葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey - 作:rvr75_raiden
原作やアニメでは細かく描かれなかった時間のサイドストーリーとして書いたものです。
二組のパートナーが交錯し、お互いの小さな衝突を通して隣人との寄り添い方が少しだ変わるお話。
関係性は劇中時系列ぐらい(+α?)な感じになります。
■怒ってます!
北側諸国 北部高原
「シュタルク様!血が……こんなに……どうして……どうすれば!?シュタルク様!!」
「これは、まずいね……このままじゃ体温も……この上着はゲナウのかな?」
神技のレヴォルテ。人外の形状をした強大な魔族。それと対峙したのはフリーレン一行のシュタルクとゲナウ一級魔法使い。
現在彼とパートナーを組んでいるメトーデは、一級魔法使いの先輩であり、指導役のような人物。
息も絶え絶えな彼を見つけ、言葉なくある方向を指差された。
視線を向けるとゲナウと同様に腹部を貫かれ、多量の出血と共に命尽き果てかけていた赤い戦士。
「シュタルク様!!嫌です……こんな……!!私たちが手間取っていたから!?
フリーレン様!シュタルク様が!いなくなって……いなくなって……しまう……!」
「フェルン。落ち着いて。今のパーティにはメトーデがいる。決して絶望的な状況じゃない」
「でもっ……」
同じ傷で……同様に瀕死のゲナウが指をさしている少年の命と、パートナーのゲナウの命。
天秤にかけるようなものではない。
『死ぬのなら一級魔法使いという戦いの道を選んだ私たちであるべきだ』
そんな彼の言葉が頭をよぎった。
こんな事態にもかかわらずメトーデは苦笑する。そこまで律儀な人なのですねと。
「シュタルク様。どこにも行かないって……私たちの前から居なくならないって……言ったじゃないですか」
少しずつ体温を失っていくシュタルクを前に、普段表情を崩すことのない彼女の焦燥が見える。
ゲナウの願い、少女の嘆き。総じてみればおのずと最善の行動は決まってくる。
メトーデは大きく息を吐いて呼吸を整えた。
「フェルンさん、フリーレンさん、離れていただけますか。少し……本気を出します」
「メトーデ……様……」
この場にいる者たちだけでも、決して誰一人犠牲にはさせない。
それは、女神の魔法の才を賜った自分の矜持だ。
(とんでもない選択肢を敷いた非道に……一言、文句を言わせていただきたいので、覚悟してください、ゲナウさん)
そして彼女は、今にも力尽き果てそうな二人の命知らずの運命を、一晩かけて救ったのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
目覚めたシュタルクを襲ったのはフェルンのお叱りだった。
お叱りというにはずいぶん可愛らしいものに見えたが……叱る側も受ける側も死活問題なのだろう。
「フェルン……もう。許して、ごめんて……」
「いいえ、シュタルク様は分かっていません。フリーレン様はいつも言っていますよね。危なくなったらまずは逃げろって――」
「いや……無理だよ。あの状況。あと、戦士は最後まで立ってたやつが勝つ――」
とシュタルクが申し訳なさそうに言い訳しているのを、
冬ごもりでもするのかというぐらいに頬を膨らませて苦情を訴えるフェルン一級魔法使い。
フリーレンの隣で、この二人のやり取りを見るという素晴らしい役得をメトーデは味わっている。
可愛い。可愛らしい。その姿も、精神の在り様も。二人のやり取りも。任務で苦労した甲斐に対してはおつりがくるほどに。
可能なら、痴話喧嘩のようなものを繰り広げる二人を丸ごと包み込みなでなでしたい。
でも、なでなですると痴話喧嘩が終わってしまう。これはとても難しい問題だ。
「メトーデ……無断なでなでは禁止だよ……」
「あら、ごめんなさいフリーレンさん。つい……とても素敵な位置に御髪がありましたので」
うっかり、無意識のままフリーレンを撫でているとフリーレンからの苦情が出た。
それに気づいたらしいフェルンが振り向く。
ツカツカとやってきてメトーデからフリーレンを取り上げた。
包帯だらけでベッドに身を預けているシュタルクは胸をなでおろしたようだ。
「メトーデ様!フリーレン様はこの場で最も年長の存在です。年下の我々がなでなでなんて本当はダメなんですよ」
「フェルン……ちょっと言い方を気をつけようか」
「あらあらぁ」
頬に手を当ててほほえましい様子で見ていると、 「ところで」とフリーレンが切り出す。
「ゲナウはどうしたの?」
「ゲナウさんは……外で釣りをしています」
「釣り?そうなんだ……」
つい先ほど、「栄養がある食料は要るだろう。猪などでもいいが……まあ今は濃いものは受け付けまい」と言っていた。
要するに、シュタルクの回復優先だ。どこまでも……言葉足らずな人である。
ちなみに、釣りの仕方は……村の中央役所にあった書籍を読んで学んでいた。
✧ ✧ ✧ ✧
池に面する堀で一人座る男。ゲナウ一級魔法使い。メトーデからの回復魔法で翌日から動けたのは、内臓へのダメージがシュタルクよりも軽かったから。
なのでこうして食料調達にいそしんでいる。
電撃の魔法を池の中に放ってしまおうかとも考えたが……おそらく碌なことにはならない。
過剰に漁域の環境を破壊するため、禁漁法とされている手法だ。滅んだ村とはいえゲナウがそれを破るのはおかしい。
竿と餌で釣るのが一番良い。時間はあるし、考えごともできる。
という事情で先ほどそこらへんで見つけた虫を餌に釣りをしているわけだが。
「釣れますか」
「そこのバケツに入っているだろう。あと2匹ほど釣りたい」
「あら……意外と」
一匹も釣れていないとでも思われたのだろうか?舐めないでほしい。こういった無心で集中力を研ぎ澄ます作業は得意だ。
「シュタルクは……どうしている?」
「気にされるんですね。今日もフェルンさんからお叱りを受けています」
「またか……長いな」
そんな素朴な感想を返すと後ろでメトーデが笑っているのは分かる。
「長いのは仕方ないでしょう。それほど心配だったし、大切なんですよ」
「そうか、仲間思いであることは良いことだ」
背後でメトーデが微かなため息をついたのが分かった。
短い時間だが共にいてわずかながら理解したメトーデの性格。
彼女はネガティブな感情をめったに表に出さない。他者の意見に協調を示す人物だ。
しかし、自身の意思を捻じ曲げるタイプでもない。
だが、そんな彼女の漏らした小さなため息。
自身の経験と理解の範疇でいえば、失望や軽蔑という感情だと推測した。
ゲナウの態度と応対にそういう感情をにじませる人間は比較的多い……と理解している。
だが、先ほどの会話でそう思われるのは心外ではある。何が悪かったのだろうか。
「もう一歩、気持ちが歩み寄ると、もう少し違う風景が見えると思うんですけど。怖いですか?」
「言っている言葉の意味が分からない」
その瞬間、釣り竿が揺れるのを感じた。
竿を通して小さな衝撃と微電流を感じると、引く力が止まった。
ぷかーと一匹だけ魚が浮かんでくる。
「ずいぶん、調子よく釣っていると思えば……すれすれの方法ではありませんか?」
「今は、法の範囲内で効率重視だ。我々は栄養を欲している」
「それもゲナウさんらしさですね」
メトーデは指を弾き、魔法で周囲の木材を手元に寄せて簡易の椅子を作り、そこに座る。
「なんだ」
「いい機会です。時間もありますし、せっかくだからお話をしましょうか」
風に揺れる髪を押さえ、彼女はそう言って静かにたたずむ。
■知っていますか
「ゲナウさんは……パートナーを組むにあたって。
私に、ゲナウさんのようになるなとも言い、子供を庇って命を失った前任者のような愚かしさもやめろと言いましたね。覚えていますか?」
あと一匹魚を釣れば、戻ろうと思っていた釣り。
当然、目的を果たさず去るわけにはいかない。なぜならまだ一人分足りないからだ。
自分の分を抜けば、シュタルク、メトーデ、フリーレン、フェルンの4人分はある。
だが、それをやるとおそらくメトーデは怒るだろう。直感的にわかる。
「……ああ、言ったな」
「私なりに、ゲナウさんの希望を理解し、寄り添えるようなパートナーであろうとしました。理解していますか?」
メトーデはいたって普段通りの口調だ。なんなら少し柔らかいぐらいだ。
だが、ゲナウの背中に嫌な汗がにじむ。
これは都合が悪い。確実に悪い。
「ここがゲナウさんの故郷であり、見送った人々もゲナウさんの知己の人たちであったことも深く理解しています。
これでも一応、女神の魔法と共に、神官職の勉強もしましたので」
「……そうか。勤勉だな」
コメントで回避もおそらく無駄だろう。包囲された。もはやこの釣り堀は彼女の理屈と彼女の世界だ。
脱出する唯一の方法はあと一匹魚を釣ってこれを終わらせるのみ。だというのにこういう時に限ってなかなか掛からない。
「ゲナウさん。慮れという話ではありません。きっとそう言われると、あなたはその言葉を重く受け取りすぎる」
「……」
結局、何が言いたいのか分からないが……戦闘中ですら憤怒という感情を欠片も感じさせない彼女が――
「これは、私の推察だ。違うのであればそう言ってくれ」
「はい」
ゲナウは出来るだけ竿を揺らさないように覚悟を決めて深呼吸をする。
「もしかして……すこし怒っているのかメトーデ?」
なんとなく、後ろを振り向くのが怖い。だが雰囲気でわかる。
風で流れてくる彼女独特の華のような香りと、透き通った空気感が彼女の柔らかな笑顔を伝えている。
「……まったく怒ってないとでも。思ったのですか?」
治療を終えた日、そんな空気を微塵も感じさせなかったメトーデ。
『ゲナウさんよりも治療を優先させたので』
『そうか』
『ご不満ですか?』
『いいや、あいつはよくやってくれたよ』
そうして笑顔でその場は終わっていたのだが。
(わからん……メトーデが全然わからん)
女心と秋の空という言葉があるがそういう奴だろうか?
と、全く頓珍漢なことを考えながら後ろで笑みを浮かべ怒っているメトーデに白旗印を上げるかどうか思案を始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
屋内の治療室にてベッドに横たわるシュタルクはおずおずとフェルンへと声をかける。
「あの、フェルンさん」
「はい」
シュタルクの目の前でフェルンは魔法で本を浮かべつつページをめくりそれを読んでいる。
「やりにくくない?魔力も使うし、手使って読めば?」
「問題ありません。魔力は余ってます」
何故そんなやり方をしているのかというとフェルンはシュタルクの手を掴んでいるから。
(何この状況?)
「あの……フリーレンからフェルンが付きっ切りで看病してくれていたって。
なんか、ありがとうね」
「……どういたしまして」
フェルンはそう言いながら本でシュタルクの視線を遮る。顔が見えない。
フリーレンも看病の時は手を握ってあげるものだと言っていた。
フェルンもそれを覚えているんだろう。自分がされて嬉しかったことを学び、誰かに返してあげる。
彼女らしい行動だと思う。
「それで、なんでまだ握っているの?」
「シュタルク様が筋トレを試みようとするからです」
「いや……そろそろ動けるかなって、試そうとしただけで……」
本を閉じたフェルンは、それを膝の上におろしシュタルクの目を見る。
フェルンの瞳はいつもきれいで、奥が透き通るようでいて底が見えない。
「シュタルク様――安静」
ペットに『お手』を命じるように伝えられた安静命令。
「はい……ごめんなさい。もうやりません。だから、とりあえず手を離さない?」
「嫌です」
ダメらしい。ちょっと恥ずかしくなってきた。
赤くならないようにしょんぼりした表情でごまかし続ける。
「シュタルク様」
「なに?」
「そこにあるリンゴ、さっき剝いたのですが」
「うん」
テーブルの端に置いてある剥きリンゴは、ついさっきフェルンが剥いてくれたもの。
一口サイズに切られ、小さなフォークが刺してある。
「食べたい」
「え、ああ、はい。どうぞ」
それを取ってフェルンの前にかざす。
するとフェルンは口をぷくっと膨らませた。
「シュタルク様。今私の手はシュタルク様の手を握っています」
「うん」
「つまり、忙しいのです」
「……離せばいいと思うよ?」
そう伝えるとさらに、彼女の頬は大きく膨れた。
なんか、一寸だけ嫌な予感がする。だが、手が握られているので逃げられない。
あと安静にしないといけないのでどっちにしろ立ち去れない。もはや完全にこの場はフェルンのテリトリー。
「……食べさせて」
「えぇ……」
手を離せばすべて解決するのに。それはできないという。
どんな絶対則なんだろう。ただこの場ではそれがルールであるらしい。
要するに自由なのはシュタルクの片手のみ。これを駆使してフェルンにリンゴを食べさせる。
可否を問われると確かに出来るが……
「マジですか……」
「マジです。お腹がすきました。早く」
絶対に退いてくれないフェルンさんがそこにいた。
✧ ✧ ✧ ✧
池のほとりでゲナウはメトーデの詰問に耐えていた。そろそろ落ち着きそうな空気も出ている。
なかなかに厳しい時間だった。苛烈な正論。一点の隙もない。
「さて、ゲナウさん。何か反論は?」
「特に……ない。俺が悪かった」
メトーデには軽々しく死なない様に命じたのにレヴォルテを撃破するために何故に死にかけているのか?
という件について理路整然と苦情を言われた。とても理性的な苦情だ。
理解はする。確かに軽率だった。明らかに契約違反ともいえる。
「悪かった。以降気を付けよう」
ゲナウの謝罪を受けたメトーデは顔を抑えてため息をついた。
その言葉に不満がある。彼女の反応を見ればわかる結論だ。
「少し、分かりました。ゲナウさんの特性というものが。この程度で揺らがないその精神性。
これが一級魔法使いである所以ということですね」
「よく分からないが……とにかく。お前に命じたことに対して私の行動が誤っていたことは謝ろう。
そろそろ、和解しないか」
「本気で、これで和解するのですか……まあ、いいです。少し長期戦の覚悟ができました」
メトーデの雰囲気からまだ彼女の中での溜飲が下りていないように見えるが……
一応、この場で矛を収めることには合意してくれたようだ。いったんゲナウは胸をなでおろしつつ、ふと思いをよぎらせる。
命を投げ出す行為――か、と。
あの日、レヴォルテを討った後、二人とも倒れた。あまりの傷の深さにシュタルクの命が目の前で失われるかもしれなかった。
体温だけでも、流血だけでも押さえればあとは――
『――メトーデが……何とかしてくれるだろう』
あの瞬間、ふと、そう思ったことに気付いたと同時に魚が竿に食いついた。
「メトーデ!」
魚を無視して振り返り、ゲナウが声をかけて振り返ったその場には……
彼女が魔法で形成した小さな椅子だけがその場に鎮座していた。
■貴方のそんなところが
シュタルクは上半身を起こして、フォークに刺したリンゴの切り身を恐る恐るフェルンへと差し出していた。
「い、行くぞ……フェルン、あ、あーん」
看病相手に、リンゴを食べさせる。あれ?変じゃない?変だよな?
ぼんやりとそんなことを考えつつもフェルンがそうしないと納得しないので仕方ない。
「あーん」
彼女が小さい口を開けて、『しゃく』っと音を立ててリンゴを半分程かじる。
なんかリスみたいだな……とぼんやり思いながらフェルンの顔を見ていると少し赤くなった。
そのまま音を立てて咀嚼しつつも残った半分への視線が向かう。
「はい、残り……これ」
と差し出すと彼女は動かない。
「なんで?」という視線を向けると、フェルンはぷくーと頬を膨らませた。
いわゆる『あーん』というのを待っているようだ。言葉にするのは恥ずかしいのだが。
「……あ、あーん」
致し方なく、言葉に詰まりつつもそう言いながら差し出す。
するとフェルンは膨らませた頬を元に戻して小さな口を開けて。
「あー――」
その状態で固まった。
「フェルン?どうした?」
不自然に思った瞬間、油断していたことに気付いた。背後に人がいる。
滅茶苦茶鋭い眼光で眺めている。鋭いのに、謎のぬるっとしたベタつく不思議な感覚を覚えた。
「どうぞ……続けてください。シュタルクさん、フェルンさん。是非」
「え……メトーデさん……」
メトーデは両手を祈るように握り、語り出す。
「さっきまで、すこしだけ……納得いかないこともありまして。
今は癒しを必要としております。恥ずかし気にリンゴを差し出すシュタルクさん、それを小さな口でかじるフェルンさん。
なんという尊くも可愛らしい青春。続けてください」
「いや……そういうのじゃ……フェルン!」
ようやく動き出したフェルン。彼女の頬はつい先ほどより大きく膨らみだす。
「あら……やっぱりだめですか。ごめんなさい。現場に遭遇してしまったのは本当に偶然だったんです」
「……っっ!!」
言葉なく、シュタルクの手を離してフェルンは駆け出した。
「……フェルン」
ようやく自由になった手を去り行く彼女を掴むように前に差し出すが当然届くわけもなく。
しょんぼりした顔で肩を落としているとメトーデが声をかけてきた。
「シュタルクさん。そろそろ杖を突いてなら歩いても大丈夫ですよ」
「え……?そうなの?」
「はい。こちらを」
そう言ってメトーデは怪我人用の介添えの杖を渡してくれた。
✧ ✧ ✧ ✧
メトーデが渡した杖を眺めてシュタルクは少し迷うような顔をしている。
もう一押しはしてもいいかもしれないなとメトーデは苦笑する。
「そろそろ、リハビリも必要だった頃合いです。シュタルクさんからフェルンさんに伝えてないこともあるでしょう」
「うっ……」
「どうしてフェルンさんが怒ってたか知っていますか?」
そんなメトーデの言葉に対してシュタルクは返答に詰まってしまう。
「それは……俺が怪我して、心配かけたから」
「……それだと正解は半分以下ですね」
「……」
下を向いたシュタルクの表情を見ると、心ではわかっているように見えた。
ただ彼はそれを言葉にする術を知らない。芽吹き始めた感情を彼の中で定義することが出来ないのだろう。
それでも、神技のレヴォルテと対峙したゲナウを助けるために共に戦った戦士の意思。
それはきっと100回繰り返そうが、1000回繰り返そうが、変わらないだろう。そういう目をしている。
だからこそ彼は行くべきであろう。両方を手にする意思を理解するべきだ。
エゴともいえる感情を心の芯に置いていないと人間はいつか倒れてしまう。
「シュタルクさん。貴方が倒れている間、フェルンさんが何と言っていたと思いますか?」
「え……いや、あんまり想像できないな。フェルンやフリーレンには心配かけただろうとは思ってるんだけど」
✧ ✧ ✧ ✧
メトーデがふらりといなくなってしまった瞬間、ゲナウは釣り竿にかかった最後の一匹の魚を吊り上げた。
渋々とバケツに入った人数分の魚を手に滞在場所のほうへ向かう。そんなゲナウの視界に、一つの光景が映った。
「フェルン一級魔法使い……?」
そこにいたのは、膝を抱えて顔を伏せ、階段に座っているフェルンだった。
メトーデからはシュタルクに付きっ切りで説教中と聞いたが終わったのだろうか?
この状況で無視して通り過ぎるのもおかしいと思って彼女の方へと歩を向ける。
「こんな場所でどうした?」
「ゲナウ……様」
性格的にそうすぐに泣くタイプではない……とは思っていたが。
泣いていたわけでもなく一人むっすりと膨れていたようだ。
(怒る元気があるなら大丈夫か)
元々、シュタルクに何らかの説教をしていた、という事なので平和な状況ではなかったのだろう。
しかし、彼女がここでむくれているということは、何か都合が悪いことが起きた、ということだ。
シュタルクが思わぬ反撃をしてきた……という可能性は酷く薄そうだが、それに類することだ。
この様子だとシュタルクと顔を合わせづらそうだと思いながらも声をかけた。
「なにか、悩み事があるなら……聞くぞ。答えられるかは、わからないが」
「別に……なんでもありません」
なかなかに強情だ。彼女の保護者は一応、フリーレンということになる。
こういう時は保護者に任せるのが良いだろうか。
「なんなら、フリーレンを呼んでくるが?」
「……」
むっすーっと言う効果音が聞こえそうな様子で頬を膨らませてそっぽを向いた。
それは嫌だという意思表示にも見えた。彼女にも意地のようなものがあるらしいとゲナウは首をひねる。
バケツを置き、二人分ぐらいの距離を開けて座り込んだ。
「まあ、くだらない喧嘩をするときもある。私も目下、パートナーと小さな喧嘩中だ」
理屈は分からない。心配させたであろうことに謝罪はした。自身の言葉に自分でルールに違反したことも悪かったと思っている。
ただ、メトーデは何かが気に食わないようだった。
眉間を軽く指でつかみ小さなため息をつくと、フェルンは意外そうなものを見たような反応をした。
「……シュタルク様は、私の言いたいことをわかっていません」
「一度でも詳しく説明したのか?」
「いえ……でも嫌だという感情や、怖いという想いは……伝わっていると思ったんです」
これは、話が長くなりそうだなと反省する。もっと流せばよかった。
なかなか。目の前の少女は面倒なことを考えているようだ。
■相も変わらない朴念仁だけど
「フェルンさんは『私たちの前から、どこにも行かないって言ったじゃないですか』と言っていましたよ」
「……」
シュタルクにそう伝えると、彼は腕を組んで悩み始めた。
「覚えがありますか?」
「どっかで……言ったことが……あ、言ってた。ヴィアベルのパーティーに誘われた時だ」
なるほど、とメトーデは状況を察する。
やはりというかなんというか、この手の青年は他者の心に無欲のまま深く入り込んでくる類の性質。
あれほどの警戒心の強いフェルンが心を許し、素をさらしているのもさもありなん。
つい先ほどまでの甘えも……彼女なりの合図なのだろう。
―― フェルンはまだシュタルクのそばにいて良いのか。
―― シュタルクはまだフェルンのそばにいてくれるのか。
(人は誰でも、寄りかかれる相手を欲する……という事ですか……フェルンさんは本当に愛らしい娘ですね)
一方のシュタルクが思い出すのは、ヴィアベルに誘われた日の夜の出来事。
ヴィアベルの誘いを断ったシュタルクと、そのことが気になったフェルンと交わした会話。
『フェルンは気づいていないだろうけどさ、臆病な俺をここまで引っ張ってきてくれたのはフリーレンだけじゃないんだぜ』
「そうだ……言った。フェルンにそう言ったんだ」
『――俺はどこにも行かないよ』
「……謝らないと」
察しが悪いようで、そうでもないシュタルクにメトーデは苦笑する。
「単純に謝るだけだと、フェルンさんはもしかすると許してくれないかもしれませんよ」
「それは……そうかもだけど。でも言ってみるよ」
そう言って、介添えの杖を突いた状態でシュタルクは足早にフェルンがいる場所へと向かった。
「場所……まあ、勘でわかっちゃうんですかね」
✧ ✧ ✧ ✧
「あの、ゲナウ様。上着のこと、ありがとうございました」
口下手な二人がそろうと、相談も何も進まない。そんな中で口を開いたフェルンの一言。
何のことかと思えば、今着ている上着。そういえば、目覚めた時には綺麗になっていたが……
「そういえば、シュタルクの出血を止めるために巻いていたが、シュタルクの血がついていないな。洗ってくれたのか?」
「お洗濯の魔法をゼーリエ様から頂いたので」
フェルンの言葉に顎に手を当て、思考を巡らせる。
「そうか、一級魔法使いの特権の授与か。ゼーリエ様が随分微妙な顔をされていたがそんな魔法を」
ゲナウの言葉に、少し苦笑したフェルンは肯定の意思を見せたがまだ少し落ち込んでいるようだった。
「少し、後悔しました。なぜ回復魔法を……女神の魔法でなくとも傷を癒す魔法を願わなかったんだろうと」
「……そんなものがあるとは、限らんが……ゼーリエ様ならご存じかもしれないな。しかし、メトーデがいただろう」
「そうですね。メトーデ様がいたから助かりました。メトーデ様が居なければ助かりませんでした」
ゲナウはふと、シュタルクの回復を優先させて指示したことを思い出す。
あれはあれで正しい判断だったのだろう。失わずに済んだ。だが――
『――メトーデが……何とかしてくれるだろう』
(どれほど彼女に負担をかけたんだろうな)
ふと、そんな風に思ってしまう。
「―― あの時のメトーデ様は……とても真剣で……少し辛そうだったように思います」
「……そうか」
フェルンの言葉にゲナウは小さくうなずいた。
「……」
「……」
二人とも無言になってしまうが、辛そうだったというフェルンのその言葉が何故か耳に残った。
『……まったく怒ってないとでも。思ったのですか?』
ふと先程のメトーデとのやり取りの言葉を思い出し、自嘲気味に苦笑した。
「本当に、愚かだな……私は」
気付きは得た。もう一度彼女と会話をするべきであろう。だがその前に――
「フェルン一級魔法使い。君にシュタルクの事で伝えておきたい――」
―― 礼になるかは分からないが、伝えられることは伝えるべきだろう。
「彼は――」
ゲナウの語る言葉にフェルンはしばらく耳を傾け、彼女は何かを確信したように立ち上がった。
✧ ✧ ✧ ✧
杖を突いた状態で、少しぐらつきながらも中庭に飛び出たシュタルク。
そこには夕日を眺めてたたずむフェルンが待っていた。
「フェルン!」
「シュタルク様……」
フェルンを見つけて安堵したのか、自分の状況に気付いたシュタルクはワタワタ慌てだす。
「あ、これはメトーデさんが、もう歩いていいだろって。だから、ベッドから勝手に飛び出したわけじゃなくて……」
「……」
徐々にしりすぼみになって行くシュタルクの言葉をじっと見つめながら聞いているフェルン。
「……その、フェルンに会いたくて、それで」
数日寝たきり状態だったためかまだ力がうまく入らず、一歩踏み出してよろける。
「……っっ!」
そんな様子にフェルンは勢いよく駆け出し、シュタルクの腕を取って彼を支えた。
「だからまだ無茶はダメですって」
「いや、だって……」
「……私に、なんですか?」
さて、何だろうとシュタルクは悩む。謝罪か?いつもやっている。無意味な謝罪は彼女を怒らせる場合もある。
ならなんと言えば良い?
そんな風に考え抜いて、最終的に出た言葉は
「―― ありがとう、フェルン」
感謝の言葉だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「のぞき見は趣味が悪いねメトーデ」
「フリーレン様。どうされたのですか?」
なんとなく、シュタルクが向かった場所の様子を物陰から眺めていたメトーデ。
『そこで、腕を腰に回して!』などと一人ぼやいていたことは秘密だ。
「流石にずっと魔導書読んでるとなんだか存在が忘れられそうでさ」
「私はいかなる時もフリーレン様を忘れたりしませんよ、いつでもなでなでしたい」
「やめてもらえる?」
そう言って防御態勢を取ったフリーレンに苦笑しながらメトーデはつづける。
「フリーレンさんが今のパーティを続けている理由がわかる気がします。
あの二人は、人間の関係性において様々なことを教えてくれるのですね。若さゆえでしょうか?」
「まるで私が若くないみたいなこと言わないでもらえる?」
「でも、あながち間違いじゃないですよね?ああ、フリーレン様の事ではなくてあの二人が若いという話ですよ?」
メトーデの言い様に苦笑しながらフリーレンは一人近づいてくる人物の魔力に気付いた。
「そうかもね……おや。ゲナウが来るみたいだ」
そういったフリーレンはふわっと浮き上がりながら。
「邪魔だろうから夕方の周辺警戒の見回り行ってくるよ。ゆっくり会話すると良い」
そう言って去っていった。そしてメトーデはやってきた人物へと顔を向け微笑む。
「さて、ゲナウさん。どうされましたか?」
■だから一歩踏み出せる
中庭でシュタルクを見つめるフェルンは、先のゲナウの言葉を思い出していた。
『シュタルクは、他者の痛みに寄り添える男だ。私に向かって”いい奴に見える”と、平然とそう言う奴だ。
だから、今回のようなことも起こる。起こりうるだろう。だが、決して君を軽んじているわけではない。
信じて見てやってはくれないか?』
口下手な、一級魔法使いの先輩の言葉。つい先ほど「ありがとう」の言葉を告げたシュタルクを許してやって欲しいという言葉。
「覚えていてくれて、ありがとう。俺がどこにも行かないって言ったこと。ずっと受け止めてくれていたんだな」
シュタルクの言葉にフェルンは腕につけた鏡蓮華のブレスレットに触れて撫でる。
「忘れないですよ……そんなの……シュタルク様がくれたのですから」
「俺、なんかあげたっけ?」
「分からないのならいいんです。どうせ返せません。あと、ベッドに帰りますよ」
「あれ?」
フェルンはシュタルクの介添えの杖を魔法で浮かし、自身はシュタルクの肩を持つ。
「まだ、ふらふらしています。明日から本調子に戻るまで近くのお散歩でリハビリしましょう」
「そうだね……あれ、なんか、格好ついてなくない?フェルン怒ってなかったの?」
自分の肩を支えて隣を歩くフェルンは、小さくため息をついてシュタルクに応えた。
「私がいつ怒っていましたか?」
「俺が、目覚めた直後はすごく怒ってました……」
「それは勝手に怪我して死にかけてたら怒りますよ」
結局、怒ってないのか怒ってたのかどっちだろう……
―― と、判断すること自体が間違いなのだ、とシュタルクは白旗を上げる。
おそらく、根はもっと違う感情で動いている。それが何かは分からないけど、それがあることは分かった。
「それはごめん……」
「その謝罪はもう聞いたからいいですよ」
「ごめんね……出来るだけ早めに回復するよ」
そんなことを言い合いながら、滞在場所の屋内に入っていく二人。そして――
✧ ✧ ✧ ✧
沈みかけた夕空を見上げたゲナウは小さくため息をついてメトーデへと向き直る。
「私はメトーデに、言っておくべきことがあったようだ」
「そうですか……」
メトーデは、協調性のある人間だ。ゲナウとは全く違う。逆方向とも言っていい。
ゼーリエにパートナーを組むように言われて真っ先に手を差し伸べて握手を求めた彼女は――
「謝罪ですか?」
「そうかもしれないし、違うのかもしれない。単純な謝罪の言葉は少し前に怒られたしな」
「そんなに厳しい言い方をしましたか?」
そう詰められると、ゲナウも少し汗をかいて一歩だけたじろぐ。
暖かな笑顔の裏に感じる絶対零度。圧倒的な強さを見せた神技のレヴォルテとは別次元の恐怖を感じる。
一方で、彼女の言い様にも少し腹が立った。怒るにしてももう少しわかりやすくてもいいではないかと。
これはゲナウの子供の様に幼稚な感情だ。彼女が分からない。対人スキルが足りない。
むすっとした表情で視線を逸らすと同時にメトーデが苦笑したことが分かった。
「フフ、失礼しました。ゲナウさんもそんな顔をするんですね。拗ねるのと反省するのと半々の感情」
「いちいち説明しなくていい。聞くのか聞かないのか、どっちだ」
「聞きましょう」
メトーデはそう言うと、広場にあった長椅子を魔法でゲナウとの間にもってくる。
片側に座った彼女は、ゲナウに視線を向けた。一人分のスペースが彼女の隣に空いている。
その視線が隣に座れということだとわかるのは容易だった。
(まずはそこからという事か)
ゲナウがこの距離感を若干苦手とすることを理解した彼女なりの試験。
大きく息を吐いてから渋々と隣に座ると、彼女が数センチ距離を詰めてきた。もう少し近くに座れということだ。
「それで、ゲナウさんは私に何を伝えてくれるのでしょうか?」
まるで、愛の告白でも受けるかのような表情で隣で笑うメトーデ。
ゲナウは眉間に指を当て落ち着くように自身に言い聞かせる。彼女の事が少しわかった気がする。
メトーデは、この女は、ゲナウの第2の天敵である。
かつて、ゲナウの生活と仕事を引っ掻き回すだけ引っ掻き回した挙句、子供を庇って逝ってしまった善人であり前任の相棒。
彼とは毛色の違う形で、同じようにゲナウの人生を根底から覆してくる。一歩踏み込めば、逃げることすら許さない。
「メトーデ。私は、お前のことが少し苦手だ」
そう伝えると、メトーデは隣で楽しげに笑ったのが分かった。
ゲナウにとっては実に悔しいことだが、ここからスタートしないと進めない。
✧ ✧ ✧ ✧
ゲナウという男は、相棒であるメトーデの事情にこれでもかというぐらい踏み込んでこない。
パートナーを組んだのちに『私のようになるな』などの言葉をもらったが……総じて言うなら彼の言いたいことは
『死ぬな』という一点のみ。
あれだけ負傷者の出る一級試験を強いた人間の言葉としては首を傾げた。
少し共にして分かったのはゲナウは「戦いの覚悟をしたものは死と隣り合わせであるべきだ」という理念を持っている。
自己に言い聞かせている。そうであるべきだと。
だというのに彼は触れ合った者、近しい者、隣人の死が受け入れられない。自己矛盾だ。歪んでいる。
優しさを律し、理念の理想は彼の心を傷つけ続けている。
(ゼーリエ様が私をゲナウさんに組ませたことには意味がある)
今ならわかる。この人は理念と理想を追う程に追い詰められている。遠からず限界が来る。そういう類の人間だ。
そして……不器用な師は彼に敬意を抱かせることは出来ても、それ故に救えない。だからメトーデが選ばれた。そう思う。
(いい大人達が、ここまで拗らせていると、いっそ可愛らしくもありますね。皆、善人なのに素直じゃない)
「まずは……やはり、すまなかった。と、言っておこう。私はお前に無理を通す事を禁じながら、私自身が無理を通した。これは……裏切りだ」
言葉は、先刻告げられた礼儀正しい大人のそれ。でも、その背後に感じる気配はまた少し異なるように思える。
僅かながらに感じるゲナウという人物の抜身の心。
「何に対しての?また、契約違反とおっしゃるのですか?」
「違う。メトーデ、お前の”信頼”に対して……私は裏切った。
お前は、この任務で私に寄り添おうとしてくれていた……と、思った。私は、それを受け入れきれていなかった」
まるで、許しを請う小さな少年……のようにも見えるのに、その形は不器用な大人。
おそらくは、理屈は理解していたのだろう。受け取り切れない。受け入れられないのがゲナウの心のカタチ。
―― だが。ようやく掴んだ。
「神技のレヴォルテ。戦闘痕、シュタルクさんの傷。ゲナウさんの傷。全てを加味して。
レヴォルテの強さ、その闘いの熾烈さ、苛烈さ。それによって支払った代償。それは私も理解しています。
フリーレンさんとフェルンさんと私で遭遇していたら……確実に退避していたでしょう。お二人だから勝てた。ゲナウさんとシュタルクさんにしか勝てなかった」
―― きっと、この人はこれから。
「それ故に。任務のため、故郷のため、人類のために……ゲナウさんは死ねるのですか?」
―― 目の前で、あがいているのであれば。
「……メトーデ。もし次があった時、無理をしないなんて言えない。そう簡単に生き方を、矜持を変えられない」
「……」
―― その手を掴み上げて救ってあげたい。
「死と隣り合わせるかもしれない。無理な戦いはするかもしれない」
「それで、ゲナウさんはどうするのですか?」
―― 優しい、「いい奴」である人が生きていける様に。
「レヴォルテを討ち、シュタルクと共に力尽き果て、倒れ伏せた……残る力でシュタルクの止血をした時。気を失うその瞬間。
私は――
『――メトーデが……何とかしてくれるだろう』
そう、思った。確信を持っていた。お前に頼っていた」
目の前に堅物のゲナウから漏れた依存の言葉。
「……私に、負担を……心配をかけるとは、思わなかったのですか?」
それは確かに、生者であろうとする人間の言葉。
「すまない。負担をかけた。申し訳なく思っている。だが……」
そこまで言って、ためらうように拳を握る。
ここから先は、言ってしまうと後戻りできないという感覚が何故かある。
伝えてしまえば、自分の中で何かが一つ確定してしまう。だが、彼女への恩義を加味すれば、伝えるべきだろう。
大きく息を吸ったゲナウは続けて告げる。
「……ありがとう。メトーデのおかげで助かった。お前がいてくれるから、私はまだ戦える。
今しばらくは……私を信じて、私を助けてくれると……その……うれしい」
酷く不器用で、むちゃくちゃで、まるで独りよがりの男のような我儘な言葉。
「滅茶苦茶ですね……何を信じるのです?」
「私が嫌であるように、メトーデを残して勝手に死なないよう努めると約束する。
メトーデが協力してくれるならそれも可能になる」
―― それでもメトーデは微笑んで。手を差し伸べながら、ほんの少しだけ、目を細めた。
「まあ、今日はこれで良しとしましょう」
そう言って立ち上がったメトーデは、上り始めた月と星を背景に告げた。
「よろしくお願いします。ゲナウさん」
ゼーリエの命でパーティーを組むことになったあの日の様に。
■お互い長生き
それから、シュタルクの怪我が治るまでの間、リハビリに付き合いながら時間は過ぎた。
といっても、驚異的な回復力を見せたためほんの数日程度。
「もう一人で歩けるから大丈夫だよフェルン」
シュタルクがそう笑顔で伝えたあと、フェルン一級魔法使いは何故か少し頬を膨らませていた。
そんなことがあった翌日、ゲナウの元に報告の鳥が手紙を届けに来た。
―― ノルム騎士団が、村人や護衛の者たちの遺体を回収し南部まで運搬する。護衛せよ。
そこに書いてあったのはそういう指示書。なるほど、とその指示書を手にゲナウは立ち上がった。
パートナーのメトーデへと伝えるためである。
✧ ✧ ✧ ✧
完調したシュタルクは元気そうに腕立てをして、その様子にフェルンが
「もしかしてシュタルク様って化け物だったのでしょうか……」
と。突っ込みを入れているフリーレン一行にメトーデが会話をしていた。
「ところで、このパーティーって僧侶がいないんですね。
私、この任務が終わったらしばらくフリーになるんですけど、良かったら同行しましょうか?
北部高原は僧侶の魔法がないと危険ですから」
「大丈夫だよ。回復魔法のような高度な魔法は無理だけど、私も僧侶の魔法なら多少は使えるし、
本当にヤバい状況になったら逃げるからね。今までだってそうしてきた」
ゲナウの耳に入ったのはそんな会話。
そのまま、フリーレンからの「メトーデがいるとフェルンが不機嫌になる」などの話を彼女はうれし気に聞いていた。
小さく嘆息したゲナウはメトーデへと声をかけた。
「メトーデ、ノルム騎士団が到着した。私たちも南部まで護衛に加わることになった」
と端的に追加任務の言伝を告げると、彼女はさも当然のように
「わかりました」
と、答えた。さっきまでフリーレンについていくという話は何だったのか……
という言葉を口には出さずに怪訝な表情をするとメトーデは小さく苦笑した様だった。
「シュタルクの怪我の具合は?」
「ばっちり問題ないぜ」
「そうか」
あの日、ゲナウを「いい奴」と言って、最期までレヴォルテと戦い抜いた「いい奴」のシュタルク。
『戦場ではいい奴から死んでいく』かつてゲナウ自身が言っていたこと。
でも、お互いに”死に損ねた”……のではなく”生き抜く”ことが出来た。今はそれでいいだろうとゲナウは思う。
「お前たちには借りができたな。いずれ必ず返す」
「お互い長生きしような!」
「……ああ」
シュタルクの、ゲナウにとっては皮肉で、彼にとっては純真な言葉に肯定し、踵を返す。
そんなゲナウをメトーデが引き留める。
「ゲナウさん。お礼」
というメトーデの言葉は、かつて握手を拒んだ時に師のゼーリエが叱責した言い方に似ていた。
「ありがとう。助かったよ」
そう伝えると、フリーレンたちはしょうがないなという様子で笑っていた。
どうにも、妙な印象を与えてしまった気もする。
だが――
「行くぞ」
「はい」
―― それもいいだろう。
「またね」
「ああ」
「また、どこかで」
共に戦い抜いた仲間の弱さと強さを知る。
それもまた、意思と覚悟をもって前に歩み、生き延びた者達の特権である。
✧ ✧ ✧ ✧
「先ほどまで話を聞いていたのですか?」
という言葉は、フリーレンたちと別れた後のメトーデの言葉。
「どうしてそう思った?」
「今日は少しゲナウさんの機嫌が悪いので」
「悪くない。普通だ」
そう伝えると、メトーデは苦笑する。
「フリーレンさんたちが断るのは、半分分かっていました。
もちろん、お願いされたらゲナウさんにも同行できるか確認するつもりでしたけど」
「……何の話だ?」
ゲナウがそっけなく返すと、ますます饒舌に返すのはメトーデという人物である。
「いえ。大した話ではありません。当面パートナーでいることは、お約束した話ですから。
そんな状態だと少し私も困りますので」
「その満面の笑みは困った人間の顔か?」
「あら、あらあらあら。ゲナウさんにはそう見えましたか?それは良い兆候です」
ゲナウはうんざりした表情でメトーデを睨み返す。
相変わらず、彼女は青空を背景に咲き誇る一輪の華のようにたたずんでいる。ただ――
「何の話だ」
パートナーの彼女を、美しい華に見えただなんてことは――
「先日、お伝えしましたよね。『長期戦』だと」
悪戯っぽく笑う彼女には――
「……それこそ何の話だ。ノルム騎士団もそろそろ到着する。教会へ急ぐぞ」
―― 絶対に言いたくはない。
「分かりました。行きましょう、ゲナウさん」
そうして、微笑むメトーデはゲナウの隣を歩き出した。
~ 知らぬは男ばかりなり - Only the men are blissfully unaware - fin ~