いま、私の目の前に三つの選択肢がある。
一つは、ヤチヨの言う通りかぐやだけの手を取ること。
もう一つは、かぐやを諦める事。
そして最後に、ただひたすらゴールに向かって走り続ける事。
そうすればきっと、いつか叶うかもしれない夢が追えるだろう。
かぐやと再会し、ヤチヨとも一緒に居続けられる。
私がいずれ去るその時までは、そんな夢を見続けられる。
3つの選択肢。私が選ぶのは――。
――いや、ないな。
選びたい選択肢がない。
一と二は論外。そんなの選べるなら最初から悩んでない。
じゃあ三番目?
ないない。
「頑張ったなら結果が出なくても仕方ない」なんて、あの母の下で育てられた私が選ぶはずないでしょ。
何より、そんなの私が受け入れられない。
眼前に立つヤチヨを見る。
ヤチヨは笑っていた。
でも私にだってわかるよ。ヤチヨがいまどんな風に思ってるかくらい。
その笑顔に改めて決意を固める。
逃げてはダメだ。後回しもなしだ。
今ここで、私は私のエンディングを決めないといけない。彼女が共に向かってくれるそんな結末を。
何か、ないか。
なんでもいい。馬鹿げてたって構わない。
私のこれまでなんて、彼女の8000年に比べれば瞬き程だってわかってる。どれだけ必死に走ってもまるで足りてない。
それでも何かあるはずだ。
私のこれまでが、彼女のこれまでが、本当にこんな風にしか終われないだなんて、私はちっとも信じてない。
私が過ごした時間、出会った人、乗り越えてきた全部に、なにか。
逆再生の様に、私の記憶を遡っていく。
ヤチヨとの研究の日々。
母に告げた将来の夢。
ヤチヨから聞いた8000年。
彼方に去っていくかぐや。
ずっと傍にいてくれた友達。
かぐやとの出会い。
一人で目覚めた朝。
兄から置き去りにされた日。
――苦手だった母。
『あんたは欲しい言われたら、全部渡してしまうんか』
遠い記憶。叱る母に言い返せない私の気持ちはしかし
『大丈夫。彩葉にも譲れへんものはあるよ』
兄が私よりも正しく代弁してくれた。
そうだ、私にも譲れないものがある。
二人に出会ってようやく見つけたものが。
きっと誰よりも我儘な私だから、今ならばあの時飲み込んでしまった気持ちだって叫べる。
どんなバッドエンドに立ち塞がれたって言い返して見せる。
たとえどんな
時間が立ちふさがる。
かぐやと私を、ヤチヨと私を隔てるもの。私にいま、必要なもの。
そうだ、問題は時間だ。
辿り着けないことなんてない。どれほど遠くたって歩き続ければいつか辿り着く。
私は、私が絶対諦めないことを知っている。
けれど時間だけが足りない。時間さえ、あったなら。
――その時、馬鹿げた思い付きがあった。
こんなのはただの連想ゲームで、言葉遊びだ。
全く意味のない点同士を、願望で無理やり結び付けている。
けれど。
時間。
かつてヤチヨから聞いた御伽噺を思い出す。月の超テクノロジーは時間を超えられると。
8000年の時を超えたかぐや。
その8000年を費やしても、月の技術には届かなかったとヤチヨは言った。
けれどそれは不可能を意味してるわけじゃない。
だってこの
8000年さえ越えてずっと遠くのいつかでなら、あるいは。
いつか受け取ったメッセージ。
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チートスミヘ隍?ホ、マー?ル、ュ、遙」
、ア、?ノ、ス、ホサ?、マカイ、?コ。「ソョ、ク、ニ。」サ荀ソ、チ、ハ、鬢、、ト、ォノャ、コ、ヌ、ュ、?テ、ニ。」
テゥ、?螟ッ、ネキ隍皃ソサ?ナタ、ヌ。「・エ。シ・?マフワ、ホチー、ヒ、「、
---------------------------------------------------------------------------
チート。
大事なもののためならなんだってする、兄の背を覚えている。
私が、あの兄の妹である私が。譲れないものを前にして手段なんて選ぶはず、ない。
馬鹿げている。
馬鹿げているけれど、それでも。
「――ヤチヨ。これ、読める?」
メッセージを引っ張り出してヤチヨに向ける。
削除し忘れていた、ただそれだけのメッセージ。
いや、こんなの普通に考えればあるわけない。意味なんて何もない。
けれど私にとってそれは、次第に確信へと変わっていた。私ならそうするという確信。
「……ただの文字化けっぽいね。これくらいならすぐ戻せるかな」
言葉通り、瞬き一つの間に文章が書き変わっていく
。しかし、一度瞬いた彼女の瞼は、そのまま閉じることなく開かれたままだった。
「彩葉、これって――」
メッセージにはこうあった。思わず読み上げた私とヤチヨの声が重なっていく。
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この時間からだと多くの文字数は送れないから簡潔に。
チート出来るのは一度きり。
けれどその時は恐れず、信じて。私たちならいつか必ずできるって。
辿り着くと決めた時点で、ゴールは目の前にある
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チート。時間。
――私たちなら。
本当に馬鹿げた話だ。
そんなご都合主義が許されるのは御伽話の中くらいのものでしょ。
だけどこれは、かぐや姫の「
なにより、どんなに
私がやらない理由、そんなのあるはずない。
私は、かぐやよりも欲深い怪獣なのだから。
『辿り着くと決めた時点で、ゴールは目の前にある』
信じてるぞ。
いつかどこかの私たち。
胸の中でまだほんの少しだけ、そんなのあるわけないと怖がっている自分を押しつぶすよう、息を吸いこむ。深く、深く。
そして告白する。私の
「私はかぐやといたい。ヤチヨといたい。かぐやと一緒に生きて死んで、ヤチヨと一緒に生きて死にたい」
無茶苦茶言ってるな私。けど臆するな。自分の願いを恥ずかしげもなく謳いあげろ。
「8000年待ってくれたヤチヨをまた、置いていきたくなんてない。欲深いってわかってるけど、それでも私は欲深怪獣のかぐやよりも欲深で、好きな人の全部を欲しいって思うから」
だって手放しのハッピーエンド以外欲しくない。本当に欲しいものは全部、手に入れたいのが私だから。
だからどうか、一人ぼっちだった時間を二人の時間で埋め尽くさせて。
8000年分の寂しさを、思えば一瞬のようだったねといつか二人で笑えるように。
千代に八千代に。
「――末永く、よろしくお願いします」
何も、起きはしなかった。
そんなの最初から分かってる。
だけど『私たちならいつか』。
だからどうか。
音はなかった。
空気さえ止まった。
行燈の光すら揺らめかず、
そして。
「私も――彩葉とずっと一緒がいい!」
一人分だった願いは二人分――あるいはもしかして、三人分のものになった。
◇◇◇◇◇◇
固まっていた
まず最初に光があった。
次に音が。
二人の眼前、大量のコードが流れ出す。
「これ……解析の結果だ」
流れるコードを流し読む。
それは途中式のない解答だった。
問題と解答だけがあり、どうしてその解答に至ったかの過程は省略されている。
私にはなぜその答えになるのか、まるで理解が及ばない。
隣を見るに、それはヤチヨをしても同じようだ。
ただ問題に対する解答、その意味だけは読み取れる。
それは腕輪の機能を呼び出すためのコードだった。
膨大な量のコードが流れ、ようやく止まった後。
一本のメッセージがポップアップした。
送信者は不明。けれど、誰が送ったのかは最早明白だった。
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『ここ』から一番近いこの日なら正常に届いてるはず。
これは私たちがやっと解けた、あなたたちがいつか解くはずの解答。
途中式は省略する。そんなにたくさんの情報は送れないし、あなた達が解こうとしなければ、こうして解いた私たちはいないから。このチートをどう使うかは任せる。
けど今更何かを諦めるなんて、そんな風に終われるわけ、ないっしょ?
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8000年を経てもヤチヨに解けなかった問題を、いつかどこかの彼女たちは解き明かしたらしい。
おそらくは、途方もない道のりの先に。
ならばあるはずだ。一つではなく、二つ。
ヤチヨの助けも借りて、膨大なコードを検索する。
一つ目はほどなく見つかった。
魂の複製。
これがあれば腕輪の持つ機能を以て、ヤチヨの魂とかぐやの魂を別のものとして存在させることも出来るだろう。
伸び続けるヤチヨの睡眠時間や、アバターボディで彼女が活動する際の課題。それらを解決するような手がかりはなかった。
けれど、解決策が存在しないのだとは思わない。
――ズルなんてしなくても、それくらいは自分たちでなんとかできる。そういうことなのだろう。
本当に探していたのはそれじゃない。
現在の私たちからは遥か遠くにある答え。
私たちがいつか辿り着けるというならば、存在しないはずのないチートコード。
「……あった」
それは現実世界にある肉体から魂をデジタルデータとして抽出するためのものだった。
月から地球に降りたかぐや姫は本来、この星の上で生きるために魂の上に肉体を構成していく。かつてのかぐやのように。
私が作ろうとしているアバターボディも、このプロセスをこの星の技術で再現しようとしていると言える。
けれどその逆、かぐや姫にはいずれ肉体から魂に戻って月に帰る日が来る。
この腕輪はそのための役割を備えていた。
けれど一つの注釈があった。
『このコードは一度きり』
この腕輪は、あくまでかぐや姫のためのもの。
御伽噺のかぐや姫が月に帰る時、翁も嫗も帝も、誰一人ついていくことが叶わなかったように、月に帰るかぐや姫は本来ただ独りきりなのだ。
けれどこの腕輪はかぐやから私に贈られ、月人がかぐやを迎えに来たことで使われることはなかった。
再び地球に飛んだかぐやは事故により魂のまま8000年の時を過ごし、やがてヤチヨとなった。
そうして、ここには1つの魂と、1度も使われていないオーパーツがある。
――本来1つしかなかったはずの月に向かう席。そこに、2つ目の空席がある。
彼女の8000年は、本来あり得なかった例外に続いていた。
……精査は必要だ。
失敗するわけにはいかないし、正解へのショートカットが与えられたとはいえ、それを形にするにはまだ時間が必要だろう。
だけど、それは決して遠くない。
気付けばすぐ横で、私と同じコードを覗き込んでいたヤチヨ。
彼女もこのコードが持つ意味をとっくに理解したのだろう。私がどんな未来を選ぶのかも。
その表情を見れば、大体は分かるんだけど。ヤチヨのことだからね。
でもまあ、こういうのは言葉にして伝えることが大事なんだと思う。
これからの長い時間、ずっと二人であり続けるために。
「改めて、本当のハッピーエンドまで付き合ってよね」
思ってたよりもエンディングはずっと先になりそうだけど。
返事がどうなったかなんて、言うまでもないよね?
◇◇◇◇◇◇
――その後の
結果として、彩葉は10年という彼女の引いたゴールラインに間に合う形で、目指したエンディングに到達した。
私の魂を複製、かぐやの魂を作り上げ、アバターボディKG型に定着をさせた。
魂の形と肉体の形は互いに影響をする。
かぐやの魂はすんなりとその体に適合した。
そうして生きるかぐやの中に私の記憶はある。
けれど、それはいつか見た夢のように朧げなものになっているだろう。
私にとって
かぐやは、私とは違う一人の人間になったのだ。
始まりが同じだった別の二人に、私たちはなった。
そうして彩葉とかぐやは、長い時間を二人で生きて、二人で死んだ。
もしも彼女たちの人生が映画だったのなら、誰だってそれをハッピーエンドというだろう。
「お葬式も終わったことだし、あんまり私が人前に出るのもな、って思うし。いよいよ引っ越しのタイミングかなあ」
「そうだねー……。アマテラスの方もヤッチョがいなくても大丈夫そうだし、いいタイミングかもね」
そして私は、今も彼女の隣にいる。
実のところ、私を取り巻く全ての問題を解決するには10年では足りなかった。
けれどかぐやが戻ってきて、私と彩葉二人の秘密の研究は、三人のプロジェクトになった。
そして彩葉は、腕輪のただ一度きりの機能を以て自身の魂をデジタル化した。
現実世界に存在する彩葉とは別に、仮想世界にのみ存在する彼女が産まれた。
かぐやに対する私の様に。
そうして二人のものだった研究は最終的に、四人の夢になった。
研究が行き詰っていた頃彩葉は、自分が2,3人いれば、なんて思っていたらしいけどその通りになったわけだ。
4人がかりとなった私たちに解決できないことなんて、あるわけないよね?
とはいえその後の日々も決して平坦ではなかった。
壊れた宇宙船『もと光る竹』を結局は富士山に埋めたこととか、私もアバターボディYC型でライブにサプライズ出演した事とか、色んな事があった。
宇宙船の廃棄に時を同じくして、ツクヨミからアマテラスにリニューアルする一大プロジェクトもあった。
あれだけ沢山のイベントをクリアしてきたのに、その後も私たちの人生は驚きと喜びに満ち溢れていた。
彩葉の辿り着いたエンディング、なんて言ってみたところで私たちの冒険はそこから先の方が長かったくらいだ。
また時間のある時にでもそのあたり、懐かしんでみるのもいいかもね。
「とりあえず、イロハはしばらく着ぐるみの方がいいんじゃない?」
「まさかまた着ぐるみ着ることになるとはなー……懐かしくはあるんだけどもさ」
便宜上、私は彼女をほんの少しだけ違うアクセントでイロハと呼んでいる。
イロハは、彩葉から分かたれた時までの記憶を引き継いでいるが、しかしその後二人が過ごした時間は決して同じではない。
イロハと彩葉は途中までを同じくしながらも、別の二人になったのだ。私とかぐやの様に。
さて、私たちにはまだ宿題が残っている。
彩葉とかぐやから託された宿題だ。
かぐやあたりは早々に
「まー、そのあたりはヤチヨたちに頑張ってもらうとして―。とりあえずかぐやは彩葉とイチャイチャしたいかな」
とか言ってた気がするけど。
そして彩葉は押しに弱い。まったくもう。
とはいえ今日明日解けるような問題ではない。気長にやっていくしかないだろう。
宿題が多いということは、休みだってそれだけ長いってことだろうし。
私たちにはかねてから決めていた目標がある。
そのうちに、と思っていたけれど彩葉とかぐやを見送った今がきっとそのタイミングだろう。
アマテラスの部屋から空を仰ぎ見る。
浮かぶ月の遠さは、ツクヨミから見た空と変わっていない。
私たちは、あそこまで行こうと思う。
月を越え、更にその先のどこまで二人が行けるかを知るために。
いつか私たちは問題を解く。自分たちの力で。
そして、あの日の自分たちにちょっとした自慢を届けるのだ。
私たちはここまで来たよ、って。
大体のことが片付いたある日のこと、彩葉が呟いた言葉を覚えている。
苦笑交じりに「こんなにハチャメチャな毎日、想像もできなかったよ」と。
本当にそうだ。
あの一人ぼっちの空の下、沢山の夢を見た。けれど、こんな破天荒な未来は夢にさえ見ていない。
今は昔。かぐや姫は、誰からの求愛も拒んで独り月に帰ったらしい。
けれど。
「かぐや姫は月に帰ったけどやっぱり戻ってきて、大好きな人と幸せに暮らしました」
そんな結末だってあったのだから。
「大好きな人と一緒に月に帰る」
そんな御伽話があったっていいでしょう?
私は月見ヤチヨ。歌って踊れて、8000歳と少しのAIライバー。
私はもう、かぐや姫ではないのだから。
好きな人と一緒に里帰りしよう。
大好きな人に私の全てを知ってほしい。
あんまり面白い所じゃないけれど、なあに、飽きたらまた飛び出せばいいよね。
私たちのラストページはまだまだ分からないけれど、月を超え木星や火星にだって行けるかもしれない。
そうしていつか、彼女と共にいた時間が私の殆ど全てになるだろう。
大事な思い出はこの先だって失われたりしない。
ただ、それよりもたくさんの幸せがきっと私を埋めていく。
そんなことを思っていたら、散歩に出ていたFUSHIが帰ってきた。
心の声が漏れてたわけではないだろうけど、少し不機嫌そうに肩に乗ってくる。
ごめんごめん、もちろんこれからも一緒だよ。心の中でそう呟いて背のあたりを撫でる。幸い機嫌はすぐ直ったようだ。
ただ独り月に帰るはずだったかぐやの傍に居続けた、電子から生まれた魂。
月への座席は二人分。FUSHIは膝にでも乗せれば大丈夫、だよね?
こんな今を夢にも見なかったように、これから先もきっと想像もしていなかったことが起きるのだろう。
やりたいことは沢山ある。
時間なんて幾らあっても足りなくて、今すぐにでも走り出したい気持ちだ。
だけどまあ、今日一日くらいはサボってもいいかな。
まだこの世界には、あの二人の残した暖かさが残っているような、そんな気がするから。
「ね、ヤチヨ。明日どうしよっか」
イロハの声。頬に指をあて、天井を仰ぎ見る。
沢山のやりたいことが浮かんでは消え浮かんでは消え。
そうして数瞬の後
「とりあえずさ、パンケーキでも食べてから考えよっか」
互いの笑顔に、一瞬でときめかされる。
パンケーキの食べられない、電子の海の歌姫はもういないのだ。
/完
「10年後のかぐやはいったいどんな存在なんだろう」という疑問に端を発し、
8000年を過ごしたヤチヨにもそれに見合った未来があってほしい、という想いで書きました。
独自解釈ですが、10年後のかぐや、腕輪の意味、それからの3人がこうであったらいいな、加えて「8000年過ごしたことには意味があった」としたいという一念で最後まで書くことが出来ました。
読んでいただいた方、ありがとうございました。
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