葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey -   作:rvr75_raiden

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ぬくもりと雪月花 ~Warmth Amidst Snow, Moon, and Blossoms~

■寒冷地の夜はかくも冷える


 

北側諸国 北部高原 とある辺境の村

 

北部高原は概ね寒冷地に属し、高地ゆえに冬が訪れると大半の地域は雪で埋まってしまう。

降り積もる雪は周囲の音を吸い取り、辺り一面は白と静寂に沈んでしまう。

それでも魔族被害はどんなときでも発生するため、討伐任務は季節や天候を問わず行われる。

 

そんな過酷な状況でも己の力による解決が大陸魔法使い協会の一級魔法使いに求められる資質であり、真価である。

今回も雪深い山の麓の村というなかなかに過酷な場所に赴くことになったのだが……

 

折り目正しく、規律正しく、協会支給の正装を着こなした見た目も実態も真面目が服を着て歩く男、一級魔法使いゲナウ。

彼は現在、雪の降る夜の里の中でただ一人待機していた。先ほどまでの状況とは異なり、さすがに冷えてくる。

 

別にアテもなく立っているわけではない。単純に人待ちだ。誰を――メトーデだ。何故――自分が先に外へ出たからだ。何処から――浴場だ。

 

男性の自分とは異なり、美しいブロンドの長い髪を持つメトーデ。彼女が何かと支度に時間がかかるのは致し方ないと考える。

それ以外に余計なことは……決して考えてはいない。まったく考えていない。

 

さて、任務地でこんな状況になった理由は何だったか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ゲナウさん。3体の魔族がそちらに逃げました。1体は……当人曰く二つ名持ちです」

 

事前に女神の魔法でメッセージのリンクをつなげている。それを経由して伝わるメトーデの言葉。

女神の魔法に長ける僧侶は火力がなくともその存在一人で戦局が覆る。よく言われる話だ。

その理由はその効果が回復や強化だけではないからだ。直接の攻撃手段がやや少ないだけで、応用性の高い魔法が非常に多い。

 

女神の魔法は資質によって使える人間が限られている。

通常の魔法と女神の魔法の両方をそつなくこなす後輩はいつの間にか戦略的に不可欠なパートナーとなっていた。

 

「……わかった」

 

メトーデが駆除した際に、3体の魔族を取りこぼした。それらが今こちらに向かってくる。

魔族の中で人類の天敵とされる大魔族達はおおむね二つ名を持つ。全知のシュラハトや黄金郷のマハト、血塗られし軍神リヴァーレなどなど。

おおむね、他人が勝手につけた名で本物は名乗らない。異名であり畏名だ。

 

「逃げてくる自称二つ名か……まったく、手間を取らせてくれる」

 

それなりのスピードでゲナウの待ち構える通路に迫りくる気配が3体。どうやら来たようだ。

森の中に2体。正面から低空を飛んでいる魔族が一体。

おそらく上空を飛ぶとメトーデに迎撃されるからだろう。よほどの恐怖を味わわせられたらしい。

攻め込んだうちの半数を失っているので、仕方はあるまいが。

 

「ふん」

 

ゲナウは手に掴んでいた今日の指揮官らしき魔族の頭をポイッと放り投げた。

つい先ほど仕留めたばかりだったのでまだ灰化しきっていないが……雪の上にどさりと落ちたそれは徐々に黒くなり、霞と消えていく。

 

「なんだ貴様は!! 俺は鮮烈なる烈風の――」

「知らん」

 

思ったより子供が考えたような二つ名が出てきた。呆れる気持ちで――

 

「かっ……あ……あれ……体…は?」

 

ゲナウの背中から生えた黒い翼、黒金の翼を操る魔法(ディガドナハト)はまるで巨大な腕の様にその魔族の首元を横切っていた。

雪の上に”鮮烈なる烈風の”……名前が分からない魔族の身体がどさりと倒れた。

 

「そこにあるぞ」

「あがぁ」

 

そのまま翼でつかんだ頭を胴体のほうに放り投げると灰となって消えていった。

結局名前は何だったのだ?というより二つ名に優雅さがない。

 

「残り二体。私は一人だ。二人かかりで攻撃すれば、勝てるかもしれんぞ。出てこい」

 

ため息をつきながら黒い翼を広げたゲナウはまだ隠れて出てこない残りの2体の魔族に告げた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『寒冷地で申し訳ないね。今出られるのは君たちだけなんだよ』

 

一級魔法使いに階級もなく上下もない。だが、年齢に比例した実績というものはある。

ある種、オイサーストの魔法使いにおいてまとめ役ともいえる存在のレルネンから依頼されたのは寒冷地の村の魔族襲撃からの保護。

 

そして訪れた、雪に囲まれた村は魔族の集団と抗争状態にあったようだ。

寒冷地でもあるが、気象鉱物の出る鉱山も近く、魔族に荒らされてよい村ではない。

 

こうして、ゲナウとメトーデは数日前から街に入り、襲い掛かる魔族に対して何度か撃退を繰り返してきた。

大口の魔族がいるのか、それともただの崩れの集団なのか、まだ全容は見えない。

そこそこの戦力は削いだがまだ主戦力……全体指揮を取っている者が出てきておらず、予断を許す状況ではない。

 

「片付きましたか」

「メトーデ、村の護衛は」

「広域の探査の結果、今日の襲撃の魔族は全て反応が消えました。ゲナウさんも拠点の襲撃。お疲れ様です」

 

そう言ってメトーデはゲナウの頬に手を当ててきた。

 

「……なんだ?」

「頬に傷がありますよ。放置するとばい菌が入ります」

「……」

 

”鮮烈な烈風”的な攻撃が一応出ていたらしい。そよ風程度で気にしていなかったが……

 

「……ありがとう」

「いえ。このぐらいは」

 

何故か癪だが、礼を失するのは主義ではない。大人しく感謝を述べるとメトーデは苦笑したようだ。

 

「滞在拠点に帰ろう。体を動かした後に冷えるのはよくないだろう」

「そうですね、戻りましょう」

 

と、そんな感じで、メトーデと共に遊撃的に村の被害を抑える日々。そうして長丁場の対応を覚悟した頃、村の者が声をかけてきた。

 

■温泉と雪


 

北部高原の冬は厳しい寒さと雪に囲まれた地となる。それゆえにこの地で暮らす人たちは強かだ。

とはいえ、魔族との戦闘に長けるわけではない。外壁を作り、弓矢と槍と地の利でぎりぎりまでやっていたらしい。

しかし、いよいよ魔族の数も増えて限界が来たという様子だった。

 

それゆえにゲナウ達が来たときの歓迎っぷりはなかなかだった。

豊かな地ではないのでそんな大げさな歓迎があったわけではない。もともと不要だと連絡はしていたのだが。

 

しかし、その日は少し様子が異なっていた。

 

「はい、毎日村のために戦ってくださるお二人に我々でもなにか出来ることがあればと」

 

声をかけてきたのはこの村の村長だ。襲撃を機に交代したのか、まだぎこちなさが残る比較的若い人物に見えた。

 

「これが我々の仕事だ。報酬は協会から出ている。滞在用の家屋を借りている以上余計な気遣いは不要だ」

 

滞在にあたっては一軒家……と言うほどのものでもないが、寝泊まりに問題がない程度の場所を借りている。

場合によっては野宿もやむを得ないことも多い任務だ。今回は「屋根と床と暖炉があるのは助かる」ぐらいに思っていた。

 

少なくとも、ゲナウはそういう風に考えるようにしている。

そうでなければ失礼なのだ。任務に同行しているパートナーに対してだ。

 

「ですが、本当に我々としてもお二人には感謝しておりますし……」

「資材のリソースは村で利用するといい。このような場所だ。余裕があるわけではないだろう」

「あ、そうなんですけど……であればと我々も考えまして」

 

今回はずいぶんと強情に食い下がる若い村長。実際良い人物なのだろう。

こんな場所で魔族の襲撃から村を防衛し、維持してきた人望もある。

そんな人物だからこそ、自分たちが村の負担になってはいけないと思うのがゲナウという男だ。

どこまで行ってもぶっきらぼうで、その裏は酷くお人好し。

 

村の感謝の申し出を断ったゲナウに対して、やり取りを見ていたメトーデは指先で頭を抑えて、嘆息を漏らした。

まったくもって、静かな強情同士で話が進まない。

 

致し方なくメトーデはゲナウの肩を軽く叩いてから、2人の間に割って入って笑顔で答える。

 

「申し訳ございません。我々は立場上、謝礼や物を受け取ったりすることが許されていないのです。その点はご理解ください。

 ですが、皆さんが感謝の気持ちをくださるというのであれば、そのご厚意はありがたく頂戴したいと思いますけれど、如何様なお話でしょう?」

 

背後からなんとなく憮然とした感情が読み取れるが、ややこしくなるのでメトーデは笑顔を崩さずに無視する。

ゲナウに威圧されていた若い村長も彼女の対応に胸をなでおろした様子だった。

 

「はい――実はこの村は小さいながらも温泉が湧いておりまして、公衆浴場として村の中で利用していたのです。

 襲撃で壊れて閉鎖していたのですが、お二人のお陰で修繕が完了して再開の目処が着きました」

 

自分たちが村の救いになっているのであればそれは純粋に喜ぶべきことだ。

メトーデは素直に「なるほど、それは良い事でございますね」と感想を述べる。

 

「それでお二人が良ければ、ぜひ再開の利用者第1号としてご利用いただければと思いまして……本日村者も総出で設備の整理や掃除をしていたのです」

「まあ、素敵ですね。そのご厚意ありがたく受け取らせていただきます」

 

両手のひらをあわせて笑顔で答えるメトーデにゲナウは「待て、メトーデ」と言おうとした瞬間

 

「ゲナウさん……」

 

と、低い声と共に背後に向けた肘で小突かれ、ゲナウはその場に静止する。

 

「では、村の者に伝えて準備してきます」

 

村長は表情を明るくして帰っていき、メトーデは手を振って見送った。

 

「……今は任務中で襲撃がない状態でも常に待機中だぞ」

「先の大型襲撃でおそらくあちらも建て直し中と思われます。

 私達がそんな中で休養を取ることを憚り、倒れては本末転倒ですよ」

「む……」

 

物は言いようである。ペアを組んだ直後はゲナウの指示に従っていた彼女だが現在はなんやかんやと口出しはしてくる。

もちろんメトーデが正しくゲナウが間違っているのであればそれはパートナーとして有能な証だ。

しかし、夜食で怒られた一件で大人しく従って以降、こういう議論で言いくるめられてしまう事が多くなった。

 

メトーデは大きなため息をついて「言わなければなりませんか……」と小さく呟いた。

なにかやばい雰囲気を感じたゲナウは少し身構える。

 

「こういった任務であれば濡れタオルで身体を拭くぐらいでも仕方ないと思い、常々何も言わぬようにしていますが……

 ゲナウさん、汗の匂いとか諸々、私がどう思っているか素直にお伝えしましょうか?」

 

この衝撃発言にゲナウの背後には落雷が落ちる。

 

「なん……だと……」

 

身嗜みには比較的気をつかっており、以前のパートナーであればむしろ自分の方が清潔だった自負もある……だが女性のメトーデからすると、そうなのか!?

むしろメトーデはそんな中で香水も使っている様子もないのに、何故甘い匂いしかしないのだ……理不尽すぎる。

 

「お風呂に入れば、汗は流せます。着替えもあるのでしょう」

「……まあ、そうだが」

 

必殺のチェックメイトを打った状態から更に詰めてくるメトーデ。

いや、これは逃げ道の提示なのか?進めば回避できる、いや詰みなのか?

そもそもこの状況における詰みとは? 入浴を認めることか? いや違うな……匂いの件か!? 等と思考はグルグル回る。

 

「どうしますか?」

「くっ……判った……申し出を受けよう」

 

結局、ポッキリとプライドが折れたゲナウの意見を確認したメトーデは両手をあわせ

 

「はい、では支度をしましょうか。雪国にある温泉とは趣深いものですよ」

 

と、彼女にしては珍しく鼻歌を歌いながら準備を始めた。手ぬぐいやタオルを2セット出しているあたりゲナウの分も用意してくれるらしい。

もしかすると、ただ温泉に入りたくてのブラフだったのかもしれない。しかし、ここで先程の真偽をつきつめても確実にこちらが不利なことは間違いない。反証材料がない。

 

魔力から華でも浮かぶかと言うぐらいご機嫌なメトーデを尻目に『どうしていつも口論に勝てない……』とぼやきながらゲナウは天井を眺めた。

 

■湯舟と月


 

「此方です」

「あら、素敵ですね」

 

村長に案内された浴場は設備こそ大げさなものではなかったが、丁寧に整備されており、この村の住人の感謝が少し見えた気がした。

 

「ありがとうございます。近くにある鉱山以外はこれぐらいしか特徴のない村ですから」

「いえ、十分だと思いますよ。こういった設備があるだけで、冒険者や商人も立ち寄る人が増えるでしょう」

「そうなると、うれしいですね。ここ最近は魔族におびえる日々が続いておりましたので、準備をする村の者達も嬉しそうでした」

 

メトーデと村長がそのような話をしている。

ちょっと疎外感を覚えたゲナウはため息をついて周囲を見回していた。

 

設備を整えていた母子連れが目に付くと、少年と目が合った。

小さな子供だ。こちらに駆け寄ってくる。

 

「魔法使いのおじさん!」

「こら、失礼ですよ……申し訳ございません。礼儀のない子で」

「かまわない。その子から見たら私はそのような歳だろう」

 

かまわず足元まで寄ってきた少年。ゲナウは膝を落として少年に視線を合わせる。

 

「あのね!魔族追い払ってくれてありがとう!!

 あいつら、何度も襲ってきて、ずっと困ってて。父ちゃんも大怪我して……それで……」

「そうか……」

 

ゲナウは少年の頭を撫でた。父親を連れていない母子だったが、今の言葉に少し安心したのだ。

まだこの家族は失われていない。いつかは元に戻ることができる。

己の失われた故郷の様に……二度と戻らないものを見るのはもうたくさんだ。

 

「俺も、おじさんがゆっくりできるようにって!瓦礫の片づけとかいっぱい頑張ったんだよ!」

 

そこまで来て村長が必死に抵抗していた理由が分かった気がした。

まったく、どこの誰だろうな……駄々をこねていた子供は……という小さな反省をため息と共に吐き出した。

 

「ありがとう。ゆっくりとさせてもらおう。

 まだしばらくはこの村を守り、魔族の根を絶たねばならないからな」

「うん!」

 

何度も頭を下げる母親にかしこまることなど不要だと告げその母子は去っていく。

 

「なんだ……?」

 

真後ろにいたメトーデの気配に反応すると、彼女が笑ったのが分かった。

本当に嫌な奴だ。

 

「いえ、純真な真心というものは、素直に受け取るとあの様に可愛らしく花咲く。素晴らしいことだと思いませんか?」

「お前が言うと微妙な含みを感じるが?」

「それこそ真心ですよ」

「なお悪い」

 

メトーデとの口論で疲れに来たのではないとばかりに浴場へ向かうゲナウ。

 

「そういうところは可愛らしいと思うのですけどね」

 

その後ろ姿を見たメトーデは小さくつぶやき、彼の背を追った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

男性向けの浴場へと向かうため、脱衣所で服を脱ぎ、念のため衣服は魔法でロックする。

安全な場所と分かっていてもこういう部分は性分なので仕方ない。

 

「さて、向かうか」

 

と浴場へと足を向けた。ドアを開けるとなかなかの風景に感嘆が漏れた。

要するに露天の浴場だ。男性用の浴場と女性用の浴場には竹垣による仕切りが入っている。

 

「思ったより風情があって良いものだな……」

 

冷えるので一刻も早く湯舟に入りたいが……しかし、まずは容疑をかけられた汗のにおい対策だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「あら……」

 

髪をまとめたメトーデが浴場に入ると、そこには湯船に浮かぶ月の見える温泉が目に入った。

 

「こういう場所があるなら、観光にも悪くなさそうですね」

 

男女の浴場の仕切りに関しては少々不用心さも感じるが……まあ普通はこのようなものだろう。

何なら自分が鉄壁の結界を構築してもいいのだが……

 

「こういう場所には無粋ですね……」

 

そう思いながら体と髪のメンテナンスを開始する。

どうせ下手な下心を働かせる人間がここにはいない。向こうにいるパートナーを含めてもいない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「はあぁぁぁ……」

 

ゲナウは自分が中年に差し掛かっていることは否定しないが、こういう部分は先の少年の言う通り、紛うことなき中年ではあるなと自覚する。

湯舟につかった瞬間、蓄積した疲労が何かに昇華される快楽が感嘆の声として漏れ出ると、一見はため息のような声しか出ない。

 

敷き詰められた岩に背を預け、夜空を見上げると月が見える。

 

『あいつら、何度も襲ってきて、ずっと困ってて。父ちゃんも大怪我して……それで……』

 

守らなければならない。力あるものは力なき者を救うことが義務である。

戦える自分は戦えない人たちを守るのが責務である。

 

ぼんやりとそんなことを考え、明日以降どのように行動するべきなのかと考えていると。

 

「……パートナー抜きでずいぶん難しい事を思案されていませんか、ゲナウさん」

「メトーデか……ここは公衆浴場だぞ。通るにしても、声をかけてくるなど何事だ」

「他に人もいませんでしたし……何やら考え込む気配がしましたので、魔法で念話できるようにしましょうか?」

「要らん」

 

男女の浴場で魔法使い二人が念話の会話なんてバカバカしいことが出来るか。

というか、考え込む気配ってなんだ。と思いながらあながち間違いでもなくて怖い。

メトーデはどこまで見通しているんだろうか?

 

「もう少し、甘えてもいいのではないですか?」

「なんの話だ?」

「人の厚意の話です。私たちは協会からの派遣できていますので、現場の人々から謝礼金をもらうことを禁じられています」

「お前に言われるまでもなく、100も承知だ」

 

そう、禁じられている。これを許すと魔法使いと協会の権威に揺らぎが生じる。

 

「でも、人は誰かに救われると感謝をする生き物です。どんな形であれ、差し伸べられた手に意味が生じます」

「……」

「それに何の意味もなかったと、差し伸べた側が跳ねのけるのは……そうですね。自身の努力に対する裏切りだと私は考えます」

「何が言いたい」

「最初に言った通りです。もっと甘えてもいいと思いますよ、という話です。そうしないと疲れはててしまいますよ」

 

きっと仕切りの向こうで同じ月を見上げて語り掛けているのであろう、仕事のパートナー。

言いたいことは概ねわかる。本当に面倒で……

 

「大きなお世話だ。先に上がるぞ。明日以降の計画は帰ってから相談しよう」

 

―― 同僚想いの後輩で厄介なことだ。

 

■ぬくもりと花


 

そして話は冒頭に戻る。

 

雪降る中でパートナーを待っている。理由は……しいて言うなら余計なおせっかいを焼いたメトーデに対して

感謝をする生き物である人の反撃とでもしておこうと思う。そう、これは子供の様な意趣返しでしかない。

 

とはいえ流石に冷えてきた。先ほどまで温泉でぬくもっていたのだが、急激に冷えたので体に響く。

仕方なく持ってきていたマフラーを巻き直そうとした時にメトーデが出てきた。

 

目が合った瞬間、意外なものを見たような表情をしていた。これで意趣返しに放ったであろうと思ったが……彼女はすぐに笑顔に見せる。

 

「待っていてくれたのですね。先に帰って頂いても良かったのに」

「まだ何があるかわからない状況で、把握していない別行動は危険だ」

 

と淡々と説明するとわずかにメトーデは残念そうな表情を見せたが、すぐに元の笑顔に戻す。

そんな折、彼女はゲナウを見て何かに気づいたようだった。

 

「ゲナウさん。手が」

「ん?」

 

ゲナウが手のひらを確認すると冷気のせいかずいぶんと赤くなっていた。

 

「凍傷になってしまいます」

 

メトーデはそうすることが自然だとばかりに両手で握ってくる。彼女の手は入浴後のためかとても温かい。

距離が近い。立ち位置と身長差的にどうしてもメトーデの髪が目の前に来る。

長い髪の香りはどうしても女性らしさを感じさせる。

 

「……おい、メトーデ。平気だ。問題ない。戻るぞ」

 

何かが良くはない。このままでは良くはない。何故かそう思ったが手を振り払うのはもっとまずい。

 

「こういうときのゲナウさんの言葉は当てにならない事は重々承知しています。

 もう少しこのままでも?」

 

手を握ったままの彼女は聞き覚えのない魔法を唱え初めた。

僧侶の使う女神の魔法だ。聖典なく使えるということは彼女にとってはページごと暗唱した魔法なのだろう。

冷気で奪われた体温が徐々に戻って来るのを感じる。

 

歌声のようにも聞こえる詠唱を聞いたまま、経過したのはわずかな時間のようで、数時間もそうしているような錯覚を感じる。

 

「これで、大丈夫でしょう」

 

はっと気づいた瞬間、手のひらに感じていた体温が離れゆくのを感じた。

一瞬の油断、不覚。本来ならこんな事は絶対に無いはずだ。

しかし、心のどこかで求めていた人肌のぬくもり。それが遠のき、孤独感が口をついて音を発していた――

 

「あ……」

 

と、ゲナウらしからぬ弱々しい声。

やってしまったと後悔しても声を漏らしてしまった事実はもう覆らない。

せめて子供のように顔を赤くしないよう、必死に心を自制する。

 

真正面のメトーデは意外なものを見たという様子で自分の掌を眺めてから、突然クスクスと笑い出した。

口元を抑えた上品な笑い方だが相当可笑しかったのだろう。らしからぬ爆笑っぷりだ。

 

「……なんだ」

 

憮然とした表情で返してみるが最早取り返せる威厳など欠片もない。

 

「いえ……、ああ……ごめんなさい……、ちょっと待ってくださいね……」

 

メトーデはしばらく肩をプルプル震わせていたがようやく落ち着いたらしい。

こちらに向き直ったメトーデは、満面の笑顔で

 

「帰りましょう。ここは寒いですし、ゲナウさんの右手は……まだ冷えていそうです」

 

そう言って左手をゲナウに差し出してきた。

一体何に絡めとられたのか、ゲナウにもよく分からない。差し出そうかと迷い、わずかに動いた右手。

メトーデはその様子を見て苦笑してから右手を掴んできた。彼女の手は、魔法の効果が残るからかまだ温かい。

 

「どういう状態だ」

「ゲナウさんの右手が凍傷寸前だったので、治療しながら帰りましょう」

「節穴の僧侶だな……」

「では、要りませんか?」

「……そこまでは言っていない。

 ……誰かの厚意を跳ねのけるのは……普段の私の努力に対する裏切りなのだろう……?」

 

だから、つないだ手をそのままにしているのだ。そういうことだ。言葉にはならないが、握り返した掌から伝わってしまうのかもしれない。

握ったゲナウの手をみたメトーデはしばらく眺めた後に何かの納得を得たらしい。

 

「では、私たちの拠点へと戻りましょう。眠る前に暖炉で部屋を暖めなければなりません」

「ああ……」

 

あくまで仕事上のパートナー、手をつないで歩くのはゲナウの右手が凍傷にならないため。

ゲナウはそう自身に言い聞かせながらメトーデの隣を歩く。

 

そんなメトーデは少しだけ嬉しそうにゲナウへと語る。

 

「まだ、任務は終わっていません。ゲナウさん。明日からも頑張りましょう」

 

雪が止み、雲の切れ間から月が顔を出す。

差し出されたその手は、冷え切ったゲナウの世界に差し込んだ陽光のようであり、向けられた満面の笑顔は、この極寒の地にはあり得ないはずの春の華のように見えた。

 

雪月花。

 

かつて誰かが言った、美しい季節の風景を愛でる言葉。

雪の中に閉じこもっていた自分を、月夜の湯舟で解きほぐし、今こうして華やかな温もりで包み込んでくる。

 

「……ああ、そうだな」

 

繋いだ手から伝わる体温が、凍えた指先だけでなく、胸の奥の深い場所までじんわりと溶かしていくのを感じながら。

彼がこのお節介なパートナーに本当の意味で「一生勝てない」と悟るのは、もう少しだけ先の話である。

 

~ ぬくもりと雪月花 - Warmth Amidst Snow, Moon, and Blossoms - fin ~




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