現代社会にTS転生したら才能の上限値と成長曲線を可視化できる目を持っていたのだが私には呪いとなった 作:TSと曇りと才能論好き
TSと曇りと人間讃歌と勘違いものが好きです。
春先の突風によって葉が舞う寒さが残る朝、
今日も2回目の高校生としての生活が始まる。
私は転生者である。
前世ではしがない社会人だったのが、寿命ではなく死んだらしい。死ぬ前の記憶は曖昧だ。
生まれ変わったこと、前世の記憶があること、それだけでも常識どころか世界の法則のルール外なのではと思うが、
更に悪いことに、前世とは性別が変わり、肉体的には女性となっている。
それも長くしても絹のような艷やかさが微塵も失われない金色(こんじき)の髪(祖母がイギリス人で家族内で髪色が覚醒遺伝したらしい)、美しいと可愛いの間で大人になる前の少女の可憐さを残した顔、175cmの身長と女子にしては高めの身長にモデル体型といえるスタイル、絶世の美少女と言えるほどの容姿を与えられている。
そして、これが私の変わっている部分の最後にして最も厄介な情報なのだが、
私には人間の才能の領域・上限値・成長曲線が見える『目』が生まれてもって備わっている。
与えられた理由も能力の原理も謎の力だが、私は相手を認識するとその人の才能を見ることができる。
例えば、Aさんの基礎運動能力の才能は、上限が50、上がり方は早熟型で早めに頭打ち、球技に関しては、上限が70で高め、舞踊系に関しては上限が40程度といったようなものが、学力や感情表現能力など、複数の方向性に見えるのだ。
この『目』によって最初は今世を充実したものにしようと思ったことだが、悲喜こもごもあり既にその気力はなく意欲のツルギは折れており。
どこにでもいる女子高生として、しかし内部に男性性の人格と記憶を宿す異物として、世界を刺激しないように日々を過ごしており、何も変わらない日のはずだった。
だが――――。
「両親の仕事の関係で埼玉県から転校してきた雨宮(あまみや)です、よろしくお願いいたします。」
「――――はっ?」
先生と共に教室に入ってきた黒髪の少年にぼんやりと視線を合わせた時、呆然となった。
あまりに圧倒的な才能の上限値を見たからだ。
私の感覚を無理やり数値化すると、一般の人は大抵どこかの領域に才能があったとして上限値が100程度だ。しかし転校生というその男子生徒はある部分に関して、10,000を越えている感覚だ。こんなに高いのを見たことがないので実質的に私の『目』の計測限界を越えている。
しかも突出した才能の領域が普通の人と比べて珍しいというか、よく見えない。
歌やサッカーといったわかりやすいドメインにおける才能もあるが、
私があまり詳しくない領域はモヤにかかったようになる。
かろうじて、「破壊する」領域全般において才能がある?、という程度にしか見えていない。
それも異常なことだが。
しかし、数値だけ見ても、今まで出会った人の中で圧倒的な上限値である。
その衝撃に思考が真っ白になる。
「あの、何か?」
「はっ⋯⋯! 何でもありません、すみません!」
しまった、声に出ていた。黒板の前に立つ男の子がドギマギしたように身体と手を動かしながらも、恐る恐る伺うような顔で見てくる。
即座に立ち上がって、謝罪をする。
転校生の隣りにいる担任の先生やクラスメイトの視線も集まっていることを感じる。
おかしなやつと思わせてしまっただろう恥ずかしさと、自己紹介を中断させた申し訳なさが溢れてくる。
席に座り、前髪でできるだけ顔を隠したのだった。
「碧(あお)〜、あの転校生、知り合いだったり?」
「莉乃(りの)、違うよ、全然」
自己紹介があり、授業が終わり、昼休みの時間になった。
学食の席を確保しているとクラスメイトで一番仲良くしてもらっている莉乃が声をかけてくれる。
「転校生、あの後男子にもみくちゃにされてたよ。質問攻めー。芸能界にスカウトされる校内一の美女と何か匂わせちゃった形になったから仕方ないと思うけど。」
休み時間に改めて彼、雨宮くんの机の前に行き謝罪をしたが、逆効果だったろうか。悪いことをしてしまった。
周囲を見ながらおどおどと小動物のように謝罪を受け入れるかどうか逡巡されてしまった。
まぁこの後何もなければクラスのざわつきも収束していくに違いない。
波を立てずに過ごしていく日々に戻れるだろう。
後2年。大学進学の際にひとり暮らしする日を夢見ながら、せめてもの贖罪をしながら生きていく。
両親の元へ化け物が産まれた罪と、『目』によって天性の才能を潰してきた過去の過ちは消えない。
◇◆◇◆◇◆
クラスが一緒といえども男女で別グループだ、特に接点もない。
雨宮くんはかなり優等生らしい。
授業態度は真面目であり早くも教師陣からの評判がよく、男子グループでも卒無く馴染んでいる。
ただ部活動には所属せず、放課後はすぐに帰宅してしまうのだとか。
「雨宮、父親がかなり厳しいらしくて習い事と塾でギチギチらしいぜ」なんて男子達の会話が聞こえてきた。
だから接点もそうなく、突出した異常な才能の上限値についても気にはなっているが、話す機会もなく。
会ったとして、うまく話せるかもわからないが。
そもそも私は男性と話すことは苦手だ。
身体が成長して第二次性徴が始まった辺りから、男性の視線や匂い、仕草、清潔感に敏感になり、男友達と遊ぶことも減っていった。
それまでは兄と兄の友達と泥まみれになるまで公園や裏山で遊んでいたものだったが。
男性の精神があっても女子の身体としてホルモンバランスが調整されていく中で、抗えないものはあったらしい。
私の身体が発する男性への苦手意識と、なんとなく男女が分かれ始める流れには逆らえなかった。
私が幼くも形成され始めた女性社会に馴染めず、ルール違反を幾度も犯していたらしいことによってコミュニティから反発を食らったこともある。
『人間は社会的動物である』と言ったのはアリストテレスだったか。共同体から追放されることは、古代ギリシャでなくても死に近しい。私はソクラテスのように追放も死も選びたくないのだ。
それ以来、私は、男性の気安い友達を求める気持ちはあっても表立って男子コミュニティに参加できず、
しかし男性性の精神が残っているために、有り体に言えば私のセクシャリティ、つまりは情を向ける相手は女性なのであって、女子コミュニティにも順応しきれないまま、異邦人として生きている。
異邦人・異端であるからには、クラスの秩序を乱したくないのだ。
私の容姿と無軌道な部活助っ人活動は良い意味でも悪い意味でも目立つ。
それが転校生と――――言い方は悪いが普通の容姿をしている雨宮くんと――――絡むのは波が立たざるを得ない。
だから、校外で彼に会ったことは都合が良かったのかもしれない。
彼を見かけたのは、生徒会の手伝い(奨学金のための内申点稼ぎである)を終え、駅前のスーパーで切れかけている調味料を買って帰ろうと一人で歩いている時だった。
時間は夕方から夜に変わる頃。どぎつめのネオンが輝き始めているがまだ太陽の光に負けている。
駅前から少し離れたところにある歓楽街の方へ、フラフラとおぼつかない足取りで歩いていて気になった。
「雨宮くん、どちらへ? そちらの区画に学生だけで訪れることは推奨されてません」
つい口調が生徒会モードになってしまった。
「⋯⋯あ、篠崎(しのざき)さん?」
こちらを見る雨宮くんの目は少し虚ろだ。頬が少し赤く、目元が腫れぼったい。
しまった。男の子だ、弱っているところを女子に見られたり指摘されるのは恥ずかしいだろうか。
「はい、篠崎です。 これから、どこかへ行くんですか?」
「いや、ちが、いや、はい、そうです。さっき予備校が終わって帰るところなんです」
ちょっと驚いた顔をしていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、柔和な笑顔になる。
「今日は隣の駅から帰ろうと思ってまして、あそこ通る方が早いんです」
あはは、と。
喧嘩でもして、頭を冷やしたいということなんだろうか。
「そうだったんですね。あ、ごめん、敬語じゃなくていいよね? クラスメイトなんだから私にはタメ口で大丈夫だから。」
「はい、いや、うん。大丈夫。じゃあ、暗くなる前に帰るね。篠崎さんも気をつけて」
「お気遣いありがとう。また明日、学校で」
「うん、さようなら」
そうやって別れた。
ただこの間に、彼の目を私の『目』で数十秒も見た。見てしまった。
私の目は雨宮くんの才能を丸裸にしていく。脳がPCのファンが回って音を立てるように計算を行い、熱くなる。
目を見なくても見えてしまうのだが、相手の目を見るという行為はそれ自体が相手の奥深くを知る姿勢として、この『才能を暴く目』のトリガーになっているようなのだ。
「目を逸らすのは失礼だ」なんて言葉を自分への言い訳に浮かんだが、私は彼の破壊の才能の上限値の圧倒的な高さという希少性への、興味が抑えきれなかった。
私の目で測りきれないそれを知りたいという思いは、確かに意識の奥底にあった。
彼の足音が後ろへ遠くなっていくのを感じながら、
私の目が見て脳が分析を終えた結果にアクセスがなされる。
才能の限界値の概要は、
身体能力、知性、魅力、感受性、表現力、コミュニケーション能力、etc。
数字は私の感覚を無理やり数値化しているに過ぎないが、一般人クラス(50点ほど)よりは高いが、どれも飛び抜けず、どれかが低すぎることもない。
そして平均すると60点といったところだ。
ただ、私にも細かく見えない「その他」の項目にある『破壊する』の上限値はやはり高く、常人の最大値の100倍ほどをしている。
結局、私の興味が惹かれている『破壊する』については追加で分かったことは特になかった。
いや、1つあった。『破壊する』才能が、限界値に対してほとんど伸びていないことだ。
10,000の上限値に対して現状5しかない。成長曲線で初期の向上は圧倒的であることが私にはわかっているのにだ。
つまり、磨けばすぐに向上するはずなのに、ほとんど伸びていない。
一般人でも50の才能があったら高校生になる頃には身体と脳の成長に伴い、10弱には自動で伸びるのに、だ。
何かがおかしい、と思い、他の部分にも探索をかける。
そうすると、すぐに別の歪さを発見した。
彼は、成長曲線で停滞期に入っている領域が多い。
知性の中の学業に関わる領域(数学や英語)や、音楽の中のピアノの領域、また、プログラミング、書道、水泳、テニス、簿記のような資格系まで――――
と複数の箇所で同時に停滞が起こっている。
彼が習い事と予備校に忙殺されているという莉乃の話、
先程の彼のくたびれた様子、
推測するに、きっと、彼の器に見合わない量のリソースが投下されている。
いま伸びずに待つべきタイミングであるにも関わらず、伸ばすための詰め込み教育が行われているのではないか。
私は自分の才能の成長曲線と現状を見ることができるので、どのような鍛錬をしたら成果が出るか予測しやすい。
また鍛錬をした際に成長が物理的に目に見えなくても、実際に成長したかどうかのフィードバックが即時に取れる。
だから、伸びるかわからない分野に最適な手法もわからないままに、暗闇の中で成長できるという信心と共に足掻くこととは無縁だ。
しかし、普通の人はそうではない。
前世での私もそうだった。
前世で、教育による虐待というテーマが取り沙汰されていたことを思い出す。
そこまで考え、先程の彼の虚ろな目がフラッシュバックする。
いつのまにか駅から電車に乗っていた。
あの目を、私は知っている。
空虚で、どこか遠くの世界を思い浮かべているような、力が抜けた目。
まさか、と思って可能性を除外していたが、
あれは希死念慮を持つ人間の瞳だ。
心の中で彼岸に足を踏み入れている者が放つ、独特の気配。
死にたいと強く思っているわけでもなく、感情的になっているわけでもなく、
ただ自然と生と死の曖昧な、浸潤する意識状態に入っている者。
あれは、日常の延長線上で、ふらっと消える時の――――。
薄れかけていた前世の記憶が蘇ってくる。
また明日と言ったまま、神隠しにあうように消えていった彼、
喧嘩したまま何も言わずに連絡が途切れ、部屋で発見されたあの子、
そして、未来の圧迫感と現在の人間関係での圧迫感から息ができなくなり、上へ、ふっと上へと、逃れようとして、ふと気付いたらマンションのベランダの縁に立っていた『ワタシ/オレ』。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
過去の傷が、世界の壁を越えて、今のワタシに追いついてくる。
トラウマから抽象化されPTSDとなったパターンが、脳内で再演される。
雨宮くんとは、関係値も深くないし、知らないことばかりだ。
そもそも勝手な推測に推測を重ねたに過ぎない。
私も冷静な思考の状態ではない。
高校生の自殺は日本では年間数百件。すべてを救うなど出来ない、ありふれた悲劇なのかもしれない。
しかし、私には私の目の力に伴う責任があり、居合わせてしまった縁がある。
「雨宮くん!」
隣の駅に着いた途端、私はホームを飛び出していた。もう暗くなっていて視界が悪い。
いや、理屈はどうでもいい。
私がまた後悔したくないだけだ!