片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~ 作:斑鳩古都
まるで人外の者と立ち合っているかの様に、小夜子が振るう木刀の力は破壊力があった。
「お前人間やめてゴリラにでもなったのか!?」
「女の子にゴリラって言うとか信じらんない! もういいさっさと死ね!!」
佐々木小次郎が死んだのも頷ける。小夜子の振るう木刀は、まるで台風かのように轟々と唸り声を上げている。あ、佐々木小次郎を殺したのは小夜子じゃないけど。
冗談はそこまで。最初に、相手の打突を木刀で受け流したのだが、あまりの衝撃に右手が痺れてしまっていた。
このままだと木刀が折れてしまうのではと思い、俺は相手の太刀筋を見極めつつも何とかして躱し続けていたが、ギリギリの所で避け続けるのも限界だった。
「ちょっと待て! 流石にこれは死ぬ、死んじゃう!」
「うるっさい、いっぺん死になさいって言ってるの! あと、これ、聖晶石の影響か知らないけど力加減出来ないから!」
暴力系ヒロインここに極まれり。ちょっといい感じに厳かに立ち合いが始まるかと思いきや、いきなりのドタバタ劇になってしまった。
というのも、俺もブランクが長いのもあって、ほぼ素人の動きに近い。というか、剣道の動きがまったく当てにならないのだ。
これは母に教わったのだが、そもそもの話『剣術』と『剣道』は別物だ。剣術とは、武士が戦場で相手を殺すための術だ。北辰一刀流とか柳生新陰流みたいなやつ。
剣道とは武道だ。剣術をルーツとしながらも、その目的は相手を殺すことではない。全日本剣道連盟が定めている理念がある。
剣道とは『剣の理法の修練による人間形成の道である』というものだ。あくまで人間形成のための武道でありスポーツなのだ。
そもそも、剣道は面・籠手・胴といった、防具で守られた適切な箇所に、竹刀に定められている”有効打突部位”で、正確に打突することが競技性としての要となっている。有効打突部位というのは、竹刀の剣先から物打と呼ばれる箇所までの、限られた先端箇所の事だ。後は、発声がどうとか、残心がどうとか、色々基準があるが、審判が一本と言えば一本なのだ。
つまり、剣道の達人とは、相手より速く、定められた部位に竹刀を当てる達人であって、相手を叩きのめすことに優れているわけではない。
その為、竹刀さばきは、手首のスナップを効かせて最短距離で行われる。
だが、今の小夜子との立ち合いは、剣道ではなく剣術。いかに相手を叩きのめすかが目的である。
「――――ハッ!」
小夜子は大きく振りかぶり、反動と遠心力で俺の脳天めがけて木刀を振り下ろす。
綺麗で迷いのない動きだ。だが、剣道と違うのは、面に当てるだけではなく、脳天を勝ち割るために木刀に全体重を乗せているということ。
「あああああ!」
俺は、流石に避けることが出来ないと判断して、下から強引に木刀を打ち付ける。斜め45度の角度で、小夜子の振るう木刀をめがけて。
両手に衝撃が伝わる。それは、振り下ろされた木刀の軌道を、何とかして逸らすことが出来た証だ。
俺は、素早く後方へ下がり、小夜子との間合いを取った。さっきから動きっぱなしで汗が止まらない。俺は、胴着の袖で首元の汗を拭った。だが、
「......血?」
汗だと思った液体は、血だった。いつの間に切れていたのだろう。俺は左耳付近がジワリと痛むのを感じた。
「ぎりぎりで避けたと思った? 残念、さっきの攻撃は、あんたの耳を掠めていたの」
俺は慌てて、耳を触った。良かった、くっついたままだ。だがぬるりとした感触は、血が止まっていないことを示していた。まるで転んだ時の裂傷の様に、ジクジクと痛む。
「さぁ、休んでる暇は無いよ。アンタには時間の許す限り、たっぷり相手してもらわないと」
ジリジリと、小夜子は正眼の構えのまま、俺に歩み寄って来る。その顔は、獲物を仕留めようとする猛禽類の如くだ。
「――――やぁっ!!」
気合い一声。小夜子はまたもや振りかぶって突進してくる。
「――――ッ!」
もうその手には乗らない。小夜子は困った時には面打ちで攻撃をする癖がある。
中学で陸上部に入るぐらい、彼女は小さな頃から徒競走が速く、脚力があった。だから、相手の間合いの外から飛び込む正面打ちが得意なのだ。握るのが竹刀から木刀に変わったとしても、その癖は変わらない。
俺は軌道を逆算して、小夜子の太刀筋から逃れようとし――――逆に虚を突かれた。
ドンッ! という大きな音と共に、小夜子の左足が前に踏み込まれた。
剣道において、踏み込む足は基本的に右足であり、左足は蹴り出す足と決まっている。だから、左足から踏み込むことなど基本あり得ない。そう、これが剣道の試合であれば。
「ばーか」
小夜子は左足を踏み込んだ勢いで、身体を独楽のように回転させた。それは、剣道のような一直線・最短距離の動きではない。まるで野球選手が目の前のボールをスイングしてスタンドに放り込むような。身体の軸をぶらさず、腰を入れて回転する遠心力の動き。
「これは、遊びじゃなくって――――私とアンタの殺し合いでしょ?」
そうして、バッターが外角低めのストレートを打ち抜くように、小夜子の描く木刀の軌道は、俺の左足の脛を強打した。
「――――ッ!!」
激痛なんてもんじゃない。そもそも、剣道は足を狙わない。というか防具の無い場所を狙うことは無い。でも、ルール無用の立ち合いなら、真っ先に狙うのは相手の足であるべきだった。
俺は、これは剣道の立ち合いとは違うと思いながらも、頭のどこかで慣れ親しんだ剣道の規則や習慣に囚われてしまっていた。
「がっ、」
痛みで、変な声が漏れる。小夜子は容赦なく、木刀で二撃三撃と俺の身体を、殴りに殴った。
最後に、蹴り出された足が俺の腹にめり込む。胃液が上がってきそうになるが耐えた。しかし、続けて顔面に横殴りに木刀が振るわれた。俺は避けようとして身を捩ったが、左肩に当たってしまい、衝撃を受け止め切れず、倒れ込む。
「よっわ」
クスクスと嘲るような小夜子の声が聞こえる。痛みで意識が飛びそうだ。
「ほら、立ちなさいよ。............いや、ゆっくりで良いわ。私優しいから、特別に待ってあげる」
楽し気に笑っている。くっそ、嗜虐趣味があるのかこの女。
「あぁ、あと、二本勝負って言ったけど、今のは一本にもなってないから。守尭の意識がまだあるし、ね」
酷いことを言うなぁ。意識が飛んだら一本なんて、何そのエクストリーム剣術。
「あとさ。なんでさっきからアンタ、私から逃げてばっかりで戦おうとしないの?」
「そ、れは......」
「傷つけたくない?」
言おうとした言葉を取られてしまった。
「舐めないで。アンタの打突程度で、私の身体が傷つくわけないじゃない。石よ石。私の身体は、聖なる石で出来てるのよ? 本気でぶつかってきなさいよ」
「そうは言うけど......」
何とかして、身体を起こそうとする。だが、それを制するように、俺の右胸へと木刀が突き立てられた。身体に孔でも空くんじゃないかという強烈な痛みが襲うも、俺は何とか耐えてみせた。
「じゃあ、お話しながら戦いましょ? 良くあるじゃない、漫画とかアニメとかで、主人公が敵と戦いながら口論するやつ。あぁいうの一度やってみたかったんだよね。じゃあ、最初の話題」
そうして、小夜子は俺を見下ろしながら、冷たく言い放った。
「守尭。アンタどうして、健吾が本物じゃないって気が付かなったの?」
★
【ランサー・長宗我部元親の視点】
私は、ライダー・十河存保と対峙していた。守尭は、未だ消えたままだ。
「ひとまず、守尭はまだ無事ってことだな」
「あぁ、とりあえず固有結界の中には俺たちは手を出せない。だからこそ、誰にも邪魔されずに戦えるってもんだろ?」
ライダーは黒い炎を纏ったまま、馬上で嗤う。
「ほら、お前のとこの大将が居ないのは好都合だろ? 庇ったり守ったり、そういうので正面から戦えないのはうんざりなんだわ。そろそろ全力で戦えるんじゃねぇのかぁ?」
「あぁ、そうだな。そろそろ本気の1割ぐらいは出してやろうかな」
私は、”すかぁと”なる衣服に付着した土埃を払った。この”せぇらぁふく”なる現代の衣服を私は気に入っていた。全く、すっかり汚れてしまって。後で守尭に洗濯してもらわなければ。
守尭、私の服を洗って干したりするのを躊躇うだろうか。彼は、女性に対して初心な所があるから。
ふふ、と吐息が漏れてしまった。思わず笑ってしまったのだろう、目の前のライダーが怪訝そうな顔をする。
「............宮内少輔。お前、頭大丈夫か? ちょっと気持ち悪い」
「やかましいわ、ちょっと考えごとをな。あぁ、心配するな。そなたなんてな、軽くひねりつぶしてやるから」
「ほんっと、かわいくねぇクソ女だな」
「貴様に可愛らしいなどと、言われたくもない」
「ハッ、現代に来てまでその面拝む羽目になるとは勘弁願いたかったね。このちんちくりんの姫若子がよ」
「こちらこそ、その頭のつるつるした月代、カッコいいと思ってるのか?」
「アァン!? お前、馬鹿にしてんのか! 義父上の十河額(そごうびたい)! 三好家で大流行だったんだが!」
「そういう所が、そなたは駄目なのだよ、三好三郎」
「何だと!?」
目の前のライダーは今にも飛び掛からんばかりに、私に敵意をむき出しにしている。だが、私は生前から思っていたことを口に出した。
「三好三郎。そなたは、義父に囚われすぎだ。――――そなたは、そなたのままで、良いのだよ」
ライダーは、眼を見張った。まさか、そんな言葉を私が言うなど、予想だにしていなかったのだろう。
私の言葉は、偽らざる本音だった。幾たびも私たちに立ちはだかってきた、目の前の男について特段好き嫌いの感情などは無い。ただ、純粋に惜しいと思っていた。鬼十河の名に縛られなければ、もっと良い武将足りえたのに、と。
「さて、言葉の応酬はもうこの辺で良いだろう」
私は、目の前の宿敵をまっすぐに見据える。
「さぁ、刀を取れ。馬を引け。我にその敵意を向けよ!」
精一杯、声を張る。
「我が名は長宗我部元親! 貴殿、十河存保よ。ここを中富川と申したな? ならば何度でも我は貴殿の前に立ちふさがろう! 何度でも貴殿ら三好家の兵の骸を戦場に並べてやろう! 我が四国制圧の戦に悔いは無し! 我が軍略に一かけらの隙も無く、貴殿に勝ち続けよう!!」
私は心の中でマスターたる守尭に許しを請うた。少しばかり、魔力を使わせて貰う、と。
「貴殿に我が宝具を見せるにはちと勿体なし! あぁ、勿体なし! だが、折角時を超えて相まみえたのだ。特別にその片鱗をば、見せ給うぞ!」
そうして私は、右手の人差し指を突き立てた。よく、相手に見えるように。
「さっきも言うたじゃろ? 1割じゃ」
そうして、私は少しばかり力を開放する。
「――――霊基再臨」
全身が、光輝いた。自身の霊基が、熱く、燃える。
そして、紺色の”せぇらぁふく”の上に、深紅に染め上げた羽織が纏われる。その胸元には、見慣れた紋様が輝いている。
七つ片喰(かたばみ)。長宗我部家の家紋だ。
「さぁライダーよ、特と御覧じろ」
そうして、私は右手を掲げる。それに伴い、私の後方より、空間を切り裂いて無数の孔が現れる。だが、その数は今まで発動させたものとは桁が違った。
数十。阿呆か、そんなものでは勝てるものも勝てん。
数百。いやいや、そんなものじゃ足らぬ。もっと、もっとじゃ。
数千。んーまぁ、そんなものだろう。何て言ったって1割だからな。
どこか余裕を感じていたライダーの表情が、緊張を帯びていく。そうだよなぁ、三好三郎。お前は今まで高をくくっていたのだ。自分には魔力量がほぼ無尽蔵に近いマスターが付いており、義父ゆずりの無敵の宝具もある、と。
だが、この私が退くとでも思ったか? 無論、そなたが根を上げ続けるまで攻め続けてやる。魔力を枯渇させんばかりの連続攻撃を、たっぷりとその身でもって味わうがよい。
もちろん小夜子殿は救いたい。だが、まずはライダーを戦闘不能にしなければ、何も始まらない。どこかに突破口が必ずある。だからこそ、出来ることからやっていくしか無いのだ。
守尭、待っててくれ。お前に何が起きているか分からないが、ここに約束しよう。目の前のサーヴァントは、私が必ず仕留める、と。
手元には、愛刀の”荒切”を呼び出す。鞘から抜き放ち、その刀身は明りに照らされて妖しく輝いた。
そうして、私は宣言した。今から目標に攻めかかるぞ、という合図を。
「今宵の片喰は――――ちと激しく夜に揺れるぞ」
★
何度目か分からない木刀による打撃を受け、口から血をこぼした。余りにも殴られ過ぎて、全身青あざだらけになっているのではないだろうか。
「どうして!? アンタは私なんかと違って、特別な力を持っているのに!」
小夜子の声が聞こえる。特別な力? あのセイバー戦で発動させた、不思議な水の力。どうして小夜子がそれを知っているんだ。
「し、るかよ、その力っていうのも今日初めて知ったんだ」
とぼけるな、と悪態を吐きながら、小夜子は攻撃の手を緩めない。くそ、そろそろ足も動かなくなりそうだ。
「じゃあ、どうして、あの人の近くに居ながら、何も気が付かなかったの!?」
あの人? あぁ、あの偽物の健吾のことか。随分、情のこもった言い方をするんだな。
俺は腹部に強い衝撃を受け、思わず立っていられず、道場の床を転がり込んだ。
「私は気が付いていた。でもアンタはへらへらと本物の健吾をほったらかして、あの人とつるんでばかり......」
「というか、待ってくれ小夜子、お前、アイツが入れ替わっていたことに気が付いていたのか??」
「あったり前でしょ! 私たちずっと一緒だったじゃない!!」
何故だ、何故、小夜子は健吾の入れ替わりに気が付いていたんだ。いや、そんなことよりも。
「俺が気が付かなかったのは本当に情けないと思う! だけどな! お前、逆に何で俺に教えてくれなかったんだ!? どうして騒ぎ立てなかったんだ!?」
途端、小夜子は言葉を失う。攻撃の手が一瞬緩む。
今だとばかりに、俺は小夜子に袈裟懸けに切りかかる。狙いは肋骨付近。俺は小夜子を傷つけたくはない。だから、防ぎやすい場所を狙った。
一瞬、動きを止めていた小夜子だったが、即座に体勢を立て直して、俺の攻撃を木刀で受け止める。そしてそのまま膠着状態となる。鍔迫り合いをしながら、ぎりぎりと木刀が音を立てて軋む。
「どうなんだ、小夜子。どうして教えてくれなかった?」
「そ、れは――――」
小夜子は、意を決した表情で、俺に告げた。
「真里谷健吾に成りすましていた、あの人を――――愛してしまったから」
突然の告白に、頭が空っぽになる。
その瞬間、俺の押す力が緩んだその隙を、小夜子は見逃さなかった。力任せの体当たり。俺は踏ん張りが効かず、道場の床に転がるように倒れ込んだ。
「そうよ! 好きなの! どうしようもなく、好きなの!」
叫ぶ小夜子の顔は昂揚し、もはや泣き叫んでいるかのようだった。ぐちゃぐちゃな感情を吐露するその姿を、俺は見上げることしかできなかった。
「一目惚れだったの。どうして教えなかった? 成り代わっていた事実が明るみになったら、あの人は必ずこの場から去ってしまう! だからそんなことは出来なかった。だからどうしようも出来なかった」
俺は言葉を失う。小夜子の、アイツへの哀しき愛を知ってしまったから。どんな言葉をかけていいのか分からなかった。
「でも、あの人は私のことを見ていなかった。あの人は、いつもアンタのことばっかり」
俺のことを? アイツが?
「私はアンタが憎い。あの人が私を振り向かないのは、アンタがいるから。アンタが特別だから、あの人はアンタにしか興味を持たない」
偽物だった健吾。確かにあいつはいつも俺に微笑みをくれていた。でも、だからそれが何だって言うんだ。アイツはどうして俺たちを騙すようなことをしていたんだ。
俺は、意を決して小夜子へ物申す。
「あのな! 俺が憎いのは別にいい。でも、怒るのは俺じゃないだろうが! 俺は、あの野郎にムカついてるよ! 何で騙すようなことをしたのかって今すぐ問いただしたい。むしろ一緒になってアイツを探せばいいだろ? 探し出して問い詰めてやればいい! だから、こんなのは不毛なんだよ。お前と俺が争う意味なんて無いんだ」
「アンタには無くても、私にはある。争う意味、とは少し違うかもしれないけど、あの人の事だけじゃない。ずっと前から、アンタに言いたいことが......」
そうして、小夜子は俺に問うた。
「七年前のこと、覚えてる?」
「七年前......?」
「とぼけないでよ! 私とアンタと健吾の三人で、蝉を取りに行ったじゃない!」
七年前。今が十七歳だから、十歳の時だ。蝉ってことは、夏休み、か?
ふと、さっき外から蝉の鳴き声が聞こえたことを思い出す。この空間は、小夜子の心象風景の具現化だ。もしかしたら、小夜子は7年前の夏の日のことが、強く心に刻まれているのかもしれない。でも、蝉取りなんてしょっちゅう行ってたし、小夜子が何のことを言っているのか分からない。
「すまん。全く、覚えていない」
と言った瞬間、顔面を横殴りではたかれた。今度は、木刀じゃなかった。掌で小夜子に頬を叩かれたのだ。
気が付けば、小夜子は俺に馬乗りになっていた。胴着の襟元を強く握られたまま。
ポタリ、と水滴が俺の顔に落ちる。小夜子は、泣いていた。
「アンタは、覚えてないのね......」
さっきまでの鬼気迫る表情は消え去り、愁いを帯びた少女の顔になっていた。
「良いわ、教えてあげる」
そう言って、小夜子は掌を俺の額に当てた。
「おま、何を......」
「眼を、閉じて」
まるで、母親が子供に眠りを促すように、小夜子の掌はそのまま下へスライドし、俺の瞼をゆっくりと優しく閉じた。
「守尭、おやすみ」
俺の視界は暗転した。
★
私たち、三人はずっと仲良しだったね。
守尭と健吾と私。いつも一緒に遊んでた。
あの夏の日。いつも通り大角寺に集まったの覚えてる? いつも具合悪そうな健吾がたまたま元気な日で、健吾が「ねぇ、蝉取りに行こうよ!」って楽しそうに虫取り網と籠を取り出して来たの。
アンタは「しょうがねぇなぁ」と言いつつ、ノリノリで。私は買ってもらったばかりのワンピースを着てたから、汚すのは嫌だなぁと思ってたんだけど、楽しそうにしているアンタ達を見ていたら、付いて行く以外の選択肢が無かった。
それで何匹になるかわからないぐらい蝉を捕まえに捕まえた。流石に可哀想だからって健吾が言うから、全部逃がしてあげたのよ。
ここまでの話覚えてる? え、覚えてない? 蝉取りなんて沢山行ったし?
まぁ、確かにそうね。仕方ない、話を続けるわ。
その後、少し道に迷ってしまったのよ。健吾は足がくたびれて座り込んじゃうし、私も喉がカラカラ。アンタは珍しく水筒持参してたから私たちに分けてくれたわ。そして「どこか木陰に入って、ちょっと休もう」なんて言い出した。
健吾は、何だか今日は森の奥に行くのは良くない気がするって反対したんだけど、私も疲れたしどこかで休みたいなって思ってアンタの意見に賛成したの。健吾はたまに妙なことに聡いやつだったから、今思えば危険を察知していたんだと思うんだけど、勝手知ったる裏山だったし、私たちは健吾の意見に聞く耳を持たなかった。健吾はまだしばらくごねてたけど、最終的にはアンタのアイディアに賛成する形で、さらに山の奥へと進んだの。
そこで、ちょっと薄暗そうな竹林を見つけて休憩していたんだけど。――――そこで、事件が起きた。
悪霊。いや、何て表現していいか分からない。
正体の分からない、複数の影達に私たちは囲まれていた。健吾はくたびれて動くことも出来なかったし、かくいう私も腰が抜けて動けなかった。
そこで、守尭。あなたが、無謀にも、その影たちに立ち向かったの。
最初は殴りかかっていったけど、子供の喧嘩じゃあるまいし、あなたの拳は影には全く通用していなかった。焦る守尭。迫る影。影たちはどうやら、あなたに標的を定めたように感じた。
そうして、絶体絶命のピンチに思えたその時、急に周囲に霧が立ち込めたの。
その霧に触れた影たちは、動きがおかしくなった。まるで何かに怯えているように。
そして、私は見た。アンタが子供の背丈に似合わない、長く大きな一振りの日本刀を握って構えていたのを。私は刀とか全然詳しくない。でも、とても綺麗な刀だった。見ているだけで吸い込まれそうな、輝きを放っていた。
どうしてアンタが刀を手にしていたのか。何で黒い影が私たちを取り囲んでいたのか。まったく理由が分からなかったけど、アンタがその刀で影たちを追い払おうとしていることぐらいは何となく察した。
だけど、日本刀ってとても重たいじゃない? 当時は小学校四年生。いくら剣道の少年団で鍛えているって言っても、守尭の腕じゃろくに振ることなんて出来ない。
でも、アンタ、何とかしなきゃって思ったんだと思う。渾身の力で、刀を振り下ろしたのよ。
何が起こったのか正直分からない。だけど、何故だか、ぱしゃりと水の雫が滴って、私たちの上から降りかかった気がした。
そして、私は気を失って、目が覚めたら――――病院のベッドの上だった。
後から聞かされた話。私たちが居た場所では爆発の様なことが起きて、周囲の竹は全てなぎ倒されていたみたい。まるで巨大な鎌のような刃物で、切り倒されていた。
そして、私はその倒れた竹の下敷きになってしまって、そこそこの大怪我を負ってしまった。入院もしたし、退院してもギブスを嵌めてずっとお家に居たから、その年の夏休みはつまらなかったのを覚えている。
しかも、ここが重要。
アンタは、一度も私のお見舞いに来なかった。
ようやく学校にも通えるになったけど、私は激しい運動は禁止されていて、しばらくの間外で遊ぶことが出来なかった。
そんな私をよそに、アンタはいつも上の空で、私に話しかけることも無くなって、よく学校も休んでいた。薄情なやつだなぁと思っていたけど、私が元気に遊べるようになれば、また前みたいに一緒に居られると思っていた。
それに何より、アンタと私には剣道があった。道場に行けば一緒に稽古して笑い合って、楽しい時間が返ってくるはずだった。
健吾は元々休みがちだったからそこまで心配はしていなかったけど、アンタと過ごさなくなってから、私は学校で一人でいることが増えた。正直、寂しかった。
そんな中、お医者さんから「運動して良いよ」って許可がもらえた。私は居ても立っても居られず、その日の放課後、武道館へ向かった。
そこで、私は衝撃の事実を知ることになる。
守尭は、剣道を辞めてしまったのだ。この私に断りもなく。一度も見舞いに訪れることなく。別に、私の怪我は、アンタのせいじゃないのに。別に、私は、アンタのことなんて怒っても居なかったのに。
後で聞いた。守尭のお母さん、病気で入院してしまっていて、アンタはそのお見舞いのために、ずっと病院に通い続けていたって。
そのまま、アンタは小学六年まで病院通いを続けて、中学に進学する直前に、守尭のお母さんは亡くなってしまった。
その間、アンタはずっと私と話すらしてくれなかった。
知ってる? 剣道って個人競技って言われてるけど、一人ぼっちじゃ稽古することも出来ないんだよ。一人で竹刀振ってたって何も楽しくないの。
知ってる? 一緒に競ってくれる相手が居ないと、勝つことも負けることもできないんだよ。勝ち負けが無いって、ただ虚しいってことなの。
知ってる? 私は、アンタと一緒に稽古してる時間が、楽しかったんだよ。むきになって向かってくるアンタと過ごす時間がかけがえなかったの。
だから、もうこんな辛い思いをするぐらいならと思って、中学では一人でも続けられる陸上部に入った。
ねぇ、守尭。アンタは、アンタで、しんどかったんだと思う。大好きなお母さんの具合が悪かったんだから。
でも、どうして? どうして、頼ってくれなかったの? どうして、話してくれなかったの?
私が怪我したことに引け目を感じていたなら、アンタ馬鹿だよ。そんなことで、私たちが友達辞めるわけ、無いじゃん。
本当に、馬鹿。あぁ、馬鹿。馬鹿だよ。
何が本当に馬鹿だって、それは――――私の方だ。
私が、アンタの力になってやれれば良かった。アンタに無理やり話しかけて、元気付けてあげられれば良かった。
でも、もう遅すぎたね。私の心の中に抱える闇が、鬼のように膨れ上がってしまった。そうして本当の鬼を呼び寄せてしまった。鬼・聖杯戦争だってね。馬鹿みたい。そんなくだらない殺し合いに、その中心にある聖杯に、私は選ばれてしまった。
自分の意志なんかじゃない。決して、私は自分の意志でこんなことがしたかったわけじゃない。でも、事実として、私のお父さんやお母さんは死んでしまった。私が犯人、らしい。
だから、もうどうなったっていいの。痛くて苦しいのから解放されるために、今私は戦っている。
私の今の願いは二つ。
守尭に言いたいことを言って、スッキリすること。
そして、このまま自分の命を終わらせること。
★
それはまるで、小夜子からの告白だった。
俺との日々が楽しかった。だから無視されて寂しかった。とても、単純なことだ。
俺は、一体どうして小夜子を悲しませてしまった? さらに何が問題かと言うと、今の話を全く覚えていないということだ。
思春期を迎えて気が付けば話さなくなった幼馴染。その程度の認識でしか無かった。
つまり、誰かが、俺の記憶を改竄したとしか思えない。俺の中の隠された能力と共に。そしてそれは、時期的にも考えて、母の死にも関わっているんじゃ無いだろうか。こんなおかしな戦いに巻き込まれてから、何かがあるといつも頭の中で母の様な声が聞こえるのだ。これは、偶然なんかじゃない、と俺は確信した。
俺は気が付くと、小夜子を抱きしめたまま、道場の床に寝転がっていた。小夜子は気を失っているみたいだ。閉じられた瞼から涙の跡がくっきりと残されていた。
「......ごめん、小夜子」
俺は、小夜子の背中をさすってあげた。泣きじゃくる子供をあやすように。
これ以上小夜子を抱きしめ続けるのも、申し訳が無い。だって、小夜子は、偽物の健吾のことが好きなのだ。小夜子を抱きしめてあげるのは、アイツの役目だ。というか、生きてるんなら隠れてないでさっさと出てこいよ。小夜子の気持ちに応えてやれよあのクソ野郎め。
そうして俺は、気を失ったままの小夜子をゆっくりと床に仰向けにしてあげて、立ち上がった。
「あぁ、クソ。痛すぎる......」
身体は満身創痍だ。というか、聖晶石だっけか。とんでもない力だ。良く内蔵とか破裂せずに済んだと思う。めちゃくちゃ強かった。いくら運動神経抜群の小夜子だからといって、まるで百戦錬磨の武人の様な動きをしていた。俺に襲い掛かった時なんて全くの別人の様で――
「......待てよ」
何かが、おかしい。
「小夜子も俺も剣道はやっていたけど、剣術はほぼ素人だ。現に、俺は避けるので精一杯だ。なのにどうしてあんなにも戦い慣れしていたんだ?」
「それはね――――」
突然、俺の後ろから、若い男の声が聞こえた。
「私が、彼女を手駒にしていたからですよ」
ドクン、と心臓が脈打つ。空気が凍えるようなプレッシャーを感じる。これは、まずい。今すぐにでも、逃げなければならないと、本能が警告を告げている。
俺は、出来る限り俊敏に振り返った。木刀を構え、床に横たわる小夜子を声の主から守るように。
そこには、誰も居なかった。いや、居ないわけではない。誰かがそこにいるのは分かる。が、その姿を認識することが出来ない。目を凝らすと、空間が淀んでぼやけている。まるで、きめ細やかなモザイク処理がされているように、そこの位置だけが人型にぼやけているのだ。
「やぁ、初めまして。私の名前は............まぁ秘密にしておこうかな」
若い男の声が聞こえる。高くもなく、低くもない声音。どこかで聞いたことあるような気もするし、生まれて初めて聞くような声にも思える。どこまでも気を許してしまいそうなほど優しい声でもあり、放っておけば通りがかりの人を殺めてしまうほど悪人の様な声でもある。
全く、掴みどころが無かった。
「名前を名乗れないなら、何者かを名乗れよ。お前、この固有結界にどうやって入ってこれた?」
「ん? あぁ、それはさっき言ったでしょう? 彼女は私の手駒なのですよ。ですから、入り込むことなどたやすいのです」
俺は、声の主を敵として認識する。睨みつけようとするが、正体は未だ分からない。
「彼女をマスターとして選び、サーヴァントを与えて、毎晩石を食べさせ埋め込み続け、そうして――――人を殺させました」
「殺させた......?」
「お察しの通り、屍人を増やすように命じたのは私です。この街の人たちを殺すようにね。ただ、君は勘違いしてるかもしれないけど、街の人たちを殺して回っていたのは、ライダーじゃなくて――――彼女だ」
「な......っ!」
ライダーが殺して回ってるのではなく、小夜子が殺して回っていた?
「もちろん、ライダーには助太刀はさせましたよ。彼女の護衛の意味もあるからね。でも、殆ど最後のトドメは彼女にやらせましたよ。ほら、彼女とっても戦い慣れていたでしょう? 相手の命を奪うことへの躊躇いが消え、動きは最適化され、そして強くなった。何と――――美しいことでしょう」
何ということだ。こいつは、長い時間をかけて、小夜子を殺人鬼に仕立て上げたのだ。
「知ってますか? この子は、魔術への耐性が人一倍強いのです。だから、大切な友人が入れ替わっていることにも気が付いた。と言うより、その成り代わっていた魔術師がかけた幻術にかからなかったのです。でも、だからといって魔術を全て防げるわけではない」
何やら楽しそうに声の主は話す。こちとら、全く楽しくなんかないが。
「例えるならば花粉症ですよ。あぁいったアレルギーの発症のメカニズムは、ビーカーに溜まっていく水のように表現されます。ビーカーには常日頃から水が溜まり続けていて、ある日急に水が溢れるように、その時まで全く何とも無かった人が花粉症を発症する。この子はね、魔術が効かないんじゃない。魔術を受け入れて貯め込むビーカーの容量が人よりも数百倍も大きいだけなんです。――――だから、いつか溢れるようにと願いを込めて、沢山詰め込んであげたんですよ。――――聖なる石をね」
「お前ぇ!!」
俺は渾身の力を込めて、目の前のモザイクがかった人影に切りつけた。だが、その攻撃は空を切る。捉えることは出来ない。
「毎日毎日沢山食べさせてあげました。涙を流しながらもう食べきれないって顔をしても、私は食品ロスとかそういう言葉が嫌いでして。現代にはSDGsとか何とか便利な言葉があるんですよね。だって、勿体ないじゃないですか。折角出された食事は、残さず食べるのが私の流儀です。だから、この子もそうあって欲しいと願いまして、小さなお口の中に、沢山石を詰め込んであげましたよ。毎日毎日ビーカーが一杯になっていく様を見るのが楽しくて仕方ありませんでした。そしたらどうでしょう! 彼女はあんなにもイカしてるサーヴァントを召喚出来たし、私の期待以上の大活躍で、この街の人間を沢山殺してくれました。まぁ、手間と言えば手間でしたけれど、この子がマスターだと気付かれないように、私も色々と術をかけたりしましたけどね?」
術? 術だと?
「もしかしてお前、術者・キャスターのサーヴァントか......?」
「さぁ、どうでしょうか? ただの通りすがりの魔術師かも知れませんよ」
俺は、敵の姿をとらえきることが出来ず、全方位を警戒し続けていた。後方には横たわったままの小夜子。小夜子だけでも守らなくては。
「私の正体は、もう少し仲良くなったら教えてあげますよ、犬塚守堯くん」
「お前、俺の名前を......」
「そりゃあ、この街は私の庭ですからね。知らないことなんて無い、はずだったんですけど......」
少し声のトーンが変わった。何だこいつ。少し、イラついてるみたいだ。
「......まぁ、予定通りにいかないことなんてよくあることですし。予想を超えてくるってことも、案外楽しいものですよね」
「うるせぇ。いいからさっさと姿を見せろよ! 俺は今、小夜子に酷いことしたテメェにイラついてるんだ」
「あらあら、かっこいいですね。でも、彼女の想い人は君では無いみたいですが?」
関係ない、と俺は呟く。
「忘れちまってたなんて、何遍謝ったって許してくれないだろうよ。でも、俺は、もうコイツに寂しい思いをさせたくないだけなんだ。コイツが誰を好きだろうが関係ない! むしろこいつの恋路を応援してやる、それが友達ってもんだろうが! だから」
俺は見えない敵に向かって宣言する。
「小夜子を傷つけたお前を絶対に許さない」
「なーるほど。じゃあ、これ以上寂しくさせないであげてくださいね?」
ふと、背中側から、人の気配がした。
「そこか!!」
俺は振り向きざまに、横殴りに相手の胴を払おうとして、直前でその動きを止めた。
「お、お前......」
「言ったでしょう? 私の手駒だって」
目の前には虚な目をした小夜子が、立ち上がっていた。正気とは思えないその様子、声の主に操られているのは明白だった。
だが、特筆すべきはそこだけではない。その手には先ほどまでと違って、真剣が握られていた。
「さぁ、いつものルーティンワークと行きましょう千葉小夜子さん。いつもその業物で、沢山の人の命を奪ってきたでしょう? 今夜はいつも通り、目の前の男の子を屠るのですよ」
「小夜子! 目を覚ますんだ小夜子! そんな奴の言いなりになるんじゃない!」
呼びかけるも答えは無い。
「じゃあ、私はここでおさらばしますね。では、また生きていたら会いましょう、犬塚くん」
そうして、小夜子は俺に向かって刀を振り下ろした。
躊躇いもなく、俺の命を奪うために。
俺は、覚悟を決めなければいけなかった。小夜子を救うのか、それとも――。
第2章 第5節 了
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