オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~   作:サウス

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1話の一部を改稿しています。
主人公の罹患していた病気を天然痘にし、アイヌの葬式の描写を追加しました。


第14話:越えるべき峰と、見えない弓【1659年 夏】

 アイヌモシㇼの短い夏は、命が爆発する季節だ。

 木々はむせ返るような深い緑に染まり、エゾハルゼミの喧しい鳴き声が森全体を震わせている。

 

 サㇽ(沙流)の川辺に位置するニプタイ(二風谷)の村。

 海沿いの血みどろの戦火から逃れてきた同盟コタンの難民たちは、この村の夏の光景を見て一様に言葉を失っていた。

 鉄の農具によって森を切り拓いて作られた、見渡す限りの広大な畑。そこには青々とした『エモ(黄金の実)』の葉が波のように揺れ、村の女たちが編むアットゥㇱ(オヒョウの樹皮の織物)の機織りの音が穏やかに響いている。巨大な高床式倉庫(プー)には、冬を越してもなお余るほどの干し肉とサッチェプ(乾燥鮭)が積まれていた。

 圧倒的な豊かさと平和。ここが戦火に焼かれた同じアイヌモシㇼだとは、到底信じられなかったのだ。

 

 そんな村の広場の片隅、涼しい大きな木陰の下で、ハルコルとミナが同盟の若者たちを集めて異様な熱気を帯びた集会を開いていた。

 

「いいかい? これから僕らは、山を越えた北の巨大な勢力と取引を始める。扱う富の桁が跳ね上がれば、誰に、何を、どれだけ貸したか、頭の記憶だけでは絶対に管理しきれなくなる。だから、数を『木に縛り付ける』必要があるんだ」

 

 ハルコルは、小刀(マキリ)を使って手のひらサイズの平らな『木札(きふだ)』にスッと傷を刻んだ。

 海沿いの村から逃げてきた血気盛んな若き猟師、カントが眉をひそめて声を上げた。

 

「ハルコル様。俺たちは誇り高きアイヌの猟師だ。木切れに細かい傷をつけてチマチマと数を数えるなんて、松前の強欲な和人どもがやる小賢しい『帳簿』の手口じゃないか。そんな和人の真似事など、俺はしたくない!」

 

 カントの反発に、周囲の若者たちも戸惑いの表情を浮かべる。彼らにとって、和人の数字や記録というものは、アイヌを言葉巧みに騙し、富を搾取するための「忌まわしい呪い」の象徴だったからだ。

 

 しかしハルコルは怒るどころか、静かに微笑み、カントの腰にある矢筒を指差した。

「カント。君のその矢の羽の近くには、君の家系を示す独自の印、『イトㇰパ』が彫られているよね?」

「……ああ。俺の父から受け継いだ、獲物を仕留めたのが俺だと証明するための大切な印だ。神(カムイ)への礼儀でもある」

 

「そうだ。君たちは昔から、木や骨に印(イトㇰパ)を刻み、それが『誰のものか』を証明する術を持っていた。……僕がやろうとしているのは、和人の真似事じゃない。アイヌの誇りであるイトㇰパを、少しだけ『数』に応用するだけなんだ」

 

 ハルコルは、木札に彫った印を若者たちに見せた。

「縦の線一本が『1』。交差するバツ印が『10』。丸い印が『100』だ。そしてその横に、干し肉やエモを示す簡単な『イトㇰパ』を並べて彫る。……どうだい? これなら和人の難しい文字なんか知らなくても、アイヌの猟師なら誰でも読めるだろう?」

 

 若者たちはハルコルの手元の木札を食い入るように見つめ、ハッと息を呑んだ。

 和人に騙されないために、和人の文字を覚えるのではない。自分たちの文化である「印(イトㇰパ)を刻む技術」を使って、和人と同じか、それ以上に正確な『記録の盾』を作り出すのだ。

 

「この木札のイトㇰパに数を刻んで残せば、明日になっても、来年になっても、絶対に嘘をつかない『証拠』になる。松前の役人がどれだけ口八丁で誤魔化そうとしても、お前たちがこの木札を突きつければ、二度と奴らは俺たちから富を盗めない」

「和人の嘘を打ち砕く、見えない盾……!」

 カントの瞳から反発の色が消え、強烈な使命感の炎が宿った。

 

「ミナ姉ちゃんが、印の彫り方と読み方を教える。今日からお前たちは、弓を引く訓練と同じくらい、この木札を正確に彫り、読み解く訓練をしてほしい」

「おうっ!!」

 若者たちは一斉に小刀を手に取り、真剣な眼差しで木札に向かい始めた。カリカリと木を削る音が、蝉時雨に混じって木陰に響く。

 

 少し離れた場所から、父・ペカンクㇽがその光景を静かに見守っていた。

(……恐ろしいことだ。あの童(わらし)は、村の若者たちをただの猟師や戦士ではなく、村の富を隅々まで管理する『頭脳(役人)』に変えようとしている)

 

 ハルコルは、ただ豊かな村を作りたいわけではない。アイヌモシㇼを自立した一つの巨大な『国家(経済圏)』として機能させるための、強固な情報インフラを、この夏、静かに創り上げようとしていた。

 

 

 数日後。

 ペカンクㇽは十数人の屈強な男たちと共に、サㇽ(沙流)からさらに東、日高の海岸線を進んだ先にあるシペチャリ(静内)へと足を踏み入れていた。

 そこは、アイヌモシㇼ東部を力で束ねる大首長・シャクシャインの強大な本拠地である。

 

 シペチャリの丘の上に築かれた巨大なチャシ(砦)は、深く掘られた空堀と幾重にも連なる土塁に囲まれ、和人の城にも劣らぬ威容を誇っていた。広大な敷地には無数のチセが立ち並び、アイヌの誇りである弓や槍が天を突くように並べられている。

 そして、その頂点に君臨するシャクシャインのカリスマは絶大だった。かつて松前藩が理不尽な交易の掟を押し付けてきた際、彼は東のすべてのコタンをまとめ上げ、猛烈な結束力で和人を震え上がらせて要求を撤回させた「東の大英雄」である。彼がいるからこそ、松前も容易には手出しができなかった。

 

 しかし――現在のシペチャリの足元には、重く淀んだ空気が漂っていた。

 西のオニビシとの泥沼の抗争により、男たちは長期間の警戒を強いられ、まともに猟や漁に出られていない。村の至る所にある干し肉の棚には獣の骨ばかりが虚しく吊るされ、行き交う女子供の顔には明らかな疲労と飢えの色が浮かんでいた。壮観な軍事力の裏で、彼らの暮らしは悲鳴を上げ始めていたのだ。

 

「……よくぞ自ら出向いてきたな、サㇽの狸親父」

 最も巨大なチセの奥。熊の毛皮が敷かれた上座にどっかりと座るシャクシャインは、白髪交じりの豊かな髭を蓄え、歴戦の猛者のごとき鋭い眼光でペカンクㇽを睨み下ろした。その堂々たる体躯から放たれる覇気は、飢えの渦中にあっても微塵も揺らいでいない。

 

 ふと、ペカンクㇽの視線が、シャクシャインの背後の薄暗がりに動いた。

(……和人か。しかも、ただの流れ者ではないな)

 シャクシャインの側近たちと同じ上座に、和装の男が数名、不気味なほど静かに座っていた。月代(さかやき)こそ伸びて無精髭を蓄えているが、その研ぎ澄まされた所作や眼光は、決して日銭を稼ぐ「砂金掘り」のそれではない。松前藩の厳しい統制を嫌って蝦夷地に流れ着き、シャクシャインの『参謀(軍師)』として陣営の深くにまで入り込んでいる、野心溢れる浪人や商人たちだ。

 彼らは新たな蝦夷地の利権を握るため、東の覇王に和人の兵法や知識、そして恐るべき『知恵』を吹き込んでいるのである。

 

「……で、何のつもりだ、ペカンクㇽ」

 シャクシャインは微動だにせず、声のトーンを一段落とした。

「三年前に貴様から借り受けた食糧の返済なら、戦が終わるまで待てと言ってあるはずだ。わざわざ嫌味を言いに、我らの腹の底を覗きにきたか?」

 

「いや、逆だ」

 ペカンクㇽは鷹揚に首を振り、ニヤリと老練な政治家の笑みを浮かべた。

「その過去の貸しは、すべて『帳消し』にしてやる」

 

「……」

 

「シペチャリの英雄殿に、土産もあるぞ」

 ペカンクㇽは不敵に笑い、背後の男たちに合図を送った。

 ドサリ、ドサリと、シャクシャインの目の前に巨大な木箱がいくつも置かれ、蓋が開けられる。中に入っていたのは、見事なまでに分厚く脂の乗った干し肉だった。

 

 その瞬間、シャクシャインの周囲に控えていた猛将たちの喉が、ゴクリと大きく鳴った。飢えに苦しむ彼らにとって、それは何よりも価値のある代物だった。

 

「さらに、今ここに持ってきた物資……いや、望むならこの倍の肉を、お前たちに無条件でくれてやろう。その代わり、オニビシの狂犬どもに荒らされている我らサㇽの河口に兵を進め、奴らを西へ押し返してもらいたい。お前たちに大義名分をくれてやる」

 

 チセの中が、水を打ったように静まり返った。

 それはつまり、サㇽの民の代わりにシペチャリの軍勢が矢面に立ち、オニビシと激突する「防波堤(盾)」になれという要求に他ならない。シャクシャインの配下たちが「我らを傭兵扱いするか!」と怒りで身を乗り出そうとする。

 

 だが、シャクシャインは手で彼らを制止した。

 そして、地鳴りのような低く恐ろしい笑い声をチセに響かせた。

 

「くく……ははははっ! なるほど、見事な『代理戦争』の盤面だ。我らを矢面に立たせて南の憂いを絶ち、貴様らは森の奥の砦に引きこもって別の絵を描くつもりか。……我らを腹を空かせた犬と侮ったな、ペカンクㇽ」

 

 シャクシャインの目が、ギラリと猛禽類のように光る。

「食糧はもらう。オニビシの首も獲ってやる。だが、我々は貴様らの都合のいい盾にはならん。我らが血を流してサㇽの海沿いに兵を進める以上、そこはもはや『緩衝地帯』ではない。今日からサㇽの河口は、我がシペチャリの領地として組み込む」

 

 ペカンクㇽは眉一つ動かさなかった。

「……我らはすでに海を捨てた。好きに名乗るがいい」

 

「話はまだ終わっていないぞ」

 シャクシャインは身を乗り出し、ペカンクㇽを射抜くように睨みつけた。

「腹を満たしても、牙がなければ狂犬は倒せん。貴様らが持っている『鉄』……槍の穂先と鉄の矢尻を、我らの軍勢に半分引き渡せ。出し惜しみは許さん」

 

 さらに、シャクシャインは低くドスを効かせた声で決定的な条件を突きつけた。

「そしてもう一つ。……オニビシとの戦いは、いずれ来る大きな戦火の『火種』に過ぎん。背後で糸を引いている和人(松前藩)をこの大地から叩き出すため、いつか私が全アイヌモシㇼを束ねて蜂起する時が必ず来る。その時……貴様らサㇽの陣営は、私に『服従』して先陣を切れ。中立などという甘えは、決して許さん」

 

 領土の割譲。資源の供与。そして、未来の対松前戦における軍事同盟の確約。

 単なる代理戦争の提案を、シャクシャインは自らの覇権を強固にするための「最高の踏み台」として逆に利用しようとしていた。これが、後に和人を震え上がらせる東の大英雄の底知れぬ狡猾さだった。

 

(……見事なものだ。だが、それすらも想定内よ)

 ペカンクㇽは内心で舌を巻きつつ、重々しく首を縦に振った。

「よかろう。鉄は用意する。そして和人と戦う日が来れば、我らサㇽは必ずやお前たちの『最大の力』となろう」

 

 嘘は言っていない。いつか来る松前との決戦の時、シペチャリ軍を支えることになるのは事実なのだから。

 

 こうして、表向きは東の覇王がすべての利を掠め取ったかに見える凄絶な交渉により、南の海沿いの「時間」は完全に買われた。

 

 

 そしてその頃。

 サㇽ・ペッ(沙流川)の源流に近い、深く険しいポロヌプリ(日高山脈)のルベシベ(分水嶺)。

 

「……っ、急げ。日が暮れる前に、この谷を抜けるぞ」

 北の首長たちへ向かう使者の長として選ばれた屈強な若き猟師・ウタは、額から滴る汗を拭いながら、背後の仲間たちに声をかけた。

 

 夏のアイヌモシㇼの内陸山地は、過酷を極める。

 人間の背丈を優に超える巨大な熊笹(くまざさ)と、傘のように広がる秋田蕗(あきたぶき)が視界を完全に塞ぐ。鬱蒼と生い茂るトドマツやエゾマツの原生林が風を遮るため、谷底は息苦しいほどの湿気と熱気に包まれており、息をするだけで体力が削られていく。足元は腐葉土と倒木に足を取られ、無数のアブや蚊が容赦なく襲いかかってくる。

 

 何より彼らを心理的に疲弊させていたのは、ここがすでに自分たちの村の『イウォㇽ(伝統的な狩猟の縄張り)』を完全に外れた、未知の領域だということだ。どの木に神が宿り、どの沢に魔物が潜んでいるのか、一切の勘が働かない。

 

 本来、アイヌの猟師が深い山を越える際は、サッチェプ(乾燥鮭)や、ポクサイ(乾燥させた鹿の肺や腸)、干し肉などを携帯食とする。しかし、これらは塩気や獣の匂いが強く、長旅では喉の渇きを誘発し、何よりその血と脂の匂いが「森の主」を引き寄せる危険があった。さらに、現地で獲物を狩って火を熾(おこ)す時間も必要となり、歩みはひどく遅くなる。

 

「ここで少し休もう。……例のものを出せ」

 ウタの合図で、若者たちは倒木に腰を下ろし、背負っていた荷袋からゴツゴツとした土色の塊を取り出した。茹でてから完全に乾燥させた『エモ』である。

 

「……何度食べても、恐ろしい食い物だ」

 ウタは、川の水で少しふやかしたエモを口に運び、深く息を吐いた。

「サッチェプのように喉も渇かず、獣の匂いもしない。火を熾さずとも歩きながら食え、何より腹の底から直接、炎のように力が湧いてくる。……ハルコル様が持たせてくれたこの『エモ』がなければ、これほどの重い荷を背負って、数日でここまで登ってくることなど到底不可能だった」

 

 彼らの背中には、自分たちの食料だけでなく、北の大首長へ献上するための極上のエモと干し肉がぎっしりと積まれている。未開の山越えという最大の障壁すら、エモという『最強の兵站(ロジスティクス)』が容易く打ち破っていた。

 

 ――しかし、その時だった。

 不自然に、風が止んだ。森の奥から響いていた鳥や虫の鳴き声が、ピタリと消え失せる。

 

 プン、と。

 むせ返るような夏の森の匂いに混じって、生臭い『血と腐肉の悪臭』がウタの鼻腔を突いた。

 

「……ッ! 武器を構えろ!! 風下に回られた!」

 ウタが叫んだ瞬間、数メートル先の巨大な熊笹の群れが、爆発したように弾け飛んだ。

 

「ルォォォォォォオオオオッ!!」

 凄まじい咆哮とともに姿を現したのは、立ち上がれば三メートルにも迫る、黒褐色の巨大なヒグマだった。

 しかし、それは彼らが畏れ敬うキムンカムイ(山の神)ではない。顔の半分が古傷でえぐれ、涎を垂らし、人間を「ただの餌」として見つめる血走った眼。和人の罠にかかったのか、あるいは人の味を覚えて狂ったか。間違いなく、殺さねばならない『ウェンカムイ(悪しき神・魔物)』であった。

 

 通常のアイヌの旅であれば、絶体絶命の死地だ。仕掛け弓もなく、毒矢(スルク)を放っても、毒が回る前に分厚い毛皮と筋肉に阻まれ、数人は確実に反撃で肉塊に変えられる。

 しかし、ウタたち使者の目は死んでいなかった。

 

「構えろ! ハルコル様が授けた『見えない弓』の力を見せてやれ!」

 ウタたち五人の使者は、背負っていた荷物から、見慣れぬ奇妙な武器を引き抜いた。

 それは、ハルコルが交易で得た上質な鉄の古釘を鍛冶職人に打ち直させ、通常の仕掛け弓よりも小さく、山歩きの邪魔にならないよう軽量化を施した『携帯型・鉄の機械弓(クロスボウ)』だった。

 

 すでに太い麻の弦は引かれ、留め具で固定されている。彼らは瞬時に太い鉄の矢をセットし、肩に台座を押し当てて、突進してくるウェンカムイの巨大な頭部と胸に狙いを定めた。

 

「放てッ!!」

 

 パンッ!! という乾いた破裂音が、五つ同時に森へ響き渡る。

 和人の鉄砲のような煙も火花も出ない。しかし、鍛え上げられた鉄のバネが弾き出した凄まじい張力は、アイヌの伝統的な弓矢の数倍の初速と貫通力を生み出していた。

 

「ギャァァァアアアアアッ!?」

 放たれた五本の鉄の矢は、分厚いヒグマの頭蓋骨を砕き、分厚い筋肉を容易く貫通して心臓と肺を正確に撃ち抜いた。

 巨大な質量が空中でビクンと跳ね、そのまま地響きを立てて腐葉土の上へと崩れ落ち、二度と動かなくなった。

 

「……信じられねえ」

 静まり返った森の中で、若き使者の一人が震える声で呟いた。

 熟練の猟師が命懸けで挑む森の魔物を、ほんの一瞬で、しかも無傷で屠ったのだ。ハルコルが授けたこの『鉄の技術』は、過酷な自然の脅威すらも完全に凌駕していた。

 

 ウタは倒れたヒグマに歩み寄ると、神に捧げるイナウ(木幣)を削ることも、祈りを捧げることもなく、ただ冷たい眼差しで見下ろした。

「肉を剥ぐ必要はない。悪しき魂が二度と我々の世界に戻らぬよう、このまま腐らせて土の底へ送り返す」

 それは、魔物に堕ちたウェンカムイに対する、アイヌの厳格な作法であった。

 

「エモ(兵站)と、鉄(武力)。……ハルコル様は、この大地の理(ことわり)そのものを覆そうとしているんだ。我々が、新しい道を切り拓く!」

 ウタは、仲間の無事を確認すると、確かな自信に満ちた目で山頂へと向き直った。

 

 そして数日後。

 鬱蒼としたハイマツの尾根を抜け、ついにポロヌプリ(日高山脈)の険しいルベシベ(分水嶺)を登り切った使者たちの目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 

「おお……おおおお……!」

 眼下に広がっていたのは、緑に輝く広大なフラヌイ(富良野)の盆地と、その大地を縫うようにうねる、巨大な銀色の蛇。イシカㇼペッ(石狩川)へと続く巨大水系『ソラㇷ゚チペッ(空知川)』の雄大な姿であった。

 

「見ろ! あそこまで下って丸木舟(チプ)を造れば、あとはあの川の流れが俺たちを北の大首長・ハウカセの陣営まで一直線に運んでくれる……!」

 

 海を塞がれた彼らの前に、誰も知らなかった「内陸の巨大なハイウェイ」がその姿を現した瞬間だった。




第14話をお読みいただき、ありがとうございます!

おまけの用語解説コーナーです。

【キムンカムイ(山の神)とウェンカムイ(悪しき神)】
アイヌの人々にとって、ヒグマは単なる恐ろしい猛獣ではありません。彼らはヒグマを「キムンカムイ(山の神)」と呼び、肉や毛皮という豊かな恵みを人間の世界へ届けてくれる、非常に位の高い尊い神様として敬っていました。(狩った後も『イオマンテ』などの儀式で、手厚く神の国へ送り返します)

しかし、理由もなく人間を襲ったり、人肉の味を覚えてしまったヒグマは別です。アイヌはこうしたヒグマを「ウェンカムイ(悪しき神・魔物)」と呼び、キムンカムイとは明確に区別しました。
ウェンカムイとされたヒグマは、神としての敬意を払われることはなく、討ち取られた後も通常の儀式は行われず、厳しく切り刻まれるなど「罰」を与えられました。

【アイヌの伝統的な保存食】
冬の蝦夷地を生き抜くため、アイヌは極めて高度な保存食の文化を持っていました。
代表的なものが、秋の鮭を寒風でカチカチに乾燥させた「サッチェプ(干し鮭)」です。他にも鹿の肉の干し肉や、オオウバユリの根からデンプンを取り出して発酵・乾燥させた保存食など、自然の恵みを無駄なく長期間保存する知恵を持っていました。


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