長かったシャドウの特訓めいた授業と、怪人落下という命懸けの夜から一夜が明けた。
桃の園で現れたのも含め、ここ最近各地でAランク怪人『ウィドー級』が異常レベルで確認されている事態を重く見た政府と上層部の判断により、学校は当面の間、臨時休業となることが発表された 。
自室のベッドで目を覚ましたさくらは、家族から向けられた失望の目と「女として生きる」ことへの疑問を反芻しながら、静かに身支度を整えていた。
彼女の頭から離れないのは、現役ゴクレンジャーのイエローが語っていた情報だ 。政府の調査によれば、怪人が確認される数分前、数キロ範囲に必ず特定の人物が目撃されているという 。監視カメラに映っていた、あの白い後ろ姿の謎の男…… 。
「シエルさん、ベビーさん、ごめんなさい」
さくらは机に短い置き手紙を残した。彼女たちをこれ以上危険な真似に巻き込むわけにはいかない。
独断で寮を抜け出した彼女は、街へ出る前に桃の園の最深部にある書庫へと潜り込んだ。目的は一つ、昨晩シャドウが語っていた『極召喚法』に関する情報を得ることだ 。
『極召喚法』を使えば、ピンクは一時的に過去のレッドに変身し、合法的に怪人を倒すことが出来るという話を昨晩聞いた。
教員たちの目を盗み、さくらは書庫から唯一の関連書物である『戦隊五十古事録(抄本版)』と記された古い歴史書を抜き取ることに成功した。
街の喧騒に紛れながら、さくらは古びたページをめくる。
(この本には、過去に存在した50以上の戦隊の痕跡が確かに記されている……でも、極召喚法を実際に発動するための具体的な手順はどこにも書かれていない、今のピンクだけじゃなくて本当に誰も使う機会がなかった)
歴史の記録はあるものの、肝心の「使い方」はまるで意図的に伏せられているようだった。それでも、さくらの胸には期待と焦燥が渦巻いていた。もしこの力を使えれば、自分もあのレッドのようになれるのだろうか? サポート役のピンクではなく、皆を率先して助ける本当のヒーローに……。
各地に存在する謎の男の足取りを追って、イエローが示していた怪人出現エリアの周辺を調査していたさくらだったが、ふと、人通りの少ない路地裏で足を止めた。
周囲から、じっとりと這い寄るような嫌な目線を感じる。
しかし、昨晩遭遇した最低ランクの『シーカー級』のような、怪人特有の反応や不気味な気配は一切ない 。
怪人ではない。だが、本能が警鐘を鳴らすほどの明確な『殺意』がそこにはあった。
その瞬間、空気を切り裂くような鋭い破裂音が響いた。
「え……?」
どこからか放たれた凶弾がさくらのこめかみを捉えようとした刹那、強引に彼女の腕を引く大きな手があった。
「伏せろ!」
大柄な男の野太い声。男は人間離れした凄まじい機動力でさくらを抱え込むと、次々とコンクリートを砕く銃弾の雨を掻き分けるようにして、近くの薄暗い廃ビルの中へと飛び込んだ。
「はぁ、はぁ……っ!」
土煙が舞い、心臓が早鐘のように打つ中、男は周囲の安全を素早く確認する。狙撃手の射線からは完全に外れたようだ。
安全を確信した男は、深く被っていたフードをゆっくりと脱ぎ捨てた。
薄暗い光の中に現れたその精悍な顔付きを見て、さくらは息を呑み、言葉を失った。
「あ、あなたは……!」
10年前、絶望の淵にいたさくらを助け出し、彼女の人生を大きく変えた存在。
ゴクレンジャー最強の一角であり、皆の憧れにして絶対的なリーダー。
紛れもない『レッド』本人が、今、さくらの目の前に立っていた。
「レッドさん!?ゴクレンジャーの……レッドさんですよね!?」
「ああ……君のことは覚えている、10年前に君と会ったことも、助けたことも……それに以降の話も聞いた、入学初日に言ったこと、来て早々に2度もAランクの怪人の襲撃に遭ったこと……」
「はい、妙に多いのでゴクレンジャー全員で……あの謎の男を調査しているとかで、私もちょっと気になって……」
「なるほど……オレもこの近くで姿を見たと通報があり、密かに調べていたところだが襲撃されるとは……」
「襲撃って……まさか逆に狙われたんですか!?」
「今回はわからないが、少なくとも昨日起きた山での一件は完全にオレ達を狙い、君達はそれに巻き込まれた形だ」
イエローが山に向かい、頂上から危うく生き埋めになりかけた頃……姿を見せないことを見計らってイエロー養成校『金の久遠』が襲撃されたという報告があった。
その男は真っ先に何かしらのデータを取った後に逃走したという、話している間にもビルの窓越しからマシンガンやライフルの弾丸が飛び交い、レッドはその巨体で包み込むようにさくらを守る……しかし、しばらくすると銃声も聞こえなくなる。
銃を使うような賢い怪人は存在しないので……必然的に襲ってきたのは人間ということになる。
「どうしてこの時代に人間同士で……いや、そもそもどうしてレッドを襲うんですか!?」
「人間とはそういうものさ……事情や感情が入り混じり、一点の負となってオレに注がれる」
「それは生命が生きる上で摘み取るべき深刻なバグ……エレボス様はそう言っているらしい」
「!」
話に混ざるように廃ビルに一直線に飛び出してきたのは……紛れもない、傷こそある、銃痕を手で払い口から銃弾を吐き出し、レッドのような人間離れした動きを見せたのは……シャドウを思わせる異色の色合い、白いゴクレンジャースーツを改造したような……あの写真の男だった。
「お……お前は!!例の写真の男!」
『ゴクレンジャー全域への存在特定は確定、来月の給与査定を5%マイナスします』
「了解……そして俺の名称はスノーホワイト……らしい、仕事として……お前達人類の敵をさせている」
スノーホワイトと名乗るその男は無機質に語り、片手の携帯電話から発せられるAI音声と共に会話をしている。
いわゆる悪の組織の手下、エレボスに従い……怪人を作り出す世界を混沌に導く敵。
それが今目の前にいる……一体何者なのか。
「あなた……怪人ではないのですね?」
「らしい、だが……俺は人間でもない、銃弾が心臓に飛んできても死ぬ感覚にはならない、だから簡単に区別できない……と思う」
「何故姿を現してきた?それもエレボスの指示……というわけか」
「……便宜上、エレボス様あるいはあの方と呼ぶが毎日仕事をくれる、俺はそれに従う、それだけだが……今回はゴクレンジャーに用があるわけではない……カガミさん、この場合守秘義務は通るか?」
『通りますが、悪の組織らしくヒーローに己の任務をアピールして焚き付けるのも良しです』
「了解……俺は今回、今銃撃しているような社会において悪と判断される者を消すように言われた……とはいえ、怪人はまだ全然シーケンスが終わらないから手作業で面倒だ……本当に1人5万円なのか」
なんという言い草と思った、このスノーホワイトという男……給料のために手段を選ばず過激な手段を行い、怪人を作り差し向けてきた、こんな奴が……エレボスの部下、人類の敵であり許されざる悪。
今にでも制裁したいさくらを抑え、レッドは更に対話を続ける。
「お前達エレボスの目的はなんだ?そこの彼はただ従わせていることは分かる……」
『スノーホワイトさんへの尋問は無駄と前もってお答えします、何故なら彼はエレボス様が雇うまでの記憶を一切持ちません、記憶喪失故に彼の心を操ることは極めて簡単でした』
「……ということで、俺は臨時の操り人形ということらしい、でもまあ、金貰えるし……使える機会はないが」
『そして、ゴクレンジャーの皆様にもエレボス様の崇高な目的を多少はお伝えしましょう……近い将来、人類はこの星から絶滅する予定だそうです、しかしエレボス様はその時を待たず自らの手でその命を摘み取り、新しい怪人による歴史を作る事にあります』
「……つまりは、その、世界征服?あるいは人類根絶?俺には分からない」
スノーホワイトはカガミと聞いたAIに言われた発言を受けても全くピンと来ていないというよりは、自身は無関係のように感じられる。
……自分だって無関係ではないというのに、スノーホワイトの反応はなんなのか?
それにさくらは気になるところもある……レッドが話す機会を作ってくれたのだ、それを無駄にするわけにはいかない。
「山で現れた怪人は貴方が……」
「そうだ、その日はゴクレンジャー生き埋め作戦を決行する必要があり……誰が来るかで今後の作戦が変わった」
『エレボス様の思惑に反して来たのはイエローという結果になりましたが、即座にプランが組まれたとのことです!』
「エレボスの目的は怪人が世界を支配することとして……どうしてウィドーが弱ったシーカーの息の根を止めたことに何の意味があるのですか?」
「……そんなことあったの?カガミさん」
『エンジェルウィドーの遺伝子記録を検索……シーカー級5体の殺害を事実と確認、推定される理由付けを構築中……結果出ました!』
『人類だって劣等遺伝子は淘汰される傾向にあります!生まれた時点で役に立たない存在は捨てられるのは怪人文化も同じ、エレボス様の答えだそうです』
機械的な答えを感情的に語るAI、人の体と心を持ちながら冷たい振る舞いを行う生命体。
こんな存在が世界を支配しようとしているとなると、居ても立ってもいられないさくらは即座に拳を振り上げてスノーホワイトに迫るが……それをバックステップでかわしてそのままビルから飛び降りる。
考えてみればそうだ、スノーホワイトの今回の業務は人間の抹殺、自分達と喧嘩する理由はない。
……その一方で対象となるのはつい先程まで自分を襲ってくるような、悪に分類される人間……たとえ相手が怪人であっても……守る価値はあるのか?追いかけるべきか悩むところだが、レッドは迷いがなかった。
「さくらちゃん、オレ達ゴクレンジャーは人を守ることに躊躇いがあってはいけない、相手が怪人なら……それが人の未来を脅かすものなら守らなくてはならない」
「どうしてそこまで……守ろうとしているのは貴方を傷つけようとした人間でもあるんですよ!?」
「オレは人間を愛しているからだ」
卑劣でも、罪を犯しても……あのAIが切り捨てるような何の才能もない劣等生でも、レッドは平等に人類を愛している。
人間に備わった感情を尊いと思い、守る、何故なら歪んだことにも何かしらの理由があり、そこに至るまでの人生がある。
怪人に感情はない、心がない彼らが人類の代わりに世界に立っても繁栄することはない。
「オレはレッドである限り全人類の心を守りたい、そして君の夢も」
レッドはコートを脱ぎ、ゴクレンジャースーツの真っ赤な象徴を完全に表に出してスノーホワイトを追いかける準備をする。
「誰が聞いているかも分からない、これはオレの独り言として聞いてくれ、誰に否定されようとも、嫌われようとも……君の選んだ道を、君が進むことを」
「オレはずっと応援している、君の力を必要とする時が必ず訪れるから」
レッドは振り向かず激励を送ると、スノーホワイトを追いかける。
レッドの強い信頼、どうして自分にこんな優しいことを言ってくれるのか、あるいはそれも人類愛によるものか……ルールに反するとしても自分のようになってくれることを期待している。
だが浸っているわけにはいかない、自分もスノーホワイトを追いかけなくては……しかし、ぺたりぺたりと恐ろしい足音と……聞き覚えのあるあの機械音声が響く。
『承認シーケンス終了。直ちに戦隊遺伝子を結合させてください』
「了解……急な仕事変更は、正直勘弁してもらいたいが」
スノーホワイトが……真後ろに立っていた、その手にはリンゴのようなものが開かれて、アンプルとエレボス細胞を注入する。
「なっ……逃げたはずでは!?」
「俺もそのつもりだったんだけど……エレボス様、いやあのお方?まあどっちにしても、花岡さくらが急遽欲しいと言い出した、だから俺も少し本気を出すことにした」
レンジャアクに挿入したものとは別で取り出したのは、金の久遠で得たデータをもとに構成された電子状の紫色の刀……これにエレボス細胞を注入して振り回す。
「極武器・Code46、妖刀・脳戸……斬れないものはない伝説の刀として作ったが、こんな使い方もある……カガミさん、2対1は卑怯か?」
『いいえ!5対1が戦隊で通るので全く!』
「……アバターチェンジ、+染色」
ホワイトスノーは刀を振り上げると、極武器は形を変えてホワイトスノーの姿を包み込み、紫色でサメの装飾があり、エレボスの特徴である角や怪人の模様が付けられた……ヒロイックと怪人要素が混ざった歪な見た目に変化する。
『What's up!?KIWAMI MURASAME!!』
その名はエレボイドムラサメ。
かつて歴史に存在した『ドンムラサメ』という戦士をアレンジされたものである。
それだけではない、レンジャアクは起動している……つまり、怪人がまた生まれる。
レンジャアクの長所であり短所はAランク怪人しか作れないこと、故に目立ちすぎることだから……さくらを捕まえるためなら関係ない。
今回は『機界戦隊ゼンカイジャー』と付いた銘柄が落ちて転がり、体の半分が機械で出来た『サイボーグウィドー』が誕生した。
……ふと、嫌な予感がよぎる。
さくらにとって初めてウィドーが作られる工程を見たのだが、ウルフ、エンジェルと続き今回の怪人、作られ方に見覚えがある。
嫌な予感がするが追求せざるを得ない、そしてAIはさくらの精神的動揺を見逃さない。
『お察しの通り(⌒▽⌒)、レンジャアクは私とエレボス様のデータをもとにして……このスノーホワイトのロックされている記憶から開発した……極召喚法を実現するシステムなのです』
「え?そうなの……俺の記憶ってことは、俺本来なら戦隊っぽいことが出来たのか……」
ピンクが正義のために使えたかもしれない力を……今ここでエレボスの遣いが使用している、そうして生まれたのがあの醜い怪物。
サイボーグウィドーは動揺しているさくらに近づいてクレーン型の腕が振り下ろされる……。
「本能覚醒!!」
「イノセント・エトワール!!」
その瞬間、両腕が鷹の翼のようになって滑空してきたベビーが鋭い鉤爪のようになった足で飛び蹴り、更に背負っていたシエルが即座に回転を交えた蹴りでスノーホワイトの首筋を捉えるが、効いている様子はない。
「シエルさん、ベビーさん!?どうしてここに!?」
「貴様こそ勝手に桃の園を抜け出して何をしているか!!私たちまでまとめて文句を言われるだろうがあ!!」
「喧嘩してる場合じゃない……んだよね?さくらちゃん、あれが」
「ええ、あそこにいるのが今までウィドーを作ってきた……スノーホワイトと名乗りましたね」
「カガミさん、2人増えたけどバランス取れない?」
『生徒情報を検索、ランクD規模の見習いです、ウィドーにでも足も出ません』
「そうか……レンジャアクはウィドーしか作れないからな、3人捕まえて給料も3倍です」
シエル達もこうしてスノーホワイト……とは言えど、現在はほぼドンムラサメもどきの姿であるが、すぐ近くにウィドー級がいる以上間違いないとされ、シエルは蹴りの連続攻撃を浴びせていく。
「怪人の味方をするのならたとえ人類であっても容赦はしない、怪人はこの世から根絶する、私から家族を……全てを奪った怪人という存在を!」
「凄い典型的な物が出てきた、カガミさん、俺に言われても困るから君から何か言って」
『貴方も家族のもとに送りますよ(・∀・)あるいはお悔やみ申し上げます( ;∀;)のどちらがいいですか?』
「貴様ぁっ!!」
シエルを苛立たせる発言を繰り返すAIを振り落とそうとするが、唯一変身していない右腕……携帯を持っている手が何かおかしい……いや、彼の手は携帯を持っているのではない、張り付いている。
内側から血管のようなものが繋がって少し見えている、つまり接続されている……まるで部位の一つのように。
サイボーグウィドーがシエルに攻撃を仕掛けるが飛び跳ねてかわし、スノーホワイトへ一撃浴びせようとするが骨に響く様子すらない。
『攻撃は全くの無駄です、かつて歴史に存在したバイクに騎乗する戦士は、変身時にスペックが大きく変化します、身長体重も大きく変化、装甲も付与……生身の人間である貴方達に勝機は0%』
「くっ……貴方達こそ、極召喚法を悪用しているくせに……」
極召喚法と極武器の一部が現在エレボスの手で悪用されている、追いかけたレッドがいずれ戻ってくる可能性もあるかもしれないが、それまでに自分の身が持つかどうか。
サイボーグウィドーに対しても狙いは完全にさくらだが、巻き込みたくない……。
ベビーもほぼ鳥人間のような身体ではあまり戦闘にならないし時間が来れば、またこの間のような副作用が訪れてしまうと……。
悩んている所に、レッドが送ってくれた言葉を思い出す。
『君の選んだ道を、君が進むことをオレは応援している』
これしかない、危険な賭けだが……ベビーだってブルーへの愛で極活法を覚えたのだ、自分も同じ領域に立てなければ……レッドに申し訳ない。
……使えそうなものを確認する、まだわずかに残っている、可能性としてはありえる。
「シエルさん、ベビーさん、ちょっと時間稼いでくれませんか?……私は今から……極召喚法を試してみます」
「なんだと!?やり方が分かるのか!?」
「いえ、ほぼ勘みたいなものですが……あのアンプルの赤い薬がまだ残ってます、一か八かアレを私に打ち込みます!!」
「私はどうなっても知らんが、やりたいのなら好きにしろ!!アレだな!」
シエルは落ちているアンプルを回収しようとするサイボーグウィドーを足止めする、接戦すらピンクには許されないが今はどうこう言ってられない。
シエル・フローレスの目的はただ一つ、人間の夢を、人生を破壊するエレボスと怪人達を皆殺しにすること。
失われたものは帰ってこない、たとえ自分に嘘をついても、怪人の根源となるものは全て叩き潰す。
ようやく、そこに近づけたのだ……さくら共々スノーホワイトを絶対に逃さないという意思を感じる。
スノーホワイトは変身しているものの刀を全く振らない、油断しているのか使い方をよくわからないのか折角の武器を全く使おうとしない、軽く振り回している中、最後の滑空を仕掛けたベビーが、羽根が抜け落ちて足の骨格が戻りながらも、足の小指でアンプルを掴む。
「とったよさくらちゃん!!受け取って!!」