「話そうぜ。ダザクは外で好き放題してるが……檻の中で大人しくしてた俺も、何もしてないわけじゃない」
冷たい鉄格子越しに、スノーホワイトは静かに語りかけた。その声には焦りも恐怖もなく、ただ純粋な知的好奇心と、ある種の諦念だけが漂っている。
「聞いたぞ。お前もう後がないんだろ?」
監視として立っていたブルーは、スノーホワイトの言葉にピクリと肩を揺らしたが、すぐに自嘲気味なため息を吐き出した。
「……俺は生涯、レッドの奴隷みたいなものだ。男として生まれてきたからな」
ブルーの口からこぼれ落ちたのは、絶対的なヒーローを支える側近としてのプライドなど微塵もない、ひどく虚ろな響きだった。
人類存続の為に国家保安部隊は男を見捨て、女だけで人間を繁殖させるという極端な道を選んだ。
数百年後の未来に備えるための、冷酷なまでの合理主義の結果によるものだ……納得するものもいただろう、いたからホワイト・レボルシオンなんて内部分裂も生まれた。
「いぶきのことはもう知っているだろう……平和とは何か、それを考え尽くし、尽力したオレたち兄妹は揃って蚊帳の外だ。俺のブルーとしての引き継ぎが終われば、用済みとして国家保安部隊からも追い出される」
「対して、あの桃の園は……」
と、スノーホワイトが言葉を継ぐ。
「何万年、何億年と続いていく先のため、エレボス人として改造される生徒たちがいる。どんな生徒であっても重宝される、未来のための苗床ってやつか。……恨みたくもなるか、花岡家にしろ、桃の園にしろ」
その言葉に、ブルーは忌々しげに舌打ちをした。
「シャドウに桃の園の怪人を始末するように言ったのはオレだ。ダザクのような新世代エレボス人が生まれた今、わざわざ人から加工しなければならない旧エレボスの怪人など、もはや不要とされたからな」
それが、ブルーなりのささやかな抵抗であり、同時に組織の決定に従うだけの無力な意志表示でもあった。
「本当に後がないわけだ。……記憶喪失している間に罪を重ねすぎた俺も、既に手遅れなお前もな」
スノーホワイトは鉄格子に寄りかかり、かつての同胞を見るような目を向けた。
「話すだけ話そう。ゴクレンジャーとホワイト・レボルシオンという敵対関係ではなく……互いに、研究者だった者として、俺も昔から色々作ってたんだぞ?」
「……いいだろう。話くらいは聞いてやる」
ブルーが視線を床に落としたまま答えると、スノーホワイトは口角をわずかに上げた。
スノーホワイト――以前の彼は、ただ純粋に紛い物な形の生物の研究を行い、数々のものを創り出してきた。自己顕示欲も出世欲もない。ただ「作りたかっただけ」の男だ。
記憶を取り戻してからも、独自にエレボスの情報を調べ上げ、金の久遠であの時さくらにも伝えていたが……まだ、誰にも明かしていない真実があった。
「エレボスはホルモンの変異によって生まれた。この時代に、宇宙人や特異な魔法の力が加わっていない以上、無から有は生まれない。必ず、何かしら始まりとなる『要因』が存在している」
スノーホワイトの言葉が、ひんやりとした地下室に響く。
桃の園にも、ここ藍の波止と同じ研究施設がある理由。それは、女性からエレボスを作るための研究以前に、その場所に「最も大事なもの」が隠されているからだ。
「桃の園から来た優秀なメガネの助手が調べてくれてね……桃の園地下の研究施設にあったのは……高濃度のウイルスだ」
ブルーの顔色が変わる。
「そのウイルスの効果は、女性を豪傑な男性の体格に変えてしまうほどホルモンを異常増幅させるもの。それこそが俺もよく使ってるエレボス細胞の始まりだ。当然、国家保安部隊もその存在を認知している。……そして現在においては、エレボスを通して、そのウイルスはもはや街全域に感染し広がっている。大なり小なり、誰もがその影響を受けているんだ」
スノーホワイトは目を細め、かつて誰かから聞いた教訓を口にする。
「何百年も続く伝統というか、母親みたいなある人物の受け売りなんだがね。車の運転手が、常に想定外の行動を意識する『かもしれない運転』を心がけるように……我々研究者も、作り出したものや実験したものが、どんな想定外の方向へ転がるかを試行錯誤する『かもしれない研究』を心がけなければならないとのことだ」
ズォン……!
突如、研究所の奥深くから、重い地鳴りのような破壊音が響いた。
「今回のウイルスの場合だと……そうだな」
ズドォォン!!
スノーホワイトが話し終えるよりも早く、分厚い防爆扉や研究施設の障壁が、次々と紙屑のように破壊されていく音が近づいてくる。その目的地の先は間違いなく、彼らがいるこの『第16ラボ』だった。
ブルーが咄嗟に身構える中、スノーホワイトは愉快そうに言葉を重ねる。
「『もしかしたら』、感染した人間の中には、この強烈なウイルスに対して完全な抗体を形成できる肉体を持つ人がいる『かもしれない』」
ガガガガッ! と金属がへし折れる悲鳴。
「『もしかしたら』、その人は極活法というホルモン操作に近い知識を学ぶことで、ウイルスによる肉体変質を自在にコントロール出来る『かもしれない』」
ドゴォォォォン!!!
ついに、第16ラボの堅牢な壁が吹き飛んだ。土煙と瓦礫が舞い散る中、スノーホワイトの言葉はクライマックスを迎える。
「『もしかしたら』……ちょっと50種類くらいツボを打ち込んで変異させてもへこたれないような、天性の才能がある『かもしれない』!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から現れたのは、大柄で綺麗なシルエットだった。
一見すれば、ただの愛らしい少女。しかし、その身体の奥底から放たれるプレッシャーは、紛れもなくエレボスそのもの。
「もしかしたら……常人でありながら99%エレボスと同じ性質を持ち、女性らしい肉体を維持したまま、男性を遥かに超える身体能力を持つ先天性の怪人系亜人……『ベビー・キャロル』が、ブルーに会いに来るために、ここの壁をぶち抜いて現れる『かもしれない』、ってことさ」
土煙が晴れる。
そこに立っていたのは、桃の園、常識を凌駕した力を持つ少女……自分の妹、白鳥いぶきを軽々しく上回って圧倒したベビー・キャロルだった。彼女はゆっくりと顔を上げ、驚愕に目を見開くブルーを真っ直ぐに見据えた。
「ブルー様〜〜〜〜っ!」
「ベビー・キャロル……そうか思い出した、いぶきが独断で始めた番組の……T・ラミー号を勝手に持ち出しただけでも損害ものだが、それを極活法一つで退けたという怪物」
「あっ、えっ、えっと……妹さんの……ことは……」
「案ずるないぶきのことで何かを言うつもりはない……それより、何しに来た?」
「あっえっと……さくらちゃんがゴクレンジャーやエレボスのことで色々あって、いてもたってもいられなくなってきちゃいました!あたしブルー様にいっぱい幸せになってもらいたい!」
「お前が画面越しに俺を見て幸せになったのなら俺も幸せだよ、だがそこまでに留めておくべきだったな……この場所に来ることの意味とは……こういうことだ!!」
ブルーは自分の得意だった時間差攻撃を仕掛ける、2秒後には全身の骨が砕けるほどの勢いが飛ぶはずだが、ベビーはツボを打ち込んでそれを背骨だけで抑え込む。
「極活法・40柱『陸海空制覇の巻』!」
「……完璧に使いこなしている、冗談だろ?肉体を作り替えて、ただで済まないその力を何故普通に使える?」
「確かにこの技はすっごく痛いし身体もめちゃくちゃになるけど……ブルー様の使ってた技だからあたしも使えるようになりたい!そう思ってた……けど……」
さくらに教えてもらった、これまで見たゴクレンジャーの激闘が記された記録は……全て過去の戦隊のエピソードをパクって放映された存在しないもの、しかしパクる上で問題があったのは過去作58までのスーパー戦隊とゴクレンジャーでは世界観が大きく異なる。
当たり前のように現れる異世界人、宇宙人、未来技術……こういった違和感をゴクレンジャーのキャラだけに移し替えて進行させると当然無理がある。
それを誤魔化すために作られた技こそゴクレンジャーに割り振られた極活法、極武器、極魔法、極召喚法、極忍法……。
ここまでの流れを作り出したのは……シャドウ。
「それを聞いて、どうしても気になっちゃって……まさか、ブルー様って」
「ああ、お前の予測してる通りだよ……嫌味か?教えてやるよ、俺は極活法なんて一度も使ったことがない」
使う機会がないからさくらが服用するまで一度も使用されたことはないとされた極召喚法だけではない、本当はゴクレンジャー全員が誰一人として使えないのだ、極シリーズなんてものは。
イエローの極武器は3Dプリンターで過去戦隊の武器を複製し工房で加工しているだけ、グリーンの極魔法は30年以上前の廃家から拝借した魔導書を解析したもの。
そして本来、ツボを押したからといってここまで肉体が変質するなんてことは人間の出来ることじゃない。
「え!?で、でも相田さんは使えるって言ってたしあたしはそれで治療してもらったことがあるよ!?」
「相田達に教えられたのは『救急戦隊ゴーゴーファイブ』を元にした23柱だけだ……それもごく一般的なツボ治療、急速な治癒効果など本来はない……そう、お前以外はな」
極活法なんてものはまやかしだ……ベビー・キャロルが現れるまでは。
あの日、イエローが見たデータを調べてみればテレビのなかにしか見せていない物を現実で発動させたではないか。
そこでブルーはホワイト・レボルシオン……記憶喪失前のスノーホワイトを動かし、適切なタイミングで全体遺伝子に適合したさくらと一緒に捕獲した。
「……マジ?それマジで言ってる?それってつまり……」
「そうだ、喪失前のお前やレボルシオンを従えていたエレボス様というのはオレのことだよ……AIまで付けて監視していたがな」
「……なんか驚きはないな、国家保安部隊関係者って考えるとすごいチープな答え……でも、俺はそのせいで取り返しのつかないことをしたから許せないな、それよりも彼女にしたことが許せない」
「何故だ?偶像だった極活法を本物に変えられると聞いたんだ、全部試さないわけにはいかないだろう、するとどうだ?50種類同時に実験しても悲鳴こそ上げるがその肉体は完璧に同じものを再現した、同じ人間とは思えなくて気持ち悪さで吐き気がしたよ」
「え……ブルー様、何を言って……」
ベビーはブルーが何を言っているのか理解出来なかった……しかし、微かな記憶が蘇る、大きな工場のなかで非道な実験を受けた、すぐ隣でさくらが別の実験を受けて何かを叫んでいたのも覚えている。
しばらくすると、たまたま研究施設の清掃に回されていた相田コバルトが隠し部屋を発見して二人揃って救助してもらい……まさか、そこは?そこで受けていた場所は?
「ブルー様……さくらちゃんに、さくらちゃんに何をしたの!!?」
「誤解するような事を言うな、エレボスを倒す力が欲しい……奴がそう言ったんだ、戦隊遺伝子を研究したかったのは俺や国家保安部隊も同じこと、元をたどれば記憶を持つ以前や後から戦隊遺伝子の情報を提供しなかったお前の責任でもある」
「あんなもの俺の普段の発明に比べれば副産物のゴミみたいなものだ……むしろ、さくら達が有益な使い方をしてくれたおかげで綺麗なリサイクル方法が見つかって逆に感謝状を贈りたいぐらいだと思っている、でもねお前」
「ちょっと空気読めてない」
理解できない、しない、いや……したくない。
この人は何を言っている?さくらとベビーが一度どこかに閉じ込められて、助けられて、そこまでになにかあって、それをやったのが……そこにいる、そこにいる×××
分かってはいけない、考えてはならない。
ブルーとは常に冷静沈着で、常に愛を振りまいて、ずっとかっこよくて……。
「ずっと考えていることだが実行に移すには面倒な手続きが多かった……エレボスの始まりとなったのは花岡あやめ、エレボス細胞の実用化の実験体がレッドだ」
しかし、優しい感情を捨てきれないあやめはエレボスとして完成しつつも成果としては失敗……レッドは自分達を超える負けん気などが真なる平和主義者として作られるエレボスの鍵としているが、敢えて……敢えてエレボスを戦争主義者として育てた場合どうなるのかを試してみたくもあった。
見境なく周りを潰す破壊願望、周囲の言葉を受け付けない拒絶反応、自ら縁を断ち切る孤独。
それを生み出すために必要なのは……裏切り。
「レッドは上手くやっている方だよ、あのやり方は俺でも正気じゃないと考えている……一歩間違えばそいつを途端に戦争主義者に変えてしまうような矯正だからな、それにエレボスは『否定』されることを強く嫌う、だが今は…」
ブルーは懐からこれまでの戦隊遺伝子と違う青いアンプルを取り出す……これまでスノーホワイトが作り出した怪人や極召喚法に使用したものとは全く異なる。
更に取り出したのは……レンジャアク、過去にスノーホワイトが自身の戦隊遺伝子とエレボス細胞を結合させて新しい形で怪人を作るのに使用していたものだが、青林檎の形をしている。
普段なら軽口や皮肉でも言ってやりたいところだが……スノーホワイトにとっては……思い出した今となってはそれどころじゃない。
あいつは話が分かる方だが、時にはシャドウより悪質だろう、明確に悪なのだから。
悪は、生涯永劫自分だけでいい。
「なあブルー……いや白鳥良夜、俺がなんで捕まった後に大人しくしてたか分かるか?俺がしたことは今後の歴史において許されることではない、贖罪を積み重ねていくことが決まったから……だがそれ以上に、この程度のセキュリティなんて一切効かないほど俺は化け物なんだよ!!」
ぬるり、そんな音が似合うほどに……まるで彼の全身に骨が存在していないかのように檻をすり抜けて脱出し、ベビーを庇うようにアンプルを受け止めるスノーホワイト。
「あっ……」
「なーに全然痛くもないし身体になんの影響もない、所詮はマガイモノの俺を足りない科学力で補った劣化コピーの劣化コピー!……ちゃんとしたものは相田に一通り配ったしな」
「スノーホワイト!?お前……自分が何をしているのか分かっ」
「ゼレットのやつ亡くなったらしいな、エレボスオイルを公表して石油王になるってま〜言ってたが、先にお前らに公表されてショック死とは自尊心高いが……そんなやつでもやっぱ虚しいな」
スノーホワイトは戦隊を愛している。
ゴクレンジャーとは違うが……なんといえばいいか、一言で言えば記憶を失う前からずっと彼らと親しくしておけば良かったと思っていた、仲が良ければ……思い出を振り返ることも出来た。
「この娘の思い出を怪人みたいにドス黒くはさせない、どいつもこいつも平和主義者だか戦争主義者だかごちゃごちゃうるさいんだよ……」
「そうか、お前は結局そういう道を選ぶのか……ならばまとめてあの世に送る、もう怪人にすることもできないからな」
「ブルー 様」
「黙れもういい俺をブルーなんて呼ぶな、もう俺にその色はいらないんだよ」
「!」
「ようやく完成したエレボス人とオリジナルに近い戦隊遺伝子……人類を救う事ができるのは俺だ、俺こそレッドに相応しいんだ、いぶきが愚かだった所は花岡家への恨みを優先したところ」
「俺なら効率的に世界を救い、いつでもあの男卑女尊の腐った家系を蹴落とせる!!カメラの前だけで笑う存在価値もろくにない滑稽なブルーが必要ない時代を作る!!」
「……俺は好きだったんだぞ?ブルーって、いや……それだけじゃないか」
いつから戦隊は色に縛られる性質になったのだろうか、レッド以外のリーダーだっているし、ブルーはクールというか真面目にふざけているし、イエローは言うほどみんなカレーが好きじゃないし……ピンクはちょっと前に男がなった。
これもあの事件の影響だろうか、そういう意味ではシャドウが起こした影響は計り知れない。
だが今の状況を止めることが先決だ。
「ベビー・キャロル、これは人生の先輩として……同じ後悔を背負った僕として言わせてもらう、確かにまあ想像と現実は違うって言われても心で理解できないさ、僕だってそうだ、けど……」
スノーホワイトは先程打ち込まれたアンプルを再構築して、またベビーに握らせて……。
「……それで反転して入り組んだ憎悪だけで今後の人生過ごすような奴は平和主義者にも戦争主義者にもなれない、僕みたいな紛い物の化け物になるぞ」
自分は何を言っているんだろう、自分が手遅れだからってこの子がそうなるわけでもない。
ベビーの方もずっと悩み続けていた、極活法によるホルモン改造と副作用による崩壊を短期間で繰り返し続けたベビーの肉体はエレボスに近い形になっていた。
ブルーは言っていた、エレボスが嫌うのは否定、己の思想概念を否定するような言葉を吐きかけられるだけで身体が崩壊する危険性がある。
ほぼ死に絶えてもおかしくない状況だが……走馬灯のように蘇る、ブルーを好きだった時の思い出。
彼に近付きたくて様々な苦労を重ね、桃の園に入ってから……本当にかなり色々ありすぎた。
花岡さくら。
彼女に対して嘘をついたこともある。
さくらが現行ピンクのお嬢様家系で、レッドに憧れていると知った時……その時は気にしてないように言っていたが、本当は凄く嫉妬していた。
簡単にスタートダッシュを踏み出せて、誰よりもゴクレンジャーに近づけるのにそれを捨てた。
だがあのいぶきの件の後に……自分がそうだったからこそ気づけた、さくらが自分に後ろめたい感情……『羨ましい』という気持ちがあったこと。
(そっか、人を好きになり続けるって……こんなにも難しいものなんだね)
「な……何をする気だお前!!」
「さっきのかもしれない研究の続きだよ、といっても決心したのはベビーちゃんだ、シエルに残りをしっかり受け取ったな?ちゃんとアレを使ってくれたか」
もしかしたら……優れた人材であれば、極召喚法に使われる本当の素材にも耐えたうえで複製されたものにも適応。
つまり、2つの戦隊遺伝子を同時に服用しても問題ない『かもしれない』。