葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey - 作:rvr75_raiden
■偽りの華
夕日刺す集合墓地の一角、墓標に刻まれた名前を確認した後、紫の髪の少女は崩れ落ち嗚咽とも言える声を上げて咽び泣いていた。
そんな少女を眼前にした赤い髪と赤い目。大きな戦斧を背中に抱える青年。戦士シュタルクには涙を流すその少女にかけられる言葉が見つからない。
「あの……えっと……」
うまく言葉が出てこない。こんなことになるなら依頼を受けるべきではなかったのだろうか。
行動せずに、知らずにいるほうがもしかしたら幸せなことだってあったのだろうか?
忘れ去られてしまった死者の想いは何処へ行くのか。しかし、今を生きる人を傷つけてでも心に残らなければならないのか……シュタルクにはわからない。
震える肩の動きが止まった少女はゆっくりと後ろに振り返り、シュタルクの姿を確認するとそのままシュタルクの胸元に飛びついてきた。
紫の長い髪、紫色の大きな瞳、血色の良い唇、シュタルクより少し低いぐらいの身長。
その姿はまさにシュタルク自身もよく見知った、少女のそれ。
「……シュタルク様……私に……傷を……。
哀れだと思うなら、今だけでいいので、私に傷を、傷をつけてくださいませんか」
自分の事をシュタルク様と呼ぶ彼女は傷を求める。
今この場で彼女の言う傷の意味を違えるほど、シュタルクも愚かではない。それは許されざる行為だ。何もかもに対する裏切りだ。しかし、それ故に自暴自棄に求めているのか。
(フェルン……!!)
シュタルクは眼の前の彼女ではなく、”今この場にいない” 少女の顔と声を必死に思い出す。
「――何もかも、忘れさせて……頂けませんか……」
こちらを見つめる瞳にシュタルクは得も言われぬ感覚に襲われる。
視覚に訴えて来る情報は明らかに彼のよく知るそれであるのに、触れる身体は、見つめる心は
――それは違う!
そう、ずっとシュタルクに訴え続けている。
(これは駄目だ……、このままだと本当に駄目だ……)
胸元に感じる得も言われる熱は、なぜか彼の背筋から熱を奪い、凍る感覚を覚えさせた。
眼の前の少女の求めに応じて、それを実行することはとても甘美なことであると身体が錯覚するのに心が一切を否定する。
――眼の前で涙を流す少女も、彼の地でシュタルクを信じて待つ彼女も
誰も悲しまずに終われる道はなにか……
■賑わう街と軽い財布
時は3日程遡る。
帝国領に入ってから中央の帝都に向かう途中で立ち寄った街は何かのお祭りなのか街全体が賑わいでいる。
フリーレンに聞いても、これといった特別な日に心当たりはないと言っていたが、賑わっているならこれ幸いと物資の調達に回っていた。
そして、フリーレンがセール中だった古書店に立ち寄り、高そうな……というか割と高い魔導書をついつい買ってしまったことろから話は始まる。
「フリーレン様……魔法使いが魔導書を買うこと自体に私は反対するつもりはありません」
「はい……」
「ですがこれは駄目です。当面の生活費を含む路銀に手を付けるなんて」
「まだ……わりと、まだ余裕があるなって思って」
そう言い訳をする師匠にフェルンはため息をつく。
「フリーレン様……帝都に近づけば商品の品の質も変わり基本的な物価も変わります。
都の近くのケーキと田舎町のケーキでは値段が違うのですよ!」
往来のある噴水広場の前、正座で弟子に叱られる1000年以上の悠久の刻を生きる元勇者パーティの伝説の魔法使いってシュールだよな……
と、ぼんやり思いながらもシュタルクは、軽くなってしまった財布を持って近くのパン屋の価格表を眺める。
「あー……、こりゃ深刻だわ」
今すぐに何も買えないっといったことはないが、相場を考えるとフェルンが好むようなものはそう多くは買えない。この手の食材の上質な甘さはおおよそ価格に比例する。
シュタルク自身は正直言って無いなら無いでも問題無いのだが……甘い物があるだけで享受できる平和が在るならそれに越したことはない。
「こりゃなんか魔物討伐でもしないとダメそうだな……」
基本的に街中で片付く安全そうな依頼は報酬が微妙だ。
結局は誰もやりたがらず、危険性がある程度伴う仕事が一番手っ取り早く稼げる。
2人が落ち着いたら酒場に依頼を探しに行こう。そう思って二人を見るとまだフェルンの説教が終わっていない。
(そろそろ助け舟出したほうがいいかな?)
フリーレンが悪いとは言えこんな往来で公開説教は可哀想だとシュタルクは少し話題をそらす。
「あー……、フリーレン、フェルンも
結局この街がお祭り騒ぎ状態なのってなんか理由わかった?」
と声を掛けると、2人が視線がこちらに集中する。
ちょっと怖!と思いつつも両手のひらをかざして制止のようなポーズをとりつつ、暗に二人に落ち着けというメッセージを送る。
フェルンはため息を着きながら、フリーレンを一瞥した後にシュタルクに視線を移し替えた。
「話によると何やらこの街のご当主の娘の方の婚姻が決まったそうです」
「へえ、凄いな。
みんな嬉しそうだし、評判のいい人なんだろうな。どんな人かな?」
なんの気なしに掛けた言葉に眼の前のフェルンからは憮然とした表情が帰ってきた。
その反応にシュタルクは焦る。今の返しにどういう地雷ポイントがあったというのだ……
怒っているわけではないが、ちょっと何かが気に入らない。そんな様子だ。
「なんか、フェルンに似てるらしいんだよ。
シュタルクと合流する前にここの町の人達によく間違えられてね。
わかったのもそのせいなんだけど。」
というのは、そろそろ口はさんでも言いかな?と言った様子でおずおずと会話に混ざってきたフリーレン。
「フェルンと?」
正面の彼女を確認するとちょっと頬を膨らませた。いわゆるむっすー顔だ。
「『結婚前に街に出て遊び回ってはいけないですよ』と色んな人から言われたみたいなんだよね……」
「私、結婚の予定なんてありません」
不機嫌そうな顔で否定の声を上げるフェルンに
「まぁ、相手もいないとできないよな」
と顎に手を当てたポーズでシュタルクが身も蓋もない事をいう。
それを聞いたフェルンはぎゅっと拳を握り、シュタルクの胸元をポコポコ叩いてきた。
「ちょ、やめて、俺に当たらないで……」
この場にザインでもいれば一言添えるようなやり取りだがあいにくツッコミは不在だ。
「それは八つ当たりじゃなくて、シュタルクの失言のせいだよ」
やっとターゲットがシュタルクになったと胸をなでおろすフリーレンだったが、
「フリーレン様、路銀の補充に関してはフリーレン様にしっかり働いてもらいますよ」
当たり前だが、しっかりと忘れていない様子だったためフリーレンとしては「はい」と頷くことしか出来ない。
そんな、いつもの一行のいつものやり取り。
そしていつも通り、魔物駆除の依頼をこなして、路銀が貯まればまた次の地へ……とは簡単に行かぬ事になったのはその時に現れた訪問者に声をかけられてから始まった。
■紫の華
「失礼します。よろしいですか、旅のお方々」
「はい?」
声をかけられるままに振り返るとそこには執事服を着た初老の男性が立っていた。
(なんでこういう人たちって妙に気配しないんだろ……)
オルデン家のガーベルなどもそうだがよく判らんうちに近くに寄られるとシュタルクとしては結構怖い。
端的に言えば、主のボディーガードも兼ねるぐらいに ”強い” のだろう。
「わたくし、この領地の管理をしておられる方にお仕えしておりますシュヴァルトと申します」
「はあ……」
シュヴァルトと名乗った男は胸元に付いたこの地の家紋の証を見せた後、フェルンを一瞥してから要件を話し出す。
「実は貴方がたにお願いしたい案件がございまして。見れば路銀にお困りの様子とお見受けします。
お話だけでも聞いて頂けますかな?」
シュタルクはフリーレンとフェルンはお互い顔を見合わせる。
紋章は本物のように見える。おそらく本当にこの地の領主の要件なのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
揺れる馬車の中で、フリーレンが口を開く。
「それで、どうしてこの街の人間でもない怪しげな一行に声をかけたの?」
それを聞いたシュヴァルトとは「そうですね……」と応える。
「貴方様は、伝説の勇者一行の魔法使い。フリーレン様……で間違いはございませんか?」
「知っている手合か……」
フリーレンを知っているという話は帝国領土内で若干厄介な話になりがちだ。
ここ最近の経験から、シュタルクとフェルンは少し警戒を強める。
「人前に現れるエルフという時点でかなり候補が絞られますから……
既にご存知かもしれませんが、この街は現在、お嬢様の結婚式が数日後に近づいており、旦那様の計らいで今週いっぱいは祭状態となっています」
「そこまで細かいことは知らないけど、そんな話みたいだね」
フリーレンはシュタルクとフェルンに目配せをしてから答える。どうやらそこまで警戒しないでいいようだ。
「この祭のあいだ中、私はお嬢様のおそばに常にいることが出来ません。
そこで、ご高名なフリーレン様に暫くの間護衛をお願いしたい……という話でございます」
話を咀嚼しているのか少し考える仕草をするフリーレン。
「まるで本命は別内容……とも聞こえるね」
「お屋敷に着いてから、お嬢様とお会いしてからお話しましょう。
ああ、もちろん十分な報酬と、期間中の寝泊まりは保証いたしますよ」
「まどう……いや、うん。わかった。話を聞こうか」
フリーレンが何かを言おうとしてやめたのはもちろんフェルンが睨んだからだ。
今は路銀の確保が最優先であり、変な交渉を混ぜたくはない。
✧ ✧ ✧ ✧
「それではこちらでお待ち下さい」
通された部屋は上品な客室。フリーレンといっしょにいるとなんやかんやと貴族の屋敷に連れ込まれる機会があるので、実は割とシュタルクもフェルンも初めてということはないのだが……
まあ、一般家屋と違った上品な設えばかりの場所はやはり落ち着かない。
変に何かをして弁償沙汰になったら路銀どころの騒ぎではないからだ。
「すぐにお嬢様がいらっしゃいますので、それまでごゆっくり」
そう言って3人で待つことになったんだが……長ソファーに3人並んだ状態で固まっている状態。
「なあ、なんとなく流されてきたんだけど……
ここに来る前の話からすると、この街で結婚するお嬢様ってフェルンに似てるって話だよな」
「そういう話ですね。街中でよく間違えられましたが……」
なにか関係あるんだろうか?とシュタルクが腕を組んで考えているとフリーレンが話に挟まった。
「ここに来るまで執事の人がチラチラとフェルンの顔を気にしていたから、たぶん本当に似ているんだろうね」
「部屋に通されるまでも視線は感じましたね……」
当然、使用人たちもチラチラとフェルンを見ていた。
そうなるとフェルンもやや居心地の悪さを感じる。
「護衛って、あれかな? 人に会う時にフェルンに替え玉になってもらうとか」
「あえて私達に依頼してきたことを考えるとあながち的外れでもないかもね」
そんな話にフェルンは露骨に嫌そうな顔をする。
「わたし、そんなところで貴族の娘として振る舞うの無理ですよ……」
フェルンとしてはフォーリヒの特訓の日々を思い出したのであろう。
あれは……お気軽生活から一気に社交会マナーを叩き込まれた地獄の日々だった。
「上品に愛想ふるまくフェルンって想像つかないな……」
口を尖らせるフェルンにシュタルクはぼそっと呟いたが、当然フェルンの耳には届いており、
ぽかぽかと叩きのめされるいつものやり取り。
そんな事をやっている裏でドアのノックに気づいたフリーレンが了承し、件の "お嬢様" が入ってきていた事に2人が気づいたのは、そのお嬢様が口元に手を当て目を丸くして驚いた表情でこちらをみていた状態になってからだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「だってノックが鳴っているのに勝手に変なこと始めるから……」
フェルンはフリーレンに「何故、止めてくれなかったんですか」と小さく非難したが、帰ってきた返答はご尤もである。
初対面の人に見せるにはあまりに恥ずかしい。シュタルクとフェルンは耳まで赤くしながら俯いた状態だが、件のお嬢様は口元に手を当てたままずっとクスクスと笑っている。
「本当に仲が宜しいのですね……羨ましいです」
「「申し訳ありません」」
なにか勘違いをされたきらいはあるが、今弁解しても話は進まないのでとりあえず初対面の無礼を謝罪する。
「さて、自己紹介が遅れました。リヴェンディヒ家のリーリアと申します」
そう言われて、顔を上げてあらためて依頼主の顔を見たシュタルク。
そこにはフォーリヒでの社交会でドレスアップした少女を彷彿とさせる佇まいの……
「……本当にそっくりだな……」
紫色で鮮やかな髪と瞳の女性が上品に佇んでいた。
■偽りの依頼
「シュヴァルト、私の傍仕えのもの以外は人払いを」
とリーリアが執事に伝えてから部屋にはフリーレン達とリーリアの4人だけとなる。
「さて、依頼についてお話しましょうか」
朗らかに笑っていた表情が打って変わりシュタルクとフェルンは佇まいを直す。
それにしても、格好や髪型が違うから見間違えることはないが本当に似ている。
『なにか違いぐらいあるのでは?』という疑問を抱いてしまうシュタルクとしてはまじまじと顔を眺めてしまう。
そして隣に座るフェルンとしてはシュタルクが女性の顔を凝視する事自体がめったにないことだったため、なんとなく……なんとなくだが、気に入らない。
「あの……、シュタルクさん?」
リーリアがちょっと居づらそうな様子で声をかけてきた。
「え?」
「シュタルク様…… まじまじと見過ぎです」
「……そんなに見てた?」
「射殺すぐらいにガン見しすぎです……
シュタルク様は目つきが悪いので初対面の方にそういうのは失礼ですよ」
「えぇ……、言い方酷い……」
「放置して、話を進めてください」とフリーレンはリーリアを促す。
「は、はい、実は……
フリーレン様に護衛をお願いしたと思うのですが……本当にお願いしたいのは……」
リーリアは少し言いにくそうに拳を握るが、そのまま握った手を胸に当て訴えて来る。
「フェルンさん、貴方にしばらく身代わりをお願いしたいのです」
フリーレンは少し目を見開いた表情をした後、元通りになり「やっぱり」と漏らした。
「フェルンさんはおそらく南部の出身ではありませんか?
私の母もそうでした。髪色や瞳、肌の色はその地方の一部の人たちの名残と聞いています」
「私の両親は……」
「……事情は察します。私の母も情勢の悪化を機に帝国へと身を寄せた人間でした」
隣で聞いていたシュタルクはなるほどと理解する。
要するにフォーリヒであったヴィルトと自分と同じケースだ。
ヴィルトは故人だったため、会うことはなかったが眼の前に自分そっくりな人間が現れるとはどんな感じなのだろう?
そんな素朴な疑問が頭をよぎる。
「もちろん髪色が同じだからという訳ではありません、顔立ち、背丈、年頃様々な条件でこれほどの条件の人に出会うなんて思いも寄りませんでした」
「は、はあ……」
もちろんそれはフェルンだって思いも寄らない事態ではあるが、どうにも話の流れ的に単に身代わりをして欲しいと言うには何か特殊な事情はありそうだと感じた。
「衣装を交換して、少し化粧をすればほぼ見分けがつかないでしょう」
ぐぐい、と寄ってくるリーリアにフェルンは少し引きながら、落ち着くように手で抑える。
「あの、護衛を理由に身代わり役は判ります。
しかし、この街はそんなに情勢が悪いようには見えないのですが、何故……」
フェルンの当然の疑問にリーリアは少し表情を暗くした後、覚悟を決めた表情をする。
「もう既に、私の結婚式が近いという話は伺っていると思います」
「あ、はい……おめでとうございます」
「ありがとうございます。……いえ、そうではなく……」
リーリアは、立ち上がり暖炉の上に立てかけていた写真立てをとってきてフェルンに手渡す。
「5日後、この祭典の最終日私の結婚式があります。
その前にどうしても会っておきたい、会いたい人が……いるんです」
そう言って彼女のが見せてくれた写真には二人の少年が写っていた。
■蝶と華の影
フェルンは、リーリアと数名の使用人と供に現在着替えのため奥の部屋へと通された。
部屋にはフリーレンとシュタルクが残された状態となる。
「こっちの、青い髪の人と結婚するけど、その前にこっちの灰色の髪の人に会いたいってことか」
シュタルクは手に持った写真立てをみながら呟く。
「貴族の結婚って、当人たちの気持ちの問題だけじゃ済まないことも多いからね、色々事情もあるんでしょ」
フリーレンはあまりその点には共感がないようだ。興味がないというよりわからないといった雰囲気だ。
分家の人間……ということだった。貴族のお家柄の事情はシュタルクには正直良くわからない。
現在リヴェンディヒの本家の後継ぎはリーリアただ一人であり、男児が生まれぬまま奥方がなくなった……ということだ。
その結果、分家の双子の男児との一方との婚姻が決定した。幸いにもリーリアさんとその双子は仲が良かった。
話はトントン拍子で決まり、表向きには今に至る。
当たり前だが婚姻を結ぶのは唯一人、文武に秀でた双子の兄が選ばれた。弟は……魔族との抗争続く地への戦地に送られた。
フリーレンが言うにはよくある話だということだがこれもシュタルクにはよくわからない。
兄弟は、仲が良い3人は仲が良いままでいられなかったのか。引き剥がされた弟は、そのときに何を想ったのか……
他人事ながら、シュタルクには思い起こすこともあり右手を強く握りしめる。
灰色の髪色の少年は、現在抗争で大きな怪我をして療養地で静養中であり……
リーリアが結婚前に会いに行きたいのはその人物だ。想われている事は不幸中の幸いなのだろうか。
「結婚前に相手の男とは別の男……ましてや双子の弟のところに会いに行くなんて変に不貞を疑われるからね」
何故会いに行くのか。それは最後まで話してくれなかった。ただ、その話を聞いてフェルンが了承したのだ。
今回の件、可否判断は身代わりをすることになるフェルンが鍵となる。
そのため、彼女の裁量に任せることにした。彼女が是とするならばシュタルクとしては全力でリーリアの望みを叶えねばならない。
「一般市民出身の男の俺にはなんとも難しい話だな……」
実際の血筋は実はそうでもないが、庶民暮らしの長いシュタルクから見ると本当にややこしい。
どうして素直な気持ちが押し通らない世界なのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
少し経ってから
「お着替えが終わりました」
使用人の声がかり、奥の部屋からようやく使用人に連れられた2人が出てきた。
「おお……」
「すごいね、本当にパッと見じゃわからないや」
リーリアが着ていた、いわゆる貴族用のドレス姿で髪型をセットしてきたようだ。
社交会の頃から判ってはいたが、フェルン自身は素材は極上の少女であるため軽く化粧をして一流のドレスを着飾れままさに貴族さながらの一輪の華と言える。
フリーレンは当然パッと見ではなく魔力の流れも見る。
それを通してみれば一目瞭然。フェルンは魔力を極力抑えていたとしても、それでも一般人と比べれば雲泥の差があるからだ。
魔力を見ないシュタルクならば全く見分けがつかないであろう、とフリーレンはシュタルクを見る。
しかし、シュタルクは予想に反して迷うこと無く2人の少女の一方へ向かった。
「すげぇな、フェルン。もう見た目はまんまじゃん。これなら遠目に誰にも身代わりになってるってわからないな」
シュタルクの淀み無い称賛に部屋にいた全員が目を丸くした。
「え?」
「ん?」
「あれ?」
「何? ……俺なんか変なこと言った?」
シュタルクだけは一体何故この場の人間が衝撃を受けているのかわからない様相だった。
「シュタルク様……? 私だとわかるんですか?」
「??? わかるよ? なんでそんな事聞くの?」
「シュタルク、私はフェルンの魔力を見て区別できるけど、正直それ無しじゃ区別がつかない。
どうやって見分けているの?」
フリーレンが心底不思議そうにシュタルクに問うが、シュタルクも何故そんな質問をされるのかわからない様子で応える。
「見分けるというか……動いたらなんとなくわかると言うか……」
「どういう事?」
「ほら、リーリアさんはたぶん貴族暮らしで背筋伸ばして、上半身の軸を揺らさずに歩く訓練とかしていると思うんだけど、
フェルンはいつも通り普通に立って歩いているし……あと重心の位置とかが違うし――」
シュタルクはそのままつらつらと、フェルンが直立している時に右足と左足で体重をかけ替えるタイミングの秒数やら、瞬きを何秒に一回ぐらいのタイミングでやっているやらの説明をし始める。
「……シュタルク、一体何を、言っているの?」
聞いたフリーレンはドン引きしている。フェルンとリーリアも唖然としているがフェルンは若干耳が赤い。
「いや、だって相手の所作の癖を把握することって強い相手との勝敗にめちゃくちゃ重要だし。
ずっと一緒にいるんだから、フェルンの癖とかだいたい覚えてるよ」
師匠の踏み込みの予備動作とか理解しないと練習中に死んじゃうしさー、何ということも無く言うシュタルク。
「あと、フェルン……ダンスのときもそうだったけど、なんかキツめのコルセットとか巻いてない?いつもより動きが――」
「――シュタルクさん!それ以上はいけません!」
そんな、ちょっとした乙女の秘密すらも口走りそうになるシュタルクをリーリアが制するが、
時既に遅く、シュタルクはそのままドレス姿のフェルンに叩き回されることになった。
■旅立ち
「フェルンさん、フリーレンさん、約束の日までには必ず戻りますので暫くの間お願いします。
この部屋にいる使用人は事情を把握しており、何かあった場合フォローをしてくれます。
くれぐれも、他の者には感づかれないようお願いをいたします」
部屋の中にいた4名の使用人は上品に頭を下げる。
主であるリーリアは現在、髪型や服装はこの屋敷に入ってきた時のフェルンの服装をしている。
もともと、3人は旅道具を一式揃えていたので一通りの準備は比較的すぐに終わった。
行き先も隣町なのでさほどの問題にもならないだろう。
「わかりました。シュタルク様、リーリア様はこの街の要人となりますので、”くれぐれも” 安全の確保をお願いします」
リーリアの話を聞いたフェルンは、リーリアと共に外に出るシュタルクに念を押す。
「ああ、任せろ」
もちろんと自信満々に、胸を叩きシュタルクは答える。
「婚姻前だからね。傷が残るようなことがあったら事だからね、気をつけてよ」
フリーレンは言葉通り以外の意味は込めていないが、聞きようによっては結構えらいことを言っている。
「お、おう」
判って言っているのだろうか?と訝しみながら応答する。
フリーレンは形式上の依頼として、リーリアの護衛という形で屋敷に待機という形になっている。
要するに、本物のフェルンと一緒に待機だ。
結果として、リーリアとシュタルクが屋敷の外に出て目的地に向かう。
「じゃあ、リーリアさん、準備ができたら出るか」
「はい。お願いします。シュタルクさん。
あ、あと。外に出たら私の呼び名はフェルンさんと入れ替えてください。私もシュタルク様と呼びます」
「……わかった」
少し、違和感は拭えないが、身代わりのフェルンの立場も悪くなるためこればかりは仕方ない。
シュタルクは了承するが、その様子を見たフェルンの顔は何となく見ることが出来なかった。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタルクとフェルンに扮したリーリアが部屋を出てからフリーレンはフェルンに声を掛ける。
「……良かったの? 心配じゃない?」
「……どういう意味ですか?」
フェルンの返しにフリーレンは腕を組んで考えながら答える。
「なんとなく、私達じゃない、フェルンそっくりな女の子とシュタルクがどこかに行ってしまうこと。
私から見ても少し複雑な気分だよ」
フリーレンの言いたいことはフェルンにもわかる。とても、不安な事だ。
いつも自分たちが隣りにいたのに、別の、しかも自分と瓜二つの少女が並んで歩いて去っていくのを後ろから見送る事……
だが、それでも――
―― 「すげぇな、フェルン。もう見た目はまんまじゃん。これなら誰にも身代わりになってるってわからないな」
―― 「??? わかるよ? なんでそんな事聞くの?」
「シュタルク様は、私を一目で見つけてくれましたから……そういう人です。
だから、大丈夫だと思います」
シュタルクを信じようと思ったから任せた。
そんなフェルンの顔を見たフリーレンは窓へ移動して外を眺めるとちょうど、門の外に出るシュタルクとリーリアが見えた。後ろ姿だけを見ればほぼフェルンとシュタルクの姿だ。
「そうか。そうだね」
奇妙な感覚にはなる。しかし、フェルンが信じるのであればフリーレンが信じない訳には行かないだろう。
「やっかいな事にならなければいいけど……」
依頼の内容は至ってシンプルだ。
しかし、それ故になにか不安がよぎる予感が拭いきれずフリーレンは窓の外を見つめていた。
■会いたい人
リーリアが会いたいという人物は隣町に住むという。結局のところ、街道沿いに進む必要がある。
街中の通過はそれとなく、『(実は本物だが)リーリア様によく似た赤の他人の冒険者フェルン』と説明してやり過ごした。
現在、服はフェルンから借りた服を着ている。
若干サイズが合わない……という話は着替える最中に耳に聞こえたが……正直踏み込むのが怖いので話には参加してない。
要するに腰と胸がリーリアにとってはやや緩いらしいが、シュタルクとしては「そーなんだ」以外のコメントはしないことにしている
(そっか……、フェルン大きいのか……)
……誓って気になどしてない。
髪飾りと腕輪だけはフェルンが頑なに貸そうとはしなかったため、付けているのは類似品だ。
髪飾りは花の柄のものだし、腕輪もシンプルな銀の腕輪だ。
そんな些細な違いはあるものの、ぱっと見で理解できる者はいない。
また、フェルンが買い物の間でよくよく人違いと否定していたため、
リーリアにそっくりの人物が街に来ていると店の間でも噂が回っており、
黙っていれば「お嬢様じゃないのかー」でだいたい済んだ。
街の外壁の門をくぐり街道へと出た段階で、シュタルクはリーリアとコミュニケーションをとることにした。
短い期間だが行動を共にするなら、出来るだけ話しやすい方が良い。
「……そういえば、会いたい人ってのは、写真に写っていた人だよな?」
「はい、髪色の薄い少年の方ですけど、幼い頃の写真なので、実年齢はだいたい同年代の人ですよ」
「なるほど。言いづらかったら答えなくていいんだけど……その人のことが好きだったのか?
今回の件は結構リスクの高い話に思えるんだけど」
リーリアは俯いてなにか考えているようだった。
解答を拒否していると言うより、どう説明したらいいものかを考えているような。
「シュタルク様はどのようにして、婚約者が決まったと思いますか?」
顔を上げた彼女はシュタルクにそう問いかけてきた。
「わからない」と答えるシュタルクにリーリアはポツポツと語だす。
「幼い頃、本当にただの仲の良い兄妹のような友達でした。本当にそれ以外なんでもない……
しかし、双子の兄弟は分家の婿養子候補でもありました。
いずれは選ばなければならない日がやってくる事をその時知りませんでした」
(やっぱり、そういう事だよな……)
ここまではフリーレンとの待ち時間の会話の中で予想は立っていた。
「16を迎えた頃、一族の間で兄弟は比較されることとなりました。
2人は能力や、資質、そして得ている人脈、様々な観点で比べられました」
兄弟で能力を比べられるという話は、シュタルクにとっては未だ心に痛い……
しかし、後継者を選ぶ際にはそうなってしまうのだろうか。
「えっと、その……当主の一人娘が本人が選ぶとかではなくて……?」
「家名に関わる事です。当人達の気持ちが優先されることなんて、本来は起こらないのです」
「そう……なんだ……」
シュタルクにはこの辺がわからない。確かに選択すること自体が当人たちには辛い事かもしれないが、なぜ選択権がないのか。
「シュタルク様は、貴族がなぜ貴族であるかわかりますか?」
「えっと、権力とか……土地やお金を……持っているから?」
シュタルクの解答にリーリアは目をつむり頭を振る。
「それだと、正解の半分までですね。
権力も、土地も、お金…資産も最終的には何を元に生まれてきたものかということです」
「国……いや、人か……」
「そう。人です。国や領土に住まう民衆です。
人が集まり街や国を為し、人々を指揮し導く約束を元に民衆の代表となった血筋が貴族です。
故に貴族は代表者として恥ずべきことのないように教養を学び、武芸を身に着け、どこに出ても侮られないように身なりを整えます。
逆に民衆は貴族を自分たちの主として恥ずべきことがないように、土地や領域の中で全力で仕えます。
だから本来、貴族とは民に雇われた公人の存在です。
すべてが綺麗にこの例に収まるわけではありませんが、この理屈を履き違えてはいつか国は滅びます」
「……」
そういった事に縁の無いシュタルクの中では『為政者とは権力を持つから偉い』程度のものと思っていた。
たしかに、それでは権力はどこから生まれてくるのか?は説明がつかないのも確かだ。
「だから、私達の気持ちで次代の代表をどうするかなどは決めてはいけません。
間違うこと無く、正しい血筋で後継ぎを残さなければなりません」
考えたこともなかった。権力者たちはもっと好き勝手に生きているものだと思っていた。
だが、そうではない。その立場はシュタルク達には思いもしない形で彼は人生を対価に求められている。
「つまりは、血筋の確かな兄弟のうち次代の統治者として秀でた方を後継ぎに選択するという話になります」
では、選ばれなかった方は……その人生の意味は……?
自身の過去がフラッシュバックし、背筋に冷たいものが通った気がした。
「……それでいいのか?」
「良い、悪いの問題ではありません。そうあらねばならないのです」
リーリアの感情は関係なく兄が選ばれ……、弟は選ばれなかった。
彼女たちも、感情を殺し、その運命に乗じることで貴族足り得るというのだ。
「じゃあ、どうして……」
こんなリスクを犯してまで会いに行くのか?
フェルンを身代わりに、シュタルクを連れていくということは、駆け落ちをしたいわけではないのだろう。
「言いたいことはわかります。
……それでも、どうしても、会いたい……。そう思う事は間違いでしょうか?」
悲しげな表情で答える彼女の気持ちは、やはり、シュタルクにはわからない。
■当事者たち
シュタルクが存外に思い詰めた表情をしたのを察したリーリアは先の会話を避けて話すようになった。
シュタルクも気を使われてしまっているのはわかったが、気にせずさっきの続きをどうぞという訳にも行かず大人しく彼女の配慮に甘えることにした。
彼女たちの人生に、一介の冒険者が介入する訳にもいかない。
大人しく依頼を遂行し、無事にフェルンとフリーレンの元にもどってまた冒険を続ける。
シュタルクにとってはそれでいいはずだ。足を踏み入れていい話ではないし、きっと自分には何も解決できないだろう。
とはいえ……
黙々と歩くのもあまりに不毛だったのかリーリアはシュタルクに屋敷の外の出来事を聞いてきた。
街の外の普段の生活や冒険の中で起きた事など。それに応えたシュタルクの話を彼女は楽しげに聞いていた。
リーリアは特にシュタルクとフェルンとの間に起きたことにはヤケに食い気味に聞いてくる。
もちろん、今のフェルンは彼女なので冒険同行者Aさんとの話とぼかしているが……
「普段どんな会話を?」
「その時にどう返したのですか?」
「そういう、反応をされてどう思ったのですが?」
グイグイくるので、気押されながらもあれこれ応えることになるのだが……
なぜかリーリアはシュタルクの解答を聞いたやたらため息をつく。
「同行者の方……本当に不憫な。幸せになって欲しいです……」
「どういう意味? いや、幸せにはなるべきだと思うけど」
シュタルクがそう返すとジト目で返される。
しかし、出発直後から比べると色んな表情を見せるようになった。
貴族の仮面を脱ぎ去った、彼女の本来の性格というのはこのようなものなのかもしれない。
✧ ✧ ✧ ✧
リヴェンディヒ家の屋敷に実質軟禁状態のフェルンは窓の外を見てため息を漏らした。
一言で表すならば、退屈だ。
フリーレンとはちまちま世間話はするものの、部屋にこもりきりだとフリーレンは魔導書を読み続ける。
では自分も……と言いたいところだが、お嬢様に紛する自分が突然そんな事をする訳にも行かず……
そして何もせずに居るとどうしても気になってしまうのはシュタルクのこと。
今は自分やフリーレンとは異なる女性、あまつさえ自分とそっくりな少女が自分と同じ格好で傍だって歩いているのだ。
信じているけれど……
心穏やかにしていられるかと言われたらそれとこれとは別の問題である。
ただただ、シュタルクであれば大丈夫だと自分に言い聞かせ続けるしか無い。
そんな折、状況の変化は突然訪れた。
「リーリアお嬢様! フリーレン様!」
やや焦った様子でドアをノックして声をかけてきたのは状況をシュヴァルトだ。
そんなやや焦った様子でも返事をする前にドアを開けることをしないのは使用人の鑑。
「……どうぞ」
フリーレンと顔を見合わせた後にフェルンが返事をすると「失礼します」と一礼の後に部屋へと入ってきた。
「……少々厄介な事になりました」
壮年の執事は表情を崩さずだったが、なんとなく雰囲気から厄介さは伝わってくる。
ひとまずは「何事?」とフリーレンがフェルンの代わりに問う。
「お嬢様の……婚約者のブラウ様が、結婚式に先んじてお見えになりました」
「…………は?」
それは………とてもまずい。
✧ ✧ ✧ ✧
「やあ、リーリア」
フェルンの前に立つ青年は青みがかかった髪で少し身長の高い青年だった。
リーリアから見せてもらった写真はかなり幼い頃のものだったと推察できる。
『いいですか、とりあえず黙ったまま笑顔で居続けてください。
話はこちらでなんとかします。』
彼が部屋に通される前にシュヴァルトに言われた話だ。
婚姻前なので簡単な挨拶だけで済ませたら、無理に引き伸ばさずに帰ってくれるはず。
「お嬢様はここ数日、あいさつ回りなどお忙しく少し体調を崩されており、喉を荒らしておられます。
大変失礼だと存じますが、今日はこのまま声を出すことが叶わないですが構いませんか?」
シュヴァルトがそう問うと、ブラウは笑顔で「ああ、わかった」と答えた。
来客用のテーブルにフェルンの正面にブラウは笑顔で座る。
(この人が……)
リーリアの婚約者であり、リーリアが会いに行った人のもう片割れ。
(いったいどういう関係性なのだろうか?)
状況や背景から考えると、他意もなく愛し合っている……とは考え難い。
憶測と印象だけかもしれないが、家名を第一とする貴族社会ではそれも普通なのかもしれない。
どう振る舞うのが正しいのかわからないが、いずれにしろフェルンに下手な芝居はできないため黙っているのが正解だろう。
そのまま30分程、今後式の段取りの話に関して当たり障りない会話が続いた。
必要なことはシュヴァルトが答え、フェルンがそれに頷いて了承する形。
それにしても、表情筋が辛い……頬がヒクヒクしてきた。
そう長くは持たないのでさっさと帰ってくれると大変助かる。
曲がりなりにも貴族身分の男性相手に失礼かとは思うが仕方ない、フェルンにとっては知らない人としか言いようがないのだ。
と、そう侮っていたのだが次の瞬間彼の言葉で空気が変わった。
「さて、事務的な話はここまでにして……
やはり予想通りだったようだね」
「と、おっしゃいますと――」
フェルンが座るソファーの斜め後ろに控えるシュヴァルトが問い正そうとすると、ブラウは手をかざして言葉を制した。
「あまり回りくどいのは、望むべくもないんだ。
大体の事情は僕も把握している。
先日からリーリアによく似た、旅の一行が街に訪れたそうだね」
突如核心を射抜く言葉にフェルンは表情を硬くし、
護衛という扱いで部屋にいるためシュヴァルトと逆サイドに控えていたフリーレンは「へえ」と呟いた。
「あまり警戒しないで欲しい。なにせ――」
そう言って、懐から一枚の書状を出したブラウはそれをテーブルに置きながら
「――リーリアの言い出したこの一件、僕も当事者の一人だ」
ブラウから差し出された写真には、包帯に巻かれてベッドに寝かされる人物が写っていた。
■灰色の命
双子の弟グロウは兄のブラウと顔は良く似てはいたが髪の色素の薄い少年だった。
幼い頃は兄よりも少し身体が弱く体力も少ない。
ただ、本が好きで暇さえあれば蔵書庫の本を読み漁り知識をつける毎日を過ごす。そんな少年だった。
そして、リーリアは幼い頃から仲の良い友達だった。少なくともブラウにとっては。
グロウにとっては……少し違ったように思う。
グロウはリーリアに出会ってからは懸命に本で見た物語を彼女に語っていた。
それが身体の弱かった弟にできる精一杯の気持ちの表現だったのだ。
リーリアはそれを……楽しそうに聞いていた。
そんななんでもない穏やかな日々がとても好きだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「秘密裏に調べて、リーリアに弟の居場所を伝えたのは僕だ」
「……なぜ、ですか……?」
正体がバレているのであればもう隠す意味はない。
素直な疑問をフェルンは口にした。
「……このままでは、だめだと思った。
秘密裏に、存在を葬り去られて、二度と会えないだなんて……
そんな事があっていいはずがない」
「……」
眼の前の人物は、言ってしまえば選ばれた側の人間だ。
もっと、生を謳歌しているものだと思っていたがそうではない事はわかった。
「……だが、伝えるべきではなかった。
だから今日は、その事を伝えに……早まる前に止めに来たのだが、遅かったようだね」
悲しそうなブラウは自嘲気味に笑う
「済まないリーリア。優しい君はきっと傷ついてしまう。
早まらず、無事であってくれ」
✧ ✧ ✧ ✧
思い出すのは後継者として選ばれた日の会話
「父上!東の森に巣食っている魔族の討伐隊に弟を向かわせると聞きました」
「そのことか……そのとおりだ。グロウには魔族を撃ってもらう」
「勝てる……訳が無い……ッッ! 死ねと命じているようなものです!」
「―――そんな事は! そんな事はわかっている!
だが、これは分家である我が一族の中で決まっていたことなのだ……許せ、とは言わん」
義務と責務に苛まれそう判断せざるを得なかった父の表情は今でも忘れられない。
その後、グロウを連れて遠征した部隊はほぼ壊滅状態になったものの奇跡的に魔族を退けることに成功した。
グロウも奇跡的に一命をとりとめ満身創痍な状態で生き残った部隊のものと帰還したという。
しかし、その後の行方はブラウとリーリアに知らされることはなかった。
■弱音と迷い
「話によると、ここの教会の中で療養中……ということです」
丸一日半をかけて移動し、ようやく辿り着いた街にシュタルクは安堵する。
旅慣れないお嬢様を連れての道中。なかなかに苦戦した。
なんせ、歩きっぱなしというわけにもいかないので途中はキャンプで休むことになる。
依頼主のお嬢様に見張りと火の番をさせられず結局シュタルクは一睡もしていない。
(フェルンやフリーレンと違って『ううん』とか時々艶めかしい声出すんだもん…)
現在留守番中の二人はフリーレンの寝相を除けばおとなしいもんだ。
フェルンそっくりの美少女のうなされる声を聞きながら一晩中見張りをしていたのでとにかく疲れた。
「もう夜も遅いから、一度宿で休んでから明日行こうぜ」
シュタルがそう伝えるとリーリアは、少しためらってから「はい」と答えた。
今すぐにでも会いに行きたいのだろうけど、実際もう夜も遅い。相手のことを考えるとここは引くべきと思ってくれたのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
「ふい~、結構疲れた」
ドサッとベッドに座ったシュタルクは柔らかい感触を確かめ満足気に笑う。
そこまで久方ぶり……とは言わないが、慣れない二人旅でとにかく疲れた。
想像してたより健脚で厄介なことはなかったし、道中の魔物駆除もさしたる労力ではなかったが……やはり気を使ってしまう。
(にしても、どんな感情なんだろうな)
健脚だったとはいえ、彼女はお嬢様だ。隠密の徒歩移動はなかなかの労力になる。
下手をすれば道中に魔物も出るので、その危険を犯す覚悟たるや如何ほどのものなのか。
それ程までに会いたいのか。
ベッドに仰向けになりながらそんなふうに考えていると
「シュタルク様、まだ起きてらっしゃいますか?」
ドアがノックされる音と供に声がかけられた
✧ ✧ ✧ ✧
神妙な顔つきで部屋に入ってきたリーリアはそのまま部屋のベッドに腰掛ける。
どういうつもりで座ったんだろうという疑問を振り払い、シュタルクは部屋1つだけある椅子に腰掛けた。
流石にベッドに一緒に座るのはだめだ。絶対に。脳裏に眼の前の少女と同じ顔の少女の顔がよぎる。
「明日に備えるなら、もう寝たほうがいいじゃないか?」
「はい……」
こんな夜更けに男の部屋に嫁入り前の女の子が一人で来ちゃけない。と、やんわり退出を促したが……そういうことではないようだ。
つまり、話を聞けということか……普段のフェルンとやり取りでその辺の空気はなんとなくわかる。
「シュタルクさんはどう思いますか?」
「えっと、何が……?」
『質問に質問で返すのは失礼ですよ』と誰かの言葉を思い出して頭を掻く。
「いや、ごめん……。そうだな……」
言うまでもなく、会うのが不安なのだろう。彼女は、今から会う青年とは別の人と結婚することになっている。
そんな状況でどんな顔をして合えばいいのか迷っているということだろうか。
「リーリアが、どうしてその人と会いたいと想っているのか、俺にはきっとわからないんだけどさ」
「……」
シュタルクの幼い頃、兄シュトルツは将来を約束された立場で期待に答えられなかった自分は父に常に出来損ないと言われ続けていた。
己の能力が足りないことが原因だったとしても状況の違いに何も思うところがなかったといえば……嘘になる。心のどこかに薄暗い感情は持っていた。幼い身分の態度できっとそんな感情は簡単に相手に伝わっていたことだろう。
それでも、兄はいつも自分を心配して会いに来てくれた――。
「どんな状況でも、自分の事を想って会いに来てくれた人を……悪く思うことなんてねえよ」
「シュタルクさん」
フェルンにそっくりな少女がフェルンの服を着た状態で潤んだ目でこちらを見ているのは……本当に心臓に悪い。
(まあ、そういう艶っぽい弱音見たこと無いんだけど……)
「久しぶりに会えて嬉しいって、素直に伝えたらいいと思う。
別のことは別の問題だ。そっからスタートしないときっと何も解決しないんじゃないか」
シュタルクの言葉を聞いたリーリアは表情を柔らかくして笑った。
「ありがとうございます。
ふふっ、含蓄のあるお言葉ですね……」
そう伝えるとシュタルクは照れたように頬を掻いた。
「大層なもんじゃないけど……少しだけさ、選ばれなかったやつの気持ちもわかる気がしてさ」
そう言って笑うシュタルクの笑顔の裏には彼の抱える大きな心の傷があるのだろうと、ぼんやりとリーリアは思った。
(きっと、私では何も出来ないのでしょうね……)
それは、きっとこの立場を貸してくれた彼女の役目なのだろう。
そうであるならば自分はきっとこの優しい青年の精一杯のアドバイスを素直に受け取り勇気を出すべきなのだ。
「……こんな時間に本当にすいませんでした。私頑張ってみようと思います」
「ああ、応援しているよ。もう部屋に帰って寝たほうがいい、移動しっぱなしで結構疲れてるだろ」
そう言って屈託のない笑って送り出そうとするシュタルクにリーリアは少し悪戯心が刺激される。
「そうですね、これ以上この部屋に居座ってはフェルンさんに悪いですし」
悪戯に一匙の嫌味を乗せてそう伝えるとシュタルクはキョトンとした顔で答える。
「なんでフェルン?」
その言葉を聞いたリーリアは頭を抑えて、ため息を付いてしまう。
「本気で仰ってるんですか?」
「ごめん、今の話の流れはなに?どういう事?」
これは……今はここにいない彼女の苦労が容易に想像できてしまう。
「フェルンさん……おかわいそうに」
「ええ、なんで!?」
本気でわからなさそうな様子のシュタルクを放置してリーリアは額を抑えながら自分の部屋に帰って行った。
✧ ✧ ✧ ✧
そして、翌朝、満を持して教会を訪れた2人に告げられた事実は
――グロウの不在であった。
■今ここにいない想い
「……グロウ様は、もうこの世にいらっしゃらないのですね」
リヴェンディヒ家でフリーレンとフェルンの元に現れたリーリアの婚約者であるブラウは重々しく頷く。
「僕達から知られないよう厳重に隠されていたのだけれど……四方手を尽くして所在を知り、最近わかったことだ……
弟は、魔族との抗争で受けた怪我を抱え、長い闘病の末に息を引き取っていた。
最後に言伝だけを残して……
それを、彼女に伝える前に行動に出てしまったのは誤算だった。所在を軽率に伝えるべきではなかった」
リーリアが、再会を切望していた想いは本物だ。現地で知った時に如何ほど傷ついてしまうのだろうか。
傍にいるシュタルクは……優しい彼はどう思うのだろうか……共に心に傷を負い、それでも手を差し伸べるのだろうか。
――そして、どうして自分は傍にいてやれないのだろうか。
「いずれにしても、今は式の準備が進められる中でここに居る我々が動く訳には行かない。
リーリアや同行してくれている者を信じて待つしか無いだろう。
最悪のケースは、貴方がたにあまりに迷惑がかかるため考えたくはないな」
「シュタルク様……」
どうか願わくば、あの優しい笑顔が悲しみに染まってしまわぬように……
✧ ✧ ✧ ✧
教会を訪れたシュタルク達が通されたのは、教会の代表の神父の執務室だった。
「あの、俺達は……グロウという人に会いに来たんですけど」
案内をしてくれた、シスターにそれとなくシュタルクは声を掛けるが目を合わせようとしてくれない。
嫌な予感はしていた。
隣にいるリーリアにもそれが伝わっている様子で、動悸とまではいかずとも僅かながらに呼吸が早まっている。
「魔族からこの街を救ってくれた彼らを受け入れてから、遠からず、このような日が来るとは思っていましたが、来てしまいましたか」
そう言いながら、部屋に入ってきたのはこの教会の神父だった。
「……どういうことでしょう」
息を呑んだリーリアが神父に問う。
「お話しましょう……、そして案内したい場所もあります」
✧ ✧ ✧ ✧
数年前、魔族との抗争により疲弊したこの街は隣町から遣わされた騎士団の討伐戦により救われた。
しかし、魔族の撤退の代償に多くの騎士の命を犠牲とする結果となり、この教会の墓地には数多くの騎士の亡骸を火葬し、埋葬している。
それでも数名の騎士は一命を取り留め、数年の治療の末に元いた場所へ帰るか、退役してこの地に帰化して余生を過ごしていたそうだ。
とりわけ、腕や足の欠損、大きな傷を負い、そうすることもかなわない患者の中にグロウという青年の名前があったという。
「彼は……いずれ自分の息を引き取った後にでも、古い知人が自分の元を訪ねてくるだろうと言っていました。
さまざまな事情により、今の自分の状況すら知らずに来るかもしれないことも……」
リーリアは涙を流すこともなく、ただ力なく膝をつき目の前の墓石を見つめていた。
魔族の抗争で亡くなった騎士たちの墓石だ。
『この地を守りし、勇敢なる騎士たちに安らかなる眠りを』
そう掘られた後に、騎士たちの名前が連なっている。
その最後の一行、家名もなく、ただグロウと掘られた文字がそこにはあった。
「生前の彼から預かった言伝があります。
『誰のことも恨んではいない。大切なもののために戦った、ただ、その事を誇りたい。
違えてしまった行く先は元には戻れないけれど、君は君の人生を戦い、幸せを掴んで欲しい』
ということでした」
リーリアは呆然自失のなか心はここにない様子でただ、「はい……」とだけ返事を返した。
(大切なもののために戦った……か……)
―― お前は逃げろ、シュタルク。
記憶の中にある惨劇の中で最後に見た兄は一体どんな気持ちで戦ったのであろうか。
そしてその記憶を一時的に心の何処かに追いやることで自身を守り続けてきた幼なかったシュタルクと違い、おそらくそれが叶わない眼の前の女性はどうすればこの悲しみを乗り越えられるのか。
神父は「死者の魂を悼む気持ちには時間が掛かるでしょう」とこの場を去ってしまった。
シュタルクもまずはリーリアを落ち着かせようと墓地の隣に設えられた記念公園の休憩席へと彼女を移動させた。
■傷
うなだれるように椅子に座ったリーリアが、僅かながらに口を動かす。
「……グロウはもう……この世の何処にも、居ないのですね」
「そう……、みたいだな」
シュタルクの声を聞いた瞬間、彼女の目に意識が戻ってきた様に見えた。
それと同時に、封じ込めていた感情の波が一気に押し寄せてきた。
その瞳からはポロポロと大粒のナミダがこぼれ落ちてきた。
「えっと……」
うまく言葉が出てこない。こんなことになるなら依頼を受けるべきではなかったのだろうか。
行動せずに、知らずにいるほうがもしかしたら幸せなことだってあったのだろうか?
忘れ去られてしまった死者の想いは何処へ行くのか。しかし、今を生きる人を傷つけてでも心に残らなければならないのか……シュタルクにはわからない。
震える肩の動きが止まった少女はゆっくりと後ろに振り返り、シュタルクの姿を確認するとそのままシュタルクの胸元に飛びついてきた。
「……シュタルク様……私に……傷を……。
哀れだと思うなら、今だけでいいので、私に傷を、傷をつけてくださいませんか」
彼女の求めるそれは許されざる行為。何もかも対する裏切り。
慰めと自罰、それを自暴自棄に求める彼女にシュタルクは狼狽える。
(フェルン……!!)
シュタルクは眼の前の彼女ではなく、”今この場にいない” 少女の顔と声を必死に思い出す。
「――何もかも、忘れさせて……頂けませんか……」
こちらを見つめる瞳にシュタルクは得も言われぬ感覚に襲われる。
視覚に訴えて来る情報は明らかに彼のよく知るそれであるのに、触れる身体は、見つめる心は別物だと訴えている。
(これは駄目だ……、このままだと本当に駄目だ……)
胸元に感じる熱は、なぜか彼の背筋から熱を奪い、凍る感覚を覚えさせた。
眼の前の少女の求めに応じて、それを実行することはとても甘美なことであると身体が錯覚するのに心が一切を否定する。
押し倒さんとばかりにシュタルクに体を押し付けてくるリーリアの両腕を掴み
「リーリアッッ!」
シュタルクは彼女の名を叫んだ。
■覚悟
翌日、フリーレンとフェルンの元に再び訪れたブロウ。
先日、弟の死をフリーレンとフェルンに告げた彼は意を決した表情で2人に頭を下げた。
「もし、明日までに彼女が戻ることがなかった場合……。リスクを承知でお願いがあります。
フリーレン様、リーリアに扮した状態のフェルンさんを連れて、逃亡していただけませんか?」
ブラウの提案にフェルンは耳を疑う。
「どういうことでしょうか?」
「戻らない、ということは少なからず弟の事で彼女の心が揺らいでいる証拠です。
そうであるならば、私はこの婚姻を推し進めるべきではないと思います。民を従える貴族としては失格ですが……」
「……」
「それとも、我々で代理の挙式を挙げますか?」
「それは……」
無論ブラウの顔には「お嫌でしょう?」という言葉が読み取れる。
ある程度話をして眼の前の人物が悪い人間ではないとは理解できたが、それとこれとは話が別だ。
彼の言う通り、嫌だ。大切な物は、自分で選び、必要となるその時まで大切にしておきたい。
「ブラウ様はどうなさるのですか?」
「……弟と許嫁を守れなかったんだ。挙式の前に醜態をさらし、花嫁に逃げられた男として責任を取るよ。父上には申し訳ないが、これが僕のけじめだ」
フリーレンとフェルンをまっすぐに見つめる瞳に嘘偽りの色は一切見えない。
これがこの青年の覚悟なのであろう。
不意に背後からフリーレンがフェルンの肩に手を置いてきた。
「わかった。その時は必ず約束を果たそう」
「そうなる前に、リーリアが約束した報酬は僕から出そう。シュヴァルト、お願いできるかい?」
シュヴァルトの方を向いてそう言ったブラウにシュヴァルトはゆっくりと頭を下げる。
「……かしこまりました。旦那様」
「……僕は君の主ではないよ。でも、頼んだ」
眼の前の青年は全て責任を負うという。
だが……、もとよりリーリアから受けたこの依頼。フェルンも覚悟を決めるべきだろう。
「必要ないと思います」
「フェルン?!」
「そんな心配は……必要無いと思います」
ブラウの眼の前の、婚約者によく似た少女の瞳にもまた一縷の迷いもない。
「フェルンさん……」
「シュタルク様が、必ず連れて帰ります」
彼女の言葉にフリーレンが続ける。
「フェルン、信じるんだね?」
「はい……」
それを聞いたブラウはため息をついた後、降参だとばかりに両手を上げながら苦笑いをする。
「わかりました。では、挙式ギリギリまで待ちましょう。
そのへんが妥協点です」
その時はより僕の立場が悪くなりますけどね、とおどけて言うブラウにフェルンもまた笑いながら。
「そんな事絶対に起きませんよ」
確信に近い言葉を残すのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「リーリアッッ!」
シュタルクは眼の前の彼女の名前を叫ぶ。
紫色の瞳に写った自分の顔が見える。
(臆病そうな顔をしているな……)
自分でもそう思ってしまうほどに情けない顔をしている。
「それはだめだ……!リーリアのやろうとしているそれは逃避だ……!」
「……けど、私は……失われてしまった命に、なにを報いればいいのか!」
命を守るために戦いから逃げる事は構わない。
だけど、自分の人生からは背を向けて逃げてはいけない。
一度そうなってしまっては、人は立ち上がる勇気と覚悟を失ってしまう。
――シュタルク様は、逃げないと思います。
かつてのシュタルクはそこに陥って、立ち上がるためにどれほどの時間と人の助けを要してしまったか。
(だから……絶対にだめだ。)
「誰も恨んでいないって、戦ったことを誇りに思いたいって、グロウさんは言ってたじゃないか。
リーリアはリーリアの人生を戦えって、だから君は……向かい合わなきゃ……」
「シュタルク……様……」
「きっと貴族が家と家名を継ぐってことは俺の想像の及ばないぐらいに、大変なんだと思う。
旅の中で、何人かの貴族の領主を見てきた。考えてみれば皆大切な何かを守るために戦ってた。
リーリアがこの旅のはじめに語ってくれた貴族としての誇りが本物なら、やっぱりリーリアは逃げるべきじゃない」
「……あなたの強さはいったいどこから……?」
フェルンと同じ顔をした少女がそういうのは不思議な感覚だ。
紅鏡竜との戦いから逃げていた自分を奮い立たせてくれたあの日の光景とまるで逆だ。
「俺も、一度全部失ってからいつも逃げ回って生きてきた。
抗っていたつもりでも、何も成せずにただ時間だけを食いつぶしていた。
だけど逃げずに立ち向かうために手を取ってくれた人達がいたんだ。
どんな困難でも立ち向かうのに……最後に必要なのは覚悟なんだ」
眼の前の青年が言おうとしている事、彼が抱えているであろう過去、そして、リーリアの瞳の先を通して見つめているもの。
それが何かがなんとなく伝わってくる。
それがきっとこの青年の強さの根源なのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
「取り乱したりして、大変申し訳ありませんでした。
シュタルク様が冷静で誠実な方でよかった……」
ようやく我に帰ったリーリアは、少しだけ柔らかな表情を見せてくれた。
まずは落ち着いてくれた事実にシュタルクは安堵する。
「お、おう……冷静ってのは初めて言われたな」
「もし婚前に何かあったなら、口を封じるか、責任を取ってもらうかしてもらわなければなりませんでした」
「凄く怖いッッ!!」
サラッとやばい事を言い出すリーリアにシュタルクは震え上がる。
前者は最悪身を隠して逃げ回ればなんとかなるが、後者はやばい。
何となくだが凄くやばいことだけはわかる。消し炭すら残らない何かが起こる気がする。
そんなシュタルクの様子を見てリーリアはクスクスと笑いながら
「きっとシュタルク様に責任を取ってもらうのは誰にも無理ですね」
とつぶやく。
「そろそろ時間も差し迫ってきましたが
あらためて、グロウや騎士たちのお墓に華を添えてもよいですか?」
申し訳なさそうにそう告げるリーリアに満面の笑みのシュタルクは
「もちろんだ」と告げた。
■帰還
「いそげぇぇぇぇ!」
英霊たちの墓標に華を添えたり教会の神父にお礼をしたりした結果、すっかり夜になってしまった。
その後の式の準備も考慮すると明日の午前中に到着しないと結構辛い……という言葉をリーリアから聞いたシュタルクは青くなった。
ブラウの一件を知らないシュタルクとしては、待たせているフェルンがこのままだと代行で式に出てしまう可能性があると考えたからだ。
それは……よくない。すごく良くない。
とにかくだめだし、……何より絶対に駄目だ。
頭に酸素が回っていないのか何を考えているのかちょっとよくわからなくなってきた。
シュタルクはリーリアをおぶった状態でひた走っている状態だ。
荷物はフリーレンから借りたカバンがあるからなぜかそれ程重くはないし、リーリアもさして重くはないのだが……
数時間走り続けると流石に厳しい。
「シュタルク様、これ以上無理をなされては……」
「……無理じゃない!!」
「そもそも式は明後日ですので……最悪、最初の準備だけをフェルンさんが代行してくれたら……」
「……良くない!」
「……そうですか」
現在、リーリアを抱えて走ることにリソースの大半を割いているシュタルクはほぼ反射で答えている状況だ。
下手をすれば、普段答えないような質問にも素直に答えるんじゃないだろうか……
もちろん、無粋すぎるのでやるつもりもないし、ついさっきの質問の解答で彼の本音は概ねわかろうというものだ。
「……フェルンさんは、幸せ者ですね」
羨ましい等と言えるはずもない。これは彼らが懸命に己の人生と向かい合って戦い、努力の下に絆を重ねてきた結果の話だ。
貴族の自由恋愛が許されないこととそれを比べてどうだ……なんてして言っていいはずもない。
ブラウとの結婚に問題があるわけではない、彼はリーリアと弟であるグロウの事をずっと心配してくれた信頼の置ける人物だ。
だからきっと、これからの自分に必要なのは悲劇を嘆くことではなく、失ったものと向かい合って自分の人生を戦う覚悟だ。
「……なんか言った?!」
「いえ、大変だと思いますが、これからも頑張ってください……応援しています……」
その言葉を聞いた、シュタルクは少しだけ間を開けてから「……ああ」とだけ簡潔に答えた。
✧ ✧ ✧ ✧
夜も更けてきたにも関わらず、部屋で待っていたフェルンとフリーレンの下に
「少女をおぶって街道を爆走する冒険者がいる」という謎の報告が舞い降りた。
報告を聞いたフェルンは喜んでいるようで、怒っているようで、安堵したような……複雑な表情をしていたのを思い出すと思わずフリーレンは笑ってしまう。
現在、フリーレンは飛行魔法で街道沿い上空に出ている状態だ。
フェルンは当然、リーリア役なので外には出れないため「私が迎えに行ってくる」と屋敷を出たのは数刻前の話。
このまま進めばどこかで合流するだろう。
「いた……」
上空から強化した視力で見てみるとたしかにものすごい勢いで走っている赤いジャケットの青年の姿が見える。
「向こうの街から走り続けてるのか……流石アイゼンの弟子というべきか、信じられないことするなぁ……」
その後、無事フリーレンと合流したシュタルクはフリーレンの姿を見て安心したのかその場に力尽きて気絶してしまった。
フリーレンはリーリアだけ運んで、シュタルクには地道で帰ってきてもらおうと思っていたのだが……どうやらそうも行かないらしい。
■紫色の華と花嫁
「また無茶ばかりして……」
ヤキモキさせてくれた嫌味の1つぐらい言ってもいいかと思っていたがあどけない顔で寝コケられていると毒気も抜かれる。
フェルンは自分の膝枕の上で眠る青年の髪をゆっくりと撫でて微笑んだ。
寝静まった屋敷にフリーレンがこっそりとリーリアと気を失ったシュタルクを運びこんだ後、そそくさとフェルンとリーリアのバトンタッチを果たした。
リーリアからは「ずいぶんと無茶をさせてしまいました」という謝罪と、フェルンが挙式の代役に回ってしまわないかと随分と心配していたと説明を受け、おもむろに眠りこけるシュタルクをフリーレンから渡されて今に至る。
こんな状態で渡されても困るのだが、どうにもならないのでソファーに寝かせて頭を膝の上へ置くに至った。
何となくだが、こうするのが収まりがいい気がした。
「よく眠っていらっしゃいますね」
「リーリア様……!」
やって来たリーリアに立ち上がろうとするも膝の上にシュタルクがいて、少し迷っていると、リーリアは笑って「そのままで」と言って手で制してくれた。
テーブル向かいのソファーに座るリーリアには鏡でもみているかのような錯覚を覚えるが、立ち振舞や表情は似ても似つかないものだなと痛感する。
自分はあそこまで見事な笑顔を見せるのは少し苦手だ。
「シュタルクさんにはすごくお世話になってしまいした」
「いえ、なにか失礼やご迷惑をおかけしませんでしたか?」
フェルンはちらっとシュタルクの事を見てから
「相手に限らず、少し不躾な態度を取ることも多いので」
と伝える。その言葉を聞いたリーリアはくすくすと笑った。
「たくさん……助けていただきました。アドバイスもいただきました。
だから、私も覚悟を決めました。私は私の人生を戦おうと思います」
いたずらっぽく笑っていたが、その目には言葉の通り確かな覚悟があったように思えた。
フェルンは「そうですか……」とつぶやきながら
シュタルクを頭を優しく撫でる。きっと、いつものように頑張ったのだろう。やりすぎるぐらいに。
それが彼の悪い癖でもあり、美点でもある。
「それにしても、素敵な方ですね、シュタルクさん。
フェルンさんが傍にいたくなる気持ち……わかります」
「……」
リーリアのその言葉にフェルンは本能的に少しシュタルクの顔を自分の身体の方に寄せた。
ほぼ無意識に彼女からシュタルクを遮るようなポーズを取ってしまう。
そんな仕草を見た彼女はなぜか両手を合わせて満足したような表情をする。
そのまま口元を抑えた彼女はクスクス笑いながら「冗談です」といってから舌を出しておどけて笑って見せた。
「……もとより結婚する身です。シュタルクさんとどうこうなんてありませんよ。
それに、何となく話していてわかりました。
似ているからこそ私はシュタルクさんにとっては何の意識も置けない存在なのでしょう」
「……どういう意味ですか?」
「視線は私を向いていても、心は何処かで私を全く見ていなくて、後ろに見える誰かのことばかり見ていたの、何となく判っちゃうから」
そう言われてフェルンは膝上で眠りこけるシュタルクに視線を落とす。
「本当に失礼な人ですね」彼の撫でるのに心地よい髪に触れながらフェルンはそう呟いた。
✧ ✧ ✧ ✧
結婚式当日
「リーリア様、お綺麗ですね」
「そうだな……」
あれから怒涛の勢いで挙式の準備を進めることになり、
結局、袖触れ合うも他生の縁……というか、手伝ってくれたら報酬にいつもの妙な魔導書がつくということでフリーレンが乗ってしまい最後まで付き合うことになった。
現在は誓いの言葉を終え、町の教会の正面口で来賓の人たちに手を振っている。
「そう言えば、相手のブラウさんって結局全く話してないんだけどどんな人だったの?」
フェルンとフリーレンが留守を預かっている時に婚約者のブラウが現れ、色々話していた事を伝えると、シュタルクはなんとなーく釈然としない顔を見せていた。
「………シュタルク様と違って、ご立派な考えの方ですよ。
今回の件についても、全体で丸く収まるように様々に手を回してくださっていました」
「……」
わざとそういう言い回しをするとシュタルクは眉を寄せて「むー……」と複雑そうな顔をする。
なんとなく、その反応が可愛らしくてシュタルクが拗ねない範囲ならしばらくはこのままでもいいかもしれないなとさえ思ってしまう……
が、流石に可哀想なので後で説明しよう。
(あと、そっちに何も妙なことはなかったのかと問い詰めよう)
と考えながらシュタルクの後ろ姿を見ていると、悪寒でも走ったのかビクッと背中を震わせていた。
そんな折、「フェルン、ブーケトスだよ!」とフリーレンがフェルンに声を掛けてきた。
花嫁になる予定皆無なのに、なぜかフリーレンは取る気満々の様子だ。
この師匠は、案外こういう祭事のアクティビティには全力で乗っかっていく。
女性陣が犇めく人混みの後ろに立った時フェルンとリーリアの目があった。
リーリアもフェルンが居た位置を把握したようだ。
大きく手を振って「いきますよー、受け取ってくださいね!」と誰にということもなく声を上げたリーリアは後ろを向いてブーケを笑顔で天高く飛ばした。
大きく弧を描いて舞い上がるブーケを見ながらフェルンは思う。
彼女のこの結婚に際して色々騒動はあったが、結局貴族の義務でしかないのか、彼女自身の幸せはないのか?という疑問。
そんな事をフェルンが考えるのは無粋で野暮なことだ。それはこれから彼女が挑み掴み取るものなのだから。
落ちてくるブーケは明らかにフェルンに向けて投げられていた感じはあるが……
結局キャッチしたのは隣りにいた彼女の師匠だった。
ムフーと自慢気にドヤ顔を向けてきたが、いったいどうする気だろうか……?
■華の落とす影と君と僕
式も一通り終えて、ブラウに手を引かれて式場から屋敷に去りゆくリーリア。
純白のドレスに身を包み、鮮やかな紫色の長い髪を揺らすリーリアはまるで一輪の華のような美しさだ。
フェルンはただでさえ似ているため、髪をまとめて今日はできるだけ目立たない色のドレスを用意してもらっていた。
当たり前だが、花嫁を差し置いて絶対に目立つ訳には行かないからだ。
さながら、可憐な華が落とした紫色の影のような存在。
もとより、存在を薄くして隠れるのが得意な自分だからそれでいいとフェルンも思っていた。
さて、そんな中今朝からずっとフェルンを見ては「あ~」とか「う~」とかうなっている赤髪の青年。
シュタルクは久方ぶりに髪をまとめて彼もそれなりに整えた服装で参加している。
( ……意図的にちょっと目立たないドレスって、どう言えばいいんだろ? )
そう、シュタルクは朝からずっと悩んでいた。
『女性がドレスを着たとしたら必ず褒め称えるんだ。それだけで得られる平和というものがある』
という、含蓄があるのか無いのかわからないアドバイスは多分、何かの折にザインから聞いた話だと思う。
平和はさておき、きっと感想を述べるべきなんだろう。
とはいえ少し暗色多めな目立たぬドレスのチョイス理由を知っているシュタルクとしては、それを似合うと言ってしまえば変な含みを持たないかと気になってしまう。
解答だけ言ってしまえば「そういう色のドレスでも綺麗だ」ぐらいの話をシュタルクがすればフェルンは普通に喜ぶのだがこの辺は人生経験が足りない。
……とまあ、そんな感じでフェルンから見て時折自分をチラチラ見ながら「あーうー」と腕を組みながら頭を捻っているシュタルクを見るとおおよそ考えも想像もできてしまうため思わず苦笑してしまう。
別に意地悪をしたいわけではないので助け舟は出してあげてもいいかもしれない。
フェルンはシュタルクの後ろから空いている左手にすっと腕を滑り込ませる。
「ッッ!? フェルン?」
「シュタルク様と私のドレスはペアのセットでデザインされたものです。
少し暗めの色ですけど、シュタルク様の赤い髪とコントラストが効いていて、とても素敵だと思いますよ」
「――ッ!?」
衝撃を受けたようなシュタルクの表情には『先に言われちまったァァァ』と書いてあるのが目に見えてわかる。
「シュタルク様はどう思いますか?」
そう伝えるとシュタルクはフェルンの服を一瞥してから、目を泳がせながらも
「……フェルンもよく似合ってる。綺麗だと思う」
と言った。
その言葉に満足したフェルンは「ならよかったです」とそこが定位置とばかりに腕を組んだ状態でシュタルクの肩にもたれかかってきた。
✧ ✧ ✧ ✧
しどろもどろになってしまったが、無事に伝えられたらなら良いかとシュタルクは胸をなでおろす。
(色々あったけど、終わりよければ全て良しかな)
なんだか今回は、命の危機とかはなかったけど色々考えさせられた。
人の数だけ生き方があり、状況の違いも貧富の差があっても皆が何かと戦っている。
リーリアとフェルンはよく似た姿をしていても全く違う人生で、生き方の違う全くの別人で……
シュタルクのよく知る彼女は今隣りにいる人物でしかないのだと、傍にいて感じる。
「ところで……」
不意にフェルンが思い出したように口を開き
「……リーリア様が、『シュタルク様が私の事を見ているようで見てない』と言っていました。
女性相手に中々失礼な話だと思いますが、いったいリーリア様と話しながら誰のことを考えていたんですか?」
核心を狙い撃ちしてきた。
「……い、いやいやいや、そんな失礼な事してないって……どんなお願いも真摯に対応したよ!?」
「本当ですか?私の目を見ていってください」
笑ってるでもなく、怒ってるでもなく、普段の感情の読みづらい表情。
フェルンの瞳の奥にはフェルンを見つめる自分の影が写っており……
なんだか徐々に……瞳の奥が少しずつ見えるように顔が――
「ッッ?!」
瞬間、フェルンの瞳が閉じた状態となったことで我に返り慌てて顔を離した。
(あっぶない……。いや、俺は今さっき何をしようと……)
動悸がしてゼーゼーとしていると隣でフェルンがクスクスと笑い出した。
「……仕方ないので、いまので良しとします」
そう言って笑うフェルンにシュタルクは「まったく、叶わないな……」と頭をかく。
今日の彼女は、咲き誇る華の裏方に映る目立たない華の影だが
影もまた、美しい華の形のを落とした……それ自身が美しい紫色の華なのであろう。
楽しそうに微笑み咲き誇るフェルンを見てシュタルクは何となくそう思ったのだった。
~ fin ~