ベビーの決死の滑空によって、鳥のような足の小指で掴み取られたひとつのアンプルが、さくらの手元へと渡った 。
それは先ほど、体の半分が機械で出来たサイボーグウィドーを生み出すのに使われた『機界戦隊ゼンカイジャー』と記された銘柄のアンプルだ 。中を透かして見ると、底のほうに僅かではあるものの、汚れが一切ない白い薬液が残っていた。
「どうする?止めるか?届くけど……」
スノーホワイトは、さくらがアンプルを手にしたのを見て、無機質な声でカガミと呼ばれるAIに尋ねた 。
『いいえ、ここは素直に実験させろとあの方からの指示です。変身を解除してデータを取ってください』
「今日はやけに仕事内容が変わるな……給料を3割増しにしてほしい」
ぼやきながら、スノーホワイトはその歪な装甲をあっさりと解除し、元の白いスーツ姿へと戻った。そして、興味深そうにさくらの観察に入る。
さくらの手は震えていた。残っているアンプルを使うべきか。
ブルーへの愛で極活法を覚えたベビーの例とは違い 自分はド素人で練習したこともないぶっつけ本番、極召喚法を使った後、無事に人間の姿に戻れる保証はどこにもない。
ましてや、召喚法とは過去の戦隊の力を宿すものらしいが、彼女は過去のレッドたちのことなど全く知らないのだ。
しかし、ここで自分が躊躇えばどうなるか。あの方と呼ばれるエレボスが 、目の前のスノーホワイトが、そして彼らが生み出す怪人たちが、この先も人類に深い傷を与え続けることになる。自分が少しでも、その歩みを止めなければならない。
「染……色!!」
覚悟を決めたさくらは、鋭い声を上げ、僅かに残った薬液を自らの手首に強く打ち込んだ。
瞬間、アンプル内の戦隊遺伝子が急速に彼女の細胞へと結合していく。
それはスノーホワイトにとっても全く見たことのない反応だった。彼が首を傾げる中、AIのカガミはカメラ機能を通して即座に電子資料を構築・発行していく。
『図解……戦隊遺伝子を用いて行われる極召喚法。ウィドー化させるために用いるエレボス細胞が、正確にはテストステロン(男性ホルモン)の突然変異体であるのに対し、正確な極召喚法を行うために必要なのはその逆です。プロゲステロン(女性ホルモン)を劇的に変化させることで、肉体構造そのものを書き換えます』
その実験結果はデータ上に一切残されていない。だが、それが明らかに普通の生身の人体で耐えられる負荷ではないことだけは確実だった。
スノーホワイトは生身の状態に戻ってもなお、激しい怒りと共に蹴りの連続攻撃を放つシエルの打撃をのらりくらりといなしていた 。
「でも、これが原因で花岡さくらが死んでしまえば……俺の責任ですか、コレ?」
『いいえ、花岡さくらは100%適応します。そういう運命に恵まれていると、あの方は言いました』
AIがそう断言した直後だった。
遂に、シエルの鋭い一撃がスノーホワイトの頭部を正確に捉えた。
強烈な打撃音。並の人間なら首の骨が砕け散る一撃だったが——スノーホワイトの頭部は、まるでゴムボールのようにポンッと胴体から外れ、宙を舞い、そして何事もなかったかのように再び身体の元の位置へと吸い込まれるように取り付けられた。
「なっ……!?」
シエルが驚愕に目を見開く。彼の身体は、明らかに人間のそれとは異なっていた。ちぎれた断面からは赤い血ではなく、真っ黒な体液が不気味に蠢きながら流れている。そして何より、彼の身体には、頭部と胴体を繋ぐ『首』という概念そのものが存在していなかったのだ。
「……ああ、そっか。多分あの子、よくわからないけど俺みたいになるのかな?」
自身の頭を軽く撫でながら、スノーホワイトは事もなげに呟いた。
その間にも、さくらの体内で劇的な変異が進行していく。
——花岡さくら、戦隊遺伝子カイ・T型結合完了。
凄まじい熱量と共に体内で細胞組織が組み替えられ、彼女の肉体は、最適な形へと変貌を遂げようとしていた……。
最初は身体が内部から引き裂かれそうな激痛がさくらを襲うが、次第に骨が、皮膚が、臓器が合わせるように変化して肉体を覆っていく。
身長までは変わらないが筋肉が空気を詰め込んだかのように圧縮されたような感覚、身体が慣れてきたのでゆっくりと立ち上がり、体を確認するが特に何かあったように見えない。
「し……シエルさん、私の体どうなりました?」
「どうなったも何も……特に変わってないように見えるぞ、まさか失敗……?」
さくらには何も変化がないように見えるし、確かに何か変わった気がするので体を動かしてみるが確かに何も変化がないように思ってしまう。
しかしそうこうしていられない、ベビーの極活法の制限時間が完全に到達したらしく、半分鳥のような身体から人に戻るものの腕や足の骨が異様な向きに曲がっており明らかに大きな影響が出て動くこともままならない。
たとえどんな結果だとしても、自分がやらなければならない、せめてウィドーだけでも……。
「桜花一拳!!」
ずっと鍛えてきた、レッドの背中を追いかけて、何度も練習して……絶対に怪人に当ててやると強く誓ったこの技、自分だけのオリジナル技、それが桜花一拳。
細胞が活性化して戦隊遺伝子が駆け巡るさくらの肉体は、そこから放たれる拳は、近くに立っていたサイボーグウィドーの腹部分を捉えると、マッハの衝撃で引き飛びビルのコンクリーを容易く破壊し、拳の風圧で外れかけてたスノーホワイトの頭も落ちる。
……これを自分が出したという実感が沸かないが、一つ分かったことがある。
「この力なら……貴方にも勝てる……」
「カガミさん、もう1回レンジャアク複製できる?」
『了解、再申請の場合承認シーケンス終了まで35分かかります』
「あっちょっと伸びるな……じゃあアレができるのは?」
『金の久遠で得た過密データの解凍は現在340時間待ちとなっております』
「ふむ わしにしね というんだな」
制裁の時、さくらは決して逃さないとばかりに次の矛先をスノーホワイトに向けた瞬間、さくら達のいたビルが大きく揺れて天井部分が破壊され……そこには、巨大な飛行船とハシゴが降りてくる。
カガミさんが装着されている方の腕が1人でに動くようにハシゴをつかみ引き上げられていく。
追いかけようとするがさくらの膝が突如石のように重くなり立つこともままならい、ごくわずかな薬とはいえベビーのように副作用があったらしくはいすがるように動こうとするが全く届かない……だが、まだ1人だけ五体満足な者が存在したではないか。
「シエルさん!!お願いします!!」
「当然だ……なんとしても逃がしてたまるか!!」
シエルがさくらの背中を踏み台にして、スノーホワイトよりさらに上のハシゴに捕まりよじ登って誰かしらを捕まえようするが……入口から光るものを見つけた途端、電撃の弾丸がライフルのように飛んできて間一髪メガネを掠め、スノーホワイトの頭を貫通する、額に穴が空いているにも変わらずスノーホワイトは全く意に介せず会話を続ける。
「あのさあ死なないからってちょっと遠慮が利かないんじゃない?」
「お前には相応しい姿だ……このままハシゴを切り離してもいいのだぞ」
「え、それ困るから振り落としてよ……」
「くっ……その場合は貴様も道連れだ!」
シエルはスノーホワイトを蹴り落とそうとしながら這い上がろうとするが、入口は何かをリロードしている、また電撃のようなライフルを撃ち込むのか……と、その時もう2つ戦闘機が重なるように近づいてきたのでその風圧でシエルは手を離してしまう。
「しまっ……」
空から落ちながらシエルが見たものは……戦闘機が繋がり、大きな戦闘機に繋がるように2つの機体が変形して……3つの姿が1つになった、ビルよりも大きな亜人型ロボットに変化した。
スノーホワイトもなんとか乗り込み、より高いところへ飛び立とうとする。
「俺のお給料40%もマイナスされてるよ……」
「なんでもいい、エレボス様の調子が不安定だ」
『それでは明日もお仕事頑張りましょう!我々ホワイト・レボルシオンは素敵な将来をあのお方に約束します!』
後少しで地面に落ちそうという時、ワイヤーが伸びてきて壁に突き刺さり、宙にぶら下がる体勢で救助される。
ワイヤーを伸ばしてくれた先にいたのは……シャドウだった。
「レッドから大体の状況は聞いているけど、随分とやってくれたね君ら」
「申し訳ありません……奴らを逃がしてしまった」
「いや成果としてはそれ以上だ、というか君等三人入学して間もないとは思えないくらい色々やっててパネェと思ってる……これには桃の園のお偉いさんも黙って見過ごすしかないでしょ、ただ問題もある、君らは努力しすぎたんだ」
シャドウに回収されるシエルが見たものは、ホワイト・レボルシオンと名乗る謎の組織が去って後を追うように青いドクターヘリが急行して廃ビルに続々と男たちが集まり、両手両足が利かないベビーと足が動かないさくらを担いでなかに詰め込んでいく。
あの青いカラーやシンボルには覚えがある、4種類あるゴクレンジャー養成校のうちブルーを育成する『藍の波止』のものだ、そしてこの学校はゴクレンジャーが捕獲した怪人の研究やバイオテクノロジーが盛んな施設でもある、この技術がなければ極活法は生まれることもなかっただろう。
これからさくらとベビーは藍の波止で精査されるのだろう、悪い言い方をしてしまえばモルモットのように……だが少なくともさくらは一度そういった専門家に見てもらったほうが早い、それより自分だ。
「……私には奴らのようなものはない、こんなことなら適当でも誰かしらの背中を追いかけて極シリーズを覚えておくんだったな」
「極忍法をを……もっと覚えたいのか?だったらとびっきりのやつがあるぞ」
シャドウがどんな思惑をしているのか誰にもわからない。
しかしシエルも変わらなくてはならない、元より手段は選ばないつもりだ、たとえ人間を手に掛けることになっても、誰かを裏切ってでも。
桃の園から始まった三人はもう既にピンクを超える存在に近づきつつあった。
――
目を覚ますと、そこは全く見慣れない無機質な天井だった。
「ここは……?」
身を起こそうとしたさくらは、直前まで石のように重く動かせなかった両膝の感覚が完全に戻っていることに気づく 。ベッドから降りて周囲を見渡すと、そこは冷たい金属と無数のモニターに囲まれた巨大な研究施設だった。
部屋の壁沿いには巨大な培養槽がいくつも並んでおり、解析中と思われる様々な怪人の姿が液体の中に浮かんでいる。その中には、昨日イエローが倒し、そのまま捕獲されたであろうエンジェルウィドーの姿もあった。
足の重みもなくなり、状況を把握しようと扉へ向かって移動しようとしたその時、部屋の中央に青白い立体映像が投影された。
そこに現れた人影は、この場所——『藍の波止』の責任者であり、ゴクレンジャーの現役ブルーその人だった。
青いカラーをシンボルとし、怪人の研究やバイオテクノロジーが盛んなこの施設の性質を考えれば 、極召喚法を使った自分の肉体を彼らが徹底的に検査していたことは、さくらにもすぐに察せられた。
「目が覚めたようだな、花岡さくら……レッドやシャドウから既に話は聞いている」
ブルーの立体映像は淡々と語り始めた。
彼によれば、スノーホワイト及び『ホワイト・レボルシオン』と名乗るエレボス側の組織は 今までのデータには一切存在しない全く新しいアプローチでウィドー級を作り出しているという。
現に、培養槽にいるエンジェルウィドーも、過去の怪人の情報とは大きく異なる肉体構造の情報が羅列されているとか。
「だが、君の無謀な行動が功を奏した面もある」
ブルーの声にわずかな熱がこもる。
さくらが戦隊遺伝子を奪い、自らに打ち込んだことで 、極召喚法のメカニズムや、エレボス細胞に用いられるホルモンの詳細なデータが明らかになったのだという。
これが発覚しただけでも人類側にとっては大きな進歩であり、藍の波止は現在、この『戦隊遺伝子』と呼ばれる物質の複製研究を本格的に開始したと彼は語った。
しかし、さくらにとって一番気がかりなのは、僅かとはいえ遺伝子を組み込み、一度は劇的な変化を遂げた自身の肉体がどうなっているかだ。
「あの……私の体は、どうなっているんですか……?一回だけとはいえウィドーを殴り飛ばすくらい凄い力になったのですが」
さくらの問いに対し、ブルーは冷徹に事実を告げる。
「結論から言えば、今回君に起きた変化は極めて少量の薬液による一時的なドーピング程度にしかなっていない。だが、もし完全な戦隊遺伝子を服用すれば、より高い戦闘能力を引き出すことができるだろう。……その分、プロゲステロンを体内で強制的に改造することによる、肉体への凄まじい負荷と副作用も大きくなる可能性が高いがな」
それは、一歩間違えれば命を落とすか、人ならざる者になるという警告だった。
それでも、さくらの瞳から光は消えなかった。ピンクという戦闘のサポートしか許されない立場に甘んじるつもりも、桃の園から逃げ出すつもりもない。
「私は……辞めません」
さくらは立体映像のブルーを真っ直ぐに見据えた。
「ホワイト・レボルシオンを討ち、エレボスを倒します。そのために、私は極召喚法を確実に自分のものにしてみせます」
少しでも彼らの歩みを止め、レッドのようなヒーローになるために。その強い決意を聞いたブルーの映像は、表情を変えることなく、ただ冷酷な宣告を下した。
「言質は取った。これより、戦隊遺伝子20種類の同時試行運用を開始する」
「え……?」
さくらが言葉の意味を理解するより早く、背後から忍び寄っていた白衣の男の手によって、彼女の首筋に鋭い注射針が突き立てられた。
視界が急速に暗転し、さくらは抗う間もなくその場に崩れ落ち、即座に失神する。意識を失った彼女は無機質な試験用架台に乱暴に寝かされ、その周囲にはこれから打ち込まれるであろう無数のアンプルがずらりと用意されていった。
一方、さくらが寝かされた部屋のすぐ隣。本来は沈静化される前の凶暴な怪人を隔離するための緊急防音室では、外には一切届かない異常な騒ぎが起きていた。
分厚い壁の向こう側で行われていたのは、両手両足の骨が異様な向きに曲がるほどの負荷を受けたベビー・キャロルに対する 、凄惨な人体変化実験だった。
彼女が既に覚えている5種類の極活法に加え、さらに追加の45種類を強制的にすべて試行するという地獄のような所業。
防音室の中で響き渡る絶叫に、深い眠りに落ちたさくらが気づくことはない……。
――
「え……さくら君たちあれから帰ってきてないの?」
スノーホワイトの襲撃から既に1週間以上経過している、担当教師だというのにシャドウが全く意識していなかったのもどういうことかと思うかもしれないが、シャドウはずっと極忍法の授業しかしてないので生徒たちには目を向けていない。
ウィドー級の連続やハードな特訓でもう既に何人かの生徒が抜け出しているので何人消えても分からない。
それにシャドウもシエルも藍の波止で検査を受けていることは知っており、よほど何かあるとしても3日で帰ってくるし、帰ってきても身体が慣れるまで安静にしているものかと思っていたが……まだ藍の波止から何の知らせも来ていないのだという。
「裏方とはいえ一応現行ゴクレンジャーだろう、他のメンバーと話なりしていないのか」
「俺5.9って言ったでしょ?形上はメンバーってことになってはいるけど扱いとしては特にいないのと同じなんだよ……まったく、余計なことが起きれば誰が始末してやったと思ってるんだ……」
「それだけじゃない、ホワイト・レボルシオンが来たときもそうだが……あのチビの周りで不可解なことが起こることも気になるが、藍の波止もイエローもまったく反応を見せてない、お前……本当にゴクレンジャーのメンバーか?」
「よいしょ」
「うっ!!」
シエルもまた、詮索しすぎたことでシャドウに意識を奪われる。
彼女たちは何か悪かったわけではない、ただ役に立ちすぎるだけだ。
ピンクという方向性すら逸れてしまいそうなほどに……身の丈を知らない見習いゆえに過ちもある。
しかし……何より問題なのは、自分より厄介になること?
滑空中のホワイト・レボルシオン本部ことルパンカイザーに類似した人型ロボットの中で、スノーホワイトはズレかけている首を直しながらゴクレンジャーの情報を見る。
「ああ〜だっる、実際エレボス様がどうなろうがゴクレンジャーがどうなろうが世界どうなるわけ?多分どっちにしても俺は死ぬんだよね?」
『はい、元よりスノーホワイトさん達はここで消えてもらうことは確定ですね、組織の真似事の為にあなたにはお給料を、各メンバーにも何かしらのサービスは提供していますが……』
「なんかこう、悪の組織?をやるにしてはパッとしなくない俺、記憶喪失の俺を拾って脳みそまでハッキングされてるだけに文句は言えないようになってるけど……で、こっからどうなるのかな?」
『ゴクレンジャーの動向次第です、エレボスを倒すため世界を救うため……手段は選ばないでしょう、彼ら現行ゴクレンジャーの5人もまた、常軌を逸した異常者達ですから』
そして三人のピンクは一次的に軸から外れ……物語は一旦彼の視点で通る。
男の名前は相田コバルト、藍の波止で将来ブルーになることを約束された者……。