オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~   作:サウス

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閑話:勢州船北海漂着記

 障子の向こうで、秋の空が白く光っていた。

 

 寛文元年(一六六一年)、九月の半ば。

 

 江戸町奉行所付属の番屋(ばんや)の一室。本所(ほんしょ)の白洲(しらす)ほど厳めしくはなく、三畳ほどの板間に、文机が二つ向かい合っている。

 

 安五郎は、与力の前に坐していた。

 

 聞き取りの三日目であった。

 

 与力は四十がらみの痩せた男で、傍らに書役の同心が控えている。同心の手元で、筆がさらさらと半紙の上を走っていた。安五郎が語る一語一語が、乾いた墨の匂いと共に、紙の上に沈んでいく。

 

 ──江戸に着いてから、まだ七日しか経っていない。

 

 七ヶ月の漂流。七十日の磯伝い。松前から新潟、高田、信州を経て、江戸まで。──体が、まだ、揺れている。陸(おか)に上がって一月(ひとつき)以上になるのに、足の裏が、いまだに波の記憶を覚えていた。

 

 「──それで、舵が折れたのは、十二月二十四日の夜半、と」

 

 与力が、淡々と確かめる。

 

「はい」

 

「遠江沖、懸塚の沖合い」

 

「はい」

 

 事実を語るのは、難しくない。日付と風向きと人数を並べるだけだ。与力の問いは的確で、書役の筆は速い。

 

 だが──事実を語るたびに、何かが零(こぼ)れ落ちていく気がしてならなかった。

 

 与力が知りたいのは、いつ、どこで、何が起きたか。

 

 儂が知っているのは、その奥にある、別のものだ。

 

 

 

 安五郎は、与力の問いに答えながら、七日前に見た江戸の町を思い出していた。品川の宿で最初の一夜を過ごした朝、久しぶりの──十ヶ月ぶりの──江戸の喧騒が、耳を打った。

 

 (……松坂に、帰りたい)

 

 大旦那の七郎兵衛が、待っている。御紀州様の御米を海に沈め、十五人を連れて戻った沖船頭の顛末を、大旦那はまだ知らない。

 

 大旦那の七郎兵衛は、松坂で生まれ育ち、松坂で船を出し、松坂で歳を取ってきた回船問屋の主だ。屋号は「七郎兵衛」。代々受け継いだ名であり、店の名であり、所有する船すべての名でもある。船は何隻もある。だがどの船も、すべて「七郎兵衛船」と呼ばれる。

 

 大旦那とは、若い頃からの付き合いだ。歳は十ばかり安五郎の方が下になるが、大旦那は安五郎を雇い人としてではなく、船を共にしてきた朋輩(ほうばい)のように扱ってくれる。

 

 (──松坂に帰ったら、大旦那の前で、あの七ヶ月のことを、一晩かけて語りたい)

 

 (与力には語れぬことを、大旦那になら──)

 

 

 

「──安五郎」

 

 与力の声が、思考を断った。

 

「漂着先の島の様子を、聞きたい」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 去年のことだった。

 

 万治三年(一六六〇年)、十二月二十三日。鳥羽(とば)の港。

 

 冬の海風は、容赦なく襟元に吹き込んでくる。だが、安五郎は機嫌が良かった。

 

 紀州藩米──米俵が、三百石積みの七郎兵衛船の船底に、ぎっしりと積まれていた。

 

 乗組員は、自分を含めて十五人。

 

 水夫頭の与平(よへい)、舵取(かじとり)の喜助(きすけ)──喜助はまだ二十歳前の若者で、これが三度目の江戸行きだった。残りは荷役(にやく)と炊事(すいじ)の者たち。皆、伊勢の海で育った者たちだ。

 

「殿様(紀州藩)の御米だ。一粒も濡らすな」

 

 安五郎が短く告げると、与平が頷き、舳先(へさき)の方へ歩いていく。

 

 北西の風。順風ではないが、悪くもない。

 

「碇(いかり)、上げいっ」

 

 与平の声が、冬の港に響く。

 

 ギシッ、と帆桁(ほげた)が鳴り、白い帆が膨らんだ。

 

 鳥羽の港が、ゆっくりと後ろへ流れ始める。

 

 ──あの時、儂は、何の不安も持っていなかった。

 

 江戸まで六日。馴染んだ航路。馴染んだ風。馴染んだ仕事。

 

 誰も、この船が七ヶ月後に北の島の浜辺へ流れ着くなど、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌二十四日の昼過ぎ、遠江(とおとうみ)。

 

 天竜川の河口、懸塚(かけつか)の沖を、七郎兵衛船は順調に進んでいた。

 

 冬の遠江灘(とおとうみなだ)は、いつもなら西風が強く、東へ向かう船には追い風となる。だがその日は、午(うま)の刻(ごろ)から風向きが定まらなくなった。北寄りの風が、ヒュッ、と吹いたかと思うと、すぐに南西へ戻る。海面が、白く泡立ち始めた。

 

「……嫌な空模様だ」

 

 与平が、低く呟いた。

 

 安五郎も、櫓櫂(ろかい)の前で天を見上げた。

 

 灰色の雲が、北の空から這うように覆ってくる。冬の北風──「上(かみ)」と呼ばれる、本州の太平洋岸を恐れさせる凶風(きょうふう)の予兆だった。

 

「帆を半分(はんぷん)に絞れ。舳先を風上(かざかみ)へ立てろ」

 

 安五郎の声に、水夫たちが動く。

 

 だが、間に合わなかった。

 

 夕刻、北風が爆発的に強まった。

 

 ゴオオオォ──と空が鳴る。

 

 白い波が、船腹を叩く。舵柄(かじづか)を握る喜助が、両足で踏ん張った。

 

 ──ベキッ。

 

 夜半。

 

 舵が、折れた。

 

「……舵がねえッ」

 

 喜助の絶叫が、闇に裂けた。

 

 安五郎は腰の縄を柱に結びつけたまま、船尾へ駆け寄った。舵柄が、根元から半分にひしゃげている。木の繊維が、白く裂けて見えた。

 

(──終わりだ)

 

 その時の自分の頭の中の声を、安五郎は、今もはっきり覚えている。

 

(舵がなければ、船は流される。北風がやまねば、儂らは、外海へ吹き飛ばされる)

 

 与平が、嗄(か)れた声で告げた。

 

「予備の舵が、ひとつあります。組み直しまする」

 

「やれ」

 

 雨と波しぶきの中、十五人が代わる代わる船尾に取り付いた。予備の舵を、根元の差し込み口に押し込む。だが、波が立て続けに船を持ち上げ、放り投げる。手元が狂う。指の皮が、何枚も剥(む)けた。

 

 夜が明けて、二十五日の朝。

 

 ようやく舵が組み上がった。

 

 だが──。

 

 北風は、なおやまなかった。

 

 

 

 

 

 

 九日間、流された。

 

 北風は二日間吹き続け、三日目に北東風に変わり、それからは東から東北東へ──ひたすら同じ方向へ、船を押し流していった。

 

 舵は組み直したが、これだけの風には立ち向かえない。帆を絞っても、絞らなくても、船は風の意のままに流れる。

 

 十日目、海岸線が、完全に見えなくなった。

 

 目の前に広がるのは、ただの灰色の海。北の海は冬の太陽でも温まらない。波は鉛のように重く、寒さは骨を削った。

 

 米はあった。

 

 紀州藩の御米が、船底に積まれている。

 

 だが──三日目の波で、船底にひびが入った。塩水が、じわじわと染み込み始めた。米俵が、下の方から濡れていく。

 

 与平が、湿った米を一握り、安五郎の前に置いた。

 

「これは、もう食えませぬ」

 

 安五郎は黙って米を見つめた。

 

 塩水を吸った米は、すぐに腐る。鼻を近づけると、もう饐(す)えた匂いがしていた。

 

 御米──大旦那の店の身代(しんだい)の何倍にも当たる御用米が、船底で腐っていく。

 

(大旦那に、なんと申し開きをすればよい)

 

 その思いが、一瞬、頭の真ん中を貫いた。

 

 が──次の瞬間、別の声が、それを押しのけた。

 

(命があるなら、米は二度目だ)

 

 長く船頭をしてきた人間が、その瞬間に、すっと脱皮するように、別のものになった。

 

 ──御用米を運ぶ船頭ではなく、十五人の命を抱えた船頭に。

 

「与平。塩水に浸かっていない米だけ、別の樽に移せ。それと、雨水を貯める用意をしろ。釣り糸を出せる者は、出せ」

 

 与平が、深く頷いた。

 

 

 

 長い、長い七ヶ月だった。

 

 雨水を貯め、生で魚を食い、寒さで指が黒くなった者が二人出た。だが、誰一人、死ななかった。

 

 空には、見たこともない星々が流れた。海には、見たこともない大きさの鯨(くじら)が現れた。何度も、霧の中で方角を見失い、何度も、波頭から船底が落ちる音を聞いた。

 

 春が来た。夏が来た。

 

 寛文元年(一六六一年)七月十五日。

 

 霧が晴れた朝、舳先の喜助が、震える指で前方を指差した。

 

「……山が、見えやす」

 

 灰色の海の彼方に、黒い影。

 

 雪を残した、高い山。

 

 

 

 

 

 

 

 

 書役の筆が、止まった。

 

 安五郎は、ふと、我に返った。

 

 番屋の一室。与力の顔。秋の障子。──ここは、江戸だ。

 

「七月十五日──島が見えた、と」

 

 与力が、淡々と確かめた。

 

「はい」

 

「島の名は」

 

「……和人の地図には、載らぬ島でございまする。蝦夷の者どもは『エトロフ』と呼んでおりました」

 

 書役の筆が、再びさらさらと走る。

 

 「七月十五日 択捉島(えとろふじま)に漂着」──おそらく、そう書かれたのだろう。

 

 ──あの瞬間の喜助の指の震えを、儂は、語れない。

 

 語れないのではない。語っても、伝わらないのだ。

 

 七ヶ月、海の上だけにいた人間が、初めて山影を見た時の感覚を、奉行所の与力に分かってもらおうとしても、無駄であった。

 

 障子の外で、風が一つ、鳴った。

 

 

 

 

 

 

 浅瀬に乗り上げた。

 

 船底が、ガリリ、と裂けた。

 

 乗組員全員、櫂を掴んで波に飛び込む。冷たい。骨まで凍る冷たさ。だが、足の下に砂利の感触があった。

 

 ──地面だ。

 

 七ヶ月ぶりの、地面だった。

 

 砂利の浜に這い上がり、岩礁の隙間に倒れ伏す。誰かが泣いていた。誰かが笑っていた。誰かが嘔(は)いていた。

 

 夏とはいえ、北の島は冷たかった。砂利の上に、まだ雪が斑(まだ)らに残っている。低いハイマツの茂み。痩せた森。岩場には、白い羽根と黒い貝殻が散らばっていた。

 

 その時──。

 

 ぎゃあ、と鋭い声が、頭上から響いた。

 

 安五郎は天を仰いだ。

 

 岩場の一番高いところに、鷲がいた。

 

 大きい。両翼を広げれば、人の背丈の倍はある。鋭い嘴(くちばし)。金色の目。──じっと、こちらを見下ろしている。

 

「──鷲が、子供をさらって食う、と聞いたことがある」

 

 喜助の声が、震えていた。

 

 安五郎も、思わず後ずさった。

 

 あの嘴と爪の大きさを見れば、赤子なら呑み込めるだろう。

 

(人の住まぬ土地に、流れ着いたのかもしれぬ)

 

 その時の自分の頭の中の声を、安五郎は今でも覚えている。

 

 

 

 だが、それは、間違いだった。

 

 翌朝、岬の向こうから、丸木舟(まるきぶね)が三艘、静かに近づいてきた。

 

 漕いでいるのは、毛皮の衣を着た、髭の濃い男たち。

 

 ──蝦夷人(えぞじん)。蝦夷。

 

 話には、聞いていた。江戸の問屋筋の寄合で、松前から下ってきた荷の話が出るたび、商人どもは「蝦夷の土人」「毛皮を運ぶ髭の者ども」と、嗤(わら)うように口にしていた。

 

 だが、見るのは、初めてだった。

 

 五十近い歳まで廻船を任されてきたが、安五郎は、蝦夷地に足を踏み入れたことがなかった。北の航路は松前の御用船と、上方(かみがた)からの近江商人が押さえている。伊勢の回船は、紀州米を江戸へ運ぶのが仕事。北へ上る用は、なかった。

 

 大旦那の七郎兵衛も、松前の昆布や鮭は江戸の問屋から仕入れる方の商人だった。蝦夷を直に見たことのある者は、松坂の店の者の中にも、一人もいない。

 

 だから、初めて目にした蝦夷は──聞いていた話とは、まるで違った。

 

 舟を浜に上げ、岩の上から、こちらをまっすぐ見据えてくる。

 

 臆(おく)していない。媚(こ)びてもいない。

 

 ただ、見ている。

 

 その目つきは、問屋筋の商人どもが嗤っていた「土人」のものでは、決してなかった。

 

 

 

 歳の頃は四十前後の、髭の白い男が一人、進み出た。

 

 彼が、ゆっくりと指を立て、自分の口元に当てた。

 

 ──食え、の身振り。

 

 別の男が、革袋から干した魚を取り出し、岩の上に置いて、三歩、下がった。

 

 安五郎は、ためらった末に、近づいた。魚を取った。塩が利いている。腹に染みた。

 

 男は、頷いた。それから、舟を指差し、こちらを指差し、南の方角を示した。

 

 ──南へ、送ってやる、の身振り。

 

 言葉は、通じない。

 

 だが、意味は、まっすぐに伝わった。

 

(……害意は、ない)

 

 長年船頭をしてきた者の勘で、安五郎は、それを悟った。

 

 

 

 彼らに案内されて、安五郎たちは、内陸の小さな村落(むら)へ行った。

 

 十数戸の集落。家は、地面を掘り下げ、屋根を低く葺(ふ)いた──穴のような家だった。

 

「これは、竪穴(たてあな)の住まいではござりませぬか」

 

 与平が、目を丸くした。

 

 安五郎も、内心で唸った。

 

(──土の中に半ば埋もれた、丸い屋根の家か)

 

(江戸の問屋筋で「蝦夷人は丸い家に住む」と聞いた覚えはある。だが、土の中に潜るように家を作るとは、聞かなかった。この島の暮らしは、儂が知っていた話より、ずっと古い形をしているのかもしれぬ)

 

 中は、暖かかった。中央に大きな炉。煙が低く屋根を伝って、隙間から抜けていく。

 

 女たちが、土鍋で何かを煮ていた。

 

 ──土鍋。

 

 本州ではとうに鉄鍋ばかりだ。土の鍋とは、まるで古い時代の話だ。

 

 彼らは、まだ、土を焼いて鍋を作っているのか。

 

(鉄を、知らぬのか)

 

 いや──。

 

 よく見れば、男たちが腰に佩(は)いている小刀(マキリ)には、鉄の刃が光っていた。鉄を全く知らぬわけではない。だが、鍋は、土の方が好みらしい。

 

 彼らの暮らしの理屈は、和人の理屈とは、別のところに根を張っているようだった。

 

 

 

 その夜、鮭の頭の汁を、椀(わん)に分けてもらった。

 

 脂が乗って、力が出た。

 

 安五郎は、椀を両手で抱え、湯気の向こうの炉の火を見つめていた。

 

(……儂は、これまで蝦夷を、人と思っていなかった)

 

(江戸の問屋筋の商人どもの嗤い声を、儂もまた、聞き流していた。「蝦夷の土人」「髭の者ども」──そう言われる者たちが、何を食い、何を着、何を語って暮らしているか。儂は、一度も、考えたことがなかった)

 

(だが、この島の者たちは──儂を、人として扱ってくれている)

 

(言葉も通じぬ。物もろくに持たぬ。風呂も湯漬けもない暮らしだ。──だが、彼らは、儂の命を、惜しんでくれている)

 

 炉の火が、ぱちん、と弾けた。

 

 

 

 

 

 

 さらさら、と筆が走る音が、安五郎の耳に戻ってきた。

 

 番屋の一室。与力。書役。──江戸の秋。

 

 与力が半紙を一枚、裏返した。

 

「島の住まいは、竪穴の家、と」

 

「はい」

 

「食は。鮭の頭の汁を、椀で分けた、と」

 

「……はい」

 

 安五郎は、そこで一瞬、口を閉じた。

 

 書役の筆が止まった。

 

 ──あの炉の火を見ていた時の、儂の頭の中の声を、どう語ればよいのか。

 

 五十年近く生きてきた船頭の世界が、いかに狭かったか。松坂の店、鳥羽の港、江戸の問屋筋──儂は、それが世界の全てだと思っていた。違った。あの竪穴の家の中にも、世界があった。別の理屈で、別の道具で、別の食い物で、別の言葉で──しかし、立派に、人が、人として、生きていた。

 

 その認識の壊れ方を、与力には、語りようがない。

 

 (──大旦那になら、いつか、語れるだろうか)

 

「……続けて、よろしゅうございまするか」

 

 与力が、静かに促した。

 

「はい。──三日目のことで、ございまする」

 

 

 

 

 

 

 ──だが、儂がもっと根本から壊されたのは、その三日後のことだ。

 

 

 

 漂着して、三日目。

 

 乗組員が、漂流の間に塩水でぐっしょり濡れた木綿の衣類を、岩場の上に広げて干していた。

 

 下着、肌着、上掛けの綿入れ──七ヶ月、海水に浸かり続けた衣を、夏の北の島で乾かす。本州なら半日で済むが、ここでは丸一日かかる。

 

 翌朝、起きた喜助が、岩場を見て、声を裏返した。

 

「──ねえッ」

 

「何だ」

 

「木綿が、ありやせん。全部、消えてやす」

 

 安五郎は岩場へ駆け寄った。

 

 昨夜、確かに広げて重しを乗せていた木綿の衣類が──一枚残らず、消えていた。

 

 砂利の上に、裸足の足跡。

 

 森の中へ、消えている。

 

「取られた」

 

 与平が、低く呻(うめ)いた。

 

 怒りが、頭に血を昇らせた。

 

 あの者たちは──昨日まで儂らに魚を分けてくれた者たちは──夜の間に、儂らの衣類を盗んでいったのか。

 

「取り返すぞ」

 

 安五郎は、思わず立ち上がった。

 

「あんな土人どもに、奪われてたまるか」

 

 喜助と、若い船員二人を連れて、足跡を追った。

 

 

 

 

 

 

 沢沿いに、森を分け入った。

 

 低い熊笹(くまざさ)が、膝を擦る。エゾマツの森は暗く、苔の匂いが鼻に重く差した。

 

 半刻(はんとき)も歩いただろうか。

 

 茂みの向こうに、村落が見えた。

 

 その一棟の脇に──。

 

 干された木綿の衣類が、広げられている。

 

 安五郎の白い肌着。喜助の藍色(あいいろ)の綿入れ。与平の縞(しま)の下帯。すべて、そこにあった。

 

「やはりだ」

 

 喜助が駆け出そうとした。

 

 その瞬間──。

 

 ヒュッ。

 

 弦の音が、空気を裂いた。

 

 安五郎の足元の、砂利の上に──矢が一本、深々と突き刺さった。

 

 矢羽(やばね)が、震えている。

 

 

 

 茂みの中から、人影が立ち上がった。

 

 左から、右から、奥から──毛皮の上着を着た男たちが、次々と姿を現した。

 

 数えれば、八人。

 

 ──半数ほどが、弓を引き絞っている。

 

 矢じりが、朝の光を弾いて、鈍く光っていた。

 

 

 

 時が、止まった。

 

 

 

 安五郎は、その瞬間、自分の腰が抜けるのを感じた。

 

 

 

 船頭として、三十年以上、海の修羅は潜(くぐ)ってきた。沖の嵐、海賊との睨み合い、難波船の救助──修羅場は、何度も経験した。だが、これは、違った。

 

 

 

(──通じぬ)

 

 

 

 その一語が、頭の真ん中に落ちてきた。

 

 

 

(和人の理屈が、ここでは、通じぬ)

 

(儂は、自分の理屈が世界の全てだと思って、ここに来た)

 

(盗まれたから、取り返す。それが、儂の理屈だった。──だが、ここでは、それは、命の値(ね)で支払う代物(しろもの)だ)

 

 

 

 

 

 弓を構えた男たちのうち、最前列の──昨日、魚を分けてくれた、髭の白い四十前後の男が、ゆっくりと前に出た。

 

 彼は、弓を引き絞ったまま、もう一方の手で、地面に何かを投げてきた。

 

 ボトリ──と、重い音。

 

 

 

 安五郎の足元に、黒く艶やかな毛皮の束が、落ちていた。

 

 

 

 ずっしりと重い。長さは三尺(しゃく)あまり、厚みは三寸(すん)はあろうか。漆黒の毛が、朝の光を吸い込むように深く沈んでいる。

 

 ──毛皮。それも、極上の。

 

 

 

 男は、弓を引いたまま、顎で示した。

 

 まず、こちら(安五郎たちの方)の干した木綿を、指差す。

 

 次に、自分の足元の毛皮を、指差す。

 

 最後に、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 ──意味は、明白だった。

 

 

 

 「木綿は、貰う。代わりに、これを置いていく」

 

 

 

 男は、それから、弓の先で、東の方角を指した。

 

 次に、南の方角を指し、舟を漕ぐ仕草をした。

 

 ──「南へ、行け」

 

 

 

 そして、男たちは、音もなく、後退した。

 

 茂みの向こうへ消えるまで、誰一人として、弓を下げなかった。

 

 

 

 

 

 

 しばらく、誰も動けなかった。

 

 ようやく、喜助が、震える声で呟いた。

 

「……船頭、これは……」

 

 安五郎は、しゃがみこんで、毛皮を拾い上げた。

 

 ずっしりと、重い。

 

 毛は、海獣のものだった。本州の毛皮では見たことのない、極上の艶。

 

「ラッコ、ではござりませぬか」

 

 与平が、後から追いついて、息を呑んだ。

 

「上方(かみがた)の問屋筋で、噂に聞く──金五十両、いや百両もする蝦夷の至宝(しほう)」

 

 

 

 安五郎は、ただ、毛皮を握りしめていた。

 

 

 

(──取引、ではない)

 

(あれは、向こうの理屈での「贖(あがな)い」だ。盗ったものの代わりに、向こうが値打ちと思うものを置いていく。──向こうの法だ)

 

(儂らは、和人の理屈で言えば、盗まれた)

 

(だが、向こうの理屈で言えば、儂らは、贖われた)

 

(……どちらが、正しいのか)

 

 

 

 頭の中で、長年の船頭としての理屈が、軋(きし)んだ。

 

 

 

 正しいのは、こちらだ、と言い切れなかった。

 

 

 

(弓を引かれた瞬間、儂は、彼らの掟(おきて)の前で、頭を垂れたのだ)

 

(あの掟は、たぶん、千年も前から、この島で続いてきた。儂の五十年近い経験など、あの掟の前では、塵芥(ちりあくた)に過ぎぬ)

 

 

 

 ラッコの毛皮が、朝の光を吸い込んで、黒く沈黙していた。

 

 

 

 

 

 

 さらさら──。

 

 書役の筆が、一拍、止まった。

 

 墨を磨(す)り直す音。そして、また走り出す。

 

 安五郎は、与力の顔を見た。

 

 与力は、表情を変えずに、短く問うた。

 

「蝦夷の者どもは、木綿と引き換えに、ラッコの毛皮を置いた、と」

 

「はい」

 

「値にして、金五十両から百両。──大層な代物だな」

 

「……はい」

 

 書役の半紙には、おそらくこう書かれたのだろう。「蝦夷、木綿を盗り、ラッコの毛皮一張(ひとはり)を置く。和人、これを得(う)」──事実は、そのとおりだ。

 

 だが、弓の前に立った時の腰の抜け方も、毛皮を握った時の頭の中の軋みも──それは、口書には、入らない。

 

 

 

 

 

 

 その後の七十日間を、安五郎は、生涯忘れることはあるまい。

 

 

 

 ラッコ毛皮を抱えて、浜に戻った。船は壊れていたが、本船から外した小さな端舟(はしぶね)が、一艘、無傷で残っていた。

 

 翌日、岬を一つ越えると、別の村落があった。

 

 そこの蝦夷は、最初の村落の者たちとは違う、もう少し南の集団のようだった。

 

 安五郎がラッコ毛皮を見せると──彼らの態度が、明らかに変わった。

 

「あれを、見たな」

 

 与平が、低く言った。

 

 毛皮を見た瞬間、蝦夷の男たちの目に、ある種の理解の色が浮かんだ。

 

 

 

 食事を分けてくれた。鮭の頭の汁、海藻の塩漬け、干した魚。

 

 言葉は通じない。だが、毛皮一枚で、意思の通路が開いた。

 

 

 

 

 

 国後(くなしり)へ渡る時は、丸木舟で先導してくれた。

 

 国後と択捉の間の海峡は、霧が深く、潮が速い。難所だ。

 

 だが、蝦夷の船頭は、霧の中で星も見えぬのに、まっすぐ進んだ。

 

「……どうして、方向が分かるのですか」

 

 言葉が通じぬのは承知の上で、安五郎は身振りで問うた。耳を指し、海を指し、首を傾げた。

 

 船頭は、しばらく櫂を止め、それから、耳を指し、海面を指した。

 

 ──潮の音が違う。

 

 そういう意味らしい、と安五郎は理解した。

 

 

 

 安五郎は、櫂を漕ぐ蝦夷の船頭の横顔を見た。

 

 日に焼けた、深い皺。鋭い目。耳が、わずかに前へ傾いている。

 

(──この男は、海の全部を、自分のものにしている)

 

(和人の弁才船は、決まった航路を、決まった季節に、決まった風で動くだけだ。だが、この船頭は、霧の中の海も、潮の音で読む)

 

(儂は、海を、知らなかった)

 

 

 

 三十年、船頭を任されてきた者の中に、その一語が、深く落ちた。

 

 

 

 

 

 

 国後の村落は、択捉の村落よりも、わずかに和人に慣れていた。

 

 彼らは、和人を「シャモ」と呼んだ。

 

 

 

 国後の長老が、ゆっくりとした身振りで、何かを告げた。

 

 胸の前で空中に線を引く。村落から、村落へ。

 

 次の村落の方角を指し、首を縦に振る。

 

 ──次の村落に、お前たちのことを伝えてある。

 

 そういう意味だと、安五郎は察した。

 

 

 

 長老の指の動きが、空中で続いた。村落から村落へ、線が引かれていく。

 

 安五郎は、そこで、ようやく気づいた。

 

(蝦夷地には、和人の知らぬ「道」がある)

 

(海岸沿いに、村落と村落を繋ぐ、目に見えない道。情報が流れ、人が流れ、品が流れる)

 

(儂は、その道に、いま乗せられている)

 

(──和人の眼には、決して映らぬ網が、この島には張り巡らされている)

 

 

 

 その夜、囲炉裏の前で、長老が、無言で、椀に注いだ熱い汁を、安五郎の前へ差し出した。

 

 干した鮭の骨で出汁(だし)を取ったらしい、薄い汁だった。

 

 言葉は、交わさなかった。

 

 ただ、椀の湯気が、二人の間に、細く立ち昇った。

 

 長老は、汁を一口飲み、それから、ゆっくりと指で、囲炉裏の灰の上に絵を描いた。

 

 大きな円。その下に、小さな点。

 

 円の中の点を、長老は指でなぞる。それから、円の外──南──を指し、舟を漕ぐ仕草。

 

 ──お前たちは、この島の中にいる。だが、明日からは、外へ向かう。

 

 そういう意味だと、安五郎は理解した。

 

 長老の目は、深く、穏やかだった。

 

 

 

 翌朝、霧が晴れる前に、村落を発(た)った。

 

 長老は、浜まで見送りに出てこなかった。だが、家の戸口に立ち、片手を、ただ、軽く挙げていた。

 

 その手の小さな動きを、安五郎は、今も覚えている。

 

 

 

 

 

 

 蝦夷地の東の海岸を、磯(いそ)伝いに進んだ。

 

 村落から、次の村落へ。

 

 どの村落も、最初は警戒した。だが、前の村落から渡された──鮭の干物の一切れ、海藻を結んだ束──を見せると、態度が変わった。

 

 ラッコの毛皮は、もう、持ち出さなかった。

 

 あの毛皮の重みを、安五郎は、別の意味で抱えていた。

 

 

 

 日が、短くなっていった。

 

 夏が終わり、秋風が立ち始めた。

 

 

 

 磯の景色が、少しずつ変わっていった。

 

 最初は岩だらけの厳しい海岸だったのが、しだいに、低い砂浜と、緩やかな丘陵が広がる地形へ。森の木々も、深い緑から、黄や赤に色づき始めた。

 

 

 

 

 

 

「──それから」

 

 与力が、静かに先を促した。

 

「はい。八月の終わり頃のことで、ございまする」

 

 安五郎は、息を整えた。

 

 ここから先が、一番つらい。

 

 

 

 

 

 

 ある朝、磯伝いの道で、村落の若者が、安五郎を呼び止めた。

 

 彼は、南の方角を指差し、何かを早口で告げた。

 

 安五郎には、言葉が分からない。

 

 だが、若者は、地面に小枝で絵を描いた。海岸線らしき線を引き、その先に小さな四角を描く。四角の中に、棒人形のような姿を二つ。それから、棒人形の頭に、線で「髷(まげ)」を描き添えた。

 

 安五郎の心臓が、跳ねた。

 

「和人……」

 

 若者は深く頷き、もう一度、南を指差した。

 

 ──あの先の浜に、和人がいる。

 

 

 

 松前の番人だ、と、安五郎は、その絵の髷だけで悟った。

 

 

 

 

 

 

 十勝(とかち)の浜だった。

 

 

 

 後から知ったが、そこは、松前藩家老・蠣崎蔵人(かきざきくらんど)殿の知行所(ちぎょうしょ)であり、広尾(ひろお)の浜に出張所が置かれていた。寛文の頃、十勝の海岸には、すでに松前藩の番人が、季節ごとに駐在していたのだ。

 

 

 

 番屋(ばんや)は、小さな板葺(いたぶ)きの建物だった。

 

 松前藩の番人と、通詞(つうじ)、そして雑用の若い男──三人ほどが詰めていたようだ。

 

 

 

 安五郎たちが、村落の若者に連れられて姿を現すと、番屋の戸が開き、初老の番人が、目を丸くした。

 

「漂流者か」

 

「ハッ」

 

「よく、生きて辿(たど)り着いた」

 

 番人は、足軽格(あしがるかく)らしき男だった。古びた帷子(かたびら)に、腰には脇差。だが、声には、思いやりが滲(にじ)んでいた。

 

 

 

 番屋に通された。

 

 囲炉裏の前に座らされた。

 

 

 

 そして──白米の湯漬けと、味噌汁が、出された。

 

 

 

 久しぶりの、米の味だった。

 

 

 

 七ヶ月の漂流の間、塩水を吸って腐った米しか目にしなかった。蝦夷の世話になっている間も、米は一粒もなかった。鮭、海藻、干し魚、肉──それはそれで力が出た。だが、米は、別だった。

 

 

 

 白く、ふっくらと炊かれた米が、口の中で、ほろりと崩れた。

 

 味噌の香り。湯気の温かさ。

 

 

 

 涙が、止まらなかった。

 

 

 

 乗組員たちも、皆、椀を抱えて、肩を震わせていた。喜助は、声を上げて泣いた。

 

「ああ……ああ……」

 

 

 

「ゆっくり食え。ゆっくりだ」

 

 番人の声は、優しかった。

 

「──ところで」

 

 彼は、ふと、安五郎の脇に置かれた革袋に目を留めた。

 

 ラッコの毛皮を包んだ袋だった。

 

「それは、どうした」

 

 

 

 安五郎は、椀を置いた。

 

 

 

 正直に、答えた。

 

「択捉の浜で、木綿の衣類を取られましてござります。取り返そうとしたところ、弓で脅され──代わりに、置いていかれたものでござります」

 

 

 

 番人の顔つきが、わずかに、硬くなった。

 

 

 

 囲炉裏の火が、ぱちん、と弾けた。

 

 

 

「それは──」

 

 番人は、ゆっくりと、言った。

 

「──預(あず)かろう」

 

「は」

 

「ラッコの毛皮は、御法度(ごはっと)だ。藩を通さぬ蝦夷との取引は、ご禁制(きんぜい)。漂流の最中(さなか)とはいえ、和人が蝦夷から直接受け取った毛皮は、藩が預かることになっておる」

 

 

 

 安五郎は、息が止まった。

 

「ですが──」

 

 言葉を、選ぼうとした。

 

「これは、儂らが、命を救われた、印(しるし)でござります」

 

「──法度(はっと)だ」

 

 番人は、それだけ言った。

 

 

 

 目を、合わせなかった。

 

 彼にも、躊躇(ためら)いはあるのかもしれない。だが、彼は、それ以上、語らなかった。

 

 

 

 雑用の若い男が、革袋ごと、毛皮を別室に運んでいった。

 

 

 

 代わりに、いくらかの銭が、差し出された。

 

「松前までの旅の足しに、と」

 

 安五郎は──受け取らなかった。

 

「──結構でござります」

 

 声が、低く響いた。

 

 番人は、ただ、頷いた。

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 与力の手が、止まった。

 

 安五郎は、そこで、口を閉じた。

 

 

 

 番屋の一室に、しばらく、筆の音だけが残った。書役の同心が、最後の数行を清書し終えるのを、与力は黙って待っていた。

 

 

 

「──松前までの道中は」

 

 与力が、淡々と問うた。

 

「松前から船で本州へ渡り、新潟、高田、信州を経て、中山道(なかせんどう)を下りまして、九月八日にして江戸に着きましてございます」

 

「松前では、藩主に拝謁したか」

 

「はい。松前高広公に。……深く頭を下げただけで、顔も上げませなんだ」

 

 

 

 与力は、軽く頷き、書役の方を向いた。

 

「概ね、良かろう。清書の仕上げは明日にいたせ」

 

 書役が、筆を置いた。

 

 

 

 

 

 

 聞き取りが、終わった。

 

 

 

 安五郎は、与力に深く頭を下げ、番屋の板間を辞した。

 

 土間に降り、草履を履く。戸口を開けると、九月の江戸の風が、頬に触れた。

 

 ──まだ、日が高い。

 

 空は、秋の青さだった。高く、薄く、どこまでも広い。蝦夷地の重く垂れ込めた空とは、別の空。

 

 安五郎は、番屋の前の路地に立ち、しばらく、動かなかった。

 

 

 

 事実は、すべて語った。

 

 日付、風向き、漂着地の地形、蝦夷の姿、蝦夷地の道筋、松前藩士に出会った件。──書役の半紙に、すべて載った。

 

 だが──。

 

 

 

(──載らぬものが、ある)

 

 

 

 弓の前に立った時の腰の抜け方。

 

 毛皮を握った時の頭の中の軋み。

 

 竪穴の炉の火を見つめていた時の、五十年の世界が壊れていく感覚。

 

 霧の海を潮の音だけで渡る蝦夷の船頭の横顔。

 

 長老が戸口で、片手を、ただ、軽く挙げていた、あの動き。

 

 そして、十勝の番屋で、温かい味噌汁を出してくれた番人が、同じ口で「法度だ」と言った時の──あの、静かな残酷さ。

 

 

 

(──あの番人を、恨んではおらぬ)

 

 

 

(彼は、悪人ではなかった。彼は、温かい味噌汁を運ばせてくれた。彼は、銭を差し出してくれた。彼は、ただ、藩の役人として、藩の法度に従っただけだ)

 

 

 

 路地の向こうを、天秤棒を担いだ売り子が通り過ぎた。蜆(しじみ)売りの声が、遠くに響いて消えた。

 

 

 

(──松坂に、帰りたい)

 

 

 

(大旦那の前に坐って、この話を、もう一度、最初から語りたい。与力には語れなかったことを。事実ではなく、事実の奥にあるものを)

 

(あの七ヶ月で、儂の中で壊れたものと、新しく生まれたものを──大旦那になら、語れるかもしれぬ)

 

(大旦那なら、分かってくださるだろうか)

 

(米は海に沈んでも、人が戻ればよい。──大旦那は、そう言ってくださるだろうか)

 

 

 

 安五郎は、路地の先の空を見上げた。

 

 

 

 胸の中に、一行だけ、残っている言葉があった。

 

 

 

 聞き取りの最中(さなか)、与力の問いに答えながら、安五郎は、自らの想いを口にしていた。

 

 

 

「──蝦夷人、その掟あり。和人の理(ことわり)、彼方に通ぜず」

 

 

 

 与力は、一瞬だけ、安五郎の顔を見た。それから、書役に目配せをした。

 

 さらさら──と、筆が走った。

 

 口書に、載った。

 

 

 

 だが、あの一行に、儂が込めたものは──与力には、伝わらなかっただろう。

 

 

 

 あれは、弓の前に立った時の覚悟だった。

 

 あれは、竪穴の炉の火を見つめていた時の畏敬だった。

 

 あれは、三十年の船頭の理屈が、砕けた後に残ったものだった。

 

 

 

 口書には、ただの一行として載る。

 

 その一行が、いつか、誰に、どう読まれるか。

 

 安五郎には、知る由もなかった。

 

 

 

 秋の風が、もう一つ、吹いた。

 

 安五郎は、草履の鼻緒を踏み締め、宿への道を歩き始めた。

 

 

 

 松坂は、まだ遠い。




閑話をお読みいただき、ありがとうございます!


おまけの解説コーナーです。

【勢州船北海漂着記】
今回の閑話は、江戸時代初期に実際に起きた漂流事件の記録『勢州松坂七郎兵衛船北海漂着記』などの史料をベースにしています。
1660年の暮れに遠州灘で遭難した伊勢松坂の船が、数ヶ月の漂流の末に択捉島(または千島列島の島)へ漂着し、アイヌの人々に助けられながら、村から村へとリレー形式で道東(十勝方面)へ送られ、無事に生還したという驚くべき実話です。「干していた木綿の衣類を持っていかれ、代わりに極上の毛皮が置かれていた」というエピソードも、実際の記録に残されている生々しい異文化交流の姿です。


【ラッコの毛皮】
松前藩の役人が没収した「ラッコの毛皮」。当時の江戸や上方、さらに中国(清)の貴族たちの間で途方もない値段で取引されていた蝦夷地の最高級ブランド品でした。


【北海道アイヌと千島アイヌの違い】
北海道のアイヌ(北海道アイヌ)と、千島列島に住んでいたアイヌ(千島アイヌ)は、同じアイヌ民族でありながら、居住地の過酷な自然環境と地政学的な位置の違いにより、生活様式や文化に驚くほど大きな違いを持っていいました。

1. 住居の違い:平屋(チセ)と 竪穴式住居(トイチセ)
環境の違いが最も顕著に表れるのが「住居」です。

北海道アイヌ(チセ):
木材が豊富な北海道では、木で骨組みを作り、ササやカヤなどの草で壁や屋根を厚く葺いた地上式の家屋「チセ」に住んでいました。

千島アイヌ(トイチセ):
千島列島(特に中部〜北部)は常に強風が吹き荒れ、木材となる高い樹木が育たない過酷な環境です。そのため、地面を深く掘り下げ、流木やクジラの骨を骨組みにし、その上に土や草を厚く被せた「トイチセ(土の家=竪穴式住居)」に住んでいました。これは防寒性と防風性に極めて優れた、極北の理にかなった建築様式です。

2. 生業と食糧の違い:森の民と、海の民
食料獲得のアプローチも、生態系の違いから大きく異なります。

北海道アイヌ:
ヒグマやエゾシカといった「陸の哺乳類」の狩猟や、秋に川を埋め尽くす「サケ(カムイチェプ)」の漁を中心とした、森と川の恵みに依存する生活でした。

千島アイヌ:
千島列島にはシカなどの大型陸上動物がほとんどおらず、サケが遡上する大きな川も限られていました。そのため、丸木舟や皮革張りの舟(バイダルカ)で外洋へ漕ぎ出し、ラッコ、トド、アザラシ、クジラといった「海獣(海の獣)」を銛で狩る海洋狩猟が中心でした。また、エトピリカなどの海鳥の捕獲も重要な生業でした。

3. 衣服の違い:木の皮と、鳥の皮
木が育たない環境は、衣服の素材にも決定的な違いを生みました。

北海道アイヌ:
オヒョウやシナノキの樹皮の繊維を織って作る「アットゥㇱ(樹皮衣)」が伝統的な衣服でした。のちに和人との交易で木綿が普及していきます。

千島アイヌ:
アットゥㇱを作るための樹木がないため、彼らは「エトピリカ」や「ウミガラス」などの海鳥の皮を、羽毛をつけたまま縫い合わせた衣服(鳥羽衣:とりばごろも)を着ていました。これは非常に暖かく、水も弾きます。さらに、アザラシなどの海獣の腸をなめして作った防水性の外套や、犬の毛皮も多用されていました。

4. 交易と地政学的な位置づけ
17世紀〜18世紀にかけての交易ルートも、両者の運命を大きく分けました。

北海道アイヌ:
南の和人(松前藩)との交易が経済の主軸となり、サケやシカ皮、昆布を輸出し、鉄製品や米、木綿を輸入する経済圏に組み込まれていきました。

千島アイヌ:
彼らは「ラッコの毛皮」という、世界中の貴族が渇望する超高級品を独占的に獲得できる位置にいました。千島アイヌはこのラッコ皮を北海道アイヌ(主に道東の集団)に渡し、そこから松前藩へと流れる中継貿易の源流を担っていました。また、北からはカムチャダールなどの先住民や、のちには毛皮を求めて南下してきたロシア帝国と接触し、ロシア正教やロシア文化の影響を強く受けることになります。


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次回からは第四章です。
プロットもできていますのでこれまで通りの間隔で投稿していきます。
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