片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

19 / 37
佐竹義重
とても、好きな人物です







第3章 狂戦士襲来 〜第4節 2日目〜

「守尭くん、醤油味と味噌味どっちが好き?」

「............塩味」

「あちゃ~そう来ちゃう~? まぁ、塩味も用意してあるんだけどね」

「............お前、俺が塩ラーメン好きなの知ってて、わざと醤油・味噌で選ばせたろ」

「まぁね」

 俺は、伊蔵市郊外にあるキャンプ場に自転車で来ていた。目的は目の前のこの男、偽健吾と話をするためだった。

 そんな偽健吾は、しばらくここでテント泊をしているらしい。食事は火を起こして簡単な調理をするかインスタント食品を食べ、お風呂は近場の温泉まで行っているという話だ。

 そうして何故か、俺は偽健吾のおごりでカップラーメンを食べる流れになってしまった。やつ曰く、「そろそろ来そうだなと思ったからお湯沸かしておいたよ」ということだ。

 コイツと居るとペースが乱されてしまって敵わない。

「お湯入れといたから、後でテキトーに食ってくれ」

「そんなことよりも、さっきの話だ」

 俺はコイツのペースに乱されないように本題に入る。

「あぁ、別に構わないよ。好きなだけやるといいさ」

 そう言うと、偽健吾は興味が無さそうに、時計を見ながらラーメンの経過時間を計っている。奴は醤油ラーメンにしたのか。

「そもそも、サーヴァントも連れずによく外を出歩けるね。全く、自分が今回の戦いの重要人物だってこと、分かってないのかな?」

「んなこと言ったって、くな......ランサーは今は居ないんだし。ずっと成田先生の所に缶詰めっていうのもな」

「というか、頼み事ならセイバーに頼めばいいじゃん」

「あの英霊、『拙僧足が不自由なため』って拒否したんだよ」

「あぁ、左様で......」

 と、3分経ったのだろう。偽健吾は割り箸を用意して、カップ麺を食す支度を始めた。

「でも、ほどほどにしといてね。作戦決行は明日なんだから」

「分かってるよ。いちいちうるさいやつだな」

「とりあえずラーメン食ったらアーチャー呼ぶから」

 いただきます、と呟いて偽健吾はラーメンを啜り始める。律儀な奴だ。

 と、俺は至極真っ当な疑問を投げかけた。

「そういえばアーチャーはどこにいるんだ?」

「あぁ、あいつ? 山の中」

「山の中ぁ??」

 ずずず、とスープを一啜りして、偽健吾は呆れ顔で言った。

「............金を、掘り当てるんだとさ」

 

 

 ★

 

 

 時は数時間前に遡る。

「いや、助かりましたよ先生。車まで出してくれて」

 くないは、朝になっても目を覚まさなかった。その為、成田先生に事情を説明したところ、車で成田クリニックまで輸送してくれたのだ。

 俺の呼びかけにも応えず、霊体化も出来ない。ただ、令呪を通じて、くないの存在を感じることが出来た。

「遠慮しなくていいよ。それよりも、ランサーの容態は、私にも不可解でね」

 診察ベッドにくないを寝かせた成田先生は、頭を掻きながら呟いた。

「見た所、霊基に異常は見られない。確かに、ライダー戦で消費した魔力はまだ完全には回復しきってはいないが、明日には元に戻るだろう。むしろ」

 成田先生は右手をさすっている。腕を繋ぎ合わせた縫合の跡が、痛々しく見えた。

「魔力が活性化しているようにさえ、感じる」

「やっぱりですか......」

 俺は左手の甲の令呪を眺めた。二画を消費し、残るは一画。だが、そこに刻まれた花びらのような紋様は、微かに光っているように見えた。

「俺も、くないの魔力を感じるんです。本来、サーヴァントはマスターから供給される魔力を元に活動をしているはず。ですが、くないから逆流するように魔力が俺に流れ込んでくるような気がして」

「もしや、暴走、か」

 成田先生は、神妙な顔で呟いた。

「守尭くん、もう一度聞くけども、ライダー戦の時、ランサーは赤い羽織を着ていたんだよね?」

「あぁ、そうです。今までただのセーラー服だったのに、俺が固有結界に閉じ込められている間に、衣装が変わっていました」

「それは、やはり霊基が再臨されたのだろう」

 霊基再臨(れいきさいりん)? ゲームでも出てきてたな。確か、サーヴァントのレベル上限解放のように使われていたはずだ。

「ようは、サーヴァントそのものが持つステータスやクラススキルといった性能が、見た目と共に変質したんだ。簡単に言うと、パワーアップしたんだね。それが何か、ランサーの身体に変容をもたらせたのかも知れない。今まで君とランサーで互いに嚙み合っていたバランスが崩れたのが原因じゃないかな」

「なぁ、マスター。それだけじゃない、って思うのは拙僧だけかのう」

 と、急に診察室に身長2メートルを超す大男が松葉杖をつきながら入室してきた。セイバー・立花道雪だ。

「びっくりさせるなよセイバー......」

「はっはっはっ! ご勘弁ご勘弁!」

 相変わらず陽気なおっさんだ。と、呵々大笑したかと思えば、神妙な面持ちに切り替わった。

「恐らく、鍵はバーサーカーではないか」

「バーサーカーが......?」

「考えられる可能性は二つ」

 そういってセイバーはどっかと椅子へ腰かける。

「まず一つ目。バーサーカー陣営による魔術的な攻撃じゃな」

 魔術的な、攻撃?

「バーサーカー陣営は、確実にライダーを手駒にしていた。あのお嬢ちゃんもな」

 俺は隣の部屋で横になっているであろう小夜子の事を思った。彼女は、まだ目覚めないままだ。

「ライダーが負けたということは、敵の陣営の戦力が欠けたということ。しかも、現在我々三騎士クラスは、同盟状態。何か手を打ってくるのは確実であろう?」

 セイバーはなおも続ける。

「ライダーと、アサシンが脱落した。そうなると、我々を除いて残されたのは、バーサーカーとキャスターだ。固有結界に現れた声の主は、相当な術者だと、小僧が言うておったな」

「あぁ、捉えどころがなく、手のひらの上って感じだった」

「例の、アーチャーのマスター曰く、敵の黒幕はバーサーカーのマスター。つまり、その声の主となる。では、キャスターは何者だ?」

「それは、私にも分からないんだセイバー。私もここ2年、この地で準備を進めてきたのだけれど、キャスターについては全く情報が得られない」

 成田先生もお手上げと言わんばかりに、肩をすくめる。

「であれば、キャスターもバーサーカーの陣営に居ると見るべきだろう。キャスターであれば、何かしらサーヴァントにマイナスなステータスをかけてしまうことも出来るのではないか」

「なるほど、理屈は不明だが、狙いとしては理解できる。だが、ランサーを狙ったのはどうしてだい?」

「そりゃあマスター、この小僧が半人前だからよ」

 わ、悪かったな。

「だが、ライダー戦でランサーの実力を見た。かなり警戒していることだろう。だから、手っ取り早く仕掛けた、というのがまず一つ目だ」

 俺は、セイバーに二つ目を促した。

「二つ目だが、ただ単純にバーサーカーの放つ魔力が影響を与えたというのはどうじゃろ」

 魔力が? そんなことが出来るのか。

「例えば水面に石をぽちゃりと落とすと、波紋が生まれるな。バーサーカーは恐らく相当な実力者だ。その者の一挙手一投足が、この伊蔵の地に集いし英霊たちに何かしらの影響を与えているのではないだろうか」

「まるで、バタフライエフェクト、だね」

 成田先生は小難しい事を言った。俺の表情を察したのか、丁寧に解説してくれる。

「バタフライエフェクトというのは、ほんの些細な事がさまざまな要因を引き起こした後、非常に大きな事象の引き金に繋がることがあるという考え方のことだね。カオス理論における予測困難性を表す表現の一つでもある。ちょっとしたことがきっかけで、時に歴史を動かす引き金になりかねないってことさ。この鬼・聖杯戦争という魔術儀式において、バーサーカーは文字通り鍵になる存在だ。その行動が、他のサーヴァントに影響を与えても何らおかしくはない」

「でも、セイバーはピンピンしてるじゃないか」

 俺は率直に疑問を投げかけた。それに対してセイバーが応える。

「そこなのよ。まぁ、確かに身体は絶好調だ。だが、拙僧が思うにだな、ランサーはバーサーカーと縁でもあるのではないか?」

 偽健吾の情報が確かならば、バーサーカーは森長可。通称、鬼武蔵だ。

 だが、俺も調べてみたが、くないは鬼武蔵との関わり合いは無かったはずだ。

「そんなこと、無かったはずだけど......」

「えぇ、私も知る限り、長宗我部元親と森長可に共通項は見られないですね」

 俺と成田先生は顔を合わせながら、確認し合う。

「なるほど。では、杞憂かも知れんな。縁など無くとも、近くに強敵がいれば血が騒ぐのが武人と言うもの。であるならば、むしろ問題はランサーの中にあるかも知れんぞ?」

「くないに問題があるっていうのは、どういうことだ?」

「ランサーの中に眠りし”鬼”が目覚めようとしているのかも知れんな」

 鬼。この魔術儀式における重要なキーワードだ。

「拙僧の考えとしては、バーサーカーが発する強力な存在感や魔力が、ランサーの内に眠る狂化スキルを真に目覚めさせんとしているのではないかと、そう思ったのよ。

「狂化、スキル......」

 黒き炎を身にまとい、深紅に瞳を光らせる。正に鬼神へ変貌する能力。

「なぁ小僧。まだ、ランサーはこの聖杯戦争において、狂化スキルを使っておらなんだな」

「あ、あぁ、使ってない」

「ちなみに、戦いにおける主導権はどちらが握っている? お主か、ランサーか」

「それは、俺じゃ無い。くないだ」

 どういうことだ。セイバーは、何を聞こうとしている。

「ならば、真名を思い出したランサーは、自らの意志で狂化スキルを封じていると見て良いな?」

「――――!」

 それは、セイバーの言う通りかも知れない。宝具『死生知らずの野武士なり』の力を活用して戦ってはいるが、あの黒く禍々しい姿になったことは一度も無い。

「なるほどセイバー。意味が分かったよ」

 そういうと成田先生は、俺たちに向かって語り始める。

「ランサーは、自らの意志で狂化スキルを封じている。これは間違いないだろう。強敵のライダー相手に使わなかったことから、それは明白だ。だが、バーサーカーの強い魔力に当てられてしまい、内なる狂気が目覚めようとしている。ランサーはそれを更に封じ込めようとして、一時的にその活動をストップしているのだ、と」

「それは、何のために......」

「分からない。だが、長宗我部元親の中に眠る狂気、鬼としての側面は、私たちでは計り知れないほど闇深いものかも知れない」

 昨日、夕暮れの道の中。寂しそうに微笑んでいた、くないの姿が蘇る。アイツは、後ろ向きな聖杯への願いを抱いていた。だが、それを考え直すと言ってくれたのだ。

 だけど、その心の奥底にはまだ狂気が眠っているのかも知れない。鬼と呼ばれた、どす黒い何かが。

「そんなの、関係ない」

 俺は、反射的に口を開いていた。成田先生とセイバーは一斉に俺に注目した。

「何とかして見せます」

 無意識のうちに、俺は右手を自身の胸に当てていた。この能力を、使いこなさなければならない。早急に。

 

 

 ★

 

 

「で、何で俺がお前に稽古つけなきゃいけないわけ?」

 俺の目の前には、アロハシャツに海水パンツとビーチサンダルの、世界一ラフな格好なサーヴァント、アーチャー・佐竹義重が、めんどくさそうに立っていた。

 キャンプ場には、俺と偽健吾とアーチャーのみ。人払いの結界が張られているかららしいが、こんな変な格好のやつと一緒に居られるのを見られずに済むのは、ぶっちゃけ助かる。

 俺は不機嫌そうなアーチャーに答えた。

「いや、セイバーが、剣のことなら鬼義重が良いだろうって」

「ほう、道雪公に言ってもらえるなら、それは光栄なことだわね。でもよぉ、俺は穴掘りに忙しいの! もうしばらく、いやもうすぐそこまで掘れば、金脈に辿り着きそうなんだよ!」

 いや、多分この辺の山から金なんて出てこないぞ。

「まぁ、いいや。で、俺に剣の稽古をつけて欲しいって、そういうことなんだな?」

「うっす。お願いしやす」

「しゃーねーな、いっちょやったりますかね。じゃあ、お前さん構えてみな」

 と、アーチャーは軽いノリで言ってくる。

「えっと......構えるって、何を......」

「おまえ、刀持ってねぇのかよ」

 いや、そんなん銃刀法違反ですけども。

「とりあえず、何か不思議な力があるんだろ? 身体から刀呼び出したり引き抜いたりできるって聞いたぜ」

「それは、まだちょっと、上手くコントロールできないっていうか......」

 はぁ、とアーチャーは面倒くさそうにため息を吐く。そして、いつの間にやら鞘に収まった太刀を握っていた。それを俺に手渡す。

「これは......」

「我が愛刀、八文字長義(はちもんじながよし)。俺はそこら辺の棒っ切れでいいから、お前それ使え。あ、下手な使い方してみろ。お前の身体、八文字にぶった斬ってやるから覚悟してろ」

 そうして、アーチャーはキャンプ場に打ち捨てられていた、木の枝を手にした。俺は手にした太刀を、恐る恐る抜いてみた。

 八文字長義、とか言ったな。めちゃくちゃずっしりしている。これは重量だけではない。この刀で何人もの敵を切り倒してきたという、アーチャーの戦いの重さすら感じているようだ。

「じゃあ、構えてみろ。いいか? お前は今から俺に一撃入れてみるんだ。大丈夫、お前如きの攻撃じゃ俺は傷一つ付かねぇし、ちゃんとやらないと俺がお前を傷だらけにしちゃうからよ」

 何てことを言うんだ。ええい、俺が頼み込んだことだ。こんな機会中々ないし、いっちょやってやるよ。

「おっけー、いい面になったじゃねぇか。んじゃ、始めようぜ」

 そうして、俺は太刀を強く握る。そうして小夜子との一戦を思い出す。俺は無様に逃げ続けていただけだった。相手の得物が木刀だったから良かったものの、真剣ならば命を落としていただろう。

「よろしくお願いします」

 母の教え通り、礼に始まって例に終わる。教えを請うときなら猶更だ。

 アーチャーも、俺の言葉に少しはやる気が出てきたのだろう。少し背筋が伸びた、そんな気がした。

 俺は、強くならなければならないのだ。

 

 

 ★

 

 

「狂化スキルの解除? 本気で言ってるのかい、守尭くん」

 成田先生はコーヒーを吹き出しそうになっていた。いや、そこまで驚かなくても。

「はい。俺の身体に秘められた力は、魔術の強制解除、みたいなものだと思うんです。現に、小夜子とライダーの契約を打ち消すことが出来た」

「つまり、君はバーサークランサーである長宗我部元親を、ただのランサーにするってことかな」

「まぁ、そういうことになりますかね」

「それ、めちゃくちゃ弱くなってしまうと思うのだが、大丈夫かい?」

「いや、あくまで身体の中に眠る狂化スキルだけです。くないは、鬼若子・長宗我部元親として召喚されている以上、鬼・聖杯戦争においてそこまでハンデを背負うことにはならないと思います。勘ですけど」

 はぁ、と成田先生はため息を吐く。

「君はとんでもないことを思いつくね」

「だって、黒い獣みたいにならなくてもライダー戦では勝てましたし」

「それは、令呪と宝具のおかげだよ。君、令呪あと一個しかないでしょ」

 成田先生は呆れた表情で俺を見つめる。そう言われると弱いんだよなぁ。

「あと、君のその魔術の強制解除については、どういった能力なのか良く分かってないのが正直なところだね。実際、一度セイバーの攻撃を無効化して見せたのを見ているから、信じていないわけじゃないんだけども。本当に自分の意志で発動できてるの?」

「それは......まぁ、土壇場で......」

 だよねぇ、と先生はため息を吐く。

「確かに、ライダーと小夜子さんの契約は解除されていた。それは君の魔術強制解除が働いたわけではなくて、小夜子さんが不完全なマスターだったことと、聖晶石によって身体が変質してしまったことが原因なんじゃないか、って言われたらどうする?」

「でも、確かに俺は、アイツの令呪に攻撃を当てたんです! そうしたら固有結界が崩れて......小夜子も......」

「まぁ、落ち着きなよ守尭くん」

 そう言うと、成田先生はマグカップを置き、俺の耳元に顔を寄せる。そして声を潜めて言った。

「誰かが聞いてるかも知れないから小声で話す。もちろん、魔術的に盗み聞きされないようにさせてもらってるよ」

 ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。

「もし、もしもだ。君の力がそうだったとする。確かにそうすればランサーの奥底に眠る狂化スキルも解除できるかもしれないし、ランサーも目を覚ますだろう。でも、もし私がバーサーカーのマスターだったら」

 トン、と成田先生は、俺の額に人差し指を突き立てる。まるで銃口を向けるように。

「真っ先に君を殺すだろうね」

「ころ、す......?」

「相手のマスターとサーヴァントの契約を無かったことにできるんだ。それは相手にとって脅威でしかないだろう?」

 ぞくり、と鳥肌が立った。

「かつて、冬木という街で行われた聖杯戦争があった。そこでとあるキャスターのサーヴァントが使用した宝具があってね。『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』と呼ばれる短剣だった、と聞いている。それも同じような効果を持っているんだ。つまり、君は身体の中に宝具クラスの能力を隠し持っているようなものだ。そんなジョーカーみたいな存在、真っ先に排除しなければ、と考えるのは必然じゃないか?」

 確かに。俺は思っても居なかった。そういう意味では、俺はとてつもない、重要人物じゃないか。真っ先に標的にされることだろう。

「まぁ、今の所相手が手出しをしていないことを考えても、泳がされていると考えていいだろうね。だから、楽観視は出来ないけれど、最悪を想定して動かなければいけない」

「最悪、って」

「君が突然襲われて死ぬことだ」

 言葉にならない。

「まぁ、私たちからしても、君の能力が本当だったら非常に脅威だよ。私も真っ先にセイバーに命じて君を襲わせるべきだと思う。でも、逆に言えばバーサーカーと戦うための切り札にもなるかも知れない」

 そうして成田先生は、真剣な顔で俺に向き直る。

「乗り掛かった舟だからね。あと、ライダー戦において君には大きな貸しも出来てしまった。だから、ランサーが目覚めるまでの君の身の保証と、その能力を使いこなせるように、微力ながら力になるよ」

「先生......」

 先生が少し微笑んだ。何だろう、先生が神様に思えてくる。

「じゃあ今晩は徹夜だね! よぉーしビシバシ行くぞ!」

 前言撤回。スパルタ鬼教師です。

「まぁ、それは良いとして、君は剣による戦闘を学ばないといけないみたいだね」

「剣、ですか」

 確かに。固有結界の中、俺は小夜子に手も足も出なかった。最後に令呪に斬撃を当てられたのは、まぐれに等しかった。

「私は近接戦闘はからっきしでね。セイバーが教えてあげられれば良いんだろうけど」

「あー無理無理。拙僧、片足不自由だから。神輿に乗らないと戦えないのよ。若い頃雷に打たれてな! はっはっは!」

 まーた急にセイバーが現れた。このおっさんいつも登場が突然なんだよな。

「そうしたら小僧。アーチャーに教わったらどうじゃ?」

「アーチャーに?」

「そう、鬼義重。剣の腕だけなら、拙僧よりも強いかもしれんぞ?」

 

 

 ★

 

 

 佐竹義重について、俺はネットで調べてみた。

 通称は、鬼義重、坂東太郎(ばんどうたろう)と言う。常陸国(現在の茨城県)を本拠地とする戦国大名だ。

 北関東から南奥羽までの一帯に強い勢力を持ち、関東や奥羽の覇権を巡って戦い続けた。会津地方を巡っては、かの有名な伊達政宗をギリギリまで追い詰めたため、政宗のライバルとしても名高い、らしい。

 また、正統なる甲斐源氏の末裔を名乗っており、戦国最強と呼ばれる武田信玄とも書状を通じてだが「おい信玄! 俺の方が甲斐源氏の正統なる後継者だからチョーシに乗るなコラ!」と喧嘩をするぐらい、その出自にも誇りを持っていた。というか、茨城ヤンキーの気質は鬼義重から来てるんじゃないだろうかと疑ってしまう。

 そして、その宝具の由来ともなるような、関東随一の鉄砲隊を備え、東日本でも有数の実力者として名を馳せていたと言う。

 また、今回の戦いでは、アーチャーとして召喚されたが、セイバーとしても召喚されうるほどの剣の腕前を持っている。

 佐竹義重の逸話として、小田原北条氏とのある戦において、七名の敵兵を一瞬のうちに斬り伏せたと言われている。その勇猛果敢な戦いぶりから、鬼義重と呼ばれるようになった。

 また、愛刀の八文字長義も、その名に違わぬ逸話を持っている。北条氏との戦の最中に、この刀で敵の騎馬武者を一刀両断に斬って見せたという。その武者は兜諸共真っ二つになり、正に「八」の字の如く、馬から滑り落ちたというのだ。

 そんな武勇に優れた佐竹義重に、剣術を習うというのは、歴史マニアや剣術家であればよだれを垂らして喜ぶに違いない。

 違いない、のだが。

「おぉい、現代の男の子ってのはこんなにも弱っちいのかよぉ」

 俺はぼっこぼこにやられまくっていた。

「無茶言うなよアーチャー。守尭くんだって頑張ってるじゃないか」

 ニヤニヤしながらコーヒーを優雅に飲んでいる偽健吾。おいてめぇ、俺にも後でコーヒー飲ませろよな。

 さっきから、刀を振るうも相手に当たる気配すら感じない。太刀の重さに、身体が付いてこない。

 俺は肩で息をしながら、何とかして切っ先をアーチャーに向けて構えた。

 何度も何度も稽古してきた、中段の構えだった。

「んー、小僧、あのな」

 アーチャーが構えを解いて、俺に話しかける。

「その構え、ちょっとやめてみないか」

「え、それはどういう」

「多分、お前さんがやってきた剣道っていうのはそれで良いんだと思う。俺も現代について色々と調べたんだが、あの竹刀とかいう稽古用の刀は、実際の刀とは比べようにないほど軽いしな。握ってみて思うだろ? 真剣って言うのは重いし、腕が疲れるんだよ」

 カラリ、とアーチャーは手にした木の枝を地面へ放り投げ、俺へ近付いてくる。そうして、背中側に回り込み、俺の肩に勢いよくバンッと手をついた。

「肩に力が入り過ぎだ。お前も幼い頃から習っているはずだ。常に力を抜くこと。そうすることで、咄嗟に身体は動くことが出来る」

 確かに、俺の身体は慣れない真剣を握っていたことでガチガチに強張っていた。これでは動くものも動けない。

「あと、その中段の構えはやめとけ。どうせ、敵の攻撃を喰らったら終わりなんだ。常に振りかぶっておくぐらいが丁度いい」

 そういって、アーチャーは俺にある構えにするように促した。上段に構えろ、と。

 上段の構え。それは、剣道の5つの構えのうち、もっとも攻撃的な構えだ。構え方はシンプル。中段の構えの恰好のまま、すっと刀を上に振りかぶるのだ。その時、切っ先は上に向くように構え、脇は空け過ぎないようにすること。左手の拳が額の前に来るように。この構えの利点は、既に振りかぶっているため、最速で攻撃に移れるというもの。弱点としては胴や足元が、がら空きになるというものだ。

「いいか、やられることを怖がるな。心は常に前へ、だぜ?」

 身体に熱いものが広がる気がした。

「あと、敵に周囲を囲まれたら、こっちの構えにしときな」

 そうして、振りかぶった状態から、胸の前へストンと両手の拳を落とした。これは、八双の構えだ。まるで野球の打者が、バットを構えているようにも見える。

「戦場では、兜とかを被ってることが多かったからな。さっきみたいに大きく振りかぶろうとすると、前立てが邪魔で構えられねぇんだ。そういう時は八双だよな」

 この構えは、上段の構えの変形と呼ばれている。つまり利点としては、攻撃にも移りやすく、それでいて、

「腕が疲れにくいんだ。お前みたいな現代のもやしっ子にはこっちの方があってるかもしれねぇな」

「もやしっ子ですいませんね......」

「ハハッ、まぁ怒るなよ」

 アーチャーは笑みを浮かべつつ、そのまま指導を続ける。

「お前がこの構えを何て言われて習ったか分からねぇがな、戦国の世においてとてつもない利点があるのよ」

 と、途端に、背筋がぞくりとした。心なしか周囲に霧が立ち込めてきた。この感覚は、まさか。

「八双の構えの利点。それはな、――――1人対多数、乱戦、屋外や市街地での障害物の多い場所で、効率的に戦うことが出来るってことだよ」

 気が付けば、俺の周囲を、佐竹家の鉄砲足軽部隊が囲んでいた。その数、十名。

「――――宝具・坂東太郎、限定展開」

 アーチャーの言葉と共に、鉄砲足軽達はその腰に備えた太刀を引き抜いた。

「おい、お前の所の手下ども、刀も使えるのかよ、きたねぇぞ」

「うるせぇ、ランサーも弓鉄砲使わせてただろうがよ」

 そういわれるとぐうの音も出ない。

「じゃあ、後は頑張れ。こいつらからの攻撃を切り抜けて見せろ」

「え、ちょ、いきなり!」

「やってみせろよ、お嬢ちゃんがお前を待ってんだろ?」

 あぁ、クソ。くないを引き合いに出されると弱いんだよなぁ。

「しょうがねぇ、やってやるよ」

「おう、その気概だ。まぁ、死なない程度にがんばれよ〜」

 そういってアーチャーはこの場から離れようとする。良く見るとつるはしを手にしているから、金堀りにでも戻るつもりなのか。くそ、馬鹿にしやがって。

「............ちなみに言っとくぞ、アーチャー」

 アーチャーは俺の言葉に反応し、振り返る。

「お前の部下たち。――――斬り捨ててしまっても構わん、よな?」

 そして初めて俺との稽古の中で、面白いモノでも見つけたようにして、アーチャーは嗤ってみせた。

「――――このガキが」

 

 

 ★

 

 

 俺はアーチャーとの剣の稽古で汗でドロドロになりながら、キャンプ場の地べたに倒れ込むようにして寝ていた。一応、稽古は終了したらしい。俺は何とか怪我することなく、鉄砲足軽達を全員切り倒すことに成功したのだった。

 嗚呼、何だか遠くから神輿を担ぐ声が聞こえる。

 はいとう、はいとう、はいとう、と男たちの掛け声が聞こえる。

「あぁ、天からのお迎えが来やがったか......」

 天に召される五秒前。そんな言葉がよぎった瞬間、聞き覚えのある愛嬌たっぷりの野太い声が聞こえた。

「違うぞ~、戸次伯耆守じゃよ~」

 リアルに俺を迎えに来たのは、セイバー・立花道雪だった。え、てか、神輿に乗ってここまで来たの? というか俺、あの神輿に乗って成田クリニックに戻るの? それは恥ずかしくて御免こうむりたい。

「いや、守尭くん、流石に僕も車で来ているよ」

 そうして、ニッコニコのセイバーの影から、成田先生が現れた。

「おや、成田左近さんですね。初めてお目にかかります」

 そうして、気が付けば俺の近くに、偽健吾がニヤけた表情で、成田先生を待ち受けていた。

「君は、何て言えばいいのかな。真里谷健吾くんに成りすましていた、魔術師くん」

「まぁ、名乗る名前もないので、アーチャーのマスターとでも呼んでください」

「呼びづらくて仕方がないね。あと、私の名前、ご存じなのかな?」

「えぇ、成田さんはある筋では有名ですからね。最近は、トレーニング。やってないんですか?」

 ピクリ、と成田先生の眉が動いた。笑顔は崩さない。

「あぁ、そっちの方はやっていなくてね。今はもっぱら、近所の患者さんの足腰を診てばっかりさ」

「そう言えば、魔術師。続けられてるんですね。成田家は、左近さんの代で断絶するって話、結構有名でしたよ」

 断絶? それはどういうことだ。

「あぁ、気が変わったんだ。聖杯、欲しくなっちゃってね」

「そうですかぁ、手に入ると良いですね!」

 何とも異様な光景だった。成田先生と偽健吾の二人は、微笑み合いながら視線をバチバチに交わしている。やはり、協力関係と言いつつも、魔術師という生き物は自らの願いのためには他人を蹴落とすことも厭わないものなのだろうか。

「と、マスターよ。そろそろ神輿解除して良い?」

「......セイバー、それ別に私が指示した訳じゃないから、好きにして良いんだけど」

「はっはっは! いや、これ失敬!」

 セイバーは空気を読まなかったのか、むしろ読んだのか。剣呑とした雰囲気を結果的に崩した。

 あらよっと、と言いつつ、華麗に神輿の上から飛び降りたセイバーは、松葉杖をつきながらある人物に向かって歩いていく。その先は、アーチャーだった。

「これはお初にお目にかかる、義重殿。セイバー・立花道雪にて」

「いやいや、こちらこそ挨拶が遅れ申し訳ない。道雪公の武勇の数々、関東にも聞こえておりましたぞ」

「はっはっは! ならば重畳。では、お受けくださいますかな?」

 そう言って、セイバーは懐から紙のようなものを取り出した。

「これは......」

「左様、これは――――そなたへの果たし状よ」

 にやり、とセイバーは不敵に笑う。

「明日までの休戦関係だったな、アーチャー。では、どうせなら明日の夜、盛大に手合わせを願えんだろうか」

 チリチリ、と大気が揺れた。電気だ。セイバーの周囲の大気が歪んでいる。セイバーによる放電現象、だ。俺は、駅前で戦った時を思い出す。セイバーがその身に纏う、雷を。

「ええ、かまいませんよ。セイバー、貴方と戦いたくない武士などいないでしょう。なんなら――――今からでも」

「さすが、坂東太郎。やる気だのう......」

 そういって、セイバーは傍にいた俺の肩に手を置いて、言った。

「だが、今日は無し」

「え、あ、」

 戸惑う俺を横目に、にこりとしながらセイバーは言った。

「今晩は、うちのマスターがこやつを鍛えるから、また明日の!」

 え、あ、はい。頑張ります。

 

 

 そうして、明日。俺たちは、バーサーカーとの戦いに挑む事になる。

 アーチャーとセイバーの果たし合い。

 未だ目覚めない、くないと小夜子。

 そして一夜漬けとはこういうことを言うのだと、お手本にしたくなるぐらい限界まで自分を追い込んだこの俺。

 色んな思惑が交錯しながら、夜は更けていく。

 

 

 

第3章 第4節 了

次へ進みますか?

>はい 

 いいえ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。