現代社会にTS転生したら才能の上限値と成長曲線を可視化できる目を持っていたのだが私には呪いとなった 作:TSと曇りと才能論好き
とても励みになっております。
いつからだろう。
何をしていても楽しくなくなってきたのは。
小さい頃は、空も青かった。原っぱの緑と茶色、土の匂いと雨の匂いを運んでくる風に身を委ねられていたのに。
まだ父さんも母さんも、仲が良くて、僕――雨宮悠真――のすることを応援してくれていたと思う。
いまは、黒と白と灰色で世界が作られている。
モノクロな世界が日常になって、たくさんの音や匂い、色に興味が持てない。
一人で、父さんに敷かれた細い道を歩いているよう。道も灰色だけど、周囲も変わらない、むしろ輝いてない道であっても、どこかへ続いているだけいいのかもしれないと、無気力のままに日々歩いている。
父さんに言われた通りにしていれば、まともな立派な大人になれるって言われてる。
友人として付き合うのも僕が仲良くなりたい人ではなく、父さんが認める人たちしか許されない。
今だって、「応援してるぞ」「応援してるわよ」と声はかけてくれる。
期待してるんだぞ、と言われても重い。
期待は見えない岩となり、僕の身体を押しつぶしてくるよう。重さにうまく立てなくなり、首が下を向き、前が、未来が見えなくなる。
脚も前に運べなくなってきている、と思う。
そして、僕の身体を押しつぶすような重い岩のほかに、内側からも僕を圧迫してくるものがある。
心の奥に、何かがある。
ふとした時に、スポットライトというにはか細い光が一瞬当たって影を映し出す。
苦しくても掻き出せず、痒くても手が届かない。もやもやとした異物感。
鍵が掛かっているのにその箱は、中に入っているものが膨らむのに合わせてガタガタと震えながら、胸の中でどんどん膨らんできて、呼吸がしにくくなる。
喉の下から胸を掻きむしってしまう癖が、消えない。もし喉の中になにか物理的に詰まっているなら外科手術で取ってしまいたいくらいだ。
でもそれは心の中の何か。
それは、取り出される日を待っている――気がする。
――心の奥底を照らすことができる光を、探す気力もないのに。
そんな中、本人の思いに関係なく周囲に光を放っている、彼女――篠崎碧さん――と関係性ができた。
彼女の光は、モノクロの世界でも強度高く輝き、周囲を焼くほどの勢いに思えた。僕の目が色彩を捉えていたならば、目はその光に潰れてしまうかもしれない。
ただ、火に飛び入っていく羽虫のように、その輝きから目を離せない。
僕の視界に、『見る価値のあるもの』が現れたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ありがとう、碧ー!」
「おつかれ、蘭子」
コートから捌けて外の空気を吸いに向かいながら、蘭子がハイタッチし、背中から抱きついてくる。
むにゅりとした反応と、汗に混じった髪の女の匂いに男性性に寄った精神の方はドキッとしてしまう。
無理やり鉄面皮を保った。
「チェンジのサインもスムーズだし、私が前衛の時の切り替えの呼吸も掴めてきた! なんとなく相手の崩れ方も見えるようになってきたし」
「よかった、声掛けもするけどそれもないのが理想ではあるから」
「チェンジがバレたところで打つ直前なんだからそう簡単に修正できないと思うけどねー」
私は『目』があるから相手の弱点を見抜くのも早い。ただ、それはペアの蘭子もわかっていないといけないし、フォアとバックどちらが苦手という大まかなレベルではない、細かな弱点というのもあるのだ。それは言語化できないこともあるので、蘭子には私がどのようなペースやショットで相手の認知の死角を付いているか、体感して貰う必要がある。
それは一緒にやることでしかできないし、せめて私が関わる相手には成長をしてほしい――これから世代トップの天才に抜かれていく私が学びを渡せる立ち位置である内に――と思って、課題を渡している。
「全国でどこまで通用するかわからないじゃない」
「むむ、今回は全国いきてぇなぁ! ねっ!」
「ちょっと⋯⋯。暑いわ」
実際にはある程度わかっている。蘭子のバドミントンの上限値はざっくり90ほど。これは滅多に見ない才能だ。先輩たちは上限値は50。しかし現在の数値としては蘭子は40、先輩たちが45と言ったところ。
去年、予選で負けて惜しくも出場出来なかった全国選抜で見たトップ選手たち――蘭子や先輩たちと見学に行ったのだった――は、上限値はバラバラだが現状値が60を越えていた。
今回も全国に行けるか行けないかであり、行けても全国上位は狙えないだろう。
「そろそろ離れてよ」
「む、勝ったんだしいいじゃん!」
「因果関係が全くわからないわ⋯⋯」
蘭子は細かいことを気にしないサッパリした性格をしていて好感が持てる。
重めのじとじとした友情を求めてこないから、男性の精神でも多少付き合いやすい。
ただ、身体が健全な高校二年生として成長しているので、陽の属性特有(?)のボディタッチは、反応に困ってしまう。
ベタベタしたのが苦手なの、と周囲に言ってスキンシップを避けている私だが、内心は男性的な色情を向けて傷つけてしまわないか、気持ち悪く思われないかを恐れている。
同性として信頼を預けてくれているのに、裏切りたくないのだ。
体育館から部室棟の方まで歩いて戻ってくると、
「先輩、目が赤くなってた」
「あの人だよね、噂の助っ人って」
「練習にも来てないよね」
「才能ある人ってずるくない?」
裏の方で話している女子たちの声が聞こえた。
聞き覚えのない声だ。私のことを知らないということは、おそらくこの4月に入部した一年生だろう。
「あの子たち、何も知らないくせに⋯⋯!」
「やめて、蘭子」
「でも」
「実力で黙る人は黙る、でしょ? 蘭子が去年言ってくれたことよ。それに、蘭子は部活で毎日目を合わせるんだから、悪者になってほしくない」
『万が一、大事な試合前にラケットが折られでもしたら大変だもの』
と喉から出かけた言葉を止める。
実際、特別扱いなのは事実だ。
今日の練習試合も、練習の前半に特別に組んでもらったものだった。
私が早めに上がるために、アップと基礎練の後にすぐ試合をしたのだ。体育館ではこれから後半の練習が始まっているだろう。
「わかった⋯⋯。でもこれだけは知っておいて。私も先輩たちも、納得済みで、自分たちが強くなって勝ち進むために碧とやることを選んだってことを」
「蘭子⋯⋯、ありがとう。嬉しいし、皆とプレイするのは楽しいわ。」
「碧⋯⋯、私も楽しいし、碧のこと好き」
「ありがとう。じゃあ、夕食の準備があるから着替えて帰るね。あとで動画もらってLINE通話で反省会をしましょう」
憤慨してくれた優しい蘭子に感謝している。
『レギュラーに入っている』メンバーが私の特別扱いに納得済みなだけでも有り難いことだと思う。
一年生は放っておいていいだろう。
『バド部以外にも複数の女子コミュニティで有用』かつ『(男子にあまり興味がないことを公言しているので)恋愛的に競争相手にならない』と見做されている私を排斥しようとする胆力のある高校生、しかも後輩はいないはずだ。
「失礼します」
部室棟のバド部の部室をノックして入る。誰もいないようだ。
よかった、このまま一人で着替えられる。
部室に誰か居たら校舎のトイレで着替えるか、空いている更衣室を探すところだった。他の女子と着替えが被らないようにしているのだ。
入り口の近くでバッグをパイプ椅子に載せ、タオルと制汗スプレー、化粧ポーチを取り出す。
体力には自信があるが、一試合とはいえかなり汗をかいている。
鍛えていた時の遺産と高校生という成長期によって高い水準を維持できているが、バドミントンはかなり体力勝負のスポーツだ。
コートの中を左右前後に動き、かつ高く高くジャンプする必要もある。ステップが間に合わずに変則的な姿勢でショットを打たざるを得ない時もあり、普段使わない筋肉も酷使される。
シャワーを浴びている時間的余裕はないし、もう莉乃と買い物に行って帰宅するだけだからちょっと気が緩み気味だ。手早く済ます。
それでもある程度、汗と匂いの対処しないと、身体が拒否反応を起こすのだから、女子の繊細な感覚と、社会によって刻まれる女性としてのジェンダー規範は強烈だ。
着替えを終えた頃、
ガチャッと音がした。
「あ、碧、いた」
「きゃっ、莉乃、ノックしてよ」
莉乃がドアを開けて入ってきた。
外から覗けないように二階かつカーテンがあるとはいえ、ノックもせずに入ってくるのは如何なものか。
バドミントン部でもないのだから、もし誰か他の人が居たら気まずくならないんだろうか。
このあたりのいつのまにか馴染んでいる距離感の取り方は、私には到底真似できないものだ。
「あれ、奥のほうが広いのになんで手前にいるの?」
「元々部外者だから扉に近いほうが落ち着くの」
「冬の選抜予選からもう半年も助っ人してるんだから気にしなくていいと思うけど。というか今一人じゃん。」
『こんなに広いのにもったいなーい! 私の部屋もこれくらい広いといいのになー!』なんて莉乃は両手を広げてくるくると回る。
もっと深刻な理由は、奥の方、女子特有の匂いが濃くなるところにいるとクラクラしてしまうからだ。男のときは、汗の匂いもロッカーの匂いもただの空気同然だったのに。
甘ったるいのと爽やかな香りが混ざり、悪い意味で濃く感じる。
それを女子として生きてきた身体は馴染むことを受け入れており、男性の魂がその侵食を拒絶している。
「目元直さなくてもナチュラルでそれって、エグいよね」
今更だけどね、と莉乃は鏡の前で髪をポニーテールから下ろし、クシを通している私の顔を見て言った。
「一応、ちゃんと努力してるのよ。肌の保水とか髪のトリートメントとか日焼け止めとか。」
「いやいやいや、それは普通でしょ!」
「アイラインもたまに入れてるし、ティントも変えてるわ」
「まぁそうなんだけどねー。情熱がないっていうか、最低限っていうか」
「趣味なんだから放っておいて。莉乃だってほとんどしてないじゃない」
「うちはお小遣いがね〜。バイトもっと入れたいんだけど、勉強についていけるきがしない」
そう、ちゃんとで、最低限だ。
女子高生として浮かない範囲で興味を持っていることを示し、努力をしていることも匂わせておく。
先祖・両親から頂いた容姿は、伸ばそうと思わなくても成長とともに自動で才能として伸びてしまう。
だが、何もしないで美が遥かに超えているというのは、反発を買うものだ、ということをなかなか学べなかったことをなかなか学べなかった。つまり、高校生になってやっと順応できてきた。
二刀流を切り開いて大リーグで活躍するかの選手くらいに周囲と隔絶していたら、『別物』として嫉妬さえ受けないのだろうか、なんて栓(せん)ないことを考える。
部室を出て、駅前に向かう。夕焼けが赤い。一日が終わっていくことを感じさせ、帰宅への感傷が高まっていく。
莉乃が軽く言う。
「今日さー、男子が『釣り合う彼氏とか無理ゲーじゃん』って言ってた」
「そう?」
「勝負事している時の碧は、なんか捕食者―! ってかんじかもねぇ」
(彼氏、ね)
今日は私も莉乃も自転車だ。カゴがついていて買い物にも便利だ。
「豚肉1kg! 安い! 今日まとめ買いしたかったんだぁ! 最近弟の食べる量がほんとうすごくてさー」
スーパーで莉乃が特売情報をたくさん教えてくれる。今日は2つのスーパーを梯子するらしい。お得に買い物すること自体がゲームのようで楽しいとのことだ。
「あ⋯⋯」
莉乃が足を止める。視線が固定されている。
その先には、氷菓コーナーの前で佇んでいる雨宮くんがいた。習い事の帰りだろうか。
一瞬で彼の顔色や重心の乱れをスキャンする。昼と比較して特になにか合ったわけでもないか、と考える。
こちらに気付いてはいなさそうだ。
私と彼が会っていることは周囲に内緒にしているので、いまわざわざ声をかけることもないだろう。
莉乃の手を突き、そのまま彼の後ろを通り過ぎようと示す。
通り過ぎ、会計を済ませ、しばらく無言だった莉乃が、ふとぽつりと零した。
「――碧だけ、別の生き物みたい」
「え、何。どういうことなの」
「⋯⋯」
また無言に戻る。
「んーん、ごめん、なんでもない。⋯⋯あ、『かわいいのにバケモン」』なんて騒いでる男子もいたよー」
からかうようにニヤっとした顔を作って私を下から覗き込んでくる。
「そう? オリンピアンやナショナルチームにいる人達の方が化け物だから」
「いや、比較対象がおかしいでしょ!」
アハハと莉乃が笑う。ウケたみたいなので私も笑っておく。
(トップ選手は才能の上限値も高いし、指導環境も人生の掛け方も違いすぎて、私みたいな『目』によって早熟なだけの人間と比べれば化け物なんだけど)
人に言っても理解されないことなので、口をつむぐ。
それにあまり謙遜するのは、莉乃に対しては嫌味になるだろうか。
莉乃は、知力、運動、音楽と全ての範囲において平凡な私よりも才能の上限値が低い。
だが、それでも天真爛漫な魅力を持つ彼女は、才能なんて関係なく幸せになるべき人間だ。
その後駅前で別れ、自転車で家に帰り、夜ご飯を作り、妹と二人で食べた。
母はいつものことだが仕事で遅くなるらしい。作ったものを冷蔵庫に入れておく。
自分の部屋の勉強机で、雨宮くんにLINEを送る。
『明日はスカドミ(Skyline Dominion)よろしくね。私も持って行くから。初心者向け動画は見ておくけど、もしオススメあったら教えて』
その後は蘭子と通話しながら試合の録画を見て検討をしたり――
『顧問の先生が身体操作からして真似できないから真似するな』って他の部員に言っていたらしい。
――スカドミの予習とチュートリアルを進めるのだった。
兄のプレイを見ていたのである程度覚えているが、実際にやってみるとなかなか難しい。
3人1組でチームを組み、他のたくさんの敵と戦いながら生き残るバトルロイヤルFPSだ。
近未来の都市のビル群が舞台となっていて、高さを活かした建築物や遮蔽物が多く、水平移動だけでなく垂直方向の移動にも習熟する必要があるがそこが魅力らしい。
スパイダーマンになった気分になれそうだ。
果たしてLINEの返事が来たのは深夜過ぎてすぐのことだった。ちょっと返信が遅いけど大丈夫かなとそわそわしていた頃だ。
『ごめん、返信遅れて! おすすめリンク張っておきます、でも夜遅いから見なくて大丈夫。おやすみなさい!』
『ありがとう! 全然大丈夫! 明日楽しみにしてるね』
そういって私も寝ることにする。
睡眠時に脳が情報を整理し、統合していくそうだ。
今日の試合でのバランスの崩れた姿勢でのショットの精度が伸びる気配を私の目が感じ取っている。
蘭子に散々成長のためのダメ出しをさせてもらっているからには、私も彼女が成長を続ける限り、堕落しない程度には維持をしておきたい。
しかし、24時越えるまで連絡が来ないのはちょっと不自然に思った。それほど習い事が長いこともないだろうし。
疑問への仮説を出す前に、酷使した身体と『目』は私を微睡みに導く。
『――僕じゃ、ダメなの? 生きる理由にならないの?』
誰の声だろう。もう記憶に遠い、男性の声。
身体が仰向けのまま眠りの海に沈んでいき、現実の意識という光が遠くなっていく中、言葉が浮いている。手を伸ばすも、掴みそこない。
――今度こそ奥深くへ落ちていった。