現代社会にTS転生したら才能の上限値と成長曲線を可視化できる目を持っていたのだが私には呪いとなった   作:TSと曇りと才能論好き

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04. バドミントン部での助っ人練習試合

昨日、僕――雨宮――は、脳に霧が発生しているかのようなぼんやりして何も考えられない状態で、視界も暗いままに歩き、気付いたら踏切の前にいた。

思い返すと、死にたいってハッキリ思っていたわけじゃなくて、むしろ死ぬなんて怖いと思う。僕にはそのような度胸もない。

 

だから、篠崎さんの、穏やかで神秘的な雰囲気からは想像もつかない――クラスメイトの誰もが聞いたことないだろう――ほどの大声、僕の名前を読んでくれた時。

「雨宮くーーーん!!!!」

怒声とも言える大きな声に身体が硬直し、動けず、声の主である、向こう側にいる彼女に気付いたタイミングで電車が通り過ぎた。

 

その時にやっと、僕は現実を取り戻した。

でも、なんのことだかわからなかった。自分に、何が起こったんだろう? 自分は今、何をしようとしていた?

 

踏切のバーが上がる音がし、篠崎さんが僕の方へ歩いてくる、一直線に。

なぜか咄嗟に後ろを向いて逃げようかとも思ったが、彼女の瞳が見えて、立ち止まった。

 

(どうして、そんなに深い悲しみを瞳に映しているの?)

 

日が沈んできていて暗いのに、それよりも暗い。漆黒の闇っていうのだろうか。

 

そして、まつ毛が夜の街頭の光を反射して光っていることに気付く。水滴。目が涙で潤んでいる?

その瞳に「美しい」なんて場違いな感想を持つと同時に、僕は逃げる気もなくなり、身体の力が抜けた。

 

僕が彼女を悲しませることをしようとしていたのだ、と理解した。

踏切から電車への、飛び込み。

そんな想像するだけで恐ろしく、多くの人に迷惑をかけることをしようとしたのか。

そして篠崎さんに止めてもらった、ということか。

僕は事態を理解した。

 

ほんの10cmまで来て僕の手を取る彼女の顔には、有無を言わさぬ迫力があった。

意外に強い力だ、いや、背も高いし意外ではないか。彼女に手を繋がれ、押されるようにして連行される。

(いい匂い⋯⋯、柔らかくてしっとりした手⋯⋯)

自殺未遂の直後という状況にそぐわない感想が出たのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

午後の授業を乗り切り、放課後、第二体育館にてバドミントン部の練習に参加している。三年生にとっては最後となるインターハイへ繋がる地区大会の予選が今週末から始まるからだ。

 

「碧(あお)、最終調整、よろしくね!」

ダブルスのペアの『蘭子(らんこ)』と、ラケット同士をネットの部分でコツンと軽くぶつける。

 

相手は三年生の一番強いペア、こちらは二年生でレギュラー入りしている蘭子と私。

私は団体戦のダブルスと個人戦のダブルスに助っ人として参加する。

 

「ラブオール・プレイ」

「「よろしくお願いします!」」

 

私がサーバー(サーブをする人)で部内の練習試合が開幕する。

21ポイント2ゲーム先取。

 

相手ペアのレシーバーは、少しでもネットから浮いた緩いサーブが来たら即座に撃ち落とす気迫が見て取れる。

最後の大会を前にして、練習試合とは思えない熱気。

 

私も意識が試合モードに入り、身体が最適化されていくのを感じ取る。

呼吸による酸素の取り込み、各細胞のミトコンドリアの燃焼、内臓を含めた重心位置の把握、身体を貫くセンター意識が整っていき、

相手ペアの身体への造詣の深さとバドミントンの個別のテクニックについて私の『目』が捉え、このゲームの構造と終着点が見えていく感覚がやってくる。

 

後衛にいるペアの蘭子の集中力が高まる様子を感じ取りながら、相手の集中力の揺らぎを見る。

状況と身体の最適化の演算結果が出力されるように自然と、呼吸の延長のように、体幹から繋がった腕が太極拳をインスパイアした動きで柔らかに振るわれ、ラケットのネットから伝わった力を持ってシャトルが羽根のように宙に浮く。

 

ネットの少し上を通過するシャトル。

日常動作の延長のような所作から放たれたサーブに虚を憑かれ、相手ペアの前衛の先輩が一歩出るのに遅れ、シャトルを叩けるかそれとも下がってロブを上げるか逡巡する。その様子がスローモーションとして観てとれた。

 

「くっ!」

「警戒!」

結果として、差し込まれ、ロブが上がる。下から振り上げられたラケットによってシャトルが放物線を描いてコート後方へ飛ぶ。

かなり差し込まれたにも関わらず、咄嗟に私が戻りにくい左後ろ奥に――蘭子がいたエリアのバックハンド方向――にうまく上げる。

 

しかし少し浅い。

蘭子が苦も無く追いつきハイジャンプ、身体が横に流れることもなく、足元から頭の頂上まで力が伝達されバネを使ってのストレートスマッシュ。

守備のための陣形であるサイド(横方向に並ぶ)を作りきれずに陣形が斜めになって重心も崩れている二人の間の床に突き刺さった。

「よし!」

「ナイスー!」

二人で掛け合う。

 

「おぉー!!」

「碧ー!!」

パチパチパチ! とギャラリーの拍手が鳴る。

莉乃も応援に来てくれている。この後、一緒に買い物に行く約束をしていて待ってくれている。

 

「あれ今のって、先輩のレシーブミス?」

相手から落ちたシャトルを返される時に、部員同士が話す声が小さく聞こえた。対峙していないと何故タイミングがずらされたかはわかりにくいだろう。

 

理屈としては、

私自身のバドミントンの個別スキルの才能の上限値が低い問題を補うため、武術やスポーツ・舞踏に共有する身体操作関連の数値を伸ばし、重心移動を極限までスムーズにし、呼吸を見せないことにより虚を着くことを可能にしている。

 

本気でスポーツをしていた頃に伸ばしていた遺産というわけだ。

重力から解き放たれたように自由自在なM・J――かの伝説的バスケットボール選手――の身体と動きに憧れていた頃の残り火である。

 

 

「一本!」「集中ー!」

サーブの直前、会場も相手も自分たちも緊張が張り詰めていく瞬間が好きだ。

放たれたら戻れない。数秒のハイスピードな攻防。

ごちゃごちゃした言葉による思考が消え、その場に同化する体感。

 

シャトルを放った。今度は叩くのではなく安定してロブを上げてくる。蘭子が後方ギリギリにステップしてスマッシュを放つ。

しかし、今度は余裕を持って構えられ、またスマッシュの角度が足りず、再度深く蘭子のバックハンド方向にロブを上げられる。

 

前年の選抜でも蘭子と組んで助っ人として出場した時もそうだが、私ではなく蘭子が狙われ続ける。ダブルスで弱点がある方が徹底して狙われるのは戦術の常だ。

 

私は前衛からプレッシャーを掛け続ける。少しでも浅く浮いたらネット前から叩く、と。

蘭子も精度高く、スマッシュとドロップ、カットを織り交ぜ、相手は前後させられ、ついに均衡が崩れ、相手がドライブとロブの中間の曖昧なショットをしてくる。

私は高い身長と長い腕を活かして横にジャンプして飛びつき、ダダンと、肘の回内運動の力でシャトルをコートに叩きつけた。

 

 

 

「ゲーム!21-12!チェンジエンド!」

私のネット前でのフェイントと柔らかなヘアピンショットに相手が追いつけず、シャトルがコツンと地面に振れ、審判役の部員のコールが告げられる。

 

コートを交換することになる。

一度コート外に出て、髪が少し乱れているため、一度ヘアゴムを外し、高めの位置でポニーテールに束ねた。

もう慣れてしまった作業だが、試合中にいつのまにか倍増していたギャラリーの、特に男子の視線が集まる。

「うわ、篠崎じゃん」

「脚なげー」

体育館の外からも来たらしく他の部活の生徒も見えた。

試合中は気にもならなかったが、身体のラインをなぞるような視線もあり、一瞬身体が強張り、呼吸が浅くなる。

 

 

「はぁ、はぁ、ナイッショー碧!」

「蘭子もおつかれ! 体力配分はどう?」

「インターバルで間に合いそう」

散々コートの隅々まで走り続けた蘭子は肩で息をしている。

相手の先輩ペアは県上位の実力にふさわしい守備力を持っており、かなり粘られてしまった。延々と攻撃する側も疲れるものだ。

守りきられると一気に崩れてしまう。

 

また、攻撃が緩くなると高速ドライブで私が突破されることもある。

バドミントン、とくにダブルスは高速なスポーツだ。ネット間際での攻防、至近距離でのショットは人間の認知能力と反射神経で対応できる範囲を越えてくる。

 

「ふぅー。よし! 碧、次のゲームは、スイッチ多めにしてもらっていい? タイミングの調整をしたいから」

「ペースの調整はもういいの?」

「うん、碧との練習は貴重だから、動きの息を合わせることを優先したい」

「わかったわ」

相手からすれば私がシャトルに触れられないようにするため、守備も攻撃も蘭子に集中することは最初から織り込み済みだ。大会でも進めば進むほど、対策が取られていく。

蘭子の才能は全国に届き得るレベルだが、実力はまだ県上位クラス。

実力と体力の底上げは必須ながら、戦術的にも工夫する必要がある。

 

そのために――

 

 

「イン! ワンラブ(1-0)。サーブオーバー」

得点が入り、審判のコールが鳴る。

「え、今のを篠崎さんが取りに行くの!?」

「いつのまに変わった!?」「足音なかったような⋯⋯」

 

――相手の予測を外すタイミングで私と蘭子を入れ替え、虚を突く。

 

本来なら蘭子が打つ後方に浮いたシャトルを、私が全身と踵の重心移動を活かしたバックステップで追いつき追い越し、コート後方のアウトラインから前に向かってハイジャンプ。

 

角度を思いっきりつけ、背中側の筋肉の連結を強いバネをイメージして収縮、弓の形になり、最適な角度付けとエネルギー伝達ができるタイミングでシャトルが叩かれる。

矢が放たれるように極度に張り詰めた緊張からの一瞬。

 

かなり理想的な最速最高角度のショットとなる。

コートの白線上に寸分の狂いなく落ち、相手は横に一歩も動けず、ラケットを振ることも出来なかった。

 

 

「次!」「一本!」

次は守備陣形の左右を入れ替える。シャトルは相手側のネットにぶつかって跳ね返った。

 

「切り替えよ!」「一本!」

今度はポジションのローテーションの回転を途中から逆にする。シャトルは相手のボディにぶつかる。

 

「一本!」

 

「一本!」

 

「一本!」

 

「一本!」

 

「一本!」

相手の先輩のラケットがスッポ抜け、コート外に飛んでいった。ネット前に落ちるシャトルに追いつきたい一身で、少しでも伸ばそうとグリップを緩めた結果だ。

 

「一本」

 

「一本」

 

様々なフォーメーションの変更パターンを試していった。

こちらも無理な変更になるため、攻撃も守備も甘くならざるを得なくなる。

それでも相手の動揺を誘うことと、私が触る方が点を取れる期待値が上がると考えてのことだ。

 

私という凡才が『目』によって『早熟な天才』として存在できる間だけ通用する戦法と言える。

 

「一本⋯」

先輩たちの心の剣が、勝とうという意志がぼろぼろと刃こぼれしていくのを感じ取る。

 

「⋯⋯」

それは意識で奮起してなんとかなるものではない。

 

「⋯⋯」

無意識レベルで感じ取るレベルの差、敗北の予感が身体を支配していくのだ。

 

「⋯⋯」

残念とも思うが、同じく折れている私にそれを責めることはできない。

 

「⋯⋯」

「えぐ⋯⋯、男子でもあそこまで戻れなくね」

 

 

「21-5。マッチウォンバイ 2ndペア」

「「ありがとうございました!」」

審判が試合終了を告げ、ネット前で先輩たちと握手する。

 

ふと気づくと騒がしかった体育館に静けさが広がっていた。

「⋯⋯まじかよ」と男子部員が呟く。

1ゲーム目と比べて圧倒的な展開に、ギャラリーも息を呑んでいた。

 

今の私に刺さるのは、好奇や好色の視線ではなく、恐ろしいものを見るような目だ。

 

私は息を1回長く吐き、息を整え、コートへ礼をする。蘭子が追いかけてくるのを感じながら体育館の外へ出たのだった。

 

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