特待生、それは養成校で最も優秀な成績を収めた者だけが選ばれる特別な生徒たちの事。
特待生になれば戦隊の後継者として有力候補、更に特例で一つ上のCランクの怪人鎮圧も認められるまさに未来の希望となる者たち。
当然ゴクレンジャーを目指すからには、見習いは必ず特待生を目指す。
ここはブルー養成校『藍の波止』、一次的に肉体を怪人のような器官に変化させ適応させる極活法を学び……常に2番手として冷静沈着、女に好かれ品行方正を通すブルーらしい振る舞いを教育される。
この学校では既に特待生が決まっている。
その名は相田コバルト、女性に好かれることを第一とするブルー枠でありながら並外れた男性人気を持ち、成績優秀で独自に空中戦法を実用化した『銀河連携戦法』を確立させた、まさにブルーの期待の新星。
「相田、現行ブルーから連絡があった……もう少しすれば引退、次の席にはお前が入るそうだ」
「はい、ありがとうございます……今後もゴクレンジャーブルーを継ぐものとして、またレディを守るナイトとして精進いたします」
少し早いがコバルトは教員から表彰状を受け取る、もう既に学校内では誰もがブルーの後継者は決まったような流れになっているが、少しも彼を蹴落とす流れにはならない……格が違いすぎるから。
こんな模範すぎるような人物にどう対抗すればいいのか……幸いにも養成校に入って卒業すれば何かしら関係ある職に就くことが出来る……。
コバルトは祝福されながら寮に戻り……枕を背にして仮初めの笑顔を整える。
「はぁ……ようやくここまで上り詰めた、お利口さんぶるのも楽じゃねえべ」
コバルトは優秀だ、自分の表の姿に全く別の嘘の様子を見せつけて理想のブルーを見せつけている……本来の彼は野暮ったい顔の雰囲気通りで訛り声で女大好き、学校で強制されるブルー像とは程遠い人間性だ。
その全てはゴクレンジャーになる為、ようやくあと一歩まで上り詰めていた。
あと少し、あと少しだけでもヒーローの真似事をすれば自分は立場を手に入れられる……というところで、寮に備え付けられているパソコンからメールが届いたのですぐに開いてみると国家保安部隊からであり、突然の話ではあるが藍の波止全生徒による校内と研究施設の清掃を執り行うとのことだ。
コバルトじゃなくてもめんどくさいと感じるような突然の課題、何せ藍の波止は4つ存在する養成校の中で一番広い区域であり桃の園以上に進歩した授業や施設が各地に作られている。
そんなものを一斉に大掃除となれば今からにしてもほぼ日が暮れてしまう。
「はぁ……めんどくせぇけど国家保安部隊には逆らえねえし、やるしかねえだな……」
――
突然始まった藍の波止の清掃のために駆り出される全ブルー候補生たちの姿は、校舎から研究棟の外周までびっしりと広がっていた。
箒を振り、雑巾を絞り、洗剤の匂いが充満する中、相田コバルトの姿だけがどこにも見えない。
それもそのはずだった。研究施設という機密情報の移動に許可が与えられるのは、コバルトのような特待生だけ。
生徒たちは表の校舎や訓練場を掃除させられているが、コバルトはすでに研究施設の奥深くで、ほぼ一人で汚れと格闘していた。
「ああ……なんだって特待生ってやつはオラ以外にいねえんだか、研究施設ってやつも大事ならこんな汚すんじゃねえべ全く」
彼はスーツの上から着た白衣の袖をまくり上げ、モップを力任せに押し進めながらぼやいた。
藍の波止にある、国家保安部隊が管理する施設は主に捕獲した怪人の保管と、人類の進化・延命を表向きのテーマにしている。
しかし明らかにそれだけでは説明がつかない規模の汚れ——黒い体液の跡、培養液の飛沫、引きずられたような血痕——が床や壁にこびりついていた。
ラボは一つや二つではない。コバルトは三つ目のラボをようやく終え、額の汗を拭った。
「あーったくめんどくせぇ……サボりてえがこんな時にマイナスになるようなことばごめんだ……ん、ありゃ……」
その時、すぐ隣の緊急防音室の扉が、老朽化したのか外れかかっているのが目に入った。本来、凶悪な怪人を隔離するための部屋だ……入り口がこんな状態でいいはずがない。
コバルトは前々から特待生を目指す過程で、薄々感じていたものがある、『ゴクレンジャーには、人間の命よりも大切なルールがある』という決して口にされない暗黙の掟……それが嫌いだった。
ホワイト・レボルシオンという謎の団体が急に姿を現したこと、顔が利くはずの自分ですら知らされていなかった六人目のゴクレンジャー・シャドウの存在。
生徒である自分たちにさえ隠されている、世界の根底を揺るがす秘密。
だが、ここで本格的に動き出せば全てが無駄になる。だから少しだけ……少しだけ覗くだけだ……彼はその日、ルールを破った。
頑丈に作られた扉の片方を両手で掴み、思い切り引き抜いた。金属の軋む音が響く。
瞬間、もう片方の内側の扉が——まるで大型の乗り物が激突したかのように大きく凹み、吹っ飛んで中にあった『モノ』が、一気に解放される。
スーツにある備え付けのレーダーがぴくりとも動かないので怪人の反応ではなかった。
だがそれゆえに、はるかに恐ろしい可用性が漂っている……そこにいたのは、普段だったらキャラつけを放棄してでも即座にナンパに飛びつくような一人の美女だった。
長い茶髪が乱れ、汗と何かの液体で肌に張りついている。顔立ちは紛れもなく人間のそれ——整った眉、長い睫毛、桜色の唇。
しかし、その身体は……まるで一部が怪人と人間のなりそこないのようだった。 両腕は肘から先が異様に長く伸び切って、関節が逆方向に折れ曲がったまま固定されている。
指先は鋭く尖り、鳥のような爪が光っていた。両足も同様に膝が不自然な角度で曲がり、ふくらはぎの筋肉が異様なまでに盛り上がって、まるでバネのように収縮と弛緩を繰り返している。
背中には薄い膜のような翼の残骸が、血管を浮き立たせて震えていた。
ベビー・キャロルはあれからずっと、ここにいた。
意識は朦朧としているのか、目だけが虚ろに開いている。唇が小さく動き、かすれた声が漏れた。
「……さくら……ちゃん……? まだ……痛い……よ……」
コバルトは息を呑んだ。特待生として、数え切れないほどの怪人データを目にしてきた彼でも、これは初めての光景だった。
しかもだ、彼女が着ているヒーロースーツは紛れもなく桃の園のものだ、交換留学などでここに来ることは特別珍しいことでもないが……
「一体ここで何があったんだ……」
息を呑んで近くに落ちている資料を手に取ると、そこには極活法の追加試行——50種類すべてを強制的に活性化させた結果。人間の限界を超え、怪人の領域に半ば足を踏み入れた、生きる失敗作。
コバルトの頭の中で、様々な計算が瞬時に回った。 これは……チャンスか? それとも、墓穴か? 彼はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。靴底が床にこびりついた抵抗の傷跡を踏む感触が、ぞわりと背筋を這う。
ベビーの虚ろな瞳が、ゆっくりとコバルトに向けられた。そこに宿るのは、苦痛と、それでも消えない何かの光——何がを守りたいという、純粋すぎる意志の残滓だった。
コバルトはしゃがみ込み、彼女の尖った爪に指を触れた。冷たい。だが、確かに生きている。
「よし……コレにも通用するか分かんねえけども、やらんわけにはいかんと」
遠く、校舎の方から生徒たちの掃除の声が響いてくる。誰もまだ、ここに気づいていない。 コバルトはベビーの身体を抱き上げた。異常に軽い。骨がほとんど空洞化しているのかもしれない。
だが、命がわずかでも残っているなら絞り出すことが出来る。
「本来ば女子に合法的に触りたくて覚えた不純な動機の極活法だけども、これで人救えなきゃ意味はなか!……極活法・23柱『人の命は地球の未来の巻』!!」
コバルトは担ぎながらベビーのふくらはぎを小指で押す、この技は50ある極活法の中でも特殊な例であり新陳代謝を大きく促進させて回復させる他に、怪人の機能を一部リセットさせて沈静化させる守りの技、藍の波止では大体の生徒が真っ先にこの技を教わる。
ここまで酷い状態になっても効くかは分からないがやらないよりいいと思っていたが……これまで見た程のないほど絶大な効果を発揮する、変質していた各部位が抜け落ちて元の肌に戻り、一見すると完全に人間にしか見えない……再生能力さえも常軌を逸しているが、まだ衰弱している。
「さてこの子どうすっか……のんびりバカンスさせる余裕もねえしまだ清掃の時間、一旦前もって用意した抜け穴から逃がすにしてもなあ……」
「ま……待って、あっち、あっち……」
「へ?あっち……ここか?」
身体が多少自由になったベビーは、そこにいるのが誰かもわからないのに助けを求めて手を伸ばす……目を凝らしてみると、防音室の先にさらに扉がある、よほどの立場でないと入れない部屋の奥にまだ何か隠しているのか?
(おいおいマジでとんでもねえもん隠してんじゃねえか?今でもドン引きもんなのにこっからじゃオラでも抱えきれねえ……けどまぁ、女の子にここまで手を伸ばされて引き下がったら男として一生後悔すんだろなぁ)
更にその先まで足を踏みしめて扉を開ける、その先の扉にどんな恐ろしい怪物が待っているのか想像だにしない、おそるおそる引っ掻き後の多い扉を覗くと……。
「こ……こいつはなんだ?」
防音室の先の部屋の床には、使い捨てられた無数の空アンプルが散乱し、底に残った白い薬液が、さっきまでさくらが使ったものと同じ銘柄『機界戦隊ゼンカイジャー』と記されていた。
それだけではない、拾ってみると数々のアンプルの試作品らしきものが転がって拾われていない。
心電図は生きてはいるものの極めて不安定で……そこにいる人物は本当に生きているのか?と錯覚させられる。
「そういえばこの子、さくらちゃんとか言ってたかぁ……この薬がなんなのか知らねえけども……いってぇどんな実験してた?」
さすがに女の子2人を支度無しで担ぐのは少々無理をする、更に今自分は明らかに入ってはいけない場所に堂々と踏み込んだ、バレたら大目玉では済まない……一応研究施設には何度か潜入を試みたことは過去にもあるし、バレないようにやりすごすための抜け穴は何個か用意してあるが運の悪いことにこのラボから二人担いで逃げるには少々遠い。
良い感じに誤魔化せる方法を考えていると、いつの間にか目の前に殺意を感じ、本能で槍のように鋭く跳んでくる拳を回避する。
奥で眠っていたはずのさくらが目覚めて重い足取りで立っており、自分の事を睨みつけている、助けを呼ばれないようにするためか……あるいは自分でも想像できない程長い間声を出し続けていたのか、彼女の喉は潰れる寸前のようだった。
「ぇっ……ヴぃ ぁん ヲ で ぃ ん ぁ」
声も全く掠れた形ながらも必死に抵抗の意思を見せる、この研究施設で何をされたのか……何にしても自分に敵意を向けているこの子にどう説明するか……避けながら考えていると、遂に周囲が赤いランプで真っ赤な光りに包まれ侵入者が現れた警報を示すアラートが鳴り響く。
「あっやっべぇ!さすがに土足で入り込みすぎた!!あーでもこいつらどうすりゃ……一旦返すにしても扉破っちまったし……」
しかしコバルトが想定していたものと異なり、コバルトの通信機から届いた侵入者の情報は自分ではない……なんと、この施設をエレボスとホワイト・レボルシオンが襲撃したというものだった。
これまで情報が全く明かされない怪人の始祖にしてゴクレンジャーの宿敵、エレボス……それが唐突にこの場所に来た、ありえなくもないが唐突だ。
しかし……これはチャンスでもあった、この騒動にかこつければ2人をなんとか逃がせるのではないのか?
特待生として施設を守ることは当然でもあるし、突然の不意打ちで隠されていたサンプルが逃げたとしても何のマイナスにもならない、清掃のために監視カメラは切ってある。
(……いや、もしかしたら清掃自体が奴らの仕組んだ罠ってこともありえるが、まあ存分に利用させてもらう)
確認してみると確認地点は16番ラボ、ここから行くには少々遠回りになるが間にある8番ラボに行けば抜け穴があるのでそこから向かって行けば何の問題もない。
善は急げ話してる暇はないとばかりにさくらの手を掴み、ベビー共々大急ぎで8番ラボへと駆け出していく……ただし普通に走ってもすぐに見つかるが、彼の場合は特別。
独自に編み出した脚の使い方によってコバルトは重力を無視した活動と戦闘を可能している、よって天井を床のように走り、逆さまになれば各地に伸び切ったパイプなどが視界を遮り安全に目的地につける。
さくらとベビーは真っ逆さまに引っ張られながらコバルトに連れられる、彼女たちからすれば敵か味方かもわからないし、味方だとして何故ブルー候補生がこんなことをするのかも分かっていない。
だが……ここから出られるのだったらなんでよかった。
そうこうしているうちに8番ラボにあるコバルトが用意したダクトの裏口を開けてベビー達を入れる。
「極活法で回復させといたしそこまで狭くねえとこだで、上手くやれば出られるはずだ」
「ど……どうして……あなた……」
「どうしてって……ほっとけねえだよ?んなもん見ちまったら、何があったかは知らねえけどよ……知らねえから簡単に手を差し伸べられちまうのがゴクレンジャーの嫌ぇなところだが、いいとこだな」
そうしてなんとかダクトに放り込み、少し楽になったベビーがさくらを引っ張ってなんとか奥の方へ……ここから向かって行けば桃の園の近くにあるマンホールへと辿り着く、あとは運が良ければ問題ないだろう……。
それよりも自分には別の問題もある、国家保安部隊を怒らせたら何をされるか分かったものじゃない……さっさと行こうというところで、また人の気配がする。
「おっと君は成績優秀な特待生くんじゃありませんこと?」
「……そういうアンタはゴクレンジャーでありながら一番胡散臭え存在だったべな、シャドウ、何の用だ?」
「エレボスをさぁ……見なかった?」
――
暗く狭いダクトの中を、さくらとベビーは泥だらけになりながら這い進んでいた。
相田コバルトという見ず知らずのブルー候補生が用意してくれた抜け穴 。
彼の不可解な厚意と極活法による処置のおかげで、ベビーはなんとか動けるまで回復しており 、衰弱したさくらを引っ張りながら進むことができた 。
やがて、わずかな光が差し込む出口——桃の園の近くにあるマンホールへと辿り着く 。
重い鉄蓋を押し退け、見慣れた桃の園の敷地内へと転がり出た二人は、命からがら自分たちの寮の部屋へと逃げ込んだ。
「とりあえず……これ、食べて……」
「……ありがと、さくらちゃん……」
部屋に備蓄してあった手軽な栄養食を胃に流し込み、死んだように眠った。
数日ぶりのまともな栄養と、安全なベッド。十分な休息を取ることで、二人の身体はようやく正常な状態へと近づいていった。
しかし、無事に戻れたとはいえ、これからどうすればいいのか全く分からなかった。
あの地獄のような研究施設から逃げ出したのだ ……相手はゴクレンジャー以上に強大な権力を持つ国家保安部隊。
すぐにでも追手が来て、またあの防音室へと連れ戻されるのではないかという恐怖が常に付き纏う。
もしこの事実を世間に公表したとしても、巨大な組織の力によってあっさりと揉み消されるのは目に見えていた。
何より問題なのはあの非情な実験で自分たちの身体にどのような変化が起きたのか、ということだ。
健康を取り戻すにつれて調子も戻ってきたさくらだったが、実験によって自分の身体に強靭な戦隊遺伝子が宿ったような、あの時サイボーグウィドーを殴り飛ばした時のような超人的な感覚は一切しなかった。
一方で極活法による強制的な活性化を施されたベビーの身体には明らかな異常が残っている、彼女が着ている肌の面積が多いオーダーメイドのヒーロースーツからは、極活法に使用するツボの部分が、どす黒い痣となって至る所に浮かび上がっていたのだ。
「……今の私たちじゃ、到底あいつらには及ばない」
さくらは自身の拳を強く握りしめた。
圧倒的な暴力と権力……それに抗うためには立場と力が必要だ。今のただの『ピンク候補生見習い』のままでは、再び実験動物として狩られるのを待つだけになる。
今、自分たちに必要なこと。それは——どちらかが『特待生』まで上り詰めること。
特待生になれば、あのコバルトのように機密情報に触れる機会も得られるはずだ 。生き残り、真実を暴き、そして理不尽なルールを壊すためには、まずはその席を奪い取るしかない。
「……私たちがいない間、外はどうなってたのか……多分一週間くらいは経ちましたよね?」
現状を把握するため、さくらは部屋のテレビの電源を入れた。
画面に映し出されたニュース番組を見て、二人は息を呑んだ。
『——エレボスを信仰する謎の武装組織ホワイト・レボルシオンによるテロ行為に対し、政府は新たな対抗措置を発表しました』
既にホワイト・レボルシオンの存在は、隠蔽されることなく世間に広く認知されていた。
さらにキャスターは信じられない言葉を紡ぐ。
『これに対抗すべく、ゴクレンジャーの派生組織として新たに非公認戦隊こと私兵部隊【秋葉蓮蛇(あきばれんじゃ)】が結成されました。指揮を執るのは、突然表舞台に現れたゴクレンジャー幻の六人目と呼ばれるシャドウ氏です』
あの教員、シャドウが私兵部隊を率いている。
だが、さくらとベビーの心を最も深く抉ったのは、その次に画面に映し出された映像だった。
『こちらが、秋葉蓮蛇の先陣を切る主力メンバーです——』
「極忍法・肆拾肆の型『世曇閉無』……!」
テロップと共に映し出されたのは、異形の極忍法を完全に使いこなし、まるで感情を失ったかのように敵を蹂躙する戦士の姿。
それは、怪人への復讐を誓い、共に戦ってきたはずの仲間——変わり果てたシエルの姿だった。