最大限かつ最大級   作:萩の月

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霊体ストレス


第三章

 身重の妻に代わって、義母が事務処理を引き受けてくれたようだ。

 朝イチで、市役所への届けやら健康保険組合やら、諸々の手続きをこなすために、義母は自宅を出入りしている。

 洋二は自宅近くの丘に胡坐をかいて、漫然と見下ろしていた。

 

「どーもー、ぼたんですよー。今どんな感じに見えてます?」

 

 時折現れては、能天気な声をかけてくるこの案内人。

 

正直気を逆なでされるが、しばらくの辛抱だ。洋二は苛立ちをため息で流し、

「義母が近くて助かったよ。僕の両親は飛行機に乗る距離にいるからね」

大した意味のない言葉で口を動かしながら、立ち上がる。

 

「君は知ってるんだろ?これからの弔いスケジュール」

「ええっと、まあ」

「遠くからだと把握できないから、教えてくれないか」

 

 それくらいの情報なら教えてもいいかな、と判断したぼたんは、帳面をひらく。

 

「今は、お通夜とお葬式を行う会場に安置されてますね。

お通夜は明後日で、葬儀兼初七日は次の朝から。

そいで午後に、そのまま火葬場に移動て、なってますね」

「そうか」

 

 再び自宅の方角に目を移すと

「じゃあ僕は、それまでこうして、ぼんやり眺めているしかないわけだ」

心から退屈そうに、洋二はため息とともに吐き出す。

「ほんの二、三日ですって」

「・・・こんなに何もしない二、三日なんて、初めてだよ。

 結婚前も結婚後も、寸暇を惜しんで、研究と授業と副業の毎日だったからね。

子どもが生まれたら、もっと忙しかったかもしれない。

 

・・・生き続けてたら、きっと何年も、そんな風に過ごしてたんだろうな」

 

忙しいながらも幸せな毎日。

もう二度と叶わない、あったはずの未来を想い、洋二は思わず目に涙を浮かべた。

 

「――君も、他に仕事があるんだろ?

僕はここで、その時までのんびり待つから、もう構わず行ってきてくれ」

 

――つまり『ほっといてくれ』ってことだわね、と得心すると

「お気遣いサンキュです! ではちょいと、野暮用色々片付けてきまっす!」

 ぼたんは櫂に乗るとまっすぐ上空に上がって、洋二を見下ろした。

 

 実のところ彼女としては、次の仕事に取り掛かるのは不可能だ。――霊界にはまだ戻れない。

 

 何しろ、すでに越権行為をしてしまっているのだ。

こんな状態をコエンマに知られたら、これからの計画が、全てがおじゃんになってしまう。

 

 とりあえず近隣を周ってみて、強い思念のあまり途方に暮れている霊体を探したり、地縛霊をなんとなく説得したりなどして、時間を潰すことにした。

 

____________________________

 

 聞かされていた予定の通り、翌々日の夕方に、自宅からほど近い葬祭場にて、通夜が行われた。

 

 集まってくる面々を、やはり上空から遠巻きに洋二は眺める。

 

――ああ、論文の共同執筆仲間達。申し訳ないことをしたな・・・もう、後は任せるしかない・・・ごめん!

 

――あれ・・・? 機械工学科にいた、畑中じゃないか! 良く、知らせが届いたな。

 家業が危ないって、卒業を待たず手伝いに戻ったはずなのに。

 

――ゼミの教授だ、散々お世話になっておきながら、何も、返せなかったなぁ・・・

 

 式場に入っていく彼らのそれぞれに、それぞれの思いを馳せながら、洋二は遠い目を、喪装の背中へ向け続ける。

 

 

 

 駆け付けた両親や妻と義母は、当日打ち合わせのために、早めに式場入りするだろうことは、わかっていた。

 

 大切な人が、目前で悲嘆に暮れるのは、自分自身が辛いことなんかよりも、何倍も心を抉る――

 

そのため洋二は、通夜の開式直前まで、繁華街の方角だけを眺められる場に、留まっていた。

 

――この街をゆく、楽し気な人々は、きっと今日も明日も明後日も変わらず、大切な人が自分の近くに在り続けることを、信じて疑わないんだろうな・・・

 

 漫然と眺めては、涙が滲む。

 やり場のない、虚ろな哀しみに襲われ続けてもなお、洋二は愛する人が哀しむ姿から、目を背けていたかったのだ。

 

 

 

「おや、だいぶ来るべき人が集まったっぽい、ですねぇ」

 

いつの間にか、そばに件の案内人がいた。

「ああ、そろそろ開始時間なんだろ」

 自分の通夜を自分で見ろなんてどういう罰ゲームだ、と詰りたい気持ちをこらえて、憮然と答える。

 

「もういいだろ。とりあえず、親しいと思っていた人たちは、ちゃんと来てくれた。

僕はもう、ここから離れて明日を待つよ」

「はいな。じゃあ、明日の葬儀の後お声がけして、火葬場にご案内ってことで!」

 完全に場違いな明るさの声を響かせて、彼女は去っていった。

 

――何で、死んでまで、こんなストレスを溜めなきゃならないんだ・・・

 

洋二は心の底から、嘆息した。

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