片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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第4章 姫若子の檻 〜第4節 犬と姫〜

「なぁ、守尭。これは一体どういうことか説明してくれるんだろうな」

 蝉の鳴き声が聞こえる。懐かしいあの夏の日と同じ騒がしさだ。

 ここはとある少女の生み出した心象風景。固有結界『幼き日の武道館』の中だった。

 そして、目の前にはセーラー服を身に着けた少女が、仁王立ちして俺の眼前に立ちふさがっていた。身長は俺より小さいのに、異常な威圧感を感じる。

「分かった、ちゃんと話すよ」

 俺の言葉を不機嫌そうに聞くその姿は、くないこと、ランサー・長宗我部元親だった。

「じゃあ、聞かせてくれ。これは一体どういうことなんだ守尭」

 そうして、俺は意を決して告げる。折角、覚悟を決めたのだ。だから、言わなくてはならない。自身の言葉で。

「この戦いを勝ち抜く。そのために」

 一呼吸おいて、言った。

「――――お前との契約を解除する」

 

 

 ★

 

 

 どうしてこうなったのか経緯を説明しよう。名付けて『天岩戸作戦』だ。

 天照大神のように、姿を隠してしまったくないちゃん。どうにか姿を現して欲しいが、困った困った。

 ということで、まず酒を準備します。あとは美味しそうなおつまみも一緒に。

「あれれ~こんなところにキンキンに冷えた純米吟醸が~」

 そして引きこもっているくないに聞こえるようにお酒をしっかりとアピール。するとあら不思議、誰にも顔を合わせたくないからと引きこもっていたくないちゃんですが、こそこそと実体化を始めるではありませんか。

 はい、そこですかさず『固有結界出すお姉さん』こと小夜子が十八番を発動。くないと俺を飲み込んで、作戦終了。固有結界はこうして相手を閉じ込めて、逃走を防ぐ監獄としても役に立つのであった。

 そして、嗚呼哀しいかな。このランサーなるサーヴァント、酒の欲には抗えぬ愚か者だったのである。

『......ねぇ、何で最初からこの手を使わなかったの?』

 小夜子の言葉が脳内に響く。それは言わない約束だ。

 

 

 ★

 

 

 というわけで、やってきました固有結界。まぁ、ここに来ると小夜子にボコられたことを思い出すからあんまり気分はよろしくないのですが。

「くっ、卑怯な真似を......!」

 蝉の声を聞きつつ、くないは心底悔しそうに呟く。お前は囚われの女騎士か。

「いや、そんなこと言える立場じゃないよね。ずっとマスターである俺の呼びかけを無視しといて都合よく酒飲めるとでも思った?」

「いや、その......」

 動揺が見られる。なるほど、罪悪感はあるようだ。

「思った?」

「............ごめんなさい」

 消え入りそうな声で、くないが呟く。いいだろう、ちゃんと反省しなさい。

「まぁ、良い。許す。今は隠れずにちゃんとここに居てくれるし」

 小夜子ありがとう。この固有結界マジ便利。いや、便利屋扱いしたら後でめちゃくちゃ怒るだろうから、これはここだけの秘密だ。

「で、くないさん。俺の話に乗るか、乗らないか、どっちなんだ?」

 と、怒られた子供の様にしょぼくれていたくないは、再び不機嫌そうな表情を浮かべた。

「............や」

「や?」

「や、だ」

 そっぽを向いて、駄々をこねております。俺は何度目か分からないため息を吐いた。

「だから言っただろ? 契約を破棄するって言っても、一時的なものだって」

「嫌なものは嫌なんだ!」

 顔を真っ赤にしながら、子供の様にくないは嫌がっている。

「守尭どうしてだ? こんな役に立たないサーヴァントなんかもう用済みってことなのか?」

「いや、違う違う。ちゃんと話を聞きなさいよ」

 さっきから説明しようとする度に駄々をこねる始末。全く話が進まない。

「だってだって」

「だってじゃないの!」

 と、途端に結界の中に、妙な気配が漂った。

『はいはい、早くしてよね。小夜子さんの魔力だって無限じゃないんだから。聖晶石のストックは割と残ってるけど、使い切りなの。補給は出来ないんだからね』

 天の声が聞こえる。この世界のゴッドこと、小夜子様だ。

『いい? ランサー。これは大切な話なの。お願いだから、守尭の話を聞いて』

「むぅ、小夜子殿に言われたら......仕方ないのう......」

 おいおい、どうしてお前は俺以外の言葉は素直に聞くのかしら。いかにも「ほら、じゃあ話すがいい」とちょっと偉そうにそこに佇んでんじゃないっての。

 ねぇ、くないさん。この小夜子っていう暴力女はね、お前に貧乳っていう暴言を吐いた不届き者だってこと、忘れてませんかね?

 と、まぁ、戯言もこの辺にして、そろそろ本題に入ることにする。折角、小夜子が固有結界を発動してくれたのだ。ここなら外から邪魔されることなく話が出来る。

「いいか? まず、俺が無い頭を振り絞って考えた仮説を聞いてくれ」

 くないは、渋々ではあるが、頷いた。

「まず、現状を確認しよう。これは鬼・聖杯戦争という聖杯を巡って行われた魔術儀式である――――という前提条件はひっくり返ったわけだ」

「......そうだな、守尭の言う通りだ。確かに我々が呼び出されたのは聖杯の力に拠るものだろう。だが、そもそもの前提として、この世界は特異点だ」

 くないも、長らく姿を消してはいたが、ちゃんと話は理解できているようだ。

「そう、これは特異点。果心居士によって生み出された世界。擬似的な聖杯戦争が行われるという設定の特異点に過ぎない。だから、この戦いに勝ち残ったとしても、聖杯が手に入るというわけではない。何故なら、聖杯は間違いなく果心居士が握っており、奴の性格上聖杯を手放すことなんてあり得ないからだ」

 くないは、俺の言葉を聞いている。否定が無いということは、くないも同じ考えを持っているということだ。

「じゃあ、果心居士を倒したとしたら? その場合、この特異点を生み出した元凶が消えるわけだから、そのままこの特異点は消えるだけだ。俺や小夜子、成田先生はこの特異点の住人だから世界と共に消滅し、お前もこの特異点から退去するだけだ。何も得られないし、何も残らない。この伊蔵市が、本来のあるべき姿に戻るだけだ。――――それは、理解しているな?」

「あぁ、理解している」

 くないは、感情を見せない。押し殺しているように見える。

「だが、ここで疑問が残るんだ。果心居士を倒せば、この特異点は消える。だが、アイツがこの特異点を生み出したその根源には聖杯がある」

 くないは、きょとんとして俺の顔を見る。まだ、言わんとすることが分かっていないようだ。

「ここで重要なのはカルデアだ。カルデアはこの特異点に眼を付けていた。彼らは、聖杯探索とその回収が目的だ。それにより、特異点を解消し歴史をあるべき姿に戻しているんだ。だが、カルデアから来た魔術師は死んだ」

 俺は、大切な友人の姿を思い出す。

「つまり、カルデアはこの聖杯の回収に失敗している。これ以上の助力は見込めないだろう。間違いなく、カルデアはこの世界には来ない」

 俺は一呼吸おいて、言葉を紡ぐ。

「じゃあ、特異点が消える直前、奴から聖杯を奪い取ることが出来たら?」

「な!?」

 くないの眼が見開かれた。

「じゃあ、言葉を変えよう。俺たちが奴から聖杯を奪おうとした場合に、――――カルデアの邪魔は入らない」

「そ、それは......」

「そう、俺たちが聖杯を手に入れ、その聖杯の力で新たな世界を生み出したり、この世界の存続を願ったとしたら.....?」

 くないの瞳に、揺らぎが見えた。

 寝食を共にして分かった。一緒に買い物に出かけた。アイスクリームを一緒に食べた。一緒に手を繋いで帰った。今はもう亡き仲間たちとバーベキューをして楽しんだ。そして、くないは、もし生まれ変わったのなら、この世界で過ごしてみたいと微笑んでいた。

 聖杯を手にすれば、夢が叶うのでは無いだろうか。こんなクソみたいな戦いから開放されて、新たな生を歩むことが出来るかもしれない。そんな、儚い願いを妄想することなど容易い。

 恐らく、俺のパートナーは、俺と同じことを考えているのだろう。

「............守尭」

「あぁ」

 そして、それが叶うことは無いということも、分かっている。

 

 

「守尭、それは無理だな」

 

 

 くないは、俺と同じ考えに至っていた。

「そんなことは出来ない。特に、守堯の性格からして、ありえない」

「くないこそ、無理だろ。そんなことを見過ごせるほど、お前は自らに甘くない」

 そう、何故なら、それは新たなる特異点を生み出すということだから。俺たちが世界の敵になるということだから。

 そんなこと、俺とくないは、望まない。

 これではっきりした。俺とくないは、聖杯を捨てる。それを前提として戦うということを今この場で、明らかとしたのだ。

「俺たちは聖杯を手に入れない。そうじゃないと、俺たちがあのクソみてぇな果心居士と一緒になってしまう。人理が紡がれるこの世界において、特異点はあってはならないんだ。特異点の存在は人類の歴史を滅ぼすことに繋がる」

 俺は、淡々と説明を続けた。

「じゃあ特異点の維持や新たな特異点の創造以外に、聖杯を使う場合。それは内容次第だが、そもそも聖杯を使うべきではないと考える。ただでさえここは特異点だ。下手なことをするべきではない。この世界がどんなものに変質するか分かったものじゃない。だから、ここで聖杯を使用するという選択肢が、まずあり得ないんだ。手に入れても、何の意味も無い」

 くないは、頷きもせず俺の話を聞いている。その心の奥底にはどんな感情が芽生えているのだろうか。

「むしろ、聖杯を壊してしまった方が良いかもしれない。聖杯回収のエキスパートであるカルデアの助力が見込めないのなら、俺たちが動かない方が良い。万が一、カルデアの誰かが生き残っていて、本来の活動を継続していたとしても、現時点でそんな不確定要素に賭けることは出来ない。聖杯を回収し運用することが出来ない上、誰かに悪用される可能性があるのなら、――――聖杯を壊して、俺はこの世界の役目を終わらせたい」

 それが、皆で考えた結論だ。

 あぁ、改めて言葉にすると辛いものがある。だって、そうだろう。俺たちは、自らの存在を消し去るために戦うのだ。

「だから、くない。改めて、お前の意志を問いたい。さっきお前は、聖杯を手に入れるのは無理だと言った。だが、有無を言わせずお前を付き合わせることを俺は望んではいない。よく考えたうえで、決断を下して欲しい。――――こんな俺たちに付いてきてくれるか?」

 俺はくないを正面に見据えた。言葉を待つ。

 それはたった数秒にしか過ぎなかっただろう。だが、彼女の唇が動くまでの時間は、無限にも思えるほど、焦れた。

 そうして、くないは俺に回答を突きつける。

「............聖杯を破壊し、この世界を終わらせる。それに異論は無い」

 瞬間、肩の荷が下りた思いだった。

 くないなら、賛同してくれるとは信じていた。だが、彼女の意志を確認するというのは、緊張するものだ。これで、ようやく作戦を実行できる。

 と、くないの顔を見た。その表情は陰っていた。俯きながら、言葉を飲み込んでいる。

「どうした、くない」

「............一つだけ、聞いていいか」

 くないは、今にも泣き出しそうな表情で、ポツリと呟く。

「なら、どうして、契約を破棄するんだ」

 その表情に、胸が痛んだ。

「何か意図があってやろうとしていることは分かっている。そして、特異点は消し去らなくてはいけないことも分かっている。でも、私は、守尭と共に戦いたい。これから守尭はその理由を説明してくれるのだろう。守尭が一生懸命考えた作戦だ、それは無下にはできないし、効果があるのだと思う。そう、信じている。でも、でも!」

 くないは、唇を震わせる。

「例え一時的にでも、契約を解除するのは――――耐えられない」

 耐えられないのは、俺の方かも知れなかった。

 目の前で、大切な相棒がこれだけ嫌がっている。それを無理強いするのか。こんなにも嫌がっているのに。

「............ちくしょう」

 でも、ここで退くわけにはいかない。折れるわけにはいかない。ここでブレるわけにはいかない。俺は覚悟を決めたんじゃなかったのか。

 作戦変更だ。こうなったら、手段を選んでいる暇は、無い。

「............じゃあ、言ってやるよ」

 俺は、自身の胸に手を当てる。身体の奥底に意識を集中させる。イメージは刀。鋭き刃。その形を具現化させる。

『肩に力が入ってるぞ』

 今は亡きある人の言葉を思い出す。短い間だったが師と呼べる人物。いや英霊だった。その人の言葉が、俺の中に息づいている。

 深呼吸を一つ、二つ。全身をリラックスさせる。そして――――

「抜刀」

 ほんの一瞬。体内に魔力を循環させる。それは、刀を抜き放つイメージ。そして、その魔力の流れに身を任せて、俺は胸から刀を引き抜いた。

「あのさ、くない。言いたいことがあるんだけど」

 そして俺は、引き抜いた刀を自らの首に当てて、

「お前――――俺のこと、何だと思ってんの?」

 首筋を掻き切った。

 

 

 ★

 

 

 血は、出なかった。むしろ、気分が良かった。

「お前さ、息子の信親だっけ。俺に重ね合わせてるんじゃないの?」

 次は、腹だ。あぁ、痛くない。

「なぁ、くない。お前さ、俺と契約を解除したくないとか言ってるけど、それってどの感情で言ってるわけ?」

 次は、足だ。全くもって、痛くない。

「俺は、お前の息子じゃない」

 次は、手首だ。痛くない。でも――――

「俺は、お前にとって何なんだ?」

 ――――心が痛い。

 ずっと、自分の中でぐるぐると考えていた。どうして、くないは俺と共に居てくれるのだろうと。マスターとサーヴァント。そう言って片付けてしまえば、簡単なのだろう。

 でも、アイツが見せる微笑みに、俺は心が揺さぶられてばかりなのだ。

 

 

 そう。俺は、くないを愛している。

 

 

 出会ってからまだ一週間程度しか過ごしていない。浅い付き合いだと言われればそれは否定しない。だが、期間など問題だろうか。令呪で結ばれた俺たちは、強い繋がりを持っていると確信している。

 でも、唯一分からないことがある。

「お前は、俺の事をどう思っているんだ」

 我ながら酷いと思う。

 俺は、くないに自分の想いを打ち明けるつもりはない。度胸が無い、と言えばその通りだ。好意を抱いているという事実を、明らかにするつもりはない。とんだヘタレ野郎だ。

 だが、くないにはそれを求めている。俺の事をどう思っているのか、言葉にして欲しい。例えそれが、まやかしだったとしても。

 俺は、手にした刀をくないへと向けた。

「なぁ、教えてくれ。頼む」

「............守尭」

 くないは、顔を伏せながら呟く。その言葉は、震えていた。

「私は、お前のことを............」

 くないが恐る恐る口を開こうとした、その瞬間。

 

 

「ごめん、くない」

 

 

 俺の刃は、くないの心臓を貫いた。

 

 

 ★

 

 

【ランサー・長宗我部元親の視点】

 

 

 守尭の手にした刀は、綺麗に私の心臓を貫いていた。

 だが、そこから血は流れない。むしろ、何かが浄化されていくような気分だ。自分の心の奥底に潜む、暗い何かが、溶けていくような。

「ごめん、くない。さっきの言葉、冗談だ」

 そう言って、目の前のマスター・犬塚守尭は悲しそうに微笑んでいた。

「お前の言葉、結構刺さったよ。耐えられない、か。俺も正直な所、耐えられないかも知れない」

 その微笑みが、チクリと胸に刺さる。

「いくら、敵を倒すからって言って、お前の感情抜きにして色々と勝手に決めすぎてたよな。ほんと、ごめんな」

 どうしたんだろう、守尭の身体が光っていた。強い魔力を感じる。

「あぁ、これか。さっき、自分で自分に刃を突き立ててただろう? 俺の身体のあちこちには、この能力を封じる封印が施されていた、らしい。ほら血の一滴も流れてないだろ? 何なら、めちゃくちゃ魔力を感じる。今の俺は、自分の対魔の能力で、自らのリミッターを壊したんだよ。だから、今もこうやって――――お前の中の鬼を殺している」

「鬼を......殺す......?」

 何を言っているんだ。私は、鬼若子。鬼を殺すなど、私・長宗我部元親を殺すことと同義では無いか。

「俺が知っているお前の弱点その一。信親のことを言うと、お前は心を乱す。だから、わざと言って見せたんだ。俺をお前の息子と同一視すんなってな。そう言うことで、お前は心の奥底に眠る負の感情を活性化させる。俺の眼でも捉えられるぐらいまで、くっきりとな。だから、狙いも定めやすくなる。その負の感情を消滅させること。それが、俺の作戦なんだよ」

 負の感情を、消滅させる、だと?

「負。ネガティブ。自己否定。いろんな表現があるけれど、それらを総称して、俺はこう定義してみた。そういった心の弱さを具現化したものが、”鬼”なんじゃないかって」

「............馬鹿な、鬼とは強いものの例えだ。数多くの武士達が、鬼と称されてきたんだぞ? セイバーや、アーチャーを見ただろう?」

「それ半分正解で半分間違いだ。確かに鬼とは強いもの。それと同時に、歴史上の敗者でもある。おとぎ話の鬼たちは、常に何者かに退治されたり、疎まれる存在なんだよ」

 私は、守尭の言葉を否定をしたいと同時に、守尭の考えを素直に受け入れていてもいた。否定できない部分が多々ある為だ。

 セイバーは、主家である大友家を救えなかった。

 アーチャーは、先祖代々の地である常陸国を手放すこととなった。

 ライダーは、我らが長宗我部軍によって多くの部下と領地を失った。

 アサシンも、何かしらの自責の念を抱いているように見えた。

 そして、バーサーカー。

 彼ら鬼島津は、数多くの勝利も得たが、同時に多くの敗北も経験している。何よりも、島津四兄弟は最終的にバラバラになってしまった。

 四男の家久は若くして病で亡くなる。しかも不可解な死だった。豊臣家によって葬られたという噂も流れていた。

 三男の歳久は謀反の疑いで自刃する。それも豊臣家に逆らう形で。知略に優れた歳久を恐れたが故とも聞いた。

 長男の義久と次男の義弘は政治的に対立する。それも豊臣家による戦力分断の策略によるものだった。一つの大名家に、二人の当主が存在するかのような権力構造は、中央の流れについていくことは難しく、島津家は関ヶ原の戦いにたった千人程度の少ない兵数で参加することとなり、退却時に一族の島津豊久が戦死する遠因を作っている。

 四兄弟は、時代の流れに抗えず、引き裂かれてしまったのだ。

 勿論、私・長宗我部元親は、説明するまでもないだろう。

 鬼とは、悲しき宿命を背負った、歴史上の敗者。そして、心の弱さを持つ者。確かに相違なかった。

「気が付いたのは、狂化スキルがきっかけだった。あんな黒い炎を身に纏って禍々しい姿になるんだ。しかも、自分の姿を隠すように、だ。サーヴァントは英霊だ。英霊がその姿を隠すということは、後ろ暗い何かがあるからだろうって思ったんだ。そして、くないについて調べたこと。それも仮説を導き出す一要因になった」

「それは一体......?」

 そうして、守尭は私を正面から見つめ、言った。

「くないは、狂化スキルを使わなかった。いや、使えなかったんだ」

 そうして守尭は続ける。

「何故ならば、今のくないは”鬼若子”なんかじゃない。”姫若子”なんだよ」

 あまりの衝撃で、一瞬言葉を失った。今の私は”姫若子”、だと?

「ばっ、馬鹿なことを言うな! 姫若子っていうのは、私の若い頃のことだ! 惨めで愚かな蔑称だ。守尭、お前は私を馬鹿にしているのか!?」

「いや、今のくないは、間違いなく”姫若子”だ。それを無理やり鬼サーヴァントとして召喚されているから、その真価を発揮できていない」

 確かに思い当たる点はあった。私は狂化スキルを使えない。いや、使うという選択肢すら思い浮かばなかった。

「分かるか、くない。お前は紛い物の鬼サーヴァントなんだ。だから全力で戦えない。証拠に、いくら鬼島津が最強とは言ったって、長宗我部元親も四国の覇者。目の前に現れただけで、足がすくんで立てないなんて、絶対におかしい」

 守尭は刀を握る力を強めた。刃を通じて、守尭の魔力が流れ込んでくる。私の奥底に眠る、どす黒い何かが消えていく。

「姫若子は、幼いころの引っ込み思案で引きこもりで何もしない暗愚な若君のこと。鬼若子は、初陣を終え鬼神の如き活躍で四国を統一していく英雄たる姿のこと。でも、鬼とは心の弱さであり、ネガティブな物だ。つまり、前提条件が間違っていたんだ」

 そうして、守尭は言い放つ。

 

 

「全盛期の戦国大名である元親が”姫”であり、黒歴史とも言うべき幼少期や晩年の元親が”鬼”なんじゃないのか?」

 

 

「そ、んな......」

「だって、お前の霊基再臨の姿を思い出してみろよ」

 私は思い出す。七つ片喰の家紋をあしらった、深紅の羽織姿。

「そう、甲冑でも具足でもない。女性ものの羽織だ」

 つまり、根本の性質は――――”姫”ということ。

「お前は戦うときにセーラー服に拘った。あくまで、女性であることに拘った」

 否定できない。むしろ、しっくりくる回答だった。

「その仮説が正しければ、全てが説明できるんだ。ライダーと一緒だよ。鬼ではないものが鬼として召喚されている。その場合、真価を発揮できない。”姫若子”であるお前が、バーサークランサーとして召喚されている以上、黒歴史である幼少期と晩年の逸話が、お前のステータスを引き下げているに違いない。確かにこの聖杯戦争は鬼か鬼でないかが重要だと言われている。しかし、長宗我部元親は鬼である限り、必ず敗北を迎えるんだよ。幼少期と晩年の枷を嵌められていては、勝てるものも勝てない。それこそ鬼の権化のような、鬼島津と同じ土俵では、ね」

 守尭は言葉を区切った。その表情には決意が滲んでいた。

「だからこそ、契約を解除するんだ」

 ああ、そう言うことだったのか。私は、守尭の意図を、ようやく理解した。

「鬼同士では勝てないなら、鬼で無くなればいい。四国統一に乗り出していた、前向きで才気に満ち溢れていた長宗我部元親の姿を取り戻せば良い。バーサークランサーではなく、ただのランサーとして霊基再臨すれば良い」

「で、でも、鬼でなくなるだなんて、本当に大丈夫なのか?」

「それは、分からない。正直、賭けには違いない」

 だが、守尭の表情は崩れない。守尭は、分かっているのだ。これしか方法はない、と。

「島津四兄弟は、確実に鬼サーヴァントとしては最強だろう。と、同時に、心の中に抱える闇も一番大きいはず。そこに付け入る隙は必ずある。あと、くないが鬼で無くなることで失われる能力よりも、自身の心の弱さを切って捨て、全盛期の力を取り戻すことでの得られる能力の方が、絶対に強い」

 守尭の目には自信が満ちていた。

「心配すんなって! お前のことは俺が一番良くわかってる。もうちょっと待ってろよ。もうすぐお前の中の”鬼”を、全て切除するから」

 自身にかけられた封印を解いた守尭の能力は凄まじいものだ。さっきまで我が身を支配していた負の感情は、もはや塵一つぐらいしか残されていない。

 ふと、私は疑問に思った。守尭に封印を施したのは、守尭の母親なのだろう。あの真里谷健吾に成り代わっていたカルデアの魔術師のメッセージにも、そう明言されていた。

 では、根本的な問題だ。守尭は、一体何と呼ばれる能力をその身に宿しているのだろうか。

「そろそろ、全部終わったかな」

「............あっ」

 するり、と刀は私の身体から引き抜かれた。痛みは無いと分かってはいても、声が漏れてしまう。

 そもそも、この刀は実体を斬ることは出来ないのだろうか。魔術や魔力と言ったものだけを的確に破壊や切除することが出来る代物なのだろうか。

 疑念は尽きない。

「じゃあ、契約を一旦破棄する。そして、もう一度契約をし直すんだ。そうすることで、お前はバーサークランサーではなく、ランサーとしてこの世界に再召喚される。正しく全盛期の能力でな」

「わ、わかった......」

「なんだよ、ビビってんのか? それとも俺のことが信じられない?」

「ちが、そういうわけじゃないけど。マスターが居ない状態っていうのは不安定な状態らしいから。だから」

「だから?」

「は、早く、再契約しろよな、守尭」

 と、私の言葉を聞いた守尭の動きが止まった。妙な違和感があった。

「どうした?」

「............あ、いや、何でもない。じゃあ契約を解除するからな」

 そういうと、守尭は自身の掌の甲に、刃を近づけた。契約の証である令呪が一画のみ残されていた。そう言えば聞いたな。小夜子殿の令呪に刀を当てて、ライダーとの契約を解除したとか。

 そうして、刃は令呪に触れた。私の中で、プツリと音がした。何かの回線が切れるような音とともに、マスターとの繋がりが絶たれた。上手く説明できないが、間違いなく今の私はマスターの居ないはぐれサーヴァントになったのだ。

 そして、急に訪れる眠気。なんだか、意識が朦朧としてくる。パスが途切れたからだろうか。存在を保てなくなるような感覚がする。

「おっと、疲れてるみたいだな、くない」

 身体が抱きかかえられたような感覚がする。守尭の、匂いがする。

「なんだか、眠いよ、守尭」

「あぁ、おやすみ。くない」

 そうして、私の意識は闇に落ちた。

 

 

 ★

 

 

WARNING!! WARNING!!

マスターとの契約が解除されました

早く契約を行ってください

 

制限時間内に再契約を行わないと、

聖杯戦争からリタイアとなります

 

再契約のリミットまで300秒

再契約のリミットまで299秒

再契約のリミットまで298秒

 

 

 ★

 

 

【ランサー・長宗我部元親の視点】

 

 

 暗い暗い、海の底にいるみたいだ。

 私は、ゆったりと漂う海月のように、その場にいた。

 その海の底には、膝を抱えてうずくまる幼子が居た。年端もいかぬその姿は少女だった。少女なのに、男物の着物を着させられ、泣きじゃくっていた。

 嗚呼、そうだ。これは、幼き頃の私だ。

 女として生まれたにも関わらず、弥三郎と名づけられ、父・国親によって男として育てられていた。弓や槍の稽古なんかやりたくもなかった。武術なら弟の親貞の方が上手だったし、勉学なら弟の親泰の方が賢くて優れていた。どうして私が、跡継ぎにさせられたのか全く理解できず、周りからは陰口を叩かれていた。

 姫若子、と。

 そして、今なら分かる。幼き頃の私は、黒い炎を身に纏っていたのだ。その炎は常人では目にすることができないものだが、確実に我が心を蝕んでいった。心の中に”鬼”を飼っていたのだ。

 あぁ、そうなのだ。私は、鬼若子として生まれ、初陣を得たあの戦で鬼から解放されたのだ。それこそ、戦国大名・長宗我部元親の全盛期は、姫若子として過ごしたのだ。姫子のように天真爛漫に自由気ままに、四国のありとあらゆる戦場を駆け巡ったのだ。そして、戸次川の敗戦をきっかけとして、再び心の奥底に”鬼”を飼うようになってしまったのだ。

 守尭の言った通りだ。

 長宗我部元親は、鬼若子である限り、この戦いには勝てない。

 我は、姫若子。それで良いのだ。

「さらばだ、幼き日の私」

 そう呟いた途端、身体は急浮上を始める。まるで鯨が海面を目指すように。どこまでも広がる青空を見に行く。そこで、いっぱいの空気を吸い込むのだ。

 新しい自分に生まれ変わるような感覚。

 鯨波。我が槍の名のごとく、荒波を起こすべく、私は海面へ一直線に浮上した。

 

 

 ★

 

 

 私は目を覚ました。何やら固い床に横たわっている。

「ここは、先ほどの固有結界の中か?」

 そうでは無かった。見慣れた、成田左近の自宅だった。かつて皆で朝食を食べた和室。セイバーが釣り野伏せについて将棋の駒で解説していたことを思い出す。

 その部屋のど真ん中に、私は仰向けで寝そべっていた。

「おーい、守尭ー? どこにいるんだー?」

 返事は、無い。あいつ一体どこにいったんだ、全く。

 と、そこで異変に気が付く。守尭の魔力を、感じられないのだ。

「守尭......?」

 呼んでも応答は無い。

 念話を試みようとする。しかし、語りかけることは出来ず、ただ時間のみが過ぎていく。

「これは、一体......」

「おや、起きたみたいだねランサー」

 と、急に姿を現したのは、成田左近だった。

「成田左近......どういうことか、説明しろ」

 やれやれと言いつつ、成田は私の傍に座り込んだ。

「再会して早々呼び捨てって言うのは良くないんじゃないかな。仮にも僕はマスターな訳であって、さ」

「マスター? 一体何を言って......」

 その瞬間、魔力の巡りを感じた。これは、まさか......

「あぁ、悪く思わないでくれ。君がリタイアしないようにこうさせてもらっている」

 そうして、成田左近は手の甲を掲げた。そこには、令呪が一画。紅く輝いていた。

「問うてくれても構わないよ。『あなたが私のマスターか?』ってね」

 

 

 犬塚守尭と、千葉小夜子は、失踪した。

 私は、成田左近のサーヴァントとして、現界したのだった。

 もう、守尭の槍として戦うことは、出来ない。

 

 

 ★

 

 

【システムメッセージ】

主人公・犬塚守尭はロストしました

主人公が設定されていません

 

以後の物語を読み進めるために

主人公を設定してください

 

 

 

 

 

▼『くない』

 『成田左近』

 『果心居士』

 『島津四兄弟』

 

 

 

 

『くない』 を選択します

よろしいですか?

 

 

 

 

▼はい

 いいえ

 

 

 

 

『くない』 を選択しました

引き続き物語をお楽しみください

 

 

 

 ★

 

 

サーヴァント情報更新

サーヴァント・ランサー[NEW!!]

 

真名:長宗我部元親

通称:姫若子[NEW!!]

宝具:死生知らずの野武士なり

マスター:成田左近[NEW!!]

 

 

 

第4章 第4節 了

次へ進みますか?

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