「オレが来れなくなったからイエローを手配してやったじゃないか、今更文句を言うな」
「言うわよ!!何よあのポンコツ!今の時代になってオイル燃料とかどういうこと!?」
「……おい、イエローの記録はどういうことだ!?こんなことのためにお前はオレに連絡をしたのか!?」
「何よ!!ブルー兄さんだけズルいじゃないの!私知ってるのよ!あの花岡家の女を利用して遺伝子実験したこと、兄さんだって花岡家に恨みがあることは分かるけど、私だっていい思いしていいじゃない!!」
「仕事に私情を持ち出したつもりはない……自分が何をしたのか分かっているのか、オレ達が長年かけて築き上げてきたゴクレンジャーのイメージを壊すような真似をした……それでも元特待生か!!」
「違う!元特待生じゃない!あやめよ……花岡家のあやめさえいなければ私が兄さんと共にゴクレンジャーになっていたのよ!!」
「……えっ?」
白鳥兄妹の通話を……偶然にもベビーが聞いた、こっそり隠れながら話を聞き続ける。
「……やはりお前は期待外れだ、花岡家のせいにしておけば自分が惨めにならない、戦う存在の器にも満たない腰抜けのピンクで欠陥品」
「な……何よ、兄さんが私の番組来れなくなったのが悪いでしょ!普段カメラで甘い顔してる貴方が出て、あの子娘を目の前でボロクソにこき下ろしてくれるだけで良かったのにそんなに国家保安部隊の方が大事なの?」
「慎め、自分で巻いた火種は自分でなんとかしろ、お前にもゴクレンジャーの器があると思うならその程度出来るはずだ、イエロー、緊急コールを切れ」
「了解なんだぜ」
ブルーからの通話は切れた……電話だけじゃない、人としての縁さえも切られたような感覚、最近は邪険にされることは多かった、それだけじゃない……花岡あやめがピンクになってから、ブルーはあやめを優先するようになった。
それどころか人が変わった、国家保安部隊からゴクレンジャーになって、一族代々支えているのは白鳥家だって同じはずだ……彼女達と何が違う?
自分は優れている、花岡家とは違う……。
「さくら……花岡さくらぁ……!!あやめより先に……あいつから、消してやる……!!」
もはやいぶきの理性はどこにもなかった。
――
しかしその一方で逆に理性を取り戻したものもいる。
ブルーが通話している間、Aクラスセキュリティが開かないのでのんびりしていたスノーホワイトはというと、ブルーの言い回しが妙に引っかかっていた。
期待外れ……そんな言葉がなぜか残り続ける、自分が言われていたわけでもないのに、どうしてか残る。
そして脳内で何かヒモのようなものが切れた……まるで、何かしらの暗示が解けたかのように、あるいは何かをリセットしたような……。
「ん……んん、そうか、そういえば……いや、そうか、俺は……今回の記録は11か……まあいい方?問題は……どう考えても命の危機って感じだ」
まるで人が変わったようにホワイトスノーの動きが変わる……そういえば、ホワイトスノーは記憶喪失と聞いている、もし戻ったのであれば色々と都合のいい情報が手にはいるかもしれないが……ホワイトスノーの動きが止まる。
「なんだ?このスマホ……ふむ、少なくとも張り付いてるってことはろくでもないな、斬り落とすか」
カガミさんを確認すると刀で普通に右腕を外し、即座に再生して片手で天井を破壊し、触手のように伸ばして逃げ去っていく。
現在のスノーホワイトは記憶が戻っているが今の状況が分からない、喪失時の行動を記憶喪失回復時に忘れるパターンもあるらしい。
ブルーとしてみれば、機密情報が漏れなかったこと、偶然にもスノーホワイトを無力化?したこと……何より、ホワイト・レボルシオンに深く関係する貴重なデータ、カガミさんを置いていったこと、これだけでお釣りが来る。
そしてゼレットの方も、ホワイトスノーの反応が途絶えたことに気付くと手を空に向けて撤退の構え、コバルトもよく分からないが……少なくとも今回は助かったのかもしれない。
(おっと……そうだ、さくらちゃんがどうなったか気がかりだ、今ネットニュース見たらイエロー関連で炎上もしてるしなぁ……さくらちゃんが花岡家の人間なのはなんとなく察しがついとったが、触れないのがあの子のためだな)
コバルトは複製された戦隊遺伝子を届けるためにまた研究施設を抜け出し、さくら達の元へ急ぐ……。
しかし、すべてを思い出したスノーホワイトもまた同じ場所へ向かおうとしていた、見覚えのない服、何かあった道具……自分は間違いなく大きな問題を起こしている。
それでも会いに行かなければならない、彼女に。
――
休憩時間が妙に長い、対応に追われているのだろうか?何にしてもさくら達に考える余裕があるだけ充分だった、なおイエローが食べなかったメニューは結局マゼンタとベビーは責任取って完食した。
花岡家のこと……受け入れるには時間がかかると思っていたが、ベビーとマゼンタにとっては些細なことだった。
「お前にとってはもう関係ない家族……のつもりだったんだろ?ならオレ達にとってもそのままでいいよな?」
「そうだよね、あたし達はさくらちゃんが花岡家って知る前からの付き合いなんだし、それでさくらちゃんがピンクになることが決まってるわけじゃないもんね」
「ええ……むしろあの方達は私がゴクレンジャーに入ることを好まないでしょうし、嫌がらせの一つや二つはしてくるだろうと思ってました……ただ、気になるのは今のピンク、花岡あやめさんのことです」
さくらも花岡家で教育されて色んな人間関係は頭に入れているが、自分の身内にあやめという名前がいた覚えはないし……ピンクの顔は何回も見てきたのだがプライベートで見たような覚えも全くない、自分のように嫌気が差して花岡家を絶縁したのだろうか?さくらの中で一度ピンクに会いたいという気持ちが渦巻くが……一つの可能性に至る。
白鳥いぶきは、自分を餌にしてあやめさんを……ピンクを誘い出そうとしているのではないか?
「だとしたら危ないのはピンクさん……いえ、仮にもゴクレンジャー、イエローさんも一応いますし心配するまでもないとは思いますが」
そうこうしていると、次の種目の時間が来たと突然アナウンスがかかる……こんな調子にもなって番組が進行出来る面の厚さが凄まじい。
「順番的には最後はあたしだよね」
「ベビーさん、気をつけてください……あの人が何かしら関係しているのは花岡家ですが、貴方に何もしてこない保証はありませんし」
「大丈夫大丈夫……それに、あたしもちょっとあの人とはね?」
ベビーは全く気にしてないような素振りで、楽屋を抜けていく。
ここまで過ごしてきてさくらは実感している、自分が会ってきたなかで……桃の園でピンクになるために最終的に脅威にってくるのは彼女だ。
(シエルさんだったら、私のこと知ったらなんて言うんだろうな……いや駄目だ、どう考えても文句しか言ってくる姿が見える……)
――
第三種目の内容は模擬戦。ピンクとして怪人にトドメを刺さずに鎮圧させるという、テレビに出る候補生達にとって己の可憐さと実力をアピールする一番のメインイベントである。
さくら達のグループからは、ベビーが出場することになった。
相手は、候補生達が唯一相手できるDランク『シーカー級』の大群。スタジオ内に放たれたおびただしい数の下級怪人たちを前にしても、ベビーの表情に焦りはない。
速攻で終わらせるため、ベビーは静かに息を吐き『極活法』の構えを取る。その身に宿る氣を高め、一気に制圧しようとした、その時だった。
ドドドドドッ……!!
突如、スタジオ全体を揺るがす激しい地鳴りが発生した。
直後、会場の奥の壁が凄まじい轟音と共に吹き飛ぶ。もうもうと舞い上がる粉塵の中から姿を現したのは、まるで恐竜のような無骨なシルエットを持つ巨大な戦車だった。
セットを無惨に踏み荒らし、機材を薙ぎ倒しながら暴れ回るその威容……それは、本来ならばこんな場所に持ち込まれるはずのない代物だ。
「学生時代には使わずにとっておいた対グァモンス級決戦兵器『T・ラミー号』……! まさか花岡家以外で使う事になるなんてね!」
装甲越しに響き渡る、狂気を孕んだ甲高い声。中に乗っているのは白鳥いぶきだ。
彼女はT・ラミー号に搭載された全ての武装を惜しげもなく乱射し始めた。ビームや実弾がスタジオ内を飛び交い、瞬く間に阿鼻叫喚のパニックへと陥る。
「ベビーさん! 皆、逃げて……!」
さくらは咄嗟に援護に向かおうと足を踏み出した。だが、その動きは強制的に止められた。
突如として、さくらの目の前に一人の男が立ち塞がったのだ。
ホワイト・レボルシオン幹部。エレボス細胞を操り、Aランク怪人『ウィドー級』すら生み出すことのできる、さくらにとっては宿敵にも等しい存在。
スノーホワイト……!
しかし、以前遭遇した時と明らかに様子が違う。いつも右手に張り付くように装着されていた、彼の監視役であり指令塔でもあったスマートフォンが存在しない。そして何より、その顔つき。かつて僅かに残っていた感情の揺らぎや人間らしさのようなものが、今は完全に抜け落ちているような、底知れぬ不気味さを漂わせていた。
息が詰まるようなプレッシャーに、さくらは指一本動かすことができない。
「よう、間に合った……わけないよなあこの状況、さてどっちに意識を向けるべきか?」
「何の用ですか……こんな時に!!」
「……喧嘩はしたくない、今どんな調子かな」
一方、暴走するT・ラミー号は、真っ直ぐにベビーの元へと突進していた。
さくらが介入できない中、ベビーは逃げるどころか、迫り来る巨大な戦車を正面から受け止めようと両腕を突き出した。
軋む金属音。巨大な質量と激突したベビーの身体が後方へ押し込まれるが、彼女は驚異的な膂力でそれを食い止める。
しかし、いぶきは容赦しなかった。至近距離でT・ラミー号の主砲が火を噴く。
放たれた砲弾がベビーの腹部を直撃し、爆炎と共に彼女の小柄な身体が数十メートル後方へと吹き飛ばされた。
瓦礫に埋もれ、動かなくなるベビー。
「……あなたって、ブルー様の妹だったんだね」
だが、土煙の中から聞こえてきたのは、苦悶の呻きではなく、平坦で落ち着き払った声だった。
瓦礫を押し退け、ベビーがゆっくりと立ち上がる。服は煤け、所々破れているものの、その瞳には暗い炎が宿っていた。
「……嗅ぎつけられるとはね。面倒な番犬を抱えていたものね」
モニター越しに見下ろすいぶきの声には、隠しきれない憎悪が滲み出ていた。
「花岡家の女は……全部めちゃくちゃになって壊したくて仕方ないわ。花岡あやめも、さくらも、同じ憎しみを分かち合いながら手を差し伸べない兄さんも、全て憎い!!」
本来ならば怪人に向けられるべき重火器の照準が、ベビーの頭上にぴたりと合わせられる。明確な殺意と、ドロドロとした私怨が、次弾に込められていく。
「あなたは所詮は、この舞台ではただのエキストラ! 花岡さくらを引っ張り出せればそれでよかった……大人しくその他大勢に紛れていれば良かったものを……身の丈を知りなさい!!」
鼓膜を破るような轟音と共に、爆風を纏った主砲が再びベビーの頭をめがけて撃ち込まれた。
だが。
ベビーは怯えるどころか目を瞬きもせず、真っ直ぐに飛来する砲弾へと両手を伸ばした。
ガシィッ!!
まるで、飛んできたドッジボールをキャッチするかのように。彼女はその恐るべき威力の砲弾を受け止め、動きを完全に殺した。
そして、両手にギリギリと力を込める。メキメキと嫌な音を立てて、砲弾が拉げ、ひしゃげていく。
「あたしねえ、いっぱいトレーニングしたよ。体型を維持しながら入学まで強くなる方法、いっぱい考えた。ブルー様の使ってた極活法は、痣が出来るまで練習したし、何回も骨折したし。この服もねえ、ツボ押しの後遺症が見えないようにデザインを全部考えたの。オーダーメイドで高いから、バイトも頑張った」
「ど……どうなっているの!?」
いぶきの声が裏返る。モニターに映る信じがたい光景に、彼女は戦慄した。
「保安部隊のプレス機でも潰れない合金製よ!? まさか……極活法の力!?」
「あたしはね、ヒーローは特別目指してないけど、ブルー様の道を全力で走るのが好き。動機が不純だって言われても、画面の先のブルー様のもとへ全速力で走るのが大好き」
ベビーは、ひしゃげた鉄屑となった砲弾を無造作に放り捨てた。
そして、一歩、また一歩と、T・ラミー号へと歩み寄る。強力な兵器をまるで子供の玩具のようにあしらい、一切の攻撃を寄せ付けずに迫り来るその姿は、いかなる兵器も通じない映画の怪獣そのものだった。
「でもね、あたしにとってお前は、ゴクレンジャーを利用したことよりも、ブルー様を侮辱しそうになったことよりも更に――」
ベビーの瞳が、凍りつくような冷ややかな光を放つ。
「さくらちゃんの夢を嘲笑うような真似をしたお前が、何より嫌」
ドクン、と。
いぶきの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
特待生と見習いの決定的な違い。それは、本能的な危機管理能力の高さにある。ランクの違う怪人に対する勝率を何かしらの感情で表現し、生存のための選択を誤らない力を持つこと。
……今、いぶきは生涯二度目の『本物の感情』を抱いていた。
それはかつて、兄・良夜に連れられてある場所へ行き、初めて『エレボス』と目が合った時と全く同じ感情。
圧倒的な、抗うことすら許されない絶対的強者に対する根源的な恐怖。
(殺される……殺される!!)
「チェンジ!!起死竜凰!!」
焦りのあまりいぶきは非常ボタンを押してT・ラミー号の変形ボタンを押すと、かたちがみるみる変わっていきティラノサウルス型のロボットに変化する。
噛み砕かなければ、踏み潰さなければ……自分が終わる。
自分が死にたくないから、アレを潰す。
あんな化け物を怪人と呼ばずしてなんというのか、無我夢中でベビーに近付けるが……ここに来て手を挙げる……降伏ではない、ツボ押しの体勢!
ベビー・キャロルが覚えている3つ目のツボ、それは背中から伸びる骨のすぐ近く。
「極活法・43柱……正義に仕える5本の剣の巻!!」
ツボを押した途端、ベビーの左手組から突き出されるように骨が飛び出して長く伸び……まるで騎士竜の剣のようになったあと……T・ラミー号の構造を綺麗に真っ二つにして……爆発と共に骨が砕けて割れた。
藍の波止で極活法の異常実験を受けたベビーは一分も持たず副作用が来てしまうものの、その出力を瞬間的に強化するものになっていた。
「あっ、そうだ!さくらちゃんをなんとかしないと……ああでも、一応この人の安否を……ああでも今はさくらちゃん!」
葛藤の末にベビーは一度さくらのところに戻ることに、ここまで大惨事になれば生放送と言えど二度と表舞台には上がれないだろう。
……スクラップになった戦車の残骸から手を伸ばす影があり、それがまだ生きていることを示す。
誰もいなくなったスタジオで手を伸ばして掴んだのは……ブルーだった。
「いぶき、心配はいらない……お前の命は無駄にならない、ここで死ぬこともない、お前の人生は国家保安部隊が繋ぎ止める、未来のため、正義のために……しかし、まさかベビー・キャロルがあそこまで覚醒するとは、あの遺伝子を採取すれば……」
――
そして視点を一旦さくらの方へ戻す、今更対話を試みるわけもなくさくらはスノーホワイトに攻撃を仕掛けるがそのすべてを避けられる……やはり、以前と違い何か積極的だ、以前の怠惰な思考をしている彼なら仕事以外のことは全くやる気を出さないはずだがその目に曇りがなくなったように見える……。
「貴方一体何なんですか!?」
「さあね!俺にもわかんないよ!分かることと言ったらついさっき記憶喪失から目覚めたばかりで、お前に会う必要があるってことだ!戦隊の力を与えるために!」
「記憶喪失から目覚めた……戦隊の力を?」
どこまでが事実だ?記憶喪失から目覚めたのは事実だ、しかしそれでは……彼が言う事全てが本当とする場合、本来なら味方という事になる……そんなことあり得るのか?
だが結論をつけられなかった、いや……正確にはつける前に横槍するものが跳んできた、無数の手裏剣、暗器。
「秋葉蓮蛇か!」
「あ……アキバレンジャー?非公認の?確かあいつの起こしたコンテンツショックで版権作品は軒並み……」
スノーホワイトが今重要そうな事を言ったが、その目線はしっかり追撃を捉えて振り下ろされる足を肘で受け止める、どうやら秋葉蓮蛇が続々と集まってきたようだ。
衝撃で少し地面に沈むが全く堪えておらず、背中から竜の翼を生やす。
「どうやら間が悪いようだな!一旦お預けだ!時間がある時に金の久遠に来い!!」
ホワイトスノーは飛び去っていき……遂に何も残らなかった。
追撃のために跳んできた者はその後ろ姿を見て引き返そうとするが、さくらはそれを引き止める。
「行かないでっ……ください、やっと……やっと会えたんですよ、シエルさん」
僅かな間とはいえ離れ離れになっていたのが、ようやくシエルと再会出来たのだから。
……しかしシエルは何も言わずその手を振り払う、その目はかつての記憶をなくしていた最初のホワイトスノーのような顔をしており、そのまま去っていった。
「シエルさん……」
その後、今回の事件はニュースで何度も取り上げられてゴクレンジャーならびに国家保安部隊は白鳥いぶきによる独断の犯行と表明され、そこで終わることになる。
そして白鳥いぶきの安否は現在、確認されていない。