最大限かつ最大級   作:萩の月

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対面


第五章

 幸い、かかりつけの病院が受け入れてくれたようだ。見慣れた正面玄関の方ではなく、左手の救急用入り口からストレッチャーが院内に運ばれていく。正にその時、洋二たちも現地に到着した。

 

 看護師や医師が、引き受けた妻の様子を小走りに確認しながら、「破水はじまってます」「LDRに直行、念のためカイザーの準備」などとやり取りしてるのが耳に入ってきた。

「これ、お腹の子、まずいんじゃないのか・・・」

「大丈夫ですよ。予想より早く始まっただけで。

これから奥さんが、どこまで頑張れるかのほうが、ちょっと心配かな?

 とりあえずお部屋まで一緒に行きましょ!」

 ぼたんに引きずられるように、院内に入る。

 

「LDR5番ですね」とナースステーションに向かって、妻を運ぶ看護師が走りながら確認する。

 部屋に着くと、また妻は手際よく持ち上げられて、分娩用のベッドに横たえられ、追ってきた洋二の目の前で、部屋のドアが閉じた。

 

「い、いいのかな、ここ、入って」

 

 洋二は締め出された気持ちになり、戸惑いが極まる。

「立ち合いの予定じゃ、なかったんですかい?」

「いや、そうだけども! でも、今の僕にはもう、何もしてやれないし」

「そんなもん!」ぼたんがカラカラ笑った。

「生きてようが死んでようが、大して変わらんもんですよ!!

 もうこの状態で、旦那さんのできることなんか、そばで見守ってあげたり、声かけてあげたり、そんなんしか、ほぼほぼありゃしませんて!

 大概余計なことして、奥さんにキレられるのがオチってなもんでさ」

「無力だな・・・」

「当たり前ですよ。産むのは奥さんなんだから。

 でも、せっかくだから、そばで応援してあげたらどうです?」

「そう、だね、そうするよ・・・え? 君はここにいるのかい?」

「ま、一応プライベートに踏み込むのは野暮ってもんかとね。

 無事生まれた暁に、改めて中に失礼させていただくよ」

 

 洋二は、今更プライベートもなにもとは思ったものの、確かに普通家族以外は入らないものかと得心すると、息を軽く吸ってドアの向こうへスイと踏み込んだ。

 

 

 いつの間にか妻は着替えさせられて、足を大きく広げた状態で、腹から大きなタオルをかけられていた。 

 助産師がタオルの下をのぞき込んでいる。頭のほうでは、椅子についた取っ手を握りしめる妻の手を、義母が擦っている。

「頭見えてきましたよー」

 妻に向かって、足の間にかかるタオルに潜っていた助産師が顔を出し、呼びかける。

「ハイじゃあちょっと強く息吸ってー、ハイお腹に力入れてー」

何度か同じ掛け声をかけていくうち、

「頭出ました! ちょっと軽く呼吸しててー。

 うん、いいですよー、ちょっとそのまま力入れないで息しててねー」

 

――・・・全然見えないし、どうしていたらいいのかわからない。

 

 ただ、歯を食いしばって腕から肩に力を込め、全力でこの世にもう一つの命を生み出そうと、命を賭している妻の姿に、思わず洋二も妻の手に、手を重ねるように固く握った。

「――頑張れ!!! 志保利!!!」

 

 聞こえないことなど忘れて、何度も叫ぶように、呼びかける。

 

「ハイ、そのままちょっといきんでー・・・うん、肩出ました!!

 ここからは軽い呼吸を続けてねー。そうそうその感じ!」

・・・ヤマを越えた? 洋二がそう感じた瞬間。

「赤ちゃん出ました!! 今簡単に拭きますから、ちょっとまっててね」

と助産師が足元から、さっと『赤ちゃん』をタオルにくるんで取り上げ、その小さな背中を何度か擦る。

 

 猫が鳴くような、想像より控えめな産声が、耳に届いた。

 

「良かったですね!! おめでとうございます! 元気で可愛い男の子ですよ!!」

 

――産まれた・・・・・。

 妻はまだ、肩で荒く息をしている。

 厚いタオルにくるまれ、フニフニ言う『赤ちゃん』を、助産師が妻の頬の横に、優しく添えるように、置いた。

「可愛い・・・」

そう呟いた妻は、柔らかな眼差しで微笑んだ。

 

 今まで何年も見てきた彼女の笑顔とは、比べものにならない、神々しいほどの美しさだった。

 

 声も出せずにいると、いつのまにか隣にぼたんが来ていた。

「おめでとうございます! 良かったー、二人ともお元気そうで!」

 

 ふと我に返ると、洋二の頬は滂沱の涙でびしょびしょになっていた。

「ほんとに、良かった・・・

こんな、嬉しいことが、あるもんなんだな・・・」

手の甲で涙をぬぐいながら、思わずよろめきしゃがみ込む。

 

「男の子でしたねぇ」

「うん、うん」

まだ余韻でしゃくりあげる洋二に、ぼたんが業を煮やし、ずいと顔を近づけてくる。

「大切なことなので、もう一度。

『男の子』でしたよ、お父さん!!」

 

 一体何を・・・と気圧されたが、それも刹那だった。

「あっ・・・・!!」

 ぼたんは満面の笑みを見せ、櫂を取り出した。

「さあさ、最期の大仕事でっせ!! ホラ乗って!!」

「ああ。そうだな」

二人を乗せた櫂は、「最期の大仕事」の場へと、飛び立っていった。

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