ツクヨミを守るために日夜人知れず活動していたyukkoたちの事をかぐやは知る。
本編完結済みのシリーズ(https://syosetu.org/novel/403750/)
の設定を引き継いでその後日談として書いています。
単品でも読むことが出来ますが、よければ上記シリーズもお読みください。
夜討ち朝駆けは武士の習いなんて言うけど、こんな時間にアタックを仕掛けてこなくてもいいのに。
いや、向こうでは朝なのか昼なのか分かったものじゃないが。
日本では丑三つ時もとうに過ぎた。
別に眠いわけじゃない。むしろ私にとってはこれからが活動時間と言ってもいい。
だからこそ今こうして私が対応しているわけなんだけど。
あと半日、いや日が昇ってからのアタックだったらShokoに押し付けられたのに、ってだけだ。
まあ仕事も卒業して暇と言えば暇だしいいんだけど。
たまにこういうイベントでもこなしておかないと脳がどんどん錆びついていく。
ただでさえ昼夜逆転の褒められない生活をしているのだから、頭くらい使わないと。
まあ後は普通にムカツクしな。
自分の子供と言うと大げさすぎるが、皆で作った秘密基地には違いない。
そのツクヨミを、どこかの
別にこの程度で壊れることはないにしても、だからといって放っておく道理もない。
そう思えば、むしろ自分の起きている時間に来てくれてありがとうと言うべきかもしれないな。
あらかじめ用意してあったダミーサーバーとダミーデータに食い付いている様子を眺める。
まあなんとかなりそうかな。
何にも疑わずにダミーに引っかかって喜んでいるあたり程度が知れる。
それこそYachiちゃんが起きてたら、とっくに蹴りだされて終わっていただろう。
間抜けへの興味はすでに失せて、フレンドリストを開く。
時間が時間だけにフレンドリストの大半はオフライン表示だ。
その中で一人だけ、睡眠中を示す三日月アイコンが目に留まる。
Yachiちゃんだ。
思えば昔から二日くらいは繋ぎっぱなしが当たり前のネット廃人だった。
なのでオンラインじゃないステータスを見るのは比較的珍しい。
「人のこと言えないけど、何十年たっても変わんないよねえ」
年を取ったからと言ってオタクはオタクだし、ネット廃人は廃人のままだった。
子供の頃は、年を重ねれば自然と両親のような真っ当な大人になるんだろうな、なんてボンヤリ思っていたけど全然だったわ。
Yachiちゃんと始めた会った頃、子供だった自分をふと思い出して懐かしんでいるとインターフォンが鳴った。
この部屋への入室権限はフレンドには渡している。なのでインターフォンを鳴らす必要はないのだけれど、まあ礼儀というやつだろう。相変わらず律儀なナマモノだ。
親しくても、何十年の付き合いでもそういう気遣いは重要だと私も思う方なので、アイツのそういうところは好ましい。
そんなことを思いながらドアを開ける。
誰が来たのかは分かっていたので、視線も自然足元に。
兎と目が合った。
ピンクと緑の派手なスニーカーに、兎の飾りがついている。
予想していたのと違う色彩に目を瞬かせ、視線を上に向けていく。
すらりとした足の向こうに、金の髪が見えた。
薄桃色から朱色にグラデーションした着物。
さらに上に目をやると、大きな目の横には兎の耳が垂れていた。
髪には月を模した髪飾りが光っている。
……なんか見覚えあるな、この子。
記憶を探る前に、少女の肩上に想定していた来客の姿を見つけた。
FUSHIだ。
「yukko、こんな時間に悪いな。あとこいつは――」
「かぐやです! はじめまして!」
弾けるような声に記憶が刺激される。
そうだ、この子の事を知っている。
Yachiちゃんの隣で歌っていた姿を見た。
そのすぐ後、急にいなくなったライバー。
去っていく姿に、名前の通りかぐや姫のようだなんてことを思った。
なんでその子がここに?
訝し気にFUSHIを見るが、黙って難しい顔をしている。
長い付き合いだからわかる。
こういう顔の時こいつは「何も言えないけど察してくれ」みたいなことを思っている。
まあいいか。
想定外の事に面食らっては見たものの、彼女が誰であれここに来た理由が何であれ、特に困るってこともないだろう。
アタックを仕掛けてきたアホの相手も飽きたところだし、たまにはフレンド以外と話すのも悪くない。
FUSHIが連れてきたんだから、変な相手ってこともないだろうし。
「yukkoって言うの。そいつとは結構長い友達」
入って、と言ってドアを開く。
いやしかし、フレンド以外を部屋に入れるのは初めてじゃないだろうか。
変に緊張してるのバレないといいんだけど。
幾つになろうと知らない人は苦手だ。
自分が想像していたような大人らしい大人になるのって難しいね、Yachiちゃん。
脳内でシミュレートした彼女の幻影に話しかける。
コミュニケーションオバケのような友人はしかし、アドバイスをくれなかった。
頼りにならねー。
◇◇◇◇◇◇
FUSHIの案内で辿り着いた先は古いマンションだった。
全体的に薄汚れたビルがひしめき合っていて、突き出た看板には茶色い錆が浮いている。色とりどりのネオンが地上だけではなく二階、三階と無秩序に飛び出しているけれど、そのネオンも中途半端に電灯が切れていたりする。
そんな混沌が不思議な陰影を生んでいる。
ツクヨミにもこんなところあったんだ。
どちらかというと和風で固められたエリアが多いツクヨミにあって、ここは古い写真で見た中国のような雰囲気を醸し出している。
猥雑な風景とは裏腹に人影はない。
物音ひとつしない中、私の階段を上る音だけが響いている。
何階上ったか、並ぶ扉の一つで先を行くFUSHIが立ち止まる。
どうするのか見ているとFUSHIは扉を跳ねあがるように登り、インターフォンを押す、というか体当たりした。
そして出てきたのは、こんなマンションには似つかわしくない小さい女の子だった。
yukkoと名乗ったその子は、緑のおさげを左右に垂らし大きなエプロンをしている。ちびっこのメイドさんか不思議の国のアリスか、といった風情だ。
胸元には大きなアラートマークのブローチ。ツクヨミの標準アバターパーツでは見かけない組み合わせだ。何かのキャラクターを模しているのかもしれない。
招き入れられたマンションの中は短い廊下を挟んで一部屋だけの1Kマンションだった。ツクヨミで料理をするのかはさておき、コンロの上にも雑多に荷物が積まれ物置と化している。人のこと言えないけど、結構な散らかりぶりだ。
とりあえずそこら辺座って、と床の上の荷物をどかしてくれたところに腰を下ろす。
「Yachiちゃん以外と一緒なんて珍しいじゃん。友達?」
初めて聞く呼び名だけど、Yachiちゃんというのはヤチヨの事なんだろう。
問われたFUSHIは、小さな座布団の上で丸まっている。
誂えたようにピッタリなサイズだけど、ひょっとして定位置だったりするんだろうか。
「友達というか……いやまあ、そうかもな」
なんだその歯切れの悪さ。はっきり友達と言って欲しかった。
いや、私とヤチヨの様に、私とFUSHIの関係性も若干複雑なんだけどさ。
でも友達には違いないでしょ。
そんなFUSHIの返答だったが、yukkoはふうんと言っただけでそれ以上尋ねてこなかった。
「yukkoはヤチヨの友達で、ツクヨミへのサイバー攻撃とか守ってくれてるって聞いたんだけど……。てか、攻撃されてたやつ大丈夫!?」
ついつい後回しになっていたけれど、そもそもここに来た目的がそれだ。
「さっき来てたヤツなら今頃ダミーサーバーでアホみたいに暴れてるよ。情報取れるだけ取ったあたりで叩き出して終わりかな」
慌てる私に、目の前の少女はなんてことのないような調子で返した。
「よかった……。あ、でもそれじゃお邪魔しちゃっただけかあ」
何事もないならそれに越したことはないんだけど、いっちょやったるか! くらいの気持ちでいたので肩透かし感は否めない。
心持ち肩を落としているとyukkoがチラチラとこちらに視線を向けたり外したりしてくる。
どうしたのかな、なんて思っているとやや硬い声で尋ねられた。
「かぐや、だよね。10年くらい前Yachiちゃんとライブしてた」
「そうだよ! あ、ひょっとして見てくれた?」
「うん。引退したって聞いたけど、復帰したんだ」
――うーん。いや、そうといえばそうなんだけど、なんと言ったものか。
考え込む私を見てか、少し慌てた調子で言葉が続けられた。
「いや、単にね。よかったなって」
「よかった?」
実は私のファンだったりしてくれたりしちゃったり?
一瞬そう思ったが、そんな雰囲気でもない。私以外の誰かを遠くに見ているような。
「Yachiちゃんがね。ずっと寂しそう……寂しそうも違うかな、なんだか切羽詰まってるように見えてたから。あの頃からずっと」
昨夜、彩葉とヤチヨの三人で語りあかした中で、ここ10年の話もある程度聞いた。
彩葉が私たちのために頑張ってくれたように、ヤチヨがツクヨミの運営と並行して彩葉を支えてくれていたことも。
同じ夢に向かって頑張った、の一言では済ませられない苦労だってあっただろう。
yukkoがどこまで知っているのかはわからないけれど、そういうのを感じていたのかもしれない。
おそらくは彼女もまた、ヤチヨの傍にずっといたから。
「ありがとね」
思わず口をついて出た。
言われた相手は戸惑い顔。そりゃそうだよね。
友達のことで急にお礼言われたらさ。
それでも嬉しかったのだ。ヤチヨを10年もずっと気にかけてくれていた人がいたことが。
当たり前だけど、ヤチヨにとってこの10年は彩葉とだけの時間じゃなかった。
沢山の人が周りにいる。これまで出会った人が、これから出会うかもしれない人たちが。それが、嬉しい。
これは
「変なの」
心なし居心地が悪そうに照れた彼女の顔は、アバターの見た目通りの幼い少女のようだった。
照れ隠しというわけでもないだろうけど、ずっと開いていたウィンドウをyukkoが近くに寄せ、顔が隠れる。
どうやら攻撃者の様子をチェックしてるらしい。
邪魔をしないよう様子を伺っていると、ウィンドウの向こうから不意に声がかかった。
「あなた、サイバー攻撃には詳しい?」
◇◇◇◇◇◇
攻撃を仕掛けてきた相手は、いまだにダミーサーバーを本物と信じて暴れている。
上手いこと侵入してやった、とネットワークの向こうでいい気分になってることだろう。
いますぐ叩き出しても別にいいのだけど、出来るだけ情報は取っておきたい。相手の攻撃パターンや接続情報やあれこれ。
そのために、このサーバーが偽物だとバレないよう防御を続ける。あえて、相手が頑張れば突破できる程度のぬるい防御だ。こっちが押し込まれているように見せかけられれば、相手も油断して色々とバラまいてくれるかもという期待。
別に一人でも問題のない作業だった。適当なところで叩き出して終わり。
なのだけど。
突然押しかけてきたかぐやという少女は本人の言葉通り、いやそれ以上に高いスキルを持っていた。
実のところ、やり方さえ教えれば誰でもできる程度の作業をお願いするつもりだった。単に初対面の子と会話を広げるほどコミュニケーションスキルがないので、その場を持たせる程度の気持ちで。
「ひひひ。全部かぐやの掌の上なんだよなあ」
お釈迦様の様なポーズをとってニヤニヤする彼女は、相手を手玉に取っていた。ヤチヨと同じくらい……は言いすぎにしても、私よりずっと高いスキルを持っているように思える。
FUSHIがわざわざ連れてきたのだから不思議はないとも思いつつ、彼女の能力とは別のところで疑問はあった。
FUSHIに目をやると、特に働くでもなく後ろからかぐやの様子を眺めている。
あいつも大概、普段から忙しくしている。実のところツクヨミを今回のような悪意から守っている一番手は私のような古馴染みでもなく、ヤチヨでさえなく、あいつだ。
なので私が居る間くらいはさぼっていても文句はない。ないのだけど別のところで恨み言はある。
お前、私が人見知りだって知ってるだろーが。急に知らない子連れてこられても困る。出せ、助け舟を。
視線に殺気を込めたつもりだったが、ウミウシのアバターからは何の反応も伺えない。とぼけたツラのナマモノめ。
幸いにしてかぐやはコミュニケーションスキルにも優れるようで、ぎこちない私の態度を気にする風でもなく話題を振ってくれた。
「yukkoはずっと、こうやってツクヨミを守ってくれてるの?」
「こういう深夜くらいだけどね。私、夜型だから」
まだ仕事をしていた頃はそれで寝不足になりがちだった――と言いかけて、口を噤む。
年齢や身元に繋がるようなようなことは極力口にしない。
黎明期からネット上で生きてきた人間にとって呼吸と同じくらいの基本スキルだ。 自分を守るためだけではなく、回線の向こう側にいる相手と適切な距離を取るための礼儀作法のようなものでもある。
なのでYachiちゃんやFUSHIの事も、どこに住んでる誰なのか、私は知らないし知らなくていいと思っている。気付けば既に亡くなった親よりも長い付き合いになったのだけれど。
「期間だけでいうならツクヨミが出来た当初からだから、結構長くなったね」
すっげー、と素朴な賞賛がこそばゆい。
私たちの活動は普段誰からも見えることがない。見せることもしたくないのだけど、それはそうとして誰かに褒められるのは幾つになっても嬉しい。
「どんなきっかけでyukkoはこういうこと始めたの?」
「元々はYachiちゃんとチャット仲間でね」
詳しく言うと年齢がバレるからぼかしたが、彼女に出会ったのはパソコン通信の時代だった。まだwindowsも95すら出ておらず、ネットワークはごく限られたメンバーによる狭いコミュニティだった。彼女が「まだ95年」としきりにぼやいていたのを憶えている。
「それからYachiちゃんが作ったホームページ……Webサイトに住み着いて、チャットしたり、ゲームしたりしててね」
当時のWebは今のSNSのように常時互いが繋がっているようなものではなく、言ってしまえば文通のような気の長い時間感覚で動いていた。
一か月とは言わずとも返信に数日、あるいは一週間空くことだってあった。
それでも付き合いが途切れることはなかった。
もちろんフッと見なくなった人はいた。風の噂で亡くなったと聞いた人もいた。
それでもパソコン通信や、ホームページで出会った多くの
今となっては家族と同じくらい見慣れた名前だ。
「ある時Yachiちゃんが『仮想世界を作りたい』って言い出してね。最初は何言ってんだ? って思ったけど、まあ飽きるまでは付き合おうかなって」
彼女は割と飽きっぽかった。
『ヤチヨの部屋』でも100の質問には途中までしか回答してないし、ゲーム置き場は永遠に工事中だった。
「また途中で飽きるかなと思ってたんだけどね。……それまで見たことないくらい一生懸命でさ」
誰でも受け入れる仮想世界。
いつだって誰かがいる場所。
現実から押し出された人にとっての居場所。
かつて私がネットワークの向こうに求めたもの。
彼女が何のために、誰のためにそれを作ろうと思い立ったかは知らない。聞いたこともない。
けれど。
「ずっとYachiちゃんが作ってくれた場所でタダ飯喰らいだったからね。いい加減、自分でもやれることくらいはやろうかなって」
似た様なことを思っていたのは私だけではなかったのだろう。
気付けばツクヨミを守り、維持するために何かしたいという人間はそれなりの数になっていた。
ツクヨミをローンチしてすぐ、月見ヤチヨの1stライブを今でも覚えている。
観客は見知った顔の方が多いくらいで、今から思えば嘘みたいに小規模だった。
それでも、それまでチャットテキストの向こう、あるいはゲームのアバター越しにだけ見ていた彼女が、あんなに楽しそうに笑い、歌い、踊るのを見た。
――この世界を守るための報酬はあの日既に、前払いで貰ったのだ。
なんて、言わないけどね。恥ずいじゃん。
かぐやが相手をしていた攻撃者の様子を見る。
いくら間抜けでも、流石にそろそろ自分が罠にかけられていたことに気づくかな。
よっ、と意味なく掛け声と共に相手を叩き出す。
ツクヨミに再度接続することも禁止したし、相手の攻撃パターンもだいぶ収集できた。後の対応はそういうのが得意な連中に投げちゃえばいいだろう。長続きするためのコツは、自分だけで抱え込みすぎず周りを頼ることだ。
全てのステータスがグリーンになり、ツクヨミの夜が静寂を取り戻す。
おー、と拍手するかぐやを横目に息をつく。
「yukkoすごい! よっ、最強!」
なんだか不思議な子だ。かぐやなんて名前なのに月というより太陽の方がイメージに近い。
だからか、YachiちゃんにもFUSHIにも言ったことのないことをポロっと零してしまった。
「ありがと。……でも、いつか守れなくなるかもってたまに思うんだよね」
言った直後に後悔。今日会ったばかりの子を不安にさせてどうする。もしくは面倒くさい構ってちゃんだ。
幸い、こちらを見返すかぐやの顔は穏やかだった。ただ続きを促すような視線。それで、半分開き直った気持ちになって続けた。
「ツクヨミは大きくなりすぎちゃった。ただのネットコミュニティじゃなく、もう一つの現実ってくらいに。人が増えればお金も集まる、それを狙って悪いやつも。このまま大きくなり続ければどこかで決壊する」
ツクヨミは大きくなり、お金も集まった。
やろうと思えば企業に管理を委ねることも出来るだろう。
けれどその選択ではきっと、Yachiちゃんや私たちが作り上げ、守りたいと思うツクヨミからの変異は避けられない。
彼女はみんなが好きなことをできる世界を、何にも縛られない自由を求めたのだ。
この世界は、彼女が魔法のように用意した超級のマシンリソースを以て運用されている。これもまた、何にも依存しない世界を作りたかった彼女の意思の表れだろう。
けれどいまこの世界が大きくなるにつれ、それは私たちを、彼女を押しつぶしそうにさえなっている。
彼女との出会いから長い時間が経った。
いつか本当に彼女が世界に押し潰されそうになったその時、私が彼女の傍にいられるか、わからない。
1年後ではない。5年後でもないだろう。けれど10年後のことは分からない。
そんな無力感を、目の前の少女は。
「……そっかあ。オッケー、任せとき!」
あっさりと、請け負った。
いやいや。
彼女のデジタルスキルならば、簡単な話じゃないことくらい分かると思うのだが。
「かぐやだけじゃ厳しいかもだけど、彩葉に相談したら何とかしてくれる! はず!! ヤチヨもFUSHIもいるんだし。あとうち、犬DOGEも飼ってるから」
「いや……てか、犬DOGE? ペット?」
ペットがどう役に立つのかよくわからないんだけど。
面食らう私だが、彼女は意に介さない。
このあたりの強引さ、なんだか誰かを思い出すな。
それにさ、と当然のように彼女は続けた。
「yukkoも手伝ってくれるんでしょ?」
それは、いつか『彼女』が送ってきたテキストと一言一句同じだった。
おねがーい、なんてしなを作りながらかぐやが言う。
悪だくみを打ち明けるようなそんな笑顔で。
「なんならリニューアルとかよくない? ツクヨミ…月だから、新しくするならやっぱ太陽で天照とか!」
方法じゃなくていきなり名前からか。
なんというお気楽さ。
どう嗜めたものか一瞬迷った後、苦笑する。
今よりずっと若かった頃、ツクヨミ会議なんてやってたのを思い出してしまった。会議なんて言いながら好き勝手語るものだから、いつも時間ばかり長くなってよく寝落ちした。あの時も、設計や運用みたいな話をすっ飛ばして楽しいことばかりを話したものだ。
そんな風に思いを馳せていると、ふっと部屋に浮かび上がった影があった。
「いいねー。天照……だとまんますぎるから、ちょっと捻って天照須とかよくない?」
Yachiちゃんだ。
突然の出現にかぐやはびっくりしているが、こちらとしては慣れたものだ。
きちんとインターフォンを押すFUSHIのような律義さ、彼女にはない。
おおかた、FUSHIと私、かぐやが同じ場所にいるのに気づいて直接飛んできたのだろう。
「yukko、いつもありがとね」
「まー、ただの雑魚だったし暇つぶしによかったよ」
どうも彼女と話すと自然と荒い口調になってしまう。
お互いネットスラング全開で話していた時間が長すぎたのだ。
そのせいで、近頃のお上品な『月見ヤチヨ』にはたまにムズムズする。
本人に言うと顔真っ赤にするから言わないけど。
「しかし天照須って……Yachiちゃん、そこらへんセンス変わんないね。月読じゃ普通過ぎてヤダつって、月夜見とか付けただけある」
「はあー!? yukkoだって賛成してたじゃん!」
覚えがございません。最近年でさあ。
憤慨しながらも笑いを隠せていない彼女の姿に安心する。
もうずっと、どこか焦燥感を感じさせていた彼女だったが、今の笑顔は本当に楽しそうだったから。
「ま、いいや。かぐやの話も気になるけどまた今度ね。んじゃ、そろそろ私は寝よっかな。後始末はShokoに投げといたからヨロ」
三人に手を振る。
あいよー、なんて言いながらあっさり帰っていくYachiちゃん。
ぺこりとおじぎをしてその背を追っていくかぐや。
そしてもう一人、その背をつかんで留める。
「変なとこ持つなよ」
「ウミウシの変なとこってどこだよ。それはさておき、あんた、なんでかぐや連れてきたの?」
彼女のスキルには助けられた。けれど私一人でも全く問題ないことくらいわかっていたはずだ。私が人見知りだってことも。
「文句じゃないわよ? 楽しかったし。でもなんで?」
それだけが私に残った疑問だった。
理由がなければFUSHIも急に知らない人間を連れてきたりしない。
こいつはこんなナリだけれど、人一倍気遣いが出来る奴なのだ。
摘まみ上げた手の中で溜息一つ。
「あいつに覚えていてほしかったんだ。yukkoみたいなやつが、ずっと傍にいたんだってことを」
なんじゃそら。意味わからん。
わからないがしかし、一つだけわかったこともある。
「あの子、あんたとどういう関係なの?」
「だから友達、みたいなものだ」
ふーん。みたいな、ね。
「ま、いいけど。あんた、笑顔を隠そうとして仏頂面になるのバレバレよ」
ウミウシのツンデレに需要はないだろう。
喚きたてるFUSHIの様子に満足を感じ、最後まで聞かずログアウトする。
普段から仕事ばっかりしてないでそれくらい愉快な顔をしていればいいのだ。愉快な見た目のナマモノなんだから。
……しかし「彩葉に相談したら」か。
ずっと昔、病み期のYachiちゃんから何度か聞いたことがある名前だ。
偶然の一致か、かぐやとのコラボライブでも、その後のYachiちゃんのライブでも「いろP」という名前の女の子がいた。
いろPが何歳くらいかはわからない。年齢を言うならYachiちゃんの年齢こそわからないし、私だってそうだろう。
ただ、時折配信で見た彼女は見た目相応に思えた。ただの勘だけど。
Yachiちゃんからその名前を聞いたのは、彼女が生まれたであろう頃よりずっと前だ。
だからそんなはずはないのだけれど、もしも彼女が『彩葉』ならいつか会うこともあるだろうか。
その時こそFUSHIに助け船を出させよう。知らない人との会話は苦手なのだ。
◇◇◇◇◇◇
ヤチヨの部屋へと帰る道を二人歩く。
気付いたらFUSHIの姿もなかった。yukkoと話でもしてるのかな。
yukkoの部屋に突然現れたように、やろうと思えば直接ワープだって出来るのだろうけど、先を行くヤチヨはゆっくりと歩を進めている。
なので私も合わせるように歩みを進めた。
しばらく無言のまま歩く。
私にしては珍しいことだと自分でも思うけど、無言だからと言って別に気まずさのようなものがあるわけじゃない。
ただ、ヤチヨが何かを話そうとしているのが分かる。
なのでその準備が整うまでただ、歩く。
彼女の歩幅、彼女の鼓動に合わせるように。
そうして、お互いの足音がぴったり重ねってしばらくした頃。
足音が止まると同時に彼女が振り返った。
「――ごめんね、かぐや」
何が、とは聞かなかった。
この体にはヤチヨの記憶がある。
普段は参照されないアーカイブデータとしてではあっても、彼女が何を言おうとしているかはわかる気がした。
それほどにその罪悪感はヤチヨの中で大きく、そしてこびりついていた。
「あの日、月に帰るかぐやの未来を私は黙っていた。かぐや達が選ぶことを奪った」
それは今日までヤチヨがずっと抱え、誰に許されても自分が許せなかった後悔だった。
ごめん、ともう一度彼女は言った。
あるいはヤチヨは、彩葉のため、私のため、そしてもう一つ。
この瞬間のためにも10年を生きてきたのかもしれない。
――さて、どう返事したものか。
正直
8000年の孤独は私の中で遠い記憶になっている。痛みがなくなったわけじゃない。けれど、その痛みを本当の意味で覚えているのは私ではなくヤチヨだ。
あんまり覚えてないんだよね。
……そうなんだけど、なんか違うな。
仕方なかったっしょ。
……これもちょっとなー。
イマイチぴんと来る言葉が出てこない。
ああでもないこうでもない、と頭を捻っているうちに、今日出会った少女の姿が思い浮かんだ。
私より、彩葉よりも長く、ヤチヨの傍にいたという彼女。
「――ヤチヨはさ、楽しいことなかった?」
目の前の彼女は、黙って首を振る。
不思議な感覚だ。問う声は私のものなのに、重ねる問いは思考よりも早く続いた。
あるいはこれは、私の中にある彼女の記憶が発した問だったのかもしれない。
ヤチヨが、ヤチヨ自身に問うている。
「もしもやり直せるなら、やり直したいって思う?」
「もっと都合のいいどんでん返しがあればなって思う?」
違うでしょ。
孤独も悲しみもあった。
それと釣り合うかなんてわからないけれど、それでも確かに喜びがあった。
沢山の出会った人たちがいて、今がある。
あの日々を、なかったほうがよかった、なんて思えるはずがない。
「ああすればよかったかも、とか言っててもつまんないよ。まだ私たち、続いてるんだから。そんなことより、明日をもっと楽しくした方がいいでしょ」
物語は最後のページで結末が決まる。
ハッピーエンドもバッドエンドも確定する。
でも私達の物語はまだまだ終わってなんかいないのだ。
ハッピーエンドかバッドエンドかなんてここから決めればいい。
ハッピーエンドだって、途中で強敵が現れるのなんてお約束じゃん。
だったら全部なぎ倒して、最後の最後は『めでたしめでたし』で締めるのだ。
彩葉と私の事。
ヤチヨと私の事。
彩葉とお母さんの事。
真実や芦花。
yukkoや、いつか友達になれるかもしれない人たち。
ツクヨミだって変えなきゃ。
やることは山積みで、超天才かぐやちゃんでも一人じゃ流石に厳しい。
仲間はどれだけいたって足りないくらいだ。
「だから、ヤチヨも手伝ってよ。私、まだまだやりたいことあるんだから」
そう言って手を伸ばす。
無言のまま、ヤチヨの手が重なった。
左手と左手を強く握り合わせる。
一人では出来ない握手。
そうして私たちはようやく、本当に違う二人になった気がした。
同じ光から始まった二人に。
口にはしなかったけれど、同じことを思ったのだろう。
「そうだね」とヤチヨは笑って続けた。
「それじゃ改めて。おかえり、かぐや」
ただいま。
ずっと待っててくれて、ありがとね。
◇◇◇◇◇◇
そうしてしばらくが過ぎた。
ツクヨミでの目覚めからほどなくして、私にはアバターボディが与えられた。
YC型、ヤチヨを模したアバターボディも比較試験として試したけどこれがイマイチ。機能的には同じはずなのに、見た目や形が違うだけで魂レベルでの拒絶感が発生するとかなんとか。動けなくはないんだけど何をするにも反応が悪くて、水中を動いているような気分だ。
ヤチヨボディで彩葉に迫ったり、とか色々計画していたんだが。チッ。
幸いにしてKG型、私の姿をそっくり再現したアバターボディの方は順調に適合した。味覚こそまだないけれど、酒寄博士におねだりすれば遠くない未来になんとかなる。彩葉が凄いことと、同じくらいチョロいこと、私は誰よりも知っている。
そんなこんなで起動試験も無事に終わり、彩葉の終業時刻である。
「まだ本調子じゃないんだから気を付けてよ。こけたら私じゃ支えられないからね」
「へーきへーき」
彩葉に腕を組んで貰いながら、タクシーを降りる。
勿論帰ってきたのは立川のマンションだ。
予め聞いてはいたけれど、私がいなくなってからも彩葉はずっとこのマンションに住んでいたらしい。
家賃だって大変だっただろうに。
彩葉がどんな気持ちでこのマンションに住み続けたか想像すると泣いてしまいそうになる。
いやいや、もう今日だけで散々泣いたし我慢するぞ。
幸いエレベータがちゃんと稼働していたので、自分たちの部屋まではすぐだった。
扉の前で、はい、と彩葉が鍵を渡してくる。
私たちの家の鍵。
くそ、泣くな泣くな。
彩葉もなかなか上手い攻め方をするじゃん。
受け取った鍵で扉を開け、一歩中へ。
玄関のすぐ隣に配信室の扉が見える。
そちらも気にはなるけど、とりあえず正面を抜けリビングへ。
――全てがあの日のままだった。
階段傍のカプセルマシーン。
テレビの横には狸。
キッチン上のパスタマシーン。
全部大事な思い出だった。
彩葉、絶対邪魔だったでしょってものまで全部、あの日のままに残されていた。
「捨ててもよかったのに―」
そう言おうとして失敗した。
ただ涙と、言葉にもならない声しか出せない。
思わず座り込んでしまった私を、後ろから包み込むように彩葉が抱きしめてくる。
背中から感じる湿った感触を感じながら、しばらくそうしていた。
どれくらい経ったか。
ようやく涙も止んだ後、上ずった声を必死に整える。
座ったまま彩葉と向き合う。
彩葉のメイクがグチャグチャになっているのを見て思わず笑ってしまう。
彩葉も笑いだしたから、きっと私の顔も似た様なものなのだろう。
ひとしきり笑った後。
「おかえり、かぐや」
「ただいま。彩葉」
言葉はそれだけ。
見つめあう静寂を。
「おっかえりー!」
開け放たれた扉の音が台無しにした。
「は!?」
玄関の方から駆けてきたのはヤチヨだった。
勢いそのまま、ヘッドスライディング気味に抱き着いてくる。
ぐお。お互い重量があるから結構派手な衝突音がした。
「じゃなくて! なんでいるの!?」
え? と、私ではなく彩葉の方を向くヤチヨ。
「……彩葉?」
「あー……いや、帰ってきてから説明しようと」
曰く。
先にアバターボディが出来ていたヤチヨもここで暮らすことに決め、かつての配信室がヤチヨの部屋になっているのだとか。
「といってもまだヤッチョはアバターボディでの動作が完全じゃないから、メインの居場所はツクヨミのままだけどね」
私と違い8000年分の記憶を鮮明に持ち続けているヤチヨは、越えなければいけない技術的ハードルがまだまだ残っているそうだ。
「や、いいよ? 全然いいんだけど、また二人っきりでー……って思ったじゃん」
まあヤチヨが一緒に住むのは嬉しいんだけど、彩葉と一緒に寝る権利は奪われないようにしないといけない。先占権? とかいうやつだ。
牽制するつもりでジロとヤチヨを見るが、何も意に介さずニコニコしている。
くそ、考えが読めない。ちょっと前まではなんでも分かる気がしたのに、今の私にとってヤチヨは底が知れない強敵だ。
「……ま、いっか。二人暮らしより三人暮らしのほうが絶対楽しいし」
これからの事を考えると楽しくなって思わず笑ってしまう。
私たち三人……いいや。
これまで出会った人、これから出会う人、沢山の人達と一緒ならなんだって出来るだろう。
でもとりあえず、今やりたいことは別にある。
これだけはずっと前から決めていたのだ。
「とりあえずご飯作ろ! 彩葉なに食べたい?」
いつか三人で食卓を囲もう。
でも今は、彼女の幸せそうな顔が見たいのだ。
/完
究極的には順位をつけれたとしても、普段人間関係に上下はないもので。
ヤチヨにとって彩葉を巡ることが一番大事だったとしても、それまでの時間には捨てがたい大事な人間関係もあったはず。
同様に、FUSHIやその周りにもいろいろな関係があったのだろうと、そんな気持ちで書きました。
ツクヨミ誕生の話などもいつか書ければと思っています。