天照須21XX   作:歩輪路

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そしてかぐやは目覚めた。
再会を喜び合う三人だが、その夜ツクヨミに対する攻撃にかぐやは直面する。
その事態に当たってFUSHIから案内されたのは意外な人物だった。

本編完結済みのシリーズ(https://syosetu.org/novel/403750/)
の設定を引き継いでその後日談として書いています。
単品でも読むことが出来ますが、よければ上記シリーズもお読みください。


後日談
かぐや、もう一回(上)


 ――長い夢を見ていた、ような。

 

 夢と現では時間の流れ方が違う。

 夢の中での膨大な時間はただそれが在ったという手触りだけを残し、目覚めの瞬間には消えて失せる。

 

 抵抗するように目を閉じたままでいても同じ。

 それはもう、私から失われたという実感がある。

 

 それでも、目を開いてしまえば喪失が決定的なものとなる。

 そんな気持ちに一瞬だけ躊躇いが生じる。

 

 ――と。

 

「……かぐや?」

 

 懐かしい声。

 手のひらを返すように、夢に別れを告げることを一瞬で決めた。

 

 さよなら。

 名残惜しさがないわけじゃないよ。

 でも、一番大好きな人が待ってるから。

 

 重い瞼を持ち上げる。

 私を覗き込む二対の瞳。

 

 左右に垂らされた銀の髪がこちらに影を落としていた。

 こんな不安そうな表情を見るのは初めてで、なんだか新鮮だなと少し寝ぼけた頭で思う。

 

 目だけ動かして反対側を見る。

 

 短く切り揃えられた青い髪から狐の耳が飛び出している。

 その耳が今は、何か心配事でもあるように伏せられているのが可愛い。

 ああ、何にも変わってないや。

 

「おはよー…彩葉」

 

 久々だし、ここはちょっとエモい事とか言っとくか?

 そんな風にも考えたのに、私の口から出たのは。

 

「ぐえ」

 

 台無しじゃん。

 でもまあ仕方ないよね。彩葉、おもいっきり抱き着いてくるんだもん。

 

 泣きじゃくる彩葉は赤ちゃんみたいだった。

 ずっと昔、今より小さな彩葉をこんな風に抱きしめたことがあった、ような。

 そんな風に思うのは夢の名残かな。

 

 もう一度目を閉じる。

 夢に思いを馳せるためじゃない。

 腕の中の体温や、感触や、鼓動の音。全てをもっと鮮明に感じたくて。

 

「ただいま」

 

 回した腕に力を籠める。

 ここがツクヨミでよかったかもね。

 そうじゃないときっと私の服、彩葉の鼻水とかでぐしょぐしょになってたから。

 彩葉の服もだけどね。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「かぐや、ヤチヨ、二人とも大丈夫そう? 具合悪いとかない?」

 

 落ち着きを取り戻した声で彩葉が聞いてくる。

 けど落ち着いているのは表面上だけで、まだちょっと声が上ずってるかな。

 私も人のこと言えないけどさ。

 

「大丈夫だよ!元気モリモリ!!」

 そんな恥ずかしさを誤魔化すように、必要以上におどけた調子で返して見せる。

 

 ヤチヨは、大丈夫だよー、なんて平静な様子だ。

 そんな声を背に、上半身だけ起こした姿勢で周りを見渡す。

 

 開け放たれた襖の向こう、空を泳ぐような光の魚が複数見える。

 ツクヨミの空だ。

 その空に一番近いツクヨミの最上層、ヤチヨの部屋。

 来たこともないのに、ここがそうだと知っていた。

 

 ここがどこか、私がなぜここにいるか、知っている自分に驚きはない。

 変な話だけど、目覚める前の自分を見下ろしていた記憶がうっすらとある。

 自分の記憶というより、カメラ越しにそういう映像を見ていたような感覚だけど。

 

 私が彩葉にあげた腕輪。

 あの時の私はそこまで把握していなかったけれど、アレの中に残された月の技術――正確には腕輪を介して繋がった月のインフラ、を使って彩葉はある事を叶えた。

 

 ――魂の複製。

 ヤチヨという魂から複製されたのが(かぐや)だ。

 もう一つ、彩葉が腕輪を使って実現したいことはあるけど、それはもう少し先になるかな。

 

 今日複製された時点までのヤチヨとしての記憶があるため、いま私たちがどういう状況にいるかはわかっている。

 とは言っても、私がヤチヨと全く同じかというとそうでもない。

 

「ちょっと確認していこうか。かぐや、記憶の方はどう?」

 

 言われて、自分の記憶を探る。

 

「んー……ヤチヨの記憶はある。けど、ぼんやりかなあ」

 

 私を囲んでいた二人がほっと一息をつく。

 

 私の記憶は、コーヒーとミルクがセパレートされたカフェオレのように二層になっている。

 片方の記憶は、月で彩葉の唄を聴いた後お仕事を爆速で終わらせ、地球にもう一度飛び出した(かぐや)のもの。

 もう一つの記憶は、そこから8000と10年を過ごした(ヤチヨ)のもの。

 

 この二層はほんの少しだけ混ざっていて、ヤチヨとして過ごした記憶もうっすらと存在する。この10年、彩葉と共に今日この日を目指していた記憶も。

 

 そしてコーヒーとミルクが完全に混ざってしまうことを、つまり私という魂がかぐやではなくヤチヨのソレになることを、皆が心配していたのも理解している。

 

「8000年分の記憶、消すという選択肢もあったんだろうけどね」

 

 申し訳なさの少し混じった声でヤチヨが言う。

 けど、それこそ弁解されるまでもない。

 

「まー、それも含めて私たちってことで」

 

 このあたりはちょっと複雑だ。

 私もなんとなく把握はしているのだけど、ヤチヨとしての記憶だからかちょっとぼんやりしている。

 

 そのあたりを察してか、彩葉が改めて私の状態を説明してくれた。

 

「いい? かぐやの魂をかぐやとして定着させるためにも現状理解が大事だから、よく聞いてね」

 

 人差し指をピンと立てて言う彩葉に、ちょっとだけ我儘を言いたい気持ちが湧いてくる。彩葉に対して甘えてみせるのは、なんというか堪らない誘惑なのだ。

 

 少しだけ可愛い声を作っておねだり。

 起きたばっかりなのに難しい話はしんどいー、と駄々を捏ねてみると彩葉に頭を撫でられた。

 うへへ。対彩葉の勝率がまた上がってしまった。このあたりのチョロさは変わってない。

 

 この甘え方はしばらく使えそうだな、なんて思っていると彩葉の向こう、ヤチヨからの視線がちょっと痛い。

 そっちは10年間独り占めだったんだしこれ位いいでしょ、と視線で返す。

 

 さておき彩葉の説明によると、私の中にはヤチヨの記憶8000年分が消えることなく残っているらしい。ただしアーカイブデータとして。

 

 大前提として、ヤチヨから8000年分の記憶を消すのはナシだった。

 彩葉と過ごした10数年がどれだけ大事なものかは言うまでもないけれど、かといって8000年分の記憶だって天秤にかけて捨てていいようなものじゃない。

 そもそも思い出って、どっちが大事かなんて簡単に比べられるようなものじゃないよね。

 

「けどヤチヨの記憶をそのままに魂を複製しただけだと、複製された魂はかぐやじゃなくてヤチヨそのものになっちゃう。魂を形作るのは想い出だから」

 

 まあ、そうだよね。

 私とヤチヨは全く同じ場所から始まっている。

 だからその後に同じ思い出を積み上げたならば、出来上がる魂の形だって同じになる。結果、私がかぐやじゃなくヤチヨになるのは当たり前だ。

 

「だからといって、今ここにいるかぐやから8000年分の記憶を消すのも危ない、と思う。ほんの1日や2日ならともかく、8000年分の記憶は人格に大きな影響を

及ぼすから。最悪、強い記憶の欠落感に悩まされることになる」

「……で、8000年分の記憶は消さないけれど、普段は呼び出されないアーカイブデータにしたってことでいい?」

 

 私の確認に彩葉とヤチヨ、二人が頷く。

 

 8000年分の記憶は今も私の中にある。だけどそれは普段参照されない奥深くに保存された。

 滅多に読まない大事な本を、押し入れの奥深くにしまったようなものだ。

 

「人間は短期記憶と長期記憶を別々に保存するけれど、ヤチヨやかぐやのようにデジタル化された魂は全ての記憶を一か所に蓄えておくことが出来る。

 けど、あえて別々の領域に分けることで普段扱う記憶を限定することも出来る」

 

 そう締めた彩葉だけど、言うほど簡単じゃなかっただろう。

 簡単じゃなかったって、アーカイブされた記憶の端っこで知っている。

 

 どれだけの時間を乗り越えてきたか。

 どれだけの決断を重ねてきたか。

 それは彩葉だけでなく、ヤチヨにとってもそうだ。

 

 難儀な二人だなあ、なんて人ごとのように思う。

 もっと簡単なハッピーエンド、あっただろうにね。

 

 ……いや、これは単に照れ隠しだな。

 

 月から見たこの世界は複雑で、みんな自分の気持ちを抑えてもいるけれど。

 抑えたりなんかしなくてもいい気持ちだってあることを私は知ってる。

 だからこの想いをそのままに口に乗せた。

 

「ありがとうね。かぐやの事、ずっと諦めないでくれて」

 

 そうして私達の服は、またぐしょぐしょになった。

 

 彩葉大丈夫?

 リアルでも鼻水垂れたりしてない?

 かぐや、洗濯してあげらんないよ?

 

◇◇◇◇◇◇

 

 ともあれかくもあれ。

 私が現実世界(むこう)で過ごすためのアバターボディはまだ完成していない。

 

 正確に言うなら完成はしているのだけど、最終的な納入がちょっと遅れているのだとか。ヤチヨ――YC型は既に届いているらしいのに。ぐぬぬ。

 

 そちらのアバターボディでも念のため適合試験はやるけれど、暫くの間はツクヨミでリハビリ優先ということだ。

 

「かぐやどこも悪くないよ?」

 

 その場でかけっこの様に手足を振って見せる。

 うん、絶好調。

 リハビリとかいる? と思ったけれど、そんな疑問に答えたのはヤチヨだった。

 

「特に問題はないと思うんだけどさ。やっぱり初めてのことだし、きちんとデータは取っておかないとね」

 

 そう言っていくつかのウィンドウを表示させる。

 私の色んなデータをツクヨミの方で常時チェックしてるってことかな。

 

 ウィンドウに目をやりながら彩葉が続ける。

 

「リハビリって言っても特別なことはしなくて大丈夫だよ。強いて言うなら、ヤチヨとかぐや二人で過ごす時間を多めに取ってもらうくらいかな」

 

 自分とは姿かたちも異なるヤチヨを前にして会話することで、自分とは別の存在だって自覚を改めて補強するんだとかなんとか。

 

 ふーむ。まあお喋りしたり遊んだりしてるだけで良いみたいだし、何も文句はないかな。

 

「明日からはもうちょっと賑やかになると思うけど、今日はゆっくりお喋りするくらいにしておこっか」

 

 芦花や真美も明日には来てくれるらしい。

 今日も本当は居てくれる予定だったけど、二人ともどうしても外せない用事が重なったんだとか。

 あるいは譲ってくれたのかな、と彩葉は笑った。

 

 やりたいことは沢山ある。けど、今はなんでもよかった。

 一緒にいられさえすれば、なんでも。

 

「うん。かぐや、話したいこといっぱいある!」

 

 卒業ライブからそのまま、ろくに話すことも出来ずに帰らなきゃいけなかったから、沢山話したいことがある。

 

 歌いながら見た皆が、流れる星みたいに綺麗だった話とか。

 月で彩葉の唄が聴こえてきたこととか。

 

 何から話そうかななんて迷っていると、少し遠巻きに座っていたヤチヨがスッと立ち上がった。

 

「それじゃ、ヤチヨは寝る前にちょっとお仕事でもしてこようかな」

 

 ごゆっくり~、なんて言いながら歩き去ろうとするヤチヨの足を咄嗟に掴む。

 つんのめってコケそうになってたけど仕方ない。咄嗟にそこしか手が届かなかったんだもん。

 

「何言ってんの。ヤチヨの話も聞かせてもらうんだから、ちゃんと居てよね」

 

 気を利かせてくれてるのはわかるんだけど、彩葉にまた会えて嬉しいのと同じように、ヤチヨに会えたのだって嬉しいんだよ。

 

「だいたい、リハビリでヤチヨといっぱいお喋りした方がいいって言ってたじゃん。だから眠くなるまではちゃんと付き合ってよ」

 

 足をつかまれたまま、困ったように私と彩葉を交互に見るヤチヨだったけれど、私たちが黙って手招きしていると諦めたように肩を落とした。

 けれど表情からは楽しさを隠せていない。

 

「仕方ないなあ。――それじゃ、ちょっと場所替えよっか」

 

 スマホをフリックでもするように指を軽く振るヤチヨ。

 途端、ツクヨミを見落ろす望楼は消え失せ、見慣れた8000年ぶりのアパートが目の前に現れた。

 

 懐かしのボロ……いや、映え……でもなく、私たちの伝説が始まった場所だ。

 三人で座るにはちょっと手狭だけど、その分なんだか温かい気がする。

 

「あっ、フカフカあるじゃん!」

 

 お気に入りだった恐竜のフカフカを抱きしめる。

 フカフカは、記憶の中にあるそれと寸分たがわない感触を返してきた。

 デジタルで再現されたもののはずなのに、非の打ちどころのない再現度。

 ひょっとして、ヤチヨもずっとこの部屋の記憶を反芻していたのだろうか。

 

「……早いとこ、お菓子パーティでも出来るようになるといいんだけどね」

 

 テーブルの上にバラまかれたお菓子を手で弄びながらそんな事を呟く彩葉。

 ツクヨミにはかつてなかった触覚、フカフカの手触りや温もりがある。

 けれど味覚の再現はまだ少し時間がかかりそうということだ。

 

「彩葉なら出来るよ! というかかぐやも手伝っちゃうし?」

「ヤッチョもー!」

 

 デジタル回りにはちょっと、どころではなく自信がある。

 ヤチヨと顔を見合わせて笑うと彩葉も一緒になって破顔した。

 

「二人とも頼りにしてるよ。ま、そういうのはまた明日ってことで」

 

 何から話そうかな、と考え込む彩葉。

 10年の間で私たちの間には話したいことが増えすぎて、逆に何から話すか迷うほどだった。彩葉もきっとそうなのだろう。

 

「じゃあ、まずかぐやの話聞いて!あのね、月で社畜やってたら彩葉の唄が聴こえてきてね――」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「――それで真実と芦花に連絡したら、二人ともこーんな顔になって……彩葉?」

 

 ヤチヨの話が途切れた。見れば彩葉がうつらうつらと舟をこいでいる。

 

「……んおっ。いや、大丈夫。起きてるよ」

 

 そういいながらテーブルに着いた手が力なく滑った。

 明らかに睡魔が限界を迎えている。

 

「いろはー、もう寝よ?」

 

 尚も、折角かぐや帰ってきたし、とかなんとかもにょもにょと言ってくれるのは嬉しい。

 とは言えそれはそれ、これはこれだ。

 

「大丈夫、かぐやどこも行かないから。ね?」

 

 くらげのようにふにゃふにゃになってしまった彩葉を立たせながら、言う。

 

「ちゃんとスマコン外してね!歯磨きもしてね!お風呂……は危ないから明日でいいや。ちゃんとお布団で寝てね!」

 

 それから。

 

「おやすみ彩葉。また明日」

 ギュウと抱き締めて囁く。

 

 また明日。

 眠気交じりの蕩けた声で返し、ログアウトしていく彩葉。

 

 こんな風におやすみを言えるのを、私はどれだけ待っていたのだろうか。

 たった一日で遠くなってしまった記憶(8000年)を思いながら、そんなことを考えた。

 

「さってと。そろそろお開きにしよっか」

 

 そういうヤチヨも眠そうだ。

 このままの方がいい?とアパートの床を指して問われる。

 

 ちょっと迷ったものの元の風景に戻してもらう。

 興奮しているのかまだまだ眠くない。

 ツクヨミの空を眺めるのもいいだろう。

 

 了解、とヤチヨが指を鳴らした。

 瞬きほどの間に世界を構成するテクスチャが張り替えられ、かすかな風が頬に当たる。

 ツクヨミの最上層に位置する楼閣だ。

 

「ヤチヨもそろそろ寝ちゃうけど、お布団そこにあるから使ってね」

 

 指さした方向を見れば、いつのまにか畳まれた布団が積まれていた。

 仮想世界での事、別に床で寝たからと言って体が痛くなったりはしないと思うけど、気分的にはやっぱり欲しいよね、布団。

 

 それじゃあヤチヨはお先に、なんて言っていそいそと布団を広げ始める背に呼びかけた。

 

「ヤチヨ! ……おやすみ。あと、ありがとね。ずっと」

「……こちらこそだよ。おやすみ、かぐや」

 

 眠そうに蕩けた顔に笑顔を浮かべ、そう返される。

 

 うーん。

 彩葉がヤチヨオタクになる気持ちがちょっとだけわかってしまった。

 あんな顔見せられちゃねえ。

 既に寝息を立て始めたヤチヨの顔を覗き込み、頬を撫でる。

 

 いやしかし。

 この鼻提灯、どうやって作ってるんだ?

 

 台無しな寝顔を見ながら笑ってしまう。

 本当にありがとうね。

 ヤチヨがずっといてくれたから、かぐや帰ってこれたよ。

 

 風邪をひくということもないだろうけど、眠るヤチヨが寒くないよう襖を閉め外に。

 見下ろしたツクヨミには、深夜にも関わらず煌々とした光が灯っていた。

 この時間では喧噪こそ届かないけれど、あの光の下ではいまも誰かが思い思いに楽しんでいるのを感じる。

 

 もう見慣れたと思った光景なのに気付けば涙が浮かんでいた。

 卒業ライブの後、遥か空の上から見下ろした時にはもう二度と見ることが出来ないんだって思ってたから。

 

 ヤチヨを起こさないよう、小さな声で歌を口ずさむ。

 彩葉から届いた唄。

 きっと私たちのよすがとなってくれていたメロディー。

 

 歌い終わって、しばらく風に吹かれていたのはせいぜい十分くらいだろうか。

 急に中からアラーム音が鳴り響いた。

 襖をあけ放ち慌てて戻ると、赤く明滅するウィンドウが部屋の中央に浮かび上がっている。

 

「うげ、これどうすればいいんだ……?」

 

 どう見てもただの目覚ましじゃない。だいたいヤチヨもさっき寝たばっかりだし。

 ヤチヨの方にちらと目をやるとまだぐっすり寝ている。

 あんな顔で寝られちゃ起こしたくないんだけど、いやでも放っておいていいものじゃなさそうだしな。

 

 そう逡巡していると、部屋の隅から高速で飛んできたものがあった。

 白いボールのようなそれは、床で弾むとウィンドウにぶつかっていった。

 

 そして音が止む。

 見覚えのあるウミウシだった。

 

「慌てるな、ばかもの」

「FUSHI!久しぶりー!」

 

 思わず握りしめる。

 

「あ、こら。潰れる、やめて」

 

 ごめんごめんと力を緩め、代わりに撫でまわす。

 ブツブツ言ってたけど逃げようとしないあたり喜んでいるようだ。

 体は正直よのう。

 

「んで、あれ何だったの」

 

 明らかに緊急事態って雰囲気だったけど、止めちゃってよかったんだろうか。いや止めたかったんだけどさ。

 

「ツクヨミへの攻撃だ」

「攻撃?」

 

 FUSHIが言うには、ツクヨミはずっと昔、それこそ誕生から絶えずサイバー攻撃を受けているという。

 出来そうだからやってみたという愉快犯もいれば、実利を求めての職業的犯罪者もいるんだとか。

 

 これ自体は仕方ないのだろう。

 ネットワークで繋がるのは綺麗なものばかりだけではなく悪意もだ。

 歴史上もサイバー攻撃は常にネットワークと共に、どころかそれ以前からもあり続けた。

 

 ましてツクヨミはふじゅ~のように現実世界でのお金さえ産んでいる。

 一人の住民として駆けまわっていたころには意識していなかったけれど、煌びやかな街の灯りの裏で、どれだけの悪意から皆を護る必要があったかは想像に難くない。

 

「それも全部、ヤチヨやFUSHIが?」

「全部じゃない。協力してくれているやつらもいる。でも、一番大変なところはヤチヨがなんとかしてた」

 

 そう言われ、ヤチヨの寝姿に再度目をやる。

 ヤチヨは変わらず、深い眠りの中にいるようだった。

 外に出ていた私が慌てるくらいのアラーム音だったにも関わらず。

 

 FUSHIは目を伏せて、続けた。

 ウミウシの体での発声はたどたどしく、その声から細かな感情を判別するのは難しい。

 けれどこの時の気持ちは、私にも読み取れた気がする。

 悔しさ、だった。

 

「ヤチヨはずっと無理してるんだ。壊れかけの宇宙船――『もと光る竹』で無理やり動いているようなものだから」

 

 ヤチヨは、宇宙船である『もと光る竹』をネットに繋ぐことで、それまでのウミウシの姿から今の形へと変わることが出来た。

 ただしその宇宙船が壊れているというのはつまり、ヤチヨというアプリケーション(人格)が壊れかけのパソコン上で動いているようなものだ。

 であれば。

 

「……もしかして、私が居る事で余計負担になってる?」

「それは」

「なってるんだよね?」

 

 咄嗟に否定しようとしたのだろうFUSHIを遮って言う。

 壊れかけのパソコン上で動いていた一つのアプリケーション(人格)

 それが二つになれば負荷がどうなるかなんて明らかだ。

 

「……だとしても、ヤチヨはお前とまた会えることを本当に――」

「よっし、じゃあかぐやがヤチヨの分までやる!任せとき!!」

 

 宣言する。

 何か言いかけていたFUSHIに被せてしまったけど。

 FUSHIはなんか口をパクパクさせていた。ウミウシって口でっけーのな。

 

「あれ? でも私、なにも調子悪くないよ。なんで?」

 

 壊れかけの宇宙船で動く二つの人格、その片割れであるヤチヨの不調。

 その原因がハードウェアだというのなら、同じハードウェアで動いている私も不調になりそうなものだけど。

 

「ヤチヨは8000年分の記憶を持ち続けてる。それもアーカイブデータとしてではなく。ハードディスクじゃなくてメモリの上に沢山のデータを載せているようなものだ。でも、お前はそうじゃない」

 

 起きてすぐ彩葉に説明をされた通り、私にとって8000年分のデータはアーカイブされている。さっきのFUSHIの例えで言うならメモリではなくハードディスクに、しかも圧縮された形で保存されているというところか。

 

「なるほど。かぐやの方が、データが少なくて軽いアプリケーション(人格)だからサクサク動くってこと?」

「おつむが軽い分動きやすいってことだな」

 

 ニヤリと。上手いこと言ってやった感を出してるヤツを掴んで振り回す。

 泣いてごめんなさいを言うまで振り回したあたりで離してやった。

 

「よし、躾完了。ま、私が元気いっぱいな理由は分かったからいいとして、さっきのやつなんとかしなくちゃいけないんじゃないの?」

 

 ついつい話し込んでしまったが、アラートが鳴ってから暫く経っている。

 あれがツクヨミに対する攻撃だというなら、防御するなり敵をやっつけるなりしなければいけないんじゃないだろうか。

 

 私の手の中をすり抜け床に降りたFUSHIはウィンドウを開く。

 アラーム音こそ鳴らないが、先ほど同様真っ赤なままだ。

 

「協力してくれているやつらがいるって言ったろ。今、そのうちの一人が対応してくれてる。……とはいっても、手伝いに行った方がいいかもしれない」

 

 FUSHIはなにか逡巡するような雰囲気。

 私を連れていくべきか、ヤチヨを起こすべきか、そういったことでも迷っているのだろうか。

 

 確かに、ここでじっとしている方がいいのかもしれない。

 リハビリと彩葉も言っていた。

 元気いっぱいとは言え、私が今こうしてここにいること自体が奇跡のようなものだ。

 余計なことをせず、おとなしくしているべきなのかも。

 

 でもなあ。

 もう一度ヤチヨの方を見、それから反対側、遠くに輝くツクヨミの灯りに目をやる。

 

「やっぱり私も行きたい。ヤチヨにばっかり大変な思いさせたくないし。仮想世界の事なら、結構役に立てると思うし」

 

 それにやっぱり。

 この世界の灯りがどれだけ大事か、帰ってきた私だからこそより強く思うのだ。

 それを守るために、何か出来るのならば。

 

 暫く黙っていたFUSHIだが

「ついてこい」

 そうとだけ短く行って駆けだした。

 置いて行かれないよう、その白い背を追って駆ける。

 

 足を止めないまま、FUSHIが言葉を掛けてきた。

 

「とりあえず協力者のところに行く。何をするか、何が出来るかはそれからだ」

 頷く。

 が、一つだけ先に聞いておく。

 

「協力者って誰?」

 もしかして私の知ってる人だろうか。そう思って尋ねたのだが、帰ってきた単語には覚えがなかった。

 

「yukko。ヤチヨにとってはある意味お前より、彩葉よりも長い付き合いのやつだ」

 

/続く




ようやくガイドブックと小説が手に入りました。
そちらで公開された設定も加え、少しの後日談を書きたいなと思っています。
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