街には、得体の知れない不安の波が静かに、しかし確実に広がりつつあった。
機密研究所で収容されていたはずの新勢エレボス人が脱走したという噂は、もはや抑えきれないほどにネットの海を駆け巡っていた。
それに加え、普段は個別任務で単独行動をとるはずのゴクレンジャーたちの目撃証言が、街のあちこちで同時多発的に報告されていたのだ。
彼らが一人でも姿を見せれば、たちまちトップニュースになるほどの存在である。それが複数……しかも戦闘態勢で行動しているとなれば、尋常な事態ではない。
それだというのに国家保安部隊からは何の発信もなかった……街は今、どんな状況なのか。
かつてない規模のホワイト・レボルシオンの襲撃なのか、それともエレボスの作り出した怪人の大群が押し寄せているのか。自分たちはどうなってしまうのか――。
市民の心に不安の種が芽生え、パニックの一歩手前まで膨れ上がりつつあったその時だった。
街頭の大型ビジョン、家庭のテレビ、手元のスマートフォン……あらゆる配信サイトや放送局の電波が自動的に切り替わり、見知らぬ映像が映し出された。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
「ごきげんよう、ゴクレンジャーを応援してくれる視聴者達。俺はゴクレンジャーの5.9番目、あるいは幻の6人目……そして新たに桃の園の理事長となった、シャドウだ」
その男は、芝居がかった手つきで恭しく一礼した。
突如として各地に向けられたリモート配信。その映像を見て一番顔を青ざめさせたのは他ならぬ桃の園の教員たちだった。
しかし彼らがどれだけシステムを叩いても、映像を削除することも配信を止めることもできなかった……。
シャドウは誰の手にも届かない場所から知らぬ間に桃の園の全権……いや、もはやこの街のネットワークの全権を握っていたのだ。
「さて、愛すべき市民の諸君にお知らせだ。現在街の各地でゴクレンジャーが出動し、徹底抗戦中であると報告! だが、相手はただのエレボスではない……悲しいことに、ゴクレンジャーを目指していたはずの候補生たちが、巨悪の側に寝返ってしまったのだ!いやあ悲しいね、しかもその大半が俺のいる桃の園からだからねぇ」
シャドウの言葉は、彼らにとって都合の悪い真実――候補生たちがゴクレンジャーの欺瞞とエレボスを用いた平和理論の真実に気付き、反旗を翻したという事実――を巧妙に切り捨て、ただの「裏切り者の悪」として仕立て上げていた。
「つまり今! ゴクレンジャー5人が結集して巨悪に立ち向かうという、まさに怒涛のクライマックスという状況だ! 用意はできたか? 好きなポップコーンの味は買っておいたか? 推しの試合を残すための録画容量は計算してあるか!?」
シャドウが指を鳴らすと、背後のスクリーンが5つに分割され、街の各地の監視カメラから引っ張り出された生々しい戦闘映像が映し出された。
「さあ、世紀のショーの始まりだ! 第一の舞台、翠の庭園前! ピンクでありながら翠の庭園で極魔法を会得し、豪傑な肉体で辺りを破壊する桃の園が産んだ魔導ゴリラ『マゼンタ』! 対するは、翠の庭園きっての優等生! 仮面のように寡黙であり、如何なる時も稲妻のように一瞬にして派手に仕留める、天空聖者ライジェルの継承者と呼ぶものも多い『グリーン』!」
画面の中では、巨大なピラミッド状の結界の上で、激昂するマゼンタと静かに構えるグリーンが対峙していた。
「第二の舞台、国家保安部隊機密研究所! ブルー特待生として将来を約束されながらその道を自ら放棄し、候補生を陽動して襲撃した二面性テロリスト『相田コバルト』! 迎え撃つは、その力未知数! レッドの三歩後ろを歩き空間把握能力と対人類鎮圧においては無類の強さを持つとされる、戦隊史上最強のサポート担当『ピンク』!」
ワクチンの影響か、あるいは別の思惑か、荒らされて研究所の瓦礫の中で向き合う相田とピンクの姿が映る。
「第三の舞台、藍の波止前記念公園! 相田に唆され、元ホワイト・レボルシオンのスノーホワイトを引っ張り出し、機械人形をハッキングした候補生数十人が操る白き巨人『ダイボウケン』! 対するは、たった一人で大国と渡り合える最強の軍事力を完全配備! 腕の一振りであらゆる兵器を統率し辺りを火の海に還すレボルシオンのスカイザーを鹵獲した『イエロー』!」
轟音を響かせるダイボウケンと、空を埋め尽くすスカイザーの軍勢が画面を揺らしている。
「第四の舞台、国家保安部隊非常コントロールエリア地下数十メートル! 類稀なる天才にしてホルモン細胞を完全コントロール! 愛がゆえに人を傷つけ、盲目的に蹂躙する、現在は一人であり三人の突然変異ミュータント『ベビー・キャロル』! 対抗するのは、皆のテレビの人気者! 全身余すところなく遺伝子手術とアドレナリン活性化を加えたヒーロー歴最後の輝き、改造実験の名門白鳥家一派『ブルー』!」
「そして……第五の舞台、ゴクレンジャー記念タワー屋上! 怪人達の新たなる頂点にして最大の宿敵! 全人類を改変させて怪人統治国家を作り出そうと掲げる新世代人類エレボス人にしてSランク怪人『アダザクラ・ブレドラン34世』! さらに、名門・花岡家の裏切り者! 親愛なるピンクの誇りを捨て、新たなるエレボスの後釜として選ばれた真なる平和主義者の敵『花岡さくら』!」
シャドウの口角が、限界まで吊り上がった。
「彼らを迎え討つは……絶対的な正義の象徴! 永遠の英雄にして人々を幸福へと導く、エレボスを倒せる唯一の男! 我らが最高峰のリーダーにしてゴクレンジャーのシンボル『レッド』だァ!!」
以上5つの舞台が、残酷なほどクリアな映像で世間に晒された。
しかし、それを見つめる民衆の反応は、シャドウが煽るような熱狂とは程遠いものだった。そこにあるのは、前代未聞の事態への恐怖と困惑。絶対的な正義であったはずのゴクレンジャーが、同じ人間たち――それも養成校の生徒たち――と血みどろの争いをしているという、かつてない光景だったからだ。
「……なるほど。桃の園から連絡が入ったが、道理で見つからないはずだ。空の上とはな」
狂騒の実況を続けるシャドウの背後。
虚空に突然、不思議な意匠の『扉』が出現した。ドンブラザーズの戦隊遺伝子の力――空間を繋ぎ、扉を通してどんな場所からでも短期間で移動可能な能力である。
その扉を開いて現れたのは、シエル・ローレンスだった。襲撃されてすぐ、彼女は準備を済ませ、シャドウの居場所を特定してこの空に浮かぶ空間へと単身乗り込んできたのだ。
背後にある無数のモニターには、自分以外の仲間たちが皆、ゴクレンジャーの主力と死闘を繰り広げている姿が映っていた。
シエルは、楽しげに振り返るシャドウを冷徹な眼差しで射抜いた。
「恐怖を与えて何がヒーローだ。お前の自己満足によって出来たゴクレンジャーなど、世界に必要ない……我々はお前の生み出した概念を、根本から壊しに来た」
毅然と言い放つシエルの言葉に、シャドウは悪びれる様子もなく……むしろ歓喜に満ちた声で笑った。
「なるほど。それはつまり……第二ラウンドの挑戦状?」
かくして、さくら達候補生達とゴクレンジャーの勝負が幕を開く……!
――
(無駄だ)
(馬鹿らしい)
(俺は間違っていない)
(この女は何故怒っている?考えるだけ生きてても無駄なだけなのに)
グリーンは翠の庭園で優秀な成績で異例の若さで卒業した。
それだけではない、託児施設で医療現場でもあるこの学校は、怪人によって崩壊した家庭の新たなる居場所となるように作られた。
いつからなのかは分からない、自分もまた孤児としてここに来て生活していた。
翠の庭園は特に希望がない場合、そのままグリーン養成校として教育を受ける。
これが一般的には思想教育や洗脳と呼ばれるものだということはわかった、グリーン枠はそうやって『教育』されてゴクレンジャーや国家保安部隊に忠実な犬として従わされる。
だが実のところ、今のグリーンはそんなものどうでもよかった。
平和主義がどうとか戦争主義だとか考えるだけで頭が痛くなるし、自分が生きてもいない数百年後に備えるようなことなんて何もない。
エレボスとの戦いを演じるためだけに自分は存在する。
だったらそもそも『思想』というものがいらないではないか。
無駄だ、無駄だ、無駄だ。
今ここで行われていること全てが馬鹿らしく見える。
生きていたってなんの影響もないのに何故ゴクレンジャーの邪魔をしたりするのだろうか。
何故そこまで本気で怒れるのだろうか。
そこまでのことを、グリーンは考えていた。
岩石も砕き、腕を振るだけで衝撃波を飛ばせるマゼンタの拳が額に当たっても巨木に触れたかのようにびくともせず……更にそこから手を掲げる……極魔法の態勢だ。
「極魔法」
思えばこの極魔法というものも意味がわからない、魔法を受け入れたのは過去に存在するものがあったから、それを再現する試みらしい。
適当に記したページにそれらしい単語を書いておけと指示されたので、翠の庭園の生徒たちにそれを書かせた。
なので自分は極魔法なんてものは使ったことはない……しかし、何の問題もない。
呪文というものは、たった1つあればいい。
火を起こすとか空を飛ぶとかそんなものはどこのどんな技術でも出来る、そんなものは魔法である価値はない。
だが魔法でしか出来ないことがある、極活法でも忍法でも武器でも出来ない……それは。
「ン“・マ!!」
「……っ!!?」
ただ一言発するだけで相手を死に至らせること。
グリーンは生涯この言葉しか発しないつもりだ、コミュニケーションなど人語を発しなくても可能だから。
――
ただ一言発するだけで相手を死に至らせる魔法。
それは、2010年頃には存在し、今ではおとぎ話として語られる「魔法少女」という存在から生まれた技術の果てであった。
グリーンは、シャドウからの又聞きという形で、効率的に一番強い魔法を一つだけ選んで覚えていた。
『え?呪文が限界まで短くてそれでいて実用性があるやつ?普段無口なのにすっごいワガママ言うじゃん……まあ、あるにはあるぞ?』
脳裏に浮かぶのは、胡散臭く笑うあの男の顔だ。
シャドウが教えたその魔法【ン・マ】は、2030年頃に魔法少女と巨大な戦争をしたという、史上最強にして絶対なる冥府の神に由来する。
シャドウ自身「これだけ覚えておけば、勝ちたいだけなら何も必要ない」と豪語していたほどだ。
その魔法の効果は「確実に相手を死に至らせる」……というのは、厳密には若干の語弊がある。
正確な効果は、森羅万象……ありとあらゆるものを食らい尽くす波動を発生させること。どんなものでも食い尽くす、それはたとえ「概念」であってもだ。
相手そのものを喰わせずともその存在を繋ぎ止める概念を捕食させることで、相手を消し飛ばすことだって出来るらしい。
「らしい」というのは、実際に相手がどうなるのか、魔法を使った側からすれば全く分からないからだ、グリーンもこの魔法を使った機会は何度かあるがどうなったのか全く分からない。
分かるのは、この魔法を使われた相手は二度と戻ってこない、つまり「確実に死ぬ」という結果だけである。
事実、先ほどまで岩石を砕くほどの拳で激昂し、自分をずっと攻撃し続けていたマゼンタは、グリーンの目の前から跡形もなく消え去っていた。
(……終わった。やはり、すべて無駄だ)
仮面のように寡黙なグリーンは、静かに手を下ろした。
* * *
そして実際……極魔法の波動を正面から受けたマゼンタは、気がつくと全く見慣れない世界に放り出されていた。
「ここ、どこだ……?」
辺りを見回すと、そこは全く異質な場所だった。
なんというか、大昔の時代?歴史の教科書で見たことがあるような気がしないでもない。
土の道に木造の家屋、すれ違う人々の服装も、どれもがひどく古い時代のものだ。
「1873年の明治時代だけど……あっ、もしかして私たちと似たようなもの?」
「え?」
ふと背後から声をかけられ、マゼンタは驚いて振り返った。
そこには、マゼンタと同じようにこの時代には到底見合わない、洗練された格好をした女の子が立っていた。それも一人ではない。彼女のすぐ近くには、それぞれ年が離れた、よく似た顔立ちの女達が六人集まっていた。
幼少期に親戚に読ませてもらった絵本に出てくる七姉妹の物語……それに酷似した光景を見て、マゼンタの心に軽い後悔の念が込み上げてきた。
「そっか……想像以上にあっけなく死んだんだな俺……」
あの寡黙なグリーンが発した一言で、自分は三途の川か天国のような場所に送られてしまったのだと。
「え……ああいや、大丈夫だよ貴方。私らと違ってまだ人間ではあると思う。なんでタイムスリップしたわけ?」
死んでいない? タイムスリップ?
混乱しながらも、マゼンタは自分が置かれていた状況――ゴクレンジャーとの死闘や、謎の極魔法を受けたこと――を包み隠さず話した。
「えっマジ!?ゴクレンジャー!?戦隊ってサンマジカル以降にもあんの!?うおおお!!」
「姉ちゃんさぁ……一応未来の話ね未来、ていうか普通にそういう時代も言ったじゃないですか私」
「魔法少女はあっさり絶滅したくせに」
「おっやるか久しぶりに変身してもいいんですよ!?」
「やめんか客の前で喧嘩するなみっともない……んで、あたし達はなんつーかな、ちょっとヤバいことしたせいで死ぬに死にきれない形っつーか、色んな時代をブラブラする存在になってんだよ」
「そうそう、アンタははっきり言うとたまたまあーしらがいる時代に来れてラッキーってこと」
姉妹たちの話によると、彼女たちは「時間という概念と一体化している」存在らしいが、マゼンタの場合は単に強大な魔法の余波で肉体を無視して過去へと吹っ飛ばされただけだという。
つまり、もう一度一気にエネルギーをかけてワープすれば帰還は可能だというのだ。ただし、こちらから送り返す場合は少々厄介で、大怪我をするリスクもあるらしいが。
帰れるならもちろん帰りたい。だが、マゼンタにはまだ大きな問題があった。
万が一無事に元の時代へ帰ることができたとしても、グリーンの使うあのデタラメな魔法を突破できない限り、また同じことの繰り返しになってしまう。
しかし、一緒に話を聞いてくれた『五女』が目を輝かせて口を開いた。
なんと、彼女はン・マの攻略法を知っているというのだ。聞けば彼女も相当な戦隊マニアだったらしく、絶対神ン・マを倒すことができる「勇気の魔法」を覚えているのだとか。
「バカか、それお前テレビの話だろ!それに似たような展開だけど勝手は違うだろ」
「うるさいな!ここまでマジレンジャーリスペクトしてくれるんだからいいじゃないか!」
「俺よく知らないんだけどマジレンジャーってどんな戦隊だったんだ?」
「マジレンジャーは私らみたいに兄妹達が揃って戦隊やってんだよ、一番上の頼れるアニキがグリーンなんだ」
五女から教わったその言葉を、マゼンタは大切に極魔法の辞書の最後のページに書き込んだ。
これで戦える。マゼンタは改めて元の時代に送ってもらうよう頼み込んだ。だがその前に、どうしてもやっておきたいことがあった。
「あ、あのさ。最後に一緒に写真撮ってくれないか?」
マゼンタは端末を取り出した。このあり得ない時代で会えた思い出として、そして何より、自分の危機を救ってくれた人達が本当に存在したという証を、未来に持ち帰りたかったからだ。
快く集まってくれた七姉妹と共に、シャッターを切る。
「最後に私から聞いていいですか? 貴方、いつの時代から来たんですか?」
写真を確認した後、『長女』が静かに尋ねてきた。
「ああ……2061年だけど」
「わかりました……ではいきますよ……電法!!」
長女が手をかざした瞬間、マゼンタの額に凄まじい衝撃と高圧の電気が打ち込まれた。
バチバチと火花が散り、一気に元の2061年へと座標を合わせ、電気の力で時すらも超えて強制的にワープさせる。
「……ありがとう、私たちの思い出を託してくれて」
時間すら超える超高速移動。マゼンタが持つ、辺りを破壊するほどの豪傑な肉体でなければ、この次元の狭間を渡る間に息絶えていてもおかしくなかっただろう。全身の骨が軋み、意識が飛びそうになる中、マゼンタは必死に五女の言葉を反芻した。
(チャンスは一度。帰ってきた直後……いや、帰還と同時に魔法を発動する!)
感覚的に元の時代の空気に触れたその瞬間。
マゼンタは、極魔法の一番後ろのページを強く思い描いた。
「極魔法ラストページ……マージ・マジ・マジーロ!!」
それは、勇気の魔法。
かつて『魔法戦隊マジレンジャー』が使っていた、基本にして共通の力。
『魔法、それは聖なる力』
『魔法、それは未知への冒険』
『魔法、そしてそれは、勇気の証!』
現在、ゴクレンジャーから『変身』という概念は失われていた。
しかし今、マゼンタは帰ってきた。大昔に消えてなくなったはずの力と共に、巨悪の側に寝返ったとされながらも抗い続けるその魂を燃やし、グリーンの目の前へと。
翠の庭園に、眩い光が弾けた。
無機質な結界の上。何事もなかったかのように佇むグリーンの視界に、消滅したはずの巨体が突如として現れ、大地を揺らして着地した。
「唸る!大地のエレメント!! 緑の魔法使い……マジグリーン!!」
魔法戦隊マジレンジャー。
それは唯一無二の、グリーンがリーダーとなっていた戦隊である。
マゼンタは完璧にその姿に変身できたわけではない。しかし、本来のピンクでありながら翠の庭園で学んだその身を包むのは、桃色と緑色が入り混じった無骨で力強いスーツだった。
家族を想い、世界を支え、後ろから背中を追いかける優しくて強いアニキの力を、マゼンタは確かにその身に宿していた。