オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~   作:サウス

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第20話:狂犬の逆襲と、塞がれた海【1660年 夏】

 サㇽ・ペッ、沙流川の河口は、夏の夜だというのに妙に生ぬるい潮風に包まれていた。

 川面には満ち潮が押し寄せ、岸辺には脂の弾ける香ばしい匂いが漂う。

 焚き火の赤い明かりが水面に揺れ、男たちの陽気な笑い声が、砦の丸太柵を越えて夜の闇へ広がっていく。

 

 「がははっ! 見ろ、この見事なサクラマスを! サㇽの川の恵みは、我がシペチャリに次ぐ圧倒的な規模だ!」

 

 「春の雪解け水に乗って、丸々太った川魚がいくらでも遡上してきやがる! この豊かな川を完全に押さえた以上、今年の秋の鮭漁も、我がシャクシャイン勢の独壇場だぜ!」

 

 サㇽ川の河口に築かれた強固な前線拠点では、夜の帳が下りているにもかかわらず、盛大な宴が開かれていた。

 彼らは前年の秋、ニプタイとの密約によってこの地へ進出し、西のオニビシに対する防波堤として陣を敷いた。冬のあいだも内陸のニプタイから食糧の支援を受け、飢えを知らぬまま春を越えてきた彼らにとって、この丸太柵と見張り櫓を備えた砦は、少数の敵の襲撃など容易く跳ね返せる絶対の安全圏に見えていた。

 

 広場の中央では、赤々と焚き火が燃え上がっている。

 串刺しにされた大ぶりのサクラマスやウグイが、ぱちぱちと音を立てて脂を滴らせ、香ばしい匂いを夜空へ放っていた。

 

 「おい、見張りの連中にも少し魚と酒を回してやれ! 腹が減っては戦はできんからな!」

 

 「へへっ、戦なんて起きやしねえよ。西のオニビシの狂犬どもは、冬の飢えで骨と皮だけになっちまってるって噂だ。この堅牢な砦に、死に損ないが攻め込んでこれるはずがねえ!」

 

 物見櫓の上に立つ見張り兵たちも、手に持つ槍をだらりと下げていた。

 暗い海や西の森の奥を警戒するどころか、背後から漂ってくる焼き魚の匂いと、仲間たちが歌う陽気なウポポの熱気ばかりを振り返り、下品な笑いを漏らしている。

 

 圧倒的な大軍勢。

 強固な拠点。

 目の前に広がる尽きることのない川の幸。

 

 東の覇王シャクシャインの威光を笠に着た彼らの心には、致命的なまでの慢心が根を張っていた。

 

 ――だが、彼らは気づいていなかった。

 焚き火の明かりが自分たちの目を眩ませ、柵の向こうに広がる漆黒の闇に潜む、張り詰めた殺意を完全に覆い隠していたことに。

 

 

 

 

 

 

 砦から少し離れた西の砂丘の陰。

 草木も眠る暗闇の中、雪解けの冷たい泥に腹を這わせ、亡霊のように息を殺す百を超える軍勢があった。

 ずっと西へ追いやられ、冬を越えてきたオニビシの軍勢である。

 

 「……クソッ、肉の匂いがしやがる。シャクシャインどもめ、俺たちの川でたらふく食いやがって……!」

 

 冬の飢えで頬をこけさせた戦士たちは、砦から漂う焼き魚の匂いに、奥歯を噛み締めた。

 飢えが深いほど、恨みも深い。

 だが、その目は決して濁っていない。

 彼らは飢えた獣ではなく、冷徹な指揮官に統率された軍隊だった。

 

 「静まれ。音を立てた者は、この場で俺が殺す」

 

 低く、しかし氷のように冷酷な声が、戦士たちの殺気をぴたりと縫い留める。

 軍の先頭で身を屈めているのは、オニビシの娘婿にあたる若き猛将、ウタフである。

 その眼差しは、炎に照らされた砦を見据えながら、獲物の首筋を測る獣のそれに似ていた。

 

 (……見張りの目は完全に死んでいる。腹を満たし、柵に守られているという驕り。あれこそが、お前たちの致命傷だ)

 

 ウタフは、自ら率いる本隊を西の海岸沿いの正面に伏せていた。

 だが、彼の戦術はそれだけではない。

 すでに闇に紛れてサㇽ川の少し遡ったところには別働隊を潜ませ、敵が内陸のニプタイへ逃げ込む退路を断っている。

 さらに、波音に紛れて海上からは数十隻の丸木舟が、砦の真裏へと音もなく忍び寄っていた。

 

 「……時は満ちた。合図を送れ」

 

 直後、隣の戦士がうなずく。

 闇夜を引き裂くように一本の火矢が放たれた。

 赤い尾を引いた矢は、砦の物見櫓の茅葺き屋根へ深々と突き刺さる。

 

 「な、なんだ!? 火矢!?」

 

 「どこからだ!――」

 

 見張り兵の絶叫に続いて、海上から無数の矢が雨あられと降り注いだ。

 先ほどまで陽気な宴の場だった場所は、一瞬で阿鼻叫喚の地獄へ変わる。

 

 「うわぁぁっ! 敵襲だ! 海からオニビシ軍が来たぞ!!」

 

 「弓を持て! 水際を防げ!!」

 

 酒と魚で腹を満たし、完全に弛緩しきっていたシャクシャイン勢の戦士たちは、慌てふためいて武器を手に取り、海側へと殺到した。

 

 ――それこそがウタフの狙いだった。

 敵の注意が完全に海へ向いた、その瞬間。

 手薄になった正面ゲートめがけて、ウタフは氷の刃のような声で号令を下す。

 

 「正面の柵を食い破れ!! 奴らを血祭りにあげろォォッ!!」

 

 「ルォォォォォオオオオオッ!!」

 

 闇の砂丘から、統制の取れた軍勢が地鳴りのような咆哮を上げて雪崩れ込んだ。

 

 「なっ……!? 西からも!?」

 

 海側に気を取られていたシャクシャイン勢が振り返った時には、すでに遅い。

 丸太の柵に群がったオニビシの戦士たちは、松前から手に入れた和人の鉞(まさかり)を一糸乱れぬ動きで振り下ろし、瞬く間に強固な柵を打ち砕いた。

 

 「ひぃっ……! 来るな、来るなァッ!!」

 

 「だめだ、防ぎきれねえ!!」

 

 砦の中に雪崩れ込んだオニビシの戦士たちは、凄まじい修羅と化していた。

 冬の飢えを耐え抜いた彼らの規律ある動きと、研ぎ澄まされた殺意の前に、動きの鈍いシャクシャインの戦士たちは圧倒され、次々と屠られて血の海に沈んでいく。

 

 「退け! 一旦、川を遡ってサㇽの奥へ逃げろ!!」

 

 恐怖に駆られた将が、内陸への撤退を指示した。

 しかし、川の上流へ逃げようとした彼らの前に、暗闇から第三の別働隊がぬっと姿を現した。

 

 「上流も塞がれているぞ! 退路がねえ!!」

 

 海。西の海岸。川の上流側。

 三方向を完全に包囲されたシャクシャイン勢は、瞬く間にパニックへ沈み、総崩れとなった。

 彼らは武器を放り出し、唯一残された東――自分たちの本拠地であるシペチャリの方角へ向かって、暗い森の中を泣き叫びながら潰走していくしかなかった。

 

 「追撃の手を緩めるな。部隊を分けるぞ」

 

 血まみれになった砦の中央で、ウタフが冷徹な声で配下の将たちに命じる。

 勝利の高揚に酔いはしない。指揮は淀みなく、むしろ静かだった。

 

 「一隊は潰走したシャクシャイン勢を追撃せよ。奴らに息をつかせるな、シペチャリまで押し込んで恐怖を植え付けろ」

 

 「ははっ!」

 

 「先陣を切ってこの砦を落とした半数の者たちは、ここで休息だ。奪った魚と肉で体力を回復させろ」

 

 ウタフは、真っ赤に燃え上がる物見櫓を見上げながら、森の奥深く――ニプタイの方角へ鋭い視線を向けた。

 

 「後詰めとして進軍しているオニビシ様の本隊がここに到着し次第……次はいよいよ、海を塞がれた森の奥へも一手を差し向けることになるだろう。砦の修復と守りを固めておけ」

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 燻る茅葺き屋根の煙と、むせ返るような血の匂いが立ち込めるサㇽの河口砦に、地響きを立てて大軍勢が到着した。

 シャクシャイン勢の物資を奪い取るため、後詰めとして進軍してきていた西の覇王、オニビシの本隊である。

 

 「おお……おおおっ! 見よ、この食糧の山を! サクラマスに干し肉、それに和人の上質な鉄鍋まであるぞ!」

 

 砦に足を踏み入れた戦士たちは、山と積まれた物資を見て歓喜の声を上げた。

 

 「静まれ! 勝どきを上げるのはまだ早いぞ!」

 

 兵たちを一喝し、砦の中央へ進んできたのは、歴戦の猛者のごとき威圧感を放つ大男、オニビシその人だった。

 顔には幾重もの刀傷が刻まれ、眼光は燃え盛る火のようにぎらついている。

 

 「義父上。お待ちしておりました」

 

 返り血で赤黒く染まった槍を傍らに置き、ウタフが静かに片膝をついて首を垂れた。

 

 「ウタフよ、よくやった! 我らの窮地を救う、見事な夜襲であった!」

 

 オニビシは、自慢の娘婿の肩を力強く叩いた。

 

 「して、状況はどうなっている? 敵の損害は?」

 

 「シャクシャイン勢は完全に慢心しておりました。正面、海上、そして上流からの三方同時奇襲により、駐留部隊は半数以上が討ち死に。残る者たちも武器を捨て、シペチャリの方角へ無残に潰走していきました」

 

 ウタフは、感情を交えぬ冷徹な声で、正確に報告を続ける。

 

 「現在、我が軍の半数が、逃げる敵を追って東へ追撃をかけております。奴らに息をつかせる暇を与えず、恐怖を骨の髄まで植え付けるために」

 

 「くく……ははははっ! さすがは我が軍の誇る若獅子よ!」

 

 オニビシは、血に染まった大地を踏みしめながら、腹の底から歓喜の笑い声を轟かせた。

 

 「あの忌々しいシャクシャインの軍勢が、尻尾を巻いて逃げ出すとはな! これは天が我らに与えた最大の好機ぞ!」

 

 オニビシは東の空――シペチャリの方角を鋭く睨み据えた。

 

 「追撃の一隊だけでは足りん! 休ませている先陣の兵も叩き起こせ! 我ら本隊もこれより全速で東へ向かい、追撃隊と合流する!」

 

 「一気に、シペチャリまで押し込むおつもりですか」

 

 「そうだ! 奴らが体制を立て直す前に、このサㇽからシペチャリまでの広大な海岸線を、すべて我らの縄張りとして塗り替えてやるのだ!」

 

 それは、長きにわたる泥沼の抗争の均衡を、完全にひっくり返す冷酷な決断だった。

 

 「では、サㇽの河口の守はどうなさいますか?」

 

 ウタフの問いに、オニビシはニヤリと口角を吊り上げた。

 

 「ウタフ、お前は一隊を率いてこのサㇽに残れ。川を遡り、森の奥の者ども――ニプタイを平伏させるのだ」

 

 オニビシの目に、侮蔑の色が浮かぶ。

 

 「奴らも豊かな食糧を隠し持っていると聞く。可能ならば砦を落とし、すべての富を奪い取って我が軍門に降らせよ。……だが」

 

 オニビシはウタフに顔を寄せ、声を一段落とした。

 

 「もし奴らが森の地の利を活かして激しく抵抗するようなら、無理攻めはするな。無駄な血を流す必要はない」

 

 「無理攻めは不要、ですか」

 

 「ああ。この地の真の富は、あくまでこの海沿いにあるのだからな」

 

 オニビシは、足元に転がる和人の鉄鍋を蹴り飛ばした。

 

 「鮭が遡上するのも海から。和人の商船が鉄や塩を運んでくるのも海からだ。我らがこうして河口を完全に押さえてしまえば、森の奥に引きこもる者など、いずれ鉄も塩も尽きて必ず干上がる。そうなれば、奴らの方から泣いてすがりついてくるわ!」

 

 「……御意。海を塞ぎ、奴らを真綿で首を絞めるように屈服させてご覧に入れます」

 

 ウタフが深く頭を下げると、オニビシは満足げに頷き、雄叫びを上げて本隊とともに東へ進軍していった。

 

 

 

 

 

 

 「申し上げます!! 河口のシャクシャイン勢が総崩れ! サㇽの海は、完全にオニビシの軍勢に飲み込まれました!!」

 

 内陸のニプタイ。

 息を切らして駆け込んできた巡回隊長カントの悲痛な報告に、大きなチセに集まっていたペカンクㇽや村の重鎮たちは、一様に顔色を失った。

 

 「なんだと!? あの東の覇王の軍勢が、こうも呆気なく破られたというのか!」

 

 「すぐに我ら巡回部隊に出撃の許可を! 奴らが体制を整える前に、河口から追い払います!今ならシャクシャイン勢も態勢を整えて戻ってくるかも。」

 

 血気にはやるカントに対し、重い沈黙を破ったのはペカンクㇽだった。

 太い腕を組み、低く唸るように首を横に振る。

 

 「ダメだ、カント。今から出撃しても間に合わん。オニビシの婿であるウタフという将は、非常に狡猾で有能な男だ。我らの伏兵を警戒して、すでに兵を休ませつつ、河口に強固な橋頭堡を築き終えているはずだ。それに、追ってオニビシの本隊も合流するだろう」

 

 「し、しかし! このままでは海への出口を完全に塞がれちまいます! カニタが作った雷を使えば……!」

 

 「それもダメだ」

 

 今度は、ハルコルが悔しさに唇を噛みながら口を開いた。

 

 「焙烙は、まだ味方が安全に投石紐で遠くへ飛ばす訓練が終わっていない。焦って実戦に持ち出して、手元に落としでもすれば、自爆して吹き飛ぶ。……僕らの負けだ。対応が遅れた」

 

 兵站と技術で勝っていても、情報の伝達速度と新兵器の訓練期間という現実が、最後に壁として立ちはだかった。

 シャクシャインという厚い防波堤が、数日のうちに決壊するなど、読み切れていなかったのだ。

 

 「……ハルコルの言う通りだ」

 

 ペカンクㇽが深く息を吐き出した。

 

 「海を失うのは痛手だが、今は守りを固めるのが先決だ。門を閉ざし、櫓の矢を増やせ。……来るぞ」

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 オニビシの命を受けたウタフは、百ほどの屈強な戦士を率いてサㇽ川に沿って遡上し、ニプタイの前に陣を敷こうとしていた。

 だが、木々を抜けてニプタイの前に出た瞬間、彼らの足はぴたりと止まる。

 

 「……なんだ、ありゃあ……?」

 

 ウタフは、手にした槍を取り落としそうになるほどの衝撃を受けた。

 数年前、オニビシの軍勢は一度このコタンを攻め落とそうと迫り、撃退されたことがある。

 その時の報告でも、ここが堅い村だとは聞いていた。

 だが、彼らの目の前にそびえ立っていたのは、そんな記憶をはるかに超えた、異様な防衛設備だった。

 

 大人がすっぽり入るほど深く掘り下げられた空堀。

 その奥に、以前よりさらに高く突き固められた土塁。

 そして先端を鋭く削った極太の丸太柵が、蟻の這い出る隙間もなく二重三重に村を覆っている。

 

 さらに、点在する物見櫓の上では、冷酷な目をした若者たちが、鈍く光る鉄の仕掛け弓を一斉にこちらへ向けていた。

 

 (以前の報告とまったく違う……! あの狸ども、密かに増築を続けていたというのか。これではまるで和人の城ではないか!)

 

 背筋を冷たい汗が流れる。

 だが、ウタフは義父から受けた言葉を思い出す。

 無理攻めはするな。

 いや、禁じられていなくとも、この地を力攻めで落とそうとすれば、こちらが一方的に撃退される。落とすには数が足りない。

 知将である彼の目には、それが明白だった。

 

 ウタフは内心の震えを押し殺し、あくまで勝者の余裕を装って一歩前へ出る。

 

 「我は西の覇王オニビシが娘婿、ウタフである! 貴様らサㇽの者どもに告ぐ!」

 

 怒号が、壁に空しく反響する。

 

 「サㇽの河口は、我が軍勢が完全に掌握した! 海への道はすべて塞がれたぞ! 生き延びたければ直ちに城門を開き、すべての食糧と毛皮を差し出してオニビシ様に平伏せよ!」

 

 威圧的な降伏勧告。

 だが、巨大な門の向こうから返ってきたのは、悲鳴ではなかった。

 ペカンクㇽの、大地を揺らすような笑い声だった。

 

 『くく……ははははっ! 若僧が、河口の砂利を拾って王になった気でいるか!』

 

 土塁の上に、ペカンクㇽが姿を現す。

 

 『平伏せよだと? 出来るものなら、その自慢の槍でこの堀を越えてみるがいい! お前たちの体がハリネズミに変わる前に、柵の木を一本でもへし折れたら、話を聞いてやろう!』

 

 「き、貴様ら……ッ! 海を封鎖されて、塩も和人の鉄も手に入らぬまま干上がるがいい!」

 

 ウタフは顔を真っ赤にして怒鳴り返したが、それ以上前へ踏み出すことはできなかった。

 

 「……覚えておけ! サㇽの川魚一匹、決して海へは出さぬ!」

 

 忌々しげに唾を吐き捨てると、ウタフは戦士たちに撤退の合図を出した。

 

 遠ざかるオニビシ勢の背中を見下ろし、ハルコルは土塁の上で密かに冷たい笑みを浮かべた。

 

 (……海を封鎖されて干上がる? 無理もない。他のコタンは皆、和人商人との交易に依存しきっているからな)

 

 だが、オニビシたちは知らない。海を塞がれたところで、このニプタイはすでに遠くの同胞たちと手を結び、和人を介さない『アイヌ同士の交易ルート』を山や川を越えて再構築しつつあるということを。

 

 オニビシの目論見通り、彼らは直接攻撃を諦め、河口の砦を固めサㇽを兵糧攻めにする道を選んだのである。

 

 この時代の戦いでは、武器そのもの以上に、装備と地の利が生死を分けた。

 海獣の皮を幾重にも重ねた軽い防具を着るアイヌの戦士たちは森や湿地では恐ろしく手強いが、和人の重い甲冑をまとった兵に対しては、毒を塗った矢の一撃が届く前に装甲で受け流されることも多い。

 それでも、森での奇襲や待ち伏せは、互いに重装備を持たぬアイヌ同士の争いではなお致命的で、今回はその夜襲の速度と包囲が、慢心した軍勢を呑み込んだ。




第20話をお読みいただき、ありがとうございます!

おまけの解説コーナーです。

【アイヌの防具(ハヨクペ)と装備の格差】
アイヌの戦士たちが身につけていた防具(鎧)は、アイヌ語で「ハヨクペ」と呼ばれます。和人や大陸との交易で鉄製の甲冑(小札甲など)を手に入れる有力な首長もいましたが、一般の戦士たちは森での機動力を重視し、トド(海獅子)やアザラシなどの非常に分厚く頑丈な海獣の皮や、動物の毛皮を幾重にも加工した軽装の鎧を身につけていました。
一方、松前藩の武士たちは、鉄や革でできた強固な「和人の甲冑」を装備し、足軽たちも矢や刀を通しにくい分厚い綿入れ半纏(はんてん)を着込んでいました。

【アイヌの武器と戦術】
アイヌの主力武器は、トリカブトの根などを発酵させて作る猛毒を塗った「毒矢(スルク)」です。この毒はかすり傷でもヒグマを死に至らしめるほど強力でしたが、弓自体の「張力(物理的な貫通力)」は弱かったため、和人の分厚い装甲には弾かれてしまうことも多いです。
しかし、互いに鉄の重武装を持たないアイヌ同士の争いにおいては、この毒矢や槍、和人から手に入れた鉞(まさかり)や刀(エムシ)を用いた戦闘は極めて致死率が高く、地の利を活かした奇襲・待ち伏せが最も効果的な戦術として用いられていました。



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続く第21話も翌日に投稿しますのでよろしくお願いします!
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