片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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長宗我部元親という武将にとって、戸次川の戦いとはどういう存在なのか
詳しい方も詳しくない方も、どうぞお付き合いください






第3章 狂戦士襲来 〜第3節 1日目〜

「なぁ、守尭」

「なんだよ」

「......眼をそらさないでくれ」

「すまん......こういうの慣れてなくって」

「ほら、ちゃんと、こっちを見て」

「あぁ......分かった」

「ねぇ......どっちが似合う?」

 俺とくないはバスに乗り遠出をしていた。夜には、成田先生のクリニックへ行き作戦会議をする予定だったが、日中は傷や疲労を癒すために休息としていたのだ。

 実際、俺も小夜子に殴られまくって身体中がボロボロだったし、くないは魔力がほぼ枯渇状態だった。だが、サーヴァントとマスターというものは不思議なもので、魔力が循環し合うことで治癒能力を高めることが出来る様だ。本来なら全治1ヶ月ぐらいかかる俺の怪我も、ほんの2~3日で完治するらしい。それには、俺の中に眠る特殊な力も関係しているようだが。

 話を戻そう。であれば家の中でゆっくりしていればいいのだが、現世に興味津々な俺の相棒のせいで、出かける羽目になったのだ。出かける先は、郊外にある複合型ショッピング施設。ほら、全国にあるアレだよアレ。カタカナ三文字の田舎の味方。子供からお年寄りまで楽しめる大型ショッピングモールだ。

 最初のきっかけは、くないお気に入りのセーラー服がボロボロになったからであった。可能な限り修繕してみたのだが、もっと色んな服を着てみたいなどと申しており、俺はくないの服を買いに来たのだ。

「ねぇ、どっち? 守尭の好みを聞きたいのだ......そなたから見て右側か、左側か」

 嗚呼、まさか初めて女性と出かけるという一世一代のイベントを、どうして『十六世紀生まれ・土佐育ち・大酒飲みは大体友達』みたいなやつと消化せねばならんのか。しかも――――

「あのですね、くないさん」

「あい」

「今日は服を買いに来たんですよね?」

「あいあい」

「その両手に持ったものは、”おつまみ”というやつでは無いのでしょうか?」

 そう、この女。ショッピングモール内のスーパーマーケットにて、酒の肴を選んでいるのだ。

 塩辛と燻製。どっちがお酒にお似合いなのか、と。

 

 

 ★

 

 

「いや~良い買い物ができたな!」

 ホクホクと顔を高揚させているのは、かの有名な四国の覇者である長宗我部元親だ。俺からするとただの酒クズにしか思えないが。

「あぁ俺はとりあえず、そのだっせぇイモジャージからさっさと着替えて欲しいがな」

 きょとんとした表情を浮かべるくない。何故だか、俺の中学時代の体育用ジャージを気に入って着ているのだ。色は青色で、白い二本線のラインが腕と足にくっきりと縫い付けてある。胸には当然、『犬塚』の文字。この界隈は狭いので、通りがかりのマダムたちは「あらあら可愛らしい女の子が、どうして里見一中の男子ジャージを着ているのかしらオホホホ」という眼でジロジロと見てくる。違うんです、俺の趣味じゃないんです。無理やり着せているんじゃないんです。こいつが勝手に着ているんです。

「まぁまぁ! 鯖の塩辛なる珍味を手に入れたのだ! あとで守尭も食うてみるか? 多分、いや間違いなく、白飯に合うぞ!」

 鯖の塩辛? すみません、健全な男子高校生からすると唐揚げとかでご飯を食べたいんだが。良く知らないけれど、塩っ辛いものって、お酒に合うんだろうか。

「お前、それはいいけどさ、昨日一升瓶飲み干したよな。言っとくけど家に酒なんて無いからな。俺は未成年で買えないし」

「そこは大丈夫。今晩、道雪公に分けてもらうから」

 いつの間にそんな約束を。何、サーヴァントだけでメッセージやり取りするSNSのコミュニティでもあるの?

「じゃあ、そろそろ服買いに行くかの?」

 ニコニコとした表情で俺を見上げる。

「............嬉しそうだな」

「あぁ! 現世は何もかもが輝いて見える。泰平の世というのはこんなにも素晴らしいのか」

 そうか。こいつは生まれた時から死ぬ時まで、血生臭い戦乱の世を生きてきたのだ。平均寿命も今から考えると短いと聞いた。俺たちの考える常識や時間間隔とは異なる世界の住人なのだ。

「男女身分関係なく、気ままに外を出歩き、沢山の物に溢れ、不自由することなど無い。見ろ、道行く人達は、かように人生を謳歌している。あぁ、叶うことなら私も槍なんて持たずに、こういった時代に......」

 と、最後は消え入りそうな声で呟いた。そして、言葉をごまかすように、少し寂し気に、くないは笑った。

「あ」

 くないの声が漏れた。気が付けば、俺はくないの手をそっと握っていた。彼女は少し驚いたように俺の顔を見上げる。

「......お前キョロキョロしててどっか行っちゃうから。こうやって掴んでれば、はぐれないだろ」

「............あぁ、かたじけない」

 優しく、くないは俺の手を握り返してくれた。

 さて、そろそろ服を買いに行きましょうかね。

 ............で、誰か教えてくれ。女性の服ってどこで買うんだ?

 

 

 ★

 

 

「ばあちゃん......ごめんよ......でもばあちゃんだって旅行楽しんでるんだから、これぐらい良いよね......」

「さっきから何をぶつぶつ言っている。ほれ、この”あいすくりいむ”なる氷菓子は美味しいのう! 守尭も早く食べると良いぞ、溶けてしまう」

 俺たちはショッピングセンターのフードコートで休憩中だった。

 あの後、俺は意を決してATMからお金を引き出した。たまに家の生活費を下すためにお使いしていたから、暗証番号も知っていたし何てことは無かった。問題は、ばあちゃんの箪笥を勝手に開けてキャッシュカードを拝借してきたことである。

 俺の小遣いの残金はギリギリ野口さんぐらいしか残されていなかった。このままではくないの服どころか、朝昼夜の三食食べることも叶わない。とにかく生活費が必要だった。俺はしかたなく諭吉さんを数人お迎えし、その中からくないへ服を買ってあげたのだが、

「お前さぁ、それただのジャージだぞ」

 ねだるので仕方なく買ってあげたバニラアイスをもぐもぐしながら、くないは首を傾げた。

 その身に着けているのは世界的に有名なスポーツブランドの上下ジャージだ。ネイビーカラーを基調としながら、肩口より上は白色のツートンカラーで、ちょっとカッコいい。ブランドロゴの「✓」がワンポイントで映えている。そりゃあちょっと値も張ったし、立派なもんではあるのだが、

「お前、スカートが履きたいんじゃなかったのか?」

「あぁ、それは”せぇらぁふく”があるから別に良い。くないちゃんもな、この時代の若者と一緒の服を着てみたかっただけだ」

 そういってくないは周囲を見るように促す。春休み中のフードコート。そこには学校帰りの学生たちがたむろしていた。その恰好は、制服。もしくは、部活動帰りなのだろう、ジャージ姿が目立っていた。

 もしかして、これを見ていたのか。

「ほら、これでくないちゃんも、一緒だな!」

 アイスを頬張りながら、にっこりと笑った。

 あぁ、そうだ。この子は、この時代に生まれて居たなら、普通に暮らせていたのだろう。

 敵を目の前に立ち向かう、凛々しい姿。野武士の軍団を率いた四国の覇者。その姿に見惚れる自分も居れば、こうやって何事もない時間をただ一緒に過ごすことを、かけがえのないものだと思う自分も居る。

 だが、この時間は長くは続かないのだ。

 聖杯戦争は、最後の一体になるまで戦い続ける。最後の一体になり、聖杯を手に入れた後はどうなるのか。俺は成田先生に聞いたことがある。その答えは、聖杯の力を使って願いを叶えて、はいおしまい。ただそれだけだった。もちろん、聖杯の力を使えば、サーヴァントがこの世に限界し続けることも出来るらしい。だが、たいていのサーヴァントは自身の願いを叶えた後、座という場所に帰るのだという。

 くないは、聖杯に一体何を願うのだろうか。

「なぁ......」

「ん? なんだ守尭。お主のあいすは、もう溶けかかっているぞ?」

「あ、買い忘れたものを思い出した!! すまん、くない、俺のアイス食っててくれないか?」

「え? なに? 食ってていいのか!?」

「あぁいいぞ、チョコミントだからちょっと癖強いけど」

 そうして俺は、くないにアイスを押し付け、この場から離れた。

 もしかしたら、今しかタイミングが無いかも知れなかったから。

 

 

 ★

 

 

「腹を割って話そう」

 俺たちは、成田先生の所に訪れて、作戦会議を済ませ、帰り路についていた。

 外は夕暮れで、くないが歩いて帰りたいと言ったものだから、2人でゆっくりと歩いていたのだった。

 そんな折の急な俺の発言に、くないは何だかめんどくさそうに反応する。

「......守尭。そなたの考えていることは、何となく分かる。でも、な、そんなこと話したって何にもならないぞ?」

 くないは、俺の考えを読んでいた。そう、俺は、くないについてもっとよく知りたかったのだ。

「いや、さっきも成田先生と話していたと思うけど、今回の敵は俺たち陣営がしっかりと連携する必要がある。だから、俺はお前のことをもっとよく知らないといけない」

 肩を並べて歩きながら、俺はくないに告げる。

「長宗我部元親。ちょっとだけ調べたよ。すごい大名だったんだな、お前」

「そんなことを言われるようなことを何もしていないよ私は」

 くないは、自嘲気味に笑った。

「”鳥なき島の蝙蝠”。これ、どういう意味か分かるか守尭?」

 蝙蝠、ってあのコウモリか? いや、全く分からん。

「これはあの織田信長が、私をこう呼んだらしい。島というのは四国のことだな。つまり、鳥という空を統べるものが居ない島では、蝙蝠ごときが、空を飛びまわって調子に乗っているのだ、ということだ」

「それって、つまり」

「あぁ、大して強い勢力も居ない四国だから、長宗我部氏は勢力を拡大出来ているに過ぎない。そういう皮肉であり、自分こそは蝙蝠を喰らう鳥である、と信長公は言っているのだと思う」

 非常に見下した言い方だ。だが、織田信長が優れた人物であり、立派な勢力を作り上げたことは、俺の様な歴史に疎い者でも知っている。くないは、織田信長の強さを知っているからこそ、そして豊臣秀吉に負けたからこそ、中央政権の権力者に対して大きなコンプレックスを抱いているように感じた。

「それと、総勢四万人・四国最大の動員数、とは言ったものの、私は太閤殿下の軍に歯が絶たなかった。長宗我部元親はな、四国の中だけでいきがる、田舎大名でしか無かったのよ」

「でも、ライダーには勝っただろ」

 俺は、くないに後ろ向きでいてほしくなかった。

「確かに、お前はある時から負け続けた人生だったのかも知れない。でも俺にとっては、大事な相棒なんだ。お前となら、どんな敵でも倒せるんじゃないかって、本気で信じてるんだ。だから――――」

 俺はくないに意を決して言った。これは、くないにとっては触れてほしくないことなのかも知れなかったから。

「戸次川(へつぎがわ)でのことを、ちゃんと教えてくれ」

 

 

 ★

 

 

 戸次川の戦い。

 俺が調べた内容によると、この戦いをきっかけに、長宗我部元親の人生は転落を始めたらしい。

 四国を制覇した長宗我部氏は、天下統一事業を推し進める豊臣秀吉の標的にされてしまう。それが『四国征伐』だ。この戦いで、長宗我部氏は一領具足たちを総動員し、四国史上最大の四万人の動員を行い、豊臣秀吉に立ち向かった。この逸話が、くないの宝具『死生知らずの野武士なり』の元になっている。

 だが、豊臣軍は、讃岐・阿波・伊予の三方面から総勢十数万を超える大軍で攻めかかってきたため、長宗我部軍は劣勢を覆すことなく降伏することになる。そして、折角四国を制覇したにも関わらず土佐一国だけに領地を削られてしまった。よく考えると、折角頑張ってきたのに、切ない話だ。

 何十年もの努力と人命が、たった一度の敗戦で無に帰したのだから。

 しかし相手は天下人となり絶頂期の豊臣秀吉。結果としては家の存続は許された訳で、かの太閤に弓引いた敗軍の将でありながら、命拾いをしたと言える。

 同時に、だからこそ長宗我部氏は、豊臣政権の中で立場を作る必要があったのだろう。

だから、豊臣秀吉に従い、新たなる戦場へ向かったのだ。

 家臣たちを食べさせるため。そして、――――愛すべき息子が将来苦労せず済むように。

 その息子の名前は長宗我部信親。その戦場の名前は九州・豊後国。

 そこで、戸次川の戦いが起きる。

 

 

 始まりは、九州三国志とも言うべき大きな三つの勢力のバランスの崩壊だった、らしい。

 戦国時代の九州地方は、主に三つの大名家が凌ぎを削っていたのだ。

 一つ目。大友家。豊後国(現在の大分県)を本拠地として、勢力を拡大し、一時は九州の大半を手に納めていた。セイバー・立花道雪が仕えていた大名家であり、当主の大友宗麟(おおともそうりん)はキリスト教を手厚く保護し、キリシタン大名としても知られている。

 二つ目。龍造寺家。肥前国(現在の佐賀県・長崎県)を本拠地としており、元々は鎌倉時代から続く少弐(しょうに)家に仕えていたが、下剋上により戦国大名になった。当主の龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)は『肥前の熊』と呼ばれる戦上手であり、最盛期には『五州二島の太守』と呼ばれるほどの広大な領地を手にしていた。

 そして、最後の三つ目。島津家。薩摩国(現在の鹿児島県)を本拠地とした、鎌倉時代から続く由緒正しい守護大名だ。鉄砲伝来で有名な種子島は、当時島津家の領地であったことから、いち早く火縄銃の導入を行い、薩摩隼人と呼ばれる勇猛果敢な兵達を引き連れ、九州を席巻する。当主の島津義久(しまづよしひさ)に加えて、優秀な弟たちが島津家の発展を補佐し、彼らは島津四兄弟と呼ばれ恐れられた。

 そして、島津家は、耳川の戦いで大友家を、沖田畷の戦いで龍造寺家を壊滅的な状況へ追い込み、三つ巴の戦いの均衡は崩された。島津家が九州全土を飲み込むのは時間の問題だった。もはや、九州の覇者は島津家であると言って差し支えない状況となったのだ。

 ふと、気になって調べてみたのだが、あんな強力なサーヴァントであるセイバーが居ながら、どうして大友家は負けてしまったのか。

 それは、単純明快。耳川の戦いに、立花道雪は不在だったのだ。しかも、望んでそうなったのではなく、当主の大友宗麟は、敢えて立花道雪を連れて行かなかったらしい。何かと遊興にふける大友宗麟に、常日頃から立花道雪は小言を言いまくっていたとのことだ。そんな道雪を、名目上は重要拠点の博多を任せると言いつつも、本音は「お前ちょっとウザいなぁ」ということで遠方に追いやってしまったというのだ。結果として、道雪抜きで島津との戦いに臨むこととなり、そして大敗。その戦いで多くの大友家の武将が討死してしまったというのだから、立花道雪も歯痒かっただろう。自分がそこに居て、島津と刃を交えていたならば、と。

 そして月日が経ち、大友家は島津家に押され劣勢のまま、立花道雪が病で亡くなってしまう。本格的に誰も島津家の勢いを止めることが出来なくなってしまったため、大友宗麟はある人へ救援を要請する。

 それが、豊臣秀吉。そして、救援に赴いた武将の一人が、長宗我部元親――――くないだった。

 

 

 ★

 

 

「ほう......よく調べたな。偉いぞ守尭」

「おま、ちょ、あたま撫でるな!」

 あまりにも突然の出来事に身体が硬直する。くないは小さな身体を背伸びして、まるで子供に接するように俺の頭をよしよしと撫でたのだ。

「あっ......すまぬ......」

 だが、急にくないは自らの行動を中断した。その顔には翳りが見えた。

 今の行動。自分より背丈の高い者の頭を撫でることに慣れていたかの様だった。そう、子供に接するように。もしかして、自分の息子を思い出して――

「............信親はな、私には出来過ぎた、自慢の息子だった」

 くないは、ぽつりと呟く。

「背丈は、そなたよりはもう少し大きかったが、こんな風にいつも見上げていたものじゃ」

 上目遣いに俺を一瞥する。何故だか、ズキリと俺の胸が痛んだ。

「戸次川の戦い。それは、大友家の救援要請に従い、先発部隊として九州上陸した四国勢が、島津軍と戦って敗れたものだ。そこで、私の息子、長宗我部信親は命を落とした。ちなみに、ライダー・十河存保も戦死した。あやつは、信親と一緒に戦場に取り残されてしまっての。もしかしたら、信親を助けようとしてくれていたのかも知れないな......」

「くないは......何事も無かったのか?」

 俺は調べて知っているにも関わらず、つい尋ねてしまった。

「あぁ、周りに逃がされて、な。大事な仲間たちが次々と討ち取られていく中、無様にも逃げた。本当はあそこで死にたかったよ。どうして私だけが生き残ったのかって、悔やんだよ」

 くないの横顔を見るだけで、胸が張り裂けそうになる。でも、俺は聞かないといけない。目を背けてはいけない。そんな気がしていた。

「守尭は、その後の長宗我部がどうなったか当然知っているよな」

「あぁ......その後、長宗我部元親は息子信親を失った悲しみから、すっかりと覇気が消え失せてしまったって書いてあった。まるで別人になってしまったってな。家臣たちの反対も聞かずに勝手に後継者を指名したり、自分の意に沿わない者たちは例え親族であっても粛正したり。後、関ケ原の戦いの直前に亡くなってしまうんだけど、全くと言っていいほど外交関係をほったらかしたまま亡くなってしまった。その為、残された者たちは中央の情勢に疎く、何となく西軍に味方する流れになり、そのまま負けてしまって」

「あぁ、長宗我部家は改易。領地没収になったって。息子、盛親も大坂での馬鹿な戦に参加して、負けて処刑されたってな。長宗我部家は滅亡した、とな」

 俺は1つの疑問を抱いた。

「なぁ、サーヴァントは自分が死んだ後の世の中の事は知っているのか? 領地没収やら、滅亡やら、くないが死んだ後のことなんだろう?」

「あぁ、私は記憶が失われた状態での召喚だったから、よく分かっていないのだが。真名を思い出した時に、頭の中に諸々の知識として、すーっと流れ込んできた。あまりの情報過多で、良い気分では無かったがな」

 それはそうだろう。自分の正体だけではなく、辛かった記憶も、自分の死後の家の行く末も。悲しみや嘆きが頭の中を埋め尽くすのは耐えがたいものだ。

「もちろん、道雪公の様に書籍を読み漁ったりして、情報収集をしているサーヴァントもいるみたいだし、それぞれなのだろう。少なくとも与えられる知識は最低限、ということだ。私も、長宗我部元親に関連する知識や、現代日本で暮らしていくための最低限の常識などは、事前に知らされているが、時代や場所を越えた知識については流石に知り得ない」

 そういうものなのか。でも、

「でも、それって残酷だよな。知らなくてもいいものを、わざわざ教えられても、さ」

「まぁ、仕方ないのだろう。聖杯は、私たち英霊の味方でも何でもない。ただ縁が結ばれ呼び出され、ただ戦って殺し合うだけでしかない。戦うために必要な情報として、自身に関連する知識を与えられているというだけだ。私たちは――――単なる”戦のための道具”に過ぎない。私が、そなたの槍であるように」

 そんな、そんなこと。お前の口から聞きたくなんか無いのに。

 俺は、気が付けば唇を嚙んでいた。ただ単純に悔しかったのだ。だって、くないは、くないの手のひらはいつも温かい。魔術礼装の起動だとか色々と理由を付けては手を握っているけど、単純にもっと触れ合っていたいのだ。

 だって、こんなにも温もりを感じる存在が、ただの殺し合う兵器だなんて、受け入れられなかった。

「なぁ、くない」

 俺の声は震えていたのだろう。くないは、心配そうに俺を見上げた。

「お前さ、聖杯に何を願うんだ?」

 聞きたかったけど、聞けなかった問い。最初は記憶が無かったから、願いも分かっていなかった。でも今は違う。彼女自身の願いは、確かにその胸の内にあるに違いなかった。

 少し、寂しそうな顔をしながら、くないは言った。

「どうしても、前向きな願いは出てこなくってな」

 それは、例えば自分の存在を否定することなのだろうか。それとも、自分の行いを無かったことにしたい。そういった類のことなのかも知れなかった。

 だが、くないは具体的に明言をしない。彼女も分かっているのだ。そんな願い、願いとは呼べないということを。

「まぁ、少し考えさせてくれ。守尭と一緒に居れば、何か思いつくかも知れんしな」

「あぁ、分かった。待ってるよ」

「あいあい」

 そう言って、くないは無言で手のひらを差し出す。

「あの、くないさん? これは一体......?」

「なんじゃ? そなたは私の手のひらが好きなのであろう?」

「ばっ! 誰が一体そんなデマを......」

「隠さなくてもよいぞぉ」

 ニヤニヤとくないは俺の顔を覗き込む。しまった、こいつ考えてることをすぐに読むのだ。

 恐らく、姫若子と呼ばれて蔑まれた過去が影響しているのだろう。大名家に生まれて常に周りの顔色を伺う癖がついている。だから、周囲の機微に聡いのだろう。しかも、契約という形で強く結ばれた俺のことならより一層だ。ただ、これは頭の中を覗き込むというよりは、マスターである俺の喜怒哀楽に敏感に反応しているということなのだろう。

 何にせよ、俺がくないのことをどう思っているのか、こいつは分かっているのかも知れない。気が付いていながら、もてあそんでいるのだったら何ていう悪女だ。

 なら、教えて欲しい。くないは、俺のことを、どう思っているんだ?

「なぁ」

「ん? どうした?」

「お前、さ。俺のこと――――」

 熱にでも浮かされていたのか。夕陽が余りにも美しかったからか。俺はくないにしょうもない質問を投げかけようとしてしまっていた。その時――――急にくないは俺の手を掴んだ。

「おっ、おい、どうし」

 ぐらり、と揺らいだ。それは、目の前の少女が俺に寄りかかってきた証拠。いや、寄りかかってきたなんて表現は正しくない。

 くないは、倒れ込んできたのだ。

「おい、くない! どうした!?」

 見ると、くないの顔は苦痛で歪んでいた。見た限り、外傷は無い。だが、呼吸は荒く、額に汗を浮かべていた。

 そして、俺の左手の甲がジワリと熱くなった。令呪だ。令呪が熱を帯びている。

 まるで、魔力が脈打っているような。魔術回路がオーバーヒートしそうな。

「まさか......暴走......?」

 俺はくないを抱き起こす。身体はぐったりとしており、力が入っていない。

 これは、まずいかも知れない。

 

 

 その日、くないは倒れた。

 意識は、翌朝になっても戻らなかった。

 

 

 

第3章 第3節 了

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