片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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第4章 姫若子の檻
第4章 姫若子の檻 〜第1節 病室にて〜


 青年は、とある場所に座して待たされていた。

 その場所は室内で、美しい畳張りで、豪華絢爛な屏風や襖によって囲われていた。控えめに言って、金のかかった部屋だった。

 そして、これから対面する相手の事を考える。権力のある者が自分を見た際のリアクションは大体分かっている。

 気味悪がるか、笑いものにするかだ。

 そういう時は大体ヘラヘラと道化を演じながら切り抜けつつ、最後に相手を恐怖に陥れてから、この身を隠すのがいつものことだった。恐怖に陥れるというのも様々な方法がある。人外の物に化けてみせたり、屏風の中の動物を現実に飛び出して来させたり、それこそ相手にとって大切な人――――それこそ生き別れた妻の姿を見せたりなど、様々である。どれだけ余裕綽々であったとしても、血の気が引くのが人間というものだ。

 嗚呼、人間というものは何と愚かなものだろうか。自分と異なるものを蔑み排除しようとする。何度言われたか分からない。貴様は、鬼の子である、と。

 今回も期待は出来ないだろう。この煌びやかな建物。趣味が悪いとしか言いようが無い。田舎から出てきたしょうもない成金風情に過ぎないだろう。

 と、そう思っていたのだが、

「待たせたな! あ、堅苦しい挨拶は無用じゃ! 楽にせい」

 いきなり部屋に入ってきた相手を見て、驚愕した。

 そして、私は数百年にも及ぶ呪いをかけられてしまった。

 それが、全ての始まり。百幾つにも及ぶ、呪われし戦いの。

 

 

 ★

 

 

 俺が目を覚ましたのは、あの浜辺の戦いの翌日の夕方だった。

 既に成田先生は起きて行動を始めていた。

 先生は、何という表現が適切なのか分からないが、”大人”だった。悲しむそぶりもなく、ごくごく普段通り。むしろいつもよりも元気に振舞っているようにさえ思える。

 もう俺と組む理由は無いというのに、既に対バーサーカーについて対策を検討中だった。敵である島津四兄弟と果心居士について文献を調べ、何か突くべき弱点は無いかと頭を悩ませていた。

 そして、くないは、――――身を隠していた。

 傍にいるのは分かる。だが、その身は霊体となり、俺からの呼びかけにも応じない。完全に塞ぎこもっていた。何かしてあげたくても、一方的に拒絶されてしまっているこんな状況では、俺は無力でしかなかった。

 そんな時だった。成田先生の携帯が鳴り響いたのは。それは、先生の知人の方からの連絡で、電話を切った先生は、俺に端的に内容を教えてくれた。

 小夜子が、目を覚ました。

 

 

 ★

 

 

「先生は、どうしてそんなにも、平気なんですか?」

 車の助手席に乗りながら、俺は先生へ問い掛ける。

 今は、先生の車に二人で乗りながら、小夜子を迎えに行っているのだ。

「どうしてだろうね。もちろん元気かと問われると、すごくしんどいよ。あんな負け方をしてしまったし、ね。でも、最後にセイバーにかけてもらった言葉が、私を奮い立たせて踏みとどまらせているのかもしれない」

 そう言った先生の横顔は少し悲しげだった。

「道端の雪は、溶けるまでその場に留まる、か。私も、まだ溶け切ってないのかも知れないね。もう聖杯が手に入れる資格が無くなったとしても」

 そう言ってハンドルを握る先生の手には、1画のみ残された令呪が刻まれていた。

 先生は、聖杯戦争から脱落した。だが、これで「はい終わり」では無いのだという。

 通常の聖杯戦争では、魔術協会なる組織によって監督されているらしい。何かトラブルがあれば、協会から派遣された監督役がその身を保証するのだと、成田先生に教わった。

 例えば、聖杯戦争に脱落したマスターが居たとしよう。令呪を三画使い切っていないマスターは、ほぼ確実に他のマスターから命を狙われるのだという。それは、令呪が残ったままだと、別のサーヴァントと再契約を行う危険性があるためらしい。何らかの事情により、マスターを失っても限界し続けているはぐれサーヴァントや、それこそ聖杯の導きにより追加で召喚されるサーヴァントがいないとも限らないためだ。

 だから、聖杯戦争に敗退したマスターは、命を守るために監督役に保護を求めるのが普通であると。

 だが、この聖杯戦争は普通ではない。黒幕である果心居士によって作られた、戦いなのだ。監督役はあの果心居士なのだ。むしろ奴は俺たちを殺そうとしている。そうなると、自らの身は自らで守らねばならない。

 そういう意味では、成田先生と小夜子の2名は、いつ殺されてもおかしくない状況だった。そんな中、先生は危険を顧みず、まだこのデスゲームに参加したままの俺とくないに協力してくれる、と言うのだ。

「............先生」

「なんだい?」

「これからも、迷惑かけちゃうと思うけど、その、」

「はは、別に良いんだよ。私は、私のやりたい、と思うことをやるだけだから」

 眩しいな、と素直に感じた。先生の戦う理由。セイバーの別れ際の言葉で聞こえた気がする。誰か大切な人を助けてあげたくて、聖杯の力に縋ったと、そう聞こえた。自らの欲望と言えばそうなのだろう。だが、誰かのための願いだったのだ。そして、そんな献身的な想いを抱いたこの人が、この戦いに勝ち残れなかったのか。理解が出来なかった。

 どうして中途半端な俺は生き残って、立派な成田先生は脱落して、そして――――アイツは死んでしまったのか。

「そう言えば、先生。俺の家に寄ってほしいんですけどいいですか?」

「それは......もしかして」

 はい、と俺は頷く。

「アイツ......俺の友達の残してくれたものを、確かめないといけないんです」

 犬のぬいぐるみ。俺が犬塚だからってふざけて贈ったのだと思い、あの日から自宅に放置していた。まさか、その中に、記録媒体が隠されているなんて思いもしなかった。良く調べて置けばよかったが、そういう俺のずさんな所も、アイツにはお見通しだったのかも知れないと、今になっては思うのだ。

 俺は、アイツが残してくれた言葉を受け止めなければならなかった。

 

 

 ★

 

 

 小夜子は、個室の病室の中にいた。その姿は、白色の上下の病衣を着用していた。入院中の患者が着させられている、室内着の様なものだった。無機質な白色が、妙に痛々しい。

 そして顔の表面は勿論、首元、手の甲や、足首から微かに覗く肌は、結晶の様に輝いている。聖晶石と合一してしまったことを嫌でも思い知らされた。

 リクライニング式のベッドを起こして、腰かけていた小夜子に俺は全ての事情を、説明した。

「............そう、逝ったのね」

「あぁ......」

 小夜子は、取り乱すのかと思えば、意外と冷静に俺の言葉を受け止めていた。

「あの人、何か言ってた?」

「............小夜子に、ごめん、って」

 途端、小夜子の顔が、小刻みに震える。瞼が、瞳が、何かを訴えかけている。

 小夜子は、泣けないのだ。涙が、出てこないのだ。涙腺が涙腺ではなくなってしまったのかも知れない。ただ、身体が悲しみの表現の仕方が分からず、震えることしか出来ないのだ。

 俺は、何もすることが出来ず。そっと、小夜子の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。その手は、石の様に冷たく、人肌の温もりは感じられなかった。

「小夜子......おかえり......」

 決めていた言葉を投げかける。小夜子が目を覚ましたら、必ず伝えよう、と決めていた言葉だ。

 俺に何が出来るのか分からないけれど、小夜子が帰って来られる場所の一つになれたらいいと、本気で思っていた。その隣に並び立つのは、俺が適切とは思わない。むしろ、小夜子の想い人であり、その位置にピッタリだと思っていたアイツは、昨日俺の目の前で存在ごと消えてしまった。だから、俺が出来ることなんて少ないのだと思う。でも、例え気休めでも構わない。

 俺は心の底から言いたいことを伝えた。

「もっかい言う。おかえり小夜子」

「............ただいま」

 小夜子は、顔を震わせながら、涙を流すことなく、消え入りそうな声で俺の言葉に返してくれた。

 

 

 ★

 

 

「で、」

 大きく、息を吸い込んで、

「なぁぁぁぁにをいじけてるの、この酒クズ女ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 小夜子は全力で、くないへの暴言を吐いた。あーもうびっくりした。

 というか、小夜子の身体ってどうなってるんだよ。涙は流せない、人肌の温もりは感じられない。だけど呼吸はしているし大声は出せる。

「おい、小夜子、こえ、でかいって......」

「うるっさい馬鹿守尭! おい、ランサー、出てきなさいよ! 出てこいって言ってんのよコラァ!! 引きこもってりゃ済むと思うなよこの貧乳女がぁ!!」

 何だよこいつ、めちゃくちゃ元気じゃん。てか、お前さんが巨乳だからって、くないのことを貧乳と言うのは良くない! 大事だからもっかい言うぞ、いくらお前が巨乳だからって!

 だが、そんな数々の言葉には、沈黙と言う形でしか回答が返ってこない。くないは、未だ霊体化しており、返事の一つも寄越さない。完全無視だった。

「おうおう、土佐の女は人を無視するんかい......」

 小夜子はぶち切れており、気品の欠片もない。いや、めちゃくちゃ恐いんだが。

「あの、小夜子さん? ここは一応病室だから......」

「成田さん、あなたは黙ってて!」

 女子高生に遮られ、シュンとする成田先生。先生可哀想。

「ランサー。聞こえているなら、返事ぐらいしなさい」

 返事は、聞こえない。だが、令呪を通じて分かる。くないは、この部屋の中で、小夜子の話を聞いているに違いない。

「まぁ、良いわ。私が勝手に話すだけだから」

 そういって、血気盛んな小夜子は、少しだけトーンを落ちつけつつも、言葉を続ける。

「今、残っているサーヴァントは、ランサーとバーサーカーだけ。で、果心居士だっけ? 私はそいつが許せない。色々と私にも悪い所はある。隙に付けこまれてしまったわけだし。でも、こんな身体にさせられてしまったのは、どう考えてもソイツのせいだし」

 小夜子は、ぎゅっと自身の身体を抱く。その感触は恐らく石そのもので硬いはずだ。自分が自分でなくなってしまった。そんな小夜子の気持ちを慮るだけで、俺も胸が苦しくなる。

「でも、私にはもうサーヴァントが居ない。ちょっと頭おかしいやつだったけど、相棒のライダーはもう居ないの。そこの成田さんもセイバーが居ない。ねぇ、ランサー、分かる? 私たちじゃ戦えないの。いくら戦いたくっても、戦えないの」

 小夜子は、悔しさを隠すことなく、感情を露わにする。

「で、ランサー。アンタは、ライダーを倒したの。だから、私とライダーの思いを受け継ぐ義務がある、と私は勝手に思っている」

 ライダーの最期を思い出す。あの時の光景が、今でも目に浮かぶ。

「で、姫だか鬼だか知らないけれど、アンタが勝手に落ち込むのは構わない。息子の仇? 戸次川? 鬼島津? 良く知らないけど、ランサー、アンタも辛い思いをしたのは分かる。でも、だからといって今更逃げるなんて、――――この私が許さない」

 と、いきなり小夜子は自身の左腕の甲をかざした。そこには、令呪が二画残されていた。

「もっかい言うわ。私は、戦いたくても戦えないの。この令呪の使い道すら無い。だから、お願い。長宗我部元親――――あなたが、バーサーカーを倒して欲しい」

「私からもお願いするよランサー。この、成田左近。君と守尭くんのために、残された命を使わせてもらう。だから頼む。もう一度、出てきてくれないか......?」

 成田先生も、懇願する。

 だが、くないは、反応しない。反応したくても出来ないのかも知れない。くないは、ここまでの熱い思いをぶつけられて無視できるような奴じゃないのは俺が良く知っている。でも、それでも、どうあがいても立ち上がれないのだ。

 病室には気まずい沈黙が訪れてしまう。

 俺は、俺はどうすればいい?

 俺は、自分が情けない。自分のサーヴァントを元気付けることも出来ず、こうやって小夜子と成田先生にだけ、喋らせてしまっている。

 俺は、深呼吸をした。

「............くない」

 ぼそり、と俺はつぶやいた。

「............分かるよ、俺はお前のマスターだからな。お前がバーサーカーに抱いた感情を俺もパスを通じて味わったよ。とてつもない、恐怖だった。あんな相手、勝てないって思っちまうお前の気持ち、すごい分かる」

 聞いてくれなくてもいい。でも、言わなきゃいけない。そんな気がした。

「だから、今はそれでいい。ちょっと休んでろ。俺が、何とかしてやるから、今は休んでて良い。でも、一つだけお願いがある」

 そうして俺は懐から、あるものを取り出した。

 それは、アイツが死に際に伝えてくれたもの。くないが召喚されたあの夜に、書き置きと共に残してくれたもの。アイツが残したSDカードだった。

「俺たちを必死に逃がして助けてくれたアイツ。俺の大切な友達からの言葉。これを一緒に見てくれないか」

 沈黙。部屋の中に、くないの言葉は返ってこない。だが、

「......熱」

 俺の左手に刻まれた令呪が、少しだけ熱を帯びた。

 くないは、無言の返事をしてくれた。

 その様子を見た小夜子と成田先生の顔が少し緩んだ。まぁ、今はこれで良いか。

「じゃ、先生。パソコンを貸してくれませんか?」

「あぁ、ちょっと待っててくれ」

 そう言って、先生はカバンの中からノートパソコンを取り出して設置する。

「準備が出来たよ。カードはここに差し込んでくれ」

 俺、小夜子、成田先生は、画面が見える位置に移動した。そうしてSDカードをスロットに差し込んで、フォルダを展開させる。

 そこには、多くの文章ファイルが入っていた。ファイル名は『手記』と書かれている。

「これは、すごい量だな......ナンバーが振ってあるぞ。普通に1番から見ていくか」

 と、マウスパッドを操作し、データを開こうとした瞬間。ある一つのファイルに目が止まった。

「何だこれ。1枚だけ、画像ファイルがある......」

 一枚の画像ファイル。何かに導かれるように、俺はそれをダブルクリックした。そこには、

「......お札?」

 一枚の古風なお札の画像が表示された。崩し字で何と書いてあるか読むことが出来ない。

「はは、これ、何なんでしょうね......って」

 小夜子と成田先生に振り返る。だが、返事は返ってこない。何故なら、二人とも眠るように意識を失っていたからだ。

「え、あ............れ......」

 何故だか、とても眠くなった。瞼が重たい。視界がぼやけてくる。

 心の中で、くないの声が聞こえた気がした。

 守尭、とくないは何度も俺の名前を必死に呼んでいる。が、その甲斐も虚しく、俺はそのまま意識が落ちてしまった。

 アイツが、俺たちを呼んでいた。

 

 

 ★

 

 

 えー、あー、こほん。てすてす。聞こえているし見えているかな。あー、君たちの脳内に直接語り掛けてますってやつだよ。よーし、オールクリア。問題なさそうだね。

 これを収録しているのは、〇月△日。明日、東京帰りの守尭くんが俺の所に『土佐物語』の最期の一冊を届けに来てくれる日だ。で、そのまま明日の夜には、サーヴァント・ランサーを召喚することになっている。

 で、俺は今から自身のサーヴァントであるアーチャーを召喚する。だが、召喚に向けて時が満ちるまで少し時間があってね。その空いた時間で君たちに向けたメッセージを残させてもらっているという訳。

 ............これを見ているということは。俺はしくじってしまったみたいだね。ははは、いやはや、面目ないね。

 そうだね、言いたいことは色々あるけれど、まずは迷惑をかけてしまって申し訳ない。だからせめて、俺の話せる範囲で、この戦いについて、伝えようと思う。

 文章でも色々と補足資料を付けたつもりなんだけど、こうやって魔術的に直接脳内にビジョンを見せる方が良いと思ってね。少し細工をさせて貰ったよ。

 だから、敵の精神攻撃とかではないから、そこは安心してほしい。そうだね、ちょっと長くなるけれど、付き合ってもらうよ。

 俺の昔話、にね。

 

 

 

第4章 第1節 了

 

 

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