片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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第4章 姫若子の檻 〜第3節 犬と夜〜

 それから2日間経った。その間、バーサーカー陣営の動きは無かった。

 小夜子は、成田先生の自宅へと移り、俺たちは完全に成田クリニックに住み込んでいる状況だった。クリニックは臨時休業。馴染みの患者さんは、成田先生の知り合いの病院で見てもらうことになっていた。

 そもそも、再び開くことは無いのかもしれない。何故ならば、俺たちが今まで普通に暮らしていたこの世界は、果心居士によって生み出された特異点に過ぎないからだ。

 偽りの生活。修正されなくてはいけない歴史上の異物。

 俺たちは、消えなければならないのだ。この世界ごと。

 

 

 ★

 

 

「何事も無いね」

「えぇ、聞いた話だと、ここら辺一体吹き飛んでいるんじゃないかと思っていたけれど。守尭、アンタ場所間違えてない?」

「ちげぇよ、ここであってるってば」

 俺と小夜子は、あの日の夜、バーサーカーによって無様に敗北した浜辺へとやってきていた。小夜子は、自身の足で歩ける程度には回復していたが、それでも歩くのがやっとなため、松葉杖をついている。流石にずっと病院服という訳にもいかないので、自宅に戻って着替えを持ってきていた。動きやすく、白ニットのセーターに、グレーのスキニーパンツとスニーカー。まだ肌寒いということもあり、少々冬の装いだ。眼鏡とお下げ髪はいつもの小夜子の通りだが、肌は結晶でおおわれてしまっている。

 かくいう俺は、いつでもマスタースキルが使えるように、魔術礼装である高校の制服を着ていた。どうせなら小夜子も制服着ればいいのに、俺が浮いて見えるじゃないか。

 と、思いつつそれは杞憂であった。と言うのも、小夜子は成田先生が用意した魔術礼装の効果によって、周囲から存在を認識できないようになっている。そりゃあそうだ、行方不明の千葉小夜子さんが街を出歩いていたら、大変な騒ぎになる。

 まぁ、少々過剰反応気味かもしれない。だってそうだろう、この世界はどうせ作り物なのだ。騒ぎが起ころうが今更なわけだが、俺たちは律儀にも、この世界の秩序を乱さずに過ごすと決めていた。

 話は戻って、俺たちは浜辺をゆっくりと歩いていた。そろそろ波打ち際に差し掛かる。今日は雲がかかっていてどんよりとしてはいるが、その景色は数日前にサーヴァント戦が繰り広げられたとは思えないほど普段通りだ。戦いの痕跡は一つとして残っていなかった。

「............恐らく、果心居士の仕業だろ。そう言えば、ライダーと戦った陸上競技場も、戦いの痕跡なんて残っていなかった。アーチャーが『坂東太郎』ぶっ放したのに、陸上の400メートルトラックは綺麗なもんだったよ。そりゃあ、奴が作った特異点だ、そこら辺は上手いこと誤魔化す術は持ってるんだろうさ」

「全く、とんでもない話ね」

「あぁ、とんでもない話だ」

 と、小夜子の足がふらついている。俺は思わず小夜子の腰に手を添え、身体を支えた。

「............セクハラ」

「うっせぇ、フラフラの癖に。そこは素直に感謝しろよな」

 この娘、相変わらずツンツンしやがって。可愛げが無い。

「............どうする? 体調悪いなら、一旦帰るか?」

 俺は後方を振り返る。そこには成田先生の乗用車が少し離れた場所に停められていた。この場所へは俺たちが先生に頼んで、連れてきてもらったのだ。先生は、俺たちに遠慮して車で待っていてくれている。

「いや、私が言い出したんだから、ちゃんと”お別れ”したい」

 そう言うと、小夜子はそのまま砂浜にぺたりと座り込んだ。

「砂。汚れるぞ」

「別にいい。それよりも、ほら」

 小夜子は、自分が座り込んだ隣を指差した。隣に座れ、と言っているらしい。

 俺は素直に小夜子の右隣に腰を下ろした。砂の感触がする。

「この浜、火気厳禁だけど」

「別にいいでしょ。アンタたちだってバーベキューやら焚火やらしてたんだし」

「バーベキューは隣のキャンプ場だってば」

 そう言いつつ、俺はポケットからあるものを取り出した。

 それは、線香とライター。

 俺たちは、名も知らぬ友人との別れを済ませる為に、ここまでやってきたのだった。

 

 

 ★

 

 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 俺たちは、座り込みながら合掌しつつ、目を瞑って黙祷を捧げていた。線香は全て灰となり、その残り香が消えてしまうぐらいの時が経っていた。

 どちらともなく、俺たちは合わせた掌を解いた。そして瞼を開け、何気なく目の前の海原を見つめていた。

「本当は、健吾にも手を合わせたかったな......」

 小夜子が呟く。俺は、何とか葬式に間に合ったが、小夜子の目が覚めた時には、健吾は既に遺骨になっていた。納骨はまだ先の予定だからコッソリお墓参りに行くというわけにもいかず、真里谷家に上がりこむ必要がある。そして、このような状況の小夜子が大角寺に現れるのは混乱を生み出しかねない。だから、小夜子には悪いが、大角寺へ行くのは自粛していたのだ。

「健吾なら、大丈夫だよ。アイツと一緒に、俺たちを見守っていてくれるはず」

「うん......そうだね......。健吾、私たちに内緒で立派に戦ってたんだね......」

「あぁ、2年間もずっと独りで。いや、その前からずっと、俺たちのことを見守っててくれたんだ」

 波の音が聞こえる。押し寄せては返す。無限に続くその営みは、例え何があっても不変であり普遍なのだ。

「なぁ、小夜子」

「なによ」

「この世界が特異点って聞いた時、どう思った......?」

 ふと、俺は小夜子へ問い掛ける。中々この二日間、言葉に出せなかった思い。今なら、話せる気がした。

「そうね。まぁ、『なんじゃそりゃ』ってのが半分。結構必死に生きてきたんだけどな。痛みに耐えて学校に行ったり。めちゃしんどかったし。それでもクラブは楽しかったし、あの人と過ごせた日々は幸せだった。色んな思いも何もかも、いつか消えてしまうのかと思ったら、やりきれないってのが本音。でも、」

「でも?」

「ホッとしたのが半分。だって、この特異点がちゃんと修正されれば、――――私のお父さんとお母さんが死なない世界になるって、そういうことでしょ?」

 あぁ、そうだ。小夜子は、今の自分を悔いている。両親のこともそうだ。そんな身体にされてしまったのも、この特異点で鬼・聖杯戦争が起きたからだ。

 そして、それは、俺も同じだ。

「分かるよ。この世界がいつから分岐してしまったのか分からない。でも、もしかしたら俺の母さんも、死ななかった世界があるかもしれない」

「そうだよね。守尭も、そうなんだよね」

「あぁ、それに、俺とお前と健吾が、ずっと仲良しだったかも......」

「............健吾は良いとしても、アンタとはごめんかな」

「おいおい、こういう時はもっと素直になぁ!」

 ふふ、と小夜子が笑う。言葉には出さないが、笑みが物語っている。そうだったらいいな、と。

「でも、俺は無かったことになんて、したくない」

 俺は、複雑な心中を正直に吐露する。

「この特異点にはうんざりだ。でも、ここで出会えた全てを無かったことには出来ない。俺たちを助ける為に、この世界から消えてしまったアイツとの日々を」

 そして、長宗我部元親。くないと過ごした日々も、だ。

「あの人、やっぱり死んじゃったんだよね、守尭」

「あぁ、例の説明にもあっただろ。レイシフト先で死ぬと、元の身体も死ぬ。もし、死ぬ直前に退去がギリギリ間に合ったとしても――――アイツが居たカルデアって組織は壊滅しているんだ。生命維持もされてない。健吾がシバの代わりになって辛うじて繋いで来たアイツの命は、もう繋ぎ止められはしない。既に、カルデアの地下のぶっ壊れちまったコフィンの中で............」

 死体になっているだろう。そんな言葉を言いたくなくて、俺は口を噤んでしまう。

 何度も何度もアイツの残したメッセージを見た。どこかに、抜け道はないのか。アイツが生きている余地があるんじゃないか。考えに考えた。だが、どう考えたって結論は一つ。

 この特異点を修正するための組織のカルデアは、謎の攻撃により壊滅。レイシフトしてやってきたカルデアの魔術師であるアイツは死亡。それ以外は考えられなかった。

「ま! あの人は、あの人のやるべきことをしたってことだよ」

 急に、小夜子が明るい声を出した。無理しているのは明白だった。

「で、この特異点に残された唯一まともなマスターさん。アンタは、この後どうしたいの?」

「俺は......」

 ずっと考えていた。正直悩んでる。悩み続けている。結論なんて出ていない。でも、

 

 

『守尭』

 

 

 心の中で、くないの声が聞こえた気がした。

 実はまだ、あいつと会話できていない。ずっと傍にいるのは感じている。でも、まだ引きこもったまま出てこない。

 でも、時折、頭の中で声がする。本当に話しかけられているのか、幻聴なのかは分からない。ただ、俺はくないから名前を呼ばれる、それだけで気持ちが穏やかになるんだ。

 かけがえのない存在。俺はくないが大切なのだ。

 ............そうだ。そうだった。俺は、誰の為に、この戦いを続けるって決めたんだ?

「なんだ、俺、結論出てんじゃん......」

「うわ、急に独り言とかアンタ、キモい」

「うるせぇ、自問自答してたんだよ。思春期の男子にキモいっていうのは止めてくださいお願いします」

 神様お願いします。特異点が修正されたとき、こいつの口の悪さも修正されますように。

「俺決めたよ小夜子。例え、この命やこの世界が偽りだったとしても、どうせ存在しないモノならば、もうどうなろうと関係ない。守るものが無いんなら、せめて――――果心居士ぶっ倒すべきだろ」

「それ、賛成」

 小夜子は力強く応える。

「最初はさ、こんな戦いを続ける意味ないじゃんって思ったよ。小夜子が言ったみたいに今までの努力とか何だったんだろってさ。でも俺は、くないと出会えたこの特異点、憎みきれないんだよな」

「私だってライダーのこと嫌いじゃないし。でも、守尭、その理屈で言うと、”ずっとランサーと一緒にいるため”に、この特異点を維持し続けようとは思わないの?」

 意地悪な問いをするやつだ。俺の回答なんてわかりきってるくせに。

「んなわけねぇだろ。くないとの出会いに感謝。でも、間違ってる世界は正す。簡単な話だ」

 俺は、語気を強める。

「一緒に居る為に特異点を維持? そしたら人理とやらに異常を来すんだろ? そしたら本当に大切なものも全部壊しちまう。そんなの許せるわけ無い」

 そう、特異点は正さねばならない。例え、くないとの出会いが無かったことになり、――――永遠に離れ離れになったとしても。

「私も、そうだよ」

 小夜子がポツリと呟く。

「全然考えなんてまとまらない。こんな人生嫌だし、やり直したい。でも、やり直すことなんて出来なくて、本来の私が正しい人生を歩むだけ。今ここにいる私は消えちゃうだけ」

「あぁ、そうだな」

「しかも、あの人が居た痕跡も何もかも無くなってしまう。あの人が好きだった私も消えてしまう。そんな哀しいことってある?」

 それは、俺もそうだ。くないと出会ったこと。くないと過ごした日々。くないへの想い。全部が、消えてしまう。

「でも、それは全部間違っている。あの人が命をかけたのはどうして? この特異点を正すため。あの人が私たちに名前を告げなかったのは? 必要以上に慣れ合おうとしなかったのは? それは、あの人自身が健吾との別れで悲しんだから。そして、消えると知っている私たちを気遣ったから。ならば、私はあの人のためにこの特異点を消し去って見せる」

 あぁ。小夜子も、決意したんだな。自分の感情にケリをつけたんだな。

 俺も、同じ思いだよ。くないと出会ったことを無かったことになんてしたくない。だからこそ、やっぱり最初に抱いた感情を大切にしたい。

 この聖杯戦争に勝ちたい。戸次川をひきずったまま、くないを敗者のままになんてさせたくない。くないを勝者にしたい。それが一番良い結末になる。俺は本気でそう思っている。

 後は、くないの気持ち、それだけだ。アイツはこの戦いの果てに何を望む?

 なぁ、くない。聞かせてくれよ、お前の気持ちを。

 

 

 ★

 

 

「そろそろ、良いかな二人とも」

 成田先生が、頃合いを見計らって、近付いてきた。

「あぁ、先生。待たせてしまってすみません。ありがとうございます」

 俺は砂を払いながら、立ち上がる。小夜子に手を貸し、彼女が立ち上がるのを手助けしつつ。

「そして、残念ながら悪いニュースだ」

 先生の様子から、俺たちは察した。やれやれ、こういう時の為に果心居士は仕掛けを施してきたっていうわけか。

 俺たちは周囲を敵によって完全に包囲されていたのだった。

 それは、男性だったり、女性だったり。

 大人だったり、子供だったり、お年寄りだったり。

 コンビニの店員だったり、学生だったり、警察官だったり、医者だったり。

 老若男女の伊蔵市にお住いの市民の皆様100名ほどに、気が付けば囲まれていた。

「これが、お前が夜な夜な準備させられていた、屍人(しびと)って奴か」

「言っとくけど、私は被害者だからね。やりたくてやったわけじゃないし」

 市民の皆様は、ギラギラと眼が紅く輝いている。まるで、サーヴァントの狂化スキルの様だ。足取りはフラフラとし、魔術によって操られている。ゾンビ映画の一幕の様である。

「で、これが、今後ひっきりなしに俺たちに襲い掛かって来るってわけだ」

「そう言うことだね。ちょっと丸腰の僕たちじゃ分が悪いかな?」

 よく見ると、刀や槍や思い思いの武器を所持している。これは果心居士の仕業だろう。魔力による強化もされているようだ。そして、今ここには100名程度だが、街の何割の人たちが屍人にされているのか不明である。

 差し詰め、戦国時代の一向一揆みたいなものだろう。敵は次から次に湧いて出てくる。

「で、小夜子」

「何よ、守尭」

 俺は、小夜子に念のため、確認を取る。

「あの人たち、やっていいよな?」

 小夜子は、少しだけ躊躇しつつも、ハッキリと俺に返答した。

「えぇ、この人たちをこんな姿にしてしまったのは、私のせい。だから、供養してあげて」

 許可は得た。ならば、俺がやることは一つだけ。

「くない。聞こえてんだろ。令呪使われたくなかったら、いっちょ頼むわ」

 

 

「――――『死生知らずの野武士なり』限定解放」

 

 

 久方ぶりに聞こえた、くないの声。

 姿は見えない。だが、いつも通りの景色が見えた。空間を切り裂いて現れた孔。そこから覗く、野武士たち。槍を手にした益荒男どもは、屍人の集団を一気に蹂躙して見せた。

 

 

 ★

 

 

 戦闘は数分も経たずに終わった。

 倒された屍人は、まるでサーヴァントの様に退去を始める。仕組みは分からないが、死体が残らないのは有難かった。今は見知った人は居なかったが、同じ街で暮らす住民たちなのだ。顔見知りと出会った時に、判断が鈍ることも予想される。だから、少しでも戦いの罪悪感が薄れる方が良い。

「小夜子、成田先生」

 戦いを終え、一領具足たちは撤収した。そこに残された二人に対して俺は言葉を投げかける。

「ちょっと、やりたいことがあるんだけど」

 そうして、俺は携帯電話を取り出した。ここ数日ずっと頭の中で考えていた秘策というやつを文章にまとめていたのだ。

「ちょっと、メッセージ送ります。今この場で読んでもらえますか?」

 出来れば、くないには知られたくない。さすがのアイツも、俺の携帯の中まで盗み見はしないだろう。

 どうして、くないには知られたくないのか。それは、アイツが知ったら絶対に止めるに決まっているからだ。

 そうして、二人はその場で送信された文章に目を通してくれたのだが、

「これは......正気かい、守尭くん」

「アンタ、馬鹿だ馬鹿だと思ったけど、ここまで馬鹿だったの?」

 何だかすごい不評だった。まぁ、この二人も嫌がるような気はしていたんだけど。だが、俺も生半可な覚悟じゃない。

「頼む、やらせて欲しいんだ」

 俺の必死の懇願に、成田先生は少し悩むような素振りを見せた後、ポツリと呟く。

「まぁ、悪い手ではないとは思うけど......」

 小夜子はものすごく嫌そうな顔をしつつも、呟く。

「え、これ、私がやるの......マジで言ってる......? まぁ、理屈上は出来なくはないけれど」

 二人の表情を見て察する。口では色々と言いつつも、どうすればこれが実行できるのか、それを考えているような様子だ。

 つまり、乗るか乗らないかで言うと、この二人は乗ったのだ。

「あぁ、マジだ。勝算はわかんないけど、きっと出来る」

 俺は、一呼吸おいて告げる。今なら出来る。俺たちなら出来る。謎の確信があった。

「だってこれって、――――聖杯戦争なんだろ?」

 

 

 

第4章 第3節 了

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