「ホワイト・レボルシオンの狙いは……私?」
さくらはスノーホワイトの言葉に目を瞬かせた。
まだ桃の園に入学して間もない……それどころか、話を聞く限りだと、彼らはさくらが桃の園の門を叩く以前から、彼女の存在を徹底的に調べていたように思える。
実際スノーホワイトの初めての任務は、入学当日……作り出したAランク怪人のウルフウィドーを囮にして養成校の筆記テストを盗み出すという一見すると回りくどいものだった。
あれも、さくらの動向を探るための布石だったとすれば辻褄が合う。
「金の久遠に行く前にレボルシオンの本部……ほらあのデカいロボに潜入してエレボスの遺伝子構造の情報を奪い取ってきたんだよ。ここに来る前に確認のため事前に調べておいた」
スノーホワイトは散らかっていた冷凍食品のゴミを足で避けながら、淡々と語り続ける。
ホルモン異常によって怪人が作られるなら、そもそも何故『エレボス』という存在が生まれたのか。怪人の元になるエレボス細胞は男性ホルモンであるテストステロンが由来であることは前もって聞かされている。
生まれながらに個人差はあるもののそのホルモンは女性の体内にも微量ながら存在している。
この微量なテストステロンを活性化させるのだ。
「つまり、資料が正しければエレボスは必ず『女性』から変質して生まれるものだ。だが書いてある続きによると、ただ身体的な条件を満たしただけでは相応しい存在にはならないらしい」
最後に肝心なのは、精神的な支柱だ。
『女性=ピンク』というサポート特化の裏の存在でありながら、一番になりたいという強烈な負けん気や、戦いを欲する激情を持った者……それこそが、新しいエレボスを形作るための器として不可欠なのだという、更に書き足されたように記されている、『今のエレボスは優しすぎた』と。
平凡の裏に異端があり、同じく不幸の裏に幸福がある。では、誰が不幸を被らせる?
犯罪者か。それとも人を喰い物にする財閥か。いや、それではいけない。ただ不幸が連鎖するだけだ。
スノーホワイトが読み上げた資料の最後には、こう記されていた。
「『不幸を請け負い背負うのは、森羅万象未来永劫の“幸せを望む者”だ』……つまりお前だよ。ホワイト・レボルシオンの目的とは、花岡さくらを最終的にエレボスに変質させることだな」
突きつけられた残酷な真実に、さくらは息を呑んだ。
レボルシオン側に現在エレボスが存在しているのかどうかは今のスノーホワイトには知る由もない、指示を送っていたのはカガミさんというAIで本物に会ったことはないという感覚も残っている。しかし確実なことは、向こうは新しいエレボスの器として、さくらを選んだということだ。
そのために彼女を野放しにし続け、泳がせ、最終的に真なる平和の象徴――彼らの歪んだ理想を体現する存在に変えようとしている。
だが、それでもまだ全てが納得いくわけではない。肝心な理屈が抜け落ちている。
彼らがエレボスを新しく作ろうとしていること、自分が狙われているということで、怪人はどんなに倒しても無限に作り出されようとしていることは事実らしい。
しかし……ならば、なぜゴクレンジャーは戦いの繰り返しのみで、怪人の根本的な根絶を試みないのか? ゴクレンジャー側が、永遠に戦い続ける道を選ぶ理由が分からない。
いや、ゴクレンジャーの周辺にも、ひどくきな臭いものがあるのだ。さくらは最初にスノーホワイトと戦い、戦隊遺伝子を初めて取り込んだ直後、すぐに藍の波止へ送られて遺伝子実験を受けている。今思えば、対応があまりにも用意周到すぎた。
「空論に近い話ではありますが……」
さくらは震える声を抑え込み、通信越しのコバルトと目の前のスノーホワイトに向けて口を開いた。
「国家保安部隊とホワイト・レボルシオンは、裏で結託……とまではいかなくとも、互いに内通者が存在するのではないですか?」
「そりゃありえるな」
スノーホワイトは深刻な顔で頷いた。
「ホワイト・レボルシオンは、俺の知る記憶だと、元々『新しい国家保安部隊』として運用される予定だった組織だしな……。しかし、そうなるとちょっとまずい想定をしなければならない」
ホワイト・レボルシオンが国家保安部隊と手を組んでいる、あるいは情報が筒抜けになっている場合。
国家保安部隊には、藍の波止で採取されたであろう花岡さくらの何かしらの遺伝子データがある。そして、レボルシオンにはエレボス細胞が存在する。
もしも、その2つを意図的に組み合わせたとしたら……。
その最悪の事態が、決して空想などではない事実かもしれないことを裏付けるかのように。
『――ウゥゥゥゥゥン!!』
突如として、地下工場全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。
赤色のパトランプが回転し、規則正しく動いていた機械の駆動音をかき消していく。
「なんだべ!? この周辺から、どんどん迫ってくる特別な反応があるぞ!」
コバルトの焦った声が通信から飛び込んでくる。
響き渡る重い足音。巨大な質量が近づいてくる圧迫感。
そして、暗がりの中から姿を現したのは――。
怪人の始祖にして、Sランク怪人。
本物の『エレボス』が、今、この場所に迫り来ていた……!!
スノーホワイトは座ったままかつて持っていた極武器の妖刀ではなく、全く新しい……というよりは本来使い慣れていたような手応えの刀を抜いて構える。
「出来るなら逃げたほうがいいぞ、俺は向こうからすれば裏切り者だし記憶が戻ったとなれば向こうにとって俺は邪魔なだけだ」
「……どうする、オラとしては特待生として見習いには助かってもらいたいが今来そうになってんの前に藍のはと襲ってきたやつと同じだ、ちょっとでも情報が……」
「いえ……二人とも、どうやら考えてる暇はないみたいです、特にシエルさんにとっては」
「エレ……ボス…………!!」
これまで人形のように全く無反応だったシエルがエレボスの反応が近づくにつれてその目を開き、今かと待ちわびているかのように足で先制攻撃の構えを取っている。
感情を抑えられようが心体の機能を極限まで停止していようが……自分からすべてを奪ったエレボスへの復讐心は簡単に消えることがない。
そして反応がピークに達したその瞬間、まるで限界まで引き伸ばしたゴムが離されるかのように足が音速で放たれ、空から落ちてくるカプセルを一気にへし折る。
しかし、折れて落ちてきても内部にダメージは少ないのか、そのままカプセルの扉を拳でこじ開けて……遂に中のものが出てくる。
それはあまりにも最悪すぎる予感が現実になったもの、中から現れたエレボス……らしきものはホワイト・レボルシオン製のようだ、自分達のゴクレンジャースーツのような服装だがそのカラーリングはどこでもない白にWのイニシャル、姿形は完全に人間。
そして……自分と同じ髪型、髪の色……身長は遥かに高く、顔つきは自分によく似ているがどことなく男のような形状。
これは……紛れもなく花岡さくらを軸にしたクローンによるエレボスだ。
さくらは恐る恐る……そのエレボスへの警戒を崩さず顔を見る。
「貴方は……私、なんですか?」
「……なるほど、君はいわゆる僕のオリジナルというやつか、君かと言われると少し僕も悩むところだが一応僕個人としては別人の体で生きているつもりだね」
「では質問を変えます……話で聞いたものとは別人、更に言葉も通じますし……怪人なんですか」
「……さあ?僕は人間かどうかも曖昧だ……生物の定義が性別の有無なら僕はそれから逸脱した怪人ともいえる……分からないことだらけなら自己紹介をしよう」
「僕の自認名はアダザクラ・ブレドラン34世、長いならダザクでいい」
「なっ……今お前の苗字なんて言った!?ブレドラン!?」
真っ先に反応したのはスノーホワイト、よくわからないがブレドランという種族はかなり特殊……というか戦隊の歴史においても特別な立ち位置があるらしい、ダザクは作られた経緯的に直接ブレドランと関係があるわけではないが意識した名称であることは確かだろう。
ダザクは知っていることを全て話していく。
「種の存続のために僕は作られた、一応名前をつけておくとエレボス人というのか?僕のような新人類に人々を変えることで地球は生き残れるそうだ……一応見てるんだろう、そこから誰かが……だから説明しておこう、エレボスである僕はさっきも言ったように性別はないがあるとも言える」
「僕の性別は『双性』男性ホルモンと女性ホルモン、どちらも一定量持ち合わせているんだ」
そしてダザクは、自身の数奇な出自を語り終えると、ふと周囲の工場設備へと視線を巡らせた。
「僕がここに来た理由はね、個人的な趣味でこの金の久遠の地下にある巨大工場を占拠するためさ」
あまりにも簡潔な宣告だった。目的を問われれば「欲しいから」と、まるで子供が玩具を欲しがるような無邪気さで淡々と告げる。
その悠長な空気を切り裂くように、動いた者がいた。シエルだ。
先ほどまで人形のように全く無反応だった彼は、限界まで引き伸ばしたゴムが放たれるかのような音速の動きで 、目にも止まらぬ連続技をダザクに叩き込もうとする。
しかし、ダザクは一切の焦りを見せない。彼の手には、先ほどスノーホワイトが足で避けていた散らかった冷凍食品のゴミ、
――そこに紛れていた、ただの『割り箸』が握られていた。
「なっ……!」
「マジかぁ……!?秋葉蓮蛇でも相手になんねえってか!?」
殺意に満ちたシエルの連撃が、脆い木の棒きれ一本で完璧に受け止められていく。ダザクは軽く体をひねると、舞うような滑らかな動作で反撃に転じた。
「『極ブレドラン拳法・エンターテイナー』」
軽やかな呟きと共に放たれた特別な技は、シエルの死角を正確に打ち抜き、彼をいとも容易く吹き飛ばし追い込んだ。
だが、シエルが倒れ伏した直後、工場の暗がりから次々と新たな反応が現れる。無数の人影――その姿は、どれもゴクレンジャーの『イエロー』に酷似していた。
「なんてこった……国家保安部隊が作ってたのは遺伝子だけじゃないってことか」
スノーホワイトが戦慄交じりに呻く。
金の久遠の表向きの顔はイエローの養成校だ。しかし、その裏では数々の製品を量産し、外の世界に流通させている。
だが彼らが作っていたのは工業製品だけではない。『生徒』そのものも作られていたのだ。
目の前に現れた機械仕掛けの生徒たちを見れば、さくら達が過去に出会った現役のイエロー『名月60号』もまた同じ造り物であったことは想像に難くない。
一斉に群がるイエロー軍団。しかし、相手はこんな見た目でも本物の『エレボス』だ。ゴクレンジャーしか想定していない、Sランクの怪人 。
どんなに人に似ていようとも、大人数の攻撃はダザクの前に全く通用しない、極武器の斬撃すら平然と受け止めたった一人で機械の群れを圧倒していく。選ばれた人間でしか太刀打ちできない圧倒的な力の差がそこにあった。
次々と破壊されていくイエローたちを見つめながら、さくらは震える声で傍らの男に問いかけた。
「一応聞いておきますがスノーホワイトさん、貴方なら勝てますか?」
「無理、多分無理……記憶は戻ったけど俺、昔と比べると結構弱体化してるんだよ。もちろん弱音吐くわけにはいかないからやってみるが……隙をついて、そこのメガネ引っ張って逃げろ」
スノーホワイトが囮となり、さくらが倒れたシエルを連れて撤退する。二人が覚悟を決め、逃げ出そうとしたその時だった。
突如、戦いの流れが大きく変わる。
イエロー軍団を全滅させたダザクの動きが変わり、真っ先に向かっていったのは、さくら達への追撃ではなかった。稼働し続けるベルトコンベアから絶えず流れてくる、完全養殖加工のマグロの刺身だった。
ダザクはそれらを両手で掴むと、異常なペースで次々と口に運び、貪り食い始めた。驚異的なエネルギー摂取。
そして、腹を満たした彼は、まるで機械のスイッチを切られたかのようにその場にバタリと倒れ込み……深い睡眠状態へと入ってしまったのだ。目の前にまだ、さくら達という敵が残っているにも関わらず。
沈黙が降りた地下工場で、スノーホワイトは事前に潜入して確認していたエレボスの資料 を思い返しながら、呆然と推測を口にした。
「エレボスは奴の言うことが本当なら性別がない、つまり種を残す必要がないから性欲が存在しない……みたいなことは書いてあったが、まさか残った二代欲求……食欲と睡眠欲が異常活性してる、俺はそう推測している」
男性ホルモンと女性ホルモンの両方を持ち合わせ、生物の定義から逸脱した存在 。その特殊な生態系がもたらした、極端すぎる本能の暴走。
……結果的に、さくら達は助かった。圧倒的な絶望をもたらすはずだったエレボスの、強烈な生存本能のおかげで。
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その後、エレボスが現れたことでゴクレンジャーも来るだろうと待機していると本当に数分も経たず現れる……それもリーダー格のレッド、スノーホワイトにとってもさくらにとっても久しぶりの再会となる。
さくらはレッドにこれまで起きたことを全て話すと、何も言わず受け入れてくれた。
ダザクについては、睡眠中の隙を伺って捕獲されて藍の波止で研究に回されることになる。
「そうか……さくらちゃんを元にしたクローンによるエレボス、厄介なことになったな」
「まあな、俺ももう少し早く目覚めているが……何、俺だって記憶が無かった頃にやったことだから関係ありませんとは言わん、捕縛でも人質でも好きにすればいい」
と、スノーホワイトも一旦レッドに預けられることになり……話したいことはまだあるが自分達も休まなければならないというところで、ふっ飛ばされていたシエルも目を覚ますが……。
「ん……ああ?私は……私は確か……なんだチビ、ここはどこだ」
「え……あ、シエルさん!?私のことわかりますか!?」
「ちんちくりんで小汚い顔が近いから近寄ゲボォ!!」
「いつも通りのシエルさんだ!」
「今お前エグい勢いであの子の顔面殴らなかった!?」
なんとダザクとの戦闘によってシエルの停止していた機能が活性化して元の人格に戻っていた……しかし、その時の記憶はほぼ断片的なものになっているらしく、また改めて全部説明し直さなくてはならないと思うと苦労が絶えないことだろう。
何はともかく背負って帰ることにしたが、レッドに連れられて連行されていくスノーホワイトとレッドは意味深な言葉を残した。
「桃の園で新しく入った6人目……シャドウって名前だったか?あいつのことは気をつけたほうがいいぞ」
「ああ、分かっている……奴は、俺たちとは違う存在だ」
「……レッドさん?」
「あっいけねえ忘れてた!お前に戦隊の力をくれてやる約束だったな……受け取れ!3人分だ!」
別れ際にスノーホワイトは3つのアンプルをポケットから取り出し、さくらに投げ渡してまた別れていった……。
――
桃の園に向かいながらシエルにこれまでのことを全部話すさくら、藍の波止に送られてから遺伝子実験を受け、相田に助けられ……この後すぐに白鳥いぶきによる特別番組に参加させられて……花岡家のこともつい先ほど起きたことまで全部話したが、まだ一ヶ月にも収まらないペースでこれだけのことが起きている。
「なるほど……私が頭空っぽになっている間に面倒ばかり起きたか、だがエレボスの事はいい収穫になった、このままのさばる限り永遠に戦いは終わらない……」
つまりはこのままゴクレンジャーになったとしても、元の流れを変えない限り何も変わらない、完全にエレボスを断つためには丸ごとルールをぶっ壊さなくてはならない。
まだ身体は痛むはずなのにシエルは考察を繰り返す。
「今我々が会ったのがお前を元にして生まれた後天的なエレボス……そうなれば国家保安部隊は必然的に把握している……私の家族を殺し、街を荒らした本来のエレボスも存在してなければ成立しない……ダザクだったか、奴はどこに収容される?」
「あの生き物は一応怪人ということになっているので……藍の波止!」
「そうだ、とすれば同胞を助けることでもあれば奴は必ず来る……あるいは同じ遺伝子を使っている場合、両方のエレボスが秘匿されている……が、私にも分からないことがある」
シエルがほんのりとだが直前のことは覚えている、人間のクローンを由来しているから他とは違う特別なのかもしれないが……ダザクには明らかに感情があった。
怪人に感情は存在しないはず……しかしダザクだけではない、ホワイト・レボルシオンが送り込んできた怪人は知能があり心を感じられた……これまで教えられてきたものと大きく異なる。
「それでチビ、これからどうするつもりだ」
「花岡あやめさん……ピンクに会いたいです」
現役ゴクレンジャーに遭遇することもあったが、レッド、ブルー、イエローのみで未だに自分達のカラー、後を継がなくてはならないピンクを見ていない。
彼女はどこにいるのだろうか?
「怪人といえばシエルさん、怪人嗅癲癇発作は大丈夫なんですか?」
「誰から聞いた?その病気はずっと続くわけでもない、何時間か安静にしていれば楽になるぞ」
「えっ……シャドウ先生は発作を抑えるために、シエルさんをあんな風にして、そういう人達を集めて秋葉蓮蛇を結成……」
……スノーホワイトは言っていた、シャドウには気をつけろ。
シャドウの言動も思い返してみると互いに知り合いであるかのような感覚だ。
本当に気をつけなければならないのかもしれない、あの男のことは……。