片喰は夜に揺れる ~Fate / Berserk Requiem~ 作:斑鳩古都
戦いは、突然に始まった。
「――構え」
ランサーは、右手を小さく挙げる。それに呼応するかのように、宙に空いた穴から火縄銃の銃口が8つ覗いた。ランサーを中心に、右方向に4丁、左方向に4丁。
その狙いは、いうなれば十字砲火。セイバーが立つポイントに射線が交差するような見事な射撃体勢だった。
そして、ランサーはさらに左手を小さく挙げる。続いてさらに8丁もの銃口がランサーの眼前に出現する。狙いは明白。セイバーがよけた場合に追撃をするための、第二射の用意だ。
「――追加装填。前後左右、打ち方用意」
なんと、追加の8丁を4つの組に分け、セイバーがどの方向へ避けてもいいように、標的を指示したのだ。合計16丁の射撃。絶対に相手を仕留めるという、強い意志を感じる。
『守尭、耳を塞げよ』
急に頭に鳴り響く声。ランサーの気遣いに、慌てて俺は耳を両手で覆う。
「――撃て!!」
そして8つの銃撃音が2回分、合計16もの豪砲が鳴り響いた。
キーン、と響くその残響に、俺は耳栓を買うことを誓った。一昨日の大角寺では気にならなかったのは、アドレナリンが出ていたからで、こんなのに日常的に立ち会っていては難聴になってしまいそうだった。
「追加装填、5倍!」
さらに撃つのか! 俺は先日の大角寺で見せた一斉連射を思い出していた。
鼓膜どころか、身体の骨まで響く豪音が立て続けに鳴らされる。16×5=80発もの一斉射が、セイバーを襲った。
火薬の匂いと硝煙が満ちる。一瞬にして戦場に変わった駅前のロータリー。人払いが済んでいるのが朗報だ。こんなの、一般人を巻き込むなんてもんじゃない。
だが、煙が晴れるのを待たずして、ランサーは叫んだ。
「守尭! 後ろだ!!」
後ろに何が、と言うその前に、また俺はランサーに首根っこをつかまれて、跳躍させられた。
不意に襲う浮遊感、遊園地のアトラクションみたいと言えば聞こえはいいが、命綱も無く俺はただランサーに掴まれて5メートルほど横っ飛びに、瞬間移動させられたのだ。俺の脚はまだ地に着いていない。
そして、ズドンという鈍い音とともに、先ほど俺たちが立っていた場所に、文字通り”雷”が落ちたのだ。
「え」
「疑問は後! すぐ第二撃が来るぞ!」
素早い指示を飛ばすランサー。その瞳には、先ほどまでのような陽気さの欠片も無い。戦うための存在。使い魔として、兵器としてのサーヴァントの在り方がそこにはあった。
それにしても、雷? え、雷? どういった攻撃なのか――。
二撃、三撃、と寸分の狙い違わず、俺たちの居場所に雷撃がお見舞いされる。それをことごとく俺の首根っこをつかんだまま、ランサーはよけ切って見せる。しかし、ここまで視界が悪いのにどうして攻撃位置がここまで正確なんだ?
「いやはや、いきなり撃って来るなんて、驚いちゃったよ。お前さんアーチャーか? それにしては銃撃が雑だのう」
硝煙で視界が隠されたその正面から、セイバーの野太い声が聞こえる。
「女子供関係なく、手加減せぬのがこの道雪の流儀なれど。――お主、どうして自分の力で戦わぬ?」
「ハッ、笑止。この火砲は私の力だ。私自身が顕現せし力だ。イチャモンを付けられる言われはない」
「いやはや、それは一理ある。拙僧も、自分一人では戦えぬ所があるゆえに」
この場に一筋の風が吹いた。煙が、晴れていく。
「だがな、お主のはちと違うな。銃撃に迷いが見られる。さてはお主――」
セイバーは告げる。
「――自分が”何者か”分かっておらぬのか?」
「!」
ランサーに動揺が見られる。それもそのはず、ランサーは自分の正体が分かっていない。火縄銃を使った遠距離攻撃は見事だったが、本人曰く「どうして自分の攻撃が銃なのか分かっていない」のが本当の所だ。
ランサー。つまり槍兵。
このランサーは槍にまつわる逸話を持っているはずなのに、それを積極的に使おうとしない。
使えないわけではないと思う。いつもの宙に突然と現れる穴から、棒状の武具を取り出すこともできるのだ。見事な一撃を頭に食らわせたことを、俺はその痛みをもって知っている。
「ライダーやアサシンとは違う。何故なら、奴らとは既に拙僧も手合わせ済みだからな」
はっは、とセイバーの笑い声が響く。
「はてさて、先ほどの身のこなしから見るに、――お主ランサーだな」
煙が晴れていく。そして、セイバーの姿が露わになる。
「ならば――槍を抜かれよ」
そこに現れたのは、
「み、こし?」
そう、神輿。御神輿。なんと、セイバー、神輿の上に座っているのだ!
どこから現れたのか、筋骨隆々とした足軽の風貌の男たち4人が神輿を担いでおり、その上に白いジャージ上下姿のセイバーがどっかと胡坐を組んでいた。
その手には松葉杖。戦いに似つかわしくない松葉杖を、まるで軍配の様に掲げながら、セイバーは告げた。
「ではでは。戸次伯耆守、――推して参る」
★
戸次鑑連(べつきあきつら)、またの名を立花道雪(たちばなどうせつ)。
戦国時代の人物であり、1513年~1585年没。
九州は豊後国(現在の大分県)を本拠地とする守護大名・大友家に仕えた猛将として知られる。
キリシタン大名として有名な大友宗麟(おおともそうりん)の文字通り右腕であり宿老。その生涯を大友家のために捧げ、北九州の各地を転戦し、その勇猛は全国に知れ渡り恐れられていた。あまりに武勇誉れ高いため、戦国最強と言われた甲斐の武田信玄も対面を望んだという逸話が残されている。
ただ、若かりし頃に屋外で昼寝をしていた最中に落雷に打たれたという逸話があり、半身不随の状態となってしまう。しかし、その不屈の精神力と胆力にて、死ぬ間際まで戦場に立ち続けたと言われる。その姿は、神輿に乗りながらも、片手には2尺7寸(約82センチ)ばかりの太刀・備前清光を手にし、もう片手には鉄砲を一丁携え、それに腕貫をつけた長さ3尺(約1メートル)の手棒を常に側に置いており、自らが戦うことも厭わず神輿と共に敵陣への突撃を繰り返し、常に心身ともに戦場にあり続けた。
ついた異名は、”鬼道雪”。鬼の如き苛烈な攻めが信条故に。
聖杯戦争において、セイバーとは最優のサーヴァントと呼ばれる。
バーサークセイバー・鬼道雪。
今まさに、鬼と呼ばれし猛将が、鬼・聖杯戦争にてその真価を発揮せんとしていた。
★
「って所か、マスターよ」
「......急に解説をはじめてどうした?」
茨城愛に溢れる金髪アロハシャツ姿のサーヴァント・アーチャーの突然の解説に、真里谷健吾は心底どうでもいいような連れないリアクションを見せた。
アーチャーとそのマスター・健吾は、伊蔵駅周辺のビジネスホテルの屋上から、遠くのランサーとセイバーの戦いを見守っていた。
人払いの結界が張ってあるのは一目瞭然だが、健吾からすれば遠くから覗き見することは訳なかった。
そして、健吾は口を開く。
「まぁ、立花道雪って聞いた時は驚いたね。一般的には無名かも知れないけど、あの西国無双と言われた立花宗茂の義父だし? 歴史ファンなら腰を抜かすぐらいの大物だよ。ただ、なんであのセイバーは積極的に正体をバラしているのだろうか」
「まぁ、俺も同じ時代を生きてたから、道雪公の話は日ノ本中伝わってたけども、ちょっと変わり者だなありゃ。まぁ、道雪公は逸話が多過ぎてな。その中の1つに、城攻めの時に敵にわざわざ矢文を大量にばら撒いてたらしい」
「矢文? 降伏勧告か何かか?」
ふふ、とアーチャーは微笑みながら言う。
「そこには”参らせ、戸次伯耆守”って書いたんだと。わざわざ、自分が来ましたよーなんて言って回るのは道雪公ぐらいのものかもな」
なるほど、それはある種の降伏勧告でもあり、正々堂々と戦おうという意識の表れと見える。
立花道雪。一度は大友宗麟と共に九州に覇を唱えるも、島津家に耳川の戦いで大敗北を喫してからは斜陽であった大友家を最後の最後まで支え続けた義の将。その生き様は、正々堂々そのものやもしれない。
それにしても、とアーチャーは少し真面目な顔になる。
「なぁ、マスター」
「なんだい、アーチャー」
「......神輿ってかっこいいよな」
「......頼むから真似するなよ」
「あ、俺がネットで神輿頼もうとしてたのバレた?」
「頼むな!!」
ったく、英霊というやつはどいつもこいつも癖が強すぎないか、と健吾はため息を吐く。
「そういえばあそこにいる姫君も癖が強かったな......」
健吾はポツリと呟きながら、遠くに見える友人とそのサーヴァントを見やる。
「さて。守尭くんは、どうするのかしら、ね」
★
勝負は、一瞬のうちだった、と言えるかもしれない。
セイバーの神輿を支える足軽たちが、えいとう、と掛け声を発した途端、
「――ッ!!!!」
目にも止まらぬ速さにて、何かが飛来し、ランサーがその小さな身体を震わせた。
鉄製の松葉杖。本来は片足を痛めた者が使う、医療補助具。
それが、ランサーの鳩尾にめりめりと音を立てて、突き立っている。
かはっ、という呼吸と共に、血が飛び散る。ランサーが血を口から零した。
血。サーヴァントも、血を流すのか。俺は即座にランサーの名前を呼んでしまった。
「くない!!」
ランサーは足を踏ん張り、衝撃に耐えていた。その小さい身体を震わせながら、しかし屈するわけにはいかない、と。
やがて、衝撃に耐えられず松葉杖が真ん中から割れ、木っ端みじんに弾け飛ぶ。余りの衝撃に留め具が外れたのだ。その欠片が、俺の頬をかすめていく。チクリと痛みがした。破片で切れたのかもしれない。だが、今は自分の身よりも、ランサーだ。
「ほぉ、耐えおったか。だが、これはどうかな?」
セイバーはあごひげをさらりと撫でながら、聞き覚えのある言葉を紡いだ。
「鬼神・招来(きしん・しょうらい)」
あの夜が蘇る。月代の侍が唱えた瞬間、黒い焔を身にまとった化け物に変化したことを。
セイバーの目が怪しく赤く輝く。そして、神輿を担ぐ足軽たち諸共、全てが黒い炎に包まれた。
それは、さながら、四つ足の獣。めらめらと燃ゆる、黒い焔は、俺たちに語り掛ける。
「宝具を使う間でもない。この、”鬼・聖杯戦争”で我々サーヴァントに与えられた特殊スキルにてお相手いたそう」
鬼・聖杯戦争? なんだそれは。鬼って、あの鬼のことか。
ぞくり、と身体が震える。確かに、一昨日のライダーも、今目の前のセイバーも、その姿はまさに鬼の如し。鬼神・招来って、鬼へ変化すること、なのか? この聖杯戦争では、全員がそのスキルを持っているのか? つまり、ランサーも?
「あぁ、そなたも使ってよいぞ――と思ったが、その様子じゃ使えんかの?」
はっ、としてランサーへ振り返る。そこには、血を吐きながら、肩で息をし、片膝をついているランサーが居た。動けそうに、無い。
『守尭......逃げろ......』
そう念話で告げながら、ランサーは肩で息をする。余りの痛みで、言葉を発することが出来ないのだ。
『セイバーには、立花道雪には、今の私では勝てないかもしれん......』
「そんなこと言うな!」
『せめて、貴殿だけでも』
にげろ、とランサーが言葉を紡ごうとしたその瞬間、
「簡単に逃げられると思うなよ、姫君殿?」
黒い獣――セイバーが一直線に、ランサーに向かって吶喊してきた。
★
その瞬間、頭の中に声が響く。
「この子に、加護があらんことを」
また、あの声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
何かを思い出そうとしている。でも、まだもう少し足らないのだろう。ここまで出かかっているのに、肝心な部分がぼやかされている。そんな気がする。
でも、声は、確かに聞こえた。
懐かしい、雨の匂いと共に。
★
気が付けば、俺は割れた松葉杖の破片を手に取っていた。
ちょうど、50センチ程度の鉄パイプに相当するだろう。ランサーの鳩尾を襲った一撃でひしゃげているが、そんなのは関係ない。
「あああああああああああああ!!!!」
無意識に声が出た。自らを奮い立たせる、気合の一声。
身体が自らの意志とは関係なく、動く。そう、俺は無謀にも、ランサーの前に鉄パイプを持って立ちふさがったのだ。後で考えれば、令呪か何かでランサーを退去させれば良かったのかもしれない。だが、そんなことよりも身体が動いてしまった。
足? 震えてるさ。
腰? もうガックガク。
でも、仕方ないだろう。目の前で、小さな身体を震わせながら立ち向かっているアイツをほったらかしには出来ない。例え、この身が潰れてしまったとしても、俺の目の前で誰かが辛い思いをするのはこりごりなんだ。
――違和感が襲う。こりごり? なんだ? 俺は何かを忘れている? 俺はかつて目の前で誰かが傷つくのを目の当たりにしている? なんだ、この感情は、一体なんだ? 俺は、何を忘れてしまっている??
走馬灯とはこういうことなのか、無駄な思考ばかりが捗ってしまう。あぁ、俺は何て馬鹿なんだ。
「も、」
守尭、と叫ぼうとしたのだろう。ランサーの唇が動こうとしていた。でも、もう間に合わない。無謀にも飛び出した俺の身体ごと、黒い獣が蹂躙しようとして――――
――――何か大きなものが弾けた音と、雨の匂いがした。
それは直径5メートルはあるだろうか。俺の握る鉄パイプから滴るように大きな水の塊が出現したのだ。その大型の水風船は、俺とセイバーとの間に突然と出現し、そしてセイバーの勢いを受け止め――弾けた。
バケツをひっくり返したよう、という表現がぴったりだ。まるで滝に打たれたように、全身がずぶ濡れになる。俺は少しでもランサーに覆いかぶさり、少しでも庇おうとしたが、関係なくランサー諸共びしょ濡れになった。それは、目の前の黒い獣もだ。
じゅう、という音と共に、炎が水を浴びて鎮火していく。じゅわじゅわ、と水蒸気が立ち上って行き、まるでサウナの様に視界が曇る。どれだけの時間が経ったのか、緊張と恐怖で足がすくみそうになりながら、俺は地べたに座り込むランサーに視線を移す。ふと、ランサーと視線が交錯する。
「......守尭、ちと近いぞ」
「わぁ! あ、いや、ごめん!」
守ろうという意識が強すぎたのか、俺は咄嗟の動きで、びしょ濡れになったセーラー服姿のランサーを抱きしめていた。パッと俺は腕をほどいた。
「......そういう”らぶこめ”は要らぬ」
俺と視線を合わせないように、顔を背けるランサー。これは、照れている、のか。というかどこでラブコメなんて知識を手に入れたんだ。
そんなことより、さっきの水はなんだ? 俺、何がどうなっちゃったんだ。というかセイバーはどうなったんだ。
俺は恐る恐る背後にいるであろう、セイバーの方へ振り返る。ちょうど、水蒸気が晴れかかっており、その視線の先には、眼をぱちくりとさせながらセイバー・立花道雪が地べたにちょこんと胡坐をかいていた。その顔からは殺意は消え去っており、神輿や担い手の足軽は跡形も無く消え去っていた。
「なるほど、”狂化”のキャンセルというわけか」
セイバーは、俺の理解の及ばないことを言い、ハッハと笑う。
「なぁ、どうするよ主殿。拙僧的には、ここらで手打ちは如何かな、と思っているのだが」
は? 主殿? それってつまり、
「あぁ、セイバーさん。ここで終わりにしましょうか」
突然、若い男性の声が背中から聞こえた。俺が振り返ると、そこには20代後半~30代前半ぐらいに見える細身の男性が立っていた。
身長は俺と同じくらいか少し高い。清潔感のある短めの髪型と、端正な顔立ち。何故か大きめのサングラスを欠けているため、全ての表情はうかがい知れないが、優しい印象を感じる。
その衣服は、整体やマッサージ店で身に着けるような、半袖で首元がVネックになっている白衣。スクラブと呼ぶのだったか、整体師の出で立ちでそこに立っていた。
俺は思わず、鉄パイプを向けようとするが、
「よせ、守尭。この男からは敵意を感じない」
ランサーの言葉によって、その手を止めた。
「こんにちは、犬塚守尭くん」
「どうして、俺の名前を......?」
「あぁ、ごめん。このサングラスが邪魔だったかな。ごめんね、セイバーの雷撃は、僕には眩しくってね」
そういいながら、この男性はサングラスに手を伸ばす。
「覚えていないかな? 君は去年自転車から落車して打撲をしていたね。そのあと、良く通ってくれたと思うんだけど」
そういえば、そうだった。あれ、この人もしかして。
「お久しぶりです、犬塚くん。いつもお世話になっています。なりた整形外科クリニックの院長の、成田左近(なりた・さこん)です」
サングラスを外した顔は、俺が自転車落車で怪我した際に通院していた、成田クリニックの成田先生だった。そして、成田先生は右手を掲げる。
「今は、聖杯戦争のマスターをやらせてもらっています」
そこには令呪が刻まれていた。
「早速ですが、犬塚くん。大変不躾なお願いがありまして」
にこり、と成田先生は微笑んだ。
「共闘、しませんか?」
★
情報更新 [NEW!!]
バーサークセイバーのマスター
氏名:成田左近
職業:伊蔵市中心街にある、なりた整形外科クリニックの院長 兼 魔術師
年齢:32歳
得意とする魔術:???
マテリアルに記録されました
引き続き、物語をお楽しみください
第1章 第4節 了
次へ進みますか?
>はい
いいえ