最大限かつ最大級 作:萩の月
身重の妻に代わって、義母が事務処理を引き受けてくれたようだ。
朝イチで、市役所への届けやら健康保険組合やら、諸々の手続きをこなすために、義母は自宅を出入りしている。
洋二は自宅近くの丘に胡坐をかいて、漫然と見下ろしていた。
「どーもー、ぼたんですよー。今どんな感じに見えてます?」
時折現れては、能天気な声をかけてくるこの案内人。
正直気を逆なでされるが、しばらくの辛抱だ。洋二は苛立ちをため息で流し、
「義母が近くて助かったよ。僕の両親は飛行機に乗る距離にいるからね」
大した意味のない言葉で口を動かしながら、立ち上がる。
「君は知ってるんだろ?これからの弔いスケジュール」
「ええっと、まあ」
「遠くからだと把握できないから、教えてくれないか」
それくらいの情報なら教えてもいいかな、と判断したぼたんは、帳面をひらく。
「今は、お通夜とお葬式を行う会場に安置されてますね。
お通夜は明後日で、葬儀兼初七日は次の朝から。
そいで午後に、そのまま火葬場に移動て、なってますね」
「そうか」
再び自宅の方角に目を移すと
「じゃあ僕は、それまでこうして、ぼんやり眺めているしかないわけだ」
心から退屈そうに、洋二はため息とともに吐き出す。
「ほんの二、三日ですって」
「・・・こんなに何もしない二、三日なんて、初めてだよ。
結婚前も結婚後も、寸暇を惜しんで、研究と授業と副業の毎日だったからね。
子どもが生まれたら、もっと忙しかったかもしれない。
・・・生き続けてたら、きっと何年も、そんな風に過ごしてたんだろうな」
忙しいながらも幸せな毎日。
もう二度と叶わない、あったはずの未来を想い、洋二は思わず目に涙を浮かべた。
「――君も、他に仕事があるんだろ?
僕はここで、その時までのんびり待つから、もう構わず行ってきてくれ」
――つまり『ほっといてくれ』ってことだわね、と得心すると
「お気遣いサンキュです! ではちょいと、野暮用色々片付けてきまっす!」
ぼたんは櫂に乗るとまっすぐ上空に上がって、洋二を見下ろした。
実のところ彼女としては、次の仕事に取り掛かるのは不可能だ。――霊界にはまだ戻れない。
何しろ、すでに越権行為をしてしまっているのだ。
こんな状態をコエンマに知られたら、これからの計画が、全てがおじゃんになってしまう。
とりあえず近隣を周ってみて、強い思念のあまり途方に暮れている霊体を探したり、地縛霊をなんとなく説得したりなどして、時間を潰すことにした。
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聞かされていた予定の通り、翌々日の夕方に、自宅からほど近い葬祭場にて、通夜が行われた。
集まってくる面々を、やはり上空から遠巻きに洋二は眺める。
――ああ、論文の共同執筆仲間達。申し訳ないことをしたな・・・もう、後は任せるしかない・・・ごめん!
――あれ・・・? 機械工学科にいた、畑中じゃないか! 良く、知らせが届いたな。
家業が危ないって、卒業を待たず手伝いに戻ったはずなのに。
――ゼミの教授だ、散々お世話になっておきながら、何も、返せなかったなぁ・・・
式場に入っていく彼らのそれぞれに、それぞれの思いを馳せながら、洋二は遠い目を、喪装の背中へ向け続ける。
駆け付けた両親や妻と義母は、当日打ち合わせのために、早めに式場入りするだろうことは、わかっていた。
大切な人が、目前で悲嘆に暮れるのは、自分自身が辛いことなんかよりも、何倍も心を抉る――
そのため洋二は、通夜の開式直前まで、繁華街の方角だけを眺められる場に、留まっていた。
――この街をゆく、楽し気な人々は、きっと今日も明日も明後日も変わらず、大切な人が自分の近くに在り続けることを、信じて疑わないんだろうな・・・
漫然と眺めては、涙が滲む。
やり場のない、虚ろな哀しみに襲われ続けてもなお、洋二は愛する人が哀しむ姿から、目を背けていたかったのだ。
「おや、だいぶ来るべき人が集まったっぽい、ですねぇ」
いつの間にか、そばに件の案内人がいた。
「ああ、そろそろ開始時間なんだろ」
自分の通夜を自分で見ろなんてどういう罰ゲームだ、と詰りたい気持ちをこらえて、憮然と答える。
「もういいだろ。とりあえず、親しいと思っていた人たちは、ちゃんと来てくれた。
僕はもう、ここから離れて明日を待つよ」
「はいな。じゃあ、明日の葬儀の後お声がけして、火葬場にご案内ってことで!」
完全に場違いな明るさの声を響かせて、彼女は去っていった。
――何で、死んでまで、こんなストレスを溜めなきゃならないんだ・・・
洋二は心の底から、嘆息した。