オホーツクの暁鐘 ~アイヌと極寒の諸民族を導き巨大連邦国家を創る~ 作:サウス
職場の体制が変わったり、イレギュラー対応だったりでバタバタでした。
川を、木が下ってくる。
皮を剥がれた丸太が六本、蔓で固く束ねられて、朝靄の残る瀬を割ってきた。上に立つ影はふたつ。長い棹で川底を突き、鼻先の向きを立て直しながら、白く泡立つ流れを抜けてくる。前の男が棹の先で岩を指し、後ろの男が束の尻を振って躱す。声はない。棹の突く場所だけで、ふたりは話していた。
丸太の背に、荷が三通り。舳先寄りの低いところに、口を固く縛った白っぽい袋。中ほどに黒い袋。艫の高みに、俵がふたつ。水を被らぬよう、俵だけが蔓で幾重にも締め上げてあった。
「回せェ──」
岸の杭の上から、似湾の若者が声を張った。筏の上のふたりが棹を突き替える。木の束はぐらりと横を向き、砂利洲の裏の淀みへ、腹から滑り込んだ。
どん、と束の先が杭に当たる。ざり、と砂利が鳴る。岸で待っていた男たちが水に入り、蔓の端を杭に巻き取った。瀬の上手の靄の中に、次の束の影が、もうひとつ見えていた。
ハルコルは、段の縁に立ってそれを見ていた。足元の段の上には、高床の蔵が一棟。皮を剥いだ丸太の壁がまだ白く、朝の光を撥ねている。近寄れば切り口から脂の匂いが立つ、若い壁だ。蔵を囲んで杭の柵が並び、柵の根元には、杭を打った日の土がまだ黒く盛り上がっていた。
柵の外れの沢の口から、細い煙がまっすぐ立ち昇っている。土を被せた炭焼きの窯だ。番の年寄が窯の腹に手を当てて火の按配を測り、それから風の穴のひとつを、練った土でふさいだ。煙の色が、僅かに変わる。
この夏、ウタとふたりで川筋を検分し、峠の登り口から振り返った砂利洲だった。あのとき段の上にあったのは、夕日に染まる草と潅木だけだ。
「黒いのから揚げろ。濡らすな」
イッケウが岸を歩きながら、短く指図を飛ばしていた。
若者たちが筏に乗り移り、まず黒い袋を肩に担いで戻ってくる。受け取った者が膝を沈める。砂鉄だ。袋ひとつが、見た目の倍も重い。朝の水はもう肌を刺す頃合いなのに、男たちは腿まで浸かって袋を渡し、濡れた肩からうっすらと湯気を立てていた。
列の途中で、若いのがひとり、濡れた石に足を滑らせた。袋が肩から落ちかける。隣の男の手が、考えるより先に袋の口を掴んだ。ふたりで抱え直し、何事もなかったように列へ戻る。
「濡らすなと言った」
イッケウの声が飛んだ。若いのは首をすくめ、袋を支えた男がにやりとした。
黒が尽きると、舳先寄りの白っぽい袋に手が伸びた。こちらは濡れても構わない。占冠の白い崖から割り出した石だ。焼いて砕けば、畑では土の酸を和らげ、炉では滓を掃く。担ぐ足取りが、さっきより軽い。
最後に、俵がふたつ。塩だった。西の海から石狩へ入り、夕張を経て山を越え、鵡川の上手で筏に積み替えられた荷だ。河口は使えない。だから海の荷が、山を越えて上流から降りてくる。
列は蔵へ続き、戸口で待つ若者が、袋ひとつごとに木札へ刻み目を入れていく。唇が動いて、数を数えていた。
数える者を置き、刻んで残す。帳簿の流儀まで、峠を越えて渡ってきた。
ハルコルは、蔵の壁際に並んでいく袋の腹を目で追った。
村ごとの印が焼き付けてある。崖を象った三本の縦線。ポンペッの矢羽根。沢の村の二筋。
印を目で拾っていくと、そのまま川を下ることになった。
(占冠で白い石を積む。赤い峡は、岸から曳いて抜ける。川が南へ折れるあたりで、夕張から山を越えてきた余市や石狩の交易品を載せる。そこから穂別、似湾と下りながら黒い砂を積み、人も拾って、ここへ来る)
(拾いながら、降りてくる)
去年の夏、この砂利洲に立って、いつか全部ここを通ると思った。思っただけだった。いまは荷のほうが自分で順に並んで、蔵の壁際に川筋の地図を描いている。
荷が下り切ると、男たちは蔓に小刀を入れた。
束が、ほどける。
丸太は一本ずつ岸へ引き上げられ、その場で仕分けられていく。真っ直ぐなものは蔵の継ぎ材と柵の杭へ。曲がりの強いものは枝と一緒に、炭焼きの窯の脇へ。
窯の脇では、子供らが解いた蔓の切れ端と木っ端を拾い集めていた。焚き付けにするのだ。岸の焚き火では女がふたり、干し魚を炙っている。荷を運び終えた者から順に手を出し、立ったまま頬張っていた。
(舟なら、帰りの心配をする。筏なら、着いた先で全部が材になる)
丸木舟は無事でも荷が知れている。板を継いだ大きな舟を、という話も出たが、継ぎ目は水を飲む。この夏ウタが木札に書き付けた宿題は、まだ誰も解いていない。
材ごと流せばいい。行き詰まった皆の前でそう言ったのは、似湾の年寄だった。若い頃、上の沢から家の柱を流して運んだことがあるという。沈まないものに載せて、着いたらほどけばいい。誰も、荷の側からは考えなかった。
(僕も、筏を知らなかったわけじゃない。……知っていて、荷を舟に載せることしか考えなかった)
夏の半ば、最初の筏は瀬で石を噛んでばらけた。ばきり、と乾いた音がして、束が箸を撒いたように散った。白い石の袋を三つ、川に食われた。引き上げた袋は口が裂け、砕けた石が水の中へこぼれていった。岸で見ていた者は、しばらく誰も声を出さなかった。
それから、束の形が変わっていった。二本増やして六本に組み、蔓は太いものを選んで二重に巻く。二度目の筏は瀬こそ抜けたが淀みを行き過ぎ、半日、岸から追いかける羽目になった。増水で荒れた水も日照り続きの痩せた水も駄目で、その間に頃合いがあることを、占冠の者らは日を数えて覚えた。いまは岸の岩に印が刻まれ、水がそこに触れる日だけ、筏は出る。
初めて狙いどおり淀みへ入った日は、ハルコルも岸にいた。白い波の背を束が撓みながら越え、腹から淀みへ滑り込んだとき、歓声は上がらなかった。長い息がいくつも重なって漏れ、あの年寄が窯の煙の向こうで、一度だけ頷いた。
秋が来る頃には、それが当たり前の朝になっていた。
「帰りは、歩きだ」
イッケウが段を上がってきて、ハルコルの隣に立った。
「川は、下りしか使わせてくれん。……それでいい。重い物は、全部下りに乗せる。人の足には、人の体だけ運ばせる」
イッケウの声に、低いままの笑いがかすかに混じった。
「下流から、上がってくる者は」
「柵の外に犬を二匹。夜は若いのが交代で、杭の上に座る。……いまのところ、覗きに来るのは鹿と狐だけだ」
イッケウは沢の口へ目をやった。
「窯を、もうひとつ焚く。冬までに。──炭は、いくらあっても足りんのだろう」
「……はい。いくらあっても」
ハルコルは蔵を振り返った。戸口の奥、黒い袋が壁に沿って積み上がっている。ひと夏でここまで、と思う端から、別の勘定が頭をもたげた。
(砂鉄は、もう届いている。足りないのは、これを鉄に変える炉と、炭のほうだ)
視線の先で、炭焼きの煙が細く揺れた。窯がふたつになっても、とても追いつかない。それでも、川を下ってきた木は炭にもなり、炭は峠を越えて炉に入る。
背後で、また「回せェ」の声が上がった。どん、と鳴り、ざり、と応える。もう誰も、見物には集まらない朝の音だった。
似湾の畑は、沢の口をひとつ上がった斜面にあった。
土の匂いが濃い。掘り棒が畝に入るたび、黄色い珠が土の中から転がり出る。女たちの手がそれを拾い、籠へ落とす。ことり、ことりと、籠の底が鳴る間もなく音が埋まっていく。畝の端には掘り上げたばかりの山がいくつもできて、湯気のような土埃が朝日に光った。
似湾に種芋が渡って、最初の秋だった。春に伏せた芋が、初めて土の上へ戻ってきている。食べるためだけではない。来春、さらに畑を広げるための種にもなる。輪作の畑を四面に分け、地下の蔵も掘った。暮らしの形だけは、もう先に整い始めている。
「籠が、足りん」
畝の間で、年寄がぼやいた。若い者が、蔓を裂いて編みかけの籠を運んでくる。編み目もそこそこに、もう芋が投げ込まれていく。年寄はぼやきながら、口の端が緩んでいる。去年までこの村の秋のぼやきは、蔵が足りないではなかった。入れる物がない、だった。
イッケウは畑の縁で、穂別から来た男と立ち話をしていた。
「沢の村の畑が、鹿に破られた。来春に伏せる種が、足りんそうだ」
「うちから、種芋を籠で二十回す。ポンペッ(穂別)にも、二十頼めるか」
「長に伝える。……たぶん、頷く。春に習った借りがある、と言うはずだ」
男が坂を下っていくと、イッケウはしばらく黙って畑を見ていた。
「……去年の今頃は、ニプタイの干し魚をもらって冬支度をしていた」
「はい」
「今年も、もらう。……ただ、種は、こっちが回す側だ。それだけのことだが」
それだけのこと、と言った声が、わずかに深いところから出ていた。ハルコルは頷くだけにして、畝の向こうで籠を運ぶ列を眺めた。
(種は、また自分で歩いている。鵡川の中流から隣へ、隣から、その奥へ。──僕が手を離した後も、西の版図は自分で根を張っていく)
◆
峠を、荷が越えていく。
背負子の列が、蔓の輪の道しるべをたどって尾根を渡る。黒い袋、炭の俵、干した茸の籠。サルバのチャシの下で一息入れ、夕方にはニプタイの蔵の前に荷が並ぶ。木の葉が色づき始めてから、その列は途切れたことがなかった。
村はずれの林際では、別の畑が秋を迎えていた。畝四本きりの、試しの畑だ。春に四百六十二粒の種を蒔き、三百十一の芽が出た、あの畑だった。
ハルコルが掘り棒を入れると、細い根の先に、珠がついて出てきた。
小指の先ほどの、青白い珠だ。
「……ひと株に、三つ。どれも、爪ほど」
ミナが屈み込み、掌に載せて数えた。帳簿を開き、株の順に数字を並べていく。隣の株は五つ、その隣はひとつ。大きさも数も、株ごとにばらばらだった。
「──秋の欄が、埋まった」
蒔く前から空けて待っていた欄に、筆が走っていく。
様子を見に来た年嵩の女が、珠をひとつ摘まみ上げた。種芋を選ぶときと同じに掌へ載せ、上下に軽く振ってみる。重さと呼べるものは、掌に返ってこない。
「これで、芋かい」
「これを、来年また植えます。食べられる大きさになるのは、その次の年です」
「数年がかりだね。畑の芋は、ひと夏で鍋に入るのに」
「ひと夏の芋の畑も、今年は籠が増えました」
ミナが帳簿の頁を戻して、選んだ種芋の畑の数字を女に見せた。去年より、籠で三つ増えている。女は刻み目の並びだけを眺め、ふん、と満足そうに鼻を鳴らした。
夕方、畑を仕舞う頃に、カントが林の道から現れた。
「エサントンニの丘だ」
挨拶も抜きだった。
「見張りが数えてる。夜の火が、増えた。ふた月前は三つ。ゆうべは五つだ」
「近づいては」
「来ねえ。沢にも森にも、手は出してこねえ。……ただ、見てる」
カントは西の稜線に目を細めた。
「見られてるうちは、まだいい。火が動き出したら、頭が何かを決めた時だ」
(あの男は、忘れない。……この夏、イッケウ殿はそう言った)
暮れかけた空の下で、稜線は黙っていた。
◆
ウタが峠を戻ったのは、朝の水たまりに初めて氷の膜が張った頃だった。
夜、囲炉裏にはペカンクㇽとミナ、カニタが揃った。ぱち、と薪が爆ぜる音の中で、ウタが背負子の荷を順に解いていく。日に焼けた顔が、ひと回り細くなっていた。
トゥレㇷ゚が湯気の立つ椀をウタの膝先に置き、その削げた頬を一度だけ見て、囲炉裏の外へ下がった。解かれていく荷からは、潮と、よその焚き火の煙の匂いがした。
「行きに十二日。帰りは、十日かかりました。……峠からこの村の煙が見えたときは、膝が笑いました」
背負子は、軽かった。
「塩の俵は、鵡川へ出たところで筏に載せてきました。あとは川筋の者に任せてあります」
荷の口から出たのは、昆布の束がひとつ。あとは、小さな包みばかりだった。ウタの手が、荷の奥で止まった。
取り出されたのは、小さな革袋だった。口を開けると、乳色に濁った石が、かちりと澄んだ音を立てて手の中に転がった。ヨイチの瑪瑙だ。火打ちに使う、あの石だった。
「ハチロウウエモン殿から。これからは季節の便ごとに、革袋でふたつ。決まって回してくださるそうです。対価は、小刀で」
カニタが石をひとつ小刀の背に打ちつけ、散った火を目で追ってから、袋へ戻した。
ミナが帳簿に筆を入れた。銃が増えれば、火打ちの石も数で要る。
「それと──」
ウタの声が、少し低くなった。
「ヨイチの商場で、和人の値が変わりました。鮭百本で鉄鍋ひとつだったものが、百五十本に」
薪の爆ぜる音だけが、ひとつ鳴った。ミナの筆が、頁の上で止まっていた。
「浜で、検めを見ました。和人が棒の先で鮭を裏返して、形が悪い、虫が食っていると言っては脇へ弾く。弾いた山のほうが、高く積まれていく。弾いた分は、ただ同然に買い叩かれる」
ウタは、囲炉裏の火を見たまま続けた。
「……ハチロウウエモン殿が、浜におられました」
薪が、ひとつ爆ぜた。
「列の後ろに立って、自分の村の者の鮭を、数え直しておられました。何度も、何度も。……数は、合っているのです。合っていて、届かない」
カニタが火箸で燠を突いた。火の粉が散って、消えた。
「ヨイチには」
ハルコルが訊いた。
「去年と同じに、泊めてくださいました。飯も酒も、去年と同じ。笑ってもおられました。……ただ、目は、笑っていませんでした」
ウタが顔を上げた。膝の上の手が、一度だけ握られて開いた。
「帰り際に、俺の荷から鉈を一挺抜いて、長いこと手の中で返しておられました。──これは、いくらでも要る、と。それから、しばらく黙って……鮭で、何本だ。どうすれば譲ってくれるか、と」
「何と答えた」
ペカンクㇽが低く訊いた。
「俺の一存では決められません、と。村へ持ち帰って、長に伝えると答えました……ハチロウウエモン殿は、笑われました。笑ってから、長いこと沖を見ておられました」
「それと、ひとつだけ訊かれました。ニプタイの鉄は、誰が打つのか、と」
カニタが顔を上げた。
「村の鍛冶が、とだけ答えました。それ以上は、訊かれませんでした」
「だろうな。ハチロウウエモン殿ほど、我らの物の流れを近くで見ている者はおらん」
ペカンクㇽがつぶやいた。
ウタは椀を取り、一口だけ啜った。
「浜の首長たちは、誰も声を荒らげません。荒らげたところで、鉄も米も塩も、運んでくる船は他にないのですから」
ペカンクㇽが、火から目を上げた。
「東のトカプチ(十勝)は」
「同じです。トカプチでも、同じようです」
ウタは炉の火を一度見てから、続けた。
「どうも──松前の殿さまが、夏に死んだそうです。跡を継いだのは、七つの子どもだと」
ウタは、少し間を置いた。
「値の触れは、その死んだ殿さまの名でも、子どもの名でもありません。福山の、家老とかいう役の名で出ている、と聞きました」
「……子どもに、鮭の勘定はできん」
ペカンクㇽが低く言った。
「勘定をしているのは、別の誰かだ」
(幼い藩主。実権は、家中の誰かの手にある。締め付けは、これで終わりじゃない──始まりだ)
ハルコルは膝の上で指を組んだ。値を吊り上げられても、首長たちは松前と切れない。切れないまま、沖を見る。
「頼まれていた石も、預かってきました」
ウタが布の包みを解いた。黄色い欠片が、囲炉裏の火に照らされて鈍く光った。つん、と、あの匂いが鼻の奥に届く。ハルコルは欠片を取り上げ、匂いを確かめ、静かに置いた。間違いない。
「トカプチの奥の、煙を噴く裸の山。その麓に、この石が転がっているそうです。ただ──山は遠く、道は険しい。雪の間は近づくこともできない。集めて運べるのは、多くはない、と」
「それでも、口は開いた」
カニタが欠片を摘まみ上げ、匂いに顔をしかめた。爪の先で小さく割り、火の際に置く。縁がちろりと融け、青い小さな炎が立った。つんとした煙に、ミナが顔を背ける。
カニタは欠片を小枝で火の外へ転がし、にやりとした。
「東から細く入る。ありがてえ話でさあ」
「もうひとつ。……ハチロウウエモン殿が、変わった石がある。要るなら回すが、使い道があるのかと」
ウタが最後に取り出したのは、拳ほどの灰色の塊だった。
受け取ったカニタの手が、がくりと下がった。
「……重てえ」
カニタは眉を寄せ、塊を火の側に近づけて転がした。小刀の背で、こつんと角を叩く。欠けた断面が火明かりを受けて、四角く、鏡のように光った。
「……石のくせに、金物みてえな顔で光りやがる」
塊がハルコルの手に回ってきた。ずしり、と掌が沈む。掌の中で転がすと、角ばった面がいちいち鈍い光を返した。木でも土でもない、金物の側の重さだった。
(鉛だ。鉛を孕んだ石。砕いて、焼いて、熔かせば、弾の鉛が取れる──はずだ)
「……鉛を、孕んだ石だと思います」
言葉を選びながら、ハルコルは言った。
「確かなことは、まだ言えません。どう焼けば鉛が出てくるのか、それも僕は知らない。でも、この重さは、ただの石じゃない」
ウタが頷いた。
「ヨイチでは、邪魔な石だそうです。浜からも沢からも出る。欲しいなら、まとまった分を集めて回せる。代わりにヨイチで要る物を寄越してくれ、と」
カニタが胡坐の膝を、ぱん、と叩いた。
「こいつから鉛が取れるなら、弾が鋳れる。そこへ黄色い石が東からでさあ。火薬の素と弾の素が、二本立てになるじゃねえですか」
「対価は」
ペカンクㇽが短く問うた。
ミナが頁を繰った。
「鉄なら、出せる。ポンペッ(穂別)と沢の村の黒い砂が入るようになってから、銃身に回して、なお余りが出てる。……多くはない。けれど去年までは、なかった余り」
「鉈と小刀、それに鍬の刃なら」
ハルコルが言った。
「輪の中での砂鉄と同じ定めで交換してはどうかと」
ペカンクㇽは、すぐには頷かなかった。
「鉄を、輪の外へ出すか。……しばし考える」
(硝石と硫黄を、津軽は止めた。……東に硫黄、北に鉛。火薬と弾の素を、和人の手に握らせない)
ミナの筆が、新しい行を作っていった。硫黄──トカプチ。鉛の石──ヨイチ。瑪瑙──ヨイチ、季節ごと。書き終えると、ミナは頁に浮いた炭の粉に、そっと息を吹きかけた。
囲炉裏の火が、少し落ちた。ペカンクㇽは炉の縁に手を置いたまま、しばらく火を見ていた。
「松前は長を失って、内を向いている」
ハルコルは火に手をかざした。指先だけが、じんと熱を持つ。
「シャクシャイン殿とオニビシは、睨み合ったままです」
「その松前が値を吊り上げて、首長たちの心を自分から離していく。……妙なものだ。敵が、こちらの網を編んでくれる」
ペカンクㇽの目が、火からハルコルへ動いた。
「ハルコル。水の道は」
「もう、流れています」
「流し続けろ」
それきり、ペカンクㇽは火に目を戻した。
チセを出ると、夜気が肺の奥まで冷たく澄んで通った。息がうっすらと白い。掌の中には、まだ石の重さが残っている気がした。
西の峠は、闇に沈んで見えない。その向こうの岸では、いまごろ杭の上に若い者が座り、犬が柵の外を回っているはずだった。
川は、夜のあいだも流れ続けている。
第45話をお読みいただき、ありがとうございます!
おまけの解説コーナーです。
今回は川を使った物流と、和人との交易の回ということで、改めて江戸時代初期の「アイヌと和人の交易」について振り返ります。
【アイヌと和人は何を交換していた?】
アイヌ側から和人へ渡されていた代表的なものには、干鮭、鰊、数の子、干鱈、昆布、魚油などの水産物。熊・鹿・アザラシ・ラッコなどの毛皮。そして鶴やワシの羽などがあります。
一方、和人側からアイヌへ渡ったのは、米、酒、麹、塩、煙草といった食料・嗜好品のほか、鍋や小刀などの鉄製品、針、衣料、反物、漆器、装身具などでした。
つまり単純に「食料と食料を交換していた」というわけではありません。
アイヌ側にとって、鉄鍋や刃物、針などは生活を大きく便利にする重要な品物でしたし、米や酒、煙草も交易品として大きな価値を持ちました。
和人側から見ても、北海道で大量に得られる鮭や鰊、昆布、毛皮などは魅力的な商品です。
【鮭百本の値段】
十七世紀中頃まで、干鮭五束──一束二十尾なので干鮭百尾に対して、米一俵という交換基準がありました。
この一俵には、およそ二斗、現在の重量にすると約三十キログラムほどの米が入っていました。
ところが後になると、同じ「一俵」でありながら、中身が七~八升程度まで減らされていきます。
つまり、
干鮭百尾 ⇔ 米およそ三十キログラム
だったものが、
干鮭百尾 ⇔ 米およそ十二キログラム
程度にまで悪化したわけです。
アイヌ側が渡す鮭の数は同じ百尾なのに、受け取れる米は半分以下。
現在の感覚で言えば、「商品の値段が少し上がった」という程度ではなく、かなり急激な交易条件の悪化です。
【なぜ、不利な交換でも断れなかったのか】
松前藩では、一六三〇年代頃から「商場知行制」と呼ばれる仕組みが広がっていきます。
藩士に特定地域のアイヌとの交易権を与え、その商場で得られる利益を、いわば家臣の収入とする制度です。
この仕組みが広がるにつれて、それまで比較的自由に行われていた交易は、松前藩側が指定する相手・場所を通じたものへと変化していきました。
そして、交易相手を自由に選びにくくなれば、交換比率を決める力も当然、一方へ偏っていきます。
北海道博物館でも、商場知行制の成立後、交換比率が和人主導で決められるようになり、アイヌ側に不利な交易が行われるようになったことが解説されています。
【実は、アイヌの交易圏はかなり広い】
もう一つ、アイヌの交易を考えるうえで重要なのが、その範囲です。
アイヌの交易は「北海道のアイヌと松前の和人」だけで完結していたわけではありません。
北海道から千島列島、樺太、さらにアムール川流域へとつながる北方交易網が存在していました。
千島方面からはラッコの毛皮などが入り、樺太・アムール方面からは中国製の絹織物などもアイヌの交易網を通じて北海道へ運ばれてきました。
こうした高価な毛皮、ワシの羽、中国製絹織物などは、後に「軽物(かるもの)」と呼ばれ、松前藩が特に重視する商品となります。
つまりアイヌは、単に和人から物資を受け取る側ではありません。
北方から来た品を南へ、和人から来た品を北へ。
海、川、山道を結びながら、広い地域をつなぐ交易の担い手でもありました。
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