片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~ 作:斑鳩古都
夢を見た。それは、初めて見る景色だった。
朝日に照らされた雄大に広がる草原だ。遠くを見れば高い山々が並び、雲は高く、天はからりと晴れ渡っている。風が心地よく吹き、草木が揺れ、生命の息吹を感じる。
そんな中、思わず土の匂いがした。畑仕事や草むしりで感じるような、土がめくれ上がった時に感じる匂いだ。そして、何か大勢のものがうごめく気配も感じる。
俺は、思わず風上である、山岳地帯へ視線を移す。
ガチャガチャと金具の擦れる音。数えきれないほどの足音。
そこには、大勢の人が隊列を為して、こちらに向かってきていた。こんなに大勢の人数を見たのは、小学生の時に連れて行ってもらった、全国剣道大会の会場ぐらいだ。あの時の開会式では参加者が500名を超えていた。だが、目の前の人の波は、数百では収まらない。数千人は居るのではないだろうか。
気が付くと、自分の視点は空からあり、鳥になったように宙を浮いていた。自身の意識だけがそこに介在している感覚。まさに夢ならではの醍醐味といったところか。
改めて隊列を為した集団の姿を観察する。その格好は、現代の恰好ではない。まさに野武士という表現がふさわしいだろう。
テレビで見るような、きらびやかな時代劇の甲冑ではない、胴や腕や脛といった最低限の部位にのみ付けられた装甲。兜を被っている者よりも、額あてをしている者の方が多い。機動力を重視した軽装となっているようだ。
そして、むき出しになった二の腕や太ももは、筋骨隆々と盛り上がっており、眼はぎらぎらと輝いている。姿格好を着飾るというよりは、より実戦に特化しているようなそんな印象を受ける。
兵たちが手にするのは、基本的には槍。しかし、木で出来た盾を持つもの、竹を束に括ったような見たこともない装備を持つものもいる。盾は何となく分かるが、竹は何に使うのだろうか。
『あれは、木盾と竹束。木盾は敵の弓矢を防ぐための一般的な盾で、竹束は鉄砲伝来で生まれた新しい防具だ。火縄銃の銃弾は木盾は貫通するが、竹束の場合はうまいこと貫通せず、弾が逸れてくれるのさ。竹は調達しやすいし、コスト的にもかなりリーズナブルだ』
突然頭の中に鳴り響く声。なんだか聞き覚えのある声だ。歴史に詳しい友人の声にとてもよく似ている。
『それよりもおい、アレを見てみろよ。本物の種子島だ』
声に促され、一団の一角を見る。すると、そこには種子島――火縄銃を持つ集団がいた。
『いつでも撃てるように、火縄の先には火がついてるな。今日は晴れてるし、鉄砲戦が見れるかもな』
そういうものか。というか、火縄銃の伝来は1549年だったか?
『ばーか、それはキリスト教だろ。ザビ公の方だよ。鉄砲伝来は天文十二年の1542年だよ』
そうだったか。いやはや勉強不足が露呈してしまった。これじゃ東京の大学へ進学とか夢のまた夢か。
『つまり、これは16世紀後半のいわゆる戦国時代の一軍の様相ってことだな。すげぇなぁこうやって進軍してるんだな。ゲームとかじゃないリアルがここにあるのは素直に感動だよなぁ』
確かにそうだ。一人一人の姿格好は統一感を欠くものの、一糸乱れぬ隊列は見事の一言。これから始まる大きな戦いを予感させるような緊張感がみなぎっている。
俺も、感動しているかもしれない。
そんな野武士軍団の先頭をかける騎馬武者が一名居た。
確か歴史に詳しい友人に何度も博物館めぐりに付き合わされたから、見たことがある。こちらは、当世具足と呼ばれる戦国時代に流行った鎧甲冑に違いない。
『おっ、当世具足覚えてたか。ちったぁこれで歴史にも興味持ってくれたらなぁ』
やっぱこいつその友人だろ。なんで声だけ参加なんだよ、姿かたちを見せろよ。と、ツッコミを入れてる場合ではない。俺の意識は、先頭を駆ける騎馬武者へと向けられた。
『おさらいだけども、当世具足っていうのは戦国時代最新トレンドの鎧のことよ。細かいことは置いておいて、最も重要なポイントとしては構造を簡素化して、大量生産と軽量化を可能にしつつも、防御性能を向上させたことだね。そして何といっても――見た目のデザインに凝り始めた事だな』
騎馬武者の当世具足は朝日を浴びてきらきらと輝いている。きっと名のある武将なのだろう。重厚かつ気品すら感じられる。一体どんな人なのだろうと思ったが、その表情をうかがい知ることは出来なかった。顔は面頬と呼ばれるマスクのようなもので覆われていたからだ。顔を隠した騎馬武者。その正体に興味を持ち始めている自分がいる。
その騎馬武者は、騎上からきょろきょろと当たりを見回しながら進軍している。どうやら目の前に広がる草原に目を奪われている様子だ。
「――――なんという、肥えた土地だろうか」
ポツリと、その騎馬武者はつぶやいた。凛とした声にドキリとする。こんな野武士の軍団を引き連れているのだ。どんな猛々しく野太い声を発する男なのだろうかと想像していたが、どうやら異なるようだ。非常に美しい声だ。凛々しいという言葉がふさわしいことこの上ない。
「やはり、こちらへ軍を進めて正解だったようだ。これで、我が民を飢えさせることは無いだろう」
そうつぶやくと、騎馬武者は後方を振り返り、大音声で叫び、
「今こそ! 我らが悲願を果たすとき! 行け益荒男どもよ! 目指すは一直線――」
携えた長槍の切っ先を、前方の小高い山へ向けて指し示した。
「――あの城を落とすのだ!!」
咆哮。そう表現するのが適切だろう。騎馬武者に率いられた野武士の軍団たちは、腹の底からの叫びで、騎馬武者の言葉に応え、周辺の領域に地鳴りを引き起こした。
「太鼓持てい!!」
騎馬武者の差配により、そばに控えた野武士が太鼓を打ち鳴らす。それは最初は静かに、徐々に大きく、そしてテンポを速めていく。
それまでじわじわと進んでいた進軍速度が、太鼓のリズムに合わせてテンポを上げていく。早歩きとなり、小走りとなり、そして瞬く間に、集団は辺り一面を飲み込む大波のように、城に向かって押し寄せていく。
もっと、見たい。近くで。
そんなことを思い、鳥の様に俯瞰していた自分はあの騎馬武者に近づこうとした。しかし、それは叶わなかった。
前へ進みたいのに進めない。もがけばもがくほど、武者たちは遠ざかっていく。
落ちていく様な浮遊感。上手く飛べない焦燥感。しっかりと目に焼き付けたいのに、それが叶わない。
『ま、今日はこんなもんだろ。続きはまた今度な』
友人の声が頭の中に響く。おい、どういうことだ。説明しろよ。俺は、もっと、あいつのことを――
そして――――自分の夢はそこで終わりを告げた。
その後、自分は後悔することになる。この時、騎馬武者が率いる野武士軍団について、もっとよく観察をしておくべきだったと。
――旗印、つまりどんな模様のマークを武士たちがその旗に背負っていたのか。それが分かっていたのなら、あいつの正体に、そしてその苦悩に早く気が付けただろうに。あいつの助けになれたかもしれないと、今更になって思うのだった。
その旗印には、一体何が象られていたのか。それは――
★
「――お客様」
という女性の言葉でハッと目が覚める。変な姿勢で寝ていたのだろう、首のあたりが少し痛む感覚があった。
「そろそろ着陸となりますので、リクライニングを解除頂けますでしょうか?」
「あ……すみません、戻します」
「いえ、お休みの所申し訳ありません。ご協力、感謝します」
二コリ、と百点満点のスマイルを残し、客室乗務員のお姉さんは去っていった。そうか、もうそんな時間なのかと思いつつ、リクライニングシートを元に戻した。後ろの席に誰もいなかったので、どうせなら倒してしまえと離陸直後にリラックスしていたのだった。
今、自分は飛行機に乗っている。
海外旅行? いいや、そんな優雅なものではない。ごく普通の国内線の旅客機だ。
東京の羽田空港から一時間とちょっと。そんな離れた地方都市の我が家に帰る途中だ。
「――まもなく、当機は着陸の体制に入ります」
アナウンスが機内に鳴り響く。乗っている人はまばらで空いている。やはり学校は春休みとは言え、平日の、しかも朝一の飛行機だ。地方出張に行くサラリーマンか、暇を持て余した学生しか乗っていないのだろう。
「暇、か」
ポツリと言葉が漏れてしまった。それはまたこれから始まる暇で退屈な日々を思う憂鬱から来る言葉だった。それもそうだろう、つい数時間前には日本の首都に居たのだ。地方生まれ地方育ちの自分にとっては、見るものすべてが輝きに満ちていた。
学校生活は楽しくないわけじゃないが、毎日同じことの繰り返しで刺激の無い日々に感じられる。だからだろうか、あんな夢を見たのは。
「騎馬武者と、野武士の軍団、か」
窓から下の世界を覗く。山が連なり、緑に覆われている中に、ぎゅっと縮こまっているように市街地が固まっている。三方を山に囲まれており、遠くには海も見えるが、山が海の近くまでせり出している。
中国地方のとある地方都市。自らの故郷がもう見えている。
★
はい、これが貴女様を召喚するであろう魔術師《マスター》の情報です。
えーっと、名前は犬塚 守尭(いぬづか もりたか)。高校2年生の17歳。
身長175cm、体重66kgとやや細見。好きな食べ物は団子などの和菓子。趣味は自転車ツーリングとスマートフォンのゲームアプリ。ごくごく普通の男子高校生ですね。
えーっと現地日時は20XX年の3月なので、高校の春休みですね。もうすぐ高校3年生になる、と。
おや、魔術の素養は、ほぼ無し? ほーん、ふむふむ。へぇ、なるほど。代わりにややこしい血筋のようで。なるほど、何やら面白そうな子じゃないですか。
……はい? 高校とは何かって?
現代日本における、子供たちが通う学び家ですよ。えー足利学校に代表されるような高等教育機関は中世からあったみたいですが、民間人が通えるような教育機関は、貴女様が生きた時代のもう少し後に出来るようなので、馴染みがないでしょうかね。まぁ17歳の普通の男の子ってことですよ。
え? うんちくはいい? それよりも17歳の若造で大丈夫なのか?
それを言うなら、貴女様の見た目こそ、本当に成人済みなのです? 完全に合法ロリああああごめんなさい、槍はダメですもうちょっと刺さってますからぁ!
こほん。
それでは、そろそろお休みになられてください。
お休みになられている間に、例の願いも叶えさせて頂きますよ。
次、貴女様が目を覚ました時には、過去の記憶は全て封印した状態となります。そして、もうここにはいらっしゃらない。
ええ、そうです。目を覚ました時には――戦場の真っただ中でしょうから。
聖遺物を巡る殺し合い。『聖杯戦争』の、ね。
★
伊蔵市《いぐらし》。
西日本のとある地方都市だ。
人口は約10万人。平成の大合併でいくつもの市町村が一緒になったため、10万人といいつつも、市の面積は広く、居住地は分散しており思ったほど都市っぽくはない。つまり、田舎の街ってやつだ。
一応、街の中心部には特急列車が停車する程度のちょっとしたターミナル駅があり、駅前に小さな繁華街を形成している。そして、駅から少し離れた場所に標高200m程度の小高い山があり、山頂にはかつて伊蔵城という古城があったと聞いている。鎌倉時代ごろから築かれて、江戸時代に入った際に破城され、今では古めかしい野面積みの石垣が残るだけだが。
そんな伊蔵市だが、古くから交通の要所でもあったらしい。律令制から残る街道沿いにあったため、古くから人が集い街を形成していたらしい。そしてそのルートの途中には湖があり、湖畔には温泉が湧き出ている。温泉が名物の宿場町の側面があったようだ。また、三方を山に囲まれてはいるものの、山の無い方角へ10kmほど進むと海があり、海水浴場なんかもあったりする。海がそれなりに近いということで小さな漁港もあり、陸路・海路に加え、湖を活用した水路など交通の要所に加え、伊蔵城の城下町という側面から、蔵が立ち並ぶ江戸時代からの街並みも残されている。
自分は詳しくはないが、伝統的建造物保存地区なる名称でちょこっとだけ観光地化しているようだ。
名産品はちくわ・しじみ・地酒。最近はジビエなんかも売り出している。そして、伊蔵絣(いぐらがすり)という着物も名物の一つだ。まぁ、正直自分のような高校生からすると何もテンションが上がらない。
最近近場に高速道路が開通したため、ちょっと離れた場所へは行きやすくなったみたいだけども、高校生の自分からすると自転車で走れない道に価値はない。まぁ、高速道路のインター近くに、大型ショッピングセンターが建ったのはちょっと嬉しいのだけれど。
そんなこんなで、わたくし犬塚守尭はこんな田舎暮らしに飽き飽きしていたのだった。
★
自転車に乗るときだけは、何も考えなくて済む。
ママチャリと違って、サドルの位置が高いため、踏み込む足の力がより路面に伝わり、加速が始まっていく。ペダルのリズムに呼吸を合わせる。心臓が血液をポンプし、末端まで酸素が行き渡る。自分の両脚が軽快に動く程度の負荷、心地よい。
俺――犬塚守尭は、周りには田んぼと畑しか無い、土手沿いの道を自転車で一直線に走っていた。
本当はうん十万円するようなロードバイクに乗りたいのだが、そんな金は無く、親父のおさがりのクロスバイクを愛用している。冬になると雪が降ったり路面が凍結するから、少しグリップ力高めで横幅の分厚いタイヤにホイールごと先日変えたばかりだ。これで俺のお小遣いは枯れ果てた。
あと、これは完全に自業自得なのだが、去年の夏に落車して怪我をしたこともあり、最低限のプロテクターをつける癖がついた。最近のヘルメットやプロテクターは軽くて付け心地がとても良い。それにしても――
「――3月も末だってのに、めちゃくちゃ寒いなぁ、おい」
流石にもう雪が降ることは無いだろうが、実家の周りにはまだ少し溶けずに残っていたりもする。
そう、自分の家は伊蔵市の郊外の里見町という場所にある。市街地の伊蔵駅周辺まで自転車で約50分もかかる郊外、というか山の麓にある。若くてかわいい女の子よりも、ムカデやハチにタヌキやイノシシが多く住んでいるそんな田舎だ。
「......東京は可愛い子いっぱい居たなぁ」
つい先日の単身東京旅行についてつい想いを馳せてしまう。
遊びが目的ではなく、進学を希望している東京の大学の春季オープンキャンパスに参加することが目的だったのだが、友人からのおつかいも頼まれており、初めて東京の街を一人で練り歩いた。いやはや、道行く同世代の女の子の垢ぬけた感じには目を奪われっぱなしだった。
そんなことを言うと、友人のアイツあたりは「逆に垢ぬけていない田舎の子のピュアな感じの方が好き!」と力説するのだろう。同い年の17歳なのに人生一周回ったようなことを言う、ちょっと、というかだいぶ変なやつだ。
「でも、憎めないんだよなぁ」
そう言えば、昨日機内で見た夢にもアイツが声だけ出演していたことを思い出す。俺、アイツのことそんなに好きか。おいおい気持ち悪い。
と、そろそろ目的地が近づいてきた。
俺は対向車線に車がいないことを確認してから交差点を右折し、土手の上の道からゆるやかな下り坂を進んでいく。あと数百メートルもすれば、ある建物が見えてくる。そこには割と年季の入った歴史ある寺院が、田畑に囲まれながらポツリと建っていた。
大角寺(だいがくじ)。起源は奈良時代にまで遡るとか遡らないとか。
寺の入口に設けられた駐輪場に自転車を停める。本当はダサいから付けたくないのだが、手軽にコンビニとかにも停めたいから、スタンド付きにしているのだ。俺はスタンドを立て、前と後ろ両方にダイヤル式のチェーンで鍵をかける。四桁の数字はちょっぴり好みな見た目をしている女性アイドルの誕生日だったりするが、これは恥ずかしいので秘密。
「さてと、そんじゃ東京土産でも渡しに行きますかね」
別に寺にお参りに来たのではない。ここに、友人のアイツが住んでいるから、貴重な春休みの時間を割いてやってきたのだ。背負ったリュックサックの重みを感じつつ、俺は今日の目的を思い出していた。
友人の名前は、真里谷 健吾(まりやつ けんご)。同じ伊蔵城北高校に通う、俺の幼馴染で、この寺の住職の息子だ。ちなみに苗字は大角ではない。その辺は良く分からないが、何百年か前に住職の血筋が絶えて、関東から遠い親戚が跡を継いだとかなんとか。
さて、積もる話もあることだし、早く中に上がらせてもらおう。
俺は、お土産の入ったリュックを背負いなおして、寺の敷地の裏へと向かった。
★
「さっすがーもりもり守尭くん! 俺っちの頼んだものちゃんと買ってきてくれたんだね! 愛してる!」
「……俺は別に健吾のことは愛しとらんが?」
俺は寺の裏口から入り、本堂から離れた一戸建ての家――同じ敷地内にある真里谷家の住宅――の中の、友人健吾の部屋の中にいる。勉強机にシングルベッド、部屋の中央には使い古されたコタツがまだ置いてある。そして漫画やゲームで溢れたごく普通の男子高校生の部屋だ。入って早々、そういえばと東京土産の入った紙袋を渡した所だったのだが、
「まぁ、いいじゃん! 別に深い意味は無いから。でも、まぁ、守尭って良い身体してるよな……今度一緒に温泉にでも入りに」
とふざける健吾に、すかさず頭にチョップした。
「いてぇなぁ」
「馬鹿たれ。友達を性的な目で見るな。きっしょいなぁお前」
「いやいや、実際大したもんよ~。自転車乗ってるからか知らんけど、守尭の身体だいぶ引き締まっとるし、帰宅部にしとくのにはもったいないって~」
そういいつつ、俺のチョップでずれた、自称おしゃれ丸眼鏡をクイッと人差し指で戻しながら、へらへらしている。
真里谷健吾。17歳。伊蔵城北高校2年生。2年5組で俺と同じクラスの男子。
見た目は、長身痩躯。身長は俺より5cmも高い180cm。目鼻立ちはパッチリしており、(黙っていれば)イケメン男子くんだ。寺の住職の息子というイメージから坊主頭かと思いきや、駅前に出来たこじゃれた美容院に月一で通ってパーマを当てている。ふわふわ髪で犬のポメラニアンのような印象だ。まぁ、180cmもあるポメラニアンって何よってツッコミは受け付ける。
柔和な雰囲気をさらに助長しているのが自称おしゃれな丸眼鏡だ。ブラウンカラーの落ち着いたフレームのカラーが、健吾のチャラくはないが垢ぬけている印象を形作っている。見た目がいいので、最初は女子達にこっそり人気があったものの、ひとたび口を開けばマニアックな話題を振りまき、見た目に反して女の子との甘酸っぱい青春とは縁遠い存在だ。
中学の時までは身体が弱く病気がちで、学校も休むことが多かった。あまり外に出るようなやつでは無かったのだが、中学2年の冬ごろぐらいから何故だか元気になったらしい。本人曰く「筋トレは全てを解決する」とのことだが、本当にそんなことで元気になるもんだろうか。俺は怪しい薬でもやってるんじゃないかと半分信じていると同時に、幼馴染が元気になったことは素直にうれしかったのを覚えている。
少しずつ学校の欠席も減り、元々明るい性格だったこともあって、高校進学と同時にイメチェンからの、高校デビューに成功したという本人の談。まぁ、俺はデビューしたとは思っていない。だって、高校デビューに成功したやつが、歴史研究会なるマニアックな部活動を立ち上げて、文化系まっしぐらなわけが無い。
こいつは、ただの歴史ヲタクなのだ。趣味が日本史関係に偏っており、城巡り、博物館巡り、歴史シミュレーションゲームを日常的にたしなんでいる。歴史好き男子がモテると固く信じている、まぁそんな感じでちょっと頭に問題を抱えている愛すべき友人だ。
それに比べると俺、犬塚守尭はいわゆる普通の男子高校生だ。中肉中背で、黒髪短髪。見た目が特段イケてる方ではない。
強いて言えば、8歳の頃に刃物で怪我をしてから、左頬にキズが残ってしまった。どういう経緯でそうなったのかあまり覚えていないのだが、母親に酷く心配された覚えがある。別に痛むわけでも何でもないが、何となく人相が悪くなるからという理由で絆創膏で隠したり、マスクやネックウォーマーで顔の下半分を隠したりしてしまう。
「おや、どうした守尭? なんが具合でも悪いん?」
「別に……なんでもねぇよ」
母を思い出した顔が曇っていたのだろうか。健吾は目ざといやつだ。すぐ、他人の機微に反応する。別に湿っぽい話にしたいわけではないため、俺は無理やり話を戻そうとした。
「そういや、お前。せっかくの東京土産がこんな骨董品みたいなので良かったんか?」
そうして、コタツテーブルの上に置かれた、お土産の入った紙袋を指さした。
健吾は少し興奮気味に紙袋の中身を取り出した。それは、ナイロンフィルムでシュリンクされた古い本だった。
ところどころ紙には虫食いの後がみられる。糸で束ねるタイプの、時代劇に出てきそうな本だった。古文書、と呼称するのが適切だろうか。表紙には手書きの崩し字で何やら書かれており、素人の俺には読み解くことは出来ない。
「これでようやく全部そろったんだよな~。いやはや全部で20冊になるとは思ってなかったけども」
「へ? 20冊もあんの?」
「ほ? そうだよ。19冊までコツコツ集めててさ。その最後の1冊なんだよ。高かったんだぞ~」
と言われても、お土産といいつつ俺はお使いのようなもので。健吾に指定された通り、東京の神田神保町のとある古本屋に行ったら「真里谷さんのお使いの方ですね。承ってますよ」とブツだけ渡されたのだ。お金は既に所定の手段で支払い済みだったらしく、俺は単なる運び屋としてこの本を持ち帰ってきただけだった。気分は闇取引。少し漫画や映画みたいでワクワクはしたけども。
「そんなに、価値のあるものなのか?」
「あるある! なんてったって幻の本だもんね。いいか守尭、これは吉田孝世先生という方が書かれた軍記物でな、その名も――」
「はいはい、そういうのはいいから。言われたって俺にはわからんし、せっかくだし遊ぼうぜ」
話を折られてもにょもにょしていた健吾だが、俺がスマートフォンを取り出したものを見て目の色を変えた。
「お、そうか。そう言えばイベント始まるんだったよな。さっさとクエスト周回しようぜ~」
あまり共通点が無い俺たちが仲のいい理由の一つは、同じスマホゲームにハマっていることだった。
これはイエスキリストが残した聖遺物を元に、伝説上・歴史上の偉人や英雄たちを召喚して戦うRPGゲームだ。その名も「MDD2」という。開発者のインタビューの記事を読んだが、意味としては「Mission of Defies Destiny」で、運命へ抗うミッションという意味らしい。
ちょっと名前はダサいけど、これが中々に面白くてハマっている。
サービス開始は結構古くて7年ほど前だったが、徐々にバージョンアップされておりガッツリはまったのは2年前の大型アップデートの時だ。それまではいわゆるターン制RPGという良くありがちなゲームシステムだったが、最近のデジタルデバイスの性能の向上も相まって、バージョン2としてネット対戦可能なアクションRPGになったのだ。
今まではただストーリーを進めるだけだったが、ストーリーモードとは別にネット通信による全国対戦や協力プレイも出来るようになり、家庭用ゲーム機顔負けのやり込み度が魅力だ。ストーリーメインで楽しむ既存ユーザーに加えて、全国ランカーを目指すガチ勢も取り込み、幅広いユーザーを抱えることに成功した傑作ゲームなのだ。
健吾は歴史ヲタクなので登場するキャラクターの元ネタからハマり、俺は単純にゲームとして面白いからハマっており、こうして定期的に一緒にプレイをするのだ。
もう、健吾の身体は元気なので、外に出て遊んだりすればいいのだが、ついつい小学生の時みたいに部屋で駄弁りながら一緒にゲームをするのが、密かに楽しみというわけだ。
「もりもり守尭くーん、今日から始まるイベントってなんだっけ?」
「もりもりは余計だよ馬鹿健吾。確か、もうすぐ4月だからってお花見イベントじゃなかった?」
「馬鹿とはひどいなぁ。えー何々? 舞台は16世紀末の日本で、醍醐の花見をモチーフにしたイベントだってさ。晩年バージョンの豊臣秀吉がイベント獲得報酬かよ! これはテンション上がるな! 朝鮮出兵でちょっとぶっ飛んでる頃の秀吉とかマジ強そうじゃん」
ちょっと歴史素人の俺には何言ってるかわからないですね。「醍醐の花見」か、後で検索してみるか。
そんな俺を尻目に、ゲーム内のイベント特設ページを見ながらテンションを上げていく健吾。
「北政所も限定ガチャに実装か! ねね殿お歳を召されても可愛いなぁおい。いや~本買っちゃったし課金は厳しいっす!」
あの本買うのに一体いくらかかったのか、怖くて聞けない。
「とりあえずクエストを周回しながら、金銀銅の3種類のお団子を集めるわけだ。よーし雑魚敵倒して沢山お団子をドロップしようぜ」
「そんなこともあろうかと」
そういって俺はどや顔でカバンの中から、もういっこのとっておきのお土産を取り出す。
「触媒として、団子買ってきたぞー!」
「わーい、ってお前東京スカイツリー団子って何なん? センス悪」
「え、何って羽田空港に売ってたから買ってきただけ。ほら見ろよ、スカイツリーの634mに合わせて、6本入りで634キロカロリーなんだぜ? 味もみたらし・草餅・小豆がそれぞれ2本ずつ!」
「……守尭って、ほんとお団子好きよな」
じっとりとした目で健吾が俺を見てくる。なんだよぉ、いいだろう、好きなんだから。
「じゃあ仕方ねぇな。お団子食って、クエスト回すか! ちょっとコタツにでも入って待ってろよ守尭! 俺っちお茶入れてくるぜ~」
そう言って健吾は部屋の外に飛び出していった。残された俺は、言われた通りコタツに潜り込む。3月とはいえ、まだまだ冷えるから、コタツのぬくもりが心地良い。
携帯で時刻を確認したが、まだ昼の2時だ。これは今日はどっぷりゲーム三昧出来そうだ。
そうして俺たちは団子を食ってお茶飲んでゲームやってワイワイ騒いで――そして、運命の夜を迎える。
プロローグ 第2節:了
次へ進みますか?
>はい
いいえ