オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~   作:サウス

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第33話:雪の沢と、鋼の咆哮【1662年 冬】

 雪が緩み始めた頃、工房の囲炉裏に薪が一本くべられた。火がパチリと爆ぜる。

 

 作業台の上には、長く横たわる影があった。

 

 布をめくると、薄い灯りの中に銃身が現れた。──ニプタイの炉から出た、ニプタイの鋼で巻かれた、ニプタイの銃身。

 

 その傍らに、もう一つ。木工のアエトモが彫り上げて届けてきた、ミズナラの銃床。色は深い飴色で、肩当ての縁にはエゾシカの皮が縫い付けられている。

 

 カニタは銃床を片手で持ち、もう片手で銃身を取った。

 

 ぴたり、と組み合わさる音がした。

 

「……据わる」

 

 短く呟いて、カニタは銃身を銃床の溝に落とし込んだ。撃発機構の二組目は、暮れに組み上げて、引き金の落ち具合まで合わせ込んである。瑪瑙を顎に挟む。当たり金は焼き入れ済みの自製鋼。板バネは山丹の銃に取り付けた一組目と同じ手順で削り出した二組目だ。

 

 全ての部品が、一つの形に収まっていく。

 

 

 

 工房の奥で、ハルコルが灯明を寄せた。獣脂の灯明だ。今春に播く菜種が秋に実れば、灯りも変わる。──だが、それは先の話。

 

「カニタ」

 

「ああ」

 

「空撃ち、何回した」

 

「百だ。引き金の落ちも、板バネの戻りも、火皿の蓋の跳ねも、全部数えた。──不発ねえ」

 

 カニタは銃を肩に当てた。両眼を開いたまま、銃身の先を、工房の梁の節に向ける。

 

 ──カチンッ。

 

 瑪瑙が当たり金を打ち、火花が散る。火皿の蓋が、パッと跳ね上がる。

 

 しん、と静寂が落ちた。

 

「……これだ」

 

 カニタは、銃を下ろした。

 

「これが、ニプタイの銃だ」

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ペカンクㇽが工房に来た。

 

 

 

 囲炉裏の前に、布の上に置かれた銃。

 

 ペカンクㇽは、銃身に触れる前に、しばらく黙って見ていた。それから、節くれだった指でゆっくりと撫でた。指先が、銃身の鍛接の継ぎ目を辿る。粘る鉄の板巻きと、鋼の板巻き。継ぎ目は百八十度ずらしてある。表面は鑢で磨き、両層の境目はもう肉眼では分からない。

 

「軽いな」

 

「山丹のやつより、一回り軽えんでさあ」

 

「薄くて済むのか」

 

「ああ。粘る鉄の芯に、鋼の外を巻いてある。鋼ってのは、薄くても破裂しねえ。──厚さで強さを稼ぐ必要が、ねえんでさあ」

 

 ペカンクㇽは銃床の肩当てに目を落とした。エゾシカの毛皮の縁取りが、淡い陽の光に柔らかく見える。

 

「これを、肩に当てるのか」

 

「ああ」

 

「頬には、当てないのか」

 

「当てねえ」

 

 ペカンクㇽは、銃を作業台に戻した。

 

「ハルコル」

 

 ハルコルが顔を上げた。

 

「いつ、撃つ」

 

「雪が下まで降りた今のうちです。沢が静かなうちに、行きます」

 

「カントは」

 

「訓練を切り上げて、三日後に動けます」

 

 ペカンクㇽは頷いた。

 

「そうか」

 

 もう一度、銃身を見た。

 

「鋼の音は、夜の工房から、何度か聞こえた」

 

 ハルコルは黙って父の言葉を待った。

 

「……今度は、山に聞かせろ」

 

 短く言って、ペカンクㇽは出ていった。

 

 

 

 

 

 

 三日後の夜明け前。

 

 

 

 空はまだ群青で、サㇽ川の対岸の森が黒い影で立っている。地面には先日の雪が三寸ほど残り、霜が踏むとざりっと鳴った。吐く息が白い。

 

 工房の方角から、薪を割る音と、鞴の革のきしむ音が、規則正しく聞こえてくる。──今日も、矢じりと小刀の鉄を打つ。カニタが沢に行こうが、工房は止まらない。

 

 一行は六人だった。

 

 

 

 先頭にカント。腰に弓と矢筒、肩にはニプタイの銃を負い、片手に山丹の燧石式改造銃を抱えている。次にカニタ。銃の予備部品と火薬の壺を積んでいる。ハルコル。ミナ。ミナは帳簿の木板と炭筆、それから去年の夏に取った火縄式のデータを写した板を、布で何重にも包んで背負っていた。

 

 最後尾にウタ。腰に山刀、肩に弓。護衛と荷物の番。

 

「行くぜ」

 

 カントが短く言って、足を踏み出した。

 

 

 

 夏に同じ道を歩いた時とは、景色が違った。蝉の声はなく、エゾシカの鳴き声もなく、川は半ば氷で覆われていた。猟期の終わり、雪解け前の、最も音の薄い季節だった。

 

 半刻ほど歩くと、北東の山間に入る。両側を切り立った崖に挟まれた、細長い谷。──去年の夏、初めて山丹の銃を撃った場所。

 

 崖の上の雪が、朝日に薄く赤く染まり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 標的を立てる作業は、夏よりも手間取った。

 

 

 

 地面が凍りついていて、木板の脚を立てる穴が掘れない。カントの選抜射手二名──去年の夏も来た、目の良さで選ばれた若手──が、山刀で雪と凍土を削り、石を積んで木板を支えた。

 

 配置は夏と同じ。五十歩、百歩、百五十歩、二百歩。

 

 ミナが、布で何重にも包んだ帳簿の板を取り出した。表に去年の夏の火縄式の数字が、もう何度も指でなぞった跡をつけて並んでいた。──夏の帳簿。今日の比較の参照になる、火縄式の記録だ。

 

 

 

「今日は、二挺の銃と、二種類の火薬を試す」

 

 ハルコルが言った。

 

「山丹の銃──燧石式に改造したやつ。ニプタイの銃──自製の一号。火薬は、従来の粉と、冬の間に作った粒の二種。──組み合わせは、四つ」

 

 カニタが頷いた。

 

「同じ装薬量、同じ弾、同じ距離。──変わるのは、銃と火薬だけだ」

 

「装薬量は」

 

「三匁(約十一グラム)。夏と同じ」

 

 ミナが帳簿に「装薬量、三匁固定」と書いた。

 

 

 

 ハルコルは火薬の壺を二つ、雪の上に並べた。

 

 左の壺──黒い粉。色は均一に見える。だが、夏の試射のあと、運ぶ間に層が分かれることが分かった、あの粉だ。

 

 右の壺──粒。穀物のとぎ汁を煮詰めて糊にし、三つの粉を練り合わせて固め、乾かして、篩で砕いた。冬の間にカニタとミナで何度も配合を試して、ようやく形になったもの。粒の大きさは、米粒の半分くらい。色は、粉よりも少し艶のある黒。

 

 ミナは、左の壺をしばらく見つめてから、軽く振った。──まだ運んできた直後だから、層は出ていないはずだが、念のため。

 

 

 

「山丹の銃、粉から行くぜ」

 

 カニタが、山丹の燧石式改造銃を布から取り出した。

 

 日本列島の長い歴史の中で、燧石式の引き金を引く者はまだ誰もいない。今日、この谷で、その最初の引き金が引かれる。──だが、それを意識しているのは、ハルコルだけだった。

 

 

 

 

 

 

 カントが銃を受け取った。

 

 

 

 夏に火縄式を撃った時とは、構えに迷いがなかった。肩に当て、両眼を開いたまま、銃身の先を五十歩(およそ二十五メートル)先の木板の中央に合わせる。火縄を点ける手間も、赤光を気にする目配せも、もう要らない。

 

 左の手で、銃身を支える。

 

 右の手の指が、引き金にかかる。

 

 

 

「──撃つぞ」

 

 

 

 カントの声が、谷の空気を静かに切った。

 

 

 

 カチンッ。

 

 

 

 瑪瑙が当たり金を打つ音。

 

 

 

 パチッ。

 

 

 

 火花が散り、火皿の蓋が跳ね上がる音。

 

 

 

 その二つの音の後で、ほんの一瞬の間が空いた。──火が点火薬を舐め、薬室に届くまでの、わずかな時間。

 

 

 

 ドォォォン。

 

 

 

 雷鳴が、谷を駆け抜けた。

 

 

 

 白煙が立ち昇る。崖の上で、雪を被ったエゾマツの枝から、二、三羽の鳥が一斉に飛び立った。

 

 硝煙の匂いが、冷たい空気の中で、夏よりも鋭く鼻を刺した。

 

 

 

 ヨーロッパで燧石式が普及するのは十七世紀後半。一六六〇年代のヨーロッパでも、まだ火縄式と燧石式が混在している時期だ。日本列島では、火縄式以外の撃発機構は、この一発までは、存在しなかった。

 

 (……それを、この大地の職人が、和人ではない者の手で仕上げ、和人より早く、撃った)

 

 声には出さない。誰にも見えない感慨を、雪の上に落とした白い息と一緒に、空に溶かす。

 

 

 

 ミナの声が、煙の向こうから聞こえた。

 

「……命中」

 

 

 

 五十歩先の木板の中央──炭で描かれた同心円の、中心の点のすぐ脇に、まっすぐな穴が空いていた。

 

 ミナの炭筆が動いた。「山丹・粉、五十歩、命中」。

 

 

 

 カントが、銃を下ろした。だが、すぐには次の弾を込めない。

 

「ハルコル」

 

「うん」

 

「気のせいかもしれねえ」

 

「言ってくれ」

 

「瑪瑙が、当たり金を打つ瞬間に、銃が動く。──ほんの少しだ。だが、二百歩先を狙ってると、その少しが、当たる外れるを分ける気がする」

 

 

 

「カント。──残り四発、いつもの通りに撃ってくれ。今の感覚は、覚えておく」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 続けて、百歩。百五十歩。二百歩。

 

 

 

 山丹の粉で、五十歩は全弾命中。百歩でも五発中五発命中。──夏の火縄式の同距離で五発中四発というのは、火縄の帳簿では「中央からの散らばりが大きい」となっていた。今日の山丹は、五発が全て、ばらつきの少ない弾痕で並んでいる。

 

「命中箇所の散らばり、火縄式より小さい」

 

 ミナが、木板に新しい線を引きながら言った。

 

「両眼で狙えるからだと思う。──赤い光が無えと、的が見やすい」

 

 カントが、銃を構え直しながら呟いた。

 

 百五十歩。五発中三発命中。

 

 二百歩。五発中二発命中。

 

 

 

 夏の火縄式──火縄の帳簿では、百五十歩で五発中二発、二百歩で五発中一発だった。

 

 燧石式改造銃の粉は、火縄よりも、すべての距離で、わずかに上を行った。

 

 

 

「ハルコル」

 

 ミナが帳簿から顔を上げた。

 

「同じ銃身、同じ火薬、同じ弾。──変わったのは、撃発の仕組みだけ。瑪瑙の仕掛けが、火縄を超えた」

 

「数字に出たな」

 

「ええ」

 

 ミナの目に、淡い満足が浮かんでいた。帳簿の数字が、撃発機構の革命を、初めて言葉ではなく数字で語った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 次。

 

 

 

「山丹の銃、粒に切り替えだ」

 

 カニタが、左の壺を脇に置き、右の壺を引き寄せた。

 

 

 

 装薬量は三匁。同じ重さの粒を、銃口から注ぐ。

 

 

 

 粒は、粉よりも転がる音が違った。

 

 ザラ、ザラ、と粒同士が触れ合う。粉の時の「サラサラ」ではない、明らかな摩擦のある音。

 

 カニタが小さく頷いた。

 

「……装填、楽だ」

 

「楽?」

 

 ハルコルが聞き返した。

 

「粉は、銃口の縁に張り付くんだ。湿気でなくても、粉は妙に張り付く。粒は転がる。──詰まらねえ」

 

 

 

 弾を込め、槊杖で押し込む。

 

 次に火皿。──カニタが粒の壺から、少量を匙で掬って、火皿に盛った。

 

 

 

 その瞬間、カニタの指が、わずかに止まった。

 

 

 

「……」

 

 粒が、火皿の上で、転がる。一粒ずつが、米粒の半分ほどの大きさ。火皿の小さな窪みの中で、粒同士が触れ合い、わずかに動く。盛った粒は、窪みの底に密に並ぶというより、隙間を残してまばらに重なる感触だった。

 

 カニタは火皿の蓋を閉じた。何も言わず、ただ、一瞬だけ、その手の動きが鈍った。

 

 

 

 カントが構えた。

 

 カチンッ──パチッ──ドォォォン。

 

 

 

 雷鳴の質が、わずかに変わった。気がする。

 

 ハルコル一人にだけ、そう聞こえた。

 

 

 

 カチンッと火花が散ってから、ドォォォンと薬室の火薬が爆ぜるまでの間。──その間が、山丹の粉火薬の時と、わずかに違う気がした。気がしただけだが。

 

 

 

「命中。中央寄り、ばらつき小さい」

 

 ミナの声。

 

 

 

 続けて百歩、百五十歩、二百歩。

 

 

 

 結果は、山丹の粉よりも、わずかに、しかし確実に上回った。

 

 百歩で五発中五発命中。百五十歩で五発中四発。二百歩で五発中三発。

 

 

 

 カントが、二百歩の射撃が終わってから、しばらく銃を構えたままだった。

 

「……ハルコル。届くまでが早い気がする」

 

「うん」

 

「夏は、五発に二発しか当たらなかったのが、百五十歩だった。──今、百五十歩は、五発に一発しか外れねえ」

 

「うん」

 

「これは、夏とは別の銃だ」

 

 

 

 ハルコルは黙って頷いた。

 

 別の銃ではない。──銃身も弾も、夏と同じだ。変わったのは、撃発機構と、火薬の形。それだけだ。それだけで、ここまで変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニプタイの銃、行くぜ」

 

 

 

 カニタが、布の中から、ニプタイの銃を取り出した。

 

 

 

 その瞬間、谷の空気が、静まったように感じた。

 

 崖の上のエゾマツの枝が風で揺れたが、雪は落ちなかった。

 

 

 

 ニプタイの銃。

 

 粘る鉄の板巻きの内側に、低マンガン鋼の板巻きの外側。継ぎ目を百八十度ずらし、鑢で磨き、樺の油を薄く塗った銃身。ミズナラの銃床。エゾシカの皮の肩当て。瑪瑙を顎に挟む撃発機構。

 

 山丹の銃身よりも、わずかに細く、わずかに短い。

 

 手に取ると、軽い。

 

 

 

 カントが両手で受け取った。

 

 

 

「……前が、軽え」

 

 しばらく構えてから、カントが呟いた。

 

「山丹のやつは、銃口の方が重え。長く構えてると、腕が落ちてくる。──こっちは、後ろの方に重さが寄ってる。狙いやすい」

 

「銃身が短えからだ。それと、薄く巻けた」

 

 カニタが応じた。

 

「鋼だから、薄くても破裂しねえ」

 

 

 

 ハルコルは黙って、銃身の表面を撫でた。

 

 冬の朝の空気の中で、銃身は冷たかったが、鋼の硬さが指の腹に伝わった。──この硬さが、薄さを許す。薄さが、軽さを生む。軽さが、構えの安定を生む。

 

 

 

 全てが、繋がっている。

 

 

 

「装薬量は」

 

「三匁。山丹と同じ」

 

「ニプタイの銃で、もっと入れられねえのか」

 

 カントが、横から訊いた。

 

 カニタが、銃身を撫でながら答えた。

 

「入れられる。──暮れの試験で、三匁半まで詰めて、薬室を撃って確かめた。鋼の銃身は、破裂しねえ。薬室はまだ余裕がある」

 

「じゃあ、なんで三匁だ」

 

「今日は、比較だ。──山丹の銃と、火薬の量を揃えねえと、銃身の差が見えねえ。同じ条件で、同じ弾を、同じ火薬で撃つ。──比べるなら、そうしねえとだ」

 

 

 

 カントが、わずかに頷いた。

 

「分かった。──じゃあ、今日は三匁だ」

 

「ああ」

 

 

 

 カニタが、もう一度、銃身を撫でてから、付け加えた。

 

「だが、覚えといてくれ。──この鋼は、もっと入れられる。三匁半でも、四匁でも、たぶん耐える。──今日の数字は、こいつの底じゃねえ。底の、まだ手前だ」

 

 

 

 ハルコルは黙って頷いた。

 

 

 

 (鋼の靭性が、装薬量の自由度を上げる。和人の火縄銃は頬で受けるから装薬を抑える。山丹の銃は肩で受けるが、銃身の鉄が古い造りで、これ以上は厚みでしか強さを稼げない。──ニプタイの鋼銃身は、薄壁で、軽くて、しかもまだ装薬を増やせる余地がある。今日は同条件で比べるが、本当の数字は、この先にある)

 

 

 

「火薬は」

 

「まず、粉から」

 

 

 

 

 

 

 カントが構えた。

 

 

 

 五十歩先の木板。

 

 

 

 カチンッ──パチッ──ドォォン。

 

 

 

 

 

 音が、わずかに違った。

 

 山丹の銃が「ドォォォン」と地を這うように響いたのに対して、ニプタイは「ドォォン」と、より引き締まった音だった。鋼銃身が薄いせいか、銃身そのものが鳴る共鳴の質が違うのか、ハルコルには判断がつかない。

 

 だが、もう一つ、違うものがあった。

 

 

 

 カチンッと火花が散ってから、ドォォンと薬室の火薬が爆ぜるまでの間。──その間が、山丹の時より、明らかに短かった。

 

 

 

「……早え」

 

 カニタが、銃の脇から呟いた。

 

「火が、薬室に届くまでが、山丹より早え気がする」

 

「気がする、ではないだろう」

 

 ハルコルが、横で答えた。

 

「山丹は、ドォォォンと余韻が長く、伸びる音だった。ニプタイは、ドォォンと、頭が早く、しかも短く切れる音だ。──火が回るのが早い」

 

 カニタは火皿の脇──銃身に開いた小さな穴──を覗き込んだ。

 

「触れ穴の大きさが、違うのかもしれねえ」

 

「触れ穴?」

 

「火皿から、薬室に火が通る穴だ。山丹のは、向こうの職人が空けた穴の大きさをそのまま使ってる。ニプタイのは、俺が手で空けた。──径も、内側の削り方も、わずかに違う」

 

 

 

 ハルコルは、ニプタイの銃身の側面をじっと見た。──火皿のすぐ脇に、小指の先ほどの小さな穴。

 

 

 

 (──触れ穴。火皿の火が薬室まで通る道。径が太すぎれば本装薬の粒が火皿に零れ落ちる、細すぎれば火の通りが遅れる。)

 

 

 

「カニタ。──今は撃ち続けてくれ。触れ穴の話は、頭に置いとく」

 

「ああ」

 

 

 

 カチンッ──パチッ──ドォォン。

 

 

 

 ミナの声。

 

「命中。中央寄り」

 

 

 

 続けて百歩。命中。百五十歩。一発外し。

 

 

 

 二百歩。

 

 

 

 カントが銃を構えたまま、長い時間、息を整えた。雪原の上で、白い息が静かに昇る。

 

 

 

 ドォォン。

 

 

 

「……命中」

 

 ミナの声。

 

「中央から、二寸(約六センチ)下」

 

 

 

 夏の火縄式では、二百歩は五発中一発が当たれば良い距離だった。

 

 今、ニプタイの粉火薬で、初弾が中央近くに入った。

 

 

 

「もう四発」

 

 カントの短い声。

 

 

 

 残りの四発のうち、二百歩で当たったのは、一発だった。──五発中二発。

 

 粉火薬のニプタイは、山丹の粉火薬とほぼ同じだった。──撃発機構と火薬が同じならば、銃身が違っても、命中の数字はそう変わらない。違うのは、軽さだ。それは、長く構えた時に、初めて効いてくる。

 

 カントの呟き。

 

「……このまま続けりゃ、後半で山丹に差を付ける。だが、粉のままじゃ、数字には出ねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、粒だ」

 

 

 

 カニタが粒の壺を引き寄せた。

 

 

 

 カントが装填する。

 

 ザラ、ザラ。

 

 

 

 構える。──カチンッ──パチッ──ドォォン。

 

 

 

 五十歩、命中。百歩、命中。

 

 

 

 百五十歩。──カントが、銃を構えたまま、長く息を整えた。

 

 

 

 ドォォン。

 

 

 

「命中」

 

 

 

 二百歩。

 

 

 

 カントが、肩の力を抜いて、もう一度構え直した。両眼を細く開き、銃身の先を二百歩先の木板の中央に合わせる。──風はほとんどない。雪の上に立った白い息が、まっすぐ昇る。

 

 息を吐き切ってから、引き金を引いた。

 

 

 

 カチンッ──。

 

 

 

 その瞬間、カントの肩が、わずかに揺れた。──引き金を引いてから、火花が散るまでの、ほんの一瞬。瑪瑙が当たり金を打つ衝撃で、銃身の先が、わずかに下に落ちた気がした。

 

 

 

 パチッ──ドォォン。

 

 

 

「……命中。中央から、一寸下」

 

 ミナの声。

 

 

 

 残りの四発のうち、二百歩で当たったのは二発。──初弾と合わせて、五発中三発。

 

 

 

 ミナの炭筆が、最後の数字を書き終えてから、しばらく動かなかった。

 

 帳簿の板の上に、四つの列と一つの参照列──火縄、山丹の粉、山丹の粒、ニプタイの粉、ニプタイの粒──が並んでいた。

 

 

 

 ミナが、その並びを、ゆっくりと声に出した。

 

「火縄。五十歩で五発、百歩で四発、百五十歩で二発、二百歩で一発」

 

「山丹・粉。五十歩で五発、百歩で五発、百五十歩で三発、二百歩で二発」

 

「山丹・粒。五十歩で五発、百歩で五発、百五十歩で四発、二百歩で三発」

 

「ニプタイ・粉。五十歩で五発、百歩で五発、百五十歩で三発、二百歩で二発」

 

「ニプタイ・粒。──五十歩で五発、百歩で五発、百五十歩で四発、二百歩で三発」

 

 

 

 ハルコルは、その数字を、頭の中で何度かなぞった。

 

 

 

 ニプタイの粒。山丹の粒。──二つの最良の組み合わせが、五十歩から二百歩まで、完全に同じ命中数で並んでいた。

 

 

 

 (──同じだ。山丹の銃と、ニプタイの銃が、命中の数字で並んだ)

 

 

 

 ハルコルは、雪の上に置かれた帳簿を、しばらく見つめた。

 

 

 

 (向こうは大陸で何百挺と作られた量産銃。職人が長い年月をかけて磨いてきた型。──こちらは、ニプタイの炉で初めて生まれた、たった一挺の自製銃。それが、同じ数字を出した)

 

 (数字で勝つ必要は、ない。──同じであることが、勝ちだ)

 

 

 

 ハルコルは父の言葉を思い出した。──「鋼の音は、夜の工房から、何度か聞こえた。今度は、山に聞かせろ」。

 

 今、山が、その音を聞いている。

 

 

 

 

 

 

 しばらくの沈黙のあと、カントが、銃身を布越しに撫でながら、ぽつりと続けた。

 

「だが、これは、三匁の数字だ」

 

「ああ」

 

「カニタが言ってた。──三匁半でも、四匁でも、この鋼は耐えるってな」

 

「ああ」

 

「正式に並ぶ銃ができて、訓練が終わって、戦の場に出る頃には、三匁じゃねえはずだ」

 

 ハルコルは、頷いた。

 

「ああ。──三匁半なら、二百歩の四発が見える。四匁なら、その先が見えるかもしれねえ」

 

「その先か」

 

「ああ。──だが、それは、二号の試射でも、まだ試さねえ。火薬を増やすのは、銃身の改良と、撃発機構の落ち着きと、撃ち手の慣れと、全部が揃ってからだ」

 

「順番だな」

 

「ああ。──まず、同じ条件で、山丹の銃と並ぶ。それが、今日。次に、改良で、超える。最後に、火薬を増やして、本当の射程に届く」

 

 カントが、頷いた。

 

「分かった。──気の長え話だが、筋は通ってる」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼が過ぎた。

 

 

 

 崖の上の雪が、わずかに溶け始めて、岩肌の黒い線が露わになっていた。

 

 

 

 ミナが、帳簿の最後に、もう一行書いた。

 

「肩当て式を基本とする。頬当て式は採らない」

 

 

 

 ハルコルは、その帳簿を、雪の上に置かれたミナの隣で見ていた。

 

「カニタ」

 

「ああ」

 

「ニプタイの銃は、まだ一号だ」

 

「ああ」

 

「今日撃ってみて、課題は出たか」

 

 

 

 カニタは、銃を布で拭いながら、しばらく考えた。

 

「ええと、銃床の下がりだ。あれが、もう少し浅い方が、楽だろうな」

 

「他には」

 

「五つある」

 

 

 

 カニタは、銃身を取り上げて、雪の上にそっと置いた。それから、空に向けて、指で銃身の輪郭をなぞった。

 

「一つ目は、この、銃身の形だ」

 

「形」

 

「今の銃身は、根元から銃口まで、ほぼ同じ太さで巻いてある。──だが、考えてみりゃ、火薬が爆ぜるのは薬室だ。一番圧がかかるのは、薬室のすぐ前。そこから先は、弾が前へ進むだけだ。圧は、銃身の先に行くほど、抜けていく」

 

 カニタの指が、銃身の輪郭を、薬室から中ほどへ、ゆっくりとなぞった。

 

「圧の少ねえ真ん中を、少し細く削れば、軽くなる。重さを削れるってことは、構えやすくなるってことだ。──だが、銃口を全部細くしちまうと、おそらく前が軽くなりすぎる。先が浮く」

 

「先が浮く」

 

「ああ。先が軽すぎると、構えがふらつくはずだ。風の日には特にだ。──だから、銃口の方は、真ん中より、少し太く残す。薬室は太く、真ん中は細く、銃口は少し太め。──三段に削る」

 

 

 

 ハルコルは、雪の上にしゃがんで、指で銃身の輪郭を空に描いてみた。

 

 薬室の太い根元。

 

 中ほどの細い腹。

 

 銃口の少し太い先。

 

 

 

「やってみる価値はある」

 

 ハルコルは短く頷いた。

 

「軽くなって、構えが安定するなら、撃ち手の疲れも減る。──二号で試そう」

 

「やりやす」

 

 

 

 

 

「二つ目は、瑪瑙の打つ衝撃だ」

 

 カニタが続けた。

 

「カントが言った、瑪瑙が当たり金を打つ瞬間に、銃が動く話。──あれは、たぶん本当だ。俺も組み立ての時に、空撃ちで気づいてた。瑪瑙が当たり金に当たる衝撃が、銃身に伝わる。火縄式の時は、火縄が触れるだけだったから、衝撃がほとんどなかった」

 

「軽くする手段は」

 

「いくつか考えてある。──瑪瑙を抱える顎の重さを、もう少し減らせるはずだ。今の板バネの強さも、もう一段、弱めても火花は十分散る気がする。当たり金の角度も、もうちょっと寝かせれば、瑪瑙が滑るように当たる。打つんじゃなく、擦るに近くなる。──衝撃が、減る」

 

「擦るように当たる、か」

 

「ああ。──板バネ、瑪瑙の顎、当たり金の角度。三つを一緒に詰めれば、衝撃は最小にできる。二号と一緒に、撃発機構の二組目も詰め直す」

 

 

 

 

 

「三つ目は」

 

 カニタは、最後に、火薬の壺二つを、雪の上に並べた。

 

 粒の壺と、粉の壺。

 

「今日、火皿に粒を盛ったとき、ちょっと引っかかったんでさあ」

 

「うん」

 

「粒が、火皿に対して、大きすぎる。──火皿は浅くて小さい。そこに、米粒の半分の大きさの粒を盛ると、隙間が空く。盛り過ぎれば火皿から零れる。盛り足りねえと、火が薬室まで届くのが遅れる」

 

 カニタは、粒の壺から一粒、指でつまんだ。

 

「これを、もう一段細かく砕いた粒なら、火皿の中で密に並ぶ。火花が触れた瞬間に、隙間なく火が回る。──薬室の方は、今の大きさのまま、銃身の中で勢いよく押せばいい」

 

「火皿用と、銃身用で、粒の大きさを分けるか」

 

「ああ。──同じ顆粒火薬だが、篩で分ければいい。細かい奴を火皿用、粗い奴を銃身用。それぞれ別の壺に詰めて、撃ち手は二つの壺から、別々に取る」

 

 

 

 ハルコルは、しばらく黙っていた。

 

 

 

「やろう。──冬の残りで、篩を細かいのと粗いのと、二つ用意する。粒を分けて、二号の試射までに、火皿用の細かい粒を作る」

 

「やりやす」

 

 

 

 

 

「四つ目」

 

 カニタが、ニプタイの銃身の側面──火皿のすぐ脇──を、指で示した。

 

「ここの、触れ穴だ」

 

「触れ穴」

 

「火皿から薬室に火が通る、この小さな穴だ。──山丹の銃のと、ニプタイの銃のと、二つ撃ち比べて、火の通りの速さが違うのが、はっきり分かった。ニプタイの方が、明らかに早え」

 

 カニタは、銃身を回して、穴の角度を見た。

 

「俺は、山丹のを真似て手探りで空けた。径の大きさも、内側の削り方も、勘で決めた。──だが、今日撃って分かった。この穴の径と、内側の削り方で、火の通りの速さが変わる」

 

「最適な大きさが、ある、ということだな」

 

「ああ。──大きすぎりゃ、銃身の粒が火皿に零れる。小さすぎりゃ、火の通りが遅れる。その間に、ちょうどいい径がある。ニプタイの穴は、たまたまそこに近かった。だが、ちょうどではねえと思う」

 

 

 

 ハルコルは、しばらく黙った。

 

 

 

「やってみる手は、あるか」

 

「ある。──二号を作るとき、最初は今のニプタイより少し小さく空けて、撃ってみて、火の通りが遅けりゃ少しずつ広げる。広がりすぎりゃ、銃身を作り直すしかねえが、最初を細めにしときゃ、削って広げる方向で詰められる」

 

「内側の角度は」

 

「漏斗のように、火皿の側を広く、薬室の側を狭く削れる気がする。──火皿から見て、漏斗の口が広い方が、火が集まりやすいはずだ」

 

 

 

 ハルコルは頷いた。

 

「やろう。──二号は、触れ穴の径を意識して空ける」

 

「やりやす」

 

 

 

 

 

「五つ目」

 

 

 

 カニタは、銃を持ち上げて、銃身の先と、火皿の手前を、ハルコルに見せた。

 

「銃身の先のこの突起と、奥の溝。狙いをつけるためのこの二つが、二百歩を狙うには、太すぎる、浅すぎる」

 

「突起と、溝」

 

「ああ。突起が太いと、的の中心が突起の影に隠れて、見えなくなる。溝が浅いと、突起を捉える線がぼやける。──山丹の銃をそのまま真似たから、太くて浅えままだ」

 

 カニタの指が、突起の側面を撫でた。

 

「もっと細く、もっと細くできる。鑢で根元を残して、頭の方を細く削る。先がよく見えるようにする」

 

「溝の方は」

 

「もう一段、深く切る。突起が、溝にすっと収まる形にする。──そうすりゃ、目線が、突起と溝と的を、一本の線として捉えられる」

 

 

 

 ハルコルは、銃口の突起をじっと見た。冬の薄い光の中で、その小さな金属の出っ張りは、確かに、二百歩先の的の中心を覆い隠すには、太過ぎるように見えた。

 

 

 

「やろう。──二号は、突起を細く、溝を深く切る」

 

「やりやす」

 

 

 

 

 

「ハルコル」

 

 ミナが、帳簿を閉じながら言った。

 

「二号までに、整理しておく。──銃床の下がりを浅くする。それから、カニタの言った五つ。銃身の三段削り、撃発機構の衝撃減らし、火皿用の細かい粒、触れ穴の径、照準の突起と溝。──全部で六つを、二号で改良する」

 

「ああ。──全部揃えれば、二百歩は、四発じゃなく、五発になる気がする」

 

「数字に出るかは、撃つまで分からない」

 

「うん。──撃つまで分からない」

 

 ミナが、わずかに笑った。

 

 

 

 

 

 カントが、銃を仕舞いながら言った。

 

「銃身の長さは、これでいい。──森で振り回せる長さだ。これより長いと、林の中で振れねえ」

 

「うん」

 

 ハルコルは頷いた。

 

 

 

 

 

 カニタが、銃を布で包み終えてから、ふと言った。

 

「ハルコル様。──そろそろ、銃に専念したい」

 

「うん」

 

「製鉄は、もう、俺がいなくても回る。──トゥイマって若えのがいるんでさあ。海辺のコタンから流れてきた、炉の方しか向かねえ男だ。俺の脇で鞴を踏んで、今じゃ炭の温度を、火の色じゃなく、炉の音で聞き分ける。あいつと、鞴踏みの連中で、矢じりも小刀も鉞も数が出る」

 

「そうだな」

 

「だが、銃の方は、まだ俺の手と目に張り付いてる。銃身を巻くのも、撃発機構を組むのも、銃床に合わせるのも、空撃ち百回も──全部、俺一人でやってきた」

 

 カニタは、銃を布の包みの中に納めて、紐で軽く括った。

 

「一号で、それは、できた。だが、ここから先、二号、三号と作るなら、俺の手は二本しかねえ」

 

 

 

「銃を任せられる手が、要るな」

 

 ハルコルが、静かに応じた。

 

「ああ。──炉の前の鉄じゃなく、作業台の上の銃の仕掛けを、組める手だ。指先の細かい仕事ができる奴。鋼の薄板を曲げて、瑪瑙の顎に合わせて、引き金の落ちを揃える奴」

 

「その、炉の音を聞ける男とは、また違う手だな」

 

「ああ。──トゥイマは、炉の方が向いてる。鉄を出させときゃ、いい。だが、銃の仕掛けは、炉とは別の手だ」

 

 

 

「目星はついているのか」

 

 ハルコルが訊いた。

 

「鞴を踏んでる連中の中に、もう、目星はついてる」

 

「鞴の」

 

「ああ。──炉の前は、トゥイマと、力のある奴がいりゃ回る。だが、その脇で、鉄を運んだり、道具を直したりしてる中に、妙に手先の利く奴が、二人ばかりいる」

 

 カニタは、布に包んだ銃を、膝の上に置いた。

 

「一人は、レウだ。膝を痛めて、森を駆けられなくなった狩人でさあ。脚は駄目だが、座って手を動かす仕事なら、誰より粘る。鞴を踏む脚も、片方だけは馬鹿みてえに強え。──あいつは、銃身を打つ下ごしらえに向いてる」

 

「もう一人は」

 

「ユキだ。ミナが、帳簿の印を刻ませると言って、工房に連れてきた娘でさあ。あの指は、見てて惚れ惚れする。──瑪瑙の顎を組ませたら、俺より細けえ仕事をするかもしれねえ」

 

 ハルコルは、しばらく黙った。

 

「もう、いる、ということだな」

 

「ああ。──今いる連中の中から、炉に向いた奴は炉に、細けえ仕事に向いた奴は作業台に。少しずつ、回してく。夏のうちに、銃の仕掛けを、二人に触らせてみる」

 

「秋には、形になるか」

 

「させる。──炉はトゥイマに任せて、俺は、銃の手を育てる方に回る」

 

「ああ。──頼む」

 

 

 

 

 

 カニタは、すぐには立ち上がらなかった。布に包んだ銃を、もう一度、膝の上で抱え直した。

 

「ハルコル様」

 

 いつになく、改まった声だった。

 

「なんだ」

 

「……俺あ、これが、楽しくてしょうがねえんでさあ」

 

 カニタは、銃を包んだ布の結び目を、指でなぞった。

 

「鉄に何を、どれだけ混ぜるか。炭をどこまで食わせるか。叩いて、伸ばして、巻いて……同じ鉄が、混ぜもの一つ、火の入れ方一つで、まるで別の顔になる。昨日できなかったことが、今日できる。──こんなに面白えもんは、ねえ」

 

 パチリ、と焚き火の薪が爆ぜた。

 

「俺あ、たぶん、ただ鉄を打つだけじゃあ、足りねえ性分なんでさあ。試して、外して、また試して……新しい顔を見つけるのが、性に合ってる」

 

 カニタは、ふっと笑った。

 

「だが、それも、ハルコル様がいたからだ。あんたが、砂鉄だの、黒い石だの、見たこともねえ種を、次から次へと俺の前に置いてくれた。あんたがいなけりゃ、俺あ、死ぬまで鍬と鉞を打って、それで終わってた。──それが、銃でさあ。雷を、筒に詰める仕事だ」

 

「カニタ」

 

「感謝してるんでさあ。──口で言うのは、性に合わねえが」

 

 ハルコルは、何と返せばいいか、すぐには言葉が出なかった。

 

「これからも、いろいろ作るぜ」

 

 カニタの目が、子供のように光った。

 

「だから、ハルコル様。──何か、思いついたら、教えてくだせえ。突拍子もねえことでいい。あんたの頭ん中にあるものは、まだ、半分も外に出ちゃいねえ。そんな気がするんでさあ」

 

 ハルコルは、笑った。

 

「ああ。──浮かんだら、真っ先に、おまえに言う」

 

「へえ。──腕が鳴りまさあ」

 

 (まだ、半分も──か。こいつには、見えているのかもしれない。この先、何を作らせようとしているか。)

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ、ニプタイに戻った。

 

 

 

 囲炉裏の火を起こし、銃を作業台に並べる。

 

 山丹の燧石式改造銃と、ニプタイの銃一号。──二挺。

 

 

 

 火薬の壺を二つ、棚に戻す。粉と、粒。

 

 帳簿を、ミナが棚の決まった場所に立てかける。──火縄、山丹の粉、山丹の粒、ニプタイの粉、ニプタイの粒の列が並んだ木板。

 

 

 

「ハルコル」

 

 ミナが、灯明の火を整えながら言った。

 

「夏の試射のあと、あなたが言ったこと、覚えてる」

 

「夏?」

 

「『芽は、もう出ている』。──カニタが帰り道に呟いた『粒にすればどうだ』のあと、独り言みたいに呟いてた」

 

「……ああ」

 

「あの芽が、今日、実になった」

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 

 

 チセに戻る道で、ハルコルは一度、空を見上げた。

 

 

 

 月が東の山の上に出ていた。半月。冷たい光が、雪の上に薄く落ちている。

 

 息が白い。早春の、まだ深い夜。

 

 

 

 (──ニプタイの鋼で作った銃身に、ニプタイの瑪瑙で火を起こす撃発機構を載せ、ニプタイの森のミズナラで銃床を彫る。すべてが、この大地から出た素材だ)

 

 (その銃が、今日、初めて吠えた)

 

 

 

 ハルコルは歩を止めた。

 

 

 

 (日本列島で、燧石式の引き金を、初めて引いたのは、和人ではなかった。アイヌだった。──そして、その銃の銃身は、和人の鉄ではなく、ニプタイの鋼だった)

 

 (誰も知らない歴史が、今日、生まれた)

 

 

 

 

 

 遠くで、フクロウが鳴いた。

 

 工房の方角を見ると、まだ灯りが漏れていた。

 

 カニタが、銃を仕舞った後も、まだ作業台に残っている。──二号の構想を、もう図に起こしているのだろう。

 

 ミナの帳簿には、今日の数字が、もう書き終えてあった。

 

 

 

 

 

 

 (今日の数字は、まだ底じゃない。──カニタが言った。三匁半でも、四匁でも、この鋼は耐える)

 

 (山丹の銃と並んだ。──次は、超える)

 

 

 

 

 

 雪の上に落ちた半月の光が、白く、長く、尾を引いていた。

 

 遠く、工房の方角から、また金属音が聞こえた。

 

 

 

 カチッ。カチッ。

 

 

 

 二号の銃身の、最初の板を切り出す音だった。

 

 

 

 

 

 ──あの沢地で鋼が吠えた日が、ニプタイの銃の産声だった。




第33話をお読みいただき、ありがとうございます!

おまけの解説コーナーです。


【和人の火縄銃と、大陸の火縄銃の違い】
当時の「日本の火縄銃」と「大陸(や西洋)の火縄銃」は、同じ火縄銃でも設計思想が全く異なる進化を遂げていました。

① 引き金の仕組み:「瞬発式」と「緩発式」
日本の火縄銃(瞬発式): 引き金を引くと、内部の強力なバネの力で火縄が「パチン!」と一瞬で火皿に叩きつけられます。引き金を引いてから弾が出るまでのタイムラグ(ロックタイム)が極めて短く、動く標的をピンポイントで狙い撃つのに特化した、世界でも珍しい狙撃向けの機構です。

大陸・西洋の火縄銃(緩発式):
作中に登場した「山丹の銃」もこれに含まれます。こちらは引き金を引く指の動きに連動して、火縄が「テコの原理」でじわーっとゆっくり火皿に降りていきます。バネの強い衝撃がないため構造が頑丈で壊れにくく、個人の狙撃よりも「軍隊が横一列に並んでの一斉射撃」に向いた機構でした。

② 構え方の違い:「頬当て」と「肩当て」
日本の火縄銃(頬当て式):
日本の火縄銃は、銃床を頬に寄せる形に発達しました。銃床(ストック)を「頬」にピタリと当てて、弓を構えるように精密な照準を合わせる独自の形に進化しました。

大陸・西洋の銃(肩当て式):
装薬量が多く反動が強烈なため、分厚い銃床を「肩」に押し当てて反動を肩と上半身で受け止める設計になっていました。



独自の銃がようやく形になりました。
長かった・・・。

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