現代社会にTS転生したら才能の上限値と成長曲線を可視化できる目を持っていたのだが私には呪いとなった 作:TSと曇りと才能論好き
居た!
先程居た駅の隣駅から、1つ離れた通りにある踏切にいる。
照明が暗めの踏切だ。
歩く方向から逆算して、見当を付けた踏切が当たっていた。彼の発見に安堵する。
カンカンカンと音が鳴り出す。
線路を挟んで反対側にいる私は、そのまま線路に付けられたフェンス沿いの道路を、彼がいる踏切の方へ走っていく。
辺りが暗くて彼の様子は窺えないが、私の目は彼の姿勢や呼吸の様子から彼の身体の状態、つまりは一心同体な心の状態も良くないことを読み取る。
彼はぼーっとした様子だったが、ふと、そのまま一歩、踏切の方へ歩み出す気配。予備動作としての重心の変更が行われるのを感じ取る。
もう勘違いかも、なんて考えや羞恥心は消え、
「雨宮くーーーん!!!!」
彼に向かって強めに叫んだ。
そして、彼はびくっと身体を震わせ、立ち止まり、こちらの方へ視線を持ってくる。
その視線が私を捉えたちょうどその瞬間、
風を切りながら急行電車が走り、轟音を立てながら私と彼の視界を遮る。
線路が軋む金属音が鳴り響くこと数十秒、いや実際には数秒か、通り過ぎ、
果たして、彼はそのまま踏切の向こう、バーの手前に居たのだった。丸い目をしたまま。
「篠崎、さん⋯⋯?なんで⋯⋯」と唇が動くのを見て取った。
上の空の状態から、危険を感じ取って現実に戻ってきたもらうために、怒りの波長を交えた大声だったから、
かなりびっくりしてしまっただろう。
もし彼の自殺企図が私の勘違いだったならば、いきなり怒声を浴びせてきたやばい女、ということになる。
私はふぅとゆっくり息を吐きながら、上がった踏切を越え、雨宮くんの手を掴み、少し彼を押すように身体を近づけ、歩き出す。
彼の手が大きくてちょっとびっくりする。おとなしめな雰囲気と逆にごつごつした男子の手だ。父と兄が家を出てからは触ってこなかったような気がする。
ちょっと胸がざわついた。思春期の女子の身体に引っ張られて反応してしまうのが恨めしい。
彼もいきなり手を繋がれてびっくりしているようで顔をそらしている。
確か、近くに公園があったはずだ。
まだ少し心臓がどきどきしている。繋いだ手から、彼の心拍数が上がっていることも感じ取れる。
手は冷たい、が、生きているから出る温もりが内側に確かにあった。
「雨宮くん、驚かせてごめんなさい。」
「あ、大丈夫、です。いや、大丈夫だよ。」
公園のベンチに座ってもらい、私も隣に座る。
沈黙が支配する。
4月の風はまだ少し寒い。
「温かい飲み物買おうか。何がいい?」
「あ、緑茶で。いや、自分で買います」
「なんで敬語」
ちょっと笑うことができた。良かった。
なぜ私が来たのか。それを聞いてこないということは、私がしたことも彼自身がしようとしたこともわかっているらしい。変に誤魔化すようなこともしてこない。
その上で、センシティブな話題、デリケートな話題というやつで、元々距離も近くない関係なので、お互いに何から切り出せば良いのかわからずだ。
私だってカウンセラーをしていたわけではないのだ。
今世で才能を見出す目をもったからには活かしたいと思った青い時期があり、コーチングやトレーナーのためのスキルを手にするために本を読んだことはある。
私自身が今世で、強化選手に選ばれていた時に帯同カウンセラーに見てもらっていたこともある。
『才能がある碧ちゃんにはわからないよ、きっと』
『先が見え過ぎてしまうアナタは可哀想。盲目にならなければ限界を越えられないわ』
置いてきた過去の記憶、投げかけられた言葉がリフレインし、意識を蝕み呼吸が浅くなる。
これは今は関係ない記憶、と消していく。
ともあれコーチングやカウンセリングに興味もあり、多少の知識はある。
しかしだ。
自殺の直前まで行って、まだキッカケがあれば彼岸に踏み出してしまう人間、しかも未成年の高校生への正しい対処法なんてわからない。
自我の確立をする時期の男子の精神構造は、私にとって未知だ。
前世の記憶のアーカイブも高校生の頃の精神は覚えておらず役に立たない。そもそも私自身が今世、女性の身体に入ったために、自身のアイデンティティがクライシス状態のままなのだから。
「あの」
うーんと考えながら黙っていると、雨宮くんがおずおずとした声を出してきた。
ずっと目を合わせてくれなかったが、こっちを見てくれた。
「声をかけてもらってありがとうございました。 でも、今日のこと、学校にも誰にも内緒にしてもらえないでしょうか」
どうしよう。
実際に踏切への飛び込みは起きなかった。
警察に事情を伝え、そこから学校と彼の親に連絡が行くのは、少し過剰なのだろうか。
「本当に気の迷いで⋯⋯、親に心配かけたくないんです」
「⋯⋯⋯⋯」
こういう時に私の『目』は答えをくれない。
見えるのは彼の才能の歪な伸び方と、
彼の身体と心の状態がさっきより良くなっていることくらいだ。
親が自殺企図の原因として大きいならば、親には言いたくないだろう。
警察に伝えたところで、虐待の可能性ありとして児童相談所などと動く可能性は如何ほどだろうか?
先程の踏切にはあまり人は居なかったし、彼は踏切のバーの中に入ったわけでもない。
取り合ってくれるだろうか?
「うん⋯⋯わかったわ。 誰にも言わない。」
「あ、ありがとうございます!」
「でも――――」
動いて貰って良い方向に行く可能性と、悪化する可能性を脳内で天秤にかけ、ここは彼自身の意見を尊重し、私が仲間であるという認識を刻むことにした。
「――――私と連絡先を交換して。それに明日の昼休み、一緒に御飯を食べましょう。人が居なくて落ち着けるスポットを知っているの」
「はい! ――――えっ?」
全く何も解決していないし、対処療法にもならないかもしれないが、繋がりを増やすだけでも「もしも」が減ると私は祈らざるを得ない。
私自身の前世の罪と今世での過ちが、なくなることはないが、
一人の人間が才能を発揮して輝いて生きること無く終わってしまうなんて、嫌なようだ。
既に燃え尽きている私と違って、彼らのまだ見ぬ可能性をせめて、最悪な形では潰したくない。
その後、雨宮くんから改めての御礼の連絡が来て、チャットで少しやり取りする。
明日の待ち合わせの約束も念を推しておく。莉乃にはランチ一緒できないことを伝えておかなくては。
『篠崎さんはどうしてわかったんですか?』
雨宮くんも家に帰って冷静になってきたらしい。少し話しただけの人間が飛んでくるとは思わなかっただろう。
返信に少し間が空き、スマホの画面が暗くなる。
私の顔、前世とは比較にもならない顔が映っていた。その顔が、昨日よりも生気を帯びていた。
私は『秘密。敬語はやめて』と返し。
既読が付いてしばらくしてから『うん』『ありがとう』『また明日』と来たのだった。
寝ようと思った私の口をついて、前世で好きだった音楽が流れ出す。
『僕が死のうと思ったのは』
『ウミネコが桟橋で鳴いたから』
から始まる。絶望からの、祈りの歌。
そして眠りに落ちていく。
思考から前頭前野による抑制が外れていき――
『僕が死のうと思ったのは』
『まだあなたに出会ってなかったから』
――私は誰かの『僕』の『あなた』になれるのでしょうか?
amazarashiの『僕が死のうと思ったのは』より