オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~ 作:サウス
サㇽ(沙流川)の水が、日ごとに緩んでいく。
雪解けの冷たさが徐々に抜け、川面を撫でる風に、春の匂いが混じり始めていた。男たちは今日も腰まで水に浸かり、板を操って黒い砂を選り分けている。革袋は、着実に満ちていく。
あの夜、カニタの炉で生まれた親指ほどの鉄──あの「キンッ」という澄んだ音は、もう誰の耳にも焼きついていた。
だが、あれはほんの始まりに過ぎなかった。
鍬を打つにも、鉞を揃えるにも、あの粒を何十倍、何百倍に積み上げなければならない。職人の勘と、数字の記録と、男たちの足と腕。全てを噛み合わせて、ようやく前に進める。
──しかし、そんな前進が、やがて「壁」にぶつかる。
ハルコルもカニタも、まだ知らない。砂鉄が、自分たちの想定を超えたやり方で、炉の中から逃げ出していることを。そして、砂鉄の中に紛れ込んだ「溶けない何か」が、やがて炉の底を蝕み始めることを。
◆
翌日から、製鉄の試行は続いた。
二度目。砂鉄の量を増やし、木炭との比率を変えた。炉の温度は前回より高く上がったが、途中で羽口が熱で割れた。製鉄は中断。カニタは一晩かけて羽口を作り直し、粘土に砂を混ぜて耐熱性を上げた。
「割れやがったな……。だが、どこが弱いか分かった。次は持つ」
三度目。羽口は持った。だが砂鉄を入れすぎて、炉の底に鉄滓が固まり、送風口を塞いだ。風が通らなくなり、温度が上がらない。失敗。
「くそっ……。量を欲張りすぎた」
四度目。砂鉄の量を減らし、木炭を厚く敷いた。温度は十分に上がった。だが取り出した塊は、鉄滓の殻ばかりで中身がほとんどなかった。
「砂鉄が少なすぎたか……。比率を変えなきゃならねえ」
五度目。砂鉄と木炭の比率を細かく調整した。炉の温度も適正に保てた。だが取り出せた鉄は、初回よりさらに少なかった。
「おかしい……。何も間違っちゃいねえはずだ。それなのに、なんで取れねえ」
六度目。今度は送風をさらに強くしてみた。天秤鞴を若い男が二人がかりで踏み続け、炉の中は灼熱の地獄となった。だが結果は悪化した。鉄は取れず、鉄滓の殻すら満足な形にならなかった。
失敗が、積み重なっていく。
カニタの顔から笑みが消えた。初回の「キンッ」という音の興奮が、六度の失敗で磨り減っていた。男たちも口数が減った。天秤鞴を踏む足が重く、炉の前に座り込むカニタの背中には、疲労の影が濃く落ちていた。
◆
六度目の失敗の夜。
工房の片隅で、カニタが一人、炉を見つめていた。まだ温もりの残る炉壁を、掌でなぞっている。どこが悪いのか──その答えが、どうしても見えない。
そこにミナが、帳簿の木札を何枚も抱えてやって来た。
「カニタさん」
「……ミナか。どうした、こんな時間に」
「数字を、全部並べ直してみたの」
ミナが木札を床に広げた。初回から六度目までの記録。投入した砂鉄の量、取り出した鉄の量、使った木炭の量、送風の時間──全てが木札の上に刻まれている。
「見て。変なのよ」
ミナが指差した。
「砂鉄の投入量に対して、取り出した鉄と鉄滓を合わせた重量──これが、全然足りていない」
「足りていない?」
「初回から六度目まで、全部そう。入れた砂鉄の量と、出てきたものの重さを足しても、半分にも届かないの。あとの半分は……どこに行ったの?」
カニタの手が止まった。
「……半分?」
「ええ。炭は燃えて灰と煙になる。それは分かる。でも、砂鉄は燃えないでしょう。溶けて鉄になるか、鉄滓になるか、どちらかのはず。なのに、重さの半分以上が消えてる」
カニタが帳簿を掴み取った。食い入るように数字を睨みつける。
「……本当だ」
カニタの声が低くなった。
「入れた砂鉄の半分が、炉の中から消えてやがる……」
カニタが立ち上がった。松明を掴み、炉の方へと向かう。ミナも慌てて後を追った。
炉場に着いたカニタは、炉の真上──煙が抜けていく穴の周辺を、松明で照らした。
粘土の壁。その表面に、黒い粉がびっしりと付着していた。
「……なんだこりゃ」
指でなぞる。指先が真っ黒になった。
炉の風下、地面。松明を近づけると、そこにも黒い粒が薄く積もっていた。普段は気にも留めなかった。炭の粉か、焼け残りだと思っていた。だが──
カニタは黒い粉を掌に取り、目を凝らした。
ずしり、と。
重い。炭の粉では、こんな重さにはならない。
「……砂鉄だ」
掠れた声が漏れた。
「砂鉄が……風に吹かれて、炉から飛び出してやがる」
ミナが息を呑んだ。
「飛び出す?」
「天秤鞴の風が強すぎるんだ。下から吹き上げる風に、細けえ砂鉄が煽られて、炭と一緒に煙と混じって、上から吹き飛ばされてやがった。取れねえはずだ。入れた砂鉄の半分以上が、そもそも炉の中に留まっちゃいねえ」
カニタが炉壁に手をついた。膝が震えていた。怒りでも絶望でもない。真相を見つけた男の、身震いだった。
「ミナ。すまねえ。お前の数字がなかったら、俺は一生気づかなかった」
「……ううん。カニタさんが現場を見たから、分かったのよ」
◆
翌朝。
カニタがハルコルを炉場に呼び出した。炉壁と地面に積もった黒い粉を指し示し、昨夜の発見を伝えた。
ハルコルは黒い粉を指先でなぞり、その重さを確かめた。
(砂鉄が……飛ばされている? ……そうか。粒が細かすぎるのか。天秤鞴の風は、砂鉄を還元するために必要な風量だが、同時に砂鉄そのものを吹き飛ばしている。送風を弱めれば温度が足りない。強めれば砂鉄が飛ぶ。……矛盾している)
ハルコルは、しばらく考え込んだ。前世の記憶を浚(さら)っても、答えは出てこない。現代の製鉄は鉱石を塊で扱う。粉状の砂鉄を炉に入れた場合、どう対処すべきか──そんな細かい工程の知識は、自分にはなかった。
(……ここから先は、僕の知識では解けない)
「カニタ。どうすればいいと思う」
「砂鉄を、飛ばねえようにすりゃいい」
カニタは既に答えを用意していた。
「細かい粉だから飛ぶんだ。なら、飛ばねえ大きさに固めてから炉に入れる」
「固める?」
「粘土だ。砂鉄と粘土を練り混ぜて、団子にする。炉壁だって粘土で作ってるじゃねえですか。熱に耐える。だったら、砂鉄を粘土で固めて、乾かしてから炉に入れれば──飛ばねえ」
ハルコルの思考が止まった。
(……盲点だった。僕は「砂鉄のまま入れる」という前提から外れられなかった。でもカニタは、素材を作り変えるという発想に自分で辿り着いた)
「──それだ、カニタ」
ハルコルが頷いた。
「やってみよう。粘土の配合、団子の大きさ、乾かし方──これから全部試していく」
「ああ。ただし、粘土が多すぎると炉の中で砂鉄が鉄にならねえ。熱は伝わっても、粘土に包まれたままじゃ還元が進まねえはずだ。配合を間違えりゃ、粘土の塊ができるだけになっちまう」
「粘土は最小限。砂鉄同士を繋ぎ止めるだけの量に」
「そうでさあ。それと──」
カニタが少し考えて、付け加えた。
「炭の粉を混ぜる。前から気になってたんだが、炭の粉は捨てるほど出る。こいつを砂鉄と一緒に練り込めば、団子の中からも熱を入れられるはずだ。外からの熱と、中からの炭。両方から鉄に変える」
ハルコルは思わず笑った。
(この男は、本当に職人だ。原理を理論で知らなくても、手と目で全部見抜いている)
「任せる。君が作ってくれ」
七度目。
カニタが初めて作った団子は、拳大の黒い塊だった。砂鉄に粘土と炭の粉を混ぜ、水で練り、握り固めて日なたで乾かした。だが乾燥が足りず、炉に入れた途端に団子の中の水分が蒸気となって噴き出し、団子そのものが割れて砕けた。砕けた粉は、結局また風に飛ばされた。
「乾きが足りねえ。もっと時間をかけねえとダメだ」
八度目。二日間しっかり乾かした団子を投入した。今度は割れなかった。だが団子が大きすぎて、中心部まで熱が通らず、表面だけが還元され、中は砂鉄のままだった。取り出した団子を割ると、外殻は鉄、内側は黒い粉。
「中まで火が通らねえ。小さくしなきゃ」
九度目。団子の大きさを親指の先ほどに小さくした。乾燥も十分。投入した団子は飛ばされず、中まで還元され、炉の底に鉄が集まり始めた。
だが──取り出した鉄の塊は、まだ鉄滓の混じった不格好なものだった。
「鉄は取れてる。だが、質がまだ足りねえ。和人の地金に勝てるような鋼じゃねえ」
カニタが鉄の塊を金床に載せ、槌を振り下ろした。
コン、と鈍い音。
初回の「キンッ」に届かない、くぐもった音。
「……あと一歩、何かが足りねえ」
◆
九度目の試行の後、カニタが疲れ切った顔でハルコルの元を訪れた。手には帳簿の木札がある。ミナが整理した記録だった。
「ハルコル様。ミナと一緒に、今までの記録を全部見直した。気づいたことがある」
「何だ」
「三度目と五度目──木炭と砂鉄の量はほとんど同じなのに、結果が違った。何が違うか考えたんですが、送風の時間でさあ。三度目は途中で羽口を掃除するために風を止めた。五度目は止めなかった。風を止めた三度目の方が、取れた鉄滓の質がまだマシだった」
ハルコルの目が光った。
「……つまり、ずっと風を送り続けるより、途中で間を置いた方がいい?」
「そうとしか思えねえ。最初に強い風で温度を上げて、途中で少し落として、また上げる。その繰り返しの方が、鉄が綺麗に分かれてくれるみてえだ」
(温度の上下動による酸化還元の反復か。)
「やってみよう。次は、送風を三段階に分ける。最初に強く、中間で弱く、最後にまた強く。団子の配合は九度目のままでいい」
「それだ。俺も同じことを考えてた」
カニタが拳を握った。
十度目。
カニタが踏み板を踏む足に、初めて「間」が生まれた。
最初の一刻は全力で踏み続ける。炉の温度を一気に上げて、団子の表面を灼く。次の半刻は踏む速度を落とす。風量が減り、炉の温度がわずかに下がる。その間に、還元された鉄の中から不純物がゆっくりと分離し、鉄滓として浮き上がる。そして最後の一刻、再び全力で踏む。残った鉄の粒を、強い熱で焼き固める。
三刻後。
カニタが炉の底から塊を取り出した。
前回までとは、明らかに違っていた。塊が大きい。握り拳ほどの大きさがある。鉄滓の殻を剥がすと、中から現れた銀色の光が、初回とは比べものにならないほど力強かった。
金床に載せた。
槌を振り下ろす。
キィンッ──!
初回よりさらに澄んだ、高く鋭い音。
カニタの全身が総毛立った。
「この音……! この手応え……! こいつは──」
「前のより、いい鉄だ」
「いい鉄どころじゃねえ! ハルコル様、こいつはな……和人の鍛冶屋が持ってくる地金と比べても、遜色ねえ。いや、下手をすりゃ上だ!」
カニタが興奮のあまり声を荒らげた。だがすぐに我に返り、槌を置いて、鉄の塊を両手で包んだ。
「……これなら、矢じりが二、三十本は打てる。いや、小刀一本だって作れるかもしれねえ。だが、まだ足りねえ。鍬や鉞(まさかり)を揃えるには、これを何度も、何度も積み上げなきゃならねえ」
「ああ」
ハルコルが頷いた。
「繰り返すだけだ。何度でも」
◆
だが、鉄作りは「十度目の成功」では終わらなかった。
十度目以降、炉は順調に鉄を生み出し続けた。十一度目、十二度目、十三度目──同じ手順で、同じ量の鉄が安定して取れた。男たちに余裕が生まれ、カニタの顔にも久しぶりの笑みが戻った。
ところが、十四度目の操業で、異変が起きた。
三刻の送風が終わり、カニタが鉄滓を排滓口から掻き出そうとした時だった。
「……固ぇ」
火箸の先に、妙な手応え。鉄滓は通常、高温ではドロリと流れ、冷えれば叩いて割れる。だが、この塊は違った。排滓口から引き出した瞬間に、塊の表面が黒く、異様に硬い。
カニタが金床の上に塊を置き、槌を振り下ろした。
ガィンッ──!
金属音ではない、鈍く澄んだ、石を叩くような音。
槌が跳ね返った。塊は、割れなかった。
「……なんだこりゃ」
カニタが塊をひっくり返す。小刀の先で引っ掻いてみても、傷がつかない。もう一度、今度は力いっぱい槌を振り下ろす。
ガィンッ──!
塊の表面が少し欠けただけで、中まで割れない。
「こんな鉄滓、見たことがねえ……」
カニタが顔を上げた。
「ハルコル様、見てくだせえ。こいつは鉄じゃねえ。鉄滓でもねえ。炉の中で、溶け残ってやがる。俺の炉の温度で溶けねえ何かが、砂鉄の中に混じってやがったってことだ」
ハルコルが塊を受け取った。指先で表面をなぞる。重い。だが鉄ほどではない。色は黒く、金属の光沢は薄い。
(これは……おそらく、チタンだ)
前世の記憶が、冷たく囁いた。
(北海道の砂鉄には、チタン鉄鉱──チタンを含む磁鉄鉱が多い。酸化チタンは、木炭の火では絶対に溶けない。融点が違いすぎる。……これを金属として取り出すには、後の時代の技術が必要になる。今の僕たちの手には、絶対に負えない)
「……カニタ。これは、僕らの炉では溶かせない」
「溶かせねえ?」
「砂鉄の中に、鉄ではない別の何かが混じっていた。この何かは、僕らが作れる炉の温度では、どう頑張っても溶けない。鉄みたいに還元することもできない」
「……つまり、砂鉄の中には、俺たちの手には負えねえ金属が混じってたってことかい」
「そうだ」
カニタが塊を見つめた。それから、にやりと笑った。
「なら、話は早ぇ。溶けねえもんを相手に、溶かそうと苦労しても仕方ねえ。──掻き出せばいい」
「掻き出す?」
「炉の底に、排滓口があるでしょう。俺たちの炉は、一回で壊すわけじゃねえ。何度でも使える。だったら、この溶けねえ塊が炉底に溜まるたびに、排滓口から外に出してやりゃいい。溜まり続けりゃ炉が詰まるが、こまめに掻き出しゃ、炉は生きたまんまだ」
ハルコルは思わず息を呑んだ。
「カニタ、それでいこう。操業の途中でも、一刻ごとに排滓口から掻き出すようにする。固い塊が出てきたら、それは『溶けないやつ』として別に分ける」
「承知しやした。──で、ハルコル様。この溶けねえ塊、どうしやす。捨てますかい」
ハルコルは、しばらく塊を見つめた。
(捨てるのは惜しい。前世の記憶では、これを金属として取り出せるようになるのは、遥かに先の時代だ。だが、いつか誰かが使う日が来るかもしれない。その時、この塊が残っていれば、役に立つ)
「捨てない。工房の奥に、そこにまとめて置いておく」
「使い道があるんですかい?」
「今はない。僕の知識でも、たぶんない。……でも、いつか誰かが使えるようになるかもしれない。砂金と同じだ。今使えないからと言って、捨てる理由にはならない」
カニタが肩を竦めて笑った。
「相変わらず、ハルコル様は何でも取っておくんだな」
「種を捨てる農民はいないだろう?」
「ちげえねえ」
カニタが塊を抱え、工房の奥へと運んでいった。
その日を境に、カニタは操業の手順に新しい工程を加えた。一刻ごとに排滓口を開けて鉄滓を掻き出し、その中に混じる「溶けない塊」を別に分ける。手間は増えた。だが炉は詰まらず、操業は以前より安定した。
◆
春が深まっていく。
雪解けの水が引き始め、サㇽ川の流れが穏やかになってきた頃、砂鉄の採取量も安定し始めた。男たちの手つきは最初の不器用さが嘘のように洗練され、日に日に効率が上がっていく。
カニタの炉は、十度目以降、安定して鉄を生み出し続けた。一回の製鉄で得られる鉄の量は少しずつ増え、品質も回を重ねるごとに上がっていった。ミナの帳簿が、その進歩を数字で示している。
「同じ量の砂鉄から取れる鉄が、着実に増えてる。それと──鉄滓の中に逃げてる鉄も、だいぶ減ってる」
ミナが報告した。ハルコルが帳簿を確認する。確かに、投入した砂鉄に対する鉄の回収率が着実に改善されていた。初回は一割に届かなかった数字が、今は三割前後で安定している。
「まだ上がるはずだ。炉をもう少し深くして、鉄滓の排出口と、あの『溶けない塊』の取り出し口を分ければ──」
「それは夏の改良にしましょう。今の炉でできることを、まず全部やり切ってからでさあ」
カニタが口を挟んだ。ハルコルは口を閉じた。カニタの言う通りだった。一つの炉を使い倒してから次に進む。焦れば、足を掬われる。
畑では、輪作二年目の大豆が芽を出し始めていた。去年のエモの畝に、今年は大豆の緑が並んでいる。根粒菌が土壌に窒素を固定し、来年のアワ・ヒエのための地力を蓄えている。
ハルコルは畑の縁に立ち、大豆の若芽を見下ろした。
(一年目のエモで腹を満たし、二年目の大豆で土を肥やす。三年目のアワ・ヒエで連作障害をリセットし、四年目の菜種で油を搾る。……四年で一巡。この輪が回り始めれば、この大地は僕らを裏切らない)
若い葉が、春の風にさわさわと揺れていた。
その夜。
ハルコルは囲炉裏の火を見つめながら、一日の出来事を整理していた。
砂鉄の採取は軌道に乗った。製鉄の技術はまだ未熟だが、確実に前進している。
(天秤鞴を踏んだあの冬の夜から、ここまで来た。砂鉄が鉄になり、鉄が鋼になる道筋が見えた。……だが、これはまだ始まりに過ぎない)
火が、静かに燃えていた。
山際の炉場では、カニタの炉がまだ赤い光を放っている。明日もまた、男たちは川に入り、砂鉄を集め、炉に火を入れる。一日に生まれる鉄は、まだ武器庫を満たすには遠い。だが、日を重ねるごとに確実に積み上がっていく。
種芋が畑になったように。
工房の奥には、今はまだ使い道のないものが、静かに並び始めていた。砂金を収めた小さな革袋。チタン塊を積み上げた木箱。
(今は使えない。でも、いつか)
ハルコルは囲炉裏の火を見つめながら、胸の中で呟いた。その「いつか」が、いつ訪れるのか──自分の目で見届けられるのか、それとも、自分よりも後の世代に託されるのか、まだ分からない。
分からないまま、それでも、蓄えておく。
それが、この土地で生きるということだと、ハルコルは思った。
第24話後編をお読みいただき、ありがとうございます!
おまけの解説コーナーです。
【砂鉄の飛散と「団子」化】
シャフト炉(縦型の炉)と天秤鞴を組み合わせた場合、最大の問題が「砂鉄の飛散」です。粒径が0.1〜0.5mmと細かい砂鉄は、強力な送風によって炉の中で舞い上がり、煙と一緒に炉外へと吹き飛ばされてしまいます。
日本のたたら製鉄が「低く幅広い箱型炉」という独特の形状を採用したのは、まさにこの飛散を防ぐための工夫でもあったのです。
「粘土と炭粉で練った団子」は、近代製鉄でいう「焼結鉱(シンターオア)」や「ペレット」に相当する前処理です。
中国の古代製鉄(戦国〜漢代)でも、粉状の原料を粘土と混ぜて塊にしてから炉に投入する技法が確認されており、「粉のままでは扱いづらい原料を、扱える塊に変える」という発想は、世界各地の製鉄史で繰り返し発明されてきました。
炭粉を混ぜ込んだのもポイントで、団子の内部からも還元反応が進むため、外側からの熱だけに頼る必要がなくなります。
【酸化と還元のコントロール】
強風で炉内を一気に高温にして砂鉄を溶かし、途中で風を弱めて還元反応を促し不純物を排出し、最後に再び温度を上げて鋼を焼き固める。この「酸化と還元のコントロール」こそが、高品質な鋼(玉鋼など)を生み出す職人の秘伝でした。
【チタンという「溶けない金属」】
北海道・日高地方の砂鉄は、実は「チタン磁鉄鉱」が主体です。通常の磁鉄鉱に酸化チタン(TiO₂)が含まれており、これが製鉄では厄介な存在となります。
酸化チタンの融点は約1,843℃と非常に高く、木炭炉では絶対に溶かすことができません。
さらに困ったことに、チタンが金属として精錬できるようになったのは20世紀の「クロール法」(1940年代)以降。17世紀の技術水準では、どう頑張ってもチタンを利用することはできません。そもそもチタンという元素が発見・命名されたのは18世紀末のことで、この時代の人間にとっては文字通り「正体不明の金属」です。
日本のたたら製鉄では、この問題は炉を一回ごとに壊して中身を取り出す方式によって回避されていました。大量の鋼を作れる代わりに、炉も一回限りの消耗品、という設計です。
一方、大陸型のシャフト炉は、炉底の排滓口から操業を止めずに鉄滓を掻き出せるのが強みです。この構造であれば「溶けない塊が混じっていても、小まめに排出すれば炉は生き続ける」のです。
今回の製鉄エピソードは、特に技術面で手こずりました。
砂鉄は製鉄が困難です。
かといって、たたら製鉄をアイヌが再現するのは困難なのですよね。
人口、資源、労力すべて不足します。
色々検証した結果、作中のこの方法なら十分可能なのではと。
アイヌの小説を書いていたと思ったら、製鉄について一週間調べてました。
不思議ですね。
(未来の発掘現場でチタン塊が大量に出土したらどうするんでしょう?
発掘調査で利益が出る!)
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