片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~   作:斑鳩古都

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プロローグを終えて、ようやく物語が動き出します。
第1章タイトルの「公饗(くぎょう)に檜扇(ひおうぎ)」とは一体何なのか...?


第1章 公饗に檜扇
第1章 公饗に檜扇 〜第1節 まずは自己紹介から〜


 目が覚めると、俺の枕元には警察が正座していた。

「君が、犬塚守尭くんだね?」

 警察手帳を掲げると刑事さんは自らの名前を結城(ゆうき)と名乗った。年のころは30代後半~40代前半で、恰幅の良い熊さんのような体型。服装は、警察の制服ではなく、グレーの上下のスーツ姿でネクタイは外している。言われなければ刑事とは気が付かないような恰好で、ニコニコしながら俺に話しかける。

「ごめんねぇ、急に押しかけて。身体はしんどくないかな?」

 ふわりと良い香りがした。恐らく、この刑事さんの香水だろうか。俺はそんなことを思いながら、自身の身体について感覚を研ぎ澄ます。

「......身体は、なんだか重いというか。特に背中とかが打ち身のように痛いし、それになんだか、頭が痛いです」

 ズキリと、何かが痛む感覚があった。まるで脊椎を貫くような、何かが。

「そういえば、ここ......うちの家、ですか?」

 そもそも、なんで寝ていたのだろう。

 俺は、我が家――ばあちゃん家の仏壇の間にいた。畳の上に普段使わない来客用の布団が敷かれており、俺はそこに寝かされていたようだ。どうして”寝かされた”という表現なのかというと、昨日の服装そのままで寝ていたからだ。普段は寝るときにはパジャマに着替えているはずなのに。そうではないということが、何か異常事態があったということだ。しかし、まだ頭に靄がかかったようでハッキリとしない。

 そうして、昨夜に何があったのか、思い出せずにいると、

 

 

『問おう――――貴殿が、私のマスターか』

 

 

「あっ」

 急に昨日のことがフラッシュバックする。そうだよ、アイツ、アイツはどこに行ったんだ。セーラー服のあの少女は。

「えーっと、よく分かっていないようだから、説明するね」

 結城さんは、布団に横たわる俺に向かって、正座の姿勢を崩さずに答える。

「君は、昨夜遅くに、大角寺で気を失っているのを、住職の真里谷(まりやつ)さんが見つけたんだ」

 真里谷。それは、健吾の親父さんのことだろう。

「そこで、とても言いづらいし、聞きづらいんだけどもね」

 結城さんはそこで、少し躊躇しながらも、

「昨晩、君は大角寺で何をしていたのかな?」

 暗に、『あの惨劇について何を知っている?』という疑いの目を向けてきた。

 

 

 そう、友人の真里谷健吾は、何者かに襲われ殺されたのだ。

 そして、その現場には気絶した俺だけが残されており、ドラマなんかで見るいわゆる事情聴取を受けているわけだ。

 

 

 ★

 

 

「すまなかったね。具合が悪い中、色々と聞いてしまって」

 結城さんは、30分ほど俺に事情聴取を行うと、そろそろお暇すると申し出た。

 俺は昨日のことを全て正直に言っても信じてもらえないと思い、肝心なところはぼかしつつ、大角寺に行った経緯や状況などを説明した。友達の家に遊びに行き寝てしまったこと。目覚めたら悲鳴が聞こえたので駆け付けたところ、友人の死体があったこと。そして、犯人と思われる正体不明の何者かに俺は突き飛ばされて、木戸に身体を打ち付けて気を失ってしまったこと。犯人の顔は良く見えず、自分も錯乱していたため何も覚えていない。そんなことを答えた。

 あんなこと、言えるわけがない。

 赤く輝く瞳と、黒い炎をまとった人外の化け物。火縄銃を操り、そいつらを追っ払ったセーラー服の少女。そして、右の手の甲に刻まれた”令呪”と呼ばれた紋様。

 そして俺は殺される所だったのだ。真っ二つにされてしまった健吾の遺体を思い出す。

 普通の人間なら、耐えられるわけが無い。無いはず、なのだが。正直に言おう。自分でもびっくりするぐらい、健吾の死を受け止めている。

 思ったより取り乱していないし、少し胸がざわつく気分はするが、動悸が止まらなくなるほどパニックにはなっていない。

 一体、どうしてしまったのか。普段から悪態はつけども、それはじゃれ合っていたに過ぎない。とても仲の良い、大切な友達だったのだ。そんな友達が亡くなったというのに、どうして涙の一つも出ないのだろう。

 まるで自分が自分じゃないみたいだ。どうして、こんなにも、それこそ人が生まれ変わったかのように、冷静でいるのだろう。

 ただ一つ、俺は事実を受け止める。

 健吾は、死んだのだ。

 明日はお通夜で、明後日には葬儀が営まれると、ついさっき結城さんから聞いた。

「じゃあ、ご協力感謝します」

 結城さんは、俺に一礼して立ち上がろうとして、ふと思い出したように言った。

「そういえば、犬塚君。君のお母さんと僕は、知り合いでね」

「......そう、なんですか」

 母、と聞いて心が揺れ動く。健吾の死には動揺を示さなかったくせに。

「実は君のことも知ってるんだ。昔お母さんに連れられて城跡近くの武道館でやってた剣道の道場に通ってたでしょ? 警察官はさ、武道をたしなむ義務があってね。僕は元々柔道部だったんだけど、剣道はからっきしで」

 柔道経験者だったのか。通りで熊のような立派な身体付きだ。

「竹刀さばきがね、なかなか難しい。上手になりたくてね、自主的に町の道場にも通ったりしたんだけど。そこで――君のお母さんにも稽古をつけてもらったよ」

 母が生きていれば、結城さんとは同い年ぐらいだろうか。そこまで歳が離れていないのに、わざわざ稽古をつけてもらったという表現は、恐らく、

「......母、強かったですか?」

「あぁ、恐ろしく強かったよ」

 とてもかないっこなかったのだろう。そして、結城さんは過去に思いを馳せるように、

「それこそ、鬼のような強さだった」

 遠くを見つめながら言った。

 鬼。その言葉がどこかで引っかかりながら、俺は結城さんを見送った。

 

 

 ★

 

 

【とある男の思考】

 

 当初の計画からは変わってしまっている。でも、これぐらいのテコ入れは、エンターテイメントにはつきものだ。

 どうやら、私の邪魔をしようとしている存在もいるようだし、このイレギュラーはそういうことなのだろう。

 まぁ、いい。

 既に物語の幕は上がっている。

 犬塚守尭か。私の勘では、この少年には何かが隠されている。そうじゃなければ昨日死ぬ予定だったのに、あんな強いサーヴァントを召喚出来たりはしない。

 はてさて、どう動こうか。

 とりあえず、ライダーあたりを今夜にでももっかいぶつけることとしよう。何やら因縁もあるみたいだし。やる気出して頑張ってくれるでしょ。

 あぁ、マスターの方は、大丈夫。まだまだ持つと思うし。何かあればまた石でも埋め込むさ。

 その時は、流石に――死んじゃうかもしれないけどね。

 

 

 ★

 

 

「めちゃくちゃ疲れた……」

 結城さんを見送った後、どっと疲労が押し寄せてきた。

「いや~刑事さんと話すなんて緊張するって」

 夜中に無灯火で自転車を走らせてた時に怒られたのを思い出す。やはり国家権力というのは精神をすり減らす。

 俺は、眠気に耐えることが出来なくなり、もう一度布団の中へ戻ろうとする。春休みなのだ、昼から惰眠をむさぼっても罰はあたるまい。

 そうして、布団に潜り込もうとする。よく見ると、枕元にばあちゃんの達筆な字で書置きがされていた。「買い物に行ってくるけ、大人しく寝とれ」ってさ。時計を見ると昼の11時近い。

「まぁ、ばあちゃん帰ってくるまで、寝るか」

 俺は疲れから来る眠気にその身を委ねて、いそいそと布団の中に潜り込み、そのまま瞼を閉じた。

 あぁ、なんだかとても疲れた。このまま眠ってしまおうと思ったが、しばらくして――妙な違和感を感じた。

 

 

「――いや、待て。ばあちゃんは買い物に行ってた。未成年者以外、他に誰もいないのに。どうして結城さんは、人の家に上がり込んで、俺の枕元で座ってたんだ? なんでそんな、非常識なこと......」

「ほう、そこに気が付くとは、貴殿は割と勘が鋭いな」

 

 

 突然の言葉。

 それもそのはず。声が聞こえた後に瞬きをすると、文字通り一瞬のうちに、そこに居なかったある者が目の前に現れた。

 急に腹部の上に感じる重み。え、という疑問は、聞き覚えのある少女の声に遮られた。

「すまぬ、出てくる場所を間違えた。まぁ、座り心地は悪くない」

 何者かが、仰向けに寝転んだ俺の腹の上に馬乗りの体制で、座っているのだ。

 紺色のセーラー服に、赤いリボン。長い黒髪を手でかきあげながら、ランサーと名乗った少女がそこに居た。先ほどまで何もなかったのに。

「――やぁ、目が覚めたかマスター」

 そう言うと、少女は少しだけ微笑んで、ある提案を投げかける。

「まずは自己紹介と行こう」

 

 

 ★

 

 

 人間びっくりすると、眠気も吹き飛び、何もかもすんなり受け入れてしまうものだ。

 どうして、何もない空間から人が出てきたのか。どうして昨晩の少女が俺の腹の上に馬乗りになっているのか。そしてさも当然のように我が家に居座っているのか。

「あぁ、お構いなく。飲み物は何でも飲むぞ」

 お構いなくって言葉は、『飲み物やお菓子といった来客への配慮は結構ですからね~』という意味であって、『あ、自分好き嫌い無いんで。何でも食うし飲むんで。何なら早く寄越しなさい』って意味ではないと思うのだが。

 なんでそんな偉そうなの?

「せっかく貴殿と語らうのだ、盃を交わすって感じで、日本酒かなんかあると嬉しいのだが」

 ついには酒をせびりはじめたぞこの女。というか、セーラー服着てるけど、未成年じゃないのか。

「.......よもや、私のことを子供だと思っているのか?」

 なんで心を読まれたんだ!? というかこの見た目で成人済みだというのか!

 今、俺たちは我が家の台所にいる。自己紹介をしようというこの少女の提案に乗ったのだが、どうにも仏壇の前というのが気になるので、普段ご飯を食べている台所に来たのだ。

 我が家は少々年季の入った築50年の日本家屋だ。だが、古くても台所は8帖程度の広さがあり、テーブルと椅子を置きダイニングキッチンとして使っている。いつもは、ばあちゃんと俺しかいないのだが、今はこの少女と二人きりだ。

 少女は椅子に腰かけ、俺が飲み物を準備しているさまを眺めながら、少しからかうように俺に対して話しかけている。対する俺は、居心地が悪くて仕方ない。

 というか、何かキャラ違くないか。昨日は何か眼をそらして恥じらってたぞこの女。

「いや、どう考えても、子供だろその見た目は」

 俺は少しばかりの抵抗として、少女の見た目について言及する。

 身長は155cmぐらいだろうか。とても、戦う存在とは思えないぐらい、小さく華奢だ。もちろん、小さいからといって弱さは感じない。それは昨晩感じた、余分なものを削ぎ落した印象のままだ。まるで鍛えられた刀。その強さを持ちつつも、可憐であり、凛として咲く花の如く、そこに佇んでいる。

 だが、言葉を返せば”大人の女性らしさ”は欠片もない。

「いや、何というか、その」

 ちらりと見る。きょとんとしている顔は、少女のそれだ。

 だが、俺の視線の先に気が付いたのだろう。みるみるうちに顔が赤らむ。それは恥じらいの意味もありつつ、怒りの意味も含んでいて、あ、しまったこいつ何故だか知らないが、人の心を読むんだった!

「だーーーーーーーれが貧乳だこのアホーーーーーーー!!」

 突如として現れた長い棒状のもの。先っちょにテルテル坊主みたいに布が巻き付いている。練習用の槍、なのだろうか。少女は正確無比の打突を俺の脳天に向けて放つ。

 面有り。一本負けだ。

 

 

 そう、この少女。

 セーラー服の上から分かるほど、くっきりと胸が無かった。

 

 

 ★

 

 

 俺は痛む頭をさすりながら問いかける。

「あの、ランサーさん?」

「......なに?」

 さっきから機嫌が悪い。それもそうだ。貧乳を気にしていたなんて。

「別に気にしてないけど」

 だからなんで、心が読めるんだこの少女は!

「それはそう」

 そういうと、少女は落ち着きを取り戻した様子で、座っていた椅子から立ち上がった。湯呑を準備していた、俺の隣まで歩いてくる。

「貴殿とは、繋がっているからな」

 少女の手が、俺の右手に触れる。ドキリとして振りほどきたくなるが、滑らかで白い肌に、年頃の男の子は抗えない。

「全てが分かるわけではないが、私と貴殿は魔力でパスが繋がっている」

 ランサーは、そういいつつ俺の手のひらをギュッと握る。思ったより手が冷たく感じるのは、それはランサーが人ならざるものだからなのか、俺が女の子の手にドギマギして火照っているからなのかは分からない。

「まずは、この令呪だ」

 俺の気持ちなどいざ知らず、ランサーは説明を始める。というか心が読めるなら、手を放してくれよ。そう思ってランサーを見ると、ニコリと微笑む。こいつからかってるのか?

「そう、からかっておる」

「おぉい!」

「まぁ、良い。説明続けるぞ」

 手は、離してはくれないらしい。

「この右手に刻まれた令呪という名の紋章が見えるな?」

 俺は頷く。というか、偶然偶然。非常によく”知っている”。

「この令呪が――」

「――サーヴァントとマスターを繋ぎとめているって言うんだろ」

 ほう、とランサーは感心したような表情を浮かべる。

「多分推測だけど、あんたと俺は、サーヴァントとマスター。そうだろ?」

「正解だ」

「で、あんたは魔力でこの世に繋ぎ止められていて、その繋ぎ止めている証みたいなものがこの令呪だろ」

 俺は花弁が三枚ほど重なり合っている右手の令呪を、ランサーに見せつける。そのデザインは五輪のマークを三つにしたような意匠だ。

「正解だ」

「で、俺の思考を読んでいるのも、令呪を通じて俺とお前でパスが繋がっているから、ってことか」

「半分正解だ」

 そういうと、ランサーは俺の手を解いた。

「別に心が読めているわけではない。確かにマスターの気持ちというか気分というかそういった心の機微については、敏感に感じることが出来る。しかし、別に奇術師のように心のうちが見れるわけではない。どちらかというと」

 チラリと、俺を一瞥する。

「マスターの一挙手一投足が、分かりやすいってだけ」

 なんだか馬鹿にされているみたいだ。

「まぁ、私が、そういった周りの人間の機微に敏感というのもあるのだろう。しかもそれがサーヴァントとなった今、より力を増している気がする」

 周りの機微と言ったか。つまりアレか、この少女は、他人の目を気にするような環境で生まれ育ったということなのだろうか。

「分かった。とりあえず、この令呪が俺たちにとって重要ということは」

「その通り。それにしても結構詳しいじゃないか。この聖杯戦争について」

「知ってるわけじゃない。ただ、俺が普段プレイしているゲームの内容に嫌って言うほど酷似しているだけだ」

 げえむ?とランサーは首をかしげる。

「げえむ、というのはアレだろう。確かこの時代における童たちの遊び道具のことよな」

 この時代? やはり、こいつは別の時代から召喚されているってことか。まさに、MDDと似ている。歴史上や神話上の英雄たちが召喚されて戦う、あのゲームの内容通りに。

 ただ、気になることがある。

「ランサー、1つ聞きたいことがある」

「いいだろう。1つと言わず幾らでも答えよう。私の知っていることならな。だが、その前に.......」

「ん?」

「お酒は、まだかの?」

「だーから酒は無いって言ってるでしょうが!」

 

 

 ★

 

 

「ほーーーーーーー」

 さっきから、目の前のセーラー服女は物珍しそうに俺のスマートフォンを触っている。

「ほーーーーーーーーーーー」

 何だこの奇声は。湯沸し器か。

「いやはや、知識としては教えられていたが、生身で見て触ってみると、これは非常に興味深いな」

 ランサーは、一通り俺の質問に答えた後「質問攻めにあった代償として、頼みがある」と言われ、大人しく自分のスマートフォンを差し出したのだ。で、さっきから無料配信されているパズルゲームに興じながら、お天気アプリやら、地図アプリを見ながら、ひとしきり感動しきっている。その表情は、少女そのものであり、子供の様に目をキラキラと輝かせながら俺のスマホに夢中になっている。

 対象的に俺は、ぐったりと疲労感全開で、ランサーに質問した内容について、ノートに書き留めていた。

 

 

・サーヴァントとしてのクラスは? ⇒ ランサー

・武器は? ⇒ 知らない。気が付いたら、火縄銃握ってた。

・何歳ぐらいなの? ⇒ 知らない。多分マスターよりは上。

・好きなものは? ⇒ お酒! おつまみ!

・聖杯へ願うものは? ⇒ 知らない。多分アレだろ、幸せになりたいとか。

 

 

「いや、何もわからねぇじゃねぇか!!」

「そうは言ってもだなぁ」

 スマホに夢中になりながら、ランサーは言う。

「覚えてないものは覚えておらんのだ」

「特にこれ! これはマジで困るんだが!!」

 そういって俺はノートにデカデカと書き殴った二行を、ランサーに見せつける。それは俺が、いや同じような体験をした人なら誰でも思うだろう、一番聞きたい質問だった。

 

 

・真名は? ⇒ 知らない。

・宝具は? ⇒ 分からない(笑)

 

 

「(笑)じゃねぇよ! この貧乳娘が!」

「な、貧乳は関係ないだろう!! というか笑ってごまかしたのはすまないと思っている! マスターごめんなさい! しかし貧乳と言うなもっかい殴るぞ!」

「謝れば済むとかそういう問題じゃねぇ!! というか謝ってないし! でも殴るのはやめて!」

 俺は記憶喪失のサーヴァントを相棒にしたことの絶望感で、目の前のサーヴァントに暴言を吐いている。セクハラ? モラハラ? 知るかそんなもん。

 兎に角、ため息が出て仕方ない。こんなことでこの先どうするのだろうか。

「......とりあえず、聖杯戦争がどういうものなのかは分かった」

「おや、げえむの内容と現実が酷似しているのではなかったのか?」

「何というか、俺がプレイしているゲームの内容は、厳密に言うと、聖杯戦争じゃなくて聖杯探索という内容なんだよ」

 ほうほうと、興味津々でランサーは俺の話に耳を傾ける。

「MDDは、聖杯を探すゲームなんだ」

「探す、というのはどういうことだ?」

「まぁ、その聖杯って言うのが、とんでもない魔力を秘めていて、それを悪用した奴らが、過去の時代で本来起こるはずだったものを捻じ曲げてしまうんだ。例えば、鎌倉幕府が作られなかったら、日本に武士の時代は訪れなかったみたいに、人理を捻じ曲げて焼却しようとするんだ」

「なんと! 確かに頼朝公が居なければ、それはとんでもないことになるだろうな」

 おや、頼朝公と来たか。少なくとも鎌倉時代以降の人物なのだろうか。ってそりゃそうか。火縄銃の伝来は戦国時代なのだから。

 俺はこの目の前の記憶喪失の少女・ランサーを不思議に思う。何も知らないと言いつつも、ある程度の一般常識を持っている。これは、何か意味を持つのだろうか。どうして、記憶を持たないサーヴァントが召喚されてしまったのだろう。

 ひとまず、俺は説明を再開する。

「だから、それを食い止めるために、世界各地の様々な時代に行くんだ。レイシフトって言うんだけど」

「れいしふと?」

「あぁ、カルデアという組織を知らないか?」

 ランサーは首を横に振る。知らないようだ。

「とりあえず、ゲームの中ではカルデアという人理保証機関があって、この時代を維持し継続していく、簡単に言うと正義の味方みたいな組織があるんだ。そのカルデアは、レイシフトという技術というか魔術を使用して、任意の場所や時代に飛ぶことが出来るんだ」

「ほぉ~~~~それは夢のようだな!」

 なんだか、楽しそうに目をキラキラとさせている。

「そこで主人公たちはサーヴァントと呼ばれる英霊たちを使い魔、すなわちサーヴァントとして召喚して使役し、人理焼却を狙う巨大な敵の陰謀を食い止めるっていうのがストーリーなんだけど」

 俺は改めてまとめたノートを見返す。

「マスターやサーヴァント、聖杯って言った設定は似てるんだけど、システムが違うんだよな」

 ノートに書かれた内容を、もう一度反芻する。

 

 

・聖杯戦争。それは7つのクラスに分類されるサーヴァントによる儀式。聖遺物である”聖杯”を召喚するため、最後の1騎になるまで戦い合い、殺しあう。最後の1騎まで勝ち残ったものが勝者となり、”聖杯”を手にすることが出来る。

・聖杯は万能の願望器であり、あらゆる願いを叶えることが出来る。

・サーヴァントを使役するものはマスターと呼ばれ、令呪を持つ。令呪とはマスターの証であり、強力な命令権を行使することが可能であり、魔力の貯蓄タンクとしての役割も持つ。

・マスターは令呪を三画まで行使することが出来る。曖昧な指示よりも、より具体的な指示の方が効果を発揮しやすい。

・サーヴァントとは、歴史上や神話上に生きた英雄たちを使い魔として召喚しており、その現界には魔力を必要とする。

・マスターは、魔力の素養を持つ魔術師が選ばれることが多いが、ごく稀に体質的本質的に聖杯がふさわしいと選んだ者がマスターとなることがある。

・サーヴァントの召喚には、儀式を行うための定められた書式や呪文があり、特にサーヴァントを召喚するためのキーアイテムである”触媒”が重要となる。触媒は、サーヴァントにゆかりのある品々が用いられることが多く、それ自体がかなり貴重かつ魔力を帯びたアーティファクトであることが多い。

・勝敗は、サーヴァントが敗北するもしくはマスターが死ぬことによって、決まる。

 

 

「死ぬ、か......」

 俺は、ぶるりと身を震わせた。昨日の健吾の死体の姿が焼き付いて離れない。

 そんな俺の姿を見て察したのか、ランサーがスマホから眼を離して、俺に話しかけてくる。

「死ぬ、と言えば、マスターよ」

「あぁ、なんだよランサー」

「さっきはうやむやになったが、先ほどお前に事情聴取とやらをしていた警官いただろう」

 そうだ。結城さんだ。結局その話が途中になっていた。どうして、ばあちゃんが留守にしているのに、我が家で俺が目覚めるのを待っていたのだろうか。どう考えても不思議だ。

「気が付いているか?」

「ん? どういう意味? 家の人が留守なのに上がり込んで、非常識な人だなぁとは思うけど」

 はぁ、とランサーはため息を吐く。

「気が付いておらなんだか。まぁ、違和感を感じた所までは褒めるとしてだな」

 ランサーは背筋を正し、改まった様子で、

 

 

「あの男。――――既に死んでいたぞ」

 

 

 俺の理解の追い付かないことを告げた。

「死んでいた、ってどういうことだよ」

「文字通り、あの男、既に死んでいた。見た目ではわからぬが、死臭を香水でごまかしていた」

 確かに、ふわりと香水の匂いがした。

「また、私も魔術に詳しいわけではないが、あの男の身体を怪しげな魔力が循環していた。何者かがあの男を殺し、何らかの魔術でもって、死者を操り、人形のように使役しているのかもしれない」

 死者への冒涜だ、とランサーはイライラした様子で吐き捨てる。

「恐らく、昨日貴殿が私を召喚していたのを見ていたのだろう。どんな人物なのか、どんな魔術を使うのか、そういったことを調べるために、死者を使役し、この家に上がり込ませたというわけだ」

「死者、だって......」

 俺は事態が呑み込めない。

 母との思い出を語る結城さん。あの表情は、一体何だったのだ?

「恐らく、生前の通りに生活をするように操られているのだろう。もし警察署へ出向いたとしても、結城という警察官は普段通り勤務をしているはずだ。しかし、こういった聖杯戦争が行われている血なまぐさい状態で、死体を使役するということは」

「.......結城さんを操っているのは、サーヴァントとその魔術師?」

「その可能性が高いな」

 ほうじ茶を上品に啜りながら、ランサーは答える。

「あとな、マスターのおばあさん。ここには居ないぞ」

「それは知ってるよ、枕元に書置きがあった。買い物行ってくるって」

「違う、そういうことじゃない。もう、この街には居ないってことだ」

 それは、一体どういうことだ。

「今朝、貴殿を家に担ぎ込んだのは私でね。私は君のおばあさんと直接会って話している」

 なんだそれ初耳だぞ。

「非常に心配していてね。貴殿を看病するために、近くの薬局やらスーパーに買い出しに行くと言って書置きをしたところまでは良かったのだが、家を出かける直前になって急に人が変わったように様子がおかしくなったんだ」

「おかしく、ってどういうことだよ」

「急に、旅行に出かけると言い出してな」

 何を言っているのか、理解が追い付かない。

「おばあさんは、誰かに操られるように、急に楽し気に荷造りをしだした。家を出る直前に思い出したように私に『孫のことを頼むわね』と言って出かけて行った。止めようとしたが、私にはどうすることもできなかった。すまない」

 ランサーは感情を殺して、淡々と事実を告げる。

「ただ、おばあさんにかけられた魔術には、悪意は感じられなかった。だから、私としても静観するしかなかった。貴殿のそばから離れられなかったのもあったしな」

 チラリ、とランサーは俺の顔色を伺う。俺は呆然としていたのだろう。少し心配の色を見せながらも、ランサーは話を続ける。

「恐らく、あれもどこかのサーヴァントかマスターの仕業だろう。貴殿が、”家族が居ると十分に戦えないだろうから、敢えて遠くに遠ざけた”ように感じる」

 ハッキリとしたことがある。俺は既に何者かの手のひらの上に居るのだ。

 ばあちゃんは頑なに携帯電話を持とうとしなかった。だから、連絡を付けられない。これは新手の拉致ではないか。

「まぁ、心配するなマスター。さっきも言ったが、おばあさんにかけられていた魔術は、そこまで悪意を感じるものではなかった。恐らくどこぞの正々堂々とした戦闘狂の馬鹿が、マスターが安心して戦いやすいように、安全な場所へ旅行に行かせたのだろう。.......ちなみに、10日間ほど四国を巡ってくるそうだ」

「10日間!?」

 いや、ばあちゃんそのお金はどこから出すんだよ! ってそういう問題じゃないんだけど。

「いいではないかマスター」

 そういって、ランサーは立ち上がる。

「おばあさんに暗示をかけた不届き物は、私が始末すると、約束しよう」

 そして、

「――”構え”」

 聞いたことのある言葉を唱える。そうすると、急に空間を引き裂いて、昨日嫌というほどの火力を見せつけた火縄銃が、一丁だけ姿を現した。

「――”放て”」

 家を揺るがすほどの銃声が1つ轟いた。

「ッッッッッ、馬鹿やろ、家で銃を撃つなぁ!」

「すまない、覗き魔が居たのでな」

 覗き魔? そう思い、銃撃の先を見やると、そこには、

「お札?」

 家の柱に、見慣れないお札が1枚貼ってあり、それが銃撃によって孔を明けていた。後ろの柱にはダメージが無く、札だけが傷ついていた。

 何やら漢字が物々しく記されたお札は、やがて急に発火し、チリチリと燃え盛っていく。

「おい、聞いているか!」

 殺気を放ちながら、ランサーは札を睨みつけながら、叫ぶ。

「マスターのおばあさんに細工をしたのはお前だな?」

 一瞬、ランサーの瞳が――赤く輝いたように見えた。昨日のライダーと同じように。

 ランサーは感情を高ぶらせたまま、告げる。

「万が一、おばあさんを傷つけてみろ。このランサー、お前を塵芥残さず、滅することとなる。――覚悟しておけ」

 その言葉を聞き届けたのだろうか、最後にポンッと音を立てて、札は破裂した。

 小さい時夏休みによく遊んだ、花火を終えた後のような、火薬の匂いだけがこの場に残された。

「…………というわけだ、マスター。私は魔術の心得がないから、おばあさんに掛けられた暗示を解くことが出来なかった。本当にすまない」

 見ると、ランサーは項垂れている。申し訳なさがその身から漂い、すでにその瞳からは禍々しい赤い光は消えていた。

「本当に、すまない」

 この子は、感情の振れ幅が激しいだけなのかもしれない。

 人見知りな一面も、男の子をからかう悪戯な一面も、スマホを見て子供の様に興味津々な一面も、敵を威嚇する攻撃性も、そして――今にも泣きだしそうなその優しさも。

「まぁ、生きてるってなら大丈夫だろ」

 俺は、少しでも、勇気を与えられるように強がって見せる。

「……マスター」

 本当は心配だし、よくわからないことにばあちゃんを巻き込んでしまったこと。それは申し訳ない。でも、この子が、ランサーが気に病むことではない。

 例え、この強がりが、この子にとって見抜くことが容易かったとしても、俺は、俺だけは、弱音を吐いてはいけない。そう思った。

 殺された友人。死人が平気でうろつく街。拉致されたに等しい家族。これらの状況を黙って指をくわえて見ているわけにはいかない。

「なぁ、ランサー」

「なんだ、マスター」

 俺は決意を込めて、ランサーを正面から見つめる。

「俺はこの戦いを止めたい」

「それは、つまり、周りを全部…………倒すということか?」

 ランサーは言葉を選んで話す。”倒す”ということはイコール”殺す”という意味が含まれている。”その意味を分かっているのか?”と俺に問うている。

「流石に、相手の命までは取らないよ。ただ、サーヴァントは倒す。そうじゃないとダメだと思うんだ」

 俺は右の拳を握りしめる。その手には花弁が三つ重なった紋様、令呪が宿っている。

「流石に、はしゃぎすぎだぜ、魔術師ども」

 普段は、こんな街はどうなっても構わないと思っていた。どうせいつか都会に出ていくし、と。でも、人は日常を侵されると、抱く感情があるのだと知った。

 それは、怒りだ。こんな馬鹿げたことが現実で起きてしまっている。いや、誰かが仕組んで行っている。そういう確信がある。こんなことはやめさせなければならない。

「なぁ、ランサー」

「なんだ、マスター」

 俺の決意を肌で感じたのか、ランサーの口調からも迷いは消えているようだ。

「こういう時って、ゲームや漫画なんかだと、最初に仲違いしたままだと、何事も上手くいかないって相場が決まってるんだ」

「……なるほど、それは一理あるな」

「だから、俺はお前に言いたいことはいっぱいあるが――」

 特に記憶喪失な所とか。

「――共に戦って欲しい。そう思う」

 なんだ、そんなことか、とランサーは微笑みながら答える。

「良いだろう。どんな経緯があれ、貴殿は私のマスターに相違ない。この身は貴殿の勝利のために捧げるとしよう」

「よし、じゃあ決まりだな」

 そういうと、俺は手を差し出す。ぽかんとした様子のランサー。

「自己紹介だって言ったろ? こういう時はお互い名前を名乗って、握手でもするもんだ」

「あく、しゅ......?」

 あれ、握手って西洋の文化だっけ? いつ日本に伝来したんだっけ? 明治? 大正?

「ほら、こうやって手と手を合わせてだな」

 俺はランサーの右手を取って、俺の右手を握らせて、強引に握手した。

「......ほう」

「なんだよ」

「............汗ばんでるな」

「うるっせぇ、年頃の男の子は新陳代謝が活発なんだよ!」

「ち、ちん〇ん?」

「馬鹿! 下ネタ厳禁!!」

「というのは冗談として」

 なんだよ冗談なのか。こいつ結構冗談が通じるのかもしれない。貧乳はNGワードだけど。

「出来れば、マスターお願いがある」

 と、ランサーが口を開いた。

「なんだランサー」

「マスターという呼び名では怪しすぎるので、呼び名を明確にしておきたい」

 思ったより真っ当な提案だった。

「じゃあ、俺は犬塚守尭だから、守尭でいい」

「もり、たか......」

 誰かに下の名前で呼ばれるのは少しくすぐったい。だが、少し関係性が深まったような気がしてうれしくもある。

「わかった。もりたか、だな。そう呼ぶこととしよう」

 ランサーは、小さく、もりたか、もりたか、と呟いている。

「じゃあ、それなら、ランサー。お前のことは何て呼んだらいいんだ?」

 ふと、俺の発言にきょとんとする。そりゃそうだ。ランサーなんて呼び名、この女の子には不釣り合いだ。というか、当たり前のように日本語しゃべってるけど、この子日本人だよな?

 ランサーは、そうだなぁと頭を悩ませつつ、十数秒考え込んだ。と、いきなり、何か思いついたかのように、パッと晴れやかな顔になった。

「一個、思い出した!」

「え、何を思い出したんだ!? もしかして真名??」

「いや、すまん! 違う!」

 違うんかい!

「ここに来る前、どこかの旅館のような、宿場のような。何とも表現しがたい館に居たのを思い出した。そこは何やら絢爛な部屋でな。気が付いたら、そこで私は、たらふく酒を飲んでいたんだ」

 なんだそれ、あの世? あの世ですか? だってサーヴァントは過去の人だし、一応死んでるわけで。

「そこにな、近習か小姓のような男がいてな。まぁ、小姓と言うには歳は取っており、身長が高い男だったが。とにかくその男は、記憶が無く戸惑っている私に、”こういった名前はどうです?”と仮の名前を名付けてくれたのだ」

 近習? 小姓? 執事とかコンシェルジュみたいな存在なのだろうか。

「ちなみに、その、名付けてもらった名前は?」

「くない」

「……はぁ?」

「なんだよ、可愛いだろ。そう、私の名は、”くない”。そう呼ぶこと!」

 どや顔で胸を張るランサー、もとい”くない”と名乗った少女。張る胸は無いのだが。

「てか、なんで、くない? くないって忍者が使うあれだよな、あれ」

「そうだな、あれだ。恐らく、くないの持つシャープな美しさが私にピッタリだと言うことなのだろう」

 ニヤリと微笑む、ランサー。こいつ、言葉の響きが気に入ってるだけで、別に何もこだわってないな。というか、こいつの正体忍者だったりしないよな?

『拙者も忍者でござるよ~~~~お揃いで御座るよ~~』

 何故か俺の脳内で、アサシンと呼ばれた昨日のコスプレ忍者が手を振っている。いや、お前忍者じゃねぇだろ。槍使ってたし、手裏剣とか忍術使えよ。

 とまぁ、脳内妄想はほどほどにしておいて、少女の真名についてはおいおい探っていこう。もしかしたら何かの拍子に思い出すかもしれない。

 MDDでも、サーヴァントが真名を忘れて召喚されるようなエピソードが幾つかあった。なぜかこの戦いはMDDとリンクする部分が多い。ゲームの中では、サーヴァントは真名が明らかでないとステータス的にマイナスで真価を発揮できない仕様だった。やはりこの戦いにおいても、真名が開放されないと強さを発揮できないとみて間違いないだろう。

 非常にハンデを背負ってしまったと考えつつも、昨晩のランサーの強さからして相当な実力者と思われる。そうだ、俺は健吾ほど歴史に詳しくはないので、学校の図書館にでも行って調べてみてもいいかもしれない。

 女性で火縄銃使い。

 これしか今の自分が知りうる情報は無いのだ。

「というか、そもそもなんでランサーなんだ? 火縄銃使いなら、射撃ってことで、アーチャーのクラスになる気もするんだが」

「そこは、私にも分からん!」

 なんで、こいつはこんなにも偉そうなのか。いや、生前は偉い人、なのか?

「なんで種子島を自由自在に使えるのかも良く分かっていない! でも多分、槍を使った方がもっと強いのかもな」

 すごく自信がみなぎった表情でランサーは宣言した。そう言えばさっきも棒状の何かで殴られたんだっけ。まぁいいか。

「分かった、じゃあランサーって呼ぶね」

「いや、そこはくないって呼べって言ってるんだが」

「はいはい、ランサー。あ、ご飯食べる? ばあちゃん暫く帰ってこないんだよな。俺が飯を作るか」

「だからランサーではない、くないだ!」

「あーじゃあ適当に作るね。サーヴァントでもご飯食べるんだろ? 酒飲みなんだし、なぁランサー」

「私をランサーと呼ぶな! あ、ご飯は頂きます! ありがとう守尭! あと酒はまだか!」

 俺はしばらくこの少女をランサーと呼ぶことに決めた。

 お昼は、そうだな。焼きそばでも作るか。お酒は無いけども。

 

 

 ★

 

 

「おいおいおいおいマスターよ、盗み聞きバレちゃったなぁ」

「まぁ、想定の範囲内かな」

 とある場所。伊蔵市郊外のキャンプ場だ。

 チリチリと火の音が聞こえる。簡素な焚火台の上で、ポットでお湯を沸かしながら、折り畳み式のチェアに2人の男が腰かけて、火を囲んでいる。

 真里谷健吾とそのサーヴァント・アーチャーだ。

 健吾は、まだ肌寒い3月ということもあり、上下の防寒はばっちりだ。某有名アウトドアブランドのロゴの入った黒色のダウンジャケットに、迷彩柄の厚手のパンツと、がっちりとした登山靴。ふわふわの髪の毛は、グレーのニット帽から少しだけはみ出ており、トレードマークの丸眼鏡越しの瞳は濁りなく透き通っている。

 その目線の先には、お湯を注ぐだけの状態のカップ麺が置いてある。これから昼飯時なのだろう。お湯が沸くのを待っているというわけだ。

 それに対して、アーチャーの恰好は異質だ。

 いくらサーヴァントが人知の及ばない存在とはいえ、完全に真夏の恰好でそこに居るのだ。昨日身に着けていたのとは別の柄の暖色系のアロハシャツに、黒色の海水パンツと、蛍光色のビーチサンダル。何なら、頭にはシュノーケリングで使う息継ぎ可能なパイプ付きの、水中ゴーグルをヘアバンドの様につけている。

「なぁ、アーチャー。その恰好は何とかならないのか? 見ているこっちが寒くなるんだが」

「え、そう? 俺としては非常に決意を込めた、勝負服なんだがな!」

 勝負服って、と口ごもる健吾に、アーチャーはニッコニコの笑顔で喋くり倒す。

「あのさーマスター知ってるかぁー? 磐城国の辺りによぉ! なんだ、”すぱりぞーと”? ”はわいあん”? とかいう娯楽施設があるらしいな! いやーやっぱり時代は奥州よ、いずれ俺が手に入れる場所だけあって、面白いもんを作りやがるぜ。というか、手に入れるも何も、400年近く前から俺のもんなんだけどな! ”奥州一統”ってな!」

 ガハハ、と楽し気に笑う。確かにこの男の周りだけ、冬の寒さなど関係ないような、温もりに満ちていた。

 磐城国(いわきのくに)というのは、福島県の東半分にあたる旧国名だったな、と健吾は考えを巡らせる。そういえば、何年か前にフラダンスで街を活性化させるという映画をやっていたのを思い出した。その舞台となったハワイをイメージしたリゾート施設が、福島県にあったことも。

「で、だから、ハワイアンってこと?」

「そうよ! アロハシャツってもんを着てみてるわけ! あとこの”ごーぐる”とかいうやついい出来だなぁ! これで山で金堀りしても眼が粉塵で傷まねぇだろうし、画期的だぜこりゃよぉ」

 水中ゴーグルは、土木作業に適した代物ではないのだが。何なら息継ぎしにくいだろ、と健吾は心の中でツッコミを入れる。とはいえ、アーチャーは新しいおもちゃを手に入れてご満悦のようだ。

「というか、アーチャー! それどうやって買った!? またお前俺の軍資金を勝手に使って!」

 あ、まずいという顔を、アーチャーは浮かべる。悪事が見つかった子供の様に縮こまるが、

「あ、そうだ!」

 話題を変えることで、この難局を乗り切ろうと考えたようだ。

 

 

「そういえば、あの友達君のばあさんを連れ出したのって、マスターだよな?」

 

 

 少し間を空けて、あぁ、と健吾は答える。

「少々邪魔だったから、ご退場頂いた」

「ほう、退場と来たか」

 ニヤリとアーチャーは不敵な笑みを浮かべる。

「処分、しちゃったのかにゃー?」

「いや、そんな面倒なことはしないよ。特急電車に乗ってもらったから、そうだな。もうそろそろ瀬戸大橋を渡って、楽しい楽しい四国旅行の初日の幕開けだろうさ。金比羅山でも行くんじゃないのかな? それ以降の行動には制限を設けていないから、欲望のままに旅をして回るだろうさ」

「いやぁ、友達思いってやつだねぇ。敢えて、家族をこの街から逃がしてあげるなんて、さ」

「馬鹿言うなよ。俺たちは殺し合いやってんだ。もし、あいつ――守尭が俺の前に立ちふさがったら」

 健吾は焚火を眺めながら、ポツリと言う。

「家族諸共、アイツを殺すよ」

 ちょうど、お湯が沸いてきたようだ。健吾はポットを手にして、カップ麺をゆっくりとお湯を注ぐ。と、ふと最初の言葉を思い出し、健吾はアーチャーへ問う。

「ちなみに、勝負服ってのはどういう意味だアーチャー」

「あぁ、まだ言ってなかったっけか? マスター、俺の聖杯へかける願いってやつよ」

 聖杯への願い。この聖杯戦争を勝ち抜いた勝者に与えられる、特典だ。万能の願望器たる聖杯の魔力リソースを使えば、叶わない願いなど無いだろう。

 健吾は、この男の実力を当然知っている。どんな強さを誇るのかも。そして、今回の”鬼・聖杯戦争”においては、何よりも力を発揮することも。

 それだけの実力者が一体何を願っているのか。どれだけの崇高な願いなのか。聞いておくべきだと健吾は考える。

「じゃあ、聞かせてくれよ。アーチャー、お前の願いは何だ?」

 健吾は覚悟を持って、問いただした。

「おうよ。俺の願いはな」

 アーチャーは満面の笑みを浮かべながら、決意を表明する。

「茨城県を!! 日本の首都にするーーーーーー!!!!! あ、ついでに副首都は秋田県な」

 健吾はお湯をこぼして、火傷した。

 ”お前のその恰好、茨城ってより福島由来だけどな”とツッコミを入れながら。

 

 

第1章 第1節 了

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