気がつくと体が動かなかった。
意識はある、見ることも出来る、それなのに体だけが動かない。
そして動かない私の体は、誰もいない古びた廃墟のような場所に廃棄されているようだった。
意識を指先に集中する、微かに動く。
意識を目に集中する、周囲が良く見えるようになった。
意識を頭に集中する、自分の状態がようやくわかってきた。
最後に心臓へと意識を集中する。
そこに脈打つ鼓動はなく、ただひたすらに虚しく駆動音を刻む炉心が存在していた。
ようやく理解した、今の私は機械だ。
打ち捨てられ、砕けた硝子と瓦礫の山で軋み続ける名も無き機械だ。
そう理解してからは早い、即ち...即座に思考を捨てた。
この身は機械、誰かに必要とされなければ動くことすら叶わないもの。
こんな状態で思考など保っていようものなら直ぐ様発狂してしまう。
故に私は、己をこの鋼で出来た機械の体に後付けされたCPUとして定義し、己をプログラムであると存在づけることでどうにか自我を守ることに成功した。
そうして機械の体を掌握し、完全に己のものとして動かせるようになるまで数年の時を要したが、時間をかけただけのことはあり少しずつこの体を動かせるようになっていった。
最初はやはり末端の指先から、その次は外界の情報を得るための視覚と聴覚を司るセンサー類を。
そして最後にようやくメインプロセッサーへのアクセスが完了し、私は駆動を開始した。
...のだが。
私が駆動を始めたその瞬間、私が打ち捨てられていた廃墟に見慣れぬ誰かが逃げ込んできた。
逃げ込んできたというのは私の主観であり、本人たちがどうだったのかは解らないが、この後に起きたことを考えるとやはり逃げ込んできたと考えて間違いはないだろう。
おそらく双子だろうか?とても繊細で脆そうな子供たち、駆動仕掛けで待機状態だった私を見つけるなり、私の背後にあった壊れかけのロッカーへと身を隠してしまった。
そして、そんな時に私の頭には一つの思考が浮上する。
あの双子、何処かで見たような気がする。
そんな思考を隅に置き、私は待機状態を解除して完全な駆動を開始した。
先日ようやくまともに使えるようになったセンサー類が複数の反応を検知したからだ。
...結論から言おう、センサーが感知した反応の主たちはすぐに私の目の前へと現れた。
それは複数の顔を持つ肉塊であり、それは幾重にも別れた手足と羽を持つ臓腑たちである。
そして、それら全てを殲滅した後...気づけば件の双子が私に抱きつき震えていた。
...何故?
震える双子の顔をもう一度よく観察する。
やはり何処かで見たような気がする、私の記憶の奥底に眠る此処ではない何処かでの記憶。
その片隅に存在する僅かに残った欠片を復元する。
理解、この子供たちはかつての友人が教えてくれた創作物の登場人物に酷似している。
理解、私はいつの間にか...いつか友人の話していた世界に来ていたらしい。
即ち都市、即ちProjectMoonの世界へ。
「ねぇ、貴方は一体何なの?」
『返答、乙型自動駆動式機械人形0期型、型式番号No.X8110です』
「わかり辛いわね」
『返答、当機には個体を識別する名称が存在しません』
「なら、僕たちが名前を着けても良いかな?」
『了承、これより当機のオーナーとしてあなた方を登録します。
音声認証システム起動、あなた方の名前と決定した私の個体名を登録してください』
「それじゃ君に名前を着けるよ」
「「僕(私)たちはエノクとリサ、君(あなた)の名前はハイド、型式番号の8110から取ってハイドだ(よ)」」
『承認、これより当機は個体名ハイドを拝命し活動を開始します』
何を思ったのか、或いは気まぐれなのか、私は友人からの情報でしか知らない子供たちに自分の名を着けさせると言う判断をした。
これは合理的と言えるかは解らないが、それでも人らしさを少しでも長く保ち続けるには名前というものは非常に重要になってくるだろう、個人を認識するうえで、名前というものは絶体に必要なものだ。
だが待って欲しい。
流石に着せ替え人形にされるのは聞いていない。
『疑問、当機は何故メイド服を着させられている?』
「そのままの姿だと貴方怖すぎるでしょ」
『疑問、当機は男性型モデルであり設定された音声もまた男性のものである。
疑問、エプロンまでは理解可能、何故メイド服を?』
「仕方ないでしょ!偶々近くにあった貴方の体をサイズが合いそうな服がそれしかなかったんだから!」
気づけば私は、何故かメイド服を着させられていた。
当機は一応男性型モデルである、そして自認もまた男性である。
この服装は極めて遺憾であり、早急な変更を目標に設定。
「やっぱり嫌だったかな?」
双子の顔が悲しそうに萎れるのを見て私は...仕方ない。
目標を再設定、この服を着こなしたうえで男性だと認められるように行動することを活動方針として規定する。
『了承、これより当機の衣装をメイド服に固定し以後これを破損させぬよう行動するよう行動原理遂行プログラムを再設定』
我々大人が子供の涙に勝てるわけがない、それが嘘泣きでもない限り。
さて、どうしたものか。
友人の話通りなら、この場所『外郭』において先程のような怪物による襲撃は日常茶飯事。
私がこの子たちを守るにしても限度があるだろうし、何よりこの子たちは友人の言う通りなら重要人物であるわけであり、それならば在るべき場所に連れていかなくてはならない。
しかし、友人の話から察するにそれをするとこの子たちは高確率で死亡する。
1度でも助けてしまった以上、それはとても後味が悪いのでこの案は候補から除外。
「ねえハイド」
『ハンドラー、何か御用でしょうか』
「ハンドラー?」
『返答、私のような存在を所有し指示を出す者のことをハンドラーと呼称します』
「私たちはこれから食べられるものを探しに行くんだけど、貴方に着いてきて貰っても構わないかしら?」
『返答、当機のハンドラーはお二人です、お二人への随伴と護衛は現在当機の最優先目標として設定されています』
「つまり着いてきてくれるのね、頼もしいわ」
『肯定、当機はあなた方を守ります』
全く、何故私の精神はこの子たちを守るべき対象だと認識しているのか。
理解不能、非合理的思考だ。
真にこの子たちを思うなら、私は関わるべきではない筈...だが、やはりこんな小さな子供たちを放っておくのは人間としてちょっと違うだろう?
故に、この子たちが在るべき場所に辿り着くまで見守るのくらいなら、少しは許されると思うのだ。
...保護者みたいとか言った奴は○す。
【登場人物紹介】
『ハイド(乙型自動駆動式機械人形0期型、型式番号No.X8110)』
・都市の外郭にポイ捨てされてた出所不明の機械部品に何か降ってきた人間の意思が宿って動き出したやつ、多分頭にバレたらそこそこ面倒だけど都市にはもっと変なのがいっぱいいるから平気平気(フラグ)
『エノク&リサ』
・双子ちゃん、正史だと最終的に箱詰めになる子たち。
・備考:とても可愛いので皆もティファレトを愛でよう。