片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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第2章 中富川 〜第2節 奔れ、例えそれが敵の術中だとしても〜

 目の前に飛び散った鮮血は、己の物では無かった。

 どさりと、床に落ちたのは――――生々しい人間の腕だ。

 その手の甲には、令呪と呼ばれる紋様が、見えた気がした。

「くっ、セイバー!!」

 吠えたのは成田先生。しかし、その声は何も響かないし、起こらない。

 何故か。それは、切り落とされたのは成田先生の腕で、しかも令呪を宿した左腕だからだ。

「せ、」

 先生、と言おうとするが、声が出ない。

 空間から現れた刃は、明らかに俺を狙った。それを庇うように、成田先生が盾になり、そして片腕を切り落とされたのだ。

「いやぁ、絶対に庇うと思ったぜ、セイバーの大将さんよ」

 何もない空間から声が聞こえる。

「これで、お前さんの令呪は、身体から切り離された」

 目の前にずぶ濡れで立ち尽くす小夜子の傍らに、刀を握った男が急に姿を現した。

 頭に月代、身に着けた裃には公饗(くぎょう)に檜扇(ひおうぎ)の家紋。

 サーヴァント・ライダー。

 鬼十河の後継者、十河存保(そごうまさやす)。

「この腕を俺達が頂けば、あの手ごわいセイバーも、俺たちの言いなりってことだよなぁ」

 血走った眼を弓なりにしならせながら、凶悪な笑みを浮かべている。成田先生は、激痛に耐え切れず、うずくまる。血が、止まらない。

「じゃあ、令呪はもらっていくぜぇ大将」

 そして、ライダーは床に落ちた、成田先生の左腕に手を伸ばそうとして――

 

 

「令呪を持って命ずる」

 

 

 ――俺が呼び出したサーヴァント、くないの一撃にその手を阻まれることになる。

 左手の令呪の跡が、燃えるように熱い。見やれば、令呪の一画が失われていた。令呪の消費によるサーヴァントの強制転移。俺は、先生との特訓の成果として、無事に令呪の使用に成功したのである。

「くない、絶対にその令呪を敵に渡すな」

「分かっている!」

 くないが放った斬撃は空間を荒々しくも切り裂き、ライダーのその身を吹き飛ばしていた。実体化したサーヴァント・ライダーは攻撃の勢いを殺しきれず、医院の自動ドアにぶち当たると、つんざくような破裂音と共にガラス製のドアは弾け飛び、外に追いやられた。

 成田先生の左腕は、まだ床に落ちたままだ。令呪を奪われると言うのがどういうことか、今の俺にはいまいち分からない。ただ、腕を切り落とされた成田先生は、セイバーを呼ぶことができなかったと言うこと。ライダーがその腕を狙ったと言うこと。そこから察するに、令呪は相手から物理的に奪うこともできるし、マスターとサーヴァントの関係を白紙に戻すこともできると言うことだ。

 ぞくり、と震える。どれだけ優秀なサーヴァントを召喚しても、マスターは生身の人間だ。マスターがやられれば、ひとたまりも無いと言うこと。

 令呪をその身に宿して出歩くと言うことは、剥き出しの心臓を晒して彷徨うのと同じなのかもしれない。

「しゃあねぇ、出直させてもらうぞ宿敵ぃ! またなぁ!!」

 外から、ライダーの吠える声が聞こえた。どうやら、撤退すると見られる。成田先生の令呪を奪われるという最悪の事態は避けられたようだ。

「何をしている、速く追うんだ!!」

 突如として、成田先生は俺に対して叫ぶ。その顔は血の気が引いて、現在進行形で生命力が抜け落ちていることが伺えた。

「で、でも、先生腕が」

「私は治癒魔法も得意だ。伊達に治療院の院長じゃないさ。腕をくっつけ次第、すぐに追い付く。だから、ライダーを追うんだ」

 そして、その口は次の言葉を紡ごうとするが、どうにも形にならない。

 それは、「頼む」なのか「すまない」なのか。

「分かりました。鬼道雪の戦いぶり、楽しみにしてますね。それまでは俺とくないが、時間を稼いでおきますよ」

「いや、違う。――――君が、君たちが、倒すんだ」

 成田先生は俺を見つめる。

「頼む。すまない」

 ずきり、と胸が痛む。せめてもの勇気づけにと、軽口を叩いたことを悔やんだ。そして、自身の認識の甘さに反吐が出る。

 あぁ、そうだよ。ビビってるよ。

 目の前で成田先生の腕が落とされて。何とか身体は動いたけれど、貴重な令呪を一画使って。そして、素人の俺たちがいきなりサーヴァント戦だ? あぁ、そうだよ。逃げ出したいよ。

 悔しい。あぁ、悔しいさ。

 せっかく戦うという決意をしたのに、いきなり他人を頼るような発言をしてしまった、この負け犬根性が、悔しいんだよ。

 ざけんな、俺。今やるんだろうが。

 突然、ぎゅっと手が握られた。びっくりして傍らを見ると、くないが俺の手を握っていた。

「守尭」

 その手は、暖かかった。サーヴァントだなんて思えない。生きている人間の温もりがした。

「そなた、ビビっておるのか?」

「はぁ!? ビ、ビビってねぇし!」

「それならば、問題なし」

 気持ちのいいぐらい、にっこりとした笑みを、くないは浮かべた。

 流れるような黒髪。今どき古風な紺色のセーラー服。華奢ながら強さを感じる凛としたその姿。

 そして、気が付けばその手に握られているのは、いつもの火縄銃では無かった。

 太刀だ。照明に照らされて、煌びやかに輝いている。というか槍じゃないんだ。

「おい、セイバーのマスター。成田だったな」

 くないは、視線を外に向け警戒を怠らずに、成田先生に語り掛ける。

「このくないちゃんが、仇敵たるライダーを荒切りにしていく。お主と道雪公は後からやってきて、残された搾りカスを小切りにでもするがよい」

「はは、”荒切”と来たかランサーよ」

 成田先生は苦しいながらも、笑って見せる。

「ならば、土佐の鬼若子のお手並み拝見しようじゃないか。なぁに腕なんてすぐにはくっつくさ」

「おうとも。隼人(はいとぅ)から受け継ぎし”荒切”の力を、見せちゃるき」

 くないは俺の手を強く握った。

 俺は、そのくないに応えるように、優しくだが強く握り返した。

 

 

 さぁ、――追うぞ。

 

 

 ★

 

 

 だいじょうぶ? らいだー。

「あぁ、こんなもん屁でもねぇよ姫さん」

 もりたか、あいつ、ゆるさない。らいだーにひどいことして。あとでいっとくね。

「いやいや、ランサーの大将は責めないでやってくれよ。即座に令呪使うなんて、甘ちゃんかと思ったのになかなかどうして」

 あまちゃん。そう、あいつはあまちゃんなの。いっつもかんじんなときに、にげだす。だからあのばかはきらい。だいきらい。

「そうかい姫さん。でも、アンタはランサーの大将のこと、結構好きだろ?」

 ち、ちがう。そんなことは、ない。

「いや、顔に出てるって」

 うるさいらいだー。わたしがすきなのは、あのひと、だけ。

「そうかい? じゃあ黙っとくよ。さぁしっかり捕まってな。あんまり感情を高ぶらせると、馬から落ちちゃうぜい?」

 わかった。でもごかいしないで。もりたかは、きらいなの。

「わかったよ姫さん。ふと思うんだけど、あんたと俺って結構似てると思うんだよね」

 にてる? どこが?

「そりゃ、その、な。まぁいいか。それはまたいずれ、な」

 らいだー。かくしごと、なしだよ。

「いや、まぁ、それは敵を倒してからってことでな! 飛ばすぜ姫さん! ちゃんと捕まってろよなぁ!」

 わかった。また、こんどおしえてねらいだー。

 あぁ、からだが、いたい。はやく、らくになりたい。

 おねがい、だれか。わたしをころして。

「あぁ、わかったよ。宮内少輔の野郎をぶっ殺したら、俺がアンタを楽にしてやるから」

 やくそく、ね。

 

 

 ★

 

 

 魔術礼装と呼ばれる衣服がある。これは身に着けることで、術者の魔術行使の補助をしてくれたり、ちょっとした魔術を簡単に行使できるものらしい。

 俺は成田先生から借りたその礼装を着用している。その礼装は、見た目は俺が通う伊蔵城北高等学校の男子制服の見た目と完全に一致している。紺のブレザーとスラックスだ。

 だが、その内側には様々な刺繡が施されており、それが刻印として魔術的に意味を持つ、らしい。そしてこの魔術礼装、名付けて『伊蔵城北高校男子制服』には、三つの特別な魔術こと”マスタースキル”を行使することが出来る。

 一つ目は『気配察知』これは敵の気配を感じることが出来、襲撃に備えることが出来る、常時展開型の魔術だ。

 二つ目は『魔力強化』これはサーヴァントの攻撃を一時的に増幅させる、戦闘時には欠かせない魔術だ。

 そして最後は『弱体解除』これは敵サーヴァントの攻撃や宝具などによりかけらた特殊効果を解除することができる魔術だ。

 ただ、問題はこれらを使いこなすには普段からの鍛錬が必要であり、付け焼刃で出来るものではないということ。

 しかし、有効な方法が一つ存在する。それは、

「なぁ、飛び心地はどうだ、守尭」

「頼むからもうちょっと優しくしてーーーー!!」

 サーヴァントとの”肉体的接触”だ。

 簡単に言おう。サーヴァントと手を繋ぐと、効果が上がる。

 それはマスターとサーヴァントを循環する魔術の巡りが良くなったり、より心を通わせることで精度が上がるというものらしいのだが。

 あーこいつ、俺を勇気づけるために手を握ってきたんじゃなくて、ライダーを追っかけるためにさっさと『気配探知』をしろってことだったのかよ、くそったれ!

 なので、俺は今、ライダーを追うために、くないに連れられて、空中を飛び回っている。

 いや、その説明は正しくない。俺は、くないに”お姫様抱っこ”されて、挙句の果てには『気配探知』の精度を上げるため、くないの手をぎゅっと握ったままの状態でいるのだ。そしてくないは、俺を軽く抱えたまま、建物から建物を猿のように飛び回り、遥か先にいるであろうライダーを追いかけている。

 もう、恥ずかしいったら無い。

「仕方ないだろう、お前はただの人間で、くないちゃんは泣く子も黙るサーヴァントで、筋力や跳躍力が桁違いなんだから。大人しく抱っこされときなさい」

「いや、空飛ぶ魔術とか使えないの?」

「そんなもんは無い! ほら、大跳躍するぞ! そぉーーーーい!!」

 はるか彼方に、魔力の痕跡を感じながら、俺は酔いそうになる浮遊感と、くないと身体を密着しなければならないドキドキ感と、お姫様抱っこされているこの姿を誰かに見られたくないという羞恥心でいっぱいだった。

「あーもう、何でもいいからライダーてめぇ小夜子を返せ! 勝負だこらぁ!!」

 

 

 ★

 

 

「大変だマスター。お前のお友達、ロリっ子にお姫様抱っこされてるぞ」

「それはとんでもないパワーワードだなアーチャー」

 遥か遠く。近くの山の展望台から、市街の様子を見る姿がある。健吾と、サーヴァント・アーチャーだ。

「さて、このまま行くとライダーとランサーが潰しあうな。セイバーは、間に合うかしらね」

「いや、間に合わないだろうな。成田左近は、確かに優秀な魔術師だが、切り落とされた腕をくっつけるのに一晩はかかるだろう。そもそも、彼は前に進むことをやめた魔術師だ。魔術師において、立ち止まるということは後退を意味する。彼が一流だったのは過去の話さ」

「ほぉ、詳しいけども、お知り合いなのかな?」

「いや、俺が一方的に知っているだけさ。俺は姿を堂々と名乗れるような、立派な魔術師じゃないからね。成田左近との面識は無い」

「左様か」

 アーチャーは頷きつつも、遠くに駆けていく二筋の光を見つめた。一つは先を駆けるライダー主従。そしてそれを追いかけるランサー主従だ。

 ライダーはとんでもなく高速の動きを見せている。ライダーのクラスは伊達ではないのだろう。魔術によって召喚したであろう馬に乗り、宙を流星の如く一直線に駆けている。

 それに対して追いかけるランサーは、建物から建物をウサギの様に飛び回り、何とか追いかけているような状況だ。

「こりゃあ、機動力はライダーが抜けてるわな」

「そりゃ、騎兵だもの。でも、アーチャー、どうしてライダーがあんなにも急いで逃げていると思う?」

「はは、それが分からない俺様じゃないですよ。――――誘いこんでるな、あれは」

「ご名答」

 健吾は目を細めた。ライダーが誘い込もうとしている目的地を探りあてるように、視線を巡らせた。

「行先は、伊蔵城跡地だな。あそこは山を登った先に、開けた場所がある。野球場とか武道館とか陸上競技場があるのさ。かつて、城跡だった場所に、市民憩いの場を作っているという行政の都市設計が見てとれる」

「ほぉ、城跡かぁ。馬場とか陣屋は結構スペース持ってるし、そうやって活用されてるってことか」

「だな。ただ、ライダーも周りに被害を与えないように開けた場所に誘導しているということじゃなさそうだ」

「というと」

「ライダーの宝具は機動性が物を言う。自分にとって有利な場所で待ち伏せするってこと。ようは罠にはめようとしてるってことだよ」

「じゃあ、俺たちと一緒だな」

 そういってアーチャーは本当に朗らかに笑う。

「で、いつだよ俺の出番は。ライダーとランサー、同時に屠るんだろ?」

 健吾はアーチャーに負けじと笑う。

「あぁ、その通りさ。期待してるよ、坂東太郎」

 

 

第2章 第2節 了

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