片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~ 作:斑鳩古都
章タイトルで「分かる人は分かるかな?」という感じですが、ライダー決着編のはじまりです。
よろしくお願いします!
第2章 中富川 〜第1節 独白と夢想と人生相談 来訪者を添えて〜
あららら、記憶の封印が解かれてしまいましたか。
いや、これ、私のせいじゃないですからね。あのセイバー・立花道雪が鋭すぎるだけですからね。何が、お主の正体は全く分からないが、ですか。アレ絶対ちょっと分かってて言ってますよね。
それにしても、貴女様。大丈夫でしょうか。記憶を取り戻したことで、かなり動揺が見られますね。このままで、本当に勝てるんでしょうか。
私カシンは、誰の味方でもございませんが、こうやって貴女様のことを気にかけているのですよ。そうじゃなければ仕事の合間にこうやって、聖杯戦争の様子を盗み見なんかしたりしません。えぇ、決してサボりではございません。まぁ上にバレたら大変なことになるのですがね!
はてさて、一体どうなることやら。
ランサー・長宗我部元親様。
★
【ある男の手記】
長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)。
戦国時代の武将・大名であり、土佐の出来人と呼ばれる英傑だ。
土佐一国のわずか一部しか持たない小さな国人領主に生まれるも、その類まれなる才覚を発揮し、優秀な弟たちや家臣団にも恵まれ、瞬く間に土佐一国を統一。
その後、戦国の風雲児たる織田信長と敵対し、危機に瀕する。しかし、幸運なことに織田家の四国攻めの直前に本能寺の変により信長が死去。それにより、長宗我部家は難を逃れ、悲願である四国統一事業に本腰を入れて取り掛かる。
既に侵攻中だった阿波国に加えて、讃岐国、伊予国を席巻し、四国全域を手中に収め、四国の覇者として名を馳せる。四国に長宗我部あり。全国にその名を轟かせた。
だが、それも束の間。1585年に豊臣秀吉による四国征伐が起こる。一説によると、元親は四国史上最大の動員数である4万人の軍兵を動員しそれに対抗した。しかし豊臣軍は総勢12万を超す大軍を用い、多方面作戦にて長宗我部軍を圧倒。元親は降伏することとなり、わずか土佐一国のみを安堵される結果となった。
そして、長宗我部家の受難はそれでとどまらない。1587年に起きた九州征伐の陣にて、ある悲劇に見舞われる。そこを起点とし、長宗我部家に暗雲が立ち込め、凋落が始まるのだが、それはまた別の話。
話は変わって、長宗我部元親にはある有名な逸話がある。それは数え23歳になるまで戦場に出たことが無いというものだ。当時は10代で初陣を済ませるのが戦国大名において至極真っ当な常識であり、中々初陣を果たさない元親を人々はこういって蔑んだ。
姫若子(ひめわこ)。
お城の中に引きこもり、戦ごとを嫌い、虚弱体質であるとの風評に「まるで姫の様じゃ」と、周囲の者全てに嘲笑されていたのだ。
そんな中、転機が訪れる。初陣となる長浜の戦いである。土佐の国人領主・本山氏との戦いだ。長宗我部氏の兵数は約1,000に対し、本山氏は約2,500と二倍以上の兵力差があった。
その戦いにおいて元親は、自ら手勢を率い先陣を駆け、瞬く間に敵を突き崩したと言われる。なお、元親は見事な槍捌きで騎馬武者2名を討ち取って見せ、その後敵の城までも一挙に落としたと言われる。
その余りの豹変ぶりに、人々はこう評した。
土佐の、――鬼若子(おにわこ)と。
これは、長宗我部元親が如何に優れていたかを表すエピソードとして有名である。男性であるにも関わらず”姫”と呼ばれていたという所がこの話の味噌であり、初陣の鬼神のごとき活躍が際立つというギャップが生まれるわけだ。
しかし、この話に私は以前から言いようのない違和感を感じていた。戦国乱世に生まれた大名家の嫡子が、姫などと呼ばれることがあるのだろうか。
もし。もしも、だ。
何の根拠もない与太話に過ぎないが、本当に”姫”だったということでは、と私は考えていた。
長宗我部元親は、実は女性だったのでは無いだろうか。
姫若子。この言葉が全てを物語っているのでは無いだろうか。
それが確信に変わり、事実が明らかとなったのは、一昨日の夜のことだった。
その一昨日の夜に、私はとある”約束”に従ってランサー・長宗我部元親の召喚に手を貸した。
召喚に使用した触媒は『土佐物語』。
土佐国の戦国大名・長宗我部氏の興亡が描かれた軍記物語であり、原本は失われ写本のみが伝わっている。と、されていた。
しかし、原本は存在したのである。私はそれら全てを二年間かけて何とか探し求め、大角寺の霊脈を用い念願のサーヴァントの召喚を行ったのだ。
召喚者は私だが、契約者の名は犬塚守尭。私の友人――ということにしておこう。彼にランサー・長宗我部元親を与えること。それが”あの人”と結んだ約束の一つだ。
さて、私の独白はもういいだろう。外で相棒のアーチャーが待っている。今夜は本物の真里谷健吾のお通夜だ。さっさと敵を駆逐して、線香の一つでも上げに行かなくては。
あぁ、そうだ。忘れる前に。
長宗我部元親。君は、このままでは負ける。
姫を演じるのを止めることだ。心の中の鬼と対話せよ。そうすれば、君のマスターの命ぐらいは守れるかもね。
まぁ、私とアーチャーに勝つことは、出来ないのだけれども。
■■■■の手記
※名前は黒く塗りつぶされて読めなくなっている
★
夢を見ていた。
遠くに河川が見える。そこに大勢の人間が渡河しようとしていた。
鎧兜に身を包んだ男たちが、河に飛び込んではもがき苦しんでいる。それは前に進むというよりは、後ろに逃げるようなそんな渡河の様子だった。
そこに、とある四名の集団が差し掛かろうとしていた。
「殿! なりませぬ!」
との、と呼ばれた立派な具足に身を包んだ、面頬姿の武者が居た。恐らく、殿と呼ばれるのであれば、あれが大将なのだろう。周りの部下たち三名に引きずられるような形で、無理やり河を渡ろうと促されているが、大将はそれを駄々っ子の様に拒否している。
俺は既視感を覚えた。以前飛行機の中で見た夢だ。あの夢の中で、野武士の軍団を率いた美しき騎馬武者。あの人そのものでは無いだろうか。
「――! ――――っ!!」
騎馬武者は何やら大きな声で叫んでいる。あの野を駆ける優雅な姿からは想像できない、必死な姿だ。何かを叫び続けている。
叫びは涙声になりつつあるが、相も変わらず凛とした声で叫び続ける。前聞いた時は気が付かなかったが、もしかしたら女性では無いだろうか。何だろう、この声に聞き覚えがある。良く知っている声だ。
「――――ぶちか! のぶちか!!」
のぶちか。そう呼んでいる。
「死ぬな! 信親!!」
守尭!
そうだ。聞いたことがあるなんてもんじゃない。これは、くないだ。くないの声だ。
その真名は、長宗我部元親。”くない”は、宮内少輔(くないしょうゆう)から来ていると聞いた。朝廷の官位だそうだ。
ゴツゴツの鎧を着込み、身体は隠されているが、良く見ると華奢な体型が見て取れる。顔も表情も、面頬で隠されていて伺うことはできない。
でも、分かるのだ。
それは令呪と呼ばれるパスが繋がっているからとか、そういう仕組み的なものではない。もっと根源的なものだ。
まだ付き合いといえるほどのものも無いが、見れば見るほど俺にはこの武者がアイツにしか思えないのだ。
なぁ、くない。お前何でそんな泣いてるんだよ。
信親って、誰なんだよ。
どうして俺は、何もお前のことを知らないんだよ。
そりゃあ、一昨日出会ったばかりだけども、一体何がお前をそんな悲しい目に合わせているんだよ。
「――信親!!」
くないは、涙を流しながら叫び続ける。
その兜にはある家紋が刻まれていた。ハートマークに似たその葉。それらが組み合わさり、家紋としてあしらわれている。
妙に目を引き、見覚えがあるような。
この草花の名前は、一体何だっただろうか。
★
「――――あ」
目が覚めると同時に、自分の両頬を涙の雫が落ちていった。
「............とんでもない夢を見てしまった」
俺は自然に泣いてしまっていた。どうして泣いてしまったのか、自分でも分からない。涙を手の甲で拭って、俺は状況を整理した。
どうやら病院の施術ベッドに横になって寝ていたらしい。
今日の昼頃にくないの真名が判明した後、改めて俺は成田先生との共闘に応じると返事をしたのだが『じゃあ早速やること沢山あるからね!』と言われ、所謂魔術の訓練というものに付き合わされた。俺にはやることなすこと初めての事過ぎて訳が分からなかったのだが、最低限”令呪”を使用できるように、ということだった。
中には「これのどれが訓練なんです?」というような内容も多々盛り込まれていたが、ようは成田先生曰く、俺は何故だか知らないけれど普段から体の中を魔力が循環している特異体質らしい。魔術回路と呼ばれるものが生まれつき備わっているとのことだった。体中に血管やリンパ管のようにそれらが備わっており、それらが感情の高ぶりで勝手に発動して、セイバーの攻撃を防いだとか何とか。まぁ、俺にも良くわからないが。
とにかく、色々と行い、身体がクタクタになったので少し施術ベッドを借りて横になっていたのだ。
施術室の壁にかけられた時計を見る。時刻は18時に差し掛かろうとしていた。心なしか、外が暗いようにも感じる。
「......まぁ、ばあちゃん居ないし。別にいっか」
俺は帰宅をあきらめる。成田先生、ここに泊めてくれないかな。
「あ」
と、思い出した。明日は、健吾の式があったはずだ。俺喪服なんて持ってないぞ。学生服でいいかな。
「となると、遅くとも明日の朝には帰らないといけないな」
いや、支度とかあるから一旦帰ろう。まさかこの時間から、ライダー退治に出かけるとか言わないだろう。
「......いや、言うかも」
成田先生のあのスパルタ加減からして、おかしくはない。ニコニコしながら次々に課題を与えては、無理やりやらせようとしてくる。俺は、大けがからの復帰を目指してリハビリに取り組むアスリートじゃないんだから。
ひとまず、他の皆の様子を見ようとベッドから降りて立ち上がったその時、
「――――なぁ、道雪公。少し、話しても良いか」
窓の外から、くないの声が聞こえた。俺は窓のそばまで近付いて、そっと聞き耳を立てた。
★
俺は耳を澄ませる。ほんの僅かだが、壁越しの会話が聞こえてくる。
壁で隔たれ、小さな音量でしかないが、思いのほか明瞭に。
「なぁ、道雪公。少し、話しても良いか」
「セイバー、で良いぞランサー。一応、拙僧の正体は秘密ということになっているからな」
「............何で秘密の者がビラ配りなんぞするのだ」
「はっは! それは言わぬが花というな! 立花だけに!」
呵々大笑するセイバー。
対するくないの沈黙は無言の抗議か。はたまた失笑なのか。
「............まぁ、良い。セイバー、貴方は私についてどう考える?」
「どう、とは?」
「そのままの意味じゃ。私の正体や、私の実力について」
「あぁ、なんじゃ気にしとるのか? 自分が女という事を」
「気にしていないと言えば、嘘になるな。太閤殿下にも結構馬鹿にされたし。まぁ、女ってことで舐められたくないから、鯨を捕まえて大坂湾まで持って行ったこともあるけど」
「鯨ってあの鯨?」
「そう、あの鯨」
であるならばと、くないに耳打ちするように、セイバーは少し声のトーンを落とす。
「そういえばな、ランサーよ」
「なんじゃセイバー」
「鯨の大和煮っていう缶詰めが、すーぱーまーけっとなる市場にて売っておったぞ」
「なに!? それは朗報! なぁ道雪公、このままちくっと買いに行かんか??」
「いや、拙僧金を持っていないのよ」
「それは......私もだ......あー鯨で酒が飲みたい......」
声色からがっくりとうなだれているランサー。それもそのはず、彼女は召喚されてからというもの、酒を文字通り一滴も飲んでいなかったのだ。
「そういえば、お主、酒の飲み過ぎで家臣にたしなめられたって聞いたけど誠か? 確か禁酒令を自分で領内に定めておいて、こっそり飲んでたんじゃろ~?」
「そそそ、それをどうしてそれを道雪公が......」
「はっは! 拙僧はな、勉強が大好きなんじゃよ~。この世に現界してからは、土をいじり、書物を読み、この世を謳歌しておる。どうせなら、もっと遠くまで旅でもしてみたいの」
「......それは、豊後や筑前の方か?」
少し言葉を飲み込んでから、セイバーは語る。
「そうじゃなぁ。拙僧は現代の博多の港がどうなっているか見てみたい。立花道雪なる男がしのぎを削った北九州を、な。そなたは、いかがかの?」
「と言うと......」
「土佐には行きたくないのか?」
「まぁ、行きたくないと言えば嘘になるが。正直、色々と思い出してしまう」
「良いことも、嫌なことも、かの」
「そう、だの......」
くないの声のトーンが落ちる。
「相談、というのはそのことかの? お主、自分の生涯を悔いておるじゃろ? それは――息子のことか?」
「............」
「長宗我部信親(ちょうそかべのぶちか)。九州にて戦死と本で読んだ。我が大友家が迷惑をかけた様じゃな」
「いや、あれは、そなたの主家が悪いわけでもない」
「ならば、巷説による通り、仙石秀久なる御仁のせいか? それとも、――あのライダーなるサーヴァントか?」
「............」
「答えられんか」
「........................」
「その顔、頭では分かっているようだが、気持ちの整理がついていないということか」
くないは、ようやく口を開いた。
「............そうだな、戦いを挑むことは決して悪いわけではない。相手が悪かっただけよ。無謀な攻撃を指示したと言われているが、仙石殿は悪くない。そして、その攻撃を支持した、ライダーも」
「拙僧も分かっているが、敢えて聞こう。ライダーの正体、お主の口から教えて貰えんだろうか」
「あぁ。鬼十河こと、十河一存は若くして死んだ。その為、私たち長宗我部は鬼十河と直接戦ったことは無い。その頃はまだ土佐でどんぱちやっておったからな。ただ、鬼十河の後継者ならば良く知っている。阿波や讃岐を巡って死闘を繰り広げたものだ」
「その名は?」
「十河一存亡き後、十河家を継いだ義理の息子。――――十河存保(そごうまさやす)」
「正解よ。拙僧も、そう考える。恐らくこの度の戦いは”鬼・聖杯戦争”であるからして、本来は鬼十河と呼ばれた『十河一存』が聖杯の座より呼ばれるはずだった。ただ、サーヴァントの召喚とは非常にあやふやなものでな。この地に宿る聖杯は、お主の存在を見逃さなかった。長宗我部元親に立ちはだかる好敵手として、鬼十河の後継者こと義理の息子である『十河存保』が選ばれてしまった。まったく、聖杯とやらはこんなにも演出家(エンターテイナー)気取りな存在なのかね、全く」
セイバーの説明を聞いていたくないは相槌をうちつつも、この件について重要な疑問点を投げかけた。
「――――でも、十河存保は鬼と呼ばれたことは無い」
「その通りよ。鬼と呼ばれたのは義父の方だからな。だから、話がややこしくなる。恐らく、ライダーの霊基は複雑な状態だと思われる。ライダーは鬼十河の皮をかぶった鬼ならざるもの。だからある意味では、ライダーは鬼十河ほど強くはない。例えば刀で言うと、拵えや鞘は美しいが、肝心の刀身が刃こぼれしているようなものだ」
「いや、生前の奴は強かった。非常にしぶとかった。刃こぼれというのは少し舐め過ぎ、というより奴への侮辱ではないか?」
「いや、そうではない。この戦いでは、鬼か鬼で無いかが重要なのだ。それこそ、どれだけ著名な英霊であっても、ここでは我々に太刀打ちすることなどできない。それこそ、織田信長や宮本武蔵といったこの国の人々誰もが知るような英霊であっても、ここ伊蔵の地においては、我々の一撃でいとも簡単に沈むだろう」
「そういう、ものなのか」
「サーヴァントの強さというものは、その地の人々にどれだけ知られているか、といった知名度も影響される。まぁ、現代の童たちの歴史教本なども読んでみたが、我々は一切出てこない。サーヴァントを星5段階評価してみれば、拙僧やお主はせいぜい星2か星3ぐらいのものよ」
「なんと......くないちゃん超ショック」
「まぁ、”げえむ”なるものでは結構高評価されてたりするがな。『イエヤスアンビシャス』なる戦争ごっこが出来る”げえむ”では、拙僧もそなたも結構強かったものよ」
「なんと! くないちゃん嬉しい」
「まぁ、戦闘においては拙僧の方が上だったがな!」
「何を.....政治などトータルだとくないちゃんも負けてない、と思う」
「まぁ、話を戻すとだな」
「あい」
ちょっと脱線しかかった話をセイバーが戻そうとする。
「改めて断言すると、ライダーは鬼ならざるもの。鬼・聖杯戦争におけるイレギュラーな存在だ。であれば、この地においては本来の実力を発揮することは出来ない、はずだった」
「しかし、ライダーは狂化を使えている。私は一撃を加えたのみだが、攻撃は通るものの、かなり耐久性が高いように感じた。セイバーの言う、一撃で沈むようなものには思えない」
「その通り。あやつ全力で戦いを挑んで来る。なりふり構わず、な。そもそも狂化スキルの使用はかなりの魔力を消費する。あの戦い方ではマスターがもたないはずだ。ランサー、どういうことか分かるか?」
「......そんな、まさか」
くないが息をのむ気配がした。
「あぁ、マスターは真っ当な魔術師ではない。身体を強化もしくは改造を施して、魔力を増強するような小細工をしておるかもしれん。でも、それは言い換えれば、命を削る行為だ」
「そう、だな。黒いローブを着た、女だったと思う。正体は分からぬが、底知れぬものを感じた」
「なるほどな。それに加えて、我がマスターによれば、ライダークラスの特徴として強力な宝具を持つことが挙げられる。ようは偽物であるハンデを、膨大な魔力供給と、超強力な宝具でカバー出来るというわけじゃ」
「なるほどな」
「とにかくランサーよ。心してかからねばならないぞ。迷いがあれば、そなたの主人の命が無い」
「わ、分かっている!」
「そうかな? お主、変なことを考えておるだろう」
「変なこと、とは何のことだ」
「いーや、変なことよ。お主の聖杯への願い、かなり後ろ向きな願いじゃろ?」
くないは、口を飲み込む。
「言うならば、”自身の生きた痕跡や記録を消し去りたい”という所かな」
「わ、わたしは――」
「それは、願いなどとは呼べぬよ」
「う......」
「ご子息のことや、長宗我部家のその後のこと、色々と思うことはあろうが、ちょっと前向きに考えてみたらどうじゃ? 折角の現界なのだから。それこそ鯨で、酒が飲みたいんじゃろ?」
「酒......のむ......」
「よーしそうなったら、後で我がマスターに頼んでおいてやるわ。くれぐれも、あの小僧――――お主のマスターにはこんなことを言うでないぞ?」
「............承知」
「よーし、聞き分けの良い子は大好きじゃぞ。............あぁ」
と、そこまで元気いっぱいだったセイバーの声のトーンが急に落ちた。
「――――うちの誾千代(ぎんちよ)もこれぐらい言うこと聞く子だったらなぁ......」
「......話、聞こうか?」
「........................頼む」
★
何だか知らないうちに、サーヴァントお悩み相談室が始まっていた。いや、くないも悩みを聞いてもらってスッキリしてるんじゃないよ。セイバーの相談聞くとか何なの?
あと、セイバーあいつ、絶対俺が聞き耳立ててるって気が付いてる。どう考えても、ライダーの正体とか敢えて聞く必要無かったよな。俺に、わざと解説している様に感じた。
全く、鬼道雪っていうのは、立派な武人であり人間なんだな。
逆になんだよ、くない。あいつ、弱りに弱って、俺が近くにいることに気が付いてないとか。
「本当に、な」
俺は、気が付けば拳を強く握りしめていた。
自分の生きた痕跡を全て消したい? あいつは馬鹿なのか。
俺なんてまだ17年しか生きてない凡人だけど、無かったことにしていいことなんて、一つも無いはずだろ。
「............あ」
と、途端にすごい自己嫌悪に襲われる。
どうして東京へ進学を考えているんだ。それは、母さんの幻影から逃れたいからじゃないのか? 前向きな進学ではなく、故郷から離れたいという、逃げなんじゃないのか。それこそ、父さんの様に。
くないの気持ちなんて分かってやれない。何故なら、俺は戦国時代の人間じゃないから。でも、大切な人が亡くなった気持ちなら良く分かる。そして、楽しいことばかりじゃなくて、辛いことを思い出してしまうことも。
俺とくない、犬塚守尭と長宗我部元親は、人として抱えている部分が、根本で似通っているのだと思う。
「だから、俺の元に来てくれたのか」
来てくれた、俺は無意識にそう表現した。まるで、最初からそう定まっていたかの様な縁を、俺は好ましいと同時にありがたいとさえ思っているのだ。
決めた。俺は、アイツを笑顔にしたい。アイツが、自分の気持ちと決着を付けられるように、前向きになれるように、俺に出来ることはやってやろう。
「......よし」
俺は物音を立てないように、窓の近くから離れた。
★
ちの、においがする。
なんどもなんども、からだをあらったけど、においがとれない。
そとはあめなんてふってないから、きらい。どうせなら、あめで、わたしをあらいながしてほしい。
そういえば、さっきおみずをかったなぁ。のどがかわいてしかたないけど、いいことをおもいついた。
ぺっとぼとるのふたをあける。それをさかさまにして、あたまからかける。
あぁ、みずがここちよい。すべてを、すべてをあらいながしてほしい。おとうさんおかあさん、ほんとうにごめんなさい。
あぁ、みずよ。すべてを、なかったことにしてください。
おねがいだから、わたしをきれいにして。
おねがいだから、わたしをゆるして。
おねがいだから、わたしをたすけて。
★
俺は成田先生に会うために、病院の玄関ロビーへ向かうことにした。人生相談に興じるサーヴァントたちはそっとしておこう。
まずは飯でも食うべきだ。くないに元気出してもらうために、お酒だって、飲ませていいと思う。俺は買ってきてやれないから、先生に頼まないとな。
そうして、俺は施術室の外に出た。少し細長い廊下が左側に続いており、その突き当りがこの小さな医院の待合室だ。
「おっ、起きたかい犬塚くん」
そこで、テレビを眺めながら、成田先生がくつろいでいた。いや、待合室のテレビを私的利用するなよ。まぁ俺も施術ベッドで寝ちゃったけども。
「はい、少しスッキリしました」
「ふむ、何だかちょっと顔つきも変わったように思えるね。何か、大切なことでも見つけたのかな?」
恐らく、この人は外の会話も盗み聞きしていたのだろう。全てお見通しというやつだ。
「はい。あ、先生」
「ん? なんだい?」
穏やかに成田先生が問い返してくる。俺は、先生に何を告げるべきなのか――本当は言葉なんて決まっていたのだけれど――言葉を選ぶために思考を巡らせる。
きっと、この人は俺とくないの意思などとっくに知っているのだ。
考えてみれば、このクリニックは先生の城だ。もしも成田先生がこの聖杯戦争の為にこの二年間準備してきたのなら、自分のアジトには色々な仕掛けをしていても不思議じゃない。魔術にしろ盗聴器にしろ、聞き耳を立てる方法はいくらでも用意できる。
この中では何を話しても筒抜けになりうることくらい、少し考えればわかることだった。
くないとのあの会話は、すべて聞かれていたと思って間違いないだろう。
現状、俺たちは成田先生の手のひらの上だ。
向こうも絶対的な優位を確信しているから穏やかな態度で俺たちに接していられるわけで。
つまり、犬塚守尭とくない(長宗我部元親)は、彼にとっては敵ではない、ということだ。
――上等だ。
敵意ではなく、怒りでもなく、決意をもってこの男と対峙する。
さしずめ気分は戦国大名。俺がやるのは下克上だ。
「恐らく筒抜けですけど、俺、先生に聖杯譲る気ないですから」
恩を仇で返すべく、俺は成田左近に宣戦布告した。
「あぁ、気が付いてるよ。最後に私たちとタイマン張るんでしょ?」
「はい。申し訳ありません」
「全然いいよ。君となら、良い戦いが出来そうだしね」
成田先生は、裏表のないスッキリとした表情でそう告げる。
「良いんですか? そんな敵に塩を送るような真似をして」
「大丈夫。今の君たちでは私たちには勝てないのは変わりない。そんなことよりも、ライダーたちを止めるための戦力を補強する方が、私にとっては優先なだけだよ」
私は善人とはほど遠いよ、と成田先生は小さい声で呟く。一瞬、その顔には陰りが見えた気がした。
「とにかく、ご飯でも食べようかね。その後は、君の懸念通り、夜のパトロールとしゃれこもうじゃないか」
げ。やっぱり、今夜は帰さないってか。まぁ、仕方ないか。市民に被害が出ていると聞かされたら、放っておくことはできないしな。
くないのためにも。
と、改めて志を確かめたその瞬間――医院の入口の自動ドアが、予告なく開いた。
「......ごめんください」
そこには、何故かずぶ濡れになっている少女が一人、立っていた。
うちの学校の女子の制服を着た、身長高めの女の子。おさげ髪に眼鏡かけた、俺の良く知っている女の子。千葉小夜子だ。
「さ、小夜子じゃんか! おいどうしたんだよ今まで連絡寄越さずにさ、心配したんだぞ?」
「あ......もりたか」
小夜子は力のない声で呟く。
「ていうか、え、外雨降ってたのか? どうしてそんなずぶ濡れなんだよ......あ、先生こいつ俺の幼馴染で、千葉小夜子って言うんです」
「千葉......小夜子......?」
成田先生は怪訝な顔をする。
「先生、ど」
どうかしたんですか、と言おうとした。だが、その言葉が紡がれるより早く、
「守尭お願い、――――私を助けて(私のために死んで)」
小夜子の声が2つ聞こえた。助けてと、死んで。相反する言葉が二重に重なり合い、俺の頭はその意味を理解することが出来ずエラーを起こす。
そして、そのエラーを抱えたまま、小夜子の眼前に大きな刃が空中から現れる。
嵐のような斬撃が俺に迫り、鮮血が、派手に飛び散った。
★
真名解放[NEW!!]
サーヴァント・バーサークライダー
真名:十河存保(そごうまさやす)
通称:三好三郎、孫六郎
宝具:???
備考:鬼十河と呼ばれた、三好家随一の猛将『十河一存』の後継者
マテリアルに記録されました
引き続き、物語をお楽しみください
第2章 第1節 了
次へ進みますか?
>はい
いいえ