「はい……花岡さくらは……ピザすき焼きを作ります!!」
その宣言がスタジオに響き渡った瞬間、周囲の空気は完全に凍りついた。
ピザすき焼き——そんな謎めいたメニュー、当然ながら誰も聞いたことがない。
スマートフォンを隠し持って検索したところで、レシピサイトはおろか個人のブログにすら出てくるはずのない未知の料理だ。
他の候補生たちが無難なオムライスやハンバーグの食材を確保して安堵する中、さくらだけがそんな奇体な料理の相手をすることになってしまったのだ。
周囲からは(あの子、ついに頭がおかしくなったの?)といった嘲笑や哀れみの視線が向けられるが、さくらは至って真剣だった。
嫌がらせで言われているわけではない……荒唐無稽に思えるような料理名だが、さくらの記憶の片隅には、なぜか引っかかるものがあった。はっきりとは思い出せないが、少なくとも『ピザっぽいすき焼き』という概念は、どこかで聞いたことがある気がするのだ、そんなビデオを観たような気がしないでもない。
だがのんびりと思い出している暇はない。
ピザとすき焼き、その2つの料理をアレンジして融合させる以上、普通の料理よりも遥かに多くの種類の食材が必要になる……早い段階で大量の食材を確保しなければ、そもそもスタートラインにすら立てない。
さくらが猛ダッシュで食材コーナーへ向かおうとしたその時、イエローの口からさらに信じられない言葉が飛び出した。
「おしながきを書いておいたけど前菜にブンブンカレー!スープでピザすき焼き!魚料理はシャケチャーハン!肉料理に海賊風チキンレッグ!サラダに魔法の兄貴サラダ!そしてデザートはレインボージュルリラなんだぜ!!」
「……はい?」
さくらは思わず足を止めた。
イエローは誰かに無理やり言わされているのか、それとも番組の趣旨を根本から分かっていないのか、常軌を逸したハイテンションで要求を突きつけてくる。どうやら彼の中では、作るべきメニューが『1つだけ』などというルールは存在していなかったらしい。
与えられたミッションは、まさかのフルコース一式。
しかも、前菜がカレーで魚料理がチャーハンという、フルコースの中に米料理が複数紛れ込んでいる狂気の炭水化物オンパレード。おまけにメイン級のすき焼きが『スープ』扱いというデタラメっぷりである。
ゴクレンジャーとして最前線で戦うためにはこれだけの栄養(とカロリー)が必要になるのか、それとも見た目のわりにドカ食い気絶部なのか。ツッコミどころは山積みだったが、さくらは文句を言う代わりに、目の前にある巨大なカゴを両手に抱え、バーゲンセールと化した食材の棚へ突進した。
「まあとにかく、全部作るしかないですね」
肉、魚、米、野菜、謎のスパイス、そして大量のチーズ。数品分の食材を豪快に、しかし的確に鷲掴みにしていく。
しかし、ここで周囲の誰もが(そしてカメラの向こうの視聴者すらも)抱く、最も肝心な疑問がある。
——そもそも、花岡さくらは料理が出来るのか?
ピンクとしての愛らしさや庇護欲を競うこの狂ったオーディションにおいて、家庭的なアピールは必須スキル。だが、彼女やその一味はつい先ほどまで爆弾(らしきもの)が仕掛けられた部屋で極忍法をぶっ放そうとしていたような、ゴリゴリの戦闘志向の少女である。
だが、カゴいっぱいの食材を調理台に叩きつけるように置いたさくらの目に、一切の迷いも諦めもなかった。
その瞳に宿るのは、絶対に負けないというレッド顔負けの強烈な闘志。包丁を握る彼女の姿は、まるでこれから強大な怪人に立ち向かう戦士のようであった。
心配はいらなさそうだが、マゼンタはその後ろ姿を眺めながらベビーに聞く。
「あいつ大丈夫なのか?料理とか出来たか?」
「うん、山でサバイバル訓練したときはあたしがやったけど、結構料理とか出来そうな感じだったよ?化粧はしないけど詳しくはあったし、多分あの子……」
(えっ……まあ、確かにあれだけの量を一人で作るとなると100%勝てない、いぶきさんはそう言っていたのね、それだったら私たちも……)
候補生達も残った食材をかき集めて、各自で料理を作ろうとしていたのだが……ここで更なる問題が発生する。
食材が……圧倒的に足りない、当然だ、想定しているはずもない……一人で数品フルコース規模で頼むような人間なんて。
しかもメニューの大半がメイン級で炭水化物を使用している……米をたった一人で大半使い切ってしまった勢いだ。
「あ……貴方、往生際が悪いですわよ!?まさか本気で全部作る気なんて」
「今集中してるので黙ってもらえますか?貴方達もゴクレンジャーになるなら自分のやるべきことをまず果たすべきでしょう」
同じ人間とは思えない冷たい振る舞い、しかし返しながらももう既に尋常ではないペースで同時進行している。
事前に炊いてある米を適量に分けて、鮭と野菜をまな板にもつけずに綺麗に刻んでいく、刃物の使い方が危ないように見えて正確に物体を一定の形に……しかもこの工程をこなしながら、カレーやピザすき焼きに使う野菜を一通り鍋に入れて、海賊風チキンレッグに使うもも肉を火力を上げて焼いている。
信じられない、マルチタスクというレベルを通り越して手際よく作り始めている、時間はかかるが本当に全種類できる……どころじゃない、今からこちらが料理を作りきっても3品は完成していそうな勢いだ、ただの力任せな作り方じゃない……あの動きは明らかに作り慣れている、数十人規模、学校の食堂相手に出すような量を何度も経験したことがあるとしか思えない、あの若さで。
もう既に同じペースで料理を作っているのに……向こうが不利なはずなのに、入学間もないさくらがほぼ追い上げているように見えてしまう。
しかし白鳥いぶきは全く動じていない、このままでは花岡さくらが優位、1番早く作ったほうが勝ちではない、あくまでピンクとして対象を満足させること……しかし、それで言えばイエロー相手では勝つことは出来ないことはいぶきはずっと昔から理解している。
限られた人間しか知らない金の久遠の秘密、国家保安部隊が作り出しているのは怪人研究だけではない……機械工学、極武器以外にも様々な軍事兵器を検討している。
その中で特異点のような存在が生まれた、人間に匹敵する学習能力と記憶力を持つAI、限界まで機能を詰め込んだ上での軽量化、そして……量産化の成功と学校そのものの管理。
(名月60号は食事なんてしないのよ……国家保安部隊に作られた戦うためだけに存在する機械人形、何かあっても絶対に貴方は勝てないのよ……花岡さくら)
世間に知られていないゴクレンジャーの裏、イエローも金の久遠で教育を受けている全ての生徒も……全てが一から作り出した名月と呼ばれるロボット。
当然、食事のための機能なんて一切持ち合わせていない……故に、100%勝てない。
白鳥いぶきは知っていたからこそ敢えてゴクレンジャーからイエローを手配した。
本人があんなめちゃくちゃなメニューを答えることは想定外だったが、そこまで健闘して食らいついてくれるさくらが滑稽で面白い。
しかし……この熱意が周囲にも影響を及ぼす……対抗心ではなく、決定的な実力差を見たことによる戦意の喪失。
作ろうとする手が止まり、こんなもの相手と勝負したくないという候補生ゆえの諦めの早さで次々と戦いを降りる者も多い。
そんな中でも、さくらは……。
「チキンレッグとチャーハン出来ました!」
2品完成させて更にすき焼きの下準備を済ませ、カレーも既に作れる段階にある、家庭科の授業で成績が良かったとかその次元じゃない……プロ顔負けのレッスンを受けている。
しかしクラスメイト達はさくらの成績が下から数えたほうが早いことは知っている、ピンクとしては落第生なのに女性らしさをここまで隠していた。
(予報以上にここで脱落者が出てくるわね、あるいは心が折れて退学するかしら?まあいいわ、桃の園がどんなに困ろうと私には関係ないし、そろそろ潮時ね)
深く一呼吸すると……すき焼きが完全に煮込まれて、遂に全種類完成した、イエローがそれを口にすることはないとも知らずまるでホームパーティーのように料理の数々が急遽用意されたテーブルの前に設置される。
ここまでを作るのに……そこまで時間がかかってないようにも見える。
とんでもないものがお茶の間に放映されており、頃合いを見ていぶきが拍手しながら現れる。
「あらあら、中々見事なものね……結果はともかく技術力、しっかり染み込まれてるのね、あの家系の技は」
「……やはり、仕向けてきたんですねあの人達」
さくらにも覚えがある、何の苦労もなくこの番組に上り詰めたこと、住所も公表せずひっそり生きていたのに招待状まで来たこと……何かしらの差し金があるはず、その上でさくらが手出し出来ない、いやしなくなった。
「あら、まだ子供ね……どこまでいっても貴方は一生花岡の家系から逃れられないことは分かってるでしょう?花岡家の一人娘、さくらさん?」
「私を花岡家と呼ぶのはやめてくれませんか?私はただの花岡さくらです、あの家族の話なんて二度と聞きたくありません」
2人の静かだが両者から怒りを感じる押し問答、周りは一体何を言っているのか分からなかったが、ジングルが何かに気付いたように焦り……信じられないような顔をしてさくらの方を見る。
察したのはジングルだけではないのか、他の者たちも一斉にさくらを見る。
「ま……まさか貴方、本気で本名のまま桃の園に来ましたの!?花岡なんて、大層すぎると思ってたらまさかあんな娘が」
「ええ、紛れもなくこの子は名門・花岡家の一人娘よ」
「は……はあ!!?」
全員大騒ぎになりどよめきを隠せないが、それを聞くさくらは一人、苦虫を噛み潰したような顔をしている……マゼンタでも驚いているが、ただ一人……ベビーだけがよく分かってなかった。
「花岡家ってどんなところなの?」
「なっ……マジかベビー、ミーハーだから知ってるもんかと思ってたぞオレは、花岡家ってのは……その、簡潔に言うとこの街で一番デカい名家で、国家保安部隊のパトロンの一つでもあって……桃の園を創設した一族だよ!」
「えーっと、つまりさくらちゃんって、本当はものすごーーーーくお嬢様だったってこと?」
「……桃の園に入ろうと思ったのは、ちゃんとした私の意思ですがね」
――
2043年。
花岡さくらは、まだ小さな自分の身体には見合わない不釣り合いなほど巨大で豪奢なベッドの上で生を受けた。
国家保安部隊のパトロンであり、この街で最大の影響力を持つ名門・花岡家。
その待望の令嬢の誕生は、一族だけでなく関わる全ての大人たちから盛大な祝福を受けた。
最高級の絹で仕立てられた愛らしい衣服、丁寧に梳かれた長い髪。誰からも愛され、大切に育てられた……。
だが、その愛情はどこか歪だった。それは一個の人間に対する尊重ではなく、まるで精巧なフランス人形を愛でるような、ただ「とにかく美しい女」としての完成を望む狂気めいた情愛だった。
しかし、花岡家にとっても、さくら自身にとっても、人生の決定的な転換期となったのはその5年後——2048年のことである。
この頃、突如として世界中の様々な娯楽が消失するという未曾有の大事件『コンテンツショック』が発生した。
だがまだ物心ついたばかりで外の世界を知らない彼女にとって、その喪失感は無縁のものだった。むしろ、何もない世界で燦然と輝くテレビの中の存在こそが、彼女の全てを塗り替えた……そう『ゴクレンジャー』だ。
世界を脅かすエレボスら怪人達と戦う彼らの姿は、幼いさくらを虜にするにはあまりにも充分すぎる魅力を放っていた。
「うおおおおすっげえええー!!!かっけえええーー!!!」
その影響力は凄まじかった。
さくらは早々に、美しさの象徴であった長い髪を自らの手で切り落とし不揃いな短髪にした。
着飾るためのリボンの髪留めも外し、床へ投げ捨てた。
この頃から、彼女の目は常に画面の中央で輝く『レッド』に向けられていた。圧倒的な力で敵を打ち倒す、誰もが憧れる英雄。彼に強烈な羨望の眼差しを向けながら、さくらはすくすくと育っていった。
「オレはレッド!どんな敵だろうとなぎ倒すぜ!」
無邪気にヒーローの真似事をして笑うさくら。しかし、その勇ましい姿は、花岡家が望む「美しい人形」の姿とは対極にあるものだった。
「さくらちゃん、女の子はそんな汚い言葉を使ってはいけないの」
「女は女らしく、淑やかに生きなさい」
「——すべては、貴方の為に言っているのよ」
周囲の大人たちは、彼女の振る舞いを冷たく、しかし優しげな声音で否定し続けた。
それが一時的な子供の「ごっこ遊び」で終わる程度であれば、後になって笑い合える些細な思い出になっていただろう。
しかし、事態は双方の想定を大きく超えていった。
花岡家にとっての想定外は、さくらが成長してもなお、異常なまでにゴクレンジャーに夢中になり続けたこと。
そしてさくら自身の想定外は、自分が生まれ落ちた環境が、想像を絶するほどに歪であったと気付いてしまったことだ。
成長するにつれ、彼女にはありとあらゆる「女性らしさ」が帝王学として叩き込まれた。
プロ顔負けの調理技術、寸分の狂いもない裁縫、完璧なメイクアップ。
彼女の周囲からは徹底的に『男性観』が排除されていた。まるで最初からこの世界に男など存在しないかのように、ただひたすらに最高級の人形として、艶やかに、無菌室の中で完成されていく。
やがてさくらは、一族が創設に関わったという戦隊養成校『桃の園』の真実に思い至る。
入学したところでカリキュラムは最初から、ヒーローである以前に「女性として他のメンバーを後ろから立てる」ように組まれている。
このままこの家に庇護されていれば、何の苦労も挫折もなく、約束された安全なポジションである『ピンク』の座を手に入れることは出来るだろう。怪人と命懸けで戦うこともなく、ただ美しい華として、後方で微笑むだけの存在に……だが、彼女の答えは決まっていた。
そして現在、2061年。
密かに段階を踏み、一族の監視の目を掻き潜って独断で『桃の園』の入学届を手に入れた日。
彼女は、花岡家という黄金の鳥籠を捨てた。
レッドになるという反逆の意志を胸に家を出た彼女だったが……皮肉なことに、用意されたピンクという絶対的な枠組みの中でしか生きられない現実へと足を踏み入れたその瞬間、ようやく彼女は、正真正銘の『飾りものの花岡さくら』になったのである。
――
「オーディションもなく通過したのは、あの人たちの差し金ですか?」
「さあ?私も女優として以前に……特待生まで進んだものとして縁があった……もちろんそれだけじゃないわ、花岡家が気に入らないのは私も同じよ……貴方は本当におなじ、あやめと同じ顔、同じ苗字、同じ才能……そして同じ夢を追いかけて、本当に愚か」
「……あやめ?今のピンクは、あやめさんというのですか」
「まさかそこまで知らなかったの?いや、貴方の振る舞いからして向こうも隠蔽していたのね……そうよ、今のゴクレンジャーピンク……花岡あやめは貴方の血縁者よ!」
一応振り返っておくと、この番組は全国放映であり、さくらがイレギュラーなだけで基本的に養成校に入っている人たちは偽名を使って入学し、以降もヒーローの道を歩む限り名前は公表されない。
その為に、基本的に本名が漏れることはない……こうして晒し者にする以外は。
さくらもそれ以外も初めて知る、ピンクの人としての名前。
ようやく分かった、さくらでも分かった……しかし、それを口に出すことはない。
「まあ、貴方がどうしようが構いませんが、そんなことよりイエローさん……ちゃんと作りましたよ、食べないんですか?」
「そりゃリクエストはしたが自分にそのような機能は持ち合わせていないんだぜ、内部構造的に不可能なことだってあるんだぜ」
(そう……そうよ、想定外もあったけど、貴方をここまで蹴落とすことは出来る、花岡家の技術力で貴方は地に這いつくばるのよ)
しかし……いぶきの思い通りにはならなかった、「ふざけるな」という怒号が飛んできたが、それはさくらの発したものではない。
「なんだその言い草はー!!」「ここまでやっといて今更それはないだろー!!」「それでもゴクレンジャーか!!」
なんとこの番組を見に来た観客から一斉にイエローに対してヤジが飛んできた、ゴクレンジャーという存在は常に人の憧れであり模範……たとえどんな状況でも、人々の前で決して思いを無下にするような真似をしてはならない、白鳥いぶきは甘く見すぎていた……ゴクレンジャーというブランドのことを、そして……そうなるように番組を仕向けた、自分への対応を。
「こ……こっち来なさいイエロー!」
「良夜に連絡は必要なんだぜ?」
「緊急コールでいいからさっさと繋げなさい!!」
いぶきはイエローの肩を掴んで奥まで逃げていく、残ったのは大量の料理、騒然とするピンクたち、虚無のような眼差しになるさくらだけだった……。
「……あの、皆さんごめんなさい、騙すつもりはなかったというか、絶縁したものだと思っていたんですが……」
――
ホワイトスノーは16番ラボに向かって一直線、マナーモードにしていた携帯が緊急コールで鳴り、仕方なく応対する。
「……なんだお前か、イエローをそんなことに使うな」
「良夜兄さん!どうして返事もしてくれないのよ!!私の番組に来てくれるって約束もしたじゃない!!」
「今それどころじゃない!!そもそもの話良夜じゃない!仕事中はブルーと呼べといつも言っている!」
ゴクレンジャーのブルー……本名、白鳥良夜。
白鳥いぶきの兄であり国家保安部隊の研究者の1人。