片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~ 作:斑鳩古都
気が付けば、風圧で俺は十数メートルもの距離を吹き飛ばされていた。
ライダーは、ただ単純にくないに向けて突進をしただけだ。それなのに、その余波は地面が割れんばかりの衝撃波と共に、俺の身を吹き飛ばした。
どこかで既視感があると思ったが、初めてくないを召喚したあの夜。あの時も俺はライダーの起こす暴風によって吹き飛ばされていたのだった。
「大丈夫か守尭!」
そんなライダーの突撃を何とかいなし、俺が吹き飛ばされた着地点まで即座に移動してみせたのは、くないだ。その小さな身体で、俺の着地の衝撃を和らげてくれている。
こいつ、セイバーと駅前で戦った時より動きが機敏で強くなっているように感じる。やはり、真名が明らかになり、迷いが消えたのだろうか。
それに引き換え俺は、またもやくないの足を引っ張ろうとしている。悔しさと情けなさで歯を食いしばる。
「大丈夫だ! 俺はいいから、くないは、」
「馬鹿! 守尭を守るのが最優先だ! また来るぞ!」
そうして、またもや俺たちはライダーの突撃の標的にされる。
くないは、俺を抱えたまま、即座に右方向へ跳躍。ライダーは右手に太刀を担いでいる。つまり、ライダーから見て左側――俺たちから見た右側方向は、相手にとって死角になる。
とはいえ、高速機動で俺たちを翻弄するライダーだ。そんな小細工で攻撃を防げるわけではない。
だが、一瞬。一瞬でいい。敵の攻撃が止まる瞬間を作り出す。
くないの取った行動はその一瞬を生み出してみせた。
「――槍を持て」
空間を裂いて、長槍がくないの手元に現れる。
「――ッ」
短い呼吸を発し、驚くべき速度で槍は射出された。
本来、槍とは突くもの。だが、俺を抱えたままの状態のくないは、片腕しか使えない。だから、槍を投擲したのだ。
そして、
「――構え」
聞き覚えのある言葉と共に、空間を切り裂いて空中に二十丁もの火縄銃が一斉に出現する。
「――放て」
相手は、死角に回り込まれたくないによって回頭を余儀なくされており、さらに投擲された槍に意識が奪われている。二重の足止めによって、その動きが止まった瞬間をくないは見逃さなかった。
耳をつんざく轟音が響き渡る。
「――重ねて五つ放て」
火縄銃とは連射の効かない武器であると歴史の授業で習った。だが、サーヴァントはそういった制限を取っ払う。またもや轟音が立て続けに起き、硝煙が巻き起こった。
「守尭、来い!」
「って、うわぁあああ!」
俺は轟音が鳴り響く中、くないに文字通り首根っこを掴まれたまま、ライダーと距離を取らされた。幼児がぬいぐるみを振り回すかのような扱い。いや、身体の節々が痛い。
「なんだよ急に!」
「馬鹿、今はとにかく距離を取るしかないんだよ」
それは、俺を守りながら戦わなければならないから、なのだろう。
かといって、俺は自分で自分の身を守る術を持たない。身を隠すための魔術も使えない。だから、くないの傍が一番安全であり、だからこそくないは俺を庇いながら戦わなければならないというハンデを負っている。
いや、これマジで、詰んでない?
「......やはり、な」
くないは硝煙の先にいるべき、敵を見据えながらつぶやいた。
「あの宝具、あれは永続的に無敵状態付与を得られるとんでもない宝具だ」
「永続的に、無敵状態......?」
とんでもない言葉を聞いてしまった。
「あぁ、見てみろ。くないちゃんの攻撃はな、一撃たりとも通っていない」
硝煙の晴れた先。そこには、黒炎をその身に纏いながら、無傷で嗤うライダーの姿があった。
「ハッ、お前ら長宗我部はいつもそうだなァ! 土佐のクソ田舎の癖しやがって、頭数だけは沢山居やがる。そんで木材を大量に売りさばいて種子島なんぞ手に入れてよ。物量に物を言わせた品の無いクソみたいな戦い方しやがって」
「やかましいわ三好三郎。生き抜くための知恵だよ知恵。戦力を適切に投入するなんて戦いの基本だろうが。貴様たちのように恵まれた場所でのうのうと暮らしている奴らには分からんさ! いや、あんなにも豊かな穀倉地帯と、望めば南蛮渡来の物さえ何でも手に入る畿内を抑えておきながら、我々に敗れてしまうなんて。大将の采配が悪いんじゃないのか? なぁ、お坊ちゃんよ」
「言いやがったなぁクソ女ァ!」
黒い炎と共に感情を高ぶらせるライダー。心なしか、背中で気を失っている小夜子の全身が赤く輝いた気がする。
くないは、恐らくライダーを激高させ、冷静さを失わせようとしているのだろう。攻撃がワンパターンになれば、凌ぐこともたやすい。でも、凌ぐだけでいいのか......?
「............まずいな守尭。無敵を付与する宝具に、狂化スキルを発動中だ。相手のマスターの魔力切れを狙うしか無いが......」
「ダメだ。それじゃあ小夜子が無事で済まない」
即答した。その考えには迷いなんてなかった。
くないは、苦笑を浮かべる。それは諦めというより、『分かってるよ、守尭』という意味を持っていた。
「そういえば守尭。お主、セイバー戦の時に使った、謎の力あるだろうが。なんか水出すやつ。アレ、使って、今すぐ」
「馬鹿いうな! 俺だって良く分からないんだから! 水出せって俺は大道芸人か何かかよ!」
使えないやつだのうと、くないはため息を吐く。
「そんなこと言うなら、くないだって宝具使えば良いだろう?」
「いや、まぁ、くないちゃんの宝具はそりゃあ強いんだがな。あの馬からアイツを引きずり降ろさないと攻撃が」
「――通らないってことだろ?」
耳元から、下卑た男の声が聞こえた。
眼を離したつもりはなかった。何なら軽口は叩きつつも、全神経はライダーに注いでいた。そのはずだったのに、瞬きの瞬間にライダーは瞬間移動としか思えぬ速さで、俺とくないの隣まで間合いを詰めていたのだ。
「なんだ宮内少輔、四国山地を何なく越えてみせる神速の行軍が、長宗我部軍の最たる武器じゃなかったのか? ――――お前、めちゃくちゃ遅いな」
振り降ろされる太刀の一閃。ものすごくスローモーションに見える。
それは、俺とくない諸共を真っ二つにするような軌道を描いていた。狂化を纏った一撃だ。通常の斬撃より何倍も強烈なことだろう。せっかちな気質のライダーのことだ。くないだけじゃなくて、この俺も一緒に片付けてしまおうという魂胆なのだ。
どう考えても避け切れないと思ったが、俺は無意識に――――サーヴァントであるくないを庇おうと身をよじった。それはライダーに背を向けるかのように。くないに覆いかぶさって、抱きかかえるように。
目の前にくないの綺麗な顔が見える。あぁくそ、こいつこんな時でも美しい素敵な顔してるよな。でも、そんな驚いた顔はお前には似合わない。そんな表情をさせてしまってごめんよ。俺の行動は、あまりにもマスターらしからぬ振る舞いだ。
そう言えば、駅前でセイバーと戦った時も、何でかくないの前に立ちはだかってしまったなぁ。
まいったな。今回も都合よく、あの能力が発動するといいんだけど。
「――――も」
守尭、と呼ぼうとしたのだろう。くないの唇が動こうとした瞬間――――俺の首根っこが、誰かの手で掴まれた。
「ぐっ!」
俺は何が起きたのか理解することが出来ず、身体を強張らせた。
ズキリと痛む。首を後ろから鷲掴みにされただけで無く、爪が突き立てられており、俺は皮膚から血を流していた。無理やり後ろを振り返ろうとしたその時、耳元に千葉小夜子の顔があった。
その様相は、聖晶石で覆われ、もはや人ならざるもの。そして、眼を妖しく紅く光らせながら、言う。
「――もりたか、しんで(たすけて)」
何故だかライダーが振り下ろした刃は俺の背中の直前で止められており、ライダーの背中に背負われていた小夜子は眼を覚まし、馬から飛び降りて俺の首を血が出るまで握りしめていた。
そうして、背筋がぞくりとしたその瞬間、俺の意識は一瞬でブラックアウトする。ここでは無いどこかへ引きずり込まれるように、身体が空気中に揮発して消えていくように。
目の前の、心配げな相棒の表情がいつまでの頭の中にこびりついたまま。
★
【ランサー・長宗我部元親の視点】
守尭と叫ぶ間もなく、私の目の前にいた守尭は、敵のマスター小夜子殿と共に消え失せてしまった。
目の前には、苦悶の表情を浮かべたまま、刃を振り下ろせずにいるライダー・十河存保が居る。まるで、見えない大いなる力によって、その行動を制限されているようだった。
「ったく......うちの姫さんはよぉ、なんで令呪でこんなことをしやがった? あぁ!?」
私は、ライダーとの間合いを取るために後方へ跳躍した。その間合い、ざっと現代の単位で20mと言ったところか。
今、令呪と言ったかこやつ。つまり、先ほどの神速の攻撃を止めたのは、マスターである小夜子殿の意志ということだ。恐らく、令呪によって「攻撃を止めろ」とでも言ったのであろう。
だが、一体何のために? 守尭を殺したくないのであれば、本人に理性が残っているのであれば、血が出るほど爪を立てて首を鷲掴みになどしないだろう。そして『死んで』と『助けて』といった一件矛盾するような意味不明な発言。目の前で消えてしまった二人。状況が飲み込めない。
「クソッ、ようやく切れたぜ、令呪の効果」
肩で息をしながら、ライダーはだらりと刀を握る腕を垂らした。
「............そんなことより、守尭と小夜子殿はどこへ行った?」
「アァ? んなこと俺が知るかよ......って言いたいところだけど、お前との戦いは気持ちよく後腐れなくやりたいもんだからな、教えてやるよ」
何が後腐れなく、だ。セイバーのマスターの腕を切り落としたり、今さっきも守尭を狙ったり、手段を選ばないのはどこのどいつだ。
私はそんな言葉をグッとこらえて、ライダーの言葉を待つ。
「お前も、サーヴァントなら分かるだろ? パスは繋がったまま。つまり、あんたの大将は生きたままだよ」
確かに、ライダーの言う通り、守尭の鼓動を感じる。彼はまだ無事だ。
「だけど、ここではないどこかに行った」
「ここではないどこか?」
「俺は魔術師じゃねぇからな、細かいことは分からない。でも、うちの姫さん、さっき俺の脳内にこう語りかけてたぜ?」
そう言って、ライダーは嗤った。
「固有結界を使う、ってな」
★
気が付くと、俺は子供の頃良く通った、武道館の玄関に居た。
一階が柔道場で、二階が剣道場。剣道の少年団に通っていた俺は、母に連れられていつも元気よく階段を駆け上がっていたものだ。
良く見ると、俺は紺色の剣道着と袴を着ていた。いつも間に着替えていたのだろう。剣道を辞めてしまったのは、十歳の時だったから、かれこれ七年ぐらい経つのだろうか。久々に身に着けたと思えないほど、身体にしっくりと馴染んでいる。
俺は何かに導かれるように、二階へ向かう。ゆっくりゆっくりと階段を踏みしめ上っていく。懐かしい気持ちがする。外から蝉の声が聞こえる。あれ、今は三月じゃなかったか。何故だか、夏の匂いがした。
そうして階段を上がりきる。幼い頃の癖で、道場に入るときに一礼した。
「よろしくお願いします」
そうだ、よく母さんにも言われた。礼に始まって、礼に終わる、と。どうしてだか、頭がズキリと痛んだ。
「遅かったじゃない」
と、声が遠くから聞こえた。剣道場の遥か向こう、上座の位置に、女の子が立っていた。
上半身は白色の胴着に、下半身は紺色の袴。長い髪は動くときに邪魔なのだろう、後ろで括られている。そして、まるで幼い時のように眼鏡をはずしたその姿。
千葉小夜子だ。
「小夜子......ここは......」
「心象風景の具現化、というらしいわ」
心象風景。そういえば、成田先生に何か教わったような気がする。とても高度かつ難易度の高い、とんでもない魔術。
「そう、ここは私が生み出した固有結界よ」
固有結界。そうだ、成田先生からさわりだけ教わった。
術者の心象風景をカタチにし、現実に侵食させて形成する結界。
世界と繋がり自然を変貌させる「空想具現化(マーブル・ファンタズム)」の亜種である。まぁ、その空想具現化っていうのが俺には良く分からないんだが、それを展開することで、結界内の世界法則を、結界独自のモノに書き替えたり、捻じ曲げたり、塗り潰すことができる。
捻じ曲げて、塗り潰す。じゃあ、ここは、小夜子の心の中だっていうのか?
そして、小夜子は言葉を紡ぎつつ、俺の方に向かってゆっくりと歩み始める。
「私、何だか死んじゃったみたいなのよ」
とんでもない告白を聞かされた。
「さっき、身体の100%が聖晶石とかいうものと完全に合一してしまってね。今の私は、ただの人間の形をした魔力の塊であり石ってわけ」
だが、今の小夜子はいつもの小夜子だ。肌はつるりとしており、石と同化しているようには見えない。
「だから、私は魔術師じゃないんだけど、代わりに大量の魔力を保有している。巨大な魔術貯蔵庫として、無理やり石の力を行使することで、固有結界なんてけったいなものが作れてしまったわけ」
「くない......ランサーとライダーはどこに行ったんだ?」
「居るわよ。この場に干渉は出来ないけどね。私は現実を浸食した結果、閉じられた世界を生み出した。ちょうどこの武道館一個分のね。そこには、私とあなたの2人だけの世界」
そう言うと、目の前にカランと音を立ててあるものが落下した。
木刀だ。プラスチック製の鍔も取り付けられている。
そもそも剣道と言えば竹刀を使って行うものだ。木刀は通常の稽古では使用せず、昇段審査と言われる試験の際に、型の演武を行う時に使うものだ。決して、現代の剣道では、木刀で相手を打突することは無い。母さんにも「木刀を人に向けちゃダメ」と言われていたのを思い出す。
「拾いなさいよ守尭」
小夜子は、冷たく言い放つ。既にその手には鍔付きの木刀が握られていた。
「木刀だって下手すれば人は死ぬのよ。知らないかしら。かの有名な巌流島の戦い。一説によると、佐々木小次郎は宮本武蔵に木刀で脳天を勝ち割られて絶命したのよ」
そういって、小夜子は手にした木刀を中段で構えた。
別名、正眼の構えともいう。左拳を丹田から握りこぶし1つ空けた位置で握る。そして木刀の切っ先は喉の高さに安定させる。両肩は力を入れずリラックスの姿勢。両脚は肩幅程度に拡げ、右足を前に、左足を後ろ。いつでも前後左右に動けるように紙が1枚差し込める程度に両かかとを浮かせる。
最も隙が無く、攻撃防御のバランスに優れ、そして誰もが最初に学ぶ基本の構えだ。
小夜子の正眼の構えは、美しいの一言だった。こいつ、剣道は小学生で辞めてしまったというのに、まだ基本を覚えているのか。
「ほら、拾いなさい」
「いや、それは出来ない。だって俺にはお前と戦う理由が」
「アンタには無くても、私にはあるのよ!!」
ビリビリと大気が揺れる。これは、小夜子が聖晶石と同化したからなのか、まるで人智を越えた力で大気を震わせているかのようだ。
そして、小夜子は俺を一心に睨みつけている。その眼に浮かぶのは明らかな敵意だ。
小夜子はさっき、自分は人として死んだと言った。俺はその意味が分からない。だって今こうやって元気に喋っているじゃないか。それこそ俺への敵意むき出しの、いつもの小夜子だ。
俺は仕方なく、木刀を拾った。何だか手にものすごく馴染む。何でだろう、剣という存在が、俺を求めているかのように、引き合っている感覚がする。
生き別れた兄弟と、再会したかのように。
「じゃあ、二本取った方の勝ちね。ちなみに、私の方が剣道始めたのは遅かったけど、あっという間にアンタを追い抜いて、最後は私から一本も取ることが出来なかったの覚えてる?」
「あぁ、マジで悔しかったよ」
「............じゃあ、なんで逃げたのよ」
「え」
まただ、俺は何から逃げたんだ。
確かにあの時何かいざこざがあった気がする。でも、俺は何故それを覚えていないんだ。俺は母さんが死んでしまったから、剣道を辞めてしまったんだと思っていた。だって、胴着袴に、面や小手といった防具を身に着けるだけで、竹刀を握るだけで、この道場に近づくだけで、母さんの笑顔を思い出してしまうから。
確かに、母さんとの思い出からは逃げている。でも、俺は小夜子から、逃げたのか?
「さぁ、構えなさい」
正眼の構えのまま、小夜子は道場の中心でしゃがみこんだ。
いわゆる蹲踞(そんきょ)と呼ばれている恰好だ。しゃがみこんだまま、相手に切っ先を向ける。試合開始時のポーズだ。
俺は覚悟を決める。小夜子と打ち合いをする。傷つけたくはない。でも、戦う運命からは逃れられない。ならば、小夜子の気が済むまで俺は戦おう。どうしてか、それが彼女を救うたった一つの方法に思えた。
木刀は左手に持つ。持ち手を相手方、切っ先を後方に向けた状態で。侍が刀を持つように。
「お願いします」
俺は一礼をする。そして、一歩二歩三歩と、道場の中央に待ち受ける小夜子へ摺り足で近付いていく。
そうして、ちょうどお互いの切っ先が交わるであろう、丁度良い間合いで俺は木刀を抜き、同じく正眼の構えのまま蹲踞(そんきょ)の姿勢になった。
お互い、しゃがみこんだまま背筋は伸ばしたまま。木刀の切っ先同士が触れるか触れないかの両者の間合い。
本来であれば審判が初めの合図を出す。だが、この固有結界の中は、俺と小夜子の二人だけだった。
外から蝉の声が聞こえる。どれぐらいの間、そのままの体勢で居ただろうか。急に――――音が、止んだ。
それが、戦いの合図だと本能で悟った。
俺は小夜子を見る。小夜子も俺を見ている。両者の視線が交錯し、それが火蓋となって、立ち上がった。
木刀の切っ先が触れ合い、カツリ、と小さな音が鳴った。
第2章 第4節 了
次へ進みますか?
>はい
いいえ