葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey -   作:rvr75_raiden

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盲目の蝶、欺瞞の檻(前編)

■正反対の青年


 

フェルンは自分が悪人だとは思ったことはないが、我こそは善人だと言えるほど他者に踏み込んだ親切をできる人間ではないと思っている。

自分は人見知りで誰にでも話しかけるには少し怖いし、無闇な無償の奉仕は己の身を危うくするため危険だという論理的な判断もしなければならない。

 

それでも、かつて自分を救ってくれた恩人の想いに恥じぬように人として正しく生きようと思っている。

真の正しさは何なのかは未熟なこの身にはわからないが、ハイターから聞いた「勇者ヒンメルならそうした」と、そう言って誰かを救える人生であろうと努力している。

 

そんなハイターと別れを告げ、フリーレンと行動を共にして生きていく中でフェルンはシュタルクという青年と出会う。

シュタルクはフェルンとは全く違う人間だ。表向きの臆病さとは裏腹に絶対に退かない精神と、誰とでも打ち解け困った人は放っておけない善性の持ち主。

己の身を顧みずに誰かを守り、誰に請われるでもなく他人を救おうとするその姿は、フェルンの目から見れば異常であり、そして憧れの体現でもある。

 

ある種、在り様は自分とはよく似ているのに真逆。側にいるとまるで相互に欠けたピースが埋まるかのような感覚。

好意なのかは自分にもわからない。畏怖と尊敬が同居し少しでも傍にいて近づきたいと、きっと互いにそう想っている。そんな確信があるような気がした。

 

短くはない旅の中でシュタルクの傍にいれば、それはその手の中にあるのだと――そう、思っていた。

 

だからフェルンは、シュタルクが何時何処でも、人を救い誰からも好かれるその姿は誇らしくもあり、そして、少し気に入らない。

フェルンはシュタルクの善意が、彼の自然に持ち合わせている善性が、愛おしくもあり、そして妬ましい。

 

■いつもの喧嘩と悲鳴


 

フェルンの様子がおかしい……というか、機嫌が悪くてシュタルクのへの応対が昨晩の夕飯前ぐらいから悪い。

それはなんとなく把握していた。

 

「ねえ、なんか怒らせることした?」

「……シュタルク様は何も悪いことをしていません」

「何か気に食わないことがあったなら謝るからさぁ、機嫌を直してくれよー」

「……何が悪いかわからないのにシュタルク様は謝るのですか? そんな軽率な謝罪に何の意味があるのです?」

 

とまぁ、取り付く島もなく手厳しい。

たしかに理由もわからず謝ろうとしてしまうのはシュタルクの悪い癖だ。

『女の子(とりわけフェルンのケース)ってよくわからない』という先入観からついつい手段として常用してしまうが誠意がないと言われたら返す言葉もない。

 

昨日は翌日の出発に備えて鍛冶屋に斧の手入れを頼んでから、待ち時間で街をウロウロしていた。

途中で荷物運びを手伝った人からお礼を、と食事に誘われたり、流石に悪いと遠慮などしているとフリーレンとフェルンの待つ夕食の時間ギリギリになってしまった。

戻ると約束していた時間には間に合ったのだが、そのあたりからフェルンの機嫌が悪い。

 

時間ギリギリになってしまった事を怒っているのならその場のことだけで済むかなと思ったが、結局、村から出発する時間になってもフェルンの様子は変わらなかった。

 

(そんなに悪い事したかなぁ……)

 

結局出発してから終始フェルンの機嫌は悪いままだ。

無論、無言でずっと歩いているし機嫌が良くなる理由もない。

 

(休憩ポイントについたらもう一度、ちゃんと話そう)

 

流石に空気が悪いまま一緒にいるのは辛い。フリーレンも空気を察したのか時々こちらに目線を向けてくる。

明らかに「フェルンに何したの?」と顔に書いてある。

フェルンには気づかれないように「わかんないよ」という表情のまま頭をふる。

午前中は終始このまま進むことになった。

 

「そろそろ休憩ポイントになりそうな川辺が近いかな。そこでお昼を取ろ―――っ!?」

 

フリーレンが休憩の一声をかけ終わる直前

 

「――だれか!誰か助けて!!いやぁぁぁぁっっ!!」

 

――進行方向側から耳をつんざくような女性の叫び声が聞こえた。

 

「フリーレン様!」

「判ってる。急ごう! シュタルクも行ける?!」

「勿論だ!」

 

緊急事態においては臨機応変に切り替えなければならない。

古今東西どんな魔物でも相対する時に油断すれば死につながる。

前衛であるシュタルクは特にだ。気を抜けば2人の魔法使いの命に関わる。

 

だからシュタルクは、先ほどまでの雑念を忘れることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「見つけたっ!!」

 

駆けつけた先には巨大な蜘蛛とサソリのような魔物、他に中型の魔物もいたがいずれも蟲型をしていた。

襲われている声の主は蜘蛛のような魔物の正面で腰を地面につけて逃げようとしているが片足を糸のような物に囚われているためかうまく逃げられない様子だった。

 

「厄介だね……」

 

フリーレンは杖を出しながらつぶやく。

 

「まずは助けよう。フェルン、距離を確保しながらサソリの魔物の気を引いて。絶対近づいたら駄目だよ」

「わかりました」

 

「シュタルク、蜘蛛の気を引いて。他の雑魚を蹴散らした後にその子を一旦逃がす。そこまでやったら陣形を立て直そう」

「おう!」

 

フリーレンの指揮の下でそれぞれに動き出した。

 

フェルンは距離を取りながらサソリ型の魔物に魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を放つがサソリの鋏で防御姿勢を取ってそれを受け止める。

鋏ごと本体を貫くかと思ったが、想定以上に外殻が厚く、そして放った魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)はそのまま滑るように方向をそらして受け流された。

 

(硬い……魔力も帯びているのか)

 

紅鏡竜とはまた違うが、どうやら魔力の直撃を受けづらい外殻をしているようで、致命的なダメージを与えるには物理的な衝撃が必要だ。

フェルンの攻撃が止まったと見ると一気に距離を詰めて来る

 

(あと、速い……)

 

障壁で受け止めず、フリーレンの指示通り飛行魔法で距離を開ける。

 

一方、シュタルクは蜘蛛の魔物に挑んでいた。

長い2本の前足は獲物を貫くような鋭利な形状をしており、更に巨大さから来る質量から大ぶりのナタの様な斬撃となって襲いかかる。

シュタルクは戦斧でそれを受け止め、時に回避しながら距離を詰めて、攻撃を放つ。

 

数撃与えたが致命打には至っていない。だが少なくとも襲いかかっていた少女から自分にターゲットが移ったようだ。

 

(早く立て直さないと、フェルンのほうもやばい……フリーレン急げ!!)

 

自分が一撃で眼の前の魔物を倒しきれば状況も打開できるがかなり手強い。時間はかかってしまうだろう。

 

「フェルン! シュタルク! 待たせたね、立て直すよ!」

 

小型の魔物を一掃したらしいフリーレンが少女に駆け寄りながら二人に声を掛ける。

少女の脚に絡んだ糸は引っ張って切れるような強度ではないようなので燃やして外した。

 

「わかりました!」

「了解!」

 

■罠


 

シュタルクは攻撃をいなしつつ大きくバックステップして巨大蜘蛛から距離を取りフリーレンの前に陣取る。

フェルンもフリーレンのすぐ近くに着地するとそれを追いかけてくる様に巨大サソリが木をなぎ倒して正面に現れた

 

「魔物は私達でなんとかしますのであなたは逃げてください」

「……わ、わかりました」

 

町娘はそう言って立ち上がり、よろよろと距離を取ろうとする

 

「あ、脚が……」

 

どうやら怪我をしているようでうまく走れず、すぐにはその場を去れない様だ。

フリーレンの強力な魔法で一気に勝負をつける、という訳にはいかない。

 

シュタルクは襲いかかってくる2体の魔物の攻撃をさばき防戦に集中する。

 

「……!! 早めに!頼むぜッッ!」

 

流石に二匹の大型の魔物の集中攻撃は一方的に防御に回らざるを得ないシュタルクはフリーレンに攻撃を促す。

 

「判ってるよ」

「フリーレン様、あのサソリの甲殻は魔法が……」

「そんな気はしてたよ、だったら!シュタルク合図をしたら一気に引いて!」

 

フリーレンの言葉に「無茶言うな」と言いながらも了承するシュタルク。

 

「今!引いてシュタルク!」

 

フリーレンの声と同時に一気に後方へ飛ぶシュタルク

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)!!」

 

魔法の攻撃にサソリが前に出て防ごうとする。が、魔法の衝撃自体を殻で防げても業火による加熱自体は防げない。

 

「シュタルク、サソリにトドメ頼んだよ!フェルン、後ろの蜘蛛へ一気に魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を!」

 

そしてシュタルクがサソリの頭を潰し、フェルンがゾルトラークを撃とうとしたその瞬間。背後からまた叫び声がした。

 

「――いやああああ!」

 

先程の少女の元に現れたのは、先程一匹倒した巨大なサソリと同種の魔物。

 

「もう一匹いたのか!」

 

一気に跳躍して少女のもとに駆けつける様に構えるシュタルク。だが……

 

「フェルン!駄目だ。シュタルクに任せて」

 

フェルンは蜘蛛を撃つのを止めて少女の元に飛んで駆けつけた。

サソリが振り下ろす鋏の攻撃を防御魔法で防ぐ。

 

フェルン自身にも、何故そんな無茶をしてしまったのかわからないが、行かせたくなかった。

ただ、あの瞬間。少女の救助をシュタルクに任せる事を、気持ちが拒絶してしまった。

 

「フェルン、今すぐにそっちに――うわっ!」

 

急ぎ、フェルンの元に駆けつけようとしたシュタルクに、蜘蛛が糸を噴きつける。

シュタルクはその勢いで吹き飛び近くの木に絡みつけられた。

 

「何だこれ!絡みついて取れねーぞ!」

 

蜘蛛は拘束したシュタルクへと駆け寄り始める。

 

「まずい!フェルンなんとか耐えて!」

 

フリーレンは地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)を放ちながら、シュタルクの方へ走る。

 

フェルンはサソリのハサミの攻撃を障壁で防ぎながら、最も速度が出せる魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を収束させて反撃する。

その衝撃で傷は入るようだったが致命傷には至らない。そうしているうちにサソリは尻尾をフェルンと少女の方に向けてきた。

 

(何を!?)

 

そう思った瞬間。サソリは尻尾の棘から液体を吹きかけてきた。フェルンは反射的に防壁範囲を一気に広げて防ぐ。

部分展開では飛び散った液体がこちらにかかる可能性を危惧したためだ。

 

地面に落ちた液体は煙を出しながら蒸発しているが周囲の草が黒く焦げたように枯れていく。

その様を見てフェルンの背筋が凍るのを感じた。

 

「くっ!!」

 

巨大サソリは両鋏でフェルンの障壁何度も打ち据えつつ、尻尾の棘からは毒液のようなものを絶え間なくフェルンと少女に吹きかけ続けている。

防壁を解く暇がない。

 

一方で、巨大蜘蛛を攻撃しつつシュタルクへ駆け寄ったフリーレンはシュタルクに火炎魔法を放つ。

 

「熱ぃ!」

「文句言わない」

 

蜘蛛の糸が燃えて落ちてシュタルクが自由になる。

 

「フェルンの元に急いで!障壁が切れたらまずい!」

「わかった!」

 

しかし、大蜘蛛が行く先を遮る。

フリーレンの攻撃で満身創痍だが逃げる気配がない。

 

「くそ、倒すしかないか……」

「シュタルク!退いて!」

 

大蜘蛛に向けてシュタルクは斧を構え、フリーレンは杖をかざす。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「必ず……守りますから……」

 

絶え間ない攻撃にフェルンは焦る。しかし自分がこの場から退けば後ろで倒れている少女の命はないだろう。

 

(シュタルク様!!、フリーレン様!!)

 

限界が近い。防御魔法が解けてしまう。

その瞬間、巨大サソリの棘から毒液の射出が止まった。

体内に蓄えていた毒液が消えたのかフェルンは判断する。

 

(今なら!)

 

防御魔法を解いて、攻撃に回れる!フリーレン程の地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)は出せないにしてもダメージは与えられるはずだ。

 

――ふふッ

 

一瞬、そんな声が聞こえた気がした。

しかし、気に留める暇もない。魔物の攻撃のリズムが代わり、手が止まった。

 

「ここだ!」

 

一瞬で防御魔法を瞬間的に解き、攻撃に転じる。

自分ならやれる!そう確信して防御魔法を解いた、この一瞬でと、そう思った。

 

だが、しかし……その瞬間、フェルンの視界が暗転した。

 

何が起きたのか理解できない。

感じるのは焼けるような肌の痛み、何かが焼け焦げるような音……そして

 

「フ ェ ル ン に な に を し や が る ッッッ!!!」

 

悲痛なほどに必死なシュタルクの声と衝撃音。

 

(そう言えば、シュタルク様と……仲直り……まだだったな……私、何で怒ってたんだっけ……?)

 

シュタルクの声が聞こえたその瞬間ぼんやりとそんな事を最後に考えた。

フェルンはあまりの痛みに声も出すことが出来ず……

そのまま溶け落ちるように意識が遮断された。

 

■喧騒と暗闇とふたりの時間


 

「―――ッ! ――――ッ!」

 

声が聞こえる。誰かが呼ぶ声。

 

「フェルン!! フェルン!!」

 

懐かしい?ような気がするのは聞き慣れた声だから。いつも師が自分を呼ぶ声。

すぐ近くで呼んでいる様に聞こえるが、真っ暗で顔が見えない。

 

「フリー………レン……さま……?」

「ああ、ああ……!!よかった。目を覚ましたんだね。

 フェルンの身体に流れる魔力が急激に戻ってきたからそろそろだと思ったんだ。本当に良かった……」

 

いつも冷静で透き通るような声をかけてくれるフリーレンの声は普段と比べると少々熱がこもっている。

一体どういうことなのかと聞こうと思った時、離れた場所からバタバタと足音が聞こえ、急にドアの開く音が聞こえた。

 

「フリーレン!!フェルンが目を覚ましそうって!!」

「シュタルク、静かに」

「ああ、悪い……」

「ああ、フェルンさん、目が覚めたのですね。よかったー」

 

シュタルクだ。そして聞き覚えのない声も一つ混じっている。

どうして、二人の顔が見えないのだろう?フェルンはそう思いながら自分の顔を手で触る。

そうして判ったのは自分の顔……正確には目を含む額を一帯に包帯が巻かれていることだった。

 

「フェルン、落ち着いて聞いて……

 数日前、私達の前に現れた魔物……大型の蟲型の魔物だったんだけど、覚えている?」

 

フェルンも徐々に覚醒してきた頭と記憶で状況が飲めてきた。

そうだ。自分は戦闘中にシュタルクを遮り、少女を救うために前に出て襲われた。

 

「おそらく、防御魔法の限界か、相手が一瞬見せた隙への反撃か、フェルンは防御魔法を解いたのだけれど……その一瞬を狙った攻撃を食らってしまったんだ。

 毒素の混ざった体液を直接浴びてしまった」

 

あの時の記憶を呼び起こすと意識が途切れる前に焼けるような肌の痛みを感じたのを覚えている。

 

「顔に直撃を受けて……一時は本当に危なかった。

 この子の村まで急いで戻って、教会の僧侶総出で解毒と治癒魔法をかけてもらったんだよ」

「はいー、間に合ってよかったです」

 

もう一人の聞き慣れない声はあの時助けた少女のものだったようだ。

 

「私の目が見えないのは……」

「まだ完全治りきっていないから……かな……?

 一応、肉体的な意味での蘇生出来たんだけどね」

 

申し訳無さそうにフリーレンは説明を続ける。

 

「フェルンが寝ている間に調べてみると原因不明の魔力がフェルンの目に滞留していて……なにか感覚を奪う呪いなのかもしれない。

 他はどう?耳は聞こえているだろうけど、皮膚の触覚は?温度は?臭いとかはわかる?」

 

「はい、視界以外は大体わかります。

 フリーレン様が手を握ってくださっているのも、フリーレン様の小さい手の感触でわかります」

「……そう、なら良かった」

 

視力意外は現状問題なさそうな事を伝えるとフリーレンは少し笑ったような声で答えた。

 

優しげな声を聞いて落ち着いたその瞬間、誰かが近寄ってくるような足音が聞こえて少しフェルンの体が強張る。

その様子を察したのか「シュタルクだよ」とフリーレンが言ってくれる。

 

「あっ……驚かせちまったか。ごめん、そんなつもり無かったんだけど」

「いえ……、周りが見えない状況って初めてで、まだ少し怖くて」

 

シュタルクに手を握られる感触がわかる。

今迄意識していなかったが目が見えないから強く感じるのは大きな手、豆だらけでゴツゴツした皮膚そしてフリーレンと比べても明らかに異なる体温の高さ。

 

「温かい……」

「え……?」

「……いえ、シュタルク様の手、固くて握られ心地が悪いですね」

「酷いッ!!

 いや、そんな話をしたいんじゃなくて」

「??」

 

シュタルクが言い淀んで喉の奥でツバを飲むような音が聞こえる。

姿は見えないが、なにか覚悟を決めた時の仕草でもしているように思えた。

 

「俺が……俺がフェルンを守れなかった。本当にごめん……」

「シュタルク様のせいではありません。私が勝手にしたことです」

「いや、前衛の俺のせいだ。 本当に……あのあと、駄目かと思った……命には別状ないと判った時にも顔の傷とかひどくて……」

「こんな旅を続けているのです、傷ぐらいは……」

 

その瞬間、シュタルクの握る手に力が入ったことが判った。

 

「――良くない!!

 良くないんだ、フェルン。フェルンは女の子だ。顔に傷が残って良い訳がない……」

「シュタルク様……」

 

『女の子』だなんてシュタルクがそんな言い方をするのが少し意外だった。

 

フェルンは自分があの瞬間、何故あのような行動に出てしまったのかを反芻する。

あの状態で少女を迷わず助けようとするシュタルクの行動力が羨ましかったのか、あるいは……

 

――シュタルクに助けられる少女が妬ましかったのか……

 

結局、戦闘がおきた日の前日、シュタルクと仲違いした理由も似たような話だった気がする。

帰りが遅いので様子を見に行けば、若い女性に手を引かれていくシュタルクの様子が見えた。

彼は断ろうとしてた様に見えたが、それでもその時は何かが許せなかった。

 

どう言葉を続けたら良いのか、共に思いつかずしばしの沈黙が訪れる。

その様子を見ていた結果、少々居た堪れなくなってきたのか、別の方向から声がかかった。

 

「あのー……お二人でお取り込みのところすみません……?

 そろそろ、私もお話していいですか?」

 

という少女の声にフェルンは、もうフリーレン以外にも人がいた事を思いだし、慌てて手を離す。

シュタルクも概ね同じような反応をしたようだった。

 

「すいませんー。後でたっぷりお二人の時間作りますので……

 はい、あの時助けてもらったリーガと申します。フェルンさん、本当にありがとうございます。あなたは命の恩人です」

「……いえ、人として当然の事をしたまでです……」

 

そう答えたフェルンの胸にチクリと痛みが走る。助けなければと思ったのは嘘ではない。

しかし、全て善意だったのかはわからない。対抗心と嫉妬、それが直前のギクシャクした空気感で爆発してしまった感も否めない。

だが眼の前の少女にとってそんな事を伝えられた所で何の意味もないだろう。

 

「お礼と言ってはなんですけど、私の家では小さな旅宿をやっていまして。

 フェルンさんの傷が癒えるまで、お部屋の方は自由に使っていただければと。流石にお食事だけは、別途になりますが宿泊とお部屋の利用はご自由にってことで」

「そういうわけで、教会で治療してから3日間程は厄介になってるんだ」

 

フリーレンが、そう付け加えてくれておおむね今の状態が把握できた。

 

「そうだったのですか。お心遣いありがとうございます」

「いえいえー」

 

リーガはなんでもないというような感じで答える。

声だけ聞けば可憐な少女のようにも聞こえるが、宿を切り盛りしているからか見知らぬ人との会話に慣れていそうな明るい口調だ。

何にせよ、あの時のことがあとを引っ張ってなくてよかった。

 

「フェルン、ここからはこれからの話だ。私は少し大きな街の教会で高位の僧侶を呼んでくる。

 フェルンの視界を塞いでいる呪いを解かないといけない。原因となるサソリは死んでいるはずなのに解呪されないのはちゃんと調べないとなんとも言えない状況だ。

 魔物が使う呪いはそこまで複雑ではないと思うんだけど……」

「わかりました。私はここで待っていたほうが良いですよね……?」

 

流石に視界が見えない状況でフリーレンについていくのは無理だろう。

フリーレンの魔力を追って移動することは出来ても、細かい障害物を避けられない、戦闘では最早どうにもならない。

 

「ごめんね、フェルン。シュタルクにおぶって移動も考慮したんだけど……移動距離と襲われる可能性を考えるとその危険は犯せない。

 私一人ならおそらく隣町まで飛んで移動できるし。戻りは護衛を付けて戻るよ。幸い、先日の魔物の討伐金が結構でていてね」

 

むふーと語るフリーレンにフェルンは少しからかうように返す。

 

「討伐金を魔導書の購入に使わなかったんですね」

 

そう問いかけると、フリーレンは苦笑しながら

「流石にフェルンがこんな状況で落ち着いて読んでられないよ」と返してくれた

 

「というわけで、待っている間はシュタルクがフェルンの看病をしつつ待っててくれるかな。一週間ぐらいで戻るはずだよ」

「シュタルク様と……ですか?」

「不安?」

「……そういう訳では――」

 

なんとなく、近くでシュタルクもなにか言葉を発そうとして止めたのが雰囲気でわかる。

言い淀んでいるとリーガが口を挟んできた

 

「ちょっと、フリーレンさんも野暮ですよ!

 当人たち眼の前で恋人と長時間二人っきりって言われてちょっと照れてるんですよ」

「「ッッ!?」」

 

直球の言いようは何よりも野暮なのだが、感情では当たらずも遠からずな部分もあるため二人共言葉が出ない。

 

「いやー、私見ておりましたとも。包帯を取り替えたり、うなされるフェルンさんの手を何時間も握って側にいるシュタルクさんのお姿。恋人をもつ男性の鏡ですよねー」

「……」

 

フェルンにはわからないが、うろたえる息遣いが聞こえるシュタルクは一切否定をしないのでおそらく事実なのであろう。

 

「シュタルク、フェルン、そうなの?」

「いや、ちがうんだ……! 看病してたのは本当だけど、別に恋人とかそういうのでは……」

 

恋人ではない。それは事実だ。自分もシュタルクが言わなければそう説明したかもしれない。

だが、それとこれとは別問題でシュタルクの口からそういう言葉が出るのとても気にいらない。

 

「……フリーレン様、安心して行ってきてください。私とシュタルク様は"恋人”ではなく"ただの仲間"なので問題ありません」

 

フリーレンとシュタルクがどんな顔をしているのかわからないが、

いたたまれなくなってフェルンは会話を遮るように布団を被りこみながら声と反対の方向を向く。

 

「あーあ、フェルン拗ねちゃったよ」

「ええっ!? 俺のせい?」

「シュタルクさんこれから大変ですねー」

 

こうして、しばらくはシュタルクが、フェルンの看病をする生活が始まった。

 

■ふたりきりの生活


 

「じゃあ、くれぐれもフェルンのことよろしくね」

「ああ、バッチリ見ておくから任せてくれよ。

 男の俺だと問題ありそうなことはリーガさんがフォローしてくれることになってるし、大丈夫だと思う」

 

できるだけフェルンの側にはいるつもりだが、宿代を除く滞在費用はある程度稼ぐ必要はあるので日中は少しばかり村の野良仕事を手伝うことにしている。

その間のことや湯浴み等々のシュタルクではどうにもならないことは同性に任せたほうが良いということで、宿主のリーガにお願いすることにしている。

 

「でも、あの子、ずいぶん年若いように見えたけどあんな旅宿一人で切り盛りしているのかな?

 まあ、他の客は見当たらなかったけど」

「さあ……? そこまで来訪の多い大きな村ってわけじゃないから、大丈夫なんじゃないかな?」

 

フリーレンはしばらく考え込むような仕草をするが、何にせよ今の優先事項は変えられない。

高位の僧侶を連れてきてフェルンの完全治療をしなければ。

しかし、引っかかる懸念事項も多い。

 

「私達を襲った魔物のことも気になるんだけどね……」

「でかい蜘蛛とサソリの魔物? 確かに、予想外に手強かったな。フリーレンが焦る所は久しぶりに見たよ」

 

魔物は確かに強いものは強いが、魔族との戦闘以外で後衛のフェルンが大怪我を負うほど追い込まれたのは初めてだ。

 

「あれは、それぞれバラバラに襲いかかってきたならそこまで厄介ではなかったんだよ。毒は……前衛のシュタルクが困るかもしれないけど」

「うっ……」

 

毒に関しては、兎に角嫌な思い出しかない。まぁ、毒でいい思い出もなにもないのだが。

攻撃すると毒を撒き散らされる類のものはシュタルクだと手が出せなくなってしまう。

 

「まぁ、それにしたって生物の組織の一部なわけだから最悪燃やしてしまえばなんとかなるんだ。

 問題はあの2体、いや3体か。異様に連携が取れていたことだ。本来あの手の甲殻や蟲の魔物で巨大なものは群で狩りをしない。

 絶対に連携は取らないんだよ、シュタルク。ましてや、あんな狙い定めたような待ち伏せ……」

「……つまりフリーレンは指揮を獲ってたヤツがいるって言いたいのか?」

「そういう異種同士でも操れるような個体がいるのかもしれない。推測だけどね」

 

あんな、巨大な異種の魔物を操る別の魔物がいるってのは少々村にとっても厄介そうだが……まだ想像の域を出ない。

何にしても、パーティーが全快してない以上、無駄な危険を犯す必要はないだろう。

 

「とにかく、色んな面で今フェルンはシュタルクに頼るしかないからしっかりしてよね」

「ああ、わかった」

 

そんな会話を交わした後、フリーレンは近隣の町まで移動を始めた。

 

「さて、フェルンの所に一度戻るか……」

 

フリーレンを見送ったシュタルクは大きく伸びをしてからフェルンの待つ旅宿の部屋に戻ることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ただいま、フェルン。部屋の空気を入れ替えようか」

「はい、おかえりなさい、シュタルク様」

 

その日からシュタルクは目の見えないフェルンの面倒を見てくれるようになった。

村の仕事を手伝う数時間を除き、常にフェルンの傍にいてくれる。寂しくないようにお話をしてくれる。

 

「――、それでその時、師匠がこう言ったんだ。『立ち上がり続けて、攻撃を加え続けたら絶対に負けない』ってさ。

 そんな脳筋な戦法あるかっての」

「ふふ、アイゼン様らしいですね。でもそれ、文句言いながらもシュタルク様ずっと実践してますよね?」

「そりゃ、まあ割と数少ない師匠の言う戦士の心得だし――」

 

あまり得意でもないのに本を読み聞かせようとしてくれる。

 

「難しい本じゃないなら読み聞かせるぐらいできると思うんだよ」

「それでは、魔法史の歴史書などはどうでしょうか? 図解入りの魔導書はシュタルク様では説明できないでしょうし」

「っと、魔法史ってこれかな?最初からでいい?」

「はい、シュタルク様が読みやすいところからで構いません」

 

読み方はたどたどしいけれど、時折挟まるシュタルクの「なにこれ、怖い!」とかのちょっとしたコメントが可笑しくてついつい笑ってしまう。

そして何より、さり気なく自分を楽しませてくれようとシュタルクなりの気遣いが嬉しかった。

 

「シュタルク様……やっぱりちょっと厳しいです」

 

食事の時も助けてくれる。

 

「あー、スプーンがあればなんとなるかと思ってシチューを頼んだけど……だめか」

「慣れれば大丈夫なのかもしれませんけど、お皿の位置がいまいちわからなくて」

「だよね、空振りの見た感じでわかるよ」

「もう、私は真剣に――」

 

軽くからかう感じのシュタルクにプンスカという感じで怒るフェルンだったがスプーンを握っていたフェルンの手をシュタルクの手が掴んできて、そのままスプーンを抜き取られた。

 

「シュタルク様……?」

「こればっかりは、仕方ない。他に見てる人もいないし、気は進まないかもしれないけど、我慢してくれ」

「??」

「フェルン、口開けて。あーん」

「ッッ!?」

 

半分期待していたのかもしれない。とはいえ、まさかシュタルクがここまでの行動に出てくれたのが意外でフェルンは言葉を失う。

そのままおずおずと口を開く。

 

目が見えない中で、部屋の中にはシュタルクと二人きり。

そんな空間で食事を催促するように口を開くという行為はこんなにも恥ずかしいのかと感じる。

ゆっくりと差し出されるシチューの熱と匂いでシュタルクが口元にスプーンを近づけてくれているのがわかる。

 

ここまでくれば後には引けないと、覚悟を決めたフェルンは差し出されたシチューを頬張る。

予想より熱くて思わず手で口を抑えた。

 

「……どう?美味しい?」

 

なんとなく、シュタルクも少し照れがある様にも思える。顔が見えないのでわからないが口調に少し動揺を感じる。

 

「――ん……、美味しいけど、ちょっと……熱いです」

「そっか……結構できたてのシチュー渡されたしな……ごめん」

「いえ……」

 

と言った所で少しだけ沈黙してしまう。

 

「「……」」

 

この先のお約束といえば、二人共言われずともわかる。家族や夫婦ならお約束なのかもしれないが、今の二人には口にするのも少々はばかられる。

というよりも、先程の行為だけでもかなり恥ずかしいのに、この先が如何ほどの羞恥なのかは言うまでもない。

 

「あーっと、その……。俺が冷ましてから差し出したほうが良い?」

 

ようするに、ふーふーして程よい温度まで冷ますとか冷まさないとか、つまりはそういう話だ。

 

「……少しだけ、時間を置いてから食べませんか……?その……そこまでさせるのは申し訳なくて……」

「そ、そうだよな。うん、そうしよう……」

 

そんな事をされてしまうと2人だけしかいなくてもその後どうすれば良いのかわからなくなってしまう。

それはまぁ……いずれそのうち……なにかかの機会があれば……いつかきっとぐらいの気持ちで……と、問題を棚上げすることで回避した。

 

こうして、初日は概ね平穏に過ぎていった。

 

フェルンにとっては目が見えない日常の恐怖を差し引いてもシュタルクが側にいてくれる安らぎが嬉しかった。

普段では考えられないぐらいにシュタルクの優しさが、彼の善意が自分にだけ向けられているように思える。

 

それはとても幸せな事なのかもしれない。甘美なことなのかもしれない。

 

今一時だけに許されたことかもしれないが―― フェルンはそう感じ始めていた。

 

■こころのキレツ


 

フリーレンを待ちながら、安静に過ごしつつ、日々の生活は主にシュタルクと部分的にリーガに頼る。

そんな生活をして2日間程が過ぎた。午前中と午後の僅かな時間はシュタルクは仕事に出ており、村の力仕事を手伝って滞在中の生活費を稼いでいる。

手持ちの資金の大半はフリーレンが僧侶の召喚に利用せざるを得ないためだ。それに、治療後に無一文になるわけにもいかないという理由からでもある。

 

戻ってくるとシュタルクは村であった出来事を面白おかしくフェルンに聞かせてくれる。

その心遣いはとても嬉しいことだったが、フェルンが見ていない所で、フェルンの知らない人と交流して親しくなってくるシュタルクに複雑な感情を抱かざるを得ない。

 

――いま、身動きが取れない自分をおいて、シュタルク様は誰と話をしているのですか?

 

普段そんな事を感じたことはないのに、負傷をきっかけに心が弱くなっているのだろうかとフェルンは考える。

 

目の見えないフェルンにとって一人で日常的にできることは精神を研ぎ澄まして魔力を高める修行ぐらいだ。

勿論、視力を失った人がすべてそうであるとは言わないが、つい先日まで視力に頼って生きてきたフェルンにとっては現状で誰かの保護なしで何かをするのはとても危険だ。

 

(視界が悪い場所での探知魔法とか覚えておけばよかった)

 

そうは思うものの現状は後の祭りで魔導書を読むことすらままならない。視力が治った時に検討しようと心に決めつつ修行を続行しようとした所でドアがノックされた。

 

「フェルンさん、起きてますか? リーガです。シュタルクさんがお仕事している内にお着替えと体を拭いちゃいましょう」

 

湯浴み代わりの体を拭くこと、着替え、あとはお手洗いまでの案内などシュタルクにどうにもならないことは女性でもある宿主のリーガにお願いしている。

 

――ごめん、さすがにフェルンを着替えさせるのは……俺には無理だ……

 

初日にシュタルクから宣言されたことだが「別にいいのに……」とは言えない。流石にそれは「はい」としか言えなかった。

そんな理由でリーガが来てくれている。

 

「どうぞ」

 

と応えると、扉が開く音が聞こえて

「お邪魔しますねー。お加減はいかがですかー?」

陽気な声で少女が入ってくる。

 

「変わりありません。静かなのでよく休ませてもらっています。」

「それは良かった。じゃぁ、さっそく、お体拭いてお着替えの手伝いしますね」

 

リーガの案内のままに身体を動かして服を脱ぐ。

上半身を脱いだフェルンは、なんとなく同性でも気恥ずかしくて胸元を隠すように腕で抑える。

彼女は構わずそのまま背中を拭いてくれるようだ。正面はたしかに自分で拭けば良い。

 

「フェルンさん、本当に旅暮らしの体とは思えないきれいな肌ですねー

 魔法使いって魔力で代謝の活性化でもしてるんですかね?」

「そうでしょうか……、まあ、最低限の手入れはしているつもりですけれど……」

 

そういう風に、褒められると少なくとも悪い気はしない。

 

「本当にきれいな肌……髪もきれいで整った顔立ち……そして高い魔力……」

 

―― す ご く 、 美 味 し そ う ………

 

「ッッ!?」

 

一瞬、フェルンの背筋が冷え、反射的に動いてしまった。

 

「あっ、ごめんなさい。変な所触っちゃいました!? くすぐったかったですか?」

「いえ……一瞬、妙な……気配のようなものを感じて……気の所為だったようです」

 

そうですか。と言いながらリーガは体を拭いてくれる。

 

「ところでフェルンさん、シュタルクさんとはどうでした?

 昨日ずっと一緒だったでしょう?」

「特別なことはありません。シュタルク様とは旅の間でもずっと一緒なのですから」

「でも本当に、シュタルクさんいい人ですよね。手が空いている時は宿の手伝いもやるって薪割りや買い出しも手伝ってくれたり

 村で日雇いの仕事でも、よく働いてくれるって評判です」

「シュタルク様は、そういう方ですから。困っている人を見かけたら手を差し伸べずにはいられない人です」

 

たどり着く村々で気がつけば老若男女、皆シュタルクのことが好きになっている。誰もが笑顔で彼と笑っている。

そんな姿は仲間であるフェルンも誇らしく、微笑ましく、そして……少し羨ましい。

そんな姿を思い浮かべると、思わず複雑な笑顔を作ってしまう。

 

「――けれど……」

 

リーガはそんなフェルンの耳元で囁く。

 

「心配ですよね。大事な旅の仲間なのに、あんなに親切と愛想を振りまいて……、この村は小さな村ですけど、若い女性もいるのに……」

「……」

 

リーガの言葉にフェルンの感情の奥底で ”ビシリ” と何かが軋み、ヒビ割れるような音が聞こえた気がした。

 

「シュタルクさんは、顔も整っている方ですから……村の若い娘たちはここ数日、普段しない化粧をして外に出ているみたいですよ」

 

――聞きたくない……

 

フェルンは心の奥底で耳を塞ぐ。

結局のところ今の自分にはどうにも出来ない話だ。シュタルクは今フェルンのために日々村での生活費を稼いできている。

そして彼自身は何も後ろ暗いことは全くしていない。

 

あまつさえ、家に帰ればフェルンの面倒を見てくれている。今更彼に何をどうしろと自分が言えるのだろう。

 

「でも……大丈夫ですよ、フェルンさん。

 シュタルクさんはとてもフェルンさんのことを大事にしています。

 怪我をしたあなたは今、シュタルクさんが一番守りたい、最優先な人になっているのですから……」

 

何故だろうか? なんとなく、話の流れが変な気がする……

しかし、囁かれる声に、話に、フェルンは耳を傾けずにはいられない。

 

「だから安心してください。守られるあなたはシュタルクさんの真心を、善意を、好意をすべて一人で独占できる。

 あなたは今、その資格を得ているのです……」

 

「一人で……独占……資格………」

 

頭の中で反芻する言葉はとても蠱惑的で甘美な響き。

 

――ああ……、今日の彼の帰りが待ち遠しい。

 

「さて、一通り身体も拭けたのでお着替えしましょうか。きっと綺麗な服で迎えたらシュタルクさんも喜びます」

「そう……、ですね……」

 

されるがままに服を着替える中、フェルンの意識は何故か沈んでいく。

先ほどまでの言葉がまるで心の奥底に浸透していく度に眠くなる。

 

「……おやすみなさい、フェルンさん……いい夢を」

 

リーガは眠りゆくフェルンをベッドに横たえながら静かに微笑む。

 

■散歩とエスコート


 

目を覚ましたフェルンが聞いたのはカーテンを開ける音、

そして肌に感じるのは見えずともかすかにわかる陽の光の温かさだった。

 

「フェルン、起きた? もうお昼も過ぎてるよ。

 ずっと部屋にこもっていてもあんまりすることがないから仕方ないか。せっかくいい天気だしランチがてら散歩に出かけようか」

 

そう言って、仕事から戻ったシュタルクが外出の提案をしてきた。

ここ最近、ずっとこもりきりで部屋から出られてないのは事実で、運動もろくにできていない。

しかし、視界がままならないフェルンにとって外出はかなり勇気がいる。

だがそれでも、シュタルクが傍で支えてくれるのであれば……

 

「シュタルク様が……エスコートしてくれますか?」

「勿論」

 

フェルンが肯定の意を示したことに喜んでくれたのか、シュタルクの回答の声はいつもよりはずんでいる気がした。

 

おずおずと、左手を差し出すと、シュタルクは右手でその手をゆっくりと握ってくれる。

皮の手袋越しに伝わってくる熱と分厚くなった皮膚がシュタルクの掌であることを実感させてくれて落ち着く気がした。

 

「では、姫。行きましょうか」

 

そんな冗談にフェルンはクスクスと笑って「なんですかそれ? 似合っていませんよ」

というとシュタルクはおかしそうに「だめかー」と答えた。

 

リーガに外着への着替えを手伝ってもらってから外に出ると、涼しい風が新鮮な空気をフェルンに感じさせた。

たしかに部屋にこもりすぎていたようだ。シュタルクが許してくれるなら時々外に出るはやぶさかではないなと思う。

 

「ちなみに、どちらに向かわれるのですか?」

「ああ、この近くに酒場があるんだけど、お昼はテラス席でサンドイッチを食べさせてくれる喫茶店みたいなのをやっててさ

 ここ数日、通りかかるたびに見てたんだけど、一回フェルンと一緒に行きたいなって」

 

シュタルクのことなのでわかっているのか、意識しているのかも定かではないが散歩というよりまるでちょっとしたデートの誘いである。

しかもずっと手を繋いでいる。心音や手の熱が伝わってしまわないかがフェルンのほうが心配になってしまう。

 

「……それは素敵ですね」

「だろ、サンドイッチならフェルンに手渡したら自分で食べられるだろ。きっと満足できると思ってさ」

 

どうやら、屋外であーんをする気はないらしい。これも自覚しているのかどうか定かではないが。

少し残念に思いながらもシュタルクの心遣いが嬉しい。

 

しばらく歩いていると、シュタルクから「着いたよ」と声がかけられる。

目的の場所に着いたらしい。

 

―― 真心を、善意を ―― 独占 ――― 資格を得て ―――

 

一瞬、虫食いのように断片的な言葉が頭をよぎって頭を抑える。

いつ聞いたのかいまいち思い出せないが、どこかで何かを言われた気がする。

それは心の奥底に浸透して、思い出せないのに何故か脳裏から離れない。

 

「フェルン?大丈夫か? 体調が悪いならまた今度でも…… 」

「いえ、大丈夫です。久しぶりに外に出たのでちょっと空気に当てられました。行きましょう」

「あ、ああ。じゃあ店に入ろう。足下、段差があるから気をつけてくれよ」

 

シュタルクに促されるように歩いて店の中に入り、席についた。

「メニュー見れないよな。まぁ、初めて来たわけだし、まずはおすすめのサンドイッチセットを食べようぜ」

もともとサンドイッチなら手でつかめさえすれば食べられそうということで来たので異論はない。

「じゃあ、それでお願いします」とシュタルクにお願いする。

 

「おっちゃーん、注文だー」

とシュタルクが呼ぶと店主が反応してこちらにやってきた。

 

「おお! シュタルク。やっと来てくれたか。いつも手伝いありがとよ!今日は……彼女連れでデートか? やるねぇ」

「フェルンは旅の仲間だよ。こないだ説明したじゃないか。今怪我をして療養中だって」

「そう言えばそんな事言ってたな。こんな可愛いお嬢ちゃんだったんだな。お前も隅に置けないねー」

「うっせーよ!それより、ランチのサンドイッチセット頼むよ。2人分な!」

「あいよー。ちょっとまっててくれー」

 

そう言うと店主は店の奥に帰っていった。

 

「シュタルク様はいつも村の人と仲良くなってますね」

「ここの店主は毎朝仕入れの酒瓶の運搬手伝っててさ、なんかいつの間にか気に入られてたんだよ」

 

フェルンはそんな光景がありありと浮かぶとくすくす笑う。

 

「話せばいい人ばっかりだから、外に出てたらフェルンもすぐに慣れるさ」

 

なんでもないことのようにシュタルクは言うがフェルンには絶対に無理だなと思う。

やはり知らない人は心の何処かで信頼が置けず、赤の他人から先の距離に近づく気になれない。

よしんば、知り合えてもビジネスライクな対応となってしまう。

そこをどうとでもして信頼を築けるのが彼の天性がなせる業なのだろう。

 

―― シュタルクは誰とでも仲良くなり、誰にでも優しい。フェルンだけにではない……

 

そう思うと、心の奥がピリピリと痛む。普段はどうということもない筈なのに今はどうしてこんなにも苦しいのか。

 

そうしていると注文のサンドイッチが届いたようだ。

 

「ご注文の品は以上かな。コーヒーはおかわりが欲しかったら言ってくれ。

 嬢ちゃん、今目が見えないらしいな。砂糖とミルクはシュタルクに入れてもらってくれ。

 じゃあ、ごゆっくりー。」

 

店主は「野暮な邪魔者は、素直に去るぜ」と言い残しながら店の奥に去っていった。

「何の邪魔だよ、全く……」とぼやくのはシュタルク。

 

「よし、じゃあ食べるか!」

そう言ってシュタルクはフェルンの真横まで椅子をガタガタ動かしながらやってきた。

「??!!」

2人席だから向かい合って座るのでは!?と思ったがすでに真横に来ているので何も言えなくなってしまう。

 

「じゃぁ、フェルン手を出して――これがたまごサンドな」

 

そう言ってフェルンの手の平にパンの柔らかい感触が触れる。

掴んだパンの通して中に挟まれている柔らかい卵の具がたっぷりはいっていることがわかる。

 

「美味しそうですね」

「だろ。食べごたえあるって評判らしいぜ」

 

手で掴んでしまえば後は何も見えなくても問題なく食べれそうだ。

問題があるとすれば、シュタルクの言っている具の情報を信じるしかないくぐらいだが、彼の場合はこういう所でジョークは言わないので心配はないだろう。

 

思い切って口に含むと卵の甘さとしょっぱさの入り混じったサンドイッチにちょうどいい食感の具と柔らかいパンの味が口いっぱいに広がって思わず笑みがこぼれる。

体調が戻ったばかりの頃は胃に優しめの料理ばかりだったのでこういうガッツリとした料理は身にしみる。少々はしたないため口にはしないが。

 

そうして、シュタルクに助けてもらいながらサンドイッチセット食べ終わった頃。

 

「ああー、シュタルクだー」

「ホントだ!シュタルク!カノジョ連れてるー」

「デートだ!デートだ!」

 

テラスの外側から子どもたちの声が聞こえた。

滞在中、例によってシュタルクが仲良くなった子どもたちであろう。

彼女と言われるとちょっと違うが、デートと言われると、それに近い……

 

「こらー。フェルンはパーティの仲間の魔法使いだ。妙なこと言うなよ。今はフェルンのリハビリのための散歩中だ」

「……」

 

自分より先に相手側が真正面から否定してくるのってどうして妙に腹立たしいのだろう。

 

「ここに来る前も手繋いでたじゃん」

「見てたのかよ。フェルンは目を怪我しているんだ、仕方ないだろ」

 

「えー」とか「ぜってー誤魔化してるー」などなどシュタルクをからかう声が次々上がるが

皆声が一様に明るのは彼にかまってほしいからなのだろう。

そんななか子どものうちの一人がシュタルクとフェルンに提案をしてきた。

 

「ねえ、これから広場に行くからシュタルクとおねーちゃんも行こうよ!」

 

■永遠の安らぎの終焉


 

広場に行く提案を受け入れたシュタルクは支払いを済ませた後

子どもたちに囲まれつつ、フェルンの手を引いて歩いている。

 

子どもたちは手を繋ぐ様をまじまじと観察しているが、ここで照れて手を離す訳にはいかない。

往来の中で目の見えないフェルンは正面で手を引くシュタルクを頼りに進んでいるのだ。

 

「あそこだよ!!」

 

前を行く少年が指を指した先には、少し開けた空間と休憩用のベンチが幾つか並んでいた。

広場の隅のベンチの正面には手すりが設置されていて、その先の段差の下に広がる林や草原が見晴らせるようになっている。

 

「結構きれいな場所なんだな。フェルンも疲れたろう。椅子に座ろうか?」

「はい。でも、いつもの旅の移動に比べてたらなんてことないですよ」

「でも、目が見えない中歩くのは気が疲れるだろう。椅子で休もうぜ、ここはいい風が吹いているからきっと気持ちいい」

 

そう伝えるとフェルンは笑って了承した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクに手を引かれてベンチに座る。子どもたちの声と頰に当たる風が開けた空間を感じさせる。

椅子に座った状態なら手を繋ぐ必要はないのだが、なんとなく離したくなくてずっと握り続けている。

 

手の握りを緩めればシュタルクは子どもたちのところに行ってしまうのではないかという不安。

いつもであればそんな光景も微笑ましいと思って眺めていたのだが、今はそうしたくない。

 

何を言わずに隣に座っていてくれるシュタルクの存在と、

目が見えないからこそわかる薄っすらとした彼の体温だけが今の自分の寄る辺の全てであるように思ってしまう。

フェルンの身体は自然と隣に座るシュタルクの方に寄りかかっていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「フェルン!?」

 

肩にかかった体重を感じて、フェルンが寄りかかってきたことを理解するのにさほどの時間はかからなかった。

何も会話せずに座っていたため、眠ってしまったのだろうか?とも思ったがそうではないようだ。

 

「……良い場所だな」

「はい……」

 

フェルンがそうしたいのであれば、自身にできることは彼女の気がむまでそうさせてあげることだ。

もし、そのまま眠ってしまったら自分が旅宿までそのまま運んであげても良い。

シュタルクはそう考えてフェルンの手を握ったままもたれかかるフェルンを受け入れることにした。

 

このまましばらく温かで緩やかな時間が流れる……、そう思っていたがそれは突然に終わりを告げた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

何も言わずとも自分を受け入れてくれるシュタルクの優しさにフェルンはこの上ない幸せを感じていた。

目の見えない不安など、今この瞬間の前にはどうでもよく、ただこのときが永久に続けばいいのにとさえ思える。

 

そう思っていた時、ドサッと何かが落ちる音と、大声で泣く女の子の声が聞こえた。

 

その瞬間シュタルクが息を呑む音が聞こえた気がした。

 

(ダメだ……)

 

「フェルン、ごめん!」

 

そういったシュタルクが、どういう行動に出るかなんてわかりきっている。

迷いなく、ためらいなく動ける、そんな彼だからこそ長い旅の中でシュタルクを信頼し、そのあり様が好ましいと思っている筈なのに……

 

「木から女の子が落ちた。なんとかしてくる、すぐ戻って来るから少し待っててくれ」

 

フェルンが不安げな表情をしているのを、何が起きているのかわからない状態と受け取ったシュタルクはそう説明してくる。

 

(嫌だ……)

 

シュタルクの行動はどう考えても正しい。それは理屈でわかっている。

しかし、フェルンの感情はそれを是としない。隣りにいてくれる自分の寄る辺である全てが他の誰かの所へ行ってしまう。

それがたまらなくフェルンの心を締め付ける。

 

繋いでいた手と逆の手が触れ、大切なものを壊れないようにそっと握っていたフェルンの手を外すように握っていた手が引き抜かれる。

常識で考えればとても紳士的な仕草だが、今のフェルンにとってそれは自分を断頭台に放り込むような残酷さを感じさせた。

 

「俺が戻ってくるまで、そこを動いたら駄目だぞ!」

 

(あっ……)

 

――守られるあなたはシュタルクさんの真心を、善意を、好意をすべて一人で独占できる。

――あなたは今、その資格を得ている

 

そんな言葉をいつ掛けられたのか、全く思い出せないがただ頭の中には強く響く。

 

(どうして、どうしてどうしてどうしてどしうて……)

 

なぜシュタルクは、今この瞬間、自分の隣りにいないのか……?

なぜ自分は周りも見えぬ見知らぬ空間にただ一人取り残されているのか……?

 

―― な ぜ 自 分 で は な い 誰 か の 元 へ 行 こ う と い う の か ?

 

(どうしてなのですか……?シュタルク様……)

 

理由はわかっている、今ここで欲しい答えも得られないこともわかっている。

だから自問自答せずにはいられない。

 

怪我をした子供を助ける。そんなことのために少し自分の元から離れる。

そんな至極当たり前の話に、どうして自分は全てを呪うような気持ちに苛まれているのか……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

怪我をした少女は軽い捻挫をしており、簡単な応急処置を後に駆けつけてきた親元へ届けてからフェルンの待つベンチに戻るのに軽く30分程度かかってしまった。

 

(だいぶ待たせちまった……)

 

遠目でチラチラと様子を見ていたので安全ではあるのは確かだが

周りが見えないフェルンにとって外の空間に一人で待たされるのは精神負荷が高いかもしれない。

普段はシュタルクよりよほど気丈な彼女だが、今はそうは言っていられない。

 

「――て……、――して……、――うして……」

 

ベンチに座ったまま待っていたフェルンはうつむいた状態で小声で何かをつぶやいていた。

その姿はとても悲しげに見えて、心配になり声を掛ける。

 

「……フェルン? ごめん、遅くなったけど戻ったよ」

 

「ッッ!! ……シュタ……ルク……様……?」

 

名前を呼ぶとフェルンはハッと気付いたように顔を上げて辺りをキョロキョロする。

正面の何処にシュタルクがいるのかわからないのだろう。

 

シュタルクはフェルンの前に屈んで、自分はここにいるよとフェルンの左手を手に取る。

フェルンは身体が触れた一瞬体をこわばらせるが、慌ててシュタルクの手を取り両手で握り

そのまま愛おしそうにシュタルクの手を自らの頬に当てた。

 

「……ああ、シュタルク様……」

「フェ、フェルン!?」

 

予想外に過剰な反応をするフェルンの行動にシュタルクも驚く。

 

「ずっと、このままここで一人居続けることになるのかと……」

「は、はは……流石にそんな事しないよ……」

 

フェルンが冗談と嫌味でいったのかと思ったが表情は1ミリも変わらない。

本気でそう思っているのだとすると想像以上に、負担を掛けたのだろうか?

 

「本当に待たせちゃったか……。こんな事になってごめん……」

「……いえ、シュタルク様は私の元に戻ってきてくださいました。だから良いのです……」

 

ようやく、笑顔を見せてくれたフェルンにシュタルクは胸を撫でおろすがいつもの彼女とは到底思えない反応がどうにも心に引っかかった。

 

「そろそろ、帰ろうか。割と良い時間だ」

「……はい、帰りましょう」

 

シュタルクの手を握ったまま立ち上がったフェルンは、そのままシュタルクの腕に自分の腕を絡ませてきた。

 

「ッッ!? フェルンさん!?」

 

突然の事態にシュタルクは声を裏返してフェルンの名を呼ぶ。

 

「……なんですか?」

 

ようやく落ち着きを取り戻した様子のフェルンは平常通りの表情をしている。

 

(そうだよな、フェルンは目が見えないし……疲れた状態だろうし……普通なんだよな!男の俺がうろたえたら駄目だ!)

 

「か、……帰ろうか!」

 

どうしてもこの状態だと柔らかい感触が腕にあたって落ち着かない、でもフェルンがこうしたいというのであればシュタルクに止める術はない。

シュタルクは空いている方の手で拳を作って自分の額を殴りつける。

 

「シュタルク様?」

 

目の見えない彼女には何が起きたかはわからないだろうが、シュタルクなりのケジメである。

今のフェルンに余計なことを考えてはいけないのだ

 

「なんでもないんだ。帰ろう、フェルン」

「はい……」

 

ただこの判断により、シュタルクはフェルンに起きた変化の兆候を見失うことになる。

 

■もし、全てが台無しになったなら


 

翌朝、シュタルクはまた日雇いの仕事に出ていった。

出かける直前にフェルンがまた少し困った反応をしたが、こればっかりは仕方ないとシュタルクは心を鬼にして出発していった。

 

しばらくしてからノックの音が聞こえ、返答を待つ間もなく扉が開く。

 

「おはようございまーす、フェルンさん、元気ですかー?」と言って入ってきたのはこの宿の主のリーガ。

 

「体を拭いて、お着替えしましょうねー」

 

リーガはフェルンに声を掛ける。

しかし、フェルンからの返答はない。

 

「――……さい。――……しないでください。――……にしないでください……」

 

――ひとりにしないでください

 

彼女はリーガに気づく気配もなくそうつぶやき続けている。

その姿を確認したリーガは誰に気づかれることもなく口角を上げた。

 

「思いの外、進行が早くて安心しましたー

 フリーレンさんの戻りが先になると詰んでいましたからね」

 

そう言いながらリーガはフェルンの服を脱がせて体を拭く。

 

「本当にきれいな肌……羨ましいわ」

 

フェルンはなんの反応をすることもない。

 

「もう、シュタルクさんが側にいないと自我を保てなくなってきましたか。

 とても良い兆候です。5日ほどかかると踏んでいたのにこんなに早いのは……

 あなたの想いの強さ故でしょうね」

 

シュタルクという名前に一瞬反応したフェルンは顔を上げたがまた大人しくなった。

 

「ええ…… 本 当 に 、 反 吐 が 出 る わ 」

 

そう言いながら髪をかきあげたリーガの額には

 

――大きな傷と折れたツノのような跡

 

「フリーレンが帰ってくる前に完成すれば、ピースが揃う。ようやく私の望みが叶う……

 こんなに長い……地獄のような茶番はもう終わり……ねえ、フェルンさん……」

 

リーガはそう言いながら愛おしそうにフェルンの髪を解きほどくように手ですくう。

 

「目が覚めた時、何もかも手遅れで、すべてが台無しになっていた時……あなたはどんな声で泣くのかしら? 」

 

リーガは薄暗く笑う。

ああ楽しみだ。かつては無様に、記録にも記憶にも残ること無く人知れず敗れ、奪われ、失った力も尊厳も全て取り戻すことができる。

 

「それまでシュタルクさんとせいぜい踊ってくださいまし、フェルンさん……」

 

~つづく~




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