるだけ密にやりたいというと二人共快諾した。
「なんか、この果物多いね」
「採れたてで、日持ちもよく、美味しそうだったのでシュタルク様とフリーレン様も喜ぶと思って」
「あ、うん。フリーレンに後で差し出すと喜ぶと思うよ」
にこやかに笑うフェルンは、その言葉を聞き「はい」と答えた。
「医療品……今はそんなに必要ないから大丈夫だけど。高かった?」
「はい、この街は比較的包帯や消毒用の薬品が高いです。最低限の数以上は購入は無駄な浪費となります」
「あ、うん。冷静な判断助かる」
「どうにも……他で路銀の消費があるようなので」
医薬品と日用品を買ってきたフェルンの言葉に小さなトゲが生えている。
食料品を買ってきた側のフェルンは、一瞬ため息をついてから。
「せっかく買ってきたので果物切ってきますね」
と苦笑いをしながら台所へと向かった。
なんだろう……少しピリピリするなぁ、とシュタルクは笑いながらも内心でため息をついた。
二人の間で喧嘩が起こるわけでもないのに、なんだか怖い。
✧ ✧ ✧ ✧
二人のフェルンは、見た目は同じなのにちょっと違う。
一方のフェルンは、簡単に言うと優しい。怒らない。フリーレンやシュタルクの喜びそうな事を優先的にやろうとする。
変な言い方をするが。ものすごく対人的……とても行儀よく人当たりがいい。そういう対応をする。
もう一人のフェルン。彼女は厳しい。問題があればすぐに注意を促す。ただ、理不尽というほどの話は言わない。
普段からフェルンが言いそうなことだ。でも、いつもより加減がない。そんな対応を取る。
さながら、光と影。なにか決定的に折り合わない部分で二つに分かれている。そんな感じがした。
だが……
(両方ともフェルンだ……)
とシュタルクは思う。
普段の彼女からは感じにくいが……誰か仲良くしたい。優しくありたい。仁義と人道と愛に誠実でありたい。
そういう想いは女神の信徒である彼女はつねづね持っている感情だ。
こうあったほうがみんな幸せ。それが彼女の行動原理。
一方で、フリーレンとシュタルクの冒険を支える彼女は常にリアリストである。
こうしなければ立ち回れない。こうしないと資金が持たない。こうするべき。こうあるべき。
べきべきべき。正しくありたい彼女は、ある程度の自制や論理的整合性を優先する。
それもフェルンだ。
考えてみると、どちらも彼女だ。否定する要素は特にない。
ただ、2つの特性を持った一人の少女が、二人に分かれている。そういう状態。
「どうしてこんな極端なことに……」
こうしてみると、元のフェルンはどんな心のバランスで自分たちと一緒にいたのだろうか。
■白の彼女と青の彼女
フリーレンが件の暗号を解除するまでの間。暫くこの村で滞在することになった。
フェルンが一人にならないとどうにも都合が悪い……という言い方は酷いが
理屈で言えば今のフェルンは実力が半分しか出せない状況だ。
戦闘はさせられない。フリーレンから言われると彼女には特に言い訳もでない。
若干不満を言いたげだったが、長期滞在を許可している状況。
ただ、二人のフェルンからすると何故か一人に戻りたいという要求は全く出てこなかった。
とはいえ。
「シュタルク様。お散歩に行きませんか?いい陽気です。村の人が言うにはきれいな小川と釣りもしやすい場所があると」
「シュタルク様。滞在費の維持に関してご相談が。様子見で控えるようにと言われましたが。やはり私達も働きに……」
それぞれ別の場所からやってきて二人同時に話しかけてきた。
「……えーと」
散歩先で釣りの出来そうな小川……フェルンがそういう提案してくれるのは素直に嬉しい。行きたいか行きたくないかで言えば当然行きたい。
そして、食費がちょっと増えている現状収入を増やす提案もありがたい。ありがたいが……
考え込む、シュタルクを二人はじぃっと眺めている。
答えを出さないのが一番こじれる。
「滞在費の維持で、フェルンも働きたいってのはめちゃくちゃありがたいんだけど。
ちょっとまだ不安要素もあるからここは俺に任せてくれ。もう少し働き先増やすからさ」
「でも……」
仕事を手伝うと提案してくれたフェルンは少し沈んだ様子で言葉を飲み込んだ。
ものすごい罪悪感に襲われるが……いま分裂したフェルンになにかあってからでは遅いのだ。
せめてフリーレンの解析の目処がつくのを待って欲しい。
「で、散歩は良いな。日が落ちる前に少し気分転換に行こう」
と答えると、提案したフェルンの瞳に喜びの色が浮かんだ。
今日はもう色々手じまいになるから気分転換にちょうどいい。
「せっかくだからフリーレンも誘ってみんなで行こうぜ!」
フリーレンも誘って全員でぶらっと歩くのもいいだろう。と思ったのだが……
「……はい」
どうしてか返った答えは歯切れが悪かった。
✧ ✧ ✧ ✧
『私は良いよ。3人で楽しんできなよ』
というのがフリーレンの回答。お土産よろしくねというコメントと共に送り出された。
現在は二人のフェルンと共に村の中央を歩いている。目的のきれいな川は中央を突っ切った先。
「賑やかですね」
規模的には街というほどのものでもないが人は比較的多い村。
夕暮れ時ではあるが露店はまだそれなりに出ている。
「そうだなー。せっかくだからなんか買っていく?」
いくつかは料理を出している露店もある。
串焼きの肉の店を指さしてシュタルクが聞くと
片方のフェルンは手を合わせて
「いいですね――」
と、賛成の声を上げる直前――
「夕食前です。それにムダ遣いをすると首が締まるのはシュタルク様です」
という辛辣なコメントはもう一方のフェルンから。
「まあ、夕食前なのはたしかにな。ゴメンな変なこと言って」
「はい……いつでも食べられますから……」
2人とも申し訳ない様子を見たフェルンは反省の色を見せた。
「……すこし、言い過ぎました。失礼しました」
そんなドタバタトリオで歩いているのだが、町の人達も疑問に思っているであろう。
瓜二つの女の子を連れている理由は中々に説明しづらい。
「兄さん、両手に花だね。連れている嬢ちゃんは双子の女の子かい。
せっかくだし、髪飾り買っていかない?」
――と、そんな中で3人に声をかけてきたのはここらへんではあまり見かけなかった商人。
「――あー。そんなところかな。なあフェルン。あ――」
名前呼ぶとまずいな、と思った瞬間――
「はい」「そうですね」と二人が同時に返事をした。
そうだ、二人共フェルンだ。というか、会話しないとシュタルクにも、どっちかわからない。
「???」
商人は不思議そうな顔をしているので。
「わるい!なんでもないよ」
と言ってシュタルクは二人のフェルンの背を押してその場を後にした。
✧ ✧ ✧ ✧
目的の川辺に到着した。
相変わらず二人は直接会話しないけど、シュタルクとは会話してくれる。
「水も綺麗だし、結構魚もいるなー。時間をみて釣りもしたいな」
「はい。そういう時間もいいですね。行きましょう」
「そういう時間の確保のため、やはり私も働いたほうが良いと思うんですけど」
「それは、駄目だ。フリーレンからも言われてるでしょ」
仕事の提案をしたフェルンはまだちょっと納得はしてなかったが。
外の散歩自体は楽しんでいるように見えた。
「シュタルク様、着ているいつものジャケット」
「うん?」
「結構色んなところがほつれたり、破れそうになっていませんか?」
「あー。昨日森の中で魔物の大捕物があったから」
服の裾を掴んで少し困った顔をするフェルン。
「みっともないかな?
……そうだな。直しておくよ。最近温くなってきたし上着なしでも良いだろ」
「それはそうですが、ジャケットは肌を守る意味もありますよ」
「ははは。心配してくれてありがとう。
でも直近はそんなに危ない仕事ないから大丈夫だよ」
「……そうですか」
そんな二人を連れて10分ぐらい川辺を歩いたシュタルクは空を見上げる。
夕日に赤く輝く川の水は綺麗だけれどそろそろ戻らないと日も沈み始める。
「帰ろうか。フリーレンもお腹空かせて出てくるかも」
「そうですね。帰って食事の準備をしないと」
持ち回りにしている食事係は、今日は散歩を提案したフェルンの番……らしい。
らしいというのは、どちらのフェルンの順番なのか傍から見ても全然わからないからだ。
会話をしているとなんとなく判ってるけれど。
違うのは若干異なる性格。だけど、性格で言い分けるのも違う気がして……
―― 『せっかくだし、髪飾り買っていかない?』
ふと、ここに来る前に会ったアクセサリー商人のことを思い出した。
「……そうだ!」
「どうしたんですか?」
シュタルクの言葉に覗き込むようにフェルンが聞いてくる。
「いや、少しだけ用事を思い出した。二人共先に帰っててくれる?」
「わかりましたが……私は食事係ではないのでついて行っても?」
「んーー。いや、先に帰っておいてくれる?本当にすぐに戻るから!」
✧ ✧ ✧ ✧
「よし!これで」
小さな紙袋を2つ持って家に入る。
『兄ちゃん。あの双子の子、二人共にプレゼントか!?
二人同時に? やるねぇ――!応援してるよ!』
なんか勘違いされたフシはあるけど……
『えっと、その一人は素直で、なんか、こう……優しくて――
で、もう一人はちょっと言い様がキツイけど。想いやりがあって――』
思い出すと顔から火が出そうな事を辿々しく、手振りも入れて説明したところ
『わかった、わかったから! 二人共かわいいから選べないって事な!
うん、とりあえず、そのイメージならコレとコレかな――』
いや、違うんです……と言いたかったが説明して通じるものでもないので
とりあえずおすすめを選んだ。
「ただいまー」
とドアを開けると、迎えてくれたフェルン。
「二人にさ、渡したいものがあるんだ」
✧ ✧ ✧ ✧
「コレを、私に――」
「綺麗ですね……シュタルク様が選んでくれたのですか?」
二人に渡したのは小さな髪飾り。
彼女が後ろ髪にまとめている蝶の飾りとは異なる――いわゆる装飾目的のものだ。
「2種類あるのですね……」
料理をしてくれていたフェルンに渡したのは白のカスミソウの花の物。
出迎えてくれたフェルンには青のスズランの花の物。
「あー、そう。二人共フェルンだけど……ちょっと不便かなって……
で。イメージに合いそうなものを俺なりに――」
「ありがとうございます。嬉しいです」
というのが、フェルンの一方の反応。もう一人は少し悩んでから
「――理由を聞いても?」
と言ってきた。
「理由って?」
「選択理由です」
――やはり、聞いてくるか
と、表情は笑顔のまま、シュタルクは背中に汗を掻く。
こういう時素直に喜んでくれるのもフェルンだ。しかしその意図と真意を理解したがるのもフェルンだ。
きっと、察せられているけれど。シュタルクの口から聞きたい。そんなところか。
「えっと、その――白い花は。いつも素直に笑ってくれる感じで……
青い花は……俺達のこと、支えようと真面目に叱咤してくれる――優しい感じ……?」
「どうして最後疑問形なんですか」
必死に説明してみたが、彼女は鋭く突っ込んでくる。
駄目か……?と思ってみてみると
「本当に……シュタルク様は……説明が下手ですね」
彼女は、渡した青のスズランの髪飾りをとても嬉しそうに見ていた。
「気に入ってくれたのなら……良かったよ」
その夜から彼女たちは、白の髪飾りを右サイドに、青の髪飾りを左サイドにつけるようになった。
■白の献身と青の憂鬱
髪飾りを喜んでくれているようで良かった。
白と青の髪飾りを付けたフェルン。其々に嬉しそうにしてくれていた。
『シュタルク様、私達の事。ちゃんと見ていてくれたのですね』
というのは白のフェルンの言葉。
『青のスズラン……シュタルク様には、私はこう見えているのですね……』
やけにそこにこだわるのは青のフェルン。
本当になんとなくだからあんまり深く受け止められると困るのだが。
でも、そんな感じで数日は概ね平和に過ぎていった。
✧ ✧ ✧ ✧
ある日の夕食後にフリーレンから声をかけられた。
いい機会だと進捗を確認する。
「研究結果はどんな感じなんだフリーレン」
ふむ、と腕を組む仕草をしたフリーレンは、シュタルクに質問を投げかけてきた。
「最近は二人共、妙に機嫌良かったし。髪に見慣れない髪飾り付けてたね。あれはシュタルクがあげたの?」
「ああ、って今更気づいたの?」
「違う髪飾りにしたのは意図的?」
……するどい。
「……半分は」
「もう半分は……」
特に表情も変えることなく追撃してくるフリーレン。
「なんか、どっちもフェルンなんだけど……ちょっと違うから……俺のイメージで」
「……そう。だからかな、フェルンずっと嬉しそうにしているの」
「どういう意味?」
シュタルクの言葉に小さく嘆息したフリーレン。
「言葉通りの意味だよ。シュタルクが選んでくれたものが、ただ嬉しかったんだ」
「???」
「わからないなら良いよ。プレゼントもらったら、誰だって普通に嬉しいからね」
フリーレンの言葉の意図を測りかねたが、彼女はそれ以上説明する気はない様子だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「で、調べて判ったことなんだけど」
「ああ」
「あの装置は、個人の迷いの切り離しをする装置……だったみたいだね」
フリーレンの言葉が曖昧で「お……おう」としか言えないシュタルク。
「分割と再統合による高次の精神へと到達するとかなんとか……」
「全然わからん……」
メモ書きをパタンと閉じながら、フリーレンも頷いた。
「安心して、私も制作者の意図は全然わからない。
ただ、再統合という言葉が示すように、フェルンの何かを解決することで一人のフェルンに戻せるってことだと思う」
「まあ、元に戻れたほうが良いよな……魔力も半分みたいだし。フェルンがこのままだと旅が続けられない……」
その瞬間、ドアのあたりから物音が聞こえた。
「!!」
フリーレンとシュタルクが同じ場所に居る以上。
「フェルン!?……いない……?」
フェルンが今の会話を聞いていたのだろう……ただ……
―― 白のフェルンと青のフェルンどちらが聞いたのだ? ――
✧ ✧ ✧ ✧
翌朝。
「シュタルク様。スープです」
「……ありがとう。自分で食べられるよ?」
「……」
「うん。野菜も食べるよ……ん?肉?」
研究中のフリーレンは昼前まで起きてこない。
となると、朝食の食卓は自然と三人になる。
相変わらず二人のフェルンはシュタルクを挟んでいろいろ食べさせようとしてくる。
白のフェルンは仕事に向けて栄養価の高いものを。
一方の青のフェルンは健康バランスの取れたものを勧めてくるのだが。
今朝は……肉。珍しいチョイス。
「……体力をつけたほうが良いと思います……」
「うん……ありがとう。あとやっぱり自分で食べられるよ」
フリーレンなら平然とフェルンのあーんを受け入れるのだろうが……
シュタルクにとってはちょっと辛い。
辛いが有無を言わさない。
「シュタルク様、此方のパンも」
白のフェルンが笑顔のまま折れないのは最初からなんだが……
青のフェルンもむすー顔で退こうとしない。
「……どうしたの?」
「……私からは……食べていただけませんか?」
「そんなことはないけど……らしくない?いや、違うか……」
「食べていただけませんか?必要ありませんか?」
✧ ✧ ✧ ✧
朝から結構食べたな……と思いつつ、今から夕方前まで力仕事だ。
前に進んでいるんだかいないのだか……二人のフェルンが家のことをして
フリーレンが解決のための研究をして、シュタルクが出稼ぎで働く。
一般家庭によく見るフォーメーション。……こういうのが家族かな?と思う一方。
自分たちは冒険者だ。目的地にたどり着かなければならない。
きっとこのままでは良くない。でも、どうすればいいんだろう?
「シュタルク様」
振り返ると白の髪飾をつけたフェルンがパタパタとやってきた。
「朝食、作りすぎてしまったようですね。すみません。
残り物、サンドイッチにしてみたんです。お昼にどうぞ」
「お、ありがとう!すげぇ嬉しい」
「本当ですか?じゃあまた明日もなにか準備しておきますね」
フェルンは両手を合わせて、嬉しそうに答えてくれる。
「ああ。でも無理せずに、簡単なやつでいいよ」
「はい。頑張ってきてください」
よし、と思って立ち上がると青のフェルンが少し後ろに立っていた。
「どうしたの?」
「いえ……」
青のフェルンは手を後ろに回した状態で少し目を逸らしている。
「うん。何かあるなら話聞くけど。夕方前までに返ってくるからそれまで待っててくれる?
「はい……」
少し、不自然さを感じ後ろ髪を引かれるものの。集合時間もあるから急ぐことにする。
「じゃあ、行ってくるな」
「あ……はい。行ってらっしゃい」
「頑張ってきてください」
青のフェルンは片手をまだ後ろにしたまま、空いた手を伸ばそうとして――
それを中断して、手を振った。
―― 何かを渡してくれようとしたのか?
そんなことにふと気づいたのは家を出たあとのことだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「おし、昼休みだー暫く休憩しろー」
「おつかれっしたー」
という声の響く近隣の山の間伐の仕事の休憩時間。
短期で割の良い仕事となるとどうしてこういう力仕事ものになる。
シュタルクとしては自身の能力にもあってるのでちょうどいい。
「……そうだ、今日はフェルンがサンドイッチがあったな」
荷物の麻袋から手渡された箱を開けると、きれいに整えられたサンドイッチが入っていた。
卵焼きとか朝飯にでてたっけ……?と思いつつ。
「いただきます」
と言いながら女神に祈りを捧げながらありがたくいただこうとする。
「シュタルク様」
「フェルン?」
手提げのカバンを持ってきたフェルンがやってきていた。
どうしてか、彼女は髪飾を外していた。
■ペルソナとシャドウ
「どうしたの?」
「はい、お昼休みの時間かなと思って。お飲み物を……」
一応、共通の水場から飲水を汲むのは可能だったが味気ないと言えばその通り。
「温かい紅茶、あったほうが良いかなと思いまして」
「わざわざそのために?」
「はい」
シュタルクの隣に座り、水筒から紅茶を取り出してくれるフェルン。
その様子が気になり、ふと聞いてみる。
「髪飾りは、今日は外しているの?」
「はい……大切なものなので……無くしたりしたくないので」
穏やかな応答だが、白のフェルンか青のフェルンか区別がつかない。
「いや、いいか、そんなこと――」
「どうかしましたか?」
きょとんとした顔で首を傾げるフェルン。
「せっかくだから。一緒に食べていこう。思ったより量が多いし」
わざわざ来てくれたのだ。お茶だけ受け取って「じゃあサヨナラ」は寂しい。
「……そうですね。シュタルク様がそう言うなら」
よし!と言ってケースの中に入ったサンドイッチをフェルンに差し出した。
「……美味しそう……ですね」
「だよな。いただこう」
そう言ってフェルンの持ってきた紅茶といっしょに食べることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルク様もフリーレン様も、私のことを何とかしようとずっと努力をしておられます」
ふとそんな言葉が出てきたのは昼食の合間。
「うん? まあ、当たり前じゃないかな?」
「シュタルク様はこのままでは駄目だと思いますか?」
フェルンの質問が少し変だ。そしてその瞳は思いの外、真剣そのもの。
「毎日仕事をして、家に帰ったら二人のフェルンが迎えてくれて。
フリーレンが魔法の研究をしていて……そんな毎日。悪くないかなって思ったりもしたよ」
「……」
その言葉に、フェルンは大きく目を見開いた。
一瞬揺れた彼女の瞳。まるで自身の存在意義を量っている、そんなふうにも思えた。
「でも……いつまでもこのままじゃ駄目だろう……俺達は冒険者だ。
俺達はフリーレンみたいなエルフじゃないから……
いつかは歩みを止める日は来るかもしれない。でも今じゃない。
まだ何も終えてないよフェルン」
シュタルクなりに……真摯に答えたつもりだったが伝わっただろうか?
それを聞いた彼女は、下を向いたままだった。
「そう……ですか……
このまま、きれいに解決するのが……一番いいですよね」
と言って、たまごサンドをひとくち食べた。
「……これ……すごく美味しいですね」
しばらくすると休憩時間が終わり、彼女は水筒を持って自宅へと向かう。
フェルンは水筒を手に小さく頷き、振り返らずに歩き出す。
その背中は、まるで遠くへ消えていくように小さく。静かだった。
どうしてか、シュタルクはその背に声をかけるべきかどうか迷ってしまい――
「シュタルクー! 午後の仕事だー!」
「はい!」
結局。何も言うことが出来なかった。
✧ ✧ ✧ ✧
「おかえり」
家に帰ったシュタルクを迎えてくれたのはフリーレンだった。
「ただいま。どうしたんだよ。夕飯の時間まででてこないのに」
「いくつか判ったことがある。時間良い?」
「良いけど……ちなみにフェルンは?」
いつもなら出迎えてくれるフェルンの姿が見当たらない。
キョロキョロしながらフリーレンに確認してみると、「夕食の買い物に出たよ」ということだった。
「二人とも?」
「いや、買い物に出たのは一人だったけど」
「えっ?」
―― 違和感を覚えた
「昼にさ……フェルンに会ったんだ。フリーレンは、その時家にいた?」
「うん。ちょうど起きたぐらいで……フェルンにブランチだって言われて朝ご飯、昼ご飯?を食べさせてくれて」
―― 俺はどっちと何の会話をした?
「……その時いたフェルンの髪飾の色は? その後、家にいたフェルンは一人?二人?」
「白……かな? フェルンは普段から魔力抑えてるから……多分だけど……」
―― 俺は何を見落としてしまった?
「私が起きてからフェルンは家で一人で家事してた――って、シュタルク!?」
フリーレンの言葉を待てなかった。シュタルクは全部の部屋をバタバタと開けて確認した。
「いない……」
「シュタルク様……?」
背中の声に反応して勢いよく振り返る。
そこに居たのは驚いた表情でシュタルクを見るフェルン。彼女の右側の髪には白のカスミソウの花。
『食べていただけませんか?必要ありませんか?』
『シュタルク様はこのままでは駄目だと思いますか?』
『……これ……すごく美味しいですね』
―― 俺は彼女になんて言った? ――
「フェルン!……青のスズランを渡したフェルンは……昼から見てないか?」
「……いえ」
フェルンの肩口を掴んで、思わず強く聞いてしまう。
少し痛そうにしたので、慌てて手を離した。
「ッッ!! ごめん!」
「大丈夫です。……シュタルク様は……気になるのですか?」
シュタルクはヨロヨロと後ろに下がりながら答えた。
「……当たり前だ。彼女もフェルンだ」
「……そうですか」
少し考え込むようにしたフェルンはフリーレンの方を見た。
「フリーレン様。先程、判ったことがあると言っていましたね」
「言ったね」
事態を把握したらしいフリーレンは、さっきとは異なる表情を見せた。
フェルンは髪飾をつけていない、自身の左側の髪に触れる。
「彼女も……同じ……私……」と小さく呟く声には僅かながらの切なさが混ざる。
「シュタルク様、外に飛び出す前に。一度フリーレン様の話を聞いて下さい。きっと大事なことです」
白のフェルンは苦笑いをしながらシュタルクの袖を引いて止める。
その表情とは裏腹に、言葉には強い意志が込められている気がした。
✧ ✧ ✧ ✧
「あまり時間もないだろうからかいつまんで話すよ」
「ああ――」
逸る気持ちを抑え、フリーレンの言葉に耳を傾ける。助けるためにはきっと必要なことだろう
―― あの装置は表層で他者とコンタクトを取る外向きの心と、その奥で抑え込んでいる内向きの心を分離するものらしい。
―― 目的は、私にはやっぱりよく判らなかったけど。人は心の奥底に秘めた気持ちにもどこかで整理を付けないといけないんだって。
―― 相互の観測と理解と受け入れが必要みたいだね。ただ、一人で完結できるものではなかった。だから失敗し……封印されていたのだと思う。
「私は……前者……ということですね」
「そうだね、多分だけど。応対や笑顔が自然なのも、フェルンの対外的な理想を司る精神によるものだろう」
「じゃあ……今ここに居ないフェルンは?」
「多分、内向きの心だ。少し言い方がきつくなっても大切なものを守ろうと、支えようとする精神。……だったんじゃないかな」
その言葉に彼女の言動の端々を思い出す。
そう、彼女はいつも言葉は厳しくも想いやってくれるフェルンの心そのものだ。
「同じ私……だからの推察ですが、私なりに解決策を模索しようとしているのかもしれません。
何も持たずに出てしまったようです……持っているのは……髪飾ぐらいでしょうか――」
――『でも……いつまでもこのままじゃ駄目だろう……俺達は冒険者だ。』
「俺が……そう……望んだから? でもいったいどうやって……」
白のフェルンにシュタルクが問いかけると、彼女は申し訳なさそうに答える。
「実は少し隠していたことがあります。私たちは……分離したあの装置に、ずっと呼びかけられているんです」
「どういう事?」
「正確には……『覚悟が決まればあの場所に向かえ』
そんな暗示が魔法に仕込まれていた。そんな感じがします」
フリーレンは考え込むような仕草を見せた。
「再統合……の処理をするためなのかもね。でも、今のもう一人のフェルンがした覚悟は」
白のフェルンが鎮痛な面持ちでそれに答えた。
「いなくなって、この状況を終わらせる……かもしれません……」
✧ ✧ ✧ ✧
気がつけば自分の部屋に駆け込んでいた。戦斧を持って今すぐに追いかけよう。
何かあってからでは遅いのだ。
―― 私もその場へ行き、正しい再統合をするべき……なのかもしれません。
白のフェルンの言葉。
見失ってしまった彼女の気持ちを見つけて。
ほんとうの意味での解決を ――
薄暗くなった部屋に立てかけられた戦斧。それに手をかけたときに気づいた。
テーブルの上に折りたたまれているいつもの赤いジャケット。
少しぼろぼろになったから自分で修繕しようとしていたものだった。
「直ってる……」
ほつれていた場所は丁寧に縫い合わされ。破れた箇所も代替生地で綺麗に修繕されている。
それを持ち上げた時、ポケットから1枚の便箋がこぼれ落ちた。
「これは――」
―― シュタルク様へ
自分宛ての名前の書かれたそれは、彼女のメッセージが書いてあった。
いつからこんな状態だったのか。いつ見逃したのか。そんな言葉ばかりが頭を巡り――
「なんでっ……だよ!!」
シュタルクは自室のテーブルを強く拳で叩きつけた。
■二律背反の心
かつての彼女が分裂したダンジョンに向かって脇目も振らず走る。
赤のジャケットをはおり、背中には白の髪飾を付けたフェルン。
その直ぐ傍らに並走するように飛行するのはフリーレン。
「魔力は半減しているとはいえ、平均的な魔法使いと比較するとフェルンの魔力は膨大だ。
他に無駄遣いをしなければ、おそらく飛んでいける……結構離されているかも」
「……判ってる!!」
急がなければ……
青のフェルン。彼女の置き手紙。シュタルクは速度を落とすことなく、その内容を反芻する。
✧ ✧ ✧ ✧
―― シュタルク様へ
―― きっとこの手紙を読む頃には私は既にシュタルク様とフリーレン様の元を去っているでしょう。
―― このような勝手をしてしまったこと。大変申し訳なく思っています。
―― 私が原因で旅を停滞させること。望むべくもありません。
―― ここ数日の様子を見た限り、もう一人の私がいればきっと大丈夫です。私はうまく感情がコントロールできません。
―― きっと何かが欠けているのでしょう。あの遺跡のもとへ行けば……おそらく私の本来の力も含めて解決可能です。
「ちくしょう……!!」
彼女があの遺跡のアーティファクトの中で何をするのかわからない。
ただ、このまま放置すれば、致命的な何かが喪われる。そんな確信だけがある。
手紙はそこからはずっと彼女の心配事と注意が書いてあった。
―― シュタルク様はいつも頑張りすぎて自分の傷も放置してい心配です。手当も休養もちゃんと取って、ご自愛ください。
「フェルン……!!」
―― 冒険者は身体が資本です。バランスの取れた、健康的な食生活をしてください。
「フェルン……!!」
―― フリーレン様は少しお金を使いすぎるきらいがあります。資源と資金の管理をしっかりしてください。
「フェルン……!!」
―― シュタルク様が見ていない所でも、フリーレン様は私生活が子供のような人です。もう一人の私と、シュタルク様で支えてください。
そんな事が、何行も、何行も……綴られている。
所々、文字が滲んでいるのは……涙が落ちた後だったのか……今となってはわからない。
「なんでだよ――泣くほど辛いなら言ってくれよ――」
便箋の最後の最後は……
―― シュタルク様とフリーレン様が笑っていてくれるなら、私がいなくても大丈夫です。
―― だから、これからも旅の無事を、祈っています。
そんな言葉で締めくくられていた。
「ッッ!!」
シュタルクは奥歯を噛みしめる。
「シュタルク様……?」背に乗る白のフェルンは背後から心配そうに声をかけてきた。
よほどひどい顔をしているのだろうか。
「―― 祈っていますじゃ ―― ねええええええええええ!――」
踏みしめた足場の地面が音を立てて割れた。
シュタルクが凄まじい力で踏み込んだからだ。その反発でシュタルクの速度はより加速する。
「ちょっと!シュタルク!!」
一気に引き離されたフリーレンはシュタルクの速度に驚いて加速した。
✧ ✧ ✧ ✧
急加速して速度を上げた中、確かなのはシュタルクの背に感じる白の髪飾のフェルンの体温。
速度を上げたからか、彼女はぎゅっとシュタルクを強く抱きしめてくる。
「シュタルク様……返事をしなくてもいいです。そのまま聞いて下さい」
シュタルクの耳元で彼女はそう言った。
身体は走ることに集中せよということだろう。
「ごめんなさい……私達が。ちゃんとしていれば……きっとこんな事にはならなかった」
そんな彼女からでてきたのは謝罪の言葉。
「私は……どうしてもシュタルク様やフリーレン様が喜ぶ事を優先してしまう。
彼女の様に、正しいことを正しくあるために決断ができない。
それはきっと私の限界値」
だが、それはフェルンの外向きの心の根源なのだろう。誰かに優しくしてあげたいと願う心。
だから彼女は微笑んで肯定する。大切な人と時間と想いを共有する。それがフリーレンとの旅の中で学んだ優しさの表現方法。
「私達はお互いが本物の私であることを認識していました。そしてお互いがどんな存在かも……」
「……」
「だから私は融通の効かない、優しくない彼女が嫌いで……
彼女もまた、都合の良い理屈で、事の本質を無視する私が嫌いだったのでしょう」
それは、あるいはフェルンが普段から持っていた感情の渦なのかもしれない。
だから彼女たちはお互い干渉しない。反発し合っていることが判っているから。
二律背反。お互い同じ記憶を持っているのに理想の異なる二人のフェルン。同時存在してしまった逆側の心。
「――でも、今度はちゃんと会話してみようと思います。受け入れてみようと思います」
シュタルクは速度を落とさずに「そっか」と呟いた。
「不思議なものですね。お互いに、私らしくあるために、心に何が足りないか判っていたのに。
相手のほうが、望まれる私に近いと思ってしまう。意固地で弱虫……」
「元のフェルンって……そんなだったっけ……?」
人一人抱えて全力で走っているため、あまり細かいことを喋れない。
耳元に聞こえる声で苦笑していることだけは判る。
「シュタルク様が、判ってくれないだけです。反省してください。
彼女が飛び出してしまった原因でもあるんですよ」
反省は現在進行系で山のようにしている。だから今度こそ見落とさないようにしないといけない。
「……フェルンは……いいのか?一人のフェルンに戻ること。怖くないのか?」
白のフェルンはシュタルクをつかんでいる腕にぎゅっと力を込めた。
「……なんでそういう時に、察しが良いんですか?」
「……ごめん」
いま個として成り立っている二人が一つに戻る。きっとそれに違和感を覚えないわけがない。
「でも……決めたんです。そうした方がシュタルク様とフリーレン様はきっと喜ぶ結果が待っています」
「……」
「彼女も私、私も彼女。素直に表現できない私を私は嫌いです。でもその奥にある優しさを――」
―― 愛してあげようと思います。
■白のカスミソウ、青のスズラン
「ここから、10フロアもダンジョンを潜るのか……」
「少し装備も足りないかもね……」
「いやでも、先行したフェルンもきっと途中で……」
うんざりした表情のシュタルク。
しかし、この苦労は先を行く相手も同じ。きっと追いつく。
そう思って震える拳を握って前に出る。
「いえ、多分問題にならないと思います……」
「どういうこと?」
白のフェルンの言葉に覚悟を決めたシュタルクが振り返る。
「わかります。途中で裏道があります。私と彼女にだけ反応する通路です」
後ろでフリーレンが「そういうのあったのか……見落としたな」とぼやいた。
どうやら彼女の完全攻略グセはそういう裏道すら気になるらしい。
「つまり、先行したフェルンはそっちに真っ先に向かったと」
「おそらくは。急ぎましょう。手遅れになります」
もし、装置の再起動に彼女たちの存在がキーになるのだとすると――
もし、彼女の願いが不要な感情としての自己の消滅だとすると――
もしそれで、装置が彼女の命令を聞き届けてしまうのだとすると――
「ッ!!」
「シュタルク様!?」
不安をかき消すように額に拳を打ち付けた。傍から見ると謎の行動だったのだろう。
目を丸くしたフェルンがハンカチを手に血の滲み出した額を吹いてくれる。
「いったい何を……」
「俺も覚悟決めないとなと思って――」
「額から血が出ています!! そんな一体何の!?」
後ろでフリーレンはくすっと笑っている。
「シュタルクは男の子だね」と小さく呟いた気がした。
だけど、これしかないと思う。
「―― 俺は選ばない……全部、望んで受け入れる事を、だよ ――」
✧ ✧ ✧ ✧
「此方です」
ダンジョン2階層目のフロアの何気ない廊下。そこに分身体だけに反応する隠し扉が存在した。
「やられた……最奥の装置の魔法がキーになっているのか……
でも構造を考えれば無理やり通ることはできなくもなかった……」
フリーレンはまだぶつぶつ言っている。
「いこうぜ」
「はい」
その先の部屋の中央には穴が空いており、その中は魔法の光が敷き詰められている。
どうやら、穴を通って降りると、転落しない仕組みになっていた。
「既に起動して通ったようですね」
そのまま白のフェルンは穴の中へ降りていく。
「フリーレン俺も行く」
「わかった。追いかけるよ」
穴の中に入るとそのまま転落はしていくが、その落下距離に対して圧迫感や転落感が無い。
どうやら、ゆっくりと降りているというのが正しいようだ。
「待ってよ、フェルン……」
伝えなければならない。彼女の覚悟は自分が火蓋を切ってしまった。
ならそれに応じられるのはやはりシュタルク自身の覚悟の乗った言葉しかない。
しばらく降りたさきは小さな部屋になっていた。
先に到着していた白のフェルンが到着したシュタルクとフリーレンを確認した後
壁際に手を当てる。
「この向こうにいます……シュタルク様……準備はいいですか?」
「ああ……開けてくれ」
白のフェルンはゆっくりと扉を開く。
✧ ✧ ✧ ✧
扉を出た先はいつか見た装置のある部屋。明かりもなく、薄暗い。
そして、そこに装置を操作しようとしているフェルンの姿が――
「いない……?」
コンソールのあったと思しき場所には誰もいない。何か光った気がした。
「ッッ!?」
部屋にこだまする衝撃音
反射的に避けた元の位置に魔法が打ち込まれた。これは一般攻撃魔法。
俗に言うゾルトラーク。しかし威力は普段見るものに比べると……
「フェルン、居るんだな」
――「……追ってきていたのはわかっていました。どうしてですかシュタルク様」
魔法で音を拡散させているのか、声の元の場所が分からない。
が、判るのは声の中に一瞬の逡巡が混ざっていた事。彼女の中に躊躇いがある。
「止めに来た。フェルンこそ……いったい何をするつもりだ」
シュタルクの意思をまっすぐにぶつける。そう。止めに来た。
こんな馬鹿な終わり方。あって良い訳がない。
――「……シュタルク様。それがどれだけ残酷で……失礼なことか……理解していますか?」
静まり返る部屋の中で、シュタルクの喉を鳴らす音だけが響く。
退いちゃ駄目だ。何一つ取りこぼすことなく……全部伝えて……全員で帰る。
「……わかってるよ。フェルンやめよう。こんな事」
――「……嫌です」
「フェルン。怒らせたのなら、悲しませたのなら俺は地面に頭をつけてでも謝る」
――「……断ります」
「どうしてもか?」
――「どうしてもです! なんで今更そんな事を言うのですか!」
ここで間違ってはいけない。いやいままで間違ってきたのだろう。彼女に掛ける言葉を。
赤いジャケットの修繕されたあとを指で触る。丁寧に直されている。そこからは彼女の意思を感じる。
「フェルンが大切だからだ。代えなんて効かないからだ。俺達に必要だからだ!」
――「ッッ!!」
その言葉を聞いた青のフェルンは息をつまらせてから叫ぶ
――「シュタルク様には! その子が、居るでしょう! もう一人の私が!」
空気のゆらぎのようなものを感じた。部屋の右斜め上空。視界に映ったのは魔法を放とうとしている彼女の姿。
「見つけたぞ!フェルン!!」
「装置は起動しています!もう、帰ってください!」
それと同時に打ち込まれる魔法。
これを、躱すべきだろうか? それとも当たるべきだろうか?
何故かそんな事を迷って……シュタルクは目を閉じる。
―― これで状況が動くのなら ――
しかし、シュタルクに当たる前に魔法は霧散する。
「……見るに絶えません」
それを消したのは障壁の魔法の光。杖を構えた白のフェルンが出したもの。
「あなたには関係ありません。どいてください……もしくは大人しく帰っていただけますか?」
白の紙飾りを付けたフェルンは大きく瞳を広げてから笑う。
「初めて自分と交わした会話がこんなことだなんて……私らしいと言うべきなんでしょうか」
「くだらない感傷です。あなたは残り、私が消え、1つに収まり、全てが解決する――ッッ!!」
言い切る前に、――カッ―― という閃光と共に魔法の光が部屋を走った。
それは青のフェルンが瞬間的に展開した防御魔法に弾かれて消える。
「何を――」
「おい、フェルン!辞めろ――」
シュタルクが止める前に白のフェルンはそれを手で遮る。
「シュタルク様。下がっていてください。必要なのだと思います。装置が稼働する前に、徹底的に――」
✧ ✧ ✧ ✧
重なり合う閃光は、弾け、輝き、薄明かりしかない部屋を何度も輝かせる。
「なんで……こうなった……」
その姿を呆然と見つめる
「……フェルンに任せてあげて。でも、シュタルクは見届けないと駄目だ」
シュタルクの背中を叩いたフリーレンの言葉は行く末を見守れという指示。
二人のフェルンは互いに魔法を打ち合い。防御障壁でそれを防ぎ合う。
技術も、魔法出力も、互いに拮抗している。
「私は―― あなたが嫌いです―――ッッ!!
卑屈なことばかり。出来ることがあるのに、あなたにしか出来ないことがあるのに!!」
杖から放たれた魔法を障壁で弾き飛ばしながらもう一方のフェルンも応える。
「それは此方のセリフです!!
薄っぺらい。都合の良い愛想笑いばかり!! 相手の事を想いやれていないのに、同意して!!何がやりたいのですか、あなたは!!」
今まで会話すらしてこなかった二人が、感情をむき出しで。
「うるさい!!今この場に!シュタルク様とフリーレン様がいる意味も理解しようとしないあなたが!! 何を!!」
ただひたすらに互いに感情をぶつけ合っている。
「私は決めたのです! これが一番よいと! 誰にとっても幸せだと! なのに何故!! あなたが!!
全部持っているあなたが!!」
それは……心の奥底に溜まっていた何かを解き放つように
「「
ぶつけ合い。弾け飛ぶ。
「「あなたにだけは言われたく、ないっ!!」」
性質の異なる、たった一人の少女を2分した全く同じ存在の2人の少女。
魔力量も同じ、技術も同じ。相打ちにしかならない。
✧ ✧ ✧ ✧
「フリーレン……止められないのか。フリーレンなら出来るだろう」
そう。この場で最も強い彼女からすれば圧倒的などというレベルではない。
おそらく勝負にすらならない。
だが彼女は動かない。
「シュタルク。フェルンも言ってたでしょ。必要なことだ」
「どういう事だよ」
「フェルンなりにいつも思ってるんだよ。自身がどうあるべきか。シュタルクがいつも迷っているようにフェルンも迷っている」
シュタルクにとってフェルンはいつも冷静で
―― シュタルク様は逃げないと思います。
迷いなく突き進み
―― 必死に積み上げてきたものは決して裏切りません
必ずシュタルクの向かう先を指し示してくれる
―― 私の見てきた戦士シュタルクは一度たりとも逃げ出していません。
強く光る綺羅星。
けれどそれはシュタルクの一方的な見方でしかない。
「あの子は強い子だ。出会ったころからそうだ。表面的な言葉の裏で、どんなに想い迷っていても前に突き進む」
白と青のフェルンがシュタルクに見せてきていた姿は――
「でも、フェルンも人だ。女の子なんだよ。シュタルクも判ってあげて」
シュタルクは顔をあげて二人の行く末を見守る。
✧ ✧ ✧ ✧
「はぁ――はぁ――はぁ――」
何度も撃ち合い、防ぎ合い、死力を尽くした。当たり前のように決着はつかない。
魔力と共に体力にも限界が来る。
お互いに肩で息をしている状態だ。
「……いい加減認めてはどうですか。消えたくなんてないと。
こんなポーズを取って。手紙を残して。シュタルク様やフリーレン様に止めてほしいだけだと」
「……表の私が――、そんな性格の悪い煽りをして良いんですか」
「あなたが意固地なだけです……私が言いたいのは……あなたの望みに嘘を付くなと
あなたが消えて、居なくなるより。もっと望まれる結末があるのに……!」
「……言っている……言葉の意味がわかりません……」
「じゃあ……なぜ……あなたは……青のスズランの髪飾を……まだ持っているのですか。
つけるのをやめたのに――」
「ッッ!!」
「何故それをって顔――」
白のフェルンはくすっと笑った。
どうして隠し通せると思ったのだろう?そんな疑問すら湧いてくる。
わかるに決まっているじゃないか……
二人に分かれてから初めて感じたのだ。シュタルクからもらった時、生まれた感情。
―― 「わかりますよ。あなたは私なのだから」 ――
あの時、確かに、同じ想いをあの瞬間に共有したのだ。
青のフェルンは大きく目を見開いて言葉を失う。
「私は――」
――その瞬間。
”ブゥン”
という特有の駆動音と共に、沈黙を続けていた背後の装置が起動した。
三角形のアーティファクトが突然回転をし始めた――
■君のシンメトリー
「ようやく……ですか……」
「これは……」
青のフェルンはよろよろと装置に近寄っていく。
「これで私が消滅し、あなたが私になります。――それで終わります」
「――まだそんな事を……」
青のフェルンは両手を広げて瞳を閉じた。
「シュタルク様。フリーレン様最後にあえて幸せでした。
お二人の事をお願いします。もう一人の私――」
✧ ✧ ✧ ✧
アーティファクトの回転はより速度を上げていく。きっかけとなったあの日の様に強く光り始めた。
「フリーレン!だめだ。流石に止めないと」
戦斧を構えてシュタルクが叫ぶ。
しかし、フリーレンは
「シュタルク。大丈夫だよ。おそらく問題ない」
「フェルンが消えちまうんだぞ!」
装置を見つめるフリーレンは一言だけ「……消えないよ」と漏らした。
✧ ✧ ✧ ✧
全員が呆然と見守る中、アーティファクトは高速回転を始め――強い光は――
徐々に―― その光を弱めていく。
「どうして――」
いつまでも収束しない魔法に青のフェルンは呆然とその光景を見つめる。
「――これだよ」
フリーレンの声に、彼女が振り返った先。
「それは――、コンソールの――」
立っていたのは持ち出したコンソールパネルを持っていたフリーレン。
フリーレンはパネルに手を当てて魔力を込めている。
「私がフェルンを消させるわけ無いでしょ。命令はこっちから停止させてもらった。
伊達に籠もって解析していたわけじゃないんだ」
にこりと笑うフリーレンにフェルンは膝をついた。
「そん……な……、だって……もう、これしかないと……」
「フェルン。判ってるはずだ。たった一歩勇気を出して踏み込むだけで、君は消えなくて良い」
「判ってます……私は……私のせいでうまく一つになれない。なら私が消えるしかないと――」
その瞬間、フェルンは温かいなにかに包みこまれた
「よかった……フェルンが消えなくて……本当……」
「シュタルク様……私は……」
フェルンを力強く抱きしめるシュタルクの腕は震えている。
それは、強いおそれと恐怖を感じていたのだとフェルンに実感させる。
「シュタルク様は……私を……」
シュタルクはフェルンから離れたが、その手は彼女の方を掴んだまま。
「なあ、フェルン。手紙読んだよ」
「……はい」
「これ……治してくれたんだよな。ありがとうな……」
シュタルクが示すのは彼の着ているジャケット。
「でもさ……あんな手紙ないだろ。あんなの……俺どうしたら良いんだよ……」
「……」
「俺が自愛して無理しないのなんて無理だ、そんな簡単な旅じゃない。
フリーレンが使い込むの止めるのも無理だよ。フリーレンが俺の言う事聞くわけねぇじゃん」
シュタルクがぽつりぽつりと漏らす言葉を聞きながら。
青のフェルンは目を合わせられず下を向く。でも……シュタルクの言葉の続きを聞かずには居られない。
本来ならあり得ないのに、瞳から涙が溢れそうになってしまう。
「ずっと俺達でやってきたんじゃね―か。
今の二人のフェルンが俺にしてくれることは違うんだ。俺が見てきたフェルンは二人の丁度真ん中だよ。
どっちがなくなっても成立しないんだ」
「シュタルク様……」
「ずっとそばに居てくれよ。一緒に支えてくれよ。俺もフリーレンもフェルンが居ないと無理だよ」
まるで告白するかのように伝えてくるシュタルク。
「シュタルク様は……私が……必要なのですか……?」
シュタルクが掴んでくる震える腕に込められた力。彼にしては珍しく、フェルンのことを考えない力の強さだ。
だが、それでも必死に抑えているのだろう。本来の腕力ならフェルンの細腕など骨ごと砕いてしまってもおかしくない。
「必要がなかった瞬間なんてねぇよ……!だから消えるなんて……二度と言わないでくれ!!」
シュタルクはゆっくりとフェルンの腕を手放し、彼女の手にあった髪飾を取る。
それを彼女の左側の髪に差し込んでとめる。
「俺じゃ……やっぱり綺麗に留められないな……」
無邪気に笑うシュタルクの笑顔に毒気も何もかも持っていかれてしまう。
――もう、意地を張っても……仕方ない。
何も意味がない。これ以上シュタルクもフリーレンが訴えていることに反発するのは……
自分が最も嫌いな、子供のような癇癪でしかない。
「――はい……」
青のフェルンの方を叩く存在がある。振り向くともうひとりの自分。
「私はあなたで、あなたは私です。この手を取ってもらえませんか?」
一瞬の逡巡の後、青のフェルンは差し出された手を取る。
「私とあなたが一時だけでも個を得て邂逅した。それ自体に意味があったとするために……帰りましょう。
それとも、今でも私のこと嫌いですか?」
「いえ……」
その言葉を聞いた白のフェルンは薄く微笑み「なら良かった」と呟いた。
「フリーレン様……お願いできますか?」
青のフェルンの言葉を聞いたフリーレンは「わかった。そこに立って」と指示する。
―― そして、フリーレンはパネルに魔力を込めた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ねえ、フェルン本当に立てないの?」
「はい……2人分の疲労が一気に来て駄目です。魔力もほとんど残っていません」
声は元気なんだよなぁ……とぼんやりと思いつつ。
「そっか……」
まあ、仕方ないかと彼女を背負うシュタルク。
「まさか、ショートカット使えなくなるとはねー」
というのは、マッピングしたダンジョンの構成を調べるフリーレン。
「この状態で10フロア登るのか……」
「頑張ってください、シュタルク様」
シュタルクの背中のフェルンは……どことなく嬉しそうだ。
さっきからフェルンの腕の締付けと……背中に当たる柔らかい感触の押し付け圧が強い。
「……ところでフェルン。本当に直近の事覚えてないんだよね?」
「はい……気がつけば気持ちがスッキリした状態でしたけど……」
「本当に?」
「本当ですよ?」
紆余曲折の末、もとに戻ったフェルンは、ここ数日間の記憶がほとんど無いと訴えている。
『ここ数日間の記憶』と言っている時点で本当に覚えていないのだろうかと訝しんだシュタルクだったが……
―― まあ、フェルンが言うならそういうことにしておくか。
と、結論付けた。
その方が、きっと都合がいいのだろう。
彼女の掌には白のカスミソウと青のスズランが裏表で重なったアクセサリが握られていた。
飾りが裏表で重なり、留め具が中に埋め込まれてしまったので髪留めにもできない何かになってしまった。
ただ、彼女はそれを大事そうに握っている。
『なんとか、分解してみる?』というフリーレンの言葉にフェルンは
「いえ、これはこのままがいいです」と言っていた。
「仕方ない……じゃあ、しばらくこのまま歩くけど我慢してくれよ」
とフェルンに声を掛けるとフェルンは「はい」と言いながらしがみついてくる。
「ぬあっ!!」
シュタルクの反応にクスクス笑いながらフェルンは「がんばってくださいね、シュタルク様」とだけ述べた。
「どうしたの?」
フリーレンの言葉にシュタルクは焦りながらごまかす。
「いや……何でもない」
「ふーん。じゃあとにかく進むよ。帰って寝たい」
とフリーレンは歩き出す。シュタルクはそれをフェルンを背負いながら追いかけた。
―― 『ずっとそばに居てくれよ。』って言ってたことなんて全然覚えていませんから
フェルンがしがみついてきた時に耳元で囁かれた言葉。
前からそうじゃなかったとは言い切れないが……これから暫くも彼女に頭が上がらなさそうだ。
そんな事を考えながらシュタルクはダンジョンからの脱出の帰路についたのだった。
~ fin 君の心は二律背反シンメトリー~