片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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第4章 姫若子の檻 〜第2節 真里谷健吾〜

※本編には『Fate / Grand Order』の、『第一部』及び『第二部プロローグ』までのネタバレを含みます。予めご了承ください。

 

 

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 青年は、カルデアの魔術師だった。

 カルデアというのは、人理保証機関と呼ばれているが、細かい説明はここでは省こう。

 青年の血筋は呪われた血筋と呼ばれた。その祖先を辿ると、とある有名な魔術師に辿り着く。その魔術師は現代の魔術世界において、『コードネーム:K』と呼ばれている。

 Kは日本史上の人物だ。今から400年ほど前の安土桃山時代に存命していたとされている。幻術や鬼道と呼ばれるまじないを駆使し、人々を迷わせ、時の為政者たちにも恐れられた。

 そうして名声を得て、出来ないことは何一つ無いのではと言われたKであったが、たった一つの望みを叶えることが出来なかった。

 Kは人格に難ありだったため、その望みが叶わなかった八つ当たりとして、時代を憎み、人を憎み、この国を憎んだ。そして死ぬ間際にある言葉を言い残した。

「いずれ時が来たならば、我は聖なる杯に導かれ蘇り、宿願成就のために、世を混沌に陥れるだろう」と。

 そして、その子孫はこの言葉を恐れた。ある種の呪いにかけられてしまったと言ってよい。そして周りに助けを求めるのではなく、自らの祖先のケツは自らで拭こうとし、この事実を隠ぺいした。

 一族の汚点は一族が責任を持つ。そういえば恰好が良いが、それは責任感から生まれたものではない。愚かにも体面を気にしたのだ。

 そして、Kが述べた”その時”に備え、それが100年後のことなのか、それとも明日の出来事なのか分からないまま、いつの間にやら400年ほど経ったらしい。

 そうして、その末裔である■■家は歴史の闇の中をひっそりと生き長らえた。祖先が再び蘇って悪行を行わないように監視しつつ、来るべき有事に備えて。結果として魔術師としては表舞台に上がることは無かった。魔術協会などとは全く関わりもなく、400年息をひそめたのだ。

 ■■家で得意とするのは祖先譲りの幻術だ。周りを騙し、自らを偽り、生きていく。誰からの協力も得られない代わりに、誰からも咎められはしない。生き抜くためには犯罪に手を染めることも厭わない。でなければ、祖先の死に際の言葉が外部に漏れてしまう。我々が、血塗られた一族であることが世に明るみになってしまう。世に明るみになる前に、全てを隠すのだ。そんな狂ったことが400年も繰り返されていた。

 そんな中、20世紀の終わりを迎えようとしていた時、■■家に1人の男児が生まれた。

 それが冒頭で言ったカルデアの魔術師の青年であり、この私だ。

 後に、伊蔵市で行われた魔術儀式『鬼・聖杯戦争』に参加し、アーチャーのマスター・真里谷健吾と名乗ることとなるが、それはまた後で語るとしよう。

 

 

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 一族の者たちは私の事を、祖先■■■■の生まれ変わりだと呼んだ。

 それは幼いながら魔術の力量が並外れていたことの賞賛でもあり、同時にその強すぎる能力を恐れた為だった。

 人ならざるものとして扱われることは気持ちの良いことでは無かった。鬼の子と呼ばれ、時には石を投げられ、大人たち複数人に囲まれ殴られたことも多々ある。私の事を倒すべきKと同一視した彼らは、その矛先を手ごろな私に向けたのだ。それは実の親からも、例外ではなかった。私をタコ殴りにしたとて何の解決にもならないし、Kと同じ血は彼らにも流れているにも関わらず、だ。何と人は醜いのだろうか。私は子供ながらにそう強く思った。

 私は10代も後半となり、心身ともに成長した段階で、ある決意をした。こんな狂った家系、自分の代で終わらせてやりたい。この血筋が絶えれば、私の様に蔑まれる子が生み出されることもないのだから。

 その為にも何が何でも祖先の悪行を阻止しなければいけなかった。流石に世を混沌に陥れるなどという言葉を無視できるほど、世の中を恨んじゃいないし、擦れてもいなかった。そんな中、ある魔術師が立ち上げた機関の名前を小耳にはさんだ。

 人理保証機関・カルデア。

 その所長の名前は、マリスビリー・アニムスフィア。

 私はその人に会いたいと考えた。

 

 

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 私は、家を出た。

 一族に連なるもの全てに半永久的な幻術をかけることに成功したのだ。私は事故により死んだと錯覚すること。祖先■■■■の死に際の言葉は無かったこと。それらを例え私が死した後でも信じ続けるような大規模な幻術を仕掛けた。

 両親や親族程度の魔術の腕では、この幻術を解くことは難しいと思われた。足取りを追われないために、戸籍から何から何まで痕跡を消し、私は名前すら捨てて、旅に出た。

 カルデアと連絡を取るためには、世界中を巡り、数年の月日を費やすこととなった。

 ただでさえ、魔術師として数百年もの間、他とは一切の関係を断っていた■■家である。魔術に連なる者たちとコンタクトを取ることはハードルが高いなんてものでは無かった。行く先々で、頭がおかしい奴扱いされ、時には命さえ狙われ、旅費も尽きかけて生きていくことすらも困難を極めた旅路。その旅路は、フラフラの状態で立ち寄った西欧のとある都市であっけない終わり方を迎えた。

「君は、■■■■くんだね?」

 私が捨てたその名前を軽々しく呼んだその男は、優しい笑みを浮かべていた。

「君のその身体、どうやらレイシフトの適性があるようだね。良かったら、僕と一緒にカルデアに来てくれないかい?」

 その男の名前は、ロマニ・アーキマン。ドクターロマンを自称する、カルデアの研究員の1人であり医療部門の責任者だった。

 そこで私は知ることとなる。私がこのロマニ・アーキマンと出会った時には、既にマリスビリー氏は亡くなっており、娘のオルガマリー女史がカルデアの所長となっていた。

 そして私は人理保証機関カルデアへと招かれることとなり、あの未曽有の大災害かつ人類存亡の危機こと、魔術王ソロモンによる『人理焼却事件』に直面することになる。

 だがそれは、私にとっては己の力の無力さを痛感するだけの事件であり、文字通り私は指一つ動かすことなく、気が付いた時にはすべてが終わっていた。

 私は、人々を救う英雄にはなれなかったのだ。

 

 

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 カルデアはシンプルに言うと、人類の世を継続し続けるために、『特異点』を調査し修正することを目的に活動していた。

 特異点というのはカルデアが保有する地球環境モデル『カルデアス』を通して存在が確認された、本来は存在しないはずの過去のことだ。ちなみにカルデアスは地球儀のような形をしており、それらを通して人の営みが継続していくという確証を観測しており、星見の役割を持っている。人理保証機関という名は伊達ではない。

 話を戻そう。特異点についてだ。

 歴史を遡ると、人類は様々な選択によってその存在を確立してきた。その営みを『人理が紡がれている』と表現をしよう。

 だが、何者かによって歴史に介入が為され、選ばれなかった方の過去が現代への影響を及ぼしかねない力をもったとしたら? その何者かの歴史介入の結果によるバグやエラー、それこそが特異点なのである。

 そして、ここが重要だ。基本的に特異点というのは『とある聖遺物』を、何者かがその時代に持ち込んだことが原因となって引き起こされることが多い。

 その聖遺物の名は『聖杯』だ。どうやって生み出されたのかは不明ではるが、世界各地に数多くの聖杯の伝承があるということは、逆説的に数多くの聖杯が世界各所に存在しうることに他ならない。

 そして特異点は、歴史への影響度によってランク分けされている。影響度が多いほど危険視されるのだが、大小ランクに差があったとしても、いかなる特異点であっても放置したまままにすることは、歴史が特異点によって食いつぶされ、人理が崩壊する危険性を持っている。

 そのため、カルデアは独自技術により『レイシフト』と呼ばれる手段を生み出した。それはその特異点が生まれた過去に飛び、歴史介入の犯人やその元となる聖杯を回収し、歴史の修復を行うというものだ。

 レイシフトとは簡単に言うと、タイムスリップのように時間と空間を跳躍する行為に近い。

 まずは、人間を疑似霊子化する。『コフィン』と呼ばれる容れ物の中に、レイシフト適正のある魔術師・マスターが乗り込むことで、その準備は完了する。そしてマスターをデータに書き起こした魂だけの存在のような状態にしたうえで、疑似霊子状態の対象者を任意の時間軸・場所に送り込むのだ。

 送り込んだ対象者を近未来観測レンズの『シバ』と地球環境モデル『カルデアス』を用いて観測し、存在を証明し続ける事でレイシフト先の空間での実体を得るというものだ。

 だが、それだけ聞くとまるで電脳世界にダイブするといった、SF作品でありがちなものに感じられるかもしれない。つまり、レイシフト先の実体はまやかしで、死んでも本体はノーダメージなのではないか、と思うのではないだろうか。

 それは的外れである。レイシフト先で実体化したマスターが死ぬと、コフィンの中で眠らされているマスター本体も死に至るのである。

 レイシフトとは、命がけの聖杯探索なのである。

 

 

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 私はたまたまレイシフトの適性があったらしい。

 オルガマリー女史は、私を気に入ってくれたのだろう。カルデアは48人のレイシフト適正を有するマスターを集めている最中だったのだが、私は48人の集合を待つことなくBチームに配属された。

 チーム分けだが、まずは最も優秀なエリート揃いがAチームだ。基本的にレイシフトはAチームがその任に当たることとなっていた。Aチームに所属していたのは以下の8名だった。

 ”キリシュタリア・ヴォーダイム”

 ”オフェリア・ファムルソローネ”

 ”カドック・ゼムルプス”

 ”スカンジナビア・ペペロンチーノ”

 ”芥ヒナコ”

 ”ベリル・ガット”

 ”デイビット・ゼム・ヴォイド”

 最後に”マシュ・キリエライト”の、以上8名だ。

 そしてそのAチームから欠員が出たり、現地で何らかの困難に直面した際のサポート役、言ってしまえば”後詰”として任務に当たるのがBチームの役目だった。ようは補欠だ。

 しかし、気分は悪くなかった。カルデアで俺はようやく、クソったれな我が一族以外の、他の魔術師と交流を深めることも出来たからだ。人外としての扱いではなく、魔術師として対等に扱ってもらえることは喜ばしいことだった。他にも様々なものを見聞きし学ぶことが出来た。そして、サーヴァントと呼ばれる存在を初めて見ることが出来たのもそこだった。

 カルデアが召喚に成功したサーヴァントの1人、レオナルド・ダ・ヴィンチ。史実では男性のはずだが諸事情により、豊満かつ麗しい女性の姿をしていた。詳しい事情は面倒なので割愛。彼、いや、彼女はカルデアにおける天才技師かつ技術顧問としてその腕を存分に発揮していた。

 そうして、カルデアで充実した日々を送りながらも、私の心の内はどこか別の場所にあった。そもそも何故私がカルデアに潜り込むことにしたのか。それは、Kの死に際の言葉に関係がある。聖なる杯によって蘇るというのは、聖杯の魔力を悪用するということだ。その際、Kは特異点を生み出すことになる。その特異点にいち早く駆け付け、時代を修正する役目を持っているのはどこか。そう、このカルデアだ。

 私は、何も人理を修正したくてこの場所にいるのではない。Kの生み出す特異点を修正し、Kを葬り去るためだけに、カルデアを利用し尽くしてやるために、ここに居るのだ。

 その為には、私自身が有能な魔術師であるという評価を得なければいけなかった。優秀な評価を得られれば、いずれAチームへ昇格し、蘇ったKを直接この手で葬り去るチャンスも巡ってくるだろう。それを叶えるためなら何だってやるつもりだった。

 ひとまずAチームに次ぐBチームに配属されたのは幸先が良かった。Aチームに最も近い場所にいられるのだ。奴らの中に割って入り、自らの願いを叶えるつもりだった。それこそ、偶然Aチームに欠員が出てしまうこともあるかもしれない。そう、偶然に。特に意味は無いのだが、私はAチームの面々とも個々にコミュニケーションを取るようにしていた。――まるで暗殺対象の身辺調査を行うように、自然かつ周到に。

 そんなこんなで、カルデアでの日々を送る中、あの日が訪れた。

 48人目最後のマスターがカルデアを訪れたあの日。2004年の日本の地方都市・冬木市で発生した特異点。通称『特異点F』へのレイシフトミッションが行われたあの日。

 私は――――人生最大の不覚を取ることとなった。

 レフ・ライノール教授による、クーデター。いや、正しくは違う。魔術王・ソロモンによる『人理焼却事件』の始まりの日。

 私は、いつでも増援部隊としてレイシフト出来るようにコフィンに入ったまま、ブリーフィングルームにて突如発生した爆発に巻き込まれた。文字通り身動き一つできず、何もすることが出来ないまま、私はコフィンの中でコールドスリープにかけられ、強制的に眠らされてしまった。

 そして、長い時間が過ぎた。目が覚めた時には、48人目の新米マスターによって世界が救われた後だった。

 そのマスターの名前は、藤丸立香(ふじまる りつか)。サーヴァントの名前は、マシュ・キリエライト。

 私は、英雄にはなれなかった。

 

 

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 知らぬ間に世界に危機が訪れ、知らぬ間に世界に平和が取り戻され、私の立場は微妙なものになっていた。

 何故かというと、世界から凶悪な危機が去ったことにより、有事ならいざ知らず、48人ものレイシフト適正を有するマスターが一堂に会する意義が失われたからである。むしろレイシフトなる一歩間違えば人理を焼却しかねない行為への適性を持っているということは、世界の脅威でもあるとされた。

 私は、何も為さぬまま、カルデアから去らねばならなかった。

 しかも、実際にレイシフトを行ったことがあるマスター・藤丸は、今後も発生しうる微小特異点の解決を行うため、引き続きカルデアに居場所が与えられていた。そりゃ、私の様なただコフィンで眠っていただけの魔術師には、カルデアからの退去命令が出されるというものだ。

 私は焦っていた。どうすればここに居続けることが出来る? どうすればレイシフトの力を手に入れられる? どうすれば願いを叶えることが出来る?

 退去の日、私は名残惜しそうなフリをしながら、管制室に立ち寄った。目の前の地球儀を模したカルデアスを見ながら、どうしようもない無力感を味わっていたその時。

「どうした■■くん。何か困っているなら相談に乗るよ」

 カルデアの代表代行に収まっていたサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチに話しかけられたのだ。

「まぁ、そう警戒しないでくれないか。ここで君にプレゼントがあるんだ」

 そういってダ・ヴィンチが取り出したのは、とある手紙だった。そこにはこう書かれている。

『■■■■くんへ 君の願いは、ようやく叶う  ロマニ・アーキマン』

 私は目を見張った。ロマニ・アーキマンは、カルデアが壊滅状態になったにも関わらず、急遽責任者となり7つの特異点の修復をサポートし続けていたらしい。なぜ伝聞系かというと、最後の戦場である『冠位時間神殿ソロモン』にて殉職したと聞かされていたからだ。ロマニ・アーキマンについては緘口令が敷かれており、その死の詳細は聞かされていない。そもそも、彼は医療部門のトップにしか過ぎないはずだ。私の願い? どうしてそんなものを知っている。まるで未来を先読みでもしたかのような、一流の魔術師の様な真似事が出来る?

「■■くん、付いてきてくれないか? 君に頼みたいことがあるんだ。それは君にとっても願っても無いことだと思うよ」

 そういってダ・ヴィンチは私に付いてくるように促した。

 

 

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 有体に言えば、私はある特異点へレイシフトすることになった。

 日本のとある地方都市、伊蔵市。そこに、聖杯の気配が感じられるという。

 ただし、この特異点にレイシフトできるのは誰でも出来るわけでは無いらしい。それこそ、藤丸立香も試したそうだが、どうやら上手く出来ない。あの数多くの特異点へ赴き、世界を救ったヒーローが、である。

「調べたところ、どうやら君だけみたいなんだ」

 そうダ・ヴィンチは言った。

「この特異点は、正体が分からない。我々も観測が上手くできないんだよ。ただ、とても強い聖杯の力を感じるのと、いくつかのサーヴァントとそのマスターが蠢いていることは分かった。まるで、聖杯戦争が行われているかのような、ね」

 聖杯戦争とは、聖杯を巡って7人のマスターと7騎のサーヴァントが殺し合う魔術儀式という知識はあった。

「そして48人のマスター全ての身体チェックデータを遡ってみたわけだ。そしたら、ロマニからの書き置きと共に、この特異点へ唯一レイシフトできるマスターが1名、見つかったというわけだよ。それが君さ」

 そういってダ・ヴィンチは私を指差した。

「私としては、藤丸君なら実績と経験があるし、安心して送り出せるんだけど......。あぁごめん、不快にさせてしまったかな? 君を信じていないわけではない。君も、このカルデアの一員であり、優秀な魔術師だと認識はしているよ。ただ単純に、初陣となる君のことが心配なだけさ」

 ダ・ヴィンチは、嘘か誠か分からぬ軽妙な口調で語り掛けてくる。

「というわけで、私はこの件に君だけを潜り込ませるのは、前向きでは無いんだけどね。ただ、あのロマニが書き置きを残すぐらいだ。他にレイシフトできるマスターも居ない。君に賭けてみたいと思う」

 どうして、ロマニ・アーキマンは私の宿願を見抜く様なことが出来たのか。そしてどうして私だけがこの特異点に赴くことが出来るのか。分からないことだらけだったが、確信できることがあった。

 血が、――騒ぐのだ。

 私だけが、レイシフトできる。つまり、この特異点はKによる仕業なのだ。根拠はない。しかし確信だけが、私の中に満ちていく。

 やらせて欲しいと懇願する私に、ダ・ヴィンチは少し切なそうに微笑んだ。

「可能な限り、サポートさせてもらう......と言いたいところなんだが、あまり期待しないで欲しい。正直、今のカルデアはリソース不足でね。ソロモン戦のダメージもまだ完全に癒えていない。さらに、政治的にも外部からの厳しい監視化にも置かれている。だからとても心苦しいけれど、しばらくは1人で戦ってくれないだろうか。私も秘密裏にサポート体制を敷くし、何とかして藤丸君が応援に駆け付けられるように対策を講ずる。何て言ったって私は天才だからね!」

 そういって、ダ・ヴィンチは明るく微笑む。私を勇気づけようと、してくれているのだろう。

「いずれカルデアにも新所長がやってきて新しい体制が構築されるだろう。その新所長も巻き込んで、君を援護できるように、精一杯取り組んでいくよ」

 私は頷いた。だが、その頷きは貴女を信じているという意味では無かった。元より死は覚悟の上だ。援護などなくともやりきって見せる。どれだけ勝算が少なかったとしてもやらなければならなかった。レイシフトさえできれば、それでよかった。私の頷きは『例え死んでもやりきります』という覚悟の表れだった。

 こうして私は秘密裏に日本のとある地方都市へレイシフトすることとなった。存在がバレないように、カルデアの地下に秘密裏に設けられたコフィンを通して。この件を知るのは、技術顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチのみだった。

 

 

 だが、私の戦いは冒頭から躓くことになる。

 まず、原因不明の干渉により、レイシフト先の時間軸がずれてしまった。具体的には目的とする20XX年から3年前にレイシフトしてしまったのだ。

 続いて、カルデアとの連絡は完全に途絶してしまった。かろうじて、自身の身が保てていることからカルデアは無事であり、シバやカルデアスは順調に稼働していることは分かった。

 そして最後に最悪な事態が発生した。『召喚システムフェイト』を使用しての、サーヴァントの召喚が作動しないのだ。

 サーヴァントとは、マスターにとっての唯一の武器。それが封じられてしまったのだ。もし召喚するとしても、触媒から何から含めて、自力で何とかするしかない、ということだ。

 私は、まさに丸腰で、3年前の伊蔵市に放り出されてしまったのだ。

 

 

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 伊蔵市へレイシフトしてから半年もの月日が経った。

 私は何とか生活できるだけの基盤を設けて、特異点の調査を行っていた。伊蔵市は普通の地方都市であり、特異点とは思えないほどの一般的な現代日本の生活が営まれていた。

 私は藤丸立香が復元した7つの特異点の資料を知っていたが、どれもが歴史上のバグを起こした世界となっていた。百年戦争、大航海時代、アメリカ南北戦争、十字軍のエルサレム遠征、など。どこかしら史実と異なり、修正されるべきポイントが明確だった。

 だからこそ、現代日本と何一つ変わらない日常が続くこの特異点に違和感を感じざるを得なかった。

 おかしい点と言えば、この特異点は伊蔵市のみだけではなかった。中心地は伊蔵市なのは明確だったが、普通に伊蔵市の外にも出かけることが出来る。私はどこまで行けるのか試してみたが、日本列島の本州、四国、九州を制覇した時点で、範囲特定を諦めた。

 この特異点は、日本列島全てを包み込む、大規模な特異点だったのだ。

 そして、この半年血眼になって探したが、どこにもKの痕跡は見られなかった。私は焦っていた。カルデアとの通信は途絶したままであり、一切のヒントも得られなかった。

 私は現地での生活用にスマートフォンを契約することにした。いくら特異点だからといって、現代日本に変わりはない。生活するのに金もかかるし、住宅も借りなければいけない。そして、この時代で生きていく上で、インフラとして携帯端末が必要だった。

 お金は、まぁ色々と汚いこともした。その他の物も何とか用立てていたが、流石にデジタルデバイスを自作することは不可能だったため、仕方なく手に入れたのだが――――そこで恐るべきことを見つける。

 とあるウェブサイトの広告で見つけたスマホ向けアプリゲームだ。タイトルは『Mission of Defies Destiny』、通称MDD。

 魔術師。令呪。サーヴァント。特異点。聖杯探索。人理の修復。公式ホームページに書かれた世界観設定には、そんな驚愕すべきキーワードが書かれていた。

 これは、カルデアだ。カルデアでの戦いが、ゲームになっている。どうしてこんなことが為されているのか。

 私は藁にも縋る思いで、得意の幻術を用いて身分を偽り、ゲーム制作会社へ連絡を取ることにした。

 

 

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 私は、MDDの開発責任者であり、ゲームシナリオライターと接触することに成功した。

 佐野と名乗った、そのクリエイターが、敵の黒幕ではないかと疑って近づいたのだ。聖杯やサーヴァントといった内容をゲームに盛り込んでいるのだ。聖杯戦争について何か知っているに違いない、と。

 私は都内の落ち着いた雰囲気のカフェで佐野と話した。魔術的な結界により人払いは済ませており、万全の準備の上で、佐野と面談することとなった。

 しかし、話せば話すほど妙だった。この男からは魔術の痕跡がまるで見えない。

 そして私はこのクリエイターに暗示をかけた。偽ることなく、真実を話すように、と。そうして佐野は私の問いに答えることになる。このゲームの元ネタはどうやって思いついたのか、と。

「あー実はネトゲ友達がいて、よくチャットで話すんだ。その友達、KNGって言うんだけどね。彼がとってもユニークなアイディアを教えてくれるから、つい参考にしちゃってるんだ。いや、決してゴーストライターという形ではないよ! 正真正銘シナリオは私が考えているからね。ちょっと設定に行き詰った時に相談に乗ってもらっているだけだよ」

 そしてその時、突然私に電話がかかってきた。見知らぬ番号からの着信に違和感を抱きつつ、私は電話に出た。

『もしもし。初めまして。僕がそのKNGといいます』

 少年の声だった。中学生の男子ぐらいだろうか。

『そろそろ佐野さんと会っている頃かと思いまして、よければ僕に会いに来てくれませんか?』

 動悸がした。全てを見透かされているその言葉に、冷汗が止まらなかった。

『場所は、ちょっと遠いのですが。〇〇県の伊蔵市にある、大角寺というお寺です』

「あぁ良く知っているよ。私は伊蔵にアパートを借りているからね」

『そうですよね。それも、知っています』

 そう言うと唐突に電話は切れた。私は東京発の新幹線の時間を急ぎ調べた。

 

 

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 私は、その日の夕方には大角寺に赴いた。そこで私を待っていたのは、体の小さな少年だった。

「はじめまして、KNGこと、真里谷健吾と言います。けんごだからKNG。卵かけご飯みたいでしょ?」

 そういうとクスリと笑った。幼さの残る顔。だが、少しやつれているようにも見えた。

 体調が良くないのではないか。医術の心得が無い私にも分かる。この時すでに病魔が少年の身体を蝕んでいたのだと後から知った。

「あのゲームの設定。あれは一体どういうことなんだ」

「あれは、僕が垣間見た世界の話です。多分、貴方が生きている世界の。僕は人と違った眼をしているんです。正しい表現が浮かばないんですが、分かりやすくいうと”千里眼”とでも言いましょうか。様々な事象を見通すことが出来ます。特に未来の出来事をね。上手く使いこなせなくてちょっと身体が疲れてしまうことも多いんですが」

「それはいい。どうして、ゲームのアイディアを提供なんかしたんだ」

「それはこうすれば、貴方みたいな人が僕に会いに来てくれるから、ですよ」

 私は驚愕した。確かに、手がかりも無いまま半年間を無為に過ごしてきたのだ。あんな分かりやすい罠だと分かるようなものにも縋りつくだろう。この少年は、そこまで見透かして周到に準備をしてきたのだろう。

「僕から貴方にお願いがあります。あと2年半ほど経ったころ、この街で聖杯戦争と呼ばれる殺し合いが起きます。それをどうにかして止めたいんです。協力してくれませんか?」

 そう言って少年は、手を差し出した。握手を求めているのだろう。だが、私はその握手を拒否した。

「私は、君に言われるまでもなく、この戦いを止めるためにカルデアからやってきた。だからお願いされる筋合いはない」

「でも、僕と協力することは、貴方にとってメリットがありますよ」

 そういって少年・健吾は微笑んだ。

「僕のこの千里眼で、誰がどのサーヴァントを呼び出すのか、ある程度事前に知ることが出来ます。戦いの顛末も知ることが出来るかも知れません。そして、この戦いには黒幕が居ます。貴方はその黒幕と因縁があるのでしょう? その黒幕の先手を打つことができれば、貴方にとって非常にメリットがあると思われますが、違いますか?」

 この少年の申し出は、願っても無いことだった。だが、私には1つ引っかかることがあった。

「なるほど、君の申し出は有難い。是非お願いしたい、ところなんだが。敢えて聞こう。君のメリットはどこにあるんだ?」

「そう思いますよね。それは当然の考えです。僕のこの力を使うことの交換条件があります。それは――」

「それは?」

「――――まぁ、いずれお話させてください。そうですね、じゃあこうしましょうか」

 そう言って改めて健吾は手を差し出した。

「僕と友達になってください」

 

 

 ★

 

 

 そうして、私は毎日、健吾の住まう大角寺に訪れた。

 本当は一刻も早く、聖杯戦争に向けた準備を行いたかったが、2年以上も先の事象であることから、今すぐ何が出来るということは少なかった。

 そして、健吾の能力も不安定であり、数年先の事象については断片的にしか分からないようだった。まるで全ての事象を僕は何でも知ってるんですよ~という言い方をしていたわけだが、少し騙されたような気持ちにもなった。

 それでも、私と健吾の力関係的に、主導権を握っているのは健吾に違いは無く、彼は私を試すかのように少しずつ小出しに情報を明かしていった。それはまるで私をからかうようであり、そういった関係を楽しむようでもあった。

 そんな健吾は驚くほどの虚弱体質だった。より強い力を使おうとすると身体に影響が出てしまい、すぐに寝込んでしまった。この能力による代償なのは明らかだった。そしてその体調不良により、健吾は中学校にほとんど通えていない様子だった。

 友達になってください。その言葉は、ごく自然な人並みな願いだったのかもしれない。

 私は約束を守るために、毎日寺を訪れ、お茶でも飲みながら健吾の話し相手になった。そして、少しずつ聖杯戦争に関する情報を聞き出して、2人で作戦会議を練る。そんな日々を送っていた。

「今日は、ここまで」

 健吾がそう言ってニコリと笑うと、お開きの合図だった。

 その笑顔を見ると、心が切なくなった。本当はもっと話をしたいのだろう。病弱で外に遊びに行くこともままらないのだ。

 健吾は15歳の中学3年生だ。誰かと遊びたい年頃だろうに。

 私は、気が付くと健吾と話す時間を、楽しみにするようになっていた。

 

 

 ★

 

 

「■■さんは、本当に歴史が大好きなんだね」

「まぁね。何というか、ご先祖様について詳しく調べるうちに、単純に歴史って面白いなぁって思ったんだ。専門分野は日本史だけど、世界各地を旅して回ったから、世界の歴史上の遺構や遺跡にも詳しいぞ」

「羨ましいなぁ。僕も一度でいいからモンサンミッシェルとか行ってみたいなぁ」

 そう言って眼を輝かせる健吾。でも、本人は分かっているのだ。自分は海外に行くことなど今後有りはしないと。私の見立てではあるが、健吾は40歳、いや30歳まで生きられないかもしれなかった。今は立って歩くことも出来るが、いずれ車いすが必要になってくるのではないか。私はこれからどれだけの時間、健吾と一緒に居られるのだろうか。どうせなら少しでも長く彼を見守っていられれば、と思うようになった。

 だが、それは無理な話だった。何故なら、この地は特異点だ。特異点とは歴史上に起きたバグでありエラー。修正されるべきものだ。つまり、定礎復元後『黒幕であるKがこの地に聖杯を持ち込まない』正常なる世界に戻ってしまうのだ。

 問題は、いつからこの世界はエラーを起こし、分岐をしてしまったのかである。それは私には預かり知らない。カルデアと通信が復活すれば分かるかもしれないが、分岐したのが去年の話なのか、それとも10年前からなのか、まさかKが存命だった安土桃山の頃からなのかも知れないのだ。

 特異点が修正されたとき、この世界の住人は一体どうなるのか。

 結論、全てはリセットされてしまう。特異点は消え去り、正しい歴史を歩み直すことになる。だから、この特異点で起こったことは無かったことになるのだ。この場所と時間を健吾と共に過ごした事実は無かったことになってしまうのだ。

 全く、どうして3年間も時間軸がズレてしまったのだろう。そんなトラブルが無ければ、健吾に出会うことも、こうして楽しい日々が続くことも、そしてこんなにも虚しい気持ちになることも、無かっただろうに。

 私は、健吾と仲が深まれば深まるほど、別れなど来なければ良いのに、と思うのだった。

 

 

 ★

 

 

「え、健吾ってちゃんと学校の友達いるのか?」

「なんと失礼な! 僕にだって友達ぐらいいますよ」

 友達になってほしいなんて言う病弱な男の子だ。そりゃあ独りぼっちだと勘違いぐらいする。決して、私が悪いわけではない。友達が居ないかのようにふるまって見せた健吾に問題があるのだ。

 その友達は、犬塚守尭と千葉小夜子というらしい。そういえば、見慣れない学生が私とすれ違いで、大角寺方面に向かっているのを見かけたことがあった。

「守尭はよく来てくれるんです。朝早くの登校前とか、プリント届けに来てくれたり。あとは■■さんが来ない時間帯に遊びに来てくれるんですよ。一緒にゲームしたりします。ほら、僕ネトゲ好きだから。小夜子は陸上部が忙しくってあまり頻繁には来てくれないけど、部活の遠征先で買ったお土産とか持ってきてくれるんです」

 その表情は今まで見せたことが無いほど明るい。

「僕は小さい時から変な力を度々使ってしまっていて。少し先の未来が見えたから......だから、つい変なことを口走ってしまって、周りからいじめられたりしていたんです。そんな僕を助けて守ってくれたのが、守尭。で、泣いてる僕をいつも慰めてくれたのが、小夜子。2人は、僕の大事な友達だったんです」

 だった、と過去系の表現。そうして、健吾は眼を伏せる。

「でも、今は3人共バラバラになってしまった」

 その横顔には陰りが見られた。

「守尭は、僕の様に不思議な力を持っているんです。それは、魔を封じ浄化する力、なんだと思う」

「対魔の能力か」

「そういうと聞こえはいいけれども、その力に魅せられた邪悪なものをおびき寄せることにもなるんです。ほら、虫って、自らが焼かれてしまうにも関わらず火に近付いていくじゃないですか。多分、魔と呼ばれる存在は無意識に守尭の能力に魅せられて近付いて来るんです」

 そして、健吾はより一層表情を曇らせた。

「そして、5年前の10歳の時。暑い夏の日でした。近所の山に蝉取りに行っていた僕たち3人の前に、悪霊のようなものが集まってきたんです。それを追い払おうとした守尭は、無意識に発動させた力を制御できなかった。本来は魔のみを追い払う力が、人にも向けられてしまったんです。そして、――――その時の一振りが、小夜子に当たってしまった」

 健吾は話を続けた。見れば、拳がぎゅっと握られたままだ。辛い、記憶なのだ。

「幸い、命に別状はなかった。小夜子は1ヶ月ぐらいは寝たきりになって安静にしていたけれども。でも、その頃からなんです。小夜子と守尭が話さなくなってしまったのは」

 健吾は今にも泣きだしそうな声になっていた。いや、既に涙がこぼれていた。

「僕が、ちゃんとこの力を使えていたら。守尭も小夜子も守れたんじゃないかって、そう思うんです」

「............それは、健吾が悪いんじゃない」

「そうかもしれない。でも、そう思わざるを得ないんです」

 健吾は涙を拭いながら、無理やり顔を上げた。

「守尭の力は凄まじかった。その時の影響だと思います。僕の千里眼は力を増しました。守尭の能力の干渉を受けて活性化したのかもしれない。皮肉にも、僕は自分の無力さを味わった後に、自分の力をよりコントロールすることが出来るようになったんです」

「......で、その守尭くんの力はどうなったんだ」

「後で駆け付けた、守尭のお母さんが、力を封じたみたいです。僕にも良く分からなかったけれども、守尭の力は犬塚家に代々受け継がれてきたものみたいだった。だから、その力をコントロールすることが、お母さんには出来たんだと思います」

「その、お母さんは?」

「その直後から入院されてしまい、2年後亡くなられました。原因不明の病でした。恐らく、守尭の力を封じる代償に、命を削ったんだと......」

「......そうか」

 私にはかける言葉が見つからなかった。

「............今日は、ここまで」

 健吾がそう言ってニコリと笑う。お開きの合図だった。

 

 

 ★

 

 

「■■さん、今日はそろそろ2年後に迫った聖杯戦争の話をしましょうか」

 健吾と出会ってから半年以上過ぎ、私はこの特異点にレイシフトされてからおおよそ1年が経とうとしていた。

「この聖杯戦争は、鬼の異名を持つ戦国武将たちが集う、鬼・聖杯戦争と呼ばれるということは、先日お伝えしましたよね」

「あぁ、そして全てが狂化スキルを有するという特殊な召喚が為されるという」

「その通りです。現状、僕の千里眼が捉えたサーヴァントは以下の2名です」

 そう言って、健吾は手書きのノートを取り出す。

 

 

バーサーク・セイバー:立花道雪(鬼道雪)

バーサーク・ライダー:井伊直政(井伊の赤鬼)

 

 

「まぁ、順当だな。立花道雪は雷切丸の逸話から、セイバーだろう。井伊直政は徳川四天王の1人だ。直政は武田家が滅んだ後の旧臣達を多く召し抱えていた。”井伊の赤備え”と呼ばれたその赤の軍団は、武田家が由来だからだ。そして武田といえば、かの有名な武田騎馬軍団。ライダーとして召喚されるのはぴったりだ」

「えぇ、逸話としても申し分ないかと。ただ、問題なのはこの事象がまだ不確かであるということなのです」

「それはどういうことだ? 健吾、君の力は未来視の能力なんだろう?」

「僕もそう思っていました。でも厳密には違うみたいです。まぁ、この説明はおいおいさせてください」

 何やら健吾の歯切れが悪い。健吾は少々気難しい所がある。物事を順序立てて説明したがる傾向があるのだ。かの有名な名探偵の言葉を借りると「今は語るべき時ではない」ということなのだろう。

 私はこの場では追求せず、健吾に続きを促す。

「今後の私たちの選択次第では、いかようにも未来は変わってしまうのです。ですから、セイバーもライダーも、何らかのはずみで別のサーヴァントが選ばれてしまうこともあり得ます」

「おいおい、そんなこと言ったら、健吾の千里眼は有ってないようなものじゃないか」

「まぁ、それは奥の手があるので何とかなります」

 奥の手? 健吾は一体何のことを言っているのか。

「そして、今朝のことです。僕は、■■さんの標的のKが、どういった形でこの聖杯戦争に関係するのかを視ることが出来ました。Kは、バーサーカーのマスターとして、この鬼・聖杯戦争に参加します」

 ごくり、と唾を飲み込む。ようやく、Kに関する情報を得られた。

「そして、そのサーヴァントの名は、鬼武蔵こと、森長可(もりながよし)です」

 森長可。織田信長・豊臣秀吉に仕えた猛将。信長に仕えた小姓の森蘭丸の兄としても知られている。人間無骨と呼ばれる槍を駆り、戦場での苛烈な戦い方はまさに鬼神の如し。敵だけでなく逃げ惑う民すらも撫で斬りにし、浴びた返り血で全身を真っ赤に濡らしたとされている。武蔵守を名乗っていたため、付いた異名は鬼武蔵。まさにバーサーカーとしても、鬼としても、これ以上ないほどのキャスティングと言える。

「僕も、■■さんほど詳しくは無いですけど、鬼武蔵について調べました。もしKが鬼武蔵を召喚した場合、この『鬼・聖杯戦争』においてはとんでもない脅威になります。下手すると神霊クラスの戦闘力を有するかも知れません。ですが、彼には突くべき弱点が存在します。何か分かりますか?」

「それは、鬼武蔵の死に際のことだろうか」

 その通りです、と健吾は得意げに言う。

「鬼武蔵こと森長可は、豊臣軍と徳川軍が激突した、小牧長久手の戦いにて戦死します。その死に際は、名も無き雑兵による火縄銃の弾丸で、額を貫かれて絶命するのです。サーヴァントは生前の逸話が武器にもなり弱点にもなるため、鬼武蔵は火縄銃の攻撃が非常に有効だと思われます」

「なんだ、そんなことで言ったら織田信長でも召喚するのが手っ取り早そうだな」

「えぇ、もちろん信長が召喚できるなら越したことは無いですけど。ただ、魔王と言う異名はあっても、鬼という異名で信長を召喚するのは無理だと思いますね。だから■■さん、鬼と名の付く戦国武将で非常に大多数の鉄砲隊を組織した武将はいませんか?」

「そうだな......それなら......」

 私は思考を巡らせた。そして、関東のとある戦国大名を思い浮かべた。

「佐竹義重だな。鬼義重と呼ばれるほど武勇誉れ高く、対北条家との戦では一説によると八千丁の鉄砲隊を組織したと言われている」

「そうしたら、■■さんはアーチャーのマスターとして、その鬼義重を召喚するための準備を行ってください。そうすることで、敵が万が一鬼武蔵を召喚したとしても、確実に仕留めることができます」

「なるほど。でも、どうやって召喚する? カルデアの召喚システムフェイトは使えないままだし、私の一族は召喚術式について詳しくない」

「そこは安心してください。冬木市で行われた聖杯戦争について詳しい方が、ロンドンの時計塔に居るはずです。ロード・エルメロイとか何とか。その方への連絡方法をこのノートにまとめておきました。あと2年間も時間がありますし、何とかしてその方から教わってください」

 めちゃくちゃな事を言うやつだ。そもそもこの特異点はどこまでが範囲なのか検討もついていないんだ。日本国外に連絡なんか取れるんだろうか。

「もしそれがダメでも、何かしらサーヴァントを召喚するための手はずを知ることは出来ます。何て言ったってまだ2年間もあるんですから」

 健吾は自信ありげに言う。何ということだろうか。健吾の千里眼によって、こんなにもあっさりと、Kへの戦略が組み上がっていく。

 上出来だ。

 私は、健吾に拳を突き出した。最初は何のことか分かっていなそうな健吾だったが、それが私からのグータッチのサインだと気が付き、無邪気な笑顔を浮かべた。そして、私の拳に己の拳を合わせようと手を差し出そうとした瞬間――――

「あ..................」

 健吾は血相を変えて、倒れ込んだ。

 

 

 ★

 

 

 健吾が倒れた。

 本人は「大丈夫だから」と強がって見せたが、ただならぬ様相だったため、私は外出されていたご両親に連絡をした上で、健吾を病院まで連れて行った。

 私は病院にて初めて健吾の両親と対面した。私の事は、ネットで知り合った歴史好きなお兄さんという謎の紹介の仕方をされていたらしいが、病弱な息子に友達がいるということを歓迎してくれているようだった。

 その日は、入院をすることになったので、私は大人しく帰ることにした。

 そして、私にとっても、カルデアにとっても運命の日が訪れた。

 

 

 ★

 

 

 健吾が緊急入院したその翌日。一通のメッセージが携帯に届いた。それは健吾からの退院を伝える連絡だったのだが、最後に違和感を感じる内容が記されていた。

 

 

『今夜深夜2時に、大角寺まで来て欲しい』

 

 

 いつもは日が高い日中に行くことがほとんどだったので、何か変だなと思いはしたが、昨日の続きを話したいと言われたら、行かざるを得なかった。

 そうして私は、約束の時間の10分前には、大角寺へ到着したのだ。

 何やら胸騒ぎがする。到着した時に得た最初の感覚だ。

 寺には誰もいないようだった。

 お邪魔しますと、上がらせてもらうも、健吾は姿を見せない。何か妙だ。それはこの寺を包む空気であり、そして今朝から体に感じる感覚だった。

 痺れとも、疲れとも違う。しいて言えば無感覚。呼吸をしても、ものを食べても、何かに触っても、どうも現実感に欠けているような違和感の連続。

 まるで、これは――――

「魔術による、攻撃......?」

 と、呟きながら、電気もついていない真っ暗なお堂に足を踏み入れた瞬間だった。

「――――!?」

 体内に広がる爆発的な虚無。吐き気や痛みは無い。ただ単純に、自身の存在が砂の様に抜け落ちて、虚空の中に消えていくような感覚。力が抜け、意識が途切れていく。

 これは経験したことが無いが、カルデアの記録で見聞きしたある現象に類似しているのではないだろうか。

 まるで、サーヴァントの消失の様な、特異点から退去するかのような。

 もしかして、カルデアのコフィンの中の私自身に何か異常が起きているのではないだろうか。

 カルデアとは一切連絡が取れないままだ。だが、ダ・ヴィンチは私の生命維持を欠かさず継続してくれていたはずだ。シバやカルデアスは正常に作動し、コフィンの中の私の身体は五体満足であり、だからこそこうやって特異点での活動が順当に行えていたはず――――

「だから、カルデアも、シバも、カルデアスも、レオナルド・ダ・ヴィンチも、何かの異常をきたしているということですよ」

 そう言って、倒れ込んだ私の傍から声が聞こえた。聞きなれた声がした。

 真里谷健吾。私の、友達だ。

 

 

 ★

 

 

 

「最近、自分でも分かったんですけど、僕の能力『千里眼』は、ただ未来を視る力じゃない。その本質は『事象を確定する力』と言った方が正しいと思われます」

 手に、力が入らない。

「未来視ではなくて、未来にそれがあるということを『観測者』として確定出来るのが、僕の力です。一応、力の応用として、確定させる直前でストップをかけることで、暫定事象としての未来を垣間見ることは出来る。だけどその事象はあくまで暫定でしかないから、いくらでも変わってしまう可能性があるんですよ」

 指に、力が入らない。

「例えば、明日の給食の献立はカレーかもしれないしシチューかも知れない。未来と言うのは、何か一つの事象の変化で簡単に分岐するし変更されてしまう。それこそ、僕が今道端の石を蹴飛ばせばカレーになるかもしれないし、蹴飛ばさなければシチューになるかもしれない。未来視とはあくまでの観測したその時点での未来の出来事でしかない。石を蹴る前の時点のね」

 足に、力が入らない。

「でも、『事象を確定する力』であれば、石を蹴ろうが蹴るまいが、献立をカレーだと確定させることが出来る。僕の能力の本質はそういう物だったんですよ」

 頭の中が、空っぽになっていく。

「でも、僕は根源接続者の一歩手前のなりそこないの存在なんです。だから、力を使うと大きな負担になるし、確定させる力もよりあやふやなものになってしまう。なりそこないの僕が確定させたとしても、せいぜい80%ぐらいの確率のものだ。献立をカレーだと確定させたとしても仮でしかない。では、どうすれば100%の確定をさせることが出来るのか。それを今から■■さんに説明しますね」

 でも、あいつの、あいつの言葉だけは聞こえてくる。

「僕の一世一代の大魔術。文字通り、命を懸けた、ね」

 聞き間違いだろうか。命を懸ける、だなんて。

「昔話をします。小さい頃、父さんは寝る前によく仏様の話をしてくれたんです。まぁ、実家が寺だし? お坊さんだからなのはわかるんだけど、今思えば、わが父ながらちょっとズレてたよね」

 健吾は、クスリと笑いつつも、話を止めない。

「それでね、中でも一番印象に残っているのが、弥勒菩薩の話なんだ。知ってるかな? それは遥か56億7千万年後の世に降り立ち、遍く衆生を救済するという、2人目の仏だそうです。まぁそれは56億なのか5億なのか、いろいろあるらしいけれど、少なくとも途方もない遥か未来の世界ということは間違いないよね」

 もう、何も考えられない。思考すらも、ままならない。ただただ、健吾の話をぼんやりと聞くことしか出来ない。

「56億7千万年。何でも太陽の寿命はあと50億年程だそうだから、もしかすると弥勒菩薩は太陽系の終わりには間に合わないかもしれない。かの人が降り立とうにも、そこにはもう救うべき衆生も、それらが生きる大地もない。それはどんな光景なのか。それを見て、弥勒菩薩は何を想うのか。……幼かった僕は、どうしてもそれが『視たかった』」

 だが、このまま気を失ってしまうわけにはいかなかった。私は必死に眼を見開く。うっすらと何かが見える。私の生命活動は終わりを迎えようとしている。だが、それら全てを跳ね返し、今は友人たる健吾の姿を目に納めねばならない、そう思った。

「『視たい』と思った。それ以来、僕は未来を視るようになった」

 私は、瞳に捉えた健吾の姿に絶句した。健吾の両眼が血の様に真っ赤に染まっており、鈍く光り輝いていた。そして痛々しく、血の涙が流れていた。

「そして、昨日、僕はとんでもないものを視てしまったんだ。今日、今まさにこの時間、――――カルデアは陥落する」

 なにを、いっているんだ。カルデアが、陥落?

「それは、既に確定されていた事象だった。この僕にはその事象を捻じ曲げて、異なる結果として確定をさせることが出来なかった。何度も、何度も、力を使っても、ね」

 健吾は、語気を強めた。

「だから、■■さんは、消えようとしている。カルデアも、シバも、カルデアスも、レオナルド・ダ・ヴィンチも、もうすぐ消えてなくなるんだ。僕が視えたのはそこまで」

 だからか。だから、今私は、消え去ろうとしていたのだ。

「でも、■■さんに、僕は消えてほしくない。僕のできる最大限のことをさせて欲しい」

 そう言って、健吾は一冊のノートを、私の手に握らせた。

「このノートには、僕が視た2年後の聖杯戦争について分かる限りの全てが書いてある。的中率は80%ぐらいだからいくつかは外れると思うけど、参考にしてほしい。僕が居なくても、大丈夫だよ」

 僕が、居なくても......?

「あと、これが一番肝心。今から、2年後の■■さんを視るよ。カルデアのシバっていうレンズが無いと、■■さんはレイシフト先で存在を確定させられないんだよね。じゃあ、今から僕がシバになる」

 シバに、なる......? 馬鹿を言うんじゃない。シバのようなことをするって、それは――人間を辞めることになるぞ。

「少なくとも、バーサーカーのマスターのKとの決着がつくその瞬間まで■■さんが生存し続ける未来を、僕が確定させてみせる」

 ごめんね、と健吾が呟く。

「僕の命を全て賭けても、2年後までしか確定させられないんだ。全く、シバっていうのはすごいレンズだね。しかも、100%の確定となると、猶更ね」

 待て。待ってくれ。

 私は、言葉を発することが出来ない。健吾に声を届けたいが、命が尽きかけようとしている私には、それすら叶わない望みだった。

「あと、■■さんと協力関係を結ぶ際の僕のメリット言ってなかったね。最後に僕の望みを聞いてくれないかな」

 最後だなんて、言わないでくれ。

「使えるものは全て使ってくれて構わない。だから、友達を。僕の大切な友達が死ぬ運命を変えて欲しいんだ」

 犬塚守尭と、千葉小夜子。2人の事であるということは、明白だった。

「詳しくはノートに全て書いてある。分岐点が絶対にあるはずだから、参考にしてね。あぁ、そうそう、僕の命はあと2年。それこそ、聖杯戦争が始まるその日に死ぬことになる。そして、その日に守尭も命を落とす。守尭はその日、敵のサーヴァントによって一刀両断されてしまう。彼は数合わせのマスターとして、それこそ絶対に勝てないであろう弱いサーヴァントをあてがわれてしまう」

 健吾は言葉を強めた。

「まず、そこを、変えてほしい。出来れば、ある程度鉄砲隊を組織した実績のある英霊がいいと思う。鬼武蔵のこともあるからね。■■さんにはこれからその英霊の触媒を集めてほしい」

 無茶なことを言う。触媒を集める、だと。そんなの労力が2倍もかかるじゃないか。

 そんなことを思いつつも、私は健吾の願いを叶えてやりたいと、薄れゆく意識の中で強く思った。

「ただ、守尭には、魔を払う力がある。その力が逆に作用してしまってはいけない。なので、守尭の力が増幅されるようなサーヴァントがいいと思う。一見、強くなさそうでいて、悲劇的なエピソードを持っている方が最適です。Kは油断するでしょうし。そして、一番重要なのは、守尭とタッグを組んだ際に最大限の力を発揮できるサーヴァント。それもノートに書いてあります」

 あぁ、分かった。任せてくれ。

「そして、小夜子もお願いします。小夜子は、とってもいい子です。僕が視た限り、今回の聖杯戦争には巻き込まれないはずですが、こちらが未来を変えるために動くなら、相手も手を動かしてくるかもしれません。色んな不測な事態が考えられます。何でもかんでも■■さんにお願いしてしまって申し訳ないですが、小夜子が黒幕に利用されないように、見守ってあげてくれませんか?」

 あぁ、分かった。約束だ。

「そして、最後に。2年間、孤独な戦いを強いてしまってごめんなさい。■■さんと出会えてよかった」

 あぁ、私も、だ。

 ジワリと、視界が滲んだ。眼にゴミでも入ったのだろうか。

「では、僕は今からあなたを救います。僕の眼が、身体が、心が、シバの代わりとなって、2年後までのあなたの存在を観測し確定させます。終わった後、僕はろくに使い物にならないでしょう。でも、僕はあなたと一緒に戦いたい。だからせめて、僕の立場や名前を形見だと思って、使ってくれませんか」

 あぁ、健吾のお願いなら、いくらでも。私なら、君に成り代わることなんて、造作もないさ。

「良かった。では、本当にお別れです」

 そう言って、健吾は能力の全てを解放した。時間が巻き戻る感覚。身体の中からあふれ出した生命力が、逆再生するかのように身体の中へ戻されていく。

 健吾の命を削った、未来観測。

 100%の事象の確定。

 眩い光に包まれて、命が紡がれていく感覚がする。それはとても優しく、温かく、そして悲しみを纏っていた。

 薄れていく記憶の中、最後に健吾の声が聞こえた。

 

 

「今日から、あなたが――――真里谷健吾です」

 

 

 私は。いや、俺は。

 この日から真里谷健吾として、戦い抜くことを誓った。

 

 

 ★

 

 

 あれから2年間、健吾は入院したままだ。意識はほとんど覚醒しない。

 たまに覚醒しても、もう言葉を発することは出来ない。

 俺は全てに罪悪感を感じつつも、健吾との約束のため、真里谷健吾として学校へ通い生きてきた。犬塚守尭とは馬鹿話をし、千葉小夜子とはクラブ活動を通じて見守りながら。

「そろそろ、約束の日だね、健吾」

 俺は、ぽつりと呟く。明日、聖杯戦争の幕が上がる。

 最後に健吾は言っていた。明日、健吾の命も尽きる、と。

 願わくば、健吾がポンコツであってほしい。彼の視た未来がハズレであってほしい。確か80%ぐらいの的中率のはずだ。じゃあ20%の確率で生き延びるかもしれない。

 そんな、感傷に浸りながら、俺は英霊の召喚術式を準備していく。

 佐竹義重。彼が召喚されれば、バーサーカー・鬼武蔵に勝つことが出来るだろう。

 そう言えば、健吾のやつ。ノートに、守尭にピッタリなサーヴァントとしてあんな武将の名前を挙げるなんてビックリした。

 確かに、似ているかもしれない。お似合いってやつだ。そして、俺が昔から考えていた、性別に関しての疑問も明らかになるだろう。

「さて、まずは、アーチャーから召喚しますかね。明日はもう1体召喚しなきゃだし、やることいっぱいだ」

 そうして俺は術式を唱えた。

「告げる――――」

 

 

 そうして、翌日、運命の夜を迎える。

 

 

第4章 第2節 了

 

 

【システムメッセージ】

外伝エピソードは以上です。

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……このエピソードを書きたくて、本作を書き始めたと言っても過言では無いです。
FGO前提の話で分かりにくい所もあったと思いますが、書けて良かったと思っています。
もうしばらくお付き合いのほど、お願いします。
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