葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey - 作:rvr75_raiden
ドタバタしながらも面倒を見始めたら……
どうにもならなくて渋々ながらもメトーデに助けを求めたならば……
というお話です。なにか癖に刺さる点でもあれば。
■男と一人ぼっちの子猫
北側諸国 魔法都市オイサースト
オイサーストは大きな湖畔の中央に築いた都市であり、橋を渡った先の街道外は鬱蒼とした森が広がっている。
街道の近くは比較的安全だが、森の奥には肉食の野生動物や魔物も存在している。
魔法都市オイサーストで登録している魔法使いは任務が課せられることもあり、街道に近い場所で目撃された魔物の駆除などもその一環である。
「アレで最後か」
淡々とした口調で、事務的に中型の魔物の駆除作業を行っていた男が最後の一匹に目を向ける。
今までのものとは異なる大型の体躯とたてがみ、そして大きな牙。
「群れの統率を取っていた個体の様だな」
唸り声を挙げた魔物はその爪を男に向ける。
しかし、その男は眉1つ動かさずその一撃を防いだ。
襲いかかった魔物は妙な感触に驚いて一歩引き下がると、男の全身は黒い翼に包まれていた。
魔物は威嚇するように大きな声で吠えてから更に攻撃を仕掛けてきたが
「遅い」
展開された黒い翼はまるで刃物のように相手に向かって伸び、魔物の首に突き刺さったと思った次の瞬間には魔物のクビが宙を舞っていた。
魔法使いゲナウ。オイサーストの中でも数名しか居ない一級魔法使いの一角。
魔力で編まれた黒翼を顕現させ、攻防一体の戦い方を行う魔法使いだ。もちろん、翼を出さずとも非常に強力な魔法使いではあるのだが。
ゲナウは「やれやれ」と、飛び散った血を防御魔法で防ぎながらその散りざまを見守った。
魔族もそうだが、純粋な魔物はその体成分の大半を魔力で補っている。歳経た高位の存在ほど魔力部分が多い。
魔族などは人前に出てくるものはほぼ全身魔力の塊となっている。
何が言いたいかというと、その手の物は絶命すると魔力が霧散して何も残らないのだが……
下位の魔物はある程度は肉や骨が残る。血も同様にかかれば体液やその匂いが残るのだ。
着衣を折り目正しくオイサーストの一級魔法使いの正装を着こなすゲナウとしてはそう言った汚れは非常に不快だ。
魔物の血でシミを作るなど言語道断である。
―― みゃぁぁぁぁ
そんな折、近くの茂みの奥からそんな鳴き声が聞こえた。
✧ ✧ ✧ ✧
茂みの中で震え、助けの声を上げる子猫には、少し前まで親と兄妹がいた。
幼いその子猫には細かいことはわからないが、同じ血の通った傍にいて安心する存在。
日々兄妹たちと遊び、母から乳をもらい穏やかに過ごす日々が続くのだと感じていた。
それが崩れたのは一瞬の出来事だ。体の大きな、牙の生えた怖いやつが突然自分たちの住処を襲った。
自分たちを守ろうとした母猫は一瞬で真っ二つになりその生涯を無念のうちに終えてしまった。
あとは、地獄絵図だ。本能的な恐怖の導くままに逃げた。兄弟たちが大きな怖いやつに飲み込まれる様を震えて隠れ見ることしか出来なかった。
だが、その後しばらくして、大きくて怖いやつらが大きな唸り声で吠えた後、突然怖い気配がかき消えた。
怖い奴らがいなくなったのだと本能的に子猫は悟った。
そうであるならば、あとはただ、生きているかもしれない兄妹たちを力の限り呼び続けるしか無い。
✧ ✧ ✧ ✧
「子猫……か……」
鳴き声のする方の茂みをかき分けて確認すると一匹の三毛柄の子猫が震えていた。
おそらく、先程の魔物に親兄弟を食い殺される中、一匹だけ残ってしまった様子だ。
可哀想だが、この状態になっては生き残れまい。
魔法協会で魔物の討伐はしているが、自然界で魔物に襲われるのはある種の自然淘汰とも言えなくはない。
こうなった場合、他の肉食の動物の糧となり、自然の営みを回すために尊い犠牲とし―――
――みやぁぁぁぁ、みやぁぁぁぁ、みやぁぁぁぁ
子猫は必死に鳴き声を上げながら、この場で唯一自分以外の生き物として存在するゲナウの元にトコトコと近寄ってくる
「ぐっ……」
心を静に保ちながら、この場で子猫を見殺しにする理由を誰に聞かせるでもなく心のなかで淡々と述べていたゲナウが思わず声に出してうめき声をあげる。
おそらく子猫にとってゲナウ自体は何者かはわからないが魔物や肉食動物のような殺気を感じず、この場の救いになるかもしれないものとして必死に助けを求めているのだろう。
恐怖で身がすくんでいたためから小さく短い足元の動きはぎこちない。……というふうに見ていたらコテンとコケた。
転んでもなお、ゲナウに向かって子猫はみゃあみゃあと声を上げる。
「ッッ……!!」
いつも冷静で冷徹で平静で正しさを是とする魔法使いゲナウの顔は……この任務……いや、ここ数ヶ月の間の任務ではなかったほど苦悶の表情に歪んだ。
■協会施設内に一般動物の持ち込みは……
魔法都市オイサーストの魔法教会本部では、魔法使いになるための各種手続きのほか、任務の成果の一次報告を受け付けている。
協会の受付の事務仕事を生業として勤務しているアミットは、メガネの位置を正しながらゲナウの報告を黙々と聞いている。
まだ若手で少しだけ人見知りをしてしまうが……魔法協会という大きな組織で働くことになったのだ。日々是修行……と、ノートにメモを取っていく。
淡々と、粛々と説明される討伐された魔物の種別、数、特殊個体の特徴、考えられる周囲への影響等々。
相変わらず、生真面目で、厳密で、正確な報告。聞くこちら側も緊張してしまうので……正直な所どうだ?と言われるとちょっと苦手である。
一級魔法使いで、協会内では本当に偉い人だし、先輩方に代わってほしいぐらいだ。
そんな風に思っている最中、突然粛々とした報告を打ち破る事態が起きた。
―― みゃぁ
「はい?」
子猫の鳴き声のようなものが静かなホール内にこだました。
受付の女性は周りを見渡せども猫が入り込んできた気配はない。
という、寧ろかなり間近で鳴かれたようにも聞こえる。
正面で報告書のプレートを持って立っているゲナウ一級魔法使いに視線を戻すと
「ッッ……!!」
なんかめっちゃ汗かいてる!?
✧ ✧ ✧ ✧
違うんだ、待ってくれ、そうではない。
いや、何も違わないが、待ってくれ違うんだ。
頭の中ではいろいろな思考がぐるぐると回る。
要するに……可愛さに絆された。必死に助けを求めてくるもふもふの子猫の放置が出来なかった。
一言で言えばそんな感じだ。
付け加えると、家に置いてくるという選択肢を考慮したが……いや一度協会に戻ると深夜まで自宅には戻らない。
使い魔の鳥達は協会で飼育しているため自宅には檻や柵のようなものはない。
無論鳥かごに猫を入れるのもおかしいのだが……
苦肉の策が、とにかく1度自分の執務室に戻ってなんとかする……だった。
結果は今起きた事態のとおりである。
受付の女性はものすごく怪訝な目つきでこちらを見ている。
「……み、みやぁー」
「あ、今のゲナウさんの猫の鳴き真似だったんですね!一発芸大会の練習ですか?」
と手をパンと叩いた受付の女性は笑った。
――と同時に真顔に戻った。
「って、思う訳ないじゃないですか。
なんで声真似で誤魔化せると思ったんですか?」
「う……」
―― みゃぁ
「こら、顔を出すな……!」
「え……ちょっ……かわッ!!じゃない!」
受付の女性は身を乗り出して手を口に当てていわゆるコソコソ話のポーズを取りながら
「ゲナウさん、判ってるんですか。
使い魔が許されてるから獣の存在自体はグレーですけど、ペットの犬や猫を連れて入ってきて良い場所じゃないんですよ!!」
「判ってる……判ってはいるが事情がある」
不審な目つきは変わらないが乗り出した身を引いた受付の女性はいったん咳払いをしてメガネの位置を直しつつ
「……わかりました、伺いましょう」
と言った。
さて、どうするか。
事情……事情は嘘をつかずに説明するなら「可愛さに絆されて連れてきちゃいました」だ。
まあ、親が魔物に殺されたとかいろいろあるが事情としては焼け石に水だろう。
優秀な使い魔の候補を見つけたので連れ帰ってきた……いや無理だ。子猫すぎる。
まだトコトコ歩きしか出来ない。成猫ではなく生まれてで従属の契約を交わすにしても、それはもう血統書付きに優秀なものでやるやつだ。
こうして答えに詰まって黙っているほど疑いは深まっていく!どうする!?
そう悩んでいる所に救いの手が差し伸べられた。
「その子猫は魔物の襲撃により、魔物化の因子を埋め込まれた可能性があります。1度私達で解析を掛けるのでそのまま通していただけますか?」
穏やかなようで輪とした鈴のような声。隣を通るとたなびく美しいブロンドの髪。そして花の蜜のような甘い香り。
「メトーデ……」
遠征任務時のゲナウのパートナーのメトーデが隣に立っていた。
■無愛想な男と子猫とブロンドの美女
協会内、一級魔法使いに与えられている個室となるゲナウの執務室。
と言っても業務用のデスクは別にあるため、基本的にはそれぞれ個々人の物置兼休憩部屋として使われている。
「ゲナウさんはもう少し計画的に事を運ぶ人だと思っていました」
「……悪かったな」
メトーデが苦言を言いながらも顔がほころんでいるのは魔法で編んだ猫じゃらしのようなものを棒の先に付けて子猫を文字通りじゃらしているからだ。
絨毯の敷かれた部屋床でトコトコとおぼつかない足取りで子猫はメトーデの操る猫じゃらしを必死に追いかけている。
「生後1ヶ月から2ヶ月といったところでしょうか」
冷静に分析しながらメトーデは子猫で遊んでいる。
結局入口の問答はメトーデの言い分で通した。流石というかなんというか、あんな理屈で丸め込めるのかと呆れを通り越した感心を覚える。
ゲナウには到底真似ができない。
「紛いなりにも一応、あの理屈で通したんだ。分析はしないのか?」
「もうやりましたよ、さっき抱き上げたときに」
「早いな……」
先程までのほころんだ顔から一転してメトーデの顔が真顔になる。
「ゲナウさん。冷静に聴いてください」
まさか、嘘から出た真とで何か魔物にされているというのかとゲナウは構える
「この子、三毛猫ですが、オスです」
「そうか……」
なるほどといった顔で返すと意外だったのかメトーデはキョトンとした顔となる。
「いえ、この子は三毛猫のオスなんですよ」
「いや、魔物化とか毒とかそういうのはどうした?」
「ああ、それは別に何も」
つまり他に問題ないのだなとゲナウは胸を撫で下ろす。
「もちろん感染症などは動物専門医に見せたほうが良いですが……
そんなことより三毛猫のオスです」
「いや、何故そこを強調するのだ?」
「ご存じないのですか?あるいはだから連れて帰った可能性もあるかと思ったのですが。本当に偶然なんですね」
「???」
怪訝な顔で返すとメトーデはため息を付きながら「わかりました。説明します」と告げた。
✧ ✧ ✧ ✧
三毛猫という種の猫は親から受け継ぐ毛並みの因子関係でほとんどのケースで雌となる。
雄というのは、極稀にしか生まれない……というのがメトーデから聞いた話。
親から子が受け継ぐ因子に関してはまだ研究途中の領域だ。
ゲナウも聞きかじりの知識しか無い。ただ、三毛猫の雄という存在に関しては理由はさておき観測される限りは非常に稀だというのは事実らしい。
「なるほど……」
子猫を抱き上げたゲナウは感慨深げに呟いた。
されるがままにぶらーんとした子猫はつぶらな目でゲナウを見ている。
出会った時から打って変わって身の安全を確信したためだろうか随分と大人しくなった。
「存在の希少性というのは、周囲から受ける思念の強まりにより魔法や霊的な意味での格が上がります」
「使い魔としての優秀さは個体の頭の良さや単純な強さに依存しやすいが」
ゲナウも数匹の鳥を使い魔としているため、それなりに知識はある。
普通の動物は魔法を使えないため、魔力の高さはそこまで優秀さには影響しない。だが……
「はい、儀式用の呪物としての価値が上がります」
呪物。個人の魔力を練り上げるのが通常の魔法だが、触媒を仲介することにより威力や効果を増幅させる事ができる。
古くは家畜の首を祈祷の生贄に捧げていたような時代もある。
原理的には同様、それそのものの魔力や信仰等を使って発動の魔法を強化する。
「協会としては、ゼーリエ様が随分と前に人道に反する呪物の利用に関しては厳しく禁じたはずだが」
この手のものは際限がなくなると最終的に行き着くのは人身御供。
呪物として最高位なものは人の魂そのものとなってしまう。それはもう人の所業ではない。
それ故に、生物を呪物として扱うことは随分と昔から禁忌としている。
「もちろん、そのとおりです。
ですが、綺麗事だけで済むのであれば我々一級魔法使いの仕事はもう少し楽でしょう」
「……」
それは、メトーデの言う通り。
禁じるということは誰かが破る可能性はあるということだ。
一般の人間は気にしなくとも自分たちは気を払わなければならない。
抱えた子猫を心配そうに見つめるゲナウの様子を見たメトーデは小さく微笑みつつもやれやれという様子で嘆息した。
「まあ、言ったところで猫ですし、そうそう懸念するような事態にもならないでしょう。
三毛猫の雄だという話も純粋に珍しい事だと受け取っていただければよいかと」
「……そうか」
ゲナウという人物は、相変わらずだ。力のない者に対してとことん甘い。
戦えない人だけかと思っていたらまさか拾った猫にまで……
と、メトーデは呆れた様な感想を持つ共に、また一つ彼の事が理解できた事を嬉しく思える。
一級魔法使いの中でもゲナウは北部高原の魔物や魔族討伐の先発隊長とも言える立場だ。
こんな小さな日常で子猫に癒やされるぐらいに日があってもいいだろう。
■そばに置くべきか置かざるべきか
『名前を決めないのですか?』
仕事があるからと部屋を出ていったメトーデが残した言葉はこの子猫の名前はどうするのか?
という話だ。
ゲナウは名付けはしないと返した。
魔法使いという立場で魂と意識の階位に差のある者の間で名付けというのは一種の主従契約に近い。
使い魔とする場合はもう少し細かい手続きが必要となるが、自分が名前をつけるとある種使い魔化の準備状態になりかねない。
子猫はメトーデと遊び疲れたのか現在はゲナウの膝上で寝ている。
要するに動けないので、とりあえず溜まった書類仕事に従事している。
さて、ここで考えなければいけないことが一つ。
この子猫をいつまで自分の手元に置くべきか……という事だ。
今のゲナウの主な任務の内容的に数日間家に帰らないことなどザラだ。
管理を協会に任せている使いの鳥たちと違ってペットのような動物を飼うのはとにかく向いていない。
「………」
なんとなしに膝上ですやすやと眠る猫背を撫でると子猫は
「なあに?」とばかりに1度頭を上げてからまた位置を直して眠りについた。
「お前を幸せにしてくれる……適した人間を、里親を……探すべきではあるんだろうな」
子猫の仕草を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えた。
ここで困ったことがある。自分の知り合いはほぼ魔法使い関係者だ……
友人、と言って良いのかどうかはわからないがそれに近しい者もほぼ同僚となる。
寝に帰る家も正直ご近所付き合いなどろくにしていない。
一級魔法使いという肩書が重荷になって一般の人とうまく付き合えない……というのはただの言いわけだがまあ苦手だ。
「任せられる人間がいない……」
友だちが少ないのではない。人付き合いの人選に慎重なだけだ。
そう、決してそんなことは……ない……。ないと思う。
手慣れていそうなメトーデ……いや、そもそも一級魔法使いだと状況が変わらん。
というか、遠征だとほぼ自分と一緒なので本当に何も変わらない。
ならば、ゼンゼやファルシュ……は無理だな。と当人たちには割と失礼な物言いだが長い付き合いからそう結論づける。
ゼーリエ様は……
『猫だと……気がついたら老衰していなくなってしまうだけだろう。くだらん』
とか言いそうだし、どんな顔でお願いすればいいのかわからない。
……実際は割と意外に可愛いものも愛でるタイプなのだが……
神話の時代レベルの大魔法使いのそんな一面を理解してるのは現状フリーレンとレルネンぐらいである。
わからない。というか、人選が駄目すぎる。
いつどこでどんな任務につくかわからない一級魔法使いなどではなく……
一般の、程々に生活のしっかりした職のそういう幸せな家に預けられるべきなのだろう。
■一級魔法使い流のやり方
そろそろ日が沈む夕刻、一般の終業の時間。
結局その日は午前中から昼過ぎまでフィールドワーク的に魔物の駆除をしていたので、その後終日デスクワークで過ごした。
膝の上の猫が寝続けていたためだが……
普段なら日が沈み外が真っ暗闇になっても余裕で残業するゲナウだが、本日はそうもいかぬ事情に悩まされていた。
子猫が腹をすかせて鳴き始めたのだ。
慌てて部屋に遮音の魔法を展開し、調理部まで行ってミルクと小皿を拝借し部屋に戻りミルクを与えようとしてみる。
「どうした、飲まないのか?」
ミルクを皿に入れて差し出しても泣き止まない。
「まだ離乳が済んでいないのでしょう……それに子猫に一般のミルクはダメですよ」
ハラリの視界の横に流れるように入り込む美しいブロンドヘアと遅れてやってくる甘い香り。
「メトーデ、ノックをしろ……」
「しましたが、応答がなかったので」
「応答がなかったからと言って勝手にだな……いやいい。どういうこと……っだ!?」
顔を上げるとにこりと笑う、メトーデの顔が真正面にあって思わず後ずさる。
「まず、ミルクは人間が飲めるようにした牛やヤギの乳です。
飲むにはもう少し成長してからですね……」
「そ、そうなのか……」
なんでこいつこんなに詳しいんだと思わなくもないが。
生物学の知識力の差と言われると完全に言い負かされてしまうためとりあえず黙って聞いておく。
「かといって、猫の乳等手に入る訳もないので……」
メトーデは猫の頭に指を当てて解析するように魔法を展開する。
何かを読み取ったらしい彼女はそのままミルクの方を手を当てて魔法を展開し始めた。
ゲナウの知らない魔法だ。となると女神の魔法の類か。
そんなゲナウの視線から思考が読めたのかなんなのか……
「女神の魔法も混ぜていますが、私のオリジナルです。
用途が生活魔法の域なのでどこにも公開していません」
「どういう……」
「表向きには、甘いものをしょっぱくするとか物の味を変える魔法です」
確かに、その手のくだらない魔法は民間魔法の野良魔法的に語り継がれる類のものだ。
意外に便利なものもあると言えばあるのだが、魔導図書の中に入り語り継がれるようになるのは稀だ。
「要するに、有機物の強制的な性質変化です。
対象は魂や精神が宿らない、魔法抵抗の無いものに限られますが」
しれっと言っているがとんでもないことをやり始めた。
本当に何なのだ、こいつは……
「完成しました」
「これで……飲めるのか?」
先程からお腹が空いたとみゃあみゃあ泣いている子猫に申し訳なく思いつつメトーデに問う。
「いえ、無理でしょう」
どうしろというのだ!と突っ込む前にメトーデは語りだす。
「おそらく母親の乳から飲んでいたのでしょう。まだ、それ以外の方法を知らないのです。
飲んでもらうには哺乳瓶からが良いでしょう」
「そんなもの、ここにはないぞ……」
魔法協会にそんなものは……
「いえ、ありますよ」
「はあ……?」
「協会には託児施設があります。ゼーリエ様がその手の福利にはこだわる方ですから……知らなかったのですか?」
「……」
興味が無さすぎて、全然知らなかった……。
まさか自分より随分新参のメトーデに施設の話で教えられるとは……いや、もう今日は圧倒されっぱなしだが。
「という訳で、一本借りてきました。
ゲナウさんが必要としているようなのでと」
「そうか、何から何まですまな……いや、まて、お前……
そんな言伝で借りてきたのか?
私が……必要としている……と……」
「はい」
待ってくれ。いま、現場は……どんな騒ぎになっている!?
✧ ✧ ✧ ✧
なお、件の施設のスタッフたちは
「いま、メトーデ様が『ゲナウさんが使うから』と哺乳瓶を借りていきましたけど……どういうことだと思います?」
「それは、お前あれだろ哺乳瓶なんだから赤ちゃんとか……」
「いや、いたらこちらに来るでしょうし……そもそも誰の子……?
メトーデ様はめちゃくちゃいつも通りでしたし」
という混乱の末、『ゲナウが哺乳瓶を必要としている』という部分だけがひとり歩きし
「え……そういう、プレイを……メトーデ様と……?」
という話が、真実しやかに噂となって流れ始めていた。
■猫がいる日常と魔法使い
ゲナウがメトーデと哺乳瓶を使った何らかをしているという噂をねじ伏せていた翌日。
そんな事実など知る由もない、アミットは今日も今日とて協会の受付に立ち来訪者の案内をしている。
そんな中、見知った顔が通りがかって来たのを見つけた。
「こんにちは、ゲナウさん」
「ああ」
実にくだらないトラブルではあったが、袖触れ合うも他生の縁。
なんとなく、ゲナウという一見物騒な人物の人となりが少し見えたことで苦手意識がちょっとだけ消えた。
想像していたより、ずっと普通の人なのだと理解した。
何より、可愛い犬や猫を好きな人に悪い人はいない……というのは彼女の持論だが。
まあ、きっとそんなに的外れでもない筈だ。
そんな訳で思い切って声をかけてみた。
「子猫ちゃん、大丈夫でしたか?」
魔物被害にあって何らかの毒に感染した(可能性がある)という話をメトーデから聞いた彼女は、そう協会内部にも報告している。
「あの後、メトーデに確認を取ってもらった。特に何もないそうだ」
「よかったぁ~、まだ小さい可愛い子でしたからね。問題なさそうで安心しました」
安心したアミットは胸を撫で下ろす。
が、ゲナウの方は若干申し訳無さげな表情を見せている。
そんな様子を疑問に思いつつも、子猫のその後が気になったのでもう少し突っ込んで聞いてみる。
「今日はご自宅でお留守番ですか?
奥様とかが見てくれてるんでしょうか?」
と、聞いた辺りで
――みぃ
聞き覚えのある子猫の声が聞こえ……
ゲナウの持っていたカバンの中から顔を出す子猫。
「くっ……こら」
「えっ」
「いや、そのだな……あいにく独身なのでな……部屋に一匹置いておく訳にもいかず」
「えぇ……」
どうやら、今日も……余計な仕事が増えてしまうようだ。
✧ ✧ ✧ ✧
『やるならせめてもっと上手く誤魔化してください!』
というのは受付の女性からの苦言。
カバンから顔を出して鳴き声を上げたことでこっそりと連れてきているのがバレてしまった。
協会の中庭。きれいに整えられた芝生の上を恐る恐る歩き回っている子猫の周りは魔法で形成した土の柵で囲まれている。
結局、受付の女性に叱られるままにあれこれと手続きをして特別許可をもらった。
ついた条件は。そのまま施設内に入れるんじゃないという話。
せめてゲナウの個人の執務スペースにならどうに駆らないかと申請を上げていていて、書類は現在施設課の中でスタンプラリーにかかっている。
そんな大人たちの奔走を小さな子猫が知るはずもなく現在は風でゆらゆら揺れる背の高い観葉植物の葉を前足でパシパシ叩きながらじゃれついている。
そんな様子を見ていると背後から覚えのある魔力が一つ
「ゲナウ」
近づいてきているのはなんとなく気付いていた。
「なんだ、ゼンゼ」
「いま中庭でゲナウの変わった様子が見れると聞いてな」
「誰が言っていた?」
「メトーデだ」
予想はできてたのだが、眉間の値に指を当てながら頭痛に耐える。
相変わらず絶妙に困りはしないが、眉を寄せざる得ない程度の牽制を撃ってくるやつだ。
「お前がこんな普通に情にほだされた行動を取るとはたしかに意外だったな」
ゼンゼはそう言いながら髪を伸ばして子猫の前でフリフリと動かす。
子猫も眼の前にやって来た妙なモノに若干警戒しつつも、細かく動くそれに本能的に飛びついてしまう。
勢いよく……と言っても所詮はまだ小さな子猫のそれなので大したことはないのだが……とにかくぴょいと飛びついたそれをゼンゼが回避したことにより子猫はコテンと転がった。
その様子を見たゼンゼはくすりと笑って表情を崩した。
彼女にしては珍しいなと思ったが、まあ、あの様子をみて嫌悪感を抱くものもいないかと思い直す。
「可愛いじゃないか。お前がこうして保護しているのも判る気がする」
「そうか……」
「で、どうするんだ?」
「どうするとは?」
聞き返すと、ゼンゼはやれやれという表情で答える。
「私達一級魔法使いの仕事は市政一般の人達に比べると長期遠征が多い。
いちいち説明するまでもないが、独り身の人間がこんな子猫を飼うに適しているとは思わんが……育てるつもりなのか」
「……」
いちいち痛い所を突いてくる。
「いつまでも続けられるとは思っていない。新たな飼い主は探す」
「なら早くするべきだな。長引くと……反動は大きいぞ」
「そうなる前に引き渡すつもりだ」
「……ならいい。さて、私はそろそろ行くよ」
一級魔法使いとしては概ね同世代で付き合いの長い彼女の言いたいことは……
わからない訳ではない。全く持ってその通りだと思う。
とはいえ、どうしたものやら……
去っていくゼンゼと入れ替わりで背の高い、長いブロンドの髪を揺らした女性がこちらにやってくるのが見えた。
「……来客の多い日だな」
「ゲナウさん、先程回していた書類の申請通っていましたよ。
当人の責任の及ぶ範囲で責任を持てと。ただし、部屋を汚した場合の洗浄費はゲナウさんの給料から天引きするそうです」
現金なことだが……まあ、自分の執務室だとしても協会の設備だ。
これは当然のことだろう。
そう言ってゲナウの隣まで歩いてきたメトーデは限定的に許可したという内容の書類をゲナウに差し出す。
「それと……」
付け加えた言葉とともに少し表情を変えたメトーデ。
「来月。
北部高原の村を狙い出したという二つ名つきの魔族の対処を現地の担当者から引き継ぎ、
我々で狩れとゼーリエ様からの言伝です」
なるほど、そういうことか。
二つ名持ちの魔族は何らかの厄介な魔法を使い、大抵は狡猾だ。
一級魔法使いの存在を理解し、向こうもある程度対策を取ってくる。
要するに、討伐には時間がかかる。
判っていた事だ。こういうことになるのは。
ただ、タイムリミットがついただけの話。
✧ ✧ ✧ ✧
先日口酸っぱく注意をして、協会の館内に色々手を回してゲナウの猫同伴許可を取り付けた受付のアミット。
これ以上はもう何も起こらないだろうと、今日の業務に勤しんでいると
猫を入れて運べるケースを用意したらしいゲナウが子猫を連れて出勤してくる姿を見かけた。
「おはようございます。
今日はケースに入れてもらってるんですね」
「ああ、昨日は色々迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
以前は遠目に慇懃無礼な人となりを想像していたのだが。
そうでなはないと理解してからは素直に話が聞ける気がした。
「そういう時は、謝罪ではなく感謝の言葉のほうが嬉しいですね」
「そうか、そうだな。ありがとう」
「どういたしまして。そういうお仕事ですから」
初めて日は随分汚れていたが今はすっかり毛並みも綺麗になっている。
まだまだ幼いものの拾ってきた猫から飼い猫に変わったという感じはする。
「そう言えば、その子の名前何て言うんですか?」
なんとなく気になってゲナウに思い切って聞いてみるが、かえって来たのは予想外の言葉だった。
「名前は……付ける気がない」
「えっ……どうして? 飼われるのであれば愛着ある名前をつけてあげたほうが……」
随分とかわいがっているように見えていたので、ゲナウの言葉が意外だったアミットは疑問を口にする。
「名付けに従属契約的な効力が出たとしても、解呪事態は可能ですし……」
催促する訳では無いが、名前がないのは……少しさみしい事だと思う。
そうは思うのだが、ゲナウの口にした言葉は彼女にとっては予想外の話だった。
「違う。私が、この子を飼う……つもりがない……」
「そう……なんですか? とても大切にしているように見えましたけど」
「助けてしまった人間として最低限の責任だ」
出来るだけ冷たく距離を置こうとする様な言い方は、まるで言い訳を探しているようにも見えた。
「実は引き取り手を探している。
俺のような任務で所在のあやふやではない人間が良いと思っているのだが……心当たりあれば探してもらえるだろうか?」
「ゲナウさんは……それで良いんですか?」
「ああ、構わない。
近くまた長期で任務に出る。それまでに決めなければならないことだ」
どうやら決意は硬いようだ。
しかし、本当に良いのだろうか?
■迷い猫
それからしばらくの間、引き取り手を探しつつ、メトーデの手を借りつつ、生活の方手間で引き取ってしまった子猫の面倒を見る日々が続いた。
『あのゲナウが、子猫を育てている』
『希少価値のある珍しい猫らしい』
『無愛想な人が猫を甲斐甲斐しく飼うのはちょっと可愛い』
『メトーデ様が足繁く通っているらしい……気を引くためか?』
などなど、あれやこれや噂には絶えない日々が続いている。
最後のは失礼極まりない……そんな訳がないだろう。
と、ゲナウは思ってはいるのだが実際手は借りまくっているし、言い訳をすると余計にこじれるのは判っている。
なんなら、下手に触れると他ならぬメトーデが話を引っ掻き回すケースが有るのでもう噂に飽きて忘れてもらうのが一番平和だ。
猫の方も徐々に離乳食を口にするようになった。ちょうど切り替わりの時期だったのだろう。
ふやかした市販の餌を食べるようになってくれたので少し楽になった。
トイレも覚えたらしい。とても利口な子だ。
用意した猫用のトイレで用をたしてくれたのを見届けたゲナウは感慨深く頷いていた。
まあ、とにかく、餌が変わり足腰が徐々にしっかりしてきたのか、拾った時より、元気に走り回るようになっていた。
✧ ✧ ✧ ✧
そんな状況に変化が訪れたのは遠征まであと一週間と近づいてきた頃。
どんな時でも冷静に、正確に、対処する事を信条とするゲナウは焦っていた。
もともと、なんとか引き取り手を……という理由でも焦っていたのだが今回は別だ。
ちょっとした油断。離席して、部屋を空けてから戻って仕事を続けていたのだがふと違和感に気づいた。
静かすぎる。 普段であればそれが当然だったのだが、今はそうではない。
ケージからでた子猫が何かにじゃれつき走り回っていた音が聞こえてこないことに気づいた。
「おい……」
隠れ場所として心当たりのある場所を覗き込んでもどこにもいない。
という訳で、どうやら部屋を空けていた隙に外に出てしまったようだ。
好奇心と気まぐれで飛び出したのか、ゲナウを追いかけたのはわからないがとにかく部屋にはいない。
「まずいな……」
二重の意味でまずい。
1つ目、ゲナウの部屋の外に出た段階で許可が降りていない。部屋の外に出した時点で規約違反だ。これは良くない……とても良くない……
2つ目、オスの三毛猫という情報は報告に含んでいるため公開情報となっている。いわゆる希少価値を見越して連れ去られる可能性は否定できない……
ちなみに2点目の問題は協会の設備内でまず発生しないのだが……
ちょっと今のゲナウはかなりバイアスが傾いており焦りは止まらない。
✧ ✧ ✧ ✧
「小動物の追跡魔法ですか……使えなくもないですが、時間が経つと効力が薄いですね」
苦虫を噛みしめるような気持ちでメトーデに頼み込んだが色よい回答は返ってこなかった。
トレースは生物の魔力的な痕跡をたどるものだ。
時間とともに付着した魔力は霧散する。
「そうか……」
ゲナウでも使えるので試したのだが、失敗した。
メトーデならばあるいは……と思って聞いてみたが、他の方法を検討するしかない。
「……わかりました。協会内でやると少し迷惑がかかりますが……感知ソナーを飛ばしましょう」
魔法使いのソナーは魔力を持つものの気配を探索出来るが、女神の魔法のそれはもっと高度なものだ。
生物の存在の探知までが可能となる。
「わかった。報告は俺からやろう。頼めるか?」
そう頼むと、メトーデはやれやれと表情を崩して了承した。
✧ ✧ ✧ ✧
「ん?」
今日は正面口の受付ではなく、協会内部の職務室で事務仕事をしていたアミットは妙な気配に眉を寄せた。
協会に勤めるものは、大なり小なり魔法の心得はある。
もちろん事務員として働くアミットは魔法使いの資格は持たない、民間の生活魔法なら使える程度のものだ。
とはいえ、一級魔法使いクラスの人間が放った魔力波であるソナーが来たことぐらいは感知できる。
「こんな魔法使いの多い施設内でソナーだなんて……」
何かあったのだろうか?
怪訝に思っていると見知った顔が部屋に入ってきた。
「申し訳ない、今のは試験ソナーだ。
こちらが書類だ。特に問題ない旨の連絡を回してくれるか?」
「ゲナウさん……?」
「……君か……」
少し慌てている様子だったのでとりあえず、書類を受け取って目を通す。
記載内容に……不備はない。
しかし、理由の欄にある「施設内に侵入した生物の探索」とは……
「……あのー、勘違いだったら申し訳ないのですけど。
もしかして子猫ちゃん、迷子になりました?」
「うぐっ……」
ここ最近のやり取りでわかったのだが……この人、嘘とか誤魔化しがめちゃくちゃ下手だな。
眼の前で狼狽える一級魔法使いをみてアミットは何となくそう思った。
✧ ✧ ✧ ✧
「なるほど。部屋を空けた隙に……」
「そう……なる。すまない。申請外の行動を取ってしまった。
処罰は甘んじて受けよう」
なんというか、真面目な人だ……
「いや、流石にそんなことで処罰なんて起きないですよ」
せいぜい報告書の提示で終わる。
「それで、メトーデさんが探知のためにソナーを……」
「はい。私のものですので、協会内にはそう報告していただけると」
なんだかんだと、そろいもそろって世話の焼ける人達だな……とアミットは苦笑した。
だが、こういう人達を支えるのが協会職員の役目ではあるのだろう。
「わかりました。私の方で書類回しておきます。
終わったら探すの手伝いますよ」
「いや……流石にそこまでは迷惑がかけられないだろう」
「そんなこと言ったら……最初に見つけたときから何も変わりませんよ。
迷惑と思っているなら、関わったりません。
知っちゃったら……放っておけないじゃないですか」
「……そうか」
そう言ってゲナウは頷いてから考え込む様子を見せた
「早く見つけてあげましょう。子猫ちゃんは小さな男の子ですよね。
きっと、寂しがってます」
笑ってそう伝えると、ゲナウとメトーデは相互に頷いてから部屋から出ていった。
✧ ✧ ✧ ✧
「決まったのではないのですか?」
というのは共に部屋を出たメトーデの言葉。
「何がだ?」
「あの子のこの後のことです」
相変わらず、人の考えていることを勝手に見透かしたような口ぶりで言ってくれる。
「まだ、わからないだろう。飼える環境にない場合もある」
「以前お話したことがあります。彼女はお母様と二人暮らしでこの街に住んでいる子です。
それに、協会職員の一般的給与水準からするとそう様々な観点から問題は無いと思いますよ」
いつの間にそんな事を聞き出していたのか。
ゲナウが協会職員の女性に家庭の事情を聞くのはとても敷居が高いのでありがたい情報ではあるのだが……
「まあ、何にしても、お願いする対象が居ないとどうにもならんだろう」
そう言うと、メトーデはくすくすと笑いながら「そうですね」とゲナウの後に続いた。
■屋根上の子猫
アミットが一通り手続きと連絡を終えた後に、他の協会員にゲナウとメトーデの場所を聞いて駆けつけた場所はゲナウたちの執務室のあるフロアの1階層上のフロア。
謁見室に行く方向について行ったのだろうか?
「見つかりましたか?」
小走りで駆けつけたアミットはゲナウとメトーデに問うとふたりとも首を振った。
「ソナーを撃ったエリアから移動してしまったようですね。
迷子になって怯えて慌てているのかも知れません」
確かに、こういう状態になると本能的な判断に任せて逃げ回り隠れてしまう。
「うーん……となると……」
この辺で子猫ぐらいの大きさの子が入ってしまいそうな場所は
「あれか」
とゲナウが指した先にあったのは排気ダスト。
本来は蓋がしてあるはずなのだが、何かの拍子で外れていた箇所がある。
メトーデが近づきトレースの魔法を展開すると小さな足跡が入っていく跡が見える。
「この先は……?」
と問うメトーデ。
「多分ですけど、屋外の屋根側の口につながると思います。
基本は蓋がついてますが……もし子猫が通れるような場所があれば外に出てるかも」
正確な構造はわからないがおそらくそうなっていると思う。
「わかった……我々が外に出て確認しよう。君はここで待っていてくれ」
「……はい」
そういったゲナウとメトーデはそそくさとこの場を去って1階の出口方向へ向かった。
しかし、屋根に出てしまうと危ない。大人の猫なら問題ないがまだ生後数ヶ月の子猫では高所からの転落は命に関わる。
「私も……!」
✧ ✧ ✧ ✧
「ひえええ、たかいーーー」
1フロア上に上がると窓から外に出られる。「よし!」と胸の前で小さく拳を握った彼女はそこから外に出たわけだが……
生活魔法が使えるとは言え、所詮は一般人のアミットは当然飛行魔法等は使えない。
2階以上の高さから落ちたら怪我は避けられないし、高いと怖い。
「子猫ちゃーん! ああ、やっぱりこういうときに名前が無いの不便ですよゲナウさーん」
――みゃぁぁ
「!?」
聞こえた!
斜面から滑り落ちないように壁に手を当てながら恐る恐る移動した角の先、見知った三毛の毛並みの子猫が震えて座り込んでいた。
おそらくバタバタと排気口を走り外に出た先がここで途方に暮れていたのだろう。
「よかった、いた。おいで……帰ろう」
膝をついて、手を差し伸べながらゆっくりと近づく。
「逃げないでね……私も……めちゃくちゃ……怖いから……」
指を揺らしながら子猫を誘う。
こんな状況で寄って来てくれるのかはもうわかりようもないが他に方法も思いつかない。
子猫に向かって手を伸ばす……子猫はどうしていいものかを迷っているようだ。
この際、逃げ出さないなら何でもいい。確保さえできれば。
――あと5センチ……
「おいで~」
――あと3センチ……
「ゲナウさんもメトーデさんも待ってますよ~」
――あと1センチ……
よし、つかめる!! ……と思った瞬間、子猫はぴょんっと後ろに引いてしまった。
「危ない!!」
とっさに、勢いで、致し方なく、他にどうしようもなく。
後ろに飛んでしまった子猫に勢いよく飛びつきキャッチする。
「……よかったぁ―――ッッ!?」
掴んだと思ったが、斜面に向かって飛び出したためバランスが悪い。
(あっ……、これは……だめだ……)
そのままアミットは猫を抱えたまま、屋根の縁の外に転がり出てしまった。
✧ ✧ ✧ ✧
(ごめんなさい、お母さん。今日のご飯一緒に食べられないかも)
一瞬頭に浮かんだのは、家にいる母と食べる今日の夕飯のことだった。
命の危機ならもっと走馬灯のようなものが次々に流れると聞いたのだが……
落ちたら助からないだろうか?今抱えるこの子は無事に済むだろうか?
ゲナウさんやメトーデさん、話してみたらとても楽しい人達で……
他の魔法使いの人たちとももっと仲良くなればよかった……
そんなことで思考がぐるぐる回る。
だが、それれでも、これだけは……
――ごめんね。ちゃんと守るから!
胸元にいる子猫を上に自分が下になるように方向を変えたアミットは転落を覚悟した瞬間。
視界に映ったのは舞い踊る黒い羽だった。
■救いの黒翼
「まったく……どうしてこうなっている?」
「あれ……?」
協会の建造物外に出たゲナウとメトーデが早速、飛行魔法で協会の建物を一周する中で見かけたのは子猫を抱えて転落する瞬間のアミットの姿だった。
その後は当然、抱えて助けたわけだが
「ここは……天国? 迎えはゲナウさん顔の天使……?」
何を言ってるんだこいつは? と思ったら助ける際に加速のために黒翼を展開してしまっていた。
そんな天使が来たら嫌すぎる。
翼を見て変な勘違いをしているようだ。
「落ち着け、普通に助かっている。
地面に激突などしていない。すぐに地面に下ろすから動くな」
「は、はい……」
目を丸くした受付の彼女はようやく状況を把握したようだ。
ゆっくりと着地した先にはメトーデが待っていた。
「細かい擦り傷の治療しますので、降ろしていただけますか?」
「立てるか?」
「は、はい」
地面に下ろすとふらふらとよろめき、子猫を抱いたまま地面にペタンと座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」 とメトーデが擦りむいた膝に回復魔法を掛け始めた。
「あは、あはははは……腰、抜けちゃいました」
「無理もない……何故あんな事を?」
下手をすれば、命に関わる事故だった。
彼女はそれでも助けに行った。魔法で飛べるわけでもないにも関わらず。
それにはいかほどの覚悟が必要だったのだろう。
「何ででしょう? ほんと……何ででしょうね?
わかりません。でも、ほら……」
彼女の胸元ではようやく安心出来ると知った子猫がゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「勝手をして、すいませんでした。
でもゲナウさん、この子助かりました。間に合いました」
そう言って、抱きかかえた子猫を差し出してきた彼女にゲナウは――
■黒翼と子猫
「ゲナウさん、準備はできましたか?」
あれから2ヶ月ほど経った。
ゲナウとメトーデは任務地の魔族討伐を終えて帰ってきたばかりだが。
いつもの一級魔法使いの服からカジュアルな私服に着替えている。
見る人が見ればデートにでも出るのか? というような様相。
「いまいち、似合いませんね」
と笑うメトーデに「うるさい」と返したゲナウは鏡を見てため息を付いた。
まあ、似合ってはいないと言えばそうかもしれない。
今日は、アミットの家にメトーデと共に訪問する事になっている。
もちろん目的は……
「アミットさん。子猫を受け入れてくれて本当に良かったですね」
「ああ……」
里親として出した猫の様子を見るためだ。
メトーデが同行するのは、世間体考えるとゲナウが一人で行くと妙な勘ぐりを受けてしまうから。
そんな理由でゲナウから頼み込んだ。
苦笑混じりのメトーデがそれを受け入れた条件が
「友人の家に行くのですから、一級魔法使いのローブは脱ぐべきですね」
といったもの。
渋々了承したゲナウだったが結局それらしい私服を持たなかったゲナウは昨日メトーデに見繕ってもらっている。
っと、考えると似合わないとは中々失礼な話ではある。
✧ ✧ ✧ ✧
オイサーストの住宅街の中の一軒家。アミットはそこで母とともに暮らしている……らしい。
実は預けるその直前まで、彼女の名前すら把握してなかった。
子猫を預けると申し出た時に慌てて初めて名前を聞いたのだが、その時彼女には目を丸くしてから爆笑されてしまった。
こちらとしては失礼を承知の上でたいへん申し訳ない気持ちで聞いたのだが
『……メトーデさん、本当に、なんというか、ゲナウさんってこんな人だったんですね』
とお腹を抱えておかしそうに笑うアミットにメトーデは
『ええ……、失礼で、無愛想で、可愛いでしょう?』
と苦笑しながら答えていた。何なのだ一体……
それはさておき、ドアをノックすると「はいー」という返事と共にパタパタと足音が近づいてきてドアが開いた。
「おかえりなさい。ゲナウさん、メトーデさん」
と嬉しそうに迎えた彼女の胸元には、あの日預けた日から一回り大きくなった子猫が抱かれていた。
ゲナウとメトーデを確認した瞬間、子猫はアミットの腕から飛び降りる。
「あっ」
「あら……」
子猫はゴロゴロと喉を鳴らしながらゲナウの脚に頭をこすりつけ始めた。
忘れられている可能性も考慮していたがどうやら覚えていてくれたらしい。
「ゲナウさんとメトーデさんが食事やおトイレのしつけをしていてくれたおかげであっという間にうちに慣れたんですけど……
やっぱり命の恩人の事、覚えていてるんですね」
どうやら、新しい家でも上手くやっているらしい。
先ほどからゲナウの足元で頭をすり付けながら8の地に回転する子猫に向かってかがんだゲナウは子猫を頭を撫でる。
「あの日、お前の家族を救えなかったが……お前は、今幸せか?」
そう、声を掛けるゲナウに子猫は肯定するように
―― にゃぁ
と嬉しそうに鳴いた。
~ fin ~