最大限かつ最大級 作:萩の月
妻の居場所を探すうち、すっかり日が落ちて、病棟の中もところどころ、明かりが消えてきてしまった。
どの部屋に移動したのか分からず、埒が明かなかったので、洋二は先に息子に会いに行くことにした。
新生児室は煌々としており、すぐに辿り着くことができた。
同じ日に生まれた、新しくも大切な命たちがそれぞれ透明なコットに納められ、柔らかい手足をタオルの中でもごもごさせている。
並んだコットの一つに、「南野様ベビー」と書かれたステッカーを認め、洋二は思わず速足で近寄ると、吃驚した。
もう、成長している・・・!
生後すぐは、猫のような声で泣くことしかできず、真っ赤にふやけて震えていた我が子が、このたった数時間で、ふっくらとハリのある頬をもち、厚いタオルの下で、手足をバタつかせている。
つい、また涙が滲んできてしまう。振り払うように洋二は咳払いをした。
物理的に触れられないのが、こんなに悔しいこともない。それでも洋二は、息子の小さな額から後ろに向けて、何度も何度も撫でるように、掌をかざす。
――秀一。母さんを、頼んだよ。
幾度も撫でながら、心で強く語りかける。
そうしているうち、なんと息子は一瞬手足を止め、さっきまで閉じていた瞼を薄く開いて、こちらに瞳孔を向けるように、動かした。
――伝わった!?
それは、あまりに一瞬のことだったので、洋二は自分の願望が見せた幻ではないかと、思い直した。
それでもいい。
「・・・南野さんベビちゃんさ、すごく良く寝て、おとなしいよねー」
「イイ子よねぇ。ミルクもちゃあんと飲みきるし」
離れたところで看護師が、雑談ながら我が子を褒めてくれている。洋二は心底誇らしくなり、想いを込めて、もう一度頭を撫でた。
――ありがとう、秀一。
このままだといつまでも立ち去れない。
後ろ髪を引かれる思いで、新生児室を離れる――その振り向きざま、我が子の手首に巻かれたマークに『218 南野様』と書かれていることに、気づいた。
間違いない。妻のいる部屋番号だ。
「ありがとう、秀一」
声に出し、息子へ伝える。
今度は振り向くことなく、妻のもとへと向かった。
妻は、すっかり暗くなった部屋で、寝息を立てていた。
当然のことだ。通夜に葬式、火葬に加えてまさかの出産。体力が保ったのはひとえに彼女の若さゆえだろう。
その証拠に、目元は軽くくぼみ、疲れ切ってクマがさしている。
それでも、周囲の明かりに照らされた彼女の表情はとても穏やかで、満ち足りていた。
それもそのはず、人生の大仕事をやってのけたのだ。
洋二は妻に対し、もう何もかけるべき言葉が出ない。どんなに労っても、感謝しても、そして謝っても、全く足りない。
・・・いや、大変なのは、これからだ。彼女は一人で、息子を育てていかなくては、いけないのだ。
彼は、妻の左頬に、右手の甲で触れるようにしながら、強く念じる。
――大丈夫。秀一は優しい、いい子だ。心配ないよ。
さすがに深く眠る妻に、反応はなかった。しかし、洋二は無意識に微笑んでいた。
・・・きっと、伝わっている。
窓の外に、ぼたんの姿があった。
もう、これで本当に、終わりなんだな――
悲しみと淋しさと、それを補って余りある喜びを噛みしめながら、洋二はぼたんに向けて、手を振った。