片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

12 / 37
第2章 中富川 〜第3節 仮装宝具・鬼十河は死せず〜

【ある男の手記】

 

 十河存保(そごう まさやす)。

 戦国時代の武将である。『日本の副王』と呼ばれた戦国の梟雄、三好長慶の弟・三好実休の次男として生まれる。永禄4年(1561年)に、叔父の鬼十河こと十河一存の急死により、十河家の養子に入り家を継ぐことになる。

 その頃、畿内を掌握していたのは三好家であり、戦国大名・三好長慶は織田信長よりも先に天下人の座にあった人物であるというのは、近年の研究においては主流の論である。

 室町幕府の権威を牛耳り、京より将軍すらも追放するなど権勢を極めた三好家ではあったが、ある時より相次ぐ不慮が続いた。当主である三好長慶をはじめ、その後継者である子の三好義興、優秀な弟達の、三好実休、安宅冬康、十河一存が相次いで死亡する。

 それは戦死であったり、病死であったり、はたまた疑心暗鬼に駆られての粛清や切腹であった。三好家の基盤はガタガタとなり、崩壊が始まっていた。

 真偽は定かではないが、そういった数々の不慮の死には、三好家に仕えていた松永久秀が関わっており、関係者全てを葬り去った黒幕であるという風説もある。根拠は無いため創作の域を出ないのだが、結果として松永久秀は三好家の中での発言力を増し、主家にとって代わる権力を持つこととなる。

 十河存保が、歴史の表舞台に出て来たのは、不運にも三好家が傾いてしまった後のことだ。

 存保は武勇に優れており、鬼十河と言われた義父の名を継ぐにふさわしい活躍を見せた。畿内や四国での数々の戦に従軍し、斜陽であった三好家を一身に背負って戦った存在と言っても過言ではない。

 しかし、その勢いは長くは続かなかった。

 ”鬼国”という表現がある。それは、四国の辺境の地である土佐国のことだ。北を四国山地に塞がれ、南は太平洋に面しており、どこにも行けぬ陸の孤島であったため、古くから流刑地として知られていた。

 人間は正体が分からぬものを怖がる習性がある。行ったことも見たこともない遠方にある流刑地。その場所を良いイメージで語るはずがあるわけがない。

 そして人は邪なるものや忌避すべきものを敢えてこう呼んだ。

 ――鬼、と。

 そうして土佐は、古くより鬼の住まう国と呼ばれるようになったのである。

 そんな鬼国・土佐であったが、戦国時代にある一人の英傑により、瞬く間に統一される。

 ご存じ、長宗我部元親だ。鬼国と呼ばれし土佐から生まれし鬼若子。その勢いは土佐一国にとどまらなかった。長宗我部軍は、野を越え山を越え、ついに土佐という陸の孤島から解き放たれ、四国統一を掲げて軍事行動を開始する。

 そこに立ちはだかったのが、三好家を背負いし男、鬼十河の後継者・十河存保だった。存保は讃岐と阿波の国衆を束ねて、これに対抗する。

 結果的には、長宗我部元親が四国を制覇する。つまりは、十河存保は歴史上では敗者として分類される。しかし、執拗に戦い続け、長宗我部軍にとって十河存保は終生の好敵手として語られることにもなる。その因縁は豊臣秀吉の四国征伐後にも続くのだが、それはまた別の話。

 兎にも角にも、長宗我部元親と十河存保は激戦を繰り広げ続けた。

 両者が激突した戦は数あれど、存保の心の中に永劫刻まれた戦いと言えば、これを挙げないわけにはいかない。

 天正10年(1582年)、阿波国・勝瑞城をめぐって行われた戦い。20日間にもわたって繰り広げられた激戦にして死闘。

 中富川の戦いである。

 

 

■■■■の手記

※名前は黒く塗りつぶされて読めなくなっている

 

 

 ★

 

 

 くないに抱きかかえられた状態は、俺が地面に落とされるという結果でもって、突如として終わりを告げた。

「痛い! もっと優しく降ろして!」

「守尭......お姫様抱っこで心まで姫君になったか?」

「うるさい! お前に男の純情が分かるもんか!」

 あまりにも密接に密着していたもんだから、戦いどころではないのである。詳しい説明は差し控えるが、チェリーボーイを舐めないで欲しい。

 あと、普通に高速移動が続いて三半規管がおかしくなりそうだった。

「で、ここに何かあるんだな?」

「あぁ、いつまでも守尭を抱きかかえたままじゃ、迎撃も出来ないからな」

「オッケー。そしたら、そろそろ行こうか相棒」

 そう言いながら、自らへ気合いを入れる。そういえばここはどこだったかしら。現状を把握するために、あたりを見回した。

 くないから降ろされたのは、とある開けた駐車場だった。近くには体育館や武道場が見える。

「ここって、城跡じゃん。ほら、あそこに俺が昔通った武道館がある」

「なるほど、山の中腹に開かれた空間。そこに人々の憩いの場が作られているのだな。何やら虎口のような遺構もあるし、敵はここで待ち伏せているようだ」

 待ち伏せ。その言葉に、俺はより一層気合いを入れる。

 確かに、空気の流れがおかしい。まるで、背中からの追い風が吹いているようでもあり、逆に言えば前方のある地点に空気が吸い込まれているようだ。まるで空気を吸い込む底なしの孔だ。その風の進む先にあるのは、

「陸上競技場......」

 陸上部。俺は、思わず小夜子を連想せずには居られなかった。

 小夜子。どうして、あのサーヴァント・ライダーと一緒に居たんだ。まるで、傍らに立つのが当然のように。

 と、突然俺の携帯に着電が入った。知らない番号だ。俺は不審に思いつつも出ることにした。

「もしもし」

『......どうやら、目的地に着いたみたいだね』

 その声は成田先生だった。声音から、疲労と苦痛が窺える。

『あぁ、電話番号は個人情報を勝手に拝借したよ。以前君が受診した時のカルテに記録してあってね』

「いや、先生そんなことよりも、腕は大丈夫なのか?」

『まぁ、なんとかね。完全にくっつくまで、朝までかかりそうっていうのが、残念なお知らせだけども』

 朝までと来たもんだ。やはり、鬼道雪の援護は見込めない。

「先生、セイバーは」

『あぁ、無事だよ。退去はしていない。ギリギリではあったけれど、僕との契約は維持されているよ。今は完全にパスが繋がっていないこともあって、実体化できずに僕の近くでいじけているけどね。肝心な時に人生相談に興じていてマスターを守れなかった、と』

 あの巨体がいじけている様を想像するだけで笑いが込み上げそうになるが、今はそんな時ではない。

「先生、わざわざ電話してきたってことは、何か用事なんだろう?」

『あぁ、そうだ。千葉小夜子。この名前に聞き覚えがあったことを思い出した』

 そうして先生は、少し躊躇うように数秒間の沈黙を作った後、神妙な声で話し始めた。

『すでにローカルラジオやネットで話題になっている。守尭くん、落ち着いて聞くんだ。――――千葉小夜子さんは、殺人事件に巻き込まれ、現在行方不明なんだよ』

 ガツン、と頭を殴られたような感覚がした。

『本日昼頃、駅前のマンションで死体が発見されたんだ。男性と女性1人ずつのね。その身元は千葉小夜子さんのご両親だ。身体が刃物のようなものでバラバラに切断し解体されていたらしい』

 切断。切り落とされた腕。飛び散る血。先ほどの光景がフラッシュバックする。

 それは、まるで、ライダーの仕業みたいじゃないか。そして、小夜子はライダーと共にいた。まさか......いや、そんな。

『そして、繰り返すが千葉小夜子さんは行方不明。小夜子さんの物とみられる血痕も現場にはあったということで、警察は小夜子さんも被害にあったと想定して捜査している。あと......いや、これは確証がない、あくまで魔術師の勘としか言いようが無い僕個人の意見だ。――――殺人事件の犯人は、小夜子さんかもしれない』

 は? なんだって? 小夜子が、両親を殺したって言うのか?

「ここ数ヶ月続いている、伊蔵市での異変。複数の人が無差別に殺され、屍人として本人に成り代わり、周囲を騙して生活している異常事態。その実行犯はライダーだと、言ったことを覚えているね?」

 俺は、今日の医院での先生の言葉を思い出していた。じゃあ、ライダーが無差別に人を殺しまわっているとしたら、小夜子は――

「......ッ、」

 言葉が出てこない。胸が苦しい。しかし、これは言わねばならない。俺は言葉を無理やり吐き出した。

「あ、りえないよ、そんなことは」

『ありえないということは、この鬼・聖杯戦争には通用しないよ守尭くん』

 成田先生はきっぱりと言い切った。

『小夜子さんは、どう見ても、ライダーのマスターだ。魔術師が百人いれば全員そう答えるだろう。それは間違いのない事実だ』

 認めたく無い事実を、こうもハッキリと言われてしまうと、人間はリアクションが取れなくなるということを知った。

『つまり、ライダーを使って、伊蔵市の住民を殺害して回っていたのは、小夜子さんだと僕は考える。ただ、様子がおかしかった。異常とも言うべき姿だった。もしかしたら、本人の意思ではなく、何者かに操られている可能性はある』

「あや、つられてる......?」

『勿論、君の心情を慮った、都合の良い解釈だけどね。彼女、魔術師の家系では無さそうだし。だからこそ、何者かが介在したと見るのが自然だろう――』

 と、そういってふと、先生は言葉を詰まらせた。

『守尭くん......もしかして、君も......』

 聞き取れるかどうかぐらいの音量で先生は呟く。俺が、どうしたというのだろうか。

『............まぁ、良いだろう。この仮説が正しいとして、どうして今日になって、人の死を隠さなくなったのか。どうして小夜子さんの両親の死体だけはそのままだったのか。つまり、もう隠す必要が無いってことじゃないか? 鬼・聖杯戦争で戦うだけの十分な準備が整ったことを意味しているんじゃないか? 今日僕たちを襲撃したことからもそれは明らかだ』

「............逆に、隠さなかったんじゃなくて、小夜子が屍人を生み出している元凶ではない、ということにはなりませんか先生」

『なるほど、君はそう考えたいんだね。それは否定しないよ。ここまでくると推論だけではなくて、実際に確かめてみるしか無いからね』

 そう言って、先生は声のトーンを強張らせた。

『で、君に問いたい。君は、あの子をどうするつもりだ』

 そんなこと決まってる。

『君も、セイバーとランサーとの会話を盗み聞きしていたんだろう? ライダー・十河存保は、この鬼・聖杯戦争においてイレギュラーな存在だ。そして、その存在を成立させるために、小夜子さんもイレギュラーなマスターとして、君の前に立ちはだかるだろう』

 それが一体どうした。

『小夜子さんの言動。あれは普通では無かった。君に死んでくれ、と。そして同時に助けてくれ、と言った。君はどうするつもりだ?』

 あぁ、答えてやるよ。

 俺は無意識のうちに、くないの手を握った。くないも、俺の気持ちを察してくれたようだ。くないの手の温もりを感じながら、俺は深呼吸を挟む。体内に魔力を循環させる合図だ。

 ――マスタースキル・気配察知、作動。

「んなもん、助けるに決まってんだろ」

 

 

 ★

 

 

 ある遠い日の記憶。

 それは、七年前にもなる、暑い夏の昼下がり。

 私たち三人はいつものように笑い合いながら、野山を駆けまわっていた。

 でも、気が付くと私は血まみれになっていた。

 刃が、私に迫った。私は逃げきれなかった。

 なぜ、逃げなかった? それは、あいつを信頼していたから。何とかしてくれるって。

 なぜ、刃が振り下ろされた? それは、私たちを助けるため。たまたま、目標が逸れただけ。

 なぜ、私は血を流した? それは、必死に頑張った結果。故意じゃない、事故。

 だから、別に気に病む必要は無かったのに、あいつは、あの馬鹿は、自分自身を許さなかった。そうして、何もかも嫌気がさして、あれだけ必死に打ち込んだものをやめてしまった。お母さんに連れられて楽しそうに稽古に励んでいた、剣の道を諦めたのだ。

 そう、この私に、断りもなく。あいつは、私から、逃げたのだ。

 逃げて逃げて逃げ続けて、残された私の気持ちも知らずに。

「おい、小夜子」

 思考が遮られる。何故だろう、安眠を妨害されたような気がして、非常に苛ついた。

「遅くなってすまん」

 どの口が言うんだ、この馬鹿。こいつはいつも、手遅れになってからじゃないと、目の前に現れないのか。いい加減にしろ。早く死んでほしい。あぁ、あの人に会いたい。目の前のこいつには会いたくもない。

 でも、あの人はここには居ない。目の前にはこいつしか居ない。

 もし、もしかして、この馬鹿なら、私を助けてくれるのだろうか。

「とりあえず、事情はよく分からん。だから、すまんが、今からお前の隣にいるやつをぶっ飛ばす。だから後で話をしよう」

 あぁ、やっぱり、こいつはムカつく。全く呆れた馬鹿野郎だ。

 もう、――――私は手遅れなのに。

 

 

 そこで私の意識は途切れた。

 この日、この瞬間。私、千葉小夜子は、人としてその生を終えた。

 

 

 ★

 

 

 夜の陸上競技場は、煌々とライトが照らされていた。まるで野球のナイター観戦のようだ。

 だだっ広い競技場内には、今は誰も居ない。そう、俺たちサーヴァントとマスターを除いては。

 競技場の400メートルトラックのど真ん中に、大きな葦毛の馬が居た。

 葦毛とは、馬の毛色を指す言葉だ。一般的に灰色の馬のこととされている。健吾に教わった雑学を思い出しながら、俺は馬の傍らを見る。

 ”公饗に檜扇”の家紋を纏った、月代の目立つその姿。ライダー・十河存保。

 そして、その隣には、もはや自分の力では立てないのだろう。俺の大切な友人、千葉小夜子がライダーに支えられながら居た。

 その眼は虚ろであり、もはや言葉が聞こえているのか分からない。

 俺は、小夜子に聞こえるように声を張った。

「おい、小夜子」

 小夜子はピクリともしない。もしかしたら、もう何も聞こえないのかもしれなかった。どうしてこんなになるまで、俺は彼女を助けてあげられなかったのか。そもそも今日の待ち合わせに来なかった時点で、会いに行くべきだったのだ。色んな後悔が押し寄せてくる。

「遅くなってすまん」

 これは、小夜子に謝っているだけの言葉じゃない。自分自身への怒りの表れだ。

 ふと、俺は、既視感を得た。そういえば、何か、何かを忘れているような気がする。俺は昔、誰かを泣かせてしまったような気がする。

 あれ? どうして俺、小夜子と話さなくなってしまったんだっけ。昔は健吾と3人で良く遊んでいたのに。単なる思春期だからってことにしては、あまりにも突然の事だったような気がする。何故だか、急に母の顔が浮かんだ。

「おい、このマザコン守尭。何ぼーっとしている、小夜子氏を助けるんじゃないのか?」

 傍らに立つくないがぼそりと呟く。またこいつは俺の思考を読みやがって。マザコン? 現代の言葉に馴染みやがって腹立つ。

 まぁ、良いだろう。確かに、俺は小夜子と長い間ろくに話をすることも無かった。でもだからといって、苦しんでいる女の子を放っておく理由にはならない。

 もし、巷を騒がせている殺人や屍人の一件に、小夜子が深く関わっていたとしても、今度は、今度こそは逃げない。

「とりあえず、事情はよく分からん。だから、すまんが、今からお前の隣にいるやつをぶっ飛ばす」

 俺はかつて、小夜子に何かしてしまったのだろうか。いや、寧ろ何も出来なかったのだろうか。俺は、自らの思考に疑念を抱きつつも、それを振り払った。そういったことは全部後だ。

「だから後で話をしよう」

 俺は、傍らのくないに眼をやる。くないも、俺の視線に応える。

「さぁ、やろうぜ。聖杯戦争」

 

 

 ★

 

 

「大将、あんた馬鹿かい?」

 と、俺の言葉を遮るように、ライダーは心底くだらなさそうに、俺に問うた。

「やろうぜ聖杯戦争、じゃないのよ。聖杯とかそういうのはもう、どうでもいいのよこの際は」

 と、小夜子は気を失ったかのように身体中の力が抜けた。それを、軽々とライダーは担ぎあげる。それはまさしく姫君を担ぐが如く。

「うちの姫さんは、もう限界でね。いや、本当に悪いことをした。謝るよ、大将。おかげさまで俺はもう少しだけ戦える」

 そうして、小夜子を背中におぶった。ライダーは懐から白い襷(たすき)を取り出して、気を失った小夜子を自身の背中に固定するようにくくっていく。まるでおんぶ紐で子供を固定するように。

「ほら、見えるか大将。うちの姫さんの顔、だよ」

 そうしてライダーは、背中におぶった小夜子の顔が良く見えるように、身体をよじった。

「そ、それは......」

 俺は文字通り、言葉を失った。先ほどまで俯いていてよくわからなかった。しかし改めてよく見てみると小夜子の顔の表面に、まるで魚の鱗のように水晶石のような結晶が散りばめられていたのだ。いや、散りばめられるなんて生ぬるい状態じゃない。まるで身体の中から石が皮膚を食い破って飛び出ているみたいだ。

 小夜子の肌は、もうすでに無数の水晶と同化していた。

「聖晶石、と言うらしいな」

 ライダーは、愛おしそうに小夜子の顔の表面を撫でる。結晶がキラキラと輝く。

「聖晶石とは、書いてそのままだが、聖なる力の宿った石の事だ。数多の未来を確定させる概念が結晶化したもの、らしい。疑似霊子結晶とも呼ぶそうだ」

 聖晶石、その言葉には聞き覚えがあった。それは――

「ほぉら、大将が遊んでる”げえむ”があるだろ? その中ではサーヴァントを召喚するための道具らしいな。ハハッ、遊びならそれでも良いさ。ほほえましいもんだよ。”がちゃ”とか言ったか? くじみたいなもんなんだろ? 当たりだ、外れだ、ってな。微笑ましいじゃねぇか。――――でも、これは遊びじゃねぇのよ大将」

 ライダーは大事そうに、小夜子の頬を撫でる。

「うちの姫さんはな、とある方の手によって、何ヶ月も夜な夜な聖晶石を身体に埋め込まれ続けていたのよ」

「なっ......!?」

「聖晶石っていうのは、とんでもない魔力の塊よ。それを身体に埋め込むのさ。とんでもない痛みだろうなぁ。辛かっただろうなぁ。でも、そのおかげで、俺みたいな出来損ないのサーヴァントは存分に戦えるってわけさ。感謝だね」

 俺は理解が追い付かない。だが、石を埋め込むだと? 小夜子の、女の子の身体に、そんな酷いことをするなんて。とある方、とは一体何者なんだ。

「さぁさぁ! 今宵は、聖杯戦争に非ず。そうさな、この三好三郎こと、十河存保の一世一代の仇討ちの戦よ」

 ライダーは、小夜子の顔を愛おしそうに撫で続ける。そこには性欲や情欲の対象というより、家族を慈しむような行為に思えた。

「おい、宮内少輔(くないしょうゆう)」

 くないは、ぴくりと身体を震わせる。宮内少輔とは、長宗我部元親・くないのことだ。

「何だ、三好三郎」

「何だじゃねぇよこのクソ女。おい、お前、覚えてやがるか? 四国制圧だのなんだの調子に乗りやがってよ。お前のせいで一体どれだけの将兵が死んだと思っていやがる。頭イカれてんのかコラ」

 くないは、眉を吊り上げたまま、黙って聞いている。

「――――中富川」

 ライダーは、語気を強めて言い放つ。

「お前にとっての戸次川(へつぎがわ)は、俺にとっての中富川よ」

「へ、つぎがわ......」

 途端、くないの顔つきが変わる。それは青ざめたような、それでいて殺気のこもった表情だった。

「お、いいじゃないのよ。そういう顔、俺大好きなのよね」

 そういって、ライダーは軽々と身の丈近くあるような大きな葦毛の馬に飛び乗った。背中には気を失ったままの小夜子が一緒だ。

「おい、ライダー。小夜子をどうする気だ」

「あぁん? 大将、馬鹿いうなよ。マスターが殺されちゃったら、俺消滅しちゃうのよ? そりゃ一番近くで守るに決まってるだろ」

「何言ってやがる! 俺が小夜子を殺すわけないだろ! 助けに来たんだよ!」

 ハッ、と心底呆れたようにライダーは嗤う。

「俺もなぁ、うちの姫さんを守りたいのよ。そう、死ぬ瞬間、一分一秒ギリギリまでな」

 守る? こいつは何を言っているんだ? 石を埋め込まれ、息も絶え絶えだ。今だって辛さに我慢できず、気を失っている小夜子を、守るだと? そんなの、お前が戦うための道具として手放せないだけじゃないか......!

「さぁて、うちの姫さんが元気なうちに始めようぜ、大将」

 ライダーは、とある呪文を唱えた。

「――鬼神・招来」

 狂化スキルの発動。ライダーの背中の小夜子が、ビクリと身体を震わせる。

 魔力タンクと化した彼女が、その身体を酷使して、ライダーへ魔力を供給している。

 だが、その表情は苦悶に満ちている。やめろ、やめてくれ。

 だが、俺は言葉を発することが出来ずにいた。何故ならば、叫んでも意味が無いのだ。今の俺は、早急にライダーとの戦いを終わらせ、小夜子をマスターの責務から解放する以外に、彼女を救う方法が無かった。

 そうして、俺はくないに目くばせをして、戦闘体制に移る。

 だが、――――妙な気を感じた。ぞくり、と背筋が凍えるように、震えた。

「......守尭」

「......どうした、くない」

 くないは、焦りを帯びた表情で、言った。

「これは......勝てないかもしれないぞ」

 漆黒の炎につつまれながら、ライダーはもう1つの呪文を唱える。

 

 

「――――”仮装宝具”展開」

 

 

 それは、サーヴァントの切り札。

 一瞬にして、陸上競技場の空気が凍え、そしておぞましいほどの魔力が、ライダーの身体に纏わりついていく。

 その中心にあるのは、その跨った葦毛の馬だった。

 そうして、ライダー・十河存保は、自身の必殺の御業の名を告げた。

 

 

「――――宝具『不死身の鬼十河(鬼十河は死せず)』」

 

 

 ★

 

 

【ある男の手記】

 

 鬼十河・十河一存(そごうかずまさ)は、如何にして死んだのか。

 病で死んだとされるのが通説ではあるが、鬼十河の死に際に関してこういった逸話が残っている。

 永禄3年(1560年)頃に十河一存は病にかかった。そこで摂津国にある有馬温泉に湯治に行ったとされている。

 その時、一存は、たまたま三好家中随一の実力者である、松永久秀(まつながひさひで)とばったり出会ったというのだ。

 武略で聞こえた十河一存は、謀略を駆使しずる賢く立ち回る松永久秀を快く思っていなかった。槍働きを信条とする武将が、知略や謀略を使う武将を毛嫌いするのはよくある話だ。そして十河一存は、兄の三好長慶に「あの男には気を付けた方が良い。いずれ三好家に禍いをもたらす」と常々言っていたという。とはいえ、松永は三好家にとって重要な人物。少々目に余る所はあるものの、三好長慶は変わらぬ信頼を寄せ、引き続き重用し続けた。その状況を、十河一存は歯痒く思っていたことだろう。

 話を戻そう。そんな犬猿の仲の2人は、有馬温泉でばったり出会ってしまった。その際、松永久秀が十河一存の乗馬である葦毛馬を見て、「有馬権現は葦毛を好まないため、その馬には乗らないほうがいいですよ」と忠告したとされている。

 しかし久秀を嫌う一存は忠告を無視してそのまま乗馬し、そして――――落馬してしまう。打ちどころが悪く、そのまま絶命してしまったというものである。

 そもそも、三好家の陸戦隊最強の鬼十河である。馬には乗り慣れている。いくら病にかかっていたからといって、馬から落馬して死ぬなどあり得ない。

 そのため、この逸話は、松永久秀の謀略によって十河一存が暗殺されたのではないかということを暗示しているのである。

 その真偽はともかくとして、ここで大切なのは、「鬼十河は落馬して死んだ」とされていることである。

 そして、鬼十河の後継者である、十河存保は常に馬に乗ってこの鬼・聖杯戦争に姿を現している。

 そこから類推されるライダーの宝具。

 それは「馬から落ちたら死ぬ」逸話を曲解した「馬から落ちなければ死なない」というものだと考えられる。

 

 

『不死身の鬼十河(鬼十河は死せず)』

 

 

 つまり、ライダー・十河存保は自身が召喚した葦毛の馬に乗り続ける限り、いくら敵の攻撃を受けたところで死なない。

 分かりやすく言うと、『永続的な、無敵状態の付与』だ。

 正に不死身の鬼十河。大変、厄介なサーヴァントであると言えるだろう。

 勿論、此度召喚されたのは鬼十河本人ではないため、十全な能力を発揮できない”仮装法具”となっている。

 でも、その紛い物は、本人の執念と聖晶石による魔力強化が込められている。

 さぁ、守尭くん。君に、この敵を倒すことが出来るかな。

 戦いの行く末を、見守ることにしよう。君のすぐそばでね。

 

 

■■■■の手記

※名前は黒く塗りつぶされて読めなくなっている

 

 

 ★

 

 

宝具解放[NEW!!]

サーヴァント・バーサークライダー

 

真名:十河存保(そごうまさやす)

通称:三好三郎、孫六郎

備考:鬼十河の後継者

 

宝具:不死身の鬼十河 (ルビ:鬼十河は死せず) [NEW!!]

効果:葦毛の馬に乗り続ける限り、如何なる敵の攻撃も受け付けず、永続的に無敵状態が付与され続ける。ただし、マスターの魔力消費量は通常の10倍。

 

 

マテリアルに記録されました

引き続き、物語をお楽しみください

 

 

 

第2章 第3節 了

次へ進みますか?

>はい 

 いいえ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。