最大限かつ最大級 作:萩の月
「お疲れさまでしたねぇ」
ぼたんは飛び立つと、洋二を労った。
「ああ。たぶん、伝えられたと思う」
「そいつは何より!」
ふわりと夜風を受け、病棟から、我が家から、この世界から――誰よりも愛しい人達から、自分だけが、遠のいていく。
洋二は、堪えてきた気持ちを、とうとう漏らさずにいられられなくなっていた。
「・・・・・・悔しいよ。
二人と、もっと一緒に、生きていたかったなぁ」
「うん」
「虫取りとか、石ころ集めとか、どんぐり拾いとか・・・」
「うん」
「山で、海で、たくさん、遊んで。
三人で、笑って・・・」
「うん」
「もうすぐ、桜か・・・
お花見、したかったなぁ、みんなで」
「うん」
後ろで号泣しながら、もう叶うことのない景色を、思うまま口にし続ける洋二。
ただ声だけで頷き、振り向くことなく、ぼたんは彼の行くべき場所へと、飛んでいく。
自身の双眸から溢れる雫を、向かい風に乗せて散らせゆけるよう、少し早めの速度で。
「ぼたんさん」
不意に呼びかけられ、あわてて袖口で両目じりをはたいて、振り向く。
洋二は初めて眼鏡を外し、拭いていた。その手を止めると、真っ直ぐ彼女に向き合い、微笑んだ。
「ありがとう。君が僕の案内人で、良かった」
「な・・・・」
こみ上げる涙を飲み込むと、ぼたんは首を振り、笑いながら声を張り上げた。
「なあに言ってんだい!!
今更そんなこと言っても、何も出やしないよ!! まったくもぅ」
ふっと洋二は、柔らかく苦笑を吹き出す。
「・・・そういえばさ、女の子だったら、名前はなんだったんだい?
予定では、女の子だったろ?」
「――太陽の陽で、ようこ、とか、かな。
これも僕なりに、全力で、最大限の祝福を表してるつもりなんだ。
何しろ『太陽光』は、生命体に遍く素晴らしい影響を及ぼすものだからね。
成長促進だけじゃない。自我がないと思われる植物の深層心理的な反応にまで」
「ハイハイストーップ!
そういう論議はこれから会う先輩どもと、存分にやっとくれ!!」
洋二は遂に声を上げて笑い、眼鏡をかけなおした。
「あーもう、さっさと行くよ! この世に長居しすぎちまって怒られんの、あたしなんだよ!」
「分かったよ。でも長居させたのは、君だよな」
「・・・」
(なんなんだい、もう・・・! 散々見てきた瓶底メガネの下が、とんでもない優男だった、なんてさ――
なんか、そりゃ、ちと、ズルいんじゃ、ないかい・・・)
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「バッカもんがあ!!!!」
「ひいっ!!」
予想通りだが、ついぼたんは頭をおさえて小さくなる。
当然のごとく、コエンマの激怒がすさまじい。
「ぼたん!! お前は自分が、何やらかしたか、分かっておらんだろう!!!」
「いや・・・まあ・・どうでしょ」
「そおら、分かっておらん!!」
思わず机を拳でたたくと、荒いため息をつき、イライラとコエンマが教えを垂れる。
「いいか! 『名づけ』ってのはな、親が子に対して行う最大級の呪いなんじゃ!!
本来ならその責任は、生きて親が背負っていくべきものなのに・・・お前という奴は! よりによって、死人にそれをさせたんじゃ!!」
「で、でも――」
「何じゃ!!」
「ご本人的には、最大限の祝福っておっしゃってましたし」
「表裏一体じゃい!!」
「一応、心残りなく逝かせてあげられたし、結果オーラーイってなりませ」
「なるか!!! 産まれたばかりの人間に、死人の痕跡ガッツリ残させおって!!!
案内人の役目剥奪されて、下界に落とされても文句の言えないレベルの罪じゃぞ!!」
「え・・・・・それ、マジですかい・・・」
さすがの部下も事の重大さに気づいたのか、首を垂れている。
コエンマはかぶりを振って、
「・・・まあ、死者の思念自体は一切残さず、送れたことは評価してやる。
というわけで、一か月間の謹慎だけで収めてやる! ただし、二度はないぞ!!」
「そんな殺生な・・・」
「まだ言うか!! もう行け! しばらく顔を見せるな!!」
肩を落としつつ、ぼたんは両頬を軽く膨らませる。
「・・・だって、こんな追記――載っけといたほうが、悪いんじゃないですか、ねぇ」
俯きながら、帳面の最後のページを、コエンマに開いて見せた。
『追記:死後およそ三日後に長男誕生のこと』