葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey - 作:rvr75_raiden
というリクエストに答えてるのかどうかわからない物語。
旅の途中。野営の中で空を見上げていたシュタルク。その隣からフェルンは
「月が綺麗ですね」と声を掛けてきたとことから始まる。シュタルク君の小さなお悩み物語。
■月が綺麗な夜空に
北側諸国 帝国近領
明日には中継の街に立ち寄れる。そんな野営中の夜。
その日は雲一つない夜空に満月が輝いている。
と言っても、フリーレンによるとまだ、正確には完全な満月ではないらしい。
「前から思ってたけど、北側諸国は星がよく見えるなー」
そう呟いたのは赤毛の青年。アイゼンの弟子。戦士シュタルク。
フェルンとフリーレンはもう眠りについただろうか?
火の処理はした。周囲の気配もじつは注意深く探っている。
夜の森は静まり返る……ことは案外ない。
動物は眠りについても虫の鈴の音や、風に揺れる草木の葉音が常になにかの音を鳴らしている。
しかし、魔物が動く音や人間が歩く音などは結構目立つ。自然の鳴らす音とリズムが違うからだ。
魔力を感じられなくても、常人離れしたシュタルクの聴力はそういうものを聞き逃さない。
そんな彼の耳に響くサクサクという足音。人の足音がするのに焦る様子もなく動かないのは聞き慣れた音だから。
これは、彼女のリズムだ。薄い気配で、悟られぬように静かに歩く。そんなシュタルクにはわかりやすい気配。
「起きてたのか?」
「シュタルク様が、いませんでしたので」
「いい天気だったし、星が見たかったからさ……あ、ちゃんと周囲の警戒はしているぜ」
シュタルクの言葉に、フェルンはスカートを折りたたむようにしながらゆっくりとシュタルクの隣に座った。
「別に疑っていませんよ……」
「じゃあ、寝てたら……?」
「いえ、私も星が見たくなりました」
フェルンの言葉にシュタルクは「そうなんだ……」といいながら再度夜空を見上げた。
「―― 月が……綺麗ですね……」
不意に隣から聞こえた言葉。それは囁くように呟いた独り言……ではなく、シュタルクに投げかけられた言葉。
「そうだな……今日は晴れててよく見える」
月が綺麗である。夜空も綺麗だ。清々しい。そこに何の嘘偽りもなく、シュタルクは同意して――「今日はもう休もうぜ」と言おうとしたときだった。
―― ポコっ
「えっ?なに?」
隣を見るとちょっと不満そうな顔で膨れているフェルンがいた。
「なんで? ちょ、痛い!痛い!」
そのままポコポコと叩いてくる彼女に思わず叫ぶ。いや、痛くはないのだけど……
理由がまったくわからなくて怖い。
気が済むまでシュタルクを叩きのめした(?)フェルンは、ため息を一つついてから
「寝ます。シュタルク様も無理せぬよう、交代の時間になったら起こしてください」と言ってフリーレンの眠る野営ポイントへと戻っていった。
「何だったの……?」
呆然とするシュタルクを置いて。
■その意味を問うてみた
結局昨日のフェルンはなぜポコポコしてきたのか、シュタルクにはよくわからないまま一夜を過ごした。
(俺怒られるようなこといったっけ……?)
といっても、激怒というような感じではない。
『私、今の回答じゃ不満です、そうじゃないでしょう』といった主張。
故にポコポコもそんなに痛かったわけではない。でも、応対は彼女の期待には添えてなかったというのは事実。
そして、現在。
なんとなーく、翌朝もいつも通りの朝食。シュタルクが足りない食材を集め、フェルンが下準備をするフォーメーション。
「取ってきたぞー。魚と山菜」
「いつもありがとうございます」
「フリーレンは?」
「寝ています。起こしてあげてください」
「わかった」
見る人が見れば「夫婦か?」というノリで準備を進める二人。
(変わらねーな……いつも通りだ)
特に引きずっていないフェルンの様子に胸をなでおろしつつも、結局なんだったんだろうと余計に悩んでしまう。
その後、なかなか起きないフリーレンをあの手この手で起こして朝食を取ったわけだが、至って平和な朝だった。
ちなみに、フリーレンは顔の正面に干し肉を近づけると匂いにつられて起きてくれた。
しばらくはこの手を使おうとちょっと思う。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルク。どうしたの? いつになく難しい顔して」
次の目的地に向かって移動を始めた道すがら。
なんだか悩んでいるシュタルクにフリーレンは声をかけた。
なんせパーティーでは最年長の”お姉さん”なのだ。メンバーのメンタルケアは自分の役目である。
「あー、いや……別になんでもない」
「本当に?
私の知らないところでフェルン怒らせたりしたんじゃない?」
冗談半分で言ってみるとシュタルクはわかりやすく「うっ」という顔をする。
えー、またフェルン機嫌悪いの? と、歩く彼女を見るとそうでもない。
遠くに見える風景を楽しみながら機嫌良さそうに歩いている。傍目には無表情だが。
「ねえ、フリーレン。ちょっとわかんないことがあって。聞いて良い?」
「私にわかることなら答えるよ」
シュタルクは腕を組んでどう言ったものか?という仕草をしてからたどたどしく質問を話しはじめた。
「『月が綺麗ですね』って言葉知ってる?」
「どういう意味?」
聞いたままなら月が綺麗に見えているという話だが、シュタルクの口ぶりがそうではない様子。
うーん、なんかあったっけ?と記憶を探ると、ひとつ思い出した逸話があった。
「そうだね……こういう話を聞いたことがある」
「おう……」
✧ ✧ ✧ ✧
それは、大昔の話だったそうだよ。
まだ、エルフがそれなりにいた頃の話。
ある、一人のエルフの女の子が人間の男性に恋したらしいんだ。
エルフって人間とは寿命が違うから集団になると価値観が偏っちゃうから。
その娘の村では人間の村とのやり取りは必要最低限にしていて……
本来、会うことも禁止していた中、偶然出会った。
二人は様々な出来事を通して仲良くなっていくんだけど……この話要る?
30分ぐらいかかるけど……
――「いや、いい。質問に関係あるところまで飛ばして」
じゃあ……端折って。色々あってお互いの村の因習で二人は引き離されちゃうんだ。
――「めっちゃ飛ばすじゃん」
だって、二人が仲良くなっていくときの心情とか私説明できないし。
まあ、とにかくこの物語は二人の手紙のやり取りで締めくくられるんだ。
夜にその手紙を読むようにした二人のその手紙のやり取りには
『今夜も月が綺麗ですね』
って書き出しから始まっていたそうだよ――
✧ ✧ ✧ ✧
「っていうね」
「お……おう。つまり?」
判らなさそうな顔のシュタルクにフリーレンは苦笑する。
そういう情緒の読めなさはフリーレンも他人のことは言えないけど。
言葉を真正面から素直に受け取る様子は可愛らしい愛嬌だと客観的には思える。
「その後、エルフの村がどうなったのか判らないけど……やり取りした手紙は残っていたらしいんだ」
「うん」
「それを旅の詩人が逸話と、残っていた手紙を読んだ後に言ったのは……
同じ月を見上げることで、離れていても心は繋がっているということ……つまり……
『今夜も月が綺麗ですね』って『今もあなたを愛しています』という意味で書いてたんだろうねという話」
フリーレンがにやっとしながら「どう?」とシュタルクに声を掛けると、彼は唖然とした様子で固まった。
同じ夜空を見上げ、同じものを綺麗だと思う――
―― それは同じ思いで、その瞬間の心がつながっている――
―― 『―― 月が……綺麗ですね……』と彼女はおずおずと告げていた
―― つまりそれは……
ついさっきの逸話の結論『今もあなたを愛しています』というフレーズが頭をよぎり、シュタルクは顔が一気に赤くなる。
その感情と鼓動を跳ね上げたなにかの感触はうまく言葉にならない。
「いや……ちょっと……その解釈は……よく……わかんねーわ」
シュタルクは質問の時よりたどたどしい様子で応えた。
耳まで赤くする様子を見たフリーレンは「シュタルクにはちょっと早い大人の物語だったかな?」と割と的外れなことを考えていたが。
「まあ、私にもわかんないよ」
という彼女の言葉でその場の会話は終了した。
■その意味を考えてみた
現在、前方ではフリーレンと会話をしはじめたフェルンが並んで歩いている
その後ろでシュタルクは一人考えていた。
『月が綺麗ですね』というのは『私はあなたを愛している』という逸話がある……らしい。
言葉だけ聞いても、高尚すぎてどうして通じあえたのか分からない。素敵な物語として本も出ているらしい。
フェルンも読んだのだろうか?知ってて言ったのか?偶然なのか? 昨晩の話に俺はなんて答えた?
頭の中で思考がぐるぐる回る。
(フェルンが『私はあなたを愛している』という意味で昨晩話しかけてきた?そんなまさか……)
考えるほどにわからない。フェルンはシュタルクにとって大事な仲間だ。
―― フリーレンとは別の意味で頼りになって、時々可愛くて、優しくて、割と怖いときもあって……
―― 大切で、大事で……それで……すごく大切な……なにより大事な……
そこから先の感情がうまく言葉にならないが……フェルンはかけがえのない旅の仲間なのだ。
そんな感じで「あー、うー」と悩みながら歩くシュタルク。
正面を歩くフリーレンとフェルンが会話していた内容は
「なんかシュタルクが変なんだけどフェルン喧嘩した?」
「いいえ、いつも通りです」
「本当に?私の見てないところでなんかあった?」
なおも突っ込んで聞いてくる師匠にフェルンは
「シュタルク様はいつも通りですよ」
そう言って彼女は、微笑んでいた。
✧ ✧ ✧ ✧
「さて……宿の手続きは終わった」
到着した中継点の街。帝国近郊は強力な魔物も多いものの、村の近辺は安全性が高い。
そういう土地柄ゆえ、安全性が高い部分にしか村がないという逆説的な帰結ではあるのだが。
「しばらくは自由時間ですね」
「私は……魔法書を探そうかな、魔法店も見かけたし」
「私も少し、周辺の様子を見回りたいです」
「じゃあ、夕刻まで解散で」
特に不満もなかったのでシュタルクも同意した。
途中で見かけた鍛冶屋に向かって戦斧の整備を依頼して――その後は――
「シュタルク様は鍛冶屋ですか?」
考えているとフェルンが声をかけてきた。
「ああ、ここに来るまでも結構酷使したからな」
「そうですか…… その後は?」
「あんまり考えてなかったな。中央の広場にでも行こうかなって」
答えると、フェルンはふんわりと笑いながら
「そんな事を言いながら、街の人達のお手伝いして回るんじゃないですか?」
「え、別にそんな事する予定ないけど……いや、困ってる人いたら助けるけど。人として」
フェルンはちょっとだけ驚いた顔をした後に苦笑する。
「いつものあれ、無意識だったんですか? 1日放置したら村中の人がシュタルク様と仲良くなってますけど」
「なんのこと? 優しい人には礼を持って応えろって師匠には言われてるからな」
怪訝な顔で答えるとフェルンは珍しくクスクスと笑い始める。
「どうしたの?」
「いえ、シュタルク様らしいなと。私も一緒に行ってもいいですか?」
「良いけど、鍛冶屋だよ?」
「はい。良いですよ。代わりに、私が行きたいところにも一緒に来てもらう。ではどうでしょう?」
フェルンの言葉にシュタルクは「ふむ」と考え込む。
――「『今夜も月が綺麗ですね』って『今もあなたを愛しています』という意味で書いてたんだろうねという話」
瞬間的にフリーレンの言葉が頭をよぎった。
シュタルクは慌てて首を振って振り払う。今それを考えると何も返事ができなくなってしまう!!
(落ち着け俺……ここで間違うのはよくない……多分だけどなんかよくない)
なんせフェルンからの希望がでてきたのだ。
無視したり断ると機嫌を崩すだろう。もちろん、断るだけの理由も持ち合わせてない。
(俺の変な早とちりかもしれないし……)
「わかった。一緒に行こうか」
「はい。行きましょう」
ええいままよ!とフェルンに向き直り、了承の旨を告げると
彼女は柔らかく笑いながらシュタルクの隣を歩き始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
「で、兄ちゃんはなんか見た目のイケた装備がほしいと」
「違うよ。斧の整備してくれたら十分だって……さっきからこのやり取り何回目?」
店主のドワーフとのやり取りにウンザリした様子のシュタルク。
店に入って手続きをしはじめたシュタルクの後ろをぴったりついているフェルンに気づいた店主。
さっきからおしゃれ装備をやたらシュタルクに売り込んでくる。
「んー。でも兄ちゃん良いのか?」
「何が?」
店主のドワーフはシュタルクの背後のフェルンに視線を向ける。
フェルンは物珍しげに周りを見ている。単純に普段見ないものが多いからという様子だが。
シュタルクの襟首を掴んだ店主のドワーフはぐいっとシュタルクを寄せて耳打ちする。
「あの子、兄ちゃんの良い子だろ?
こういう店に戦士職が関係ない娘連れてるく時はだいたいそういうもんだぜ」
「ぬぁ!?」
店の店主にはシュタルクがフェルンに良いところを見せたくて連れてきた、そう見えているらしい。
シュタルクはフェルンに聞こえないようにドワーフに耳打ちしつつ。
「ちげーよ! マジで斧の整備お願いしにきただけだから」
「そうなの? 応援するよ?」
「いいから、早く精算してよ……」
本当に良いのー?という様子の店主をよそにシュタルクは精算を済ませた。
一体何なのだ?そもそも、フェルンはシュタルクが鎧甲冑でも突然着ようものなら眉をしかめて無言で距離を取り始める。
(さすがに……そうなると……傷つくし……)
そんな拍子にフェルンから声がかかった。
「シュタルク様」
「なに?」
「ああいうのは、シュタルク様は使わないのですか?」
そう言ったフェルンが指さしたのはインナーの楔帷子。
「兄ちゃん!兄ちゃん! 期待されてるよ!どうだい、サービスするよ!!」
「うっさいな!ちょっと黙ってて!!」
ドワーフの店主とそんな密談を交わしてから。
「えっとフェルン。ああいうの意外と重いんだよ。大丈夫なんだけど普段と違うとさ」
シュタルクはフェルンが指さした鎖帷子を手に取らせた
「本当です……すごく重いのですね」
後ろで店主が「もうちょい軽くていい素材のやつあるぞ―」とか言っている。ややこしいから止めろ!!
「珍しいな。フェルンが防具に興味を示すなんて」
「シュタルク様の生傷が絶えません。シュタルク様がいかに頑丈でも僧侶がいない私達は怪我に気をつけるべきです。
ちょっとした出費であれば出せます。シュタルク様の身を守る手段は必要と考えました」
「ッッ!?」
どうやら……フェルンはシュタルクの身の安全を心配した事を言っている。
それは……とても嬉しいことだが……
「いや、フェルン。防具着たくないって訳ないんだ……
そういうのって案外、普段の戦士のスタンスにすごく関わるから……。
俺って師匠の元でこのスタイルでやり続けてきたから……簡単に変えられないっていうか」
後ろでドワーフの店主が、軽量の高級鎖帷子と値札をこちらにチラチラと見せている。うるせーよ!!
「シュタルク様は無理しがちなので私は心配です」
上目遣いで言われると……困る。すごく困る。しかし、ここで店主の甘言で高級鎖帷子を買うわけには行かない。
というか、買ったらメンテの手間がなかなか大変なのだ。こういうのは費用対効果。
「分かった、フェルン。ちゃんと直撃避けるように気をつける。不用意に突撃しない!約束する」
「……約束ですよ?」
「……おう!」
何だこの状況?とシュタルクが思う裏で「俺は何を見せられている」という顔のドワーフの店主。
思えばいつもそういうふうに言われている気もする。しかし……
――『―― 月が……綺麗ですね……』
いや、関係ない。そういうの関係なく言っている。そうに違いない!
自らにそう言い聞かせてシュタルクはフェルンの背中を押す。
「まあ!とにかく、次の店行こうぜ!フェルンが行きたかった店あるんだよな!!」
「あ……はい」
そんな勢いでシュタルクとフェルンは店の外に出たのだった。
■君はいつもどおりだった
「こちらに並んでくださいね」
「はい」
比較的、人通りの多い街の中央通り。そこにあったのは小洒落たカフェ。
お昼過ぎの現在、少し人が多くなり、人が並んでいる。
まあ人気店に並ぶこと自体は全然OKだ。フェルンが行きたいのならもちろん付き合う。
だが、妙に気になる点がある。
「なあ、フェルン。ここの行列って妙に男女ペア多くない?」
「そうですね。カップル限定スイーツだそうです」
「……なるほど。……なるほど?」
並んでいるフェルンは視線だけシュタルクに向けて答えてきた。
特にどうということもなく答えてくれる。
「……フェルン、それって俺がフェルンの恋人って前提で並ぶやつだよね?」
「はい。シュタルク様と私は恋人という前提で店に入ります」
なんということもない顔でフェルンは答えた。
「……いや……えっ、良いの?」
「何がですか?」
「……え、だって、ほら恋人って……う――」
―― 嘘ついちゃ駄目でしょ。と言おうとしたらフェルンがシュタルクを見上げる。
「――恋人が、なんですか……?」
「――そ……んなことより、結構待ちそうだけど、フェルンはいいのか?」
一瞬、フェルンの眉がハの字になりかけたのでシュタルクは一気に方向修正する。
「はい。店の前を通りかかったときから食べたいなと」
……本気か?実はシュタルクも一応通りかかった時に見ている。フェルンが視線を向けた先だったのでなんとなく見たのだ。
二人席で一つの大型グラスに盛られたパフェ。それに刺さった2本が絡まった変なストローと……若干柄の長い1本のスプーン。
(めちゃくちゃ食べにくくない?)
そう、特定の食べ方をすればとても食べやすいのかもしれない……
恋人同士で向き合って座るテーブル。手に持つとちょうど向かい合う相手の口元に届く長さ。
……それをするのかという疑問。
(いや、待て、あれならフェルン一人で完食するか?)
シュタルクは別途飲み物を注文して、限定スイーツパフェはフェルンが食べればいいではないか。
なるほど。それなら納得である。などと若干失礼なことを考えつつ。
(柄の長いスプーンが持ちづらいのは……持つ場所を変えたらなんとかなるだろ)
「よし全部、分かったぜ! フェルン。楽しみだな」
「はい、そうですね」
ひとまずは納得することにした。
✧ ✧ ✧ ✧
……と、思ってたんだけども。
「シュタルク様。それでは口を開けてください」
「――なんで?」
席に座れてから早々に注文をフェルンが済ませてしまって、シュタルクが口を挟む瞬間がなかった。
結果、ストローが2本とちょっと長いスプーン1本のこれが来た。
非常に大きなフルーツパフェと、下はフルーツドリンクとなっている。
上部のパフェを食べたら二人で飲む形?というものだそうだ。
「あーん」
ためらうシュタルクの頬にグイグイとスプーンを寄せてくるフェルン。
「なあ、フェルン。これって恋人がやるやつだよね?」
「はい、この店では私達は恋人ということで入店しました。口を開けてください」
微笑むと言うより、それが当然だろうという顔のフェルン。
「……フェルンはパフェ食べないの?」
「食べますよ。口を開けてください」
まずは食べたい当人から、という逃げ道は……即封じられた。
というか、スプーン一本しかないのに口をつけて良いのか?
「分かった……食べる。食べるからそんなにグイグイ押し付けようとしないで」
「あーん」
絶対に退いてくれない彼女に折れて了承を出しつつ口を開ける。
「シュタルク様『あーん』と言いながら口を開けてください」
なんでだよ!!と心のなかで叫ぶと「それが格式というものです」といくつか並んでいるテーブル席をフェルンが指差す。
たしかにそんな感じだ……というか、カップル客しか居ないな!!なんなの!?と思いつつも……
「……あ、あーん……」
「はい、どうぞ」
フェルンはシュタルクの口にクリームのついた果実を差し込んできた。
甘さとみずみずしさが見事に絡み合っていて、旅で疲れていた身体に糖分が染み渡る。
「―― 美味い……」
「そうですか。良かった」
ここに来た目標が達せられた――そんな雰囲気でフェルンは柔らかく笑う。
ひとまず満足してくれたらしい。なら……後はフェルンが――
「では、シュタルク様こちらを」
「はい?」
そんなフェルンが差し出してきたのは彼女の持っていたスプーンの柄。
(これを、俺が、持つ――? つまり――)
「私も食べたいです」
ですよね~……とは思うが。要するに、そういう事を彼女はお願いしてきた。
✧ ✧ ✧ ✧
握ったスプーンの端を眺めながらシュタルクは悩む。
(待て待て待て。このスプーン、さっき俺が口つけたやつだぞ?)
間接キス。その単語が脳裏をよぎった瞬間、シュタルクの顔が一気に赤くなる。
「え、あの、フェルン……?」
「何ですか?」
「いや、その……このスプーン……俺が使った……」
「はい。それがどうかしましたか?」
フェルンは首を傾げる。何を言っているのですか、という顔だ。
(ハンカチで一度拭くか? いや、俺のポケットから出したもので拭くのも清潔さの問題が……)
というか、周りを見渡せば他のカップルたちも普通にやっている。
――『はい。シュタルク様と私は恋人という前提で店に入ります』
どういう意味だ? 結局どういうつもりで入った? 昨日の月の件からさっぱり彼女の考えがわからない。
しかし、フェルンの顔は特に照れた様子はない。全体的に機嫌は良さそうだが。
とはいえ、こうしてシュタルクが固まっていると徐々に影響が出てくる。
タイムアップまで待っても得はない。
「……わかった」
観念したシュタルクはスプーンを受け取る。
手が震える。なんでこんなに緊張するんだ。
――『アイゼンも戦う前、手が震えていたんだ』
かつてフリーレンが、震える腕を前に行ってくれていた言葉。
師である伝説の戦士アイゼンも強敵を前に震えていた……つまりこれは戦士としての ――
―― んな訳あるか!! フェルンに「あーん」だよ!
「シュタルク様?」
「あ、ああ……じゃあ……」
パフェをすくって、フェルンの口元へと運ぶ。
その距離の近さに心臓が跳ねる。
「あーん」
スプーンからこぼれないように左手を添えてフェルンの口元へと差し出す。
このままパクっと……食べてくれるよね? ……と思っていたらフェルンはその小さな口をおずおずと開けた。
これにはちょっと恥ずかしいらしく、頬が赤くなっている。
(だったらやめようぜ!!)
とは思うのだが……要するに、そのまま口にスプーンを差し出せと。
「ぐっ……、フェルン……いれるぞ」
「はい……シュタルク様、来てください」
(何だこの会話?) と思いながらゆっくりとスプーンを小さく開いたフェルンの口に差し込んだ。
「んっ……」
スプーン越しにフェルンのやわらかな唇の感触を感じつつ、ゆっくりとフェルンの口からスプーンを引き抜いた。
「……フェルン、どう?」
目を閉じてゆっくりとクリームの乗った果実を咀嚼した後。
「甘くて美味しいですね」
彼女らしい端的な感想と笑顔で答えてくれた。甘味は万事の正義か。
いや、それはさておきまだ手が震えそうなので左手でスプーンを握っている右手を掴む。
「シュタルク様?」
まるで大技を出して自身もダメージを食らったかのようなシュタルク。
そんな戦士を目の前にフェルンは「どうしたのですか?」という表情を見せた。
「……なん、でもない……」
「まだたくさんあります。フルーツも色々あるので楽しみですね」
「そう……だな……」
これを、あと、何回やれば……許されるのだろう?
シュタルクはかつて自身に立ちはだかった巨大な竜を前にした気持ちで戦斧……ではなくスプーンを握りしめた。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタルク様、これで最後です。はい、あーん」
「……くっ、あーん」
最後のフルーツをスプーンですくったフェルンが今度は私の番ですね、とシュタルクに差し出す。
魂が摩耗して、髪の毛が真っ白になってしまったような気もするシュタルクは、覚悟を決めて口を開けた。
誰なんだ、あーんって言わないといけないルールを敷いたのは!!
いや、そんな原則はないのかもしれないけど、フェルンは強要してくる。だが、これが最後だ!!
「美味しい……」
フルーツは相変わらず美味しい。甘い。果実も変われば、染み込んだクリームなども変わって毎回味が変わる。
とても工夫のなされた一品だ。ちょっと遠くの街からやってきて食べている人たちも多いのだろう……
もしかしたら、自分たちのような偽装恋人も多いのか?
なんとなく周囲を見渡すが、「うふふふ」「あははは」と、全体的に甘い空気が漂っている。
(いや、わからん!!)
と悩んでいると。
「シュタルク様と一緒に食べてみたかったのです。見かけたときに。美味しそうで楽しそうだなと」
「……うん。美味しかったよ」
楽しかったか? 楽しかったかも……? わかんない……
わからないがフェルンが楽しそうなら。それは嬉しいことなのかもしれない。
――『―― 月が……綺麗ですね……』
(そんな深い意味はなくて……何かを一緒に楽しみたかった。思い出を共有したかった。……とか、そんなことだったのかな?)
眼の前のフェルンを見るとそうとも思える。
とかなんとか考えていると――
「では次はこれですね」
――次の爆弾が落とされた。
フェルンが出したのは妙な形のストロー。残ったジュース部分にそれを差し込む。
本来は1本の筒状なのに、途中で2本がハートマークの形で絡まった妙な形になっている。
どうやって加工したんだろう? 魔法を使えばこんな事ができるのか? いや、それよりなんでそんな形?
「なあフェルン……これは?」
「二人で飲むために必要な仕組み……だと思います」
考えたやつ頭おかしいな!!
「いや、もう、フェルンだけで――」
と言いかけるとまたフェルンの眉が、ハの字に……
「よし!飲もうか!美味そうだよな!!」
「はい」
半ばヤケクソになりながら、シュタルクはストローの飲み口に顔を近づける。
するとフェルンも同様に向かいのストローを咥えようと――
―― 目があった
フェルンの瞳の奥に自分の顔が映る。
(間抜けそうにしているなー。めっちゃ顔赤いし……)
そうか。フェルンにはこういう顔が見えているのか。笑えるだろうな………
などと考えていると、彼女の表情は和らぎ、微笑んだように見えた。
その後は、とにかく必死に飲んだ。もはや味はよく覚えていない――
■君と僕はいつも曖昧
「……なんというか。あれで良かったの?」
最後の一滴も残さず飲んだ結果、大きなパフェグラスは氷を残すのみとなった。
満足そうなフェルンに安堵したシュタルク。ひとまず二人で半分ずつ出して支払いを済ませた。
なんとなく、店の空気的に「俺が出す」と言いかけるとまたムッとされたので二人で折半である。
「はい。いい思い出になったと思いませんか?」
「……思い出。……思い出か」
シュタルクの人生において、故郷の村で過ごした幼い日々、その後、アイゼンと共に過ごした修行の日々。
そんな17年程の人生に比べると、フリーレンやフェルンと旅をしたのは直近の3年程。
大切さを比べることなんて出来ないけれど……
期間に対して今の3年ほどの旅の思い出は、言葉にできない濃密さがある気がする。
共に初めて魔族と戦った日の朝焼けの光景。
二人で互いに必死に選んだ誕生日プレゼント。
デートの終わりに二人で観た夕暮れの光景。
立ち寄った街のお祭りを楽しんだ日のこと。
手間隙かけて向かった足湯の温泉から見えた風景。
思い出す出来事には、いつもフェルンやフリーレンが隣にいる。
(そっか、同じ光景をみて、同じ体験をして、共有したからか……)
同じものを見て、想いを大切な人と共有できる。これは本当に嬉しいことなのだろう。
でもなかなか難しい。なぜなら性格も、特性も異なる人間だからだ。
同じ想いを抱いたかどうか、わからない。でも、そうであればいいなとただ、ひたすらに願う。
―― 同じ月を見上げることで、離れていても心は繋がっているということ……つまり……
――『今夜も月が綺麗ですね』って『今もあなたを愛しています』という意味で書いてたんだろうね
不意にフリーレンの言葉を思い出した。
思い出したと同時にゾワッと背中に妙な感覚が走る。
(今さっき……俺は……何を願った……?)
「シュタルク様?」
随分と長い時間考えたようで、実際は10数秒。だが、しばらく無言で考えていたシュタルクをフェルンが心配そうに覗き込む。
「おわっ!!
えっと、なんでもない!!」
慌ててごまかすと、そうですかとフェルンは元の位置に戻った。
(危なかった……)
動揺が……筒抜けたかと思ったが、ひとまず息をついた。
✧ ✧ ✧ ✧
宿泊先へと戻る帰り道。まだ少し明るいため、街の公園を通って帰っている。
比較的安定した街なのか、夕暮れ時まで遊んでいた子供たちがそろそろ家に帰る準備をしているのが見えた。
「……あの。すいませんでした」
フェルンから聞こえたのは謝罪の言葉。
「なんで?」
「よくよく考えると、私の勝手も過ぎたのかと思って」
先の喫茶店のカップル限定スイーツの話のことだろう。
どうやら、事前に申し出もなく、店に入ったことにちょっと思い起こして反省しているようだ。
「私は……楽しかったのでつい調子に乗ってしまったのですが。シュタルク様の負担になっていたのなら――」
「――そんなことはねえよ。美味しかったしな」
負担ではないが……心臓には悪かった。悪かったし恥ずかしかったが1ミリも嫌ではない。この感情はどうすれば伝わるのか……
「そうですか……? なら……良かったです」
やんわりと笑うフェルン。思わず見入ってしまい、言葉を失いそうになり、慌ててシュタルクは佇まいを直した。
「でも……美味いパフェだったのにカップル限定ってややこしいよな!
制限がなかったらフリーレンも一緒に行けて――」
耐えられなくなり、なんか妙な言葉が口をついて出てくる。これは……無駄な言葉だ。分かってるけど、出てきてしまう。
「――いえ」
遮るようなフェルンの返答。すこし強い口調だったように思う。
「あのお店に、シュタルク様と二人で入ってみるのは楽しいかなと思いました。パフェは……ついでかもしれません」
「美味しかったですけれど」と補足しながらもフェルンは続ける。
「シュタルク様はどうですか? 例えば、フリーレン様と一緒にお店に入りたいとか考えたり……しますか?」
「そ……れはないと思うけど」
「あの看板をみて、誰と一緒に入ると楽しそう……とか……考えたりしませんでしたか?」
これは……どういう……意味だ? 何を問われている? 何答えるべきだ?
……想像の中に、隣に誰がいるのか……口に出してしまって良いのか?
言葉にしてしまって……フェルンはどうなんだ?
それを明確に言葉にしていいのか?俺達は……
「フェルン……俺は――」
何の回答も用意せぬまま口だけが開いて言葉を発し始める。俺は何を言うつもりなんだろう?
シュタルクの思い悩む表情を見たフェルンはすこし苦笑いをしたように見えた。
そんな瞬間――
―― パンッ!――
と、手を叩く音が聞こえた。フェルンが両手を叩いた音だ。突然過ぎてシュタルクも我に返る。
「―― つまりは、そういう想い出作りです……」
「フェルン?」
今、何かをはぐらかされた?わからない。わからないが話は終わった。そんな気がした。
「いつか、この旅が終わって。シュタルク様も、私も、自分の人生を選択して歩む日が来たときに――」
彼女の顔に赤い夕日が差し、紫の髪は紅色に染まるように見える。
「―― お互いに、旅の楽しい想い出を共有して笑い合えたなら。それは素敵なことだなと、思ったのです」
どうしてだろうか。彼女と自分の間にはこの言葉の一歩先がある気がする。それだけは確信を持って感じる。
だけどまだ今はその時ではない。それが彼女の瞳からも読めるし、シュタルク自身もそう思える。
「そうだな……旅は……大変だけど。バカバカしくて楽しい想い出を……積み重ねるもんだ」
「はい……」
今はここが妥協点。それは曖昧で。まだ形がない。
ただ、きっと同じものを見て、同じ想いを胸に抱いていたら嬉しい。そんな感情だけを残して。
―― 旅は長くとも、一歩ずつ目的地に近づき……いつかは終わる。終わった時。いつか――自分は彼女に何かを伝えることがあるのだろうか?
確かな未来にあるはずの曖昧な気持ち。
それを、胸の奥にしまい込んで、暮れゆく夕日を背に今日の宿へと向かった。
■そして今日も月は綺麗ですね
「遅かったね。散歩は楽しかった?」
「はい。フリーレン様も良い魔導書は見つかりましたか?」
宿には先に帰っていたフリーレンがいつものノリで出迎えてくれた。
そんなフリーレンにフェルンもいつも通り応対する。
「無駄遣いはしていませんか?
買うなとは言いませんが、予算の範囲内でお願いしますよ」
「……さすがに何でもかんでも買わないよ」
ちょっぴりムッとしながら答えたフリーレン。
そして3人で笑いながら宿に入っていく。いつも通り。
「夕食向けの美味しそうな店を知ってるんだ。今日は私が出すから好きなもの頼んでよ」
「良いのですか? デザートをセットで頼んでも?」
……まあ時間は経ったけど、あのボリュームのパフェを食べたあとにどれだけ食べるつもりなんだろう?
と、口にすると多分ポコポコされるので言葉にしないように見つめる。
その視線に気づいたフェルン。なにか察するものがあったのかほっぺたが膨らみはじめた。まずい……
「フ、フリーレン!俺も歩き回ったから腹減っちまったぜ。なんでも頼んでいいんだよな!!」
ちょっとした身の危険を感じたシュタルク。ひとまずは、フリーレンの提案に全乗っかりする事にして二人の元に駆けつけた。
✧ ✧ ✧ ✧
案外……時間が経てば腹が減るものである
フリーレンのおすすめの店の夕食はとても美味しくついつい色々食べてしまった。
ザインあたりが聞けば「これが若さってやつかよ……」と言いそうなものだが。
「美味かったなー」
そして、楽しかった。3人で囲む食卓ってのはいつも楽しい。
その日起きたこと、くだらない会話を交わしながら……大騒ぎじゃない程度だが、やっぱり楽しい。
そんなことを考えながらシュタルクは宿の屋根の上に登って月を見ていた。
今日が、本当の満月の日……ということで、ベッドに入って眠る前に見たくなったのだ。
そんな夜空を見上げて思い起こすこと。
―― 「―― お互いに、旅の楽しい想い出を共有して笑い合えたなら。それは素敵なことだなと、思ったのです」
今日、フェルンから聞いた言葉。
―― 同じ月を見上げることで、離れていても心は繋がっているということ……つまり……
――『今夜も月が綺麗ですね』って『今もあなたを愛しています』という意味で書いてたんだろうね
そして、フリーレンの語った逸話。
あとは……踏み込めなかった曖昧な感情。
俺たちはどこへ向かい……どこへたどり着くのだろう? 場所の話じゃない。ただ、それはうまく言葉にならないし、説明できない。
ただ、わかるのは……
「こんな中途半端な状態で、言葉にして、明日歩けなくなるのだけは……駄目だよな」
そう。旅の途中なのだ。まだまだ先はある。
危険もある。考えなければならないことは多い。学ばなければならないことも多い。
だから、今はこれでいい。
「何がですか?」
「なんでもねぇよ」
実はゆっくり近づいて来る気配は感じていた。
声をかけてきたのは背後にいたフェルンだ。
「気づいていたのですね」
「さすがに、こんだけ近かったら……あとは呼吸とか歩く時のテンポとか……」
「それで判別できるの、結構異常だと思うんですけど……」
そんな事を言いながら、フェルンはシュタルクの隣に座る。
そうしてしばらくは二人で星を眺めていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「今夜も、月が……綺麗ですね。シュタルク様」
不意に隣から掛かった言葉。
フェルンの方を向くと、彼女はシュタルクをまっすぐに見つめていた。
「今夜もか……」
シュタルクは再度夜空を見上げて月を見つめる。
それは彼女の言葉の通り、今日が完全な満月で天気もよく輝いて見える。
(結局どういう意味なんだろうな……?)
昔の詩人が言うには「あなたを愛しています」という言葉らしい。
それは、ロマンティックで素敵な逸話なのだろう。だからそうして語り継がれる伝承となっている。
けれどシュタルクとしては、好きなら好きだと言ったほうが良いと思う。
思いは言葉にしないと伝わらない。誰かが言っていたけど本当にそう思う。
―― その娘の村では人間の村とのやり取りは必要最低限にしていて……
―― 本来、会うことも禁止していた中、偶然出会った。
―― 色々あってお互いの村の因習で二人は引き離されちゃうんだ。
(そういえば、逸話って本当は会うことすらできない二人の話だったっけ)
と、ふと思い出した。
もし、ややこしい表現は、直接「愛している」と言えなかった二人に許された言葉だったとしたら……
もし、今言うべきではない言葉を精一杯伝えるための言葉だとしたら……
今、あなたと同じものを見て……あなたと同じように想っている。そう伝えたいだけの心の叫びなのだとしたら……
逸話を知っているのか、知らないのか。同じフレーズを口にするフェルンは今何を言おうとしているのか?
仮定ばかりで、シュタルクに真意はわからない。
(もし、そうだったら……俺は嬉しいのかな?)
シュタルクはこちらを見つめるフェルンへと向き直る。
(そうだ、言葉には言葉でちゃんと答えるべきだろう)
これは、そういう高度な言葉遊びと駆け引きの話なのかはわからない。
だが、今そこで即座に「好きだ」と断言するのは、自分にもフェルンにも重すぎる気がした。
旅はまだ続く。互いに学ぶべきことも、越えねばならない試練もある。
――言葉にしないことを、自分で選ぶ――
そう決めたのは、怖さでも臆病さでもなく、今の関係を大切に思うための判断。
シュタルクは小さく息を吐き、月明かりに照らされた彼女の手をそっと取る。
「ああ、そうだな――」
月明かりが照らす彼女の顔を見つめ、言葉を探す代わりに指先を重ねる。
「今日も――月は、とても綺麗だと思う――」
フェルンは一瞬、呼吸が止まっているようにも見えた。
一拍して、彼女はほっとしたような、安堵のような微笑を見せた。
その瞳には、言葉よりも確かな光が宿っている。
「……はい――、また満月の日に、こうして二人で星空を見上げられたら」
彼女はそう言いながら、シュタルクの手を軽く握り返す。強さを求めるのではなく、同じ歩幅で進むことを願うように。
二人は言葉を超えた約束を、月の下で交わしながら。
今はそれでいいのだと……そう思うのだ。
~ 月が綺麗ですねと君は言う fin ~