オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~   作:サウス

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第22話:閉ざされた海と、北の報せ【1660年 秋】

 サㇽの森が燃えるような紅葉に染まるころ、アイヌモシㇼの海沿いは、重く冷たい緊張感に包まれていた。

 サㇽ川の河口に、ウタフの軍勢が駐留する砦は、もはや単なる砦ではなかった。

 

 丸太を幾重にも組み、見張り櫓を高く据え、川と海の境目そのものを塞ぐようにして築かれたその陣地は、「海への出口」を完全に奪っていた。

それだけではない。

 

 秋の交易の季節を迎え、南からやってきた松前藩の商船たちは、上流のニプタイへ向かうことを早々に諦め、ウタフの砦に船を横付けしたのである。

 夏の奇襲でシャクシャイン勢から奪い取った大量の物資、毛皮、干物。

 

 それらを松前の商人たちに差し出し、米や酒、鉄を独占的に手に入れる。

 

 そうして河口を押さえたオニビシ陣営は、サㇽの富そのものを自分たちのものとして振る舞いはじめていた。

 つまり、これまでサㇽの恵みを支えていた商いの流れは、事実上、ニプタイからオニビシ陣営へと移ってしまったのだ。

 

 「……ウタフの奴らめ、河口でこれ見よがしに和人の酒盛りをしてやがる。おまけに東のシペチャリでは、松前の知行主どもが軍船を出して、無理やり戦を止めさせ、自分たちの商売を再開させたそうだ」

 

 偵察から戻った巡回部隊の隊長カントが、忌々しげに土間の柱を殴りつけた。

 

 「このままでは、今年の冬は和人の鉄も塩も、一切村には入ってこねえぞ」

 

 チセの中に集まった村の重鎮たちの顔も、一様に暗い。

 

 エモの備蓄があるため、すぐの心配こそない。だが、海からの物資が絶たれれば、いずれジリ貧になるのは誰の目にも明らかだった。

 その沈黙を破ったのは、ハルコルだった。

 

 「慌てる必要はないよ、カント」

 

 少年の声は、むしろ落ち着いていた。

 

 何事もなかったように立ち上がり、囲炉裏の火を一度だけ見やる。

 

 「ウタフは『海を制したから勝った』と思っている。松前の商人も『サㇽの商場をウタフに乗り換えれば済む』と思っている。……なら、その古い常識のまま、河口の砂利の上で勝手に喜ばせておけばいい。僕らには、海の鉄より大事な実りがある」

 

 

 

 

 

 

 その日の午後、ニプタイの要塞の外に広がる開墾地は、村人たちの歓声に包まれていた。

 

 「おおっ……! 今年もすげえぞ、いくらでも出てきやがる!」

 

 「やっぱりエモの収穫は凄まじいな。これだけの数があれば、冬の心配など吹き飛ぶぜ!」

 

 灰色の土を掘り返すたび、ゴロゴロと丸々と太ったエモが顔を出す。

 

 春に植えた種芋が、短い夏のあいだに十数倍にも増えていたのだ。ニプタイの者たちにとってはすでに数度目の経験だが、それでも土の中から溢れ出す圧倒的な生命力を前に、歓声が上がるのを止められなかった。

 大人も子どもも泥だらけになりながら、夢中で芋を籠へ放り込んでいく。

 

 その中で、ひときわ熱心に、そして涙を浮かべて作業に没頭している一団があった。去年の秋からニプタイに滞在し、栽培を学んできたヨイチの者たちである。

 

 「……信じられん。本当に、自分たちの手でこれほどの食糧を生み出せるとは」

 

 春の作付けから土作りに至るまで、一からエモと向き合ってきた彼らにとって、これはただの収穫ではなかった。自分たちのコタンから飢えを消し去るための、希望そのものだったのだ。彼らは泥まみれの芋を愛おしそうに撫で、その重みを噛み締めていた。

 冬を前にして、これほど豊かな食糧が村に満ちたことなど、アイヌの長い歴史の中でもほとんどなかった。

 

 「……見事なものだな。これなら、今年の冬は誰もひもじい思いをせずに済む」

 

 父ペカンクㇽが、ずっしりと重い籠を持ち上げながら、深い安堵の息を吐いた。

 だが、その横でエモの蔓を引き抜いていたハルコルの目は、喜びに沸く村人たちとは違う、冷徹な計算の色を帯びていた。

 

 (大豊作だ。……でも、来年はここにエモを植えられない)

 

 土の感触を指先で確かめながら、ハルコルは内心で思案する。

 

 厳しい冬で地面が凍るこの地では、一年に一度しか作物を育てられない。

 

 同じ土地でエモを作り続ければ、土の養分を吸い尽くし、病や害虫が蔓延する連作障害を引き起こす。特に、初期に開墾した箇所からのエモは他と比べると小ぶりであった。さすがに来年もエモを植えれば連作障害を起こしかねない。

 

 (土を回復させるには、毎年違う作物を植える輪作しかない。今年エモが吸い尽くしたこの畑には、来年は大豆だ。根に棲む菌が土へ栄養を呼び戻してくれる)

 

 これまで貴重な食料として食べてしまっていた大豆を、来年は種として畑一面へ撒く。

 

 エモで腹を満たし、大豆で土を回復させる。

 

 三年目は、アイヌの伝統的なアワやヒエを植えて、害虫のサイクルを断ち切る。

 そこまで考えて、ハルコルは一度息を吐いた。

 

 (だが、最後の四年目の作物が足りない。固くなった土を根で深く耕し、なおかつ冬の長い夜を照らす油が採れる作物……菜種が、どうしても必要だ)

 

 和人との交易は途絶え、海は塞がれた。

 

 その種を、どうやって手に入れるのか。

 ハルコルの頭の中で、巨大な盤面が静かに回り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。豊作を祝う宴の準備が進むチセの外から、ドヤドヤと騒がしい足音が近づいてきた。

 

 「ペカンクㇽ様! ソウヤへ向かっていた者たちが、ようやく戻ってきましたぜ!」

 

 扉が開き、長旅で泥だらけになった使者が転がり込んできた。

 

 春に全道へエモを広めるために出発した使者の中で、たった二人だけ北の果てへ向かい、帰還が遅れていた男たちである。

 

 「無事だったか! 北の様子はどうだった」

 

 「へへっ、ソウヤの首長はエモを大層喜んでくれやした。栽培方法もしっかり教えてきました。あそこには海の向こうの島を経由して、山丹交易をしにアイヌが来ましてね。そこで、とんでもねえ話を聞いてきたんですわ」

 

 使者は声を潜め、勿体ぶるように身を乗り出した。

 

 「ここ十数年、アムール川っていう大陸のデカい川を、北西からラセツと呼ばれる白くて毛深い巨人たちが下ってきていたらしくって。奴ら、周辺の集落を荒らし回っては、ヤサクっていう重い年貢を無理やり巻き上げていたそうです」

 

 「北の巨人……」

 

 ペカンクㇽが怪訝な顔をする中、ハルコルはハッとして身を乗り出した。

 

 (史実のロシアの東進と、コサック兵による毛皮税の取り立てか!)

 

 「たまりかねた地元の者たちが山丹の主に助けを求めて、一昨年、ついに大軍が討伐にやってきた。なんでも、チョウセンっていう南の国の兵士たちも、火縄銃を持って加勢に来たらしく、清と朝鮮、地元民の連合軍になったそうです」

 

 「それで、どうなった」

 

 「川の中流で、デカい船同士の凄まじい戦になったそうです! 結果は山丹側の大勝利。巨人の船は沈められ、奴らはアムール川から完全に追い出されて逃げ帰ったとか」

 

 使者は興奮冷めやらぬ様子で土間を叩いた。

 

 「ソウヤの首長は笑ってましたぜ。『略奪者が消えたなら、これからは大陸との山丹交易がもっと活発になる』って。」

 

 (清露国境紛争……! 史実で知っている。まだロシアは南下を諦めない……!)

 

 ハルコルは目を細めた。

 

 大陸の情勢が大きく動いている。

 

 それは、アイヌを取り巻く世界が松前藩だけではないという、確かな証拠だった。

 

 「いや、その情報こそが一番の宝だよ。ご苦労だった。」

 

 

 

 

 

 

 ソウヤからの使者の帰還に沸き立つニプタイへ、その翌日、さらに珍客が連行されてきた。

 

 「ペカンクㇽ様。森の中をさまよっていた和人を捕まえました。津軽の商人からの使いだと言っています」

 

 連れてこられたのは、津軽の裏商人の密使だった。

 

 

 彼は土間へ座らされながらも、さして怯える様子もなく居住まいを正した。

 

 その視線の先、上座にはニプタイの首長である巨躯のペカンクㇽがどっしりと鎮座し、その傍らにハルコル、ミナも控えている。

 

 「難儀しましたぞ、ペカンクㇽ様。……今年の秋は、サㇽの河口に我らの船を近づけることができませぬ。ウタフの軍勢が目を光らせており、松前の番船までうろついている始末。頭も、皆様との毛皮の取引が途絶えるのは痛手だと、頭を抱えておりましてな」

 

 ミナが訳す。堂々とした態度で窮状を訴える和人の密使に、ハルコルは淡々と返した。

 

 「……使者殿。それなら、来年からはサㇽじゃなく、西のヨイチの湊を使おう」

 

 「ヨイチ、ですか?」

 

 密使が訝しげに眉をひそめたその時、ハルコルは傍らに控えるカントに声をかけた。

 

 「カント。去年の秋から研修に来ていて、そろそろ帰り支度を整えているはずのヨイチの者たちがいるね。悪いが、ちょっとここへ来るように呼んできてくれないか」

 

 やがて、荷造りの途中で呼ばれ、戸惑った顔のヨイチの若者たちがチセにやってきた。

 

 

 ハルコルは彼らと密使を交互に見やりながら、本題を切り出した。

 

 「ヨイチの皆。あんたたちの首長に伝えてくれ。サㇽの海は塞がれたが、これからはヨイチの湊を通して、僕らの極上の毛皮や鮭を津軽へ流す。ヨイチには、この和人の使者との商いの場を提供してもらう代わりに、十分な仲介料を約束しよう」

 

 ヨイチの若者たちは、ハルコルの言葉にごくりと喉を鳴らした。和人の密使も感嘆の息を漏らす。

 

 「なるほど……。西の湊を使い、松前の頭越しに我らと直接商いをするというわけですな。頭もさぞかしお喜びになるでしょう」

 

 「ああ。……ただし、引き換えに必ず用意しておいてほしいものがある」

 

 ハルコルは、昨日畑を見つめていた時と同じ、静かで重い眼差しで密使を見据えた。

 

 「菜種だ。灯りと油のための種を、用意してほしい。……それがあれば、僕らの商いは永遠に死ななくなる。他にも欲しい品を後で告げるよ。」

 

 「カント。使者殿を別のチセで休ませてくれ。長旅で疲れているだろうから、丁重にもてなしてやってくれ」

 

 ハルコルの指示で、密使が土間から連れ出されていく。

 

 和人の足音が完全に遠ざかるのを確認すると、チセの空気は一変した。

 ハルコルはヨイチの若者たちに向き直り、アイヌの言葉で静かに切り出す。

 

 「さて。ここからが、和人には聞かせられない、僕たちアイヌの本当の商いの話だ」

 

 若者たちが、思わず居住まいを正す。

 

 「ヨイチの皆。あんたたちの首長に伝えてくれ。さっきも和人の前で言ったが、エモの育て方と一緒に、この大事業の話を持ち帰ってもらう。サㇽの海は塞がれたが、これからはヨイチの湊を通して、僕らの毛皮や鮭を津軽に流す。ヨイチには十分な仲介料を約束しよう」

 

 「ありがてえ話です。……ですが、あのエモという恐ろしいほど実る作物は、和人には売らないのですか?」

 

 ヨイチの若者の問いに、ハルコルは首を横に振った。

 

 「売らない。和人には、アイヌがエモという無尽蔵の食料を育て始めていることを、絶対に知られてはならないからだ」

 

 ハルコルは木炭を手に取り、土間の板の上へアイヌモシㇼの地図を大きく描きはじめた。

 

 空を飛ぶ鳥の目から見たような、北の広大な大地の輪郭。初めて目にするその奇妙な俯瞰図(ふかんず)に、ヨイチの若者たちが驚きに息を呑む。

 

 「エモは、これからの僕らの大事業のための兵糧にする」

 

 「大事業、だと?」

 

 「松前藩は商場という区切りを作り、アイヌ同士が自由に交易することを禁じた。そのせいで、アイヌ同士の繋がりは細々と切り離されてしまった。だが、この北の大地には、ソウヤには大陸の品が、トカプチには極上の獣皮が、各地に独自の豊かな特産品がある。それを復活させる。食料と鉄さえどうにかなれば、むしろ松前から交易をせがんでくる」

 

 ハルコルは地図の西海岸から北へ、そして内陸へと太い線を引いた。

 

 「ヨイチには、東の海側の輸送……ソウヤからヨイチまでの海の道を繋いでもらいたい。イシカㇼの首長にも、あの巨大なイシカㇼ川を使った水運の活発化を頼むつもりだ。そしてニプタイは、そこから道東と内陸を繋ぐ陸の道を切り開く」

 

 「なっ……! 海を松前に押さえられているというのに、アイヌの手で内陸と海を丸ごと繋ぐ気か!?」

 

 あまりの規模に、若者たちが絶句して上座を見る。

 

 すると、それまで沈黙を守っていたペカンクㇽが太い腕を組み、地響きのような低い声で口を開いた。

 

 「我らは松前の飼い犬ではない。サㇽの海を塞がれたなら、山を越え、別の海から道を開くまでだ。ハルコルの言葉は、このニプタイの総意である」

 

 大首長の揺るぎない決意に、ヨイチの若者たちはゴクリと息を飲んだ。

 ハルコルは彼らを見据え、静かな笑みを浮かべる。

 

 「これまでは海を押さえられていたから、手も足も出なかった。だが今は違う」

 

 ハルコルは、チセの隅に積まれたエモを指差した。

 

 「エモという、冬でも腐らず、持ち運びが容易で、尽きることのない保存食がある。この最強の兵糧を持たせれば、かつては餓死の危険があった内陸の厳しい山越えや、長距離の交易網だって現実のものになるんだ」

 

 若者たちは、息を呑んでハルコルの描いた壮大な地図に見入っていた。

 それは、松前藩の決まりごとを完全に無視した、アイヌ自らの手による巨大な流通網の構築計画だった。

 サㇽの河口を封鎖されたなら、松前の目の届かない西のヨイチを繋ぎ、北の海から津軽までを結び、そして内陸をアイヌの足で駆け巡る。

 兵糧攻めを企てた和人の常識をあざ笑うかのように、アイヌの真の独立へ向けた大いなる反撃が、静かに始まろうとしていた。




第22話をお読みいただき、ありがとうございます!

おまけの解説コーナーです。


【ロシアの東進と、アムール川(黒龍江)の激闘】

「北の大陸での大戦」の噂。これは、17世紀中頃に実際に起こった「清露国境紛争(羅禅征伐)」という歴史的事件を指しています。当時のアイヌ社会が、松前藩だけでなく、ユーラシア大陸の巨大な地政学的変動と隣り合わせに生きていたことを示す重要な背景です。
詳細な歴史的経緯を解説します。

1. ロシアの猛烈な東進と「柔らかい金」
16世紀末から、ロシア帝国はシベリアの広大な大地を猛烈な勢いで東へと進んでいました。彼らの最大の目的は「クロテン(黒貂)」などの高級毛皮です。ヨーロッパの王侯貴族の間で高値で取引される毛皮は「柔らかい金」と呼ばれ、ロシアの国家財政を支える最大の輸出品でした。
毛皮を追い求めるコサック(武装集団)たちは、わずか半世紀ほどでシベリアを横断し、1640年代にはついに太平洋沿岸や、豊かな自然が広がるアムール川(黒龍江)流域へと到達します。

2. 先住民族への苛烈な仕打ちと「ヤサク」
アムール川流域には、ダウール族やナナイ族、ウリチ族など、独自の文化を持つ多くの先住民族が暮らしていました。彼らは樺太(サハリン)を経由してアイヌとも「山丹(サンタン)交易」で繋がっていた人々です。

ここに現れたロシアの武装探検隊(ポヤルコフ隊やハバロフ隊など)は、先住民族に対して極めて残虐な振る舞いをしました。彼らは村々を襲撃して火を放ち、女子供を人質に取って、男たちに「ヤサク(毛皮税)」という過酷な貢納を強制したのです。
逆らう者は容赦なく殺戮され、食糧を根こそぎ奪われた部族は飢えに苦しみました。現地の人々は、この恐ろしい白人たちを仏教の悪鬼になぞらえて「羅刹(ラセツ)」と呼び、深く恐れました。

3. 清王朝への救援要請と「羅禅征伐」
絶望したアムール川の先住民族たちは、当時この地域を勢力圏に収めつつあった清王朝(中国)に助けを求めます。
清の皇帝(順治帝)は、自国の裏庭を荒らし回る「羅刹」を討伐するため、大規模な軍の派遣を決定しました。しかし、ロシアのコサック兵が持つ火縄銃や要塞の防御力は高く、初期の小競り合いでは清軍も苦戦を強いられます。

そこで清は、属国であった南の朝鮮王朝に対し、「鳥銃(火縄銃)の扱いに長けた部隊を送れ」と要求します。(朝鮮は秀吉の侵攻もあって軍事レベルが高かった)こうして、清の正規軍、朝鮮の鉄砲隊、そしてロシアに恨みを持つ現地の先住民族たちが集結し、強大な「対ロシア連合軍」が結成されました。

4. 1658年「アムール川の決戦」
そして1658年6月。アムール川の中流で、両軍が激突します。
清の将軍サルフダ率いる数十隻の軍船と1,000人を超える大軍が、ロシアの指揮官ステパノフ率いるコサック艦隊(約500人)を攻撃しました。

朝鮮の鉄砲隊による正確な射撃と、清軍の圧倒的な火力の前に、ロシア艦隊は為す術もなく壊滅します。指揮官のステパノフは戦死し、生き残ったわずかなコサックたちも散り散りになって逃亡。この大敗北により、ロシアはアムール川流域から完全に追い出されることとなりました(その後、1689年の「ネルチンスク条約」で正式に国境が画定され、ロシアの南下はストップします)。

5. アイヌ社会(山丹交易)への影響
この戦いでロシア兵が遺棄した最新鋭の武器(火縄銃の次世代であるフリントロック式銃など)やロシア側の様々な物資は、戦利品として先住民族の手にも渡りました。そして、平穏を取り戻したアムール川下流の民族たちが再び樺太へ渡り、宗谷のアイヌたちとの「山丹交易」を活発化させていきます。

日本が江戸時代という平穏の中にある中、北方は大きく揺れ動いていました。



【ノーフォーク農法】

「ジャガイモの連作障害」。同じ畑で同じ作物を作り続けると、土の養分が枯渇し、特定の害虫や病気が蔓延して畑が全滅してしまいます。これを防ぐためには休耕が必要ですが、イギリスではノーフォーク農法が開発されました。

1. イギリスで起きた農業革命「ノーフォーク農法」
ノーフォーク農法とは、18世紀にイギリスのノーフォーク地方で確立された画期的な「4年輪作(ローテーション)」のシステムです。それまでのヨーロッパでは、土を休ませるために畑の3分の一を何も植えずに放置する「三圃式農業(休耕地を作る農法)」が一般的でした。

しかし、ノーフォーク農法では以下の4つの作物を順番に植えることで、休耕地をゼロ(常に畑をフル稼働)にしつつ、土壌を回復させることに成功しました。

1年目:小麦(主食となる穀物)

2年目:カブ(根菜・家畜の冬の餌)

3年目:大麦(醸造用などの穀物)

4年目:クローバー(マメ科・牧草)

ここで特に重要なのが、4年目の「マメ科(クローバー)」です。マメ科の植物は根に「根粒菌」を飼っており、空気中の窒素を土の中に取り込んで、畑の栄養を自ら回復させる魔法のような能力(窒素固定)を持っています。また、カブやクローバーを羊や牛に食べさせ、その糞を肥料にして再び小麦を育てるという、無駄のない最強のサイクルを築き上げました。

2. なぜそのまま北海道で使えないのか?
この画期的な農法ですが、実は当時の北海道(アイヌモシㇼ)にそのまま持ち込むことは物理的に不可能です。

理由は「北海道の過酷な冬」にあります。イギリスのように冬の畑で羊にカブを食べさせて放牧するようなことは、数メートルの雪に覆われ、地面がカチカチに凍結する(凍上)北海道ではできません。無霜期間(霜が降りない期間)も極めて短いため、1年のうちに複数回作物を育てる「二毛作」もできず、「短い夏の一発勝負」で勝つしかないのです。

3. 「蝦夷地での活用」
理論の核は「マメ科による土壌回復と、害虫サイクルのリセット」です。

1年目:エモ/ジャガイモ(根菜類)

2年目:大豆(マメ科)

役割: エモが吸い尽くした土に、根粒菌で窒素(栄養)を回復させる。同時に、冬の間狩りができない時の貴重な「タンパク源(畑の肉)」となる保存食。

3年目:アワ・ヒエ(イネ科・雑穀)

役割: アイヌの伝統的な主食。大豆が肥やした豊かな土で力強く育つ。エモや大豆とはつく害虫が全く違うため、虫の発生サイクルを完全にリセットできる。

4年目:菜種/ナタネ(アブラナ科)

役割: 根が地中深くに張るため、固くなった土を自然に耕して柔らかくする(物理的改善)。そして、長く暗い北海道の冬の夜を照らす「灯明用の油」や、高カロリーな食用油となる。

これにより休耕することなく、アイヌは自らの足元の大地だけで永遠に豊かな富と食糧を生み出し続けることができるでしょう。



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