「さすがに早い……僕でも本気で後ろを追うのが精一杯だな、どこまで行くつもりなのか、レッドは……」
壁を蹴り、ビルを駆け上がり、一気に空高く飛び上がって前方を追うダザク。
クローンとして生み出されたその身体能力は常軌を逸しているが、それでもさくらを片腕に抱えて飛翔するレッドの背中はなかなか遠く、容易には追いつけない。
一方で、レッドに拘束され、恐ろしい高度と速度で空を運ばれているさくらは……こんな状態でも一切怯えることなく、至って冷静にレッドへと言葉をかけ続けていた。
「レッドさんも、私をエレボスにする気だったんですか?」
「そうだ」
風切り音に負けない、短くも力強い肯定。
「不幸を請け負い背負うのは、森羅万象未来永劫の“幸せを望む者”……ホワイト・レボルシオンでスノーホワイトさんが見つけた資料を書いたのは、レッドさんですか?」
「そうだ」
レッドは隠すことなく、全ての真実を認めた。
現在のピンク――花岡あやめは、あまりにも優しすぎた。
それゆえに、世界中の不幸を背負い込む怪人の器としては限界が来ていたのだ。
次に必要なのは、一番になりたいという強烈な負けん気や、自ら戦いを欲する激情を持った者。
だからこそ、レッドたちはピンクの桃の園を女性限定の養成校とし、あえて「サポートに特化させる」という偏った教育を施す環境を作り上げた。
女はピンクにしかなれず、後方に下がるしかない。そんな理不尽な世界で反抗し、前に出続けたいという熱意を燃やす人間――すなわち、今の花岡さくらのような女性を『最高のエレボス』として選別し、作り上げるために。
最初からその為に作られた。
「さくらちゃん、君が平和を望むのなら、このまま新たなエレボスになれ……。無論、ホワイト・レボルシオンのように邪な考えを持った者たちの食い扶持にはさせない。我々が完全に防護する。エレボスとは、真に幸せを望む者にこそ相応しい器なんだ」
「まだ、私は納得できないことが多すぎます」
レッドが人々の幸福を望んで行動していること、その理念自体がまやかしではないことは、彼の声色から理解できた。
それでも、到底受け入れられない。なぜ怪人を人から作らなければならないのか。なぜゴクレンジャーがそれと戦うというマッチポンプの構図を作り上げたのか。それがどうして、人々の幸福に繋がるというのか。
だが、その大義名分よりも真っ先に、さくらには聞かなければならないことがあった。
「まず真っ先に聞きたいのは、私が……あの人と同じ、あるいは国家保安部隊にとって重要な『花岡家』の人間だから、あの時助けたんですか?」
「いや……それはない。10年前、怪人から君を助けたのは誰の指示でもない、オレ自身の意思だ。……しかし君はあの時、確かに感じただろう?『幸福』を」
レッドの言葉に、さくらは息を呑む。
「世界には、幸福の裏返しとして様々な『苦痛』がある。だが、その本当の辛さは他人にはほとんど伝わらないものだ。例えば……とある病院の、重症患者を例に挙げよう」
レッドは空を駆けながら、静かに語り始めた。
「昔から入退院を繰り返し、理由もない不安と恐怖に押しつぶされそうになっている患者がいた。ある日、その患者は盲目を治す手術をした。初めて光が見えるようになった時、患者は感動し、そしてひどく恐怖したんだ。……手にも届かない外の世界が、あまりにも美しすぎたから」
さくらは黙って耳を傾ける。
「別の日に、今度は薬を飲んで聴力が回復した。人の言葉が聴こえ、楽しく会話をした後……その患者は一人で嘔吐した。突然降り注ぐ『幸せ』の受け入れ方が、分からなかったからだ。
周囲からの援助は受けたが、その人はただ生かされているだけで、何もできなかった。時間だけがありすぎるというのは、とてもつらいことだ。この恐怖は、身をもって経験しなければ本当の意味で知ることは出来ない」
その言葉の意味を、さくらは感覚的に理解できた。
食べて、寝て、ただ生き物のように過ごすことしか生き甲斐を感じられず、人間らしい幸福の在り方を理解しえない怪物。今もずっと自分たちの後ろを走って追いかけてきている、自分と同じ顔をしたクローン――ダザクの虚ろな在り方が、まさにそうだったからだ。
「だが全ての人間がこの根源的な苦痛や空虚さを知っているわけではないことをオレは知っている、その為にゴクレンジャーは生まれた」
レッドの声が、熱を帯びる。狂気とも呼べるほどの、純粋な正義の熱を。
「人間は、刺激がないと幸せを感じることは出来ないんだ。新しい刺激を送り続けないと、脳は体中に異常を発生させる……そういう構造なんだ、だから我々は、絶対的な『ヒーロー』と恐怖の象徴たる『強敵』を、全世界に発信して人間の五感に認知させ続ける。」
「……終わることのない戦いのドラマを見せる。すると人間は、強烈な刺激を受け取り、無意識のうちに『自分は存在するだけで価値がある』『明日も生きていける』と理解できるんだ」
それこそが、彼らの真の目的。
絶望(怪人)を与え、希望(戦隊)で救う。その極限のエンターテインメントを世界中に供給し続けることで、寝たきりの人間にも、遠い未来の人間にも、この当たり前の思想を説き続けることができる。
人為的に作り出された恐怖と救済のサイクルが、人々にレジリエンス(精神回復力)を与え、人類全体の幸福度を底上げする。
「全ての人間の精神は救える。それは決して、夢物語なんかじゃないんだ」
確信に満ちたレッドの横顔。彼は本気で、この狂ったシステムによって世界を救おうとしていた。
さくらはガッカリしてはいなかったし、不思議と解釈違いも起きなかった。
……ああ、レッドは皆の憧れるような神のごとき威厳のある存在ではない、結局は限界のある人間なんだ……そう思った。
「……その為にエレボスを作り、人々を怪人に変えて、こんな戦いを繰り返してるんですね」
「元から国家保安部隊が協力者ということでもない、人類絶滅の危機を食い止めるために染色体やホルモンの研究をしていることは君も存じている通りだろう、エレボスは女性ホルモンの研究によって生まれた最高傑作」
種という意味でも、精神的な意味でも人々を救う最高の平和主義者……それがエレボス。
レッドは本当に存在価値を実感するだけで幸福であれると信じている。
レッドは一度ビルに着地してから力強く飛び上がり……周囲から街全体が見下ろせるようにさくらに見せる。
「視野を広げろ、街を見るんだ……オレ達ゴクレンジャーが守り続けた幸せな人達が生きるこの街を……これは大切な話だ、オレ達ゴクレンジャーとエレボスの戦いは重症者は出たが死亡者は出していない、翠の庭園には行ったか?あそこはグリーン養成校であると同時に医療技術が充実しており、重症者は国家保安部隊からの援助を受けられて何不自由ない生活が出来る、仲間も増え怪我を負う前より幸せになった者も多い」
「見ろ、幸せだ!!オレたちの作った世界でみんな幸せだ!!」
「『傷の舐め合い』を幸せと履き違えるのも、大概にしろ」
――
その一方、シエルの方も状況を把握していた、さくらに前もって盗聴器を仕掛けておいた……なので戦闘中でもレッドの話を聞くことができたし……記録していつでも世間に公表することが出来るが無意味だろう、国家保安部隊やシャドウが揉み消すということじゃない、レッドが本気だからこそ何の問題にもなることはない。
「このくだらないマッチポンプに街は巻き込まれていたのか……何が幸福だ、人を傷つけて理解者気取りで立場を与え、苦痛という縛りで生き方を強制することが幸せだと!?そんな理屈が通るならドメスティック・バイオレンスを最初に実行した奴はノーベル平和賞受賞者だ!」
暴力と破壊の上に通る平和と幸福……その被害者こそまさにこのシエル・ローレンスだ。
重症者はいても死亡者はほとんどいない……その『ほとんど』に含まれてしまったのがいなくなった自分の家族とでも言うのか?
いや違う……それすらもついさっきまでは違うと分かった。
シエルが服用したアンプルの銘柄は『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』、極召喚法によって見た目は変わらないが肉体は大きく変質している。
その中でも一番変わったのが瞳だ、澄んだ水晶のような目になり透き通るように辺りが見える……メガネを外してもこれまで以上に鮮明に周りを見渡せるがそれだけではない。
……実は『ドンブラザーズ』はほぼ初期にしかない設定だが、作中に出てくる戦隊達は特殊なバイザーを付けることで常人には見ることができない特別な空間や人ならざる存在の正体を視認出来る。
今シエルの両目はそのバイザーと同じような状態といえばわかりやすいか……その状態なら怪人さえも本来の姿が見える。
瀕死の人間をベースに被さるように新しい命が移植される……その全てが誰かの命であり、目に映るもの全てが……いや、それだけではない。
自分があの時、怪人嗅癲癇発作にかかった時を思い出す……何故かかる理由も不明瞭だったのかまで。
「……敢えて、敢えてこう呼ばせてもらおう、この人殺しの化け物が!!」
「この時代のルールには、怪人を殺せば罰せられるなんてものがあるのか?」
なんと恐ろしいことだ、シャドウは知っていて怪人を……いや、それどころかこの振る舞いは、人間でも平然と命を弄ぶことすら気にしていないような……。
どうかしている、レッドも、国家保安部隊も、シャドウも……こんな形で世界平和を実現させようとしているのだから。
「必要なことだ、人類に必要なこと……まあ、国家保安部隊としてはゴクレンジャーが人々に何の疑問も持たせず幸せを見せてくれるのは都合が良いと思ったんだけどなぁ……」
「ホワイト・レボルシオンのことか……そうとしか感じられないとは思っていたが、やはり……あの規模の組織が突然出てくるとは思えん、国家保安部隊から抜け出した裏切り者だな、お前とは別の!」
国家保安部隊と同じ技術、同じ能力……自己顕示欲や権利の独占という動機も同じ技術を持っていれば、同じ人間としてありえない話でもない……むしろ常識的な怪人の悪用だ。
エレボスという最高傑作の絞りカスまで使い潰すつもりのハイエナ、それがホワイト・レボルシオンだ……しかし、シエルの反応とは違う答えが出た。
「ああ〜……いいねそれ、そういうバックストーリー採用、ゴクレンジャーとエレボスの戦いだけじゃ飽きも出てくる、特にまだ歴史は始まったばかりだからな」
「……な、まさか、お前……」
シエルが真実を広げる間もなくシャドウは一気に詰め寄ってシエルの腹部に風穴を開ける……これまでの極忍法でもない、エレボスの力でもない……これまでのあれこれを一人で表すような存在、ずっとなりすましてた、何かのフリをしていた……その片鱗がようやく見えた、それがずっとシャドウという立場を装っていた。
だがそれはもう関係ない、シエルは此処に転がっている怪人と同じになったから……。
と、シャドウは思っていることだろう。
しばらくして反応が途絶えた後……ゆっくりとフィギュアのようなものが怪人の内部から出てきた後に変形する。
「馬鹿め……仮にも忍術を教えていたのなら、変わり身の術くらい把握しておけ」
確かにあそこで貫かれたのもシエル、そしてここにいるのもシエルだ、どういう原理かというと、これも肉体にドンブラザーズの遺伝子を加えたことによるものだ。
『アルターチェンジ』、ドンモモタロウが得意としていた本来の肉体とは別の傀儡を呼び出して魂を移す……描写的にはゲームのアカウントを移転させるような形だ、シエルはドンモモタロウの力を継承したことによりアルターを自在に作り出せるようになっていた、これもあのビデオでドンブラザーズを観ておいたおかげでもある。
「……思っていたより大事になったな、今のうちにアルターを大量生成して各地にばらまいておくか、秋葉蓮蛇のメンバーにも連絡を入れておこう、問題はあのチビだな……」
得たものは大きい、これから相当面倒なことになるはずだが……手を借りれる心強い仲間だっている。
ひとまず自分に出来る事はこの情報を少しでも世間に公開させる……となると、桃の園にもいられなくなるだろう、シエルはベビーに連絡を入れる。
「悪いが先に荷造りの準備をしておけ、巻き込まれたくないのならこのまま他人のフリを通すんだ」
――
「暴力と崩壊と絶望を望む平和主義者なんて、この世に存在しません。心の傷は病気や虚無と違い、一生残り続けるんです。全てを切り捨てたくなるように」
さくらの冷ややかな、しかし確かな怒りを孕んだ声がビルの屋上に響いた。
きっと自分にはレッドの抱える狂気も、彼が例えに出した患者がずっと感じている抱く根源的な恐怖も、その本質までは理解できないのだろう。
だが彼らの思想はあまりにも穿ってしまっている。
幸福とは決して単純なものではないものだと思っている。
確かにゴクレンジャーの激闘が人々の心を掻き立て、熱狂させ喜ばせてきた事実はあるだろう……さくら自身も、かつてはテレビの向こうの彼らに救われ、幸福を感じていたのだから。
だがそれと同時に、誰かの考える『幸福』を望まない形で不必要に押し付けられることの、あのどうしようもない気持ちの晴れなさもまた、さくらは痛いほど理解していた。
恵まれた家族がいながら、『幸福』の為に孤独になった人がいる。
自分だけの輝かしい夢を持ちながら、『幸福』という大義名分によってその道が閉ざされる人もいる。
そして、花岡さくら自身もまた、家族の『幸福』の為に、望まない女性らしさを強要され、愛してやまない戦隊への憧れを根絶されそうになっていた。
あの頃、口酸っぱく叩き込まれた帝王学。当時は全く理解に苦しむものだった。男性観を徹底的に排除し、極限まで『女の子らしく』生きることを強要される日々。何故、そんな異常な教育を施そうとしていたのか。
桃の園に来て、国家保安部隊の行っている研究を知り、その国家保安部隊と花岡家が深い関わりを持っているという事実を繋ぎ合わせた時、さくらの中でようやく一つの答えが出たのだ。
「男が生まれなくなることによる人類絶滅の未来を食い止める……しかし、貴方たちの向かっている方向性は、女だけで生きていけるようにする未来なんですね?」
馬鹿げている、と心底思った。
人々の幸福のために、怪人として消費されるだけの人間を作り出す。そして、マッチポンプの戦いの中で傷つけられる人間を生み出し続けるゴクレンジャー。
人類の未来のために、将来を放棄されるだけの男たちと、何もしなくとも安泰な地位を約束される女性たち。
「区別された環境の中で、当たり前のように見捨てる選択をした者たちの幸せを強要される筋合いはありません……!存在するだけで意義があると言い、女性だけで構成される人類の未来を作り……その結果、最後に待っているのが、あそこにいるバケモノじゃないですか!!」
さくらが眼下を指差し、感情を爆発させたその時だった。
「おーーいおいおいおい、一応僕は君を元にした存在だけど」
飄々とした、まるで緊張感の欠片もない声が割り込んできた。
常軌を逸した身体能力で壁を蹴り上がり、ここにきてようやくさくらたちに追いついたダザクが、ビルの屋上にふわりと着地する。
ゴクレンジャーの中で唯一、エレボスにトドメを刺せる権利を持つ絶対的なヒーローのレッド。
そして、自らの平穏な生活のために怪人統治国家を作り上げ、生活の邪魔となる者を排除しようとする新エレボス人、アダザクラ。
いずれ必ず相対することになる、分類的には『究極のヒーロー』と『新たなる悪』。二人の視線が交差した瞬間、言葉を交わさずとも、互いが決定的な敵対関係にあることは明らかだった。
張り詰めた空気が流れる中、さくらはレッドから視線を外し、隣に立つ自分と同じ顔をしたクローンへと問いかけた。
「ダザク。一応聞いておきますけど、貴方の方は平和の象徴とやらになるつもり、あります?」
「えっ、やだよ。家を壊して森を荒らすことの何が楽しいの? それにね……外に出てみたら意外と、人って死ぬには惜しいなと思うようになったし」
「……その心は?」
「ついさっき買った肉屋のコロッケがとても良かった。あれを作れる人間も、あの味が生まれる環境も失ってしまえば……僕にとって、いや、人類の幸福にとって大きな過失だ」
ダザクは至って真剣な表情で、油の染みた紙袋を思い出すようにそう言い放った。
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そして藍の波止もその研究所もパニックになっていた……当然だ、ダザクもあやめも脱走しており、レッドが戦闘を開始したというし桃の園の被害は甚大、シャドウも独断で行動を開始した為緊急配備体制でブルー達が行動している。
「相田め……どこで何をしている、エレボスに何かあれば……」
「数日後の後継者よりエレボスが大事か?まあ、自分の立場がかかっているもんな」
「貴様こそ呑気にしていいのか?ホワイト・レボルシオンに見捨てられたお前が」
「……国家保安部隊に見捨てられたブルーさまが言うと説得力が違うな」
そして奥深くの独房、こんな状況で牢獄の中で大人しくしていたスノーホワイトと見張りをしていたブルーが檻越しに話をしている。
「しかしねぇ……レッドのやりたいことは分かるが本格的すぎないか?理屈までは否定しないが、それくらいなら着ぐるみでも被ってヒーローショーでもしてればいいものを」
「あんなものはレッドが一人で突き動かしてるだけの行動原理だ、国家保安部隊はより崇高な目的でゴクレンジャーを運営している」
ある実験が行われた、99人の平和主義者の中に1人の戦争主義者を入れる。
99人の人々は同じ価値観を持って分かり合い楽しみながら平和な日々を送る。
しかし残された一人の戦争主義者は突出した憎しみのパワーを強く宿しこんな世の中を変えてやろうと決意する。
力を持ったその人物は何も考えず生きる99人達の頂点に立つことは容易い。
そして戦争主義者が上、即ち正しい持論とされると民衆の判断も変わり、99人の思想をいとも簡単に変えてしまう。
次の実験では戦争主義者と平和主義者の数を逆転させる、すると平和主義者も同じように頂点に立ち思想を変える、この繰り返しだった。
「人類存亡の危機の中、この反復を断ち切るためにゴクレンジャーは結成された、ほとんどの民衆が生涯永劫平和主義者であるために、少数派(マイノリティ)こそ真の悪である為に……戦争の火種となるものを悪とする世の中を我々が創ってきたのだ」
「……うん、なんつーか、思想強いよねって言ってんの、深いけどくどすぎない正義、一貫性があり恐ろしい怪物……僕の好きな戦隊は、そんなもんだった、戦隊ってのはもっとこう……あったかくて、家族みたいな奴らだった……いや、そんなことお前にはどうでもいいか」