葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey -   作:rvr75_raiden

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風の強い日、君は空を覆う

■風の気持ち良い午後の木漏れ日の下で


 

「寝ている……」

 

フリーレン一行の本日のお宿は街の外れの小高い丘の上にある見晴らしの良い旅宿。

午前中の仕事のドタバタを終えて昼過ぎに到着した一行はそれぞれに思い思いの時間を過ごす。

 

そんな中、宿の庭の広場に良さげな木陰を見つけてちょうどいいと休憩をしていたシュタルクだったが

 

「シュタルク様、このような所で場所で寝ていては風邪を引きますよ」

 

日差しの温さと肌を撫でる心地よい風の気持ちよさ、そして午前中の討伐の尋常ではない疲れもあって、ついウトウトと眠りについてしまっていた。

 

「……シュタルク様?」

 

そんなシュタルクの様子を見に来たフェルンは眠りから覚める気配のないシュタルクを意外なものを見るように物珍しげに見ていた。

 

意外と言ってはなんだが野営中の戦士シュタルクの朝はいつも早い。

フリーレンどころかフェルンより早く起き、薪拾いと朝餉となる野草やキノコ、川があれば魚を釣って来たりする。

出会いが出会いだったフェルンとしては、フリーレン以外にも手のかかる人間が増えたと思っていたら案外そんなこともなかった。普段生活の大半は一人で卒なくこなす彼に素直な驚きとスプーン一匙程の不満もあったが、頼りになる事は良いことだとフェルンも思っていた。

出会う前は峡谷の村に世話になってたとはいえ、3年間を1人で過ごしていたのだからさもありなんではある。

 

が、よくよく考えると、数年旅を供にしてもシュタルクが眼の前で安眠している姿をまじまじと見る機会は意外と少ないような気もしている。

 

正確に言えば、眠っている姿はちょくちょく見てはいる。

野営でフェルンが見張りが必要な時は流石に寝ているし、馬車の移動中にうたた寝をすることもある。

しかし、アクシデントで倒れたときや気絶に近い状態以外は近づく足音などで直ぐに目を覚ましてしまう。

優れた戦士の為せる業なのかアイゼンから相当厳しく訓練されたのか意外と普通に寝ている時の隙が少ない。

宿の布団の中では安眠はしていそうだが、流石に寝ている男子部屋に忍び込んで寝顔の確認するなんてはしたない事は今のフェルンには出来ない。

 

珍しい事もあるものだと、フェルンは気持ちよさそう眠るシュタルクの側に屈み込んで彼の顔を覗こむ。

討伐の疲れに加えて、陽気につられてしまったのか気持ちよさそうに眠っている。

 

「今日、シュタルク様はいっぱい頑張りましたからね」

 

そう言って、髪と額を肌の感触を確認するかのように細い指で優しく頭を撫でる。

シュタルクの肌の熱と少し硬い髪の感触が手を通して感じられて、なんとなく撫でたフェルンも気持ちいい。

 

口をんむんむ言わせながら小さな声で「やめてよぉ」というシュタルクを見ていると嗜虐心と母性を同時に掻き立てられる謎の感覚に笑がこぼれる。

そんな小さないたずらの中、依然として起きる様子のないシュタルクを見てフェルンは思う。

 

――これだけやって起きないなら、もしかして今なら……?

 

昔からフリーレンがフェルンに甘えてくると時折お願いされるので「気持ちいいものなのかな?」とフェルンも思っており、

普段の感謝とかいろいろ、複雑な感情も込み込みで、そういう事をやってあげてもいいのかな?とはフェルン自身も思っているものの、意味もなく誘うのは気が引けてしまう行為。

さりとて、この自己肯定感が希薄で普段から余計な欲というものを表に出さないシュタルクがお願いしてくる事はまずない行為。

 

フェルンの複雑な乙女心とシュタルクの鈍感力のコラボレーションでシチュエーションとしてかつて成立した試しがない――

 

休んでいるシュタルクに膝枕をしてあげること

 

是が非でもやってみたいだなんて思った事は……無くは無くも、無くもない……?

いや、判らないけれど、とりあえずこの機を逃せば次の機会はそうそう訪れないのではないか? という謎の焦燥感も確かにある。

 

『そこまで想ってるなら普段からやってやればいいだろ、もお!』とタバコを吸う僧侶の幻視が見えたので、手でパッパと払う。

 

普段は少しでも近寄ればさざ波のように退いていくシュタルクが眼の前で熟睡しており、自分がある程度好きにできる圧倒的優位(?)な状況に若干燻られるものはある。

据え膳食わぬは何とか、という先人の言葉があると彼女の師であるフリーレンからも聞いたことがある。

 

つまり、今は絶好の好機であるッッ……のだろうか?

 

「シュタルク様、少し失礼しますね……」

 

意を決したフェルンはシュタルクの頭元に座り込み、両手でゆっくりと頭を上げる。

自分の腰と足をシュタルクの体に寄せつつ、寝ているため位置を動かす訳にはいかない彼の頭の下に慎重に太腿を忍び込ませていく。

これだけやっても起きる気配がないことに安堵しながら、そっと持ち上げていた頭を自分の太腿の上におろした。

 

「出来た……」

 

これで未だかつてやってあげたことがなかった膝枕成立である。

 

「ん~……」

シュタルクはフェルンの上でちょうどいい位置を探そうと、体をわずかに動かしてからフェルンの太ももに頬を擦り付けながら姿勢を直そうとする姿は、膝の上で眠ってしまった猫を思い出させる。

 

今日、頑張ったシュタルクになにか1つでお返しができたのではないかという満足感と、普段は容易には見せてくれない甘えた仕草に感じる多幸感。

 

そして、同時にフェルンは彼がこんなに眠りこけるまでになってしまった午前中の出来事を思い起こす。

 

[newpage]

■討伐依頼の旗色悪く


 

その日は街の代表からの強い依頼で早朝から森の中を移動していた。

この近くに頑強な鱗を持つ巨大な4足の竜が出るようになり、それがいつ街まで襲いかかってくるかわからないため討伐を依頼したいというものだ。

 

巨大な上に足も早いということなので追い回されると非常に厄介なことになる。そのため、活動状態になる前に倒そうということになった。

 

発見した時に竜は熟睡中であったため、そのまま撃ち抜いて依頼完了であろうとタカをくくったのがまずかった。

 

「これは……ちょっとまずいね」

 

竜に放った魔法の一撃が外皮に当たる直前で霧散してしまい、声色こそいつも通りだがフリーレンが困り声を上げた。

 

奇襲の失敗を皮切りに、眠りを妨げられた竜は凄まじい勢いで魔法を放ったフリーレンとフェルンの元に突進してくる。

だが、この時点で後ろで控えていたシュタルクの判断は早かった。斧を背負っている逆肩にフェルンを担ぎ、空いた小脇にフリーレンを抱え脱兎のごとく逃げ出した。

二人になら空に逃げられたかもしれない……かもしれないが、嫌な予感は拭いきれず、自分が一番安心できる方法で二人を確保して逃げ出すのが先決という直感任せの判断だ。

 

「シュタルク、いい決断と判断だ」

「ど、どういうこと……?」

「シュタルク様、フリーレン様……おかしいです魔法が発動しません」

「飛ぶことも……出来ないの……!?」

 

シュタルクは二人抱えて全力で走っている最中である。それ自体が超人的な体力がないと出来ないことだが、シュタルクは息も切らしつつ質問する

 

「できません。この感じ以前、どこかで」

「封魔鉱だね、あの竜とんでもないことを。結構な量の封魔鉱を体に取り込んでいるんだ」

 

鉱石を飲んで鱗に纏う竜。それ以外は飛ぶことも出来ず巨体で押しつぶし、噛みつく事だけしか出来ないため、ひたすらに追いかけてくる。

結局、20分程二人を抱えた全力疾走は続き、なんとか振り切って竜がシュタルクを見失ったところでやっと二人の魔法が発動した。

兎にも角にも封魔鉱の影響を受けるリスクを回避するため、見晴らしのいい丘の上に移動し竜の様子を見る。

 

「まだ、暴れているね……、私達を探しているみたいだ」

「シュタルク様、大丈夫ですか?」

流石にいたたまれなくなったフェルンはシュタルクの汗を拭きながら介抱する。

「――だ、だいじょうぶ……じゃない……膝が震える……」

「ちょっと休憩してから、作戦を考えよう」

 

■大型竜討伐大作戦


 

「魔法は近くで霧散するし、岩とか木を魔法で投げつけても減衰を受けるし外皮が固くて通らない。

 地図を書き換えるような影響がでるやり方もしたくはないし、ちょっと考えたんだけど、他にあまり良い案が思いつかない。

 シュタルクを頼りにすることになるけど聞いてくれる?」

 

フリーレンの考えた作戦は次の通り

 

1.真っ直ぐで大きめの木の先端を杭状に加工

2.その木にシュタルクを縛り付ける

3.フェルンが魔法を討って竜を引き付ける

4.竜に向かってその木の杭を全力で射出する

5.そのままシュタルクが竜を叩き切る

 

シュタルクは腕を組み、目をつむり、何度も作戦を内容を反芻し、素直に感想を述べる

 

「ねえ、その作戦、俺の尊厳と一緒に命もどこかに飛んでいかない? 落とし穴とかじゃ駄目なの?」

「あの手の竜は地中も行ける可能性高いからね」

 

シュタルクにとっては命の危機に対する懸念を込めた対案はあっさり却下された。

 

「しかし、フリーレン様、これはあまりにもシュタルク様の負担が……というかほぼアイゼン様基準の作戦になっていません?」

フリーレンは「そうかなー?戦士なら普通じゃない?」と腕を組んで頭をひねる。

「普通ってなんなんですか?」とフェルンが返すお決まりのやり取りの裏で、シュタルクは己が師の規格外さに震えるしかない。

 

「プランBとしては、私とフェルンで投射物状に加工した岩や木をダメージが出るまで延々ぶつけ続ける、というのがあるけど」

 

それは……さすがにかなり厳しい。魔法は減衰するので投射物の質量頼りだが、向こうもかなり大きく頑丈なので単純に物量と持久戦だ

 

「――シュタルク様、頑張りましょう」

「えぇ……、そんなぁ~」

 

協議の結果、流石に杭に括りつけてぶっ飛ばすのは非人道が過ぎると撃ち出される当人の大反対もあり、

物理障壁で囲んだシュタルク自身を後ろから加速して、推進力を載せて叩き切るという折衷案となった。

 

「シュタルクの全身囲む防御術式だから結構魔力消費も激しいけど、フェルンは大丈夫?」

「実際に打ち出されるシュタルク様に比べると負担は軽いと思います」

「そう。じゃあシュタルクは?」

「……がんばるけど、仕留め損なったら?」

「もう一回撒いて逃げてきて」

「……」

 

作戦は決した。後は覚悟だけ……

開けた場所に移動してシュタルクは戦斧を握りしめる

 

「今から竜に岩をぶつけてこちらにおびき寄せる。フェルンから障壁の展開をしてもらったら私が打ち出すよ。準備はいい?」

「あんまり良くはないけど、やるだけやってみるよ……」

「うまくいったら、私達がいっぱい褒めてあげるから頑張ってよ」

 

地上でウロウロしていた竜に向かって空中にいるフェルンが岩を投射する。

岩ぶつかった結果、竜ががこちらの様子に気付いた様子。

 

凄まじい咆哮を挙げた後、荒ぶりなが一直線に向かってくる。

 

「シュタルク様!ご武運を」

 

一直線にこちらにおりてきたフェルンはシュタルクの周りに防護結界を展開する。

 

「行くよ!!覚悟を決めて!」

 

フリーレンの掛け声に返事をする暇もなく、凄まじい加速による衝撃がシュタルクの全身にかかる。

衝撃を実感した瞬間にカタパルトの様に一直線に竜に向かって出された。

 

物理障壁が効いているため、空気抵抗の影響を受けては居ないが物凄い加速による重力が凄まじい。

 

「の あ ぁ ぁ ぁ !! め ちゃ く ちゃ は え えぇ ぇ ――――ッッ!!」

 

かくして、絶叫とともに竜に向かって突撃したシュタルクは3年を過ごしたあの峡谷の修行場の谷に向かって戦斧を振るったときのように竜に切りかかったのだった。

 

[newpage]

■疲労困憊の戦士と魔法使いの子守唄


 

とまあ、そんなこんなで今に至る。

シュタルクは宿に着くや否や「もう今日は絶対に何もしない!!」と宣言して外に出ていった結果こうなっているのでやはり負担は大きかったかなとフェルンは反省する。

 

フェルンとしても頑張った我らが戦士に報いるため、今日はいっぱい甘やかしてあげようと考えていたが……

普段から妙に無欲なシュタルクがフェルンに何か要求するとも思えず、どうしたものかと思案していた矢先の出来事なので渡りに船ではあった。

 

基本が寒冷な北側諸国なので気温の都合でまだ防寒用の服は脱げないが、今日は日差しが暖かく、程よく風も吹いているため心地よく穏やかで心落ち着く時間だ。

フェルンの膝元ではシュタルクが静かに寝息を立てて寝ている。

 

シュタルクの頭がいい位置にあるのでついついさわさわと撫でてしまう。

眠ったシュタルクは「んっ」と言いながら少し頭の位置を動かして姿勢を正し、再度いいポジションを見つけたのかまたすやすやと寝息を立て始めた。

そんな姿にフェルンは静かに微笑みがらまたシュタルクの頭を撫で続けた。

 

何年前になるのだろう、ハイターに引き取られるよりも更に昔。

おぼろげな記憶の向こうにある家族との記憶。こうして自分も母の膝に甘えていたような気がする。

あのとき母の歌っていたのは何だったか。民謡の子守唄でメロディしか思い出せない。

膝の上で甘え、母の歌を聞いて一時の眠りにつくような穏やかな日があった気がする。

 

うっすらとした記憶をたどりながらフェルンはあの日聞いた子守唄のメロディだけを歌い始めるのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな、フェルンの膝枕の上でシュタルクは微睡む。

 

物凄くいい夢を見ていた気がする。暖かくて、柔らかくて、そして愛おしげに頭を撫でてくれる存在。

自分が幼い頃に死んでしまったため顔も思い出せない母親がそんなふうにしてくれていた日があったようなかったような。

「――― ♫~~♪~~」

――歌が聞こえる。懐かしいようでいて、聞き覚えのある。この声は記憶の彼方の母ではなく、もっと身近にいる誰かの声……そうだ、フェルンだ……

耳に心地よく響く優しい歌と、なんだか後頭部を包む感触が暖かくて柔らかい。

 

しかし、なんでそんな事に?

たしか、今日は討伐でひどい目にあって……つかれて、庭でくつろいでいたら熟睡してしまった。何たる油断……

 

徐々に夢と現の間にいた頭が現実に追いつこうと記憶を呼び出し始める。

自分はいったいどうな状況になっているのかとシュタルクはゆっくりと薄目を開ける。

 

光に目が慣れてきて、徐々に周りが見え始める。

眼前に映るのは緩やかなカーブの2つの曲線の描く境界、そしてその境界の内側となる見覚えのある布生地の柔らかげな膨らみ。

そして、それに遮られて半分見えない青空。

 

なぜかふとオイサーストへ向かう途中の馬車に乗っていた時の記憶が呼び起こされる。

 

――やっぱりいいや

――どうしたんだよ

――空が半分しか見えなかった

 

思考が回り始め、シュタルクは一つの結論に辿り着いて慌てて再び目をつむる。

あの時はまったく判らなかったがようやくフリーレンの言葉の意味を今更理解した。

 

そういう意味だったのかと、悲しい性か、しばらく今見た光景は頭から消えそうにない。

というか、今まさにこの状況はフリーレンがやってもらっていた膝枕ってやつか?と気づいた

 

フェルンが?俺に?なぜ?わからない……。

 

わからないが……すごく心地いい。

安心する。

フリーレンは何時もこんな気持だったのか。

 

フェルンは依然シュタルクが寝ていると思っているのかダダ甘やかし中だ。

シュタルクもナデナデされる頭と額がこそば気持ちいい。

普段(シュタルクから見ると)当たりの強い彼女がここまで甘やかすのはフリーレンぐらいだ。

親を甘やかすのはなんか変な気もするが、事実そうなので置いておくとして、自分こんな扱いを受けるとは正に夢にも思っていなかった。

 

というか、どうしてこんな状態になっているのか、自分が寝ている間に何があったのか、誰か教えてほしい。

誰か教えてほしいけど、許されるなら暫くこのままにしておきたい。

 

一方のフェルンとしては、旅の途中でいっぱいなでようとしたり、あーんしてあげようとしたり、成果は芳しくないものの。

自分なりにシュタルクへの慰労というか感謝というか、そういった気持を態度で示そうとは思っており、起きたら起きたで別に構わなかったのだが

「眠ったまま自分にされるがまま(?)の状態はそれはそれで気分が良いのでよいか」程度の感覚である。

 

せっかくなので眠っている(と思っている)シュタルクの歳の割に童顔気味な顔を至近距離でまじまじと眺める彼女は、

「こうしていると、ちょっと大きな子供みたい」と感慨深げにつぶやいて笑う。

 

なお、フェルンの口からポロリとこぼれた言葉はバッチリとシュタルクの耳には聞こえており、字面の通りに子供扱いされたのだと受け取った彼はちょっぴりショックで眉を曲げていた。

 

■そうして君は空を支配した


 

シュタルクがある種の幸せデッドロック状態で固まってからしばらく時間が経過した。

少し日も高くなり、北部高原にしては少々気温も高くなってきた。フェルンは自分のマフラーを外して折りたたみ、なんとなくだがシュタルクの胸の上に置いてみる。

 

悪戯にもなっていない些細なちょっかいだが、今のシュタルクはフェルンにされるがままなのでなんだか可笑しくて笑ってしまう。

なお、シュタルクは自分の上に何か置かれたことには気づいたが、目を瞑っているしオーバーコートの上でなので何をされたか判らずちょっと困惑中である。

 

(いい加減、起きたって言わないとだめかなぁ……)

 

膝枕もきっと楽な姿勢ではないし、流石にこのままでいるのも申し訳なくなってきたとシュタルクも考えだした頃、辺りの風が少し強くなってきた。

フェルンはなびく髪を抑えながら、そろそろシュタルクを起こして宿に連れ帰ったほうが良いかと思案し始めた瞬間、――突風が二人を薙いだ。

 

風に驚いたフェルンは思わず両腕で顔を庇う姿勢となり

その瞬間、抑えるものもなかったフェルンのマフラーは風に飛ばされた――――かに思えた。

 

風の音に思わず目を開けたシュタルクはフェルンのマフラーが飛ばされる瞬間をその目に捉えていた。

 

(――ああ、あのマフラーはとてもフェルンに髪色に合っていて……

 すごく似合っていたのに――風で飛んでなくなっちまうのは――なんか嫌だな)

 

シュタルクがそう考えた瞬間、気がつけば体と腕が動いた。

反射的に動く体と腕は自然とマフラーの方へ伸び、風に持っていかれる前にその手で掴んだ。

 

ここで数秒を遡る。突風から顔をかばったフェルンは腕の隙間からマフラーが飛ぶ瞬間を見ており、

掴もうとしたシュタルクからワンテンポ遅れて、その手をマフラーへと伸ばした。

フェルンはシュタルクに膝枕をしている最中であったため、手を伸ばすと自然と上半身が前倒しになる。

 

そして同時に手を伸ばしたシュタルクは少し体を起こす体制になっていたのだが……結果的に

 

「わっ、ぶッッ――?!」

瞬間、シュタルクの視界は柔らかくていい匂いのする膨らみに覆われて、再び膝枕へと頭を押さえつけられた。

 

吹き飛びそうになったマフラーがシュタルクの手によって眼の前で掴まれたフェルンもまた、シュタルクをの顔面を、その身体でプレスしてしまった事の衝撃で固まった。

 

「えっ……シュタ……ルク……様……?」

「ンンンンムッッ!!」

 

こうして、暖かな日差しの中で膝枕をして過ごす穏やかな時間はちょっとした事故により終わりを告げたのだった

 

[newpage]

■怒ってません


 

突然視界と顔を覆われたシュタルクは事態が飲み込めずしばらくジタバタし、

フェルンもそんな位置でモゾモゾされたら嫌がおうにも変な声が出てしまうというお約束な十数秒程繰り広げた後、お互い、冷静になって起き上がった。

 

シュタルクは流れるような動きでフェルンの前に無言で正座する。ちなみにフェルンは膝枕の時点でずっと正座の姿勢だ。

 

「シュタルク様」

「はい……」

「起きていらしたのですね」

「すいません……」

「別に、怒っていません。マフラー、取っていただきありがとうございます」

「はい、こちらになります」

 

そのままシュタルクは土下座に近いポーズになりながら両手でマフラーをフェルンに差し出す。

その姿勢、実はめちゃくちゃ疲れないのだろうか?というフェルンの素朴な疑問をよそにシュタルクは相当怯えているようだ。

 

あんなダイナミックにお互いが触れてしまったことに何も思わない訳ではまったくないのだけれどシュタルクには悪意がまったくない事故だし、何よりシュタルクだし、フェルンとしては実はそんなに怒ってはいないのだが……

 

(まぁ、シュタルク様はそういう人ですよね……)

 

若干、諦めに近い気持ちにもなるが、さりとて乙女心としてはせめてシュタルクには言わせたいではないか。

起きていたのならせめてひと時どうだったのかを。

 

「それで、どこから起きていたのですか?」

「時間はわかんないけど、フェルンの子守唄が聞こえたあたりで、綺麗ないい歌だなって……」

「そうですか」

「はい……」

 

どうやら途中で起こしてしまっていた様だ。シュタルクはこういうときに素直な感想をさらりと混ぜてくるので聞いた方としてはリアクションにちょっと困る。

なんにしても「だったら結構な時間、意識ありましたよね?私に言うことありますよね?」という気持ちも出てきてついムスッと表情に出てしまう。

 

「起きたときに声をかけてくださればよかったのに」

「えっと……なんかフェルンが嬉しそうだったから……」

 

その気遣いは嬉しくない訳ではないが、フェルンが聞きたいのはそこではない。

 

「それだけですか?」

「……え、ど言う事?」

 

どうやらこの朴念仁には直接言わねばならないようだ

 

「シュタルク様に、感想はないのですか?ずっと膝枕の上で寝てたんですよね?」

 

顔を上げたシュタルクは、うっと言いづらそうな表情をする。

「えっと」や「そのー」と何度か言葉をためらう。もうムスー顔を披露してやろうかと思った辺りでようやく意を決したらしいシュタルクは

 

「――き、気持ちよかったので、しばらくそのままが良いなって思って、声かけられませんでした……」

 

と、珍しく目が合わせられないぐらい照れた様子で言ってきた。

 

「十分に満足してもらえましたか?」

「――またやってくれると嬉しいです」

 

というようやく聞きたかったシュタルクの言葉に納得したフェルンは

「じゃぁ、また疲れた時、今度はシュタルク様からお願いしてください」

笑顔に花咲かせながらシュタルクに伝えた。

 

普段感情の起伏の薄い彼女が見せる満面の笑顔からシュタルクは目が離すことが出来ず、空の青さも視界に入らなかったのだった。

 

■そうして旅は続いていく


 

夕暮れが近づいて来た頃、部屋で読書に依存心でいたフリーレンがパタンと本を閉じ、

フェルンとシュタルクを呼びに行っても良いかもしれないなと思ったちょうどの頃合い二人は宿に戻ってきた。

 

「遅かったね、何かあったの?」

「庭でシュタルク様に胸を触られてしまいました」

突然出てきた身も蓋もないフェルンの回答にシュタルクは思わずつんのめる

「ええ!?さっき怒ってないって!」

「え、シュタルクそんなえっちな事しちゃったの?」

 

獣を見るかのような視線を送ってくるフリーレンに

いやいや、飛びそうなマフラーを掴んだ際の事故だよ!と言いたいところだが

シュタルクとしては思いっきり顔で感触を味わったのは事実なので言い訳はできない。

あと、一生忘れられそうにない。

 

「違わないけど違うんだよぉ……」

「……えっち」

「ちょっと、待って!フェルン!」

 

そんなやり取りをしながらフェルンは胸元を腕で隠しながらシュタルクから逃げ回る。

シュタルクは謝りながらひたすらフェルンを追いかけ続け、二人でずっとベットの周りをぐるぐると回っている。

 

二人の様子に頭をかきながら、どうしたものだろうかと熟考するフリーレンだったが、

フェルンはどことなく楽しそうだからまあいいかなと思い直す。

 

「もうすぐ夕飯の時間だから気が済んだら食堂に降りて来てね」

といいながらフリーレンは苦笑しながら部屋を後にしたのだった。




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